第5話 少年、異世界に行く

 空には所々に薄雲が掛かり、太陽は既に真上を過ぎ去る。

 微風が吹く丘の上に生える一本の巨木の根本に横たわる影一つ。

 その影がモゾモゾと動きだし、閉じていた瞼を開いて目を覚ます。


「……う…ん…んんっ! ……ふあ~、良く寝た~!」


 伸びをして身体の凝りを解しながら上半身を起こす。

 影――久那・伊織くな・いおりはボヤケた目を擦り、視界を鮮明にする。


「……はれ? 何んだこれ? 天井に……木の枝?」

 

 部屋で寝ていたので上には当然天井が在る筈が其処には何故か幾重にも木の枝が茂っている光景が視界一杯に広がっていた。


「オイラ……部屋で寝てた筈なのに、いつの間に……って、何だ此処!?」


 部屋の壁だと思っていた場所には木肌――とてつもない大きな木の幹だった。

 そして木とは反対側――丘から一望できる景色に伊織は衝撃を受ける。


「山が……島が…浮いてる……」


 伊織が目にしたのは地球ではあり得ない現象。

 大地が空に浮かんでいる光景。


「此処、は、まさか……!?」


 伊織は自分の居る丘の上から地面が途切れている場所を探しだし、その場所目指して駆けて行く。

 辿り着いた場所から遥か下に見えるのは、水が際限なく広がっている光景。


「……下は…一面が海……。 多分……いや、間違いない! 此処は、異世界”ワルプルギス”だ!」


 体の力が抜けて、その場にへたり込む。


「は、はは…は……何で…何で寝てる間に――異世界に来ちゃってるんだよーーーーーー!!!!????」


『煩いわね。 そんな大きな声で叫ばなくてもちゃんと聞こえてるわよ……』


 突然、頭の中に声が聞こえる。

 それは声優やボーカルなど、声質が重要な職業に就く女性達のモノよりもとても綺麗で透き通った声だった。


「誰っ!?」


 辺りを見回すが誰も居ない。


『我? 我が名はセレネディア。 この世界が生まれた時に時を同じくしてこの世界に現れた原初の神の一人。 ああ、そんなに辺りをキョロキョロしても我はこの場に居ないわよ。 それより芋よ、芋! あの美味しそうな芋を供物として我に捧げなさい! あっ、後、【ブレイブエンブレム】返してね』


「はあ? 何を言って……ちょっと待て。 もしかして、あんたがオイラを此処に?」


『何を当たり前の事を。 他に誰がお前を呼び寄せると言うの?』


「あんたが原因かあぁぁぁーーーーーーっ!!!!」


『ちょっ!? だから、煩いと言ってるでしょ!!』


「喧しい!! オイラを家に帰せ!!」


『ふふんっ!! 帰して欲しくば我の言う事を聞きなさい!!』


「く~っ!! 何て憎らしい!!」


 しかし、伊織に自力での帰還は不可能。

 今は相手の要求に折れるしかなかった。


「そもそも、芋なんて何処に……」


『お前が倒れていた所に芋を入れた袋がある筈よ』


 伊織は気怠げにトボトボと自分が居た丘の上に戻る。


「あ、あった」


 其処には頭の中に響く声の言う通り、確かに袋があった。

 袋からは倒れた拍子に中からこぼれ出たのであろう、安納芋が数個転がっていた。


「芋って、安納芋の事か」


『それを早く我に食べさせるのよ!』


「食べさせろって言われても……何処に居るのさ?」


『お前が居る巨木の根本よ』


 伊織の居る丘の上に生える巨木は真っ直ぐ天まで伸びており、高さは東京スカイツリーを軽く超える高さ。

 太さは大体、大人三十人以上が手を繋いで輪になった位だろうか。


 その木を見上げながら声の主――セレネディアに尋ねる。


「……まさか、オイラにこの木をどけろと?」


『その通り!』


「出来るかーーーーーーっ!!!!」


 余りに理不尽な要求に伊織は思わず自分の拳を巨木に叩き込んだ。

 すると拳を叩き込んだ部分を中心に木の幹が一瞬で円形に大きく抉れた。


「へっ?」


 ありえない出来事が自分の目の前で起こり、間抜けな声を上げる伊織。


 そして――


 バキッ! メキメキメキッ! ビシビシっ!


 ありえない威力の一撃に、衝撃を受けた巨木の幹は弓なりに、根本の地面には亀裂が入る。

 次ぎに元に戻ろうとする反動から幹が反対側に反り返り、その反動で巨木は急激に斜めに傾く。

 そして巨木は自身を支えきれずに徐々に倒れて行き、巨木が生えている根本の部分を起点に地面がめくり上がり、木の根が引っ張られる。

 地中に張り巡らされた根が、巨木が倒れるのを阻止しようと必死に抵抗するがそれも叶わず。

 根は巨木の重量に負け、勢い良く地面から飛び出し、その際大量の土砂を周囲一帯に飛び散らせる。


「ヒィィィーーーーーーッ!!!!」


 地面がめくり上がり、巨木から生える無数の根が大量の土砂を次々に上空へと舞い上げ、その土砂が降り注ぐ災害現場から逃げようと必死に駆け続ける伊織。


『ちょっと!? 私の芋を持って逃げなさいな!!』


「そんな余裕があるかぁぁぁーーーーーーっ!!!!」 


 またも理不尽な要求を言うセレンナディアに反抗する伊織。


『我のギフト、【ブレイブエンブレム】を持つお前が、この程度で死ぬわけ無いでしょ!』


「だからっ!! 何なんだよそれ!!」


『兎に角、引き返す!! そして芋を回収する!!』


「無茶言うなやぁぁぁーーーーーー……あっ?」


 伊織はひび割れた地面に足を取られ、躓いてコケた。

 そしてコケた場所の地面がめくり上がり、地面ごと上空に投げ飛ばされた。


「あ~~~れ~~~~~~!!」




☆☆☆☆☆☆




 丘があった場所は地中深く根付いた巨木の根によって堀りかえされ、根が抜かれた事で巨大なクレーターが生まれた。


 空高くそびえ立っていた巨木は今や完全に倒壊して地面に転がっている。


 これだけ木が大きければその分様々な生物が住み着き、大きな生態系を構築していただろう。


 その巨木は自身よりも遥かに小さなアリのような存在――伊織の拳の一撃によって倒され、その命脈は尽きようとしていた。


 そして当の伊織は、10m以上の上空に飛ばされた後、被害の及ばない範囲の地面に投げだされ、無事に難を逃れた。


「し、死ぬかと思った……」


 地面に落ちた際、その衝撃で数分程意識を失っていた伊織8は、服に付いた土を払いながら立ち上がる。


「それにても……あの高さから落ちてよく怪我しなか――」


「だから言ったでしょ。 それ位で怪我なんてしないって」


 言葉の途中で突然背後から声を掛けられる伊織。


「誰っ!?  ――……はぁっ!? ちょっ、わわわわわっ!?」


 振り向くと其処には白い肌に豊かで膝まである白味掛かった金髪――プラチナブロンドをそよ風に靡かせた美女が見事な裸体を惜しげもなく晒していた。

 その想定外の事態に驚き動揺する伊織。


「どうしたの?」


「どうしたの? じゃないですよ! うら若き女性が素肌を男性の前に晒すなんてありえないでしょ!」


「むぅ……シャーランみたいな事を言うのね、お前は」


「私が、どうかしましたか?」


「また出たーーー!!!!」


 今度は暗褐色の肌に耳が長くて尖っている純白の髪の美女が――こちらも同じく見事な裸体を晒しながらゆっくりと歩いて近寄って来た。


 伊織はあたふたしながら彼女達の裸をこれ以上見ないよう、彼女達の居る方向とは逆の向きに慌てて身体を向ける。


「ディア様、その少年は一体どうしたのですか?」


「我等が裸なのが気に食わないらしいわ」


 プラチナブロンドの女性にそう言われ、純白髪の女性が自分の姿を見る。


「……そうですね。 少年とは言え男ですから。 我々のこの姿は問題がありますね」


「え~~!! 折角外に出られたのに~~~!!」


「はいはい、文句を言わずに服を着ますよ」


「は~~~い……」


 不満そうに返事をするプラチナブロンドの女性はそう言いながらも純白髪の女性の言葉に従う。

 そして二人は何事か呟くと何処からともなく服が現れ、その服が一瞬で彼女達の身体を包み込み、服を身に付けた状態となる。


「服を着たのでこちらを向いてもよろしいですよ。 え~と……」


 そう言われて再び彼女達の方に向き直る伊織。


「伊織です。 久那・伊織くな・いおり――この世界で名乗るなら、伊織・久那いおり・くなになります」


 純白髪の女性がお辞儀しながら丁寧な口調で自己紹介を行う。


「私はセレネディア様の眷属神でシャーランと申します。 そして、こちらが――」


 純白髪の女性――シャーランとは逆にプラチナブロンドの女性は尊大な口調と大柄な態度で大きな胸をそらしながら名乗った。


「我こそはワルプルギス誕生と同時にこの世界に顕現した原初の神の一柱にして万能を司る女神――セレネディアよ!」

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