第8話 少年、襲撃される
空の上に大陸や島が浮かび点在するワルプルギスにて。
夕日が水平線の彼方に沈み掛ける頃。
三つの影が東の空に向かって飛んでいた。
「大丈夫ですか? イオリ」
真っ青な顔をしている伊織にセレネディアに仕える眷属神シャーランが心配して声を掛ける。
「……」
だがしかし、返事が無い。
気を失っている訳ではない。
しっかり目は開いている。
それなのに反応が無いのだ。
「何怒ってるの?」
セレネディアの言葉に漸く反応をしてみせる伊織。
「……行き成り空を飛ばされて、怒らない方がどうかしてると思うけど?」
「イオリって、もしかして高所恐怖症?」
「こんなに高けりゃ誰だって怖いよっ!!」
上空ウン千mを生身で飛ばされているのだ。
寒いわ、空気が薄いわ、目は痛いわ。
文句を言いたくなる伊織の気持ちも少しは伝わるだろう。
ただ、空から見える景色は時折すれ違う遠くに浮かぶ大陸や島、それに眼下に広がる海。
地球には無いこの幻想的な景色おかげで少しだけ――ほんの少しだけ恐怖心が和らいだ。
「はぁ……もういいです……。 処で、まだ秘密工房とやらには着かないんですか?」
「此処からだと、もう少し掛かるわね。 ……ん? あれ、何かしら?」
伊織達が飛んでいる反対側、正面に黒い点がポツンと遠くの空に浮かんでいるのが見える。
それが物凄い速度で此方に向かって飛んで来ている。
「あれは鳥? いえ、違いますね。 人?」
段々大きくなってくる黒い点が近付いて来るとシルエットでそれが鳥類などではなく、人の形をしているのが神である彼女達には分かるようだ。
しかし人間である伊織には遠過ぎる上に周囲が暗くなり始めているので何が近付いて来ているのかさっぱり分からない。
判別できたのは、至近にまでそれが飛んで来てから。
それは人型をした一匹の獣だった。
頭に狐耳、背中には翼が、尻には長くてフサフサの尻尾が生えた黒色の毛皮を纏う狐の獣人。
「我が居ない間に世界には世にも奇妙な獣の神が生まれたものね。 それにこの獣、気に入らないわ。 アイツの気配が混じってる」
シャーランがセレネディアと伊織の前に出て、黒毛狐の獣人――獣神の行く手を阻み誰何する。
「お前は何者です? 我らに何用か?」
『ソイツ、イオリ、カ? ナラ、コチラニ、ワタセ』
耳ではなく、頭の中に直接響いてくる声は伊織に向かって本人かどうか確認を取る。
本人の場合、相手は引き渡しを強要するようだ。
「ちっ! もう嗅ぎ付けられたか! お前、ペルセリオンの手の者ね!」
『チガウ! ハハウエノ、メイレイ、ダ!』
「どちらにしてもイオリは渡さない! 苦節数億万年、漸く見つけた我の婿にいい感じの男なのよ!」
「だから成りませんて!!」
いつの間にか伊織を婿扱いするセレネディアの言葉を全力で否定する伊織。
見た目は美女だが性格がアレな為、お断りしたい。
セレネデイアは伊織を宙に浮かせると黒狐の獣神の前に出た。
「ナラバ! チカラズクデ、ウバウマデ!」
獣神は一度その背にある翼を羽ばたかせると、神速を持ってセレネディアに肉薄し、拳の連打を打ち込む。
「はっ! そんな軟弱な打撃が我に通用するとでも!!」
それを難なく捌いてみせる万能の女神。
神々の王である太陽神と争うだけあり、素手でも余裕で対応してみせた。
続けて飛び蹴りを見舞う獣神。
「芸がない――何っ!?」
蹴りを避けたセレネディアに構わず無防備な伊織を確保に行く獣神。
「私を忘れていませんか?」
伊織との間に割って入り、獣神の行く手を阻む眷属神。
その手には自身の収納空間から出した金属製の斧槍を握りしめていた。
シャーランは斧槍に神力を纏わせ、獣神の胴を槍の柄で打ち据える。
「グッ!?」
「良くやった、シャーラン!」
シャーランの槍で叩き吹き飛ばされた獣神は翼で急制動をかけて空中で止まると、再び彼女の下に飛んで行き、戻り御返しとばかりに槍を爪で細切れに切断、彼女の腕を掴んで投げ飛ばす。
「きゃっ!」
「シャーラン!」
投げ飛ばされたシャーランをセレネディアが受け止める。
彼女に受け止められたシャーランは両手に持つ真っ二つになった斧槍の切れ端を見て呆然とする。
「そんな……っ!? オレイカルコスで出来た斧槍を切断するなんて!」
「うわっ!?」
「イオリ!」
二人が怯んだ隙きに獣神はイオリを確保し翼を羽ばたかせて飛び去ろうとする。
「させないっ!」
セレネディアは急いで収納空間に手を突っ込み、獣神を捕縛する為の道具を取り出す。
「これでも喰らえ!」
収納空間から取り出した両先端に分銅が付いた銀色に輝く鎖を投げ付ける。
先端に付いた分銅が獣神を追尾、鎖が獣神の体を絡め取り身動きを封じて拘束する。
「お~ちる~~~っ!!」
獣神の腕からするりと抜け落ち、絶叫しながら落下していくイオリ。
それを見た獣神は自分を拘束している鎖を引き千切り、落下するイオリに向かって飛んで行く。
「嘘っ!? 引き千切った!! シャーラン、早くイオリを助けて!!」
「承知!」
シャーランに指示をだしながらセレンナディアは収納空間より今度は刀身が風で出来た細剣を取り出し、細剣の風の刃を獣神に向かって放つ。
「ギャアッ!?」
風の刃が絡み付き、切り刻まれる獣神。
すると黒狐の獣神の体に変化が生じ、みるみるうちに黒毛が縮んでいく。
毛が無くなると其処からは色白の素肌が現れ、狐の耳と長い尻尾、背に生えた翼以外が人の姿――黒髪の少女に変貌する。
「女…の子!?」
「スキルで変化してたのね」
体中が風の刃で切り傷だらけとなり、下にある海に向かって真っ逆さまに落ちる少女。
「丁度、下には海竜の群れが居るし、獣の始末は獣に任せましょ」
「お願いです! あの娘を助けてあげて下さい!」
シャーランに助けられ、空中で抱きかかえられている伊織が自分たちを襲撃してきた獣神の助命を懇願する。
「何故? アイツはお前を狙ってたのよ。 助ける必要なんて無いわ」
「でも、それは誰かに命令されてでしょっ! 少なくてもそれが誰か知らないうちに殺すなんてダメですよ!」
伊織は戦いを観察していてある事に気付いた。
獣神は極力二人を傷付けずに自分を確保しようとした。
強力な武器である爪を使わずに。
それを使えば楽に戦え、彼女達を倒す事が出来るかもしれなかったのに。
それに彼女は攻撃に晒されている自分の身を顧みず、落下する伊織を助けようとしてくれた。
そんな相手を殺す事に伊織は賛同できない。
言い訳をして何とか獣神の少女を助けて貰おうとする伊織。
「確かにイオリの言う通り。 ですが、ディア様や私の力は気が遠くなる程の年月、世界樹に封印されていた所為で弱っている上に貴方と言う守るべき対象もあります。 万が一の事があってはなりません。 後顧の憂いを残すような事は極力避けるべきかと」
セレネディアに同意を示す眷属神のシャーラン。
それでも納得できない伊織。
このまま、速度がのった状態で海面に激突すればタダでは済まないだけでなく、海面に群れを成す海竜の餌食となってしまう。
海面に吸い込まれる様に消えていく少女を見詰める伊織。
「ダメだぁぁぁーーーーーーっ!!!!」
伊織の中の何かが弾ける。
それと同時に伊織の周りに幼い頃から慣れ親しんだカラフルな立方体のブロックのオモチャが際限なく現れて、落下する彼女の真下に飛んで行き、瞬く間に海上から突き出た塔を組み立て形作る。
それに驚くセレネディア。
「嘘っ!? もう力が芽吹いたの!?」
少女の落下する速度に合わせて塔を組み立てる速度を調整するブロックの塔。
そのブロクで出来た塔の上に落ちる少女。
「大丈夫かな……?」
少女の落ちた塔はブロックで出来ているのでそれなりに硬い。
相対速度を合わせて受け止めたとは言え、彼女の体重により落下速度が増している状態でその硬いブロックの上に落ちたのだから体に加わる圧力で怪我をしているのは当然だろう。
下手をしなくても骨折や内蔵破裂の危険性が十分にある。
伊織はその事を心配していた。
「大丈夫でしょ。 妙ちくりんでも神は神。 あれくらいじゃあ死なないわよ」
夕日に照らされ、裸でブロックの頂上に横たわる少女を見据えてセレンナディアが言う。
「本来なら殺す処だけど、お前の命を助けたイオリに免じて許してあげるわ。 それにしてもとんだお人好しね、イオリは。 ……まあ、其処が良いのだけど」
何処か嬉しそうに微笑んで見せるセレネナディア。
その微笑みは何者をも魅了する正に女神の微笑み。
しかし、悲しいかな。
魅了したい相手が直ぐ側に居るいるその女神の微笑みを当の本人は別の女神を気にして見ていなかった。
確して一行は灰狐の獣神だった少女を撃退・捕縛し、そのままセレネディアの工房に連れて行く事になった。
※人獣――人間に獣の耳や尻尾、翼や鱗が生えている。
獣人――高い知能を持ち、人のように二足歩行可能で手が使える獣。
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