第10話 初めての温もり
「痛い……」
深夜、伊織達が寝静まった頃。
痛みで獣神の少女が意識を取り戻す。
「っ!?」
上半身を起こすと痛みが全身を襲う。
痛む体を見ると其処には止血の為に包帯が巻かれていた。
血が滲む包帯をジッと見詰める少女。
少女は自身の持つユニークスキル【変幻】の能力を応用して体の細胞と組織を制御して傷口を塞ぐ。
痛みが治まると、今度は例えようもない寒さに襲われ、体と心を蝕んでいく。
それは少女が生まれた時から幾度も感じた寒さ。
「寒い……」
痛みより寒さが辛かった。
痛みなら耐えられた。
痛みなら自分の能力で治す事ができる。
でも寒さは違った。
姿を炎に変じても。
戦場の業火の中に身を晒しても。
収まるどころか余計に寒さが増すばかりだった。
その寒さからは誰も助けてくれなかった。
血肉を分けた母ですら、この寒さからは守ってくれなかった。
少女はベッドから立ち上がると、覚束ない足取りで部屋の外に出る。
そして何時ものように寒さが和らぐ場所を探して通路を彷徨い歩く。
「?」
長い通路を歩いていると仄かに温かい感じがする場所を見つけた。
部屋の中から感じる暖かさに吸い寄せられるように扉をユックリ開ける。
キィー……と、蝶番が音を軋ませながら扉が開いていくと、其処は伊織に割り当てられた部屋だった。
「……ん?」
伊織は扉が開く時に鳴った蝶番の軋む音で目を覚ます。
が、半覚醒状態――つまり寝惚けている。
そんな状態の伊織が目にしたのは開いた扉の前で狐耳と長いフサフサの尻尾が弱々しく垂れ下がる全身に包帯を巻き付けた膝まである長い黒髪の少女。
その少女が震える声で呟く。
「寒い……」
「寒いの?」
寝ぼけ眼で少女が呟いた言葉に疑問符を付けて尋ね返す伊織。
「うん……」
伊織の問いに力なく答える少女。
「ん~……じゃあ、一緒に寝る? 暖かいよ」
伊織は少し考えて――自分の毛布を捲って少女をベッドの中に誘う。
もう一度言うが、伊織は寝惚けている。
「……いいの、か?」
「いいよ」
少女は少し驚いて――戸惑いながらも自分がベッドの中に入って本当に良いのか、伊織に確認を取る。
それに対して伊織は、にへら~と間抜けな笑みを浮かべて頷いた。
繰り返すが、伊織は寝惚けている。
「ん……」
ベッドまで歩き、おずおずとベッドの中に入る少女。
少女がベッドに入ると伊織は彼女に毛布を肩に掛けてあげると、一緒に毛布に包まり寝転ぶ。
「ふにゃ~……」
再び床に就き、夢の中へと旅立って行く伊織。
寝惚けた状態の為か寝付きはとても早かった。
「暖かい……」
生まれて初めて触れる人の暖かさに寒さを癒やされ、少女は嬉しさと喜びを感じて一雫の涙を流した。
☆☆☆☆☆☆
――翌日
「うぎゃーーー!? イオリーーーーーー!!!!」
「えっ!? 何々??」
早朝一番、けたたましいセレネディアの悲鳴で目を覚ました伊織。
驚いてベッドから飛び起き、辺りをキョロキョロ見回すと其処には絶望の表情を貼り付けたセレネディアが立っていた。
「お前、何でコイツと一緒に寝てんのよっ!! ね、ねぇ、ヤッちゃった?? ヤッちゃったの??」
セレネディアに襟首を捕まれ揺さぶられる伊織。
彼女が指差す先を見れば昨日の獣神少女が体に包帯を巻いた裸の状態で隣に寝ていた。
「あれ? 何時の間に。 う~ん……覚えてないや」
「記憶が飛ぶ程の行為をしたの!?」
彼女は何を誤解しているのか分からないが、取り敢えずその誤解を解いておく。
「何ですか、その”ヤッちゃった”とか”行為”とか。 オイラは寝てただけで何もしてませんよ……」
呆れたた感じでセレネディアに文句を言う。
彼女は左右で色が違う金と銀の瞳で伊織をジッと見詰める。
「……ホッ、良かった。 ホントに何もしてないみたいね」
「オイラの何を鑑定した!?」
彼女は頬染めながらイオリからあからさまに顔を逸らすと、伊織の言葉が聞こえてないフリをして誤魔化した。
「それは置いといて、朝食の用意が出来たわよ。 リビングに来なさい。 不本意だけど其処の娘の分も準備してあるわ。 色々話も聞きたいし。 我が起こして連れて行くわ。 それとイオリは身だしなみに煩いからその娘にも着替えは必要でしょ。 」
「……あんまり視ると怒りますよ」
誤魔化す万能の女神に対し、凄みを利かせて警告する伊織。
普段温厚な彼でも個人情報を全て知られてしまうとなったら流石に怒らずにはいられない。
だが悲しいかな、伊織は若すぎて貫禄不足だ。
彼女は伊織の発するその威圧を柳に風という感じで受け流しながら言う。
「善処するわ」
「やっぱり聞こえてるじゃないか!? ……はぁ、朝っぱらから疲れたよ じゃあ、先に行ってますね」
折角ゆっくり休んだというのにセレネディアとの遣り取りで昨日の疲れが一気にぶり返した。
一つ溜息を吐くと項垂れながらトボトボと歩いてリビングに向かうのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます