第4話 少年、ギフトに目覚める

 伊織は病院で医者に診て貰い、帰宅した直後、体調を崩し寝込んでしまった。

 雫は再び病院に行こうと言ったが、武昭は近所に住む伊織の幼馴染の一番・ひとつがい・りんを呼びに行き、鈴が持つ魔眼のスキルで診て貰う事にした。


「宮司様! 伊織ちゃんのこれって、”スキル”じゃなくて”ギフト”ですよ!」


 鈴が魔眼の力――【解析】で視た伊織の中に発現した能力は”スキル”ではなく”ギフト”。

 スキルは本人の性質や努力によって得られる能力だが、ギフトはスキルと違い自分や周囲に与える影響が常識の範囲を逸脱した超常の力で、神仏や悪魔が気紛れや何かの目的を持って人々に与える能力の事を指す。


「鈴ちゃん……そのギフト、もしかして【ブレイブエンブレム】と言う名前ではないか?」


「そうです! えっ? ……宮司様、何で知ってるんですか?」


 自分以外まだ誰も知らない筈の伊織の能力名を知っている武昭を不思議に思う鈴。


 武昭は神妙な顔で鈴に言い聞かせる。


「頼む鈴ちゃん。 何も聞かず、伊織のギフトについて他言しないで欲しい」


「え?」


「頼む」


 武昭の普段と違う真剣な顔、神妙な雰囲気に鈴は気圧され頷くしかなかった。


「……分かりました。 それから、伊織ちゃんなら大丈夫です。 ギフトが現れた所為で身体がびっくりしただけですから。 暫くしたらギフトが馴染んで元に戻りますよ」


「そうか……すまなかったな、鈴ちゃん。 巫女の仕事に戻ってくれ」


 その後、武昭と雫は鈴に礼を言い、鈴は社務所に戻って行った。

 二人は鈴が巫女の仕事に戻った後、場所を神社の本殿の中に移動する。

 本殿には御神体や祭神が祀られており、宮司やその家族以外は立入禁止となっている場所であった。

 しかし、それ以外にも一つ、此処には秘密が隠されていた。


 それは一枚の小さな円鏡。


 鏡の縁には文字が、裏面には呪術的な意味を持つ陣が描かれている古ぼけた円鏡が御神体が祀られている棚の奥に布に丁寧に包まれて隠されていた。


 その鏡を取り出す武昭を見守る雫。


「あなた……」


 包んでいる布から鏡を取り出すと、武昭は鏡を手に取り念を込める。

 すると武昭の顔を映していた円鏡はボヤケていき、やがて何処か別の場所を映した。

 其処は古臭いデザインの調度品が置かれた西洋風の部屋。


 不意に鏡に誰かの顔が映される。

 それはこの部屋の主であり、武昭・雫夫妻のたった一人の愛娘で伊織の母――久那・珠姫くな・たまき

 

『え? お父さん?』


「久しぶりだな、珠姫」


「元気そうで良かったわ、珠姫」


『お母さんまで……っ!? もしかして、伊織に何かあったの!!』


「……伊織に掛けられた封印が破れて【ブレイブエンブレム】が目覚めた」


『そ、んな……』


「それでこの鏡を使ってお前達に連絡を取った。 イオル殿に相談したい。 呼んでくれないか?」


『分かったわ。 ちょっと待ってて』


 珠姫は鏡の前から姿を消し、部屋から出て行った。

 暫くすると珠姫は一人の男を連れて来た。

 体は長身で細く、美しい容貌で――耳が尖っていた。

 この人物こそ、伊織の父――イオルである。


『ご無沙汰しております、お義父さん、お義母さん。 タマキから話は聞きました。 ……イオリの封印が解けたのですね?』


「ああ……。 近所に住む【解析】の魔眼を持つモノアイ族の娘が確認した」


『そっ、それはっ!?』


 【解析】は【鑑定】の上位スキルだ。

 【鑑定】では視る事が出来ない事細かな情報も【解析】では視る事で出来る。

 しかし、【解析】の所持者は希少で限定される。

 日本帝国に二人、ワルプルギスに三人と二つの世界合わせても五人しか居ない。

 勿論、その中には鈴も含まれている。

 彼等は、国の重要な研究機関や組織に所属している。

 なので、滅多な事では彼等と遭遇する心配はないと、イオルは高を括っていたのだが、図らずも伊織の近くにその希少な【解析】持ちが居る事に驚き動揺する。


「心配せんでいい。 口止めもしておる。 それにその娘は滅多な事で約束を破る子ではない」


『分かりました、その娘を信じましょう』


「それで、オイラ達はこれからどうすればいい?」


『以前――イオリを預ける時に話しましたが、一度封印が解けた場合、再封印は不可能です。 我々に出来るのはギフトの弱体化と隠蔽。 ……後は、イオリをこちらの世界――ワルプルギスに決して立ち入らせない事だけです』


「そうか……それだけしか、無いのか……」


『……近い内に日本帝国へ、表敬訪問と言う名目で、がそちらに参ります。 その折にイオリのギフトに弱体化と隠蔽の魔術を私が掛けましょう』


『イオル?』


 、と言う言葉に疑問を抱いた珠姫。

 伊織の秘密を知る者は限定されている。

 では一体誰が?

 自分を見詰める珠姫の疑問にイオルが微笑んで答える。


『成長した我が子を、君も一目見たいだろう? 表敬訪問なら夫婦揃って訪問しても怪しまれないよ』


『っ!? ……ありがとう…イオル』


 珠姫はイオルの優しさに心を打たれて涙を流す。


「……? 何だ?」


 その時、武昭と雫がいる本殿の外が人の声で騒がしくなった。

 武昭は鏡を雫に預けてその場に残し、一人本殿から外に出てみると、自分の部屋で寝込んでいた筈の伊織が手提げ袋を持って何処かに向かって歩いており、それを神主達や鈴が後ろから一定の距離を置いて歩いている奇妙な光景を目にした。


「どうした、鈴ちゃん? 何故、伊織が袋なんぞ持って此処にいる?」


「あ! 宮司様! 丁度良い処に! 伊織ちゃん、まだ動ける身体じゃないのに、外に出て来て……それでおかしいなと思って、【解析】で視たら、セレネディアとか言う、よく分からないモノに操られてるみたいで! それを皆さんで止めようとしてるんですが、伊織ちゃんのギフトの力が利用されてて近付けなくて……」


「なっ!? 伊織!!」


 武昭は伊織を止めようと走り寄り、あと一歩で肩を掴めそうになった瞬間、伊織の周囲に何かの力が働き、それを阻んだ。


「クッ!」


「あなたっ!」


 其処へ雫が慌てて武昭に向かって駆け寄る。


「伊織……どうしちゃったんですか?」


「分からん。 鈴ちゃんが言うにセレネディアとか言うのに操られているらしい……」


『セレネディアですって!』


 雫が持つ円鏡からイオルの声が聞こえる。

 彼女は武昭と外の様子が気になり、鏡を持ったまま本殿から外に出て来てしまったのだ。


「雫!! 鏡を持って来たのか!!?」


「え? あ……すみません! 話が聞こえて、慌ててそのまま……」


『今はそれよりもイオリです! 先程聞こえたセレネディアと言う名前ですが、それこそ【ブレイブエンブレム】を生み出した張本人です!』


「何だとっ!? ……だが、そうなると、そいつは伊織をどうするつもりだ?」


 伊織は武昭とイオルが話している間にもどんどん先へと進んで行き、ある場所に向かっていた。


『お父さん、イオリは何処に向かってるの?』


「修練場だ。 珠姫、お前も昔よく其処で修行しただろ?」


『修練場は地脈の真上にあるから、マナが豊富に湧き出る場所よね。 そこで修行すれば、スキルが身に付きやすくなるから――』


 其処で二人の会話にイオルが割って入る。


『お義父さん!! イオリを止めて下さい!! セレネディアの目的は、その場所にあるマナを利用して、イオリをワルプルギスに呼び寄せるつもりです!!』


「っ!? 分かった!! 皆、済まないが伊織を止めるのに協力してくれ!! 拘束の術を束ねて使う!!」


 武昭はその場にいる神主や巫女達に頼み、拘束の術を幾重にも重ねる事で強靭な術を編み上げる。

 久那神社に所属する彼等、彼女等は術者としては上級者に位置する。

 その力を一つに纏めれば神や妖怪と呼ばれるものでも抗う事は難しい――筈だった。


「馬鹿なっ!?」


 操られた伊織は強靭に編み上げられた術を、羽虫を追い払うが如く手を軽く振っただけでいとも容易く破った。


 伊織は修練場に到着すると、手を地面に翳し、何事かを呟き始める。


「………………」


 すると地面が淡く紫色に輝きだし、その光は地面に術式を刻み込みながら円陣を形作る。


「いかん!! 伊織!!」


 武昭は手を伸ばして伊織の身体を掴もうとした。

 だが、その手は術式により生まれた円陣の結界によって弾かれる。


「イオリーーーーーー!!!!」


 武昭の伊織の名を呼ぶ声も虚しく、伊織の姿は円陣が放つ大量の紫色の光に包まれ――やがてその中に飲み込まれていった。

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