◆経歴詐称と馬鹿とアレルギー。
「馬鹿な事を…今お前が自分で言ってただろ…?入院して死亡したってよ」
本人が生きていてたまるか。
紅茶にとってのかなにぃは俺だ。
それ以外であってはならない。
…いや、何故そう思う?
俺は紅茶の事を一番に考え、その幸せだけを願っている。
なら本物が生きているというのはむしろ本来喜ぶべき事なんじゃないだろうか。
…勿論、それが殺人鬼などでなければの話だが。
「確かに言ったな。入院、転院の後に死亡した、と」
「だったらその幽霊が殺人でもやってるって言うのか?」
げんなりした顔で緑茶女が探偵に問う。
「いや、正確にはね、僕の言葉は説明が足りなかったな。カナメ、名を
死亡した…と、いう事になっている。
なるほど。
「言いたい事は分かった。それで、どうやったら死んだ人間が生き返るんだ」
探偵は俺の言葉を聞いて眉間に皺を寄せた。
「何を言ってるんだ…?ん…?あ、あぁ。そういう事か。確かにそういう考え方もあるか。でも今回はそうじゃない。死んだ人間は生き返らない。…だが、生きている人間は殺す事が出来る」
何を当り前の事を言っているんだこいつ。
「そんな事は分かって…」
「そうじゃない。生きている人間は、死んだ事にする事が出来ると言っているのさ」
死んだ、事にする…?
「本当のカナメは死んだ事になってるだけで本当はどこかで生きてるという事か」
緑茶女は頭の中で状況を整理するように小声で呟いた。
「その通り。ではどうしてそんな状況になってしまったのかを説明しようじゃないか」
探偵はその場で両腕を大きく広げ、まるで誰かがその腕の中に飛び込んでくるのを受け止めるような仕草をしながらその場を二回程くるくる回った。
この探偵にしては珍しく感情が表に湧き出してつい体で表現してしまったというような感じだった。
回転が止まり我に返った探偵がバツが悪そうに咳払いを二回程して、何事もなかったかのように説明を始める。
「といってもだ、何が起きたかというのはとても単純で、珈音最の両親が、最は死んだ…という事にしたというだけの話なんだが」
「待てよ。人一人死んだ事にするなんてそんな簡単に出来る事なのか?」
俺の質問に探偵は「できるさ」と即答する。
「…それがこと田舎の村に限った話ならばね。大怪我を負って入院する事になったカナメの両親は、まぁ…平和な村の中で起きた事件だからね、必然的につまはじきにされる訳だ。理由はどうあれ殺人犯の親だからね。それが都会ならともかく狭い村の中では噂は一気に広まるしとても居心地が悪かっただろうね」
なるほど…だからいっそ死んだという事にしてしまえば、まだ友達を守って戦い、死んだという美談にすり替える事が出来るという訳だ。
「カナメが転院する事になり村から離れた事を好機とみた両親は、いっそ転院先で死んだという事にして逆に被害者であるかのように印象を操作したんだよ」
「理屈は分かるけど…例えば、うちの子供が死んでしまった…なんて言ってみんなすぐに信じるものなの?」
「ふむ、良い質問だな縁。実際信じるかどうかは問題じゃないんだよ。死んだ、と親が言う事によってそれ以上追及するわけにはいかない雰囲気さえ作れればいいわけだ。聞き込みによるとどちらにせよ四年後にその両親も村を出ているらしいが、概ね作戦は成功していたようだよ。村人の中では、カナメは死んだらしい、という認識だったからね」
確かにそこまで幼い子供が犯人ならば実名報道もされないだろうし、いちいち確認をとうとしなければ分からないものなのかもしれない。
「勿論新聞やニュースではどこどこでこういう殺人事件があり、被害者が誰で加害者がなんと七歳の…なんてセンセーショナルに報道されたようだがね。そんな話題も半年もすれば落ち着いてしまうものだ。カナメが最初に入院したという病院に行って昔から働いている人に聞き込みをした所、流石に村で一番の事件だったからね、カナメの事は覚えていたよ。だが、転院先で死亡したらしいと言っていたよ」
「そんな簡単に、人が一人いなかった事になってしまうのか…」
緑茶女は探偵の話を聞いてしきりに頷きながら顎に手を当てて思考を整理している。
少なからずこいつの事を知っているが、この女はきっと探偵には向いていない。
どちらかというと助手だとかそっちの方に向いている気がする。
思考力はある。だが、注意力はそんなに無い。
紅茶と出会ってから、なのかもしれないが、初めてこいつを見た時よりも警戒心とか外に向ける注意力というのが散漫になってきているように思う。
「村の中では簡単な事だったんだよ。むしろ紅茶君がすぐに村を出て水江さんに引き取られているからね、被害者がその場にいない状況っていうのはね、噂話が広がるにはとても適した状況なんだよ。そんな状態で、女の子を守って死んだ、という話を伝え聞いたら村の中で美談として一気に広がってしまうんだ。なにせ凄惨な殺人事件がおきた村、というレッテルはどうしても無くしてしまいたくて、それをいい話に転換してしまえばすべて解決だからね」
美談だと…?
あんなクソ野郎が紅茶にしようとした事、それに気づいた少年が殺し合いをした事。それが美談なのか?
俺には理解できない。
実際問題美談かどうかではなく、美談という事にしておく、というのが重要なのだろう。
「しかし、それも長くは続かない。だって結局いい話だろうがなんだろうがその話題が出れば事件を思い出さずにいられないからね。次第に村の中ではタブー。暗黙の了解というやつで語る人はいなくなっていく。そこまで行ってしまえばわざわざその事件をほじくり返そうとする人もいないし死んだって事になってる奴は本当に死人という事で記憶に定着してしまうわけだ。むしろ忘れられていくだけの状態だな」
「…そのカナメ本人とやらが生きてるっていう事のカラクリは分かったけどよ、どうしてそれが紅茶に対してこんな事をする?」
「動機か?さすがにそれは知らんよ。僕は誰がやったか、犯人は誰かというのを突き止めるのが仕事だからね。そいつが何を考えて行動したのかまでは知った事じゃない。…というより、知り得る程の情報が無いな。推測する事ならいくらでもできるがそれはただの推測であり、言い方を変えればただの妄想だ。それを事実のように語るのは僕の趣味じゃないな」
こっちとしてはその推測でも構わないから聞きたいのだが、それはこの探偵のポリシーに反するらしい。
「とにかくだ、大事なのはカナメが生きていて、何らかの目的で紅茶を精神的に追い込もうとしていたという事だ」
「お前にはそのカナメがどこにいるかも解ってるって理解でいいのか?それを断定出来る状態になったという事だよな?」
一体カナメはどこに潜んでいるのか。
それが解ればすぐにでも探し出して殺してやる。
「いや、だからそこのカナメだよ」
「もうそのくだりはいいからちゃんと居場所を…」
「君も分からない奴だな。僕が言っているならさっきからそこでダンマリを決め込んでいるカナメだよ。旧姓、珈音最かのんかなめ。現在の名前は…」
探偵がそっとカナメを指刺す。
…おいおい、冗談だろ?
「中島、最。犯人はお前だよ」
探偵に遅れて俺と緑茶女が中島を凝視する。
緑茶女は中島の隣に居たので慌ててそこから飛びのいた。
「えっ、ちょっ、先輩!冗談キツイですよ!ほら、縁ちゃんも怖がっちゃってるじゃないですか。もしかして僕の名前が最だから疑ってるんですか?」
嘘だろ…?
こんな近くに居たっていうのか?
こいつが本物のカナメだっていうなら
ダメだ。
早く
早く殺してしまわなければ。
「死ねやぁぁぁぁぁぁっ!」
俺はとにかくこいつをぶっ殺さないと気がすまない。
紅茶にかかる迷惑とか、そういうもろもろの事を考えたら絶対にやってはいけない事だったのだが、今の俺はそんな事を理性的に考える事すらできなかった。
こういう時にいつでも始末できるようポケットに折り畳みの小さいナイフを忍ばせていたので取り出し、中島に飛び掛かる。
「君はもう少し人の話を聞く事を覚えたまえ」
そんな声が聞こえた。
聞こえた瞬間
俺の視界は一回転して、気が付いたら地面に転がされていた。
いってぇ…。
「それは紅茶君の身体なんだからあまり手荒な事をさせないでくれよ」
俺の身体は地面とは逆向きに横倒しにされていて、ぬっと視界いっぱいに探偵の顔が映る。
…この野郎…。
どうやら俺はこの探偵に後ろから首元を掴まれそのままどうにかされて投げ飛ばされたらしい。
「こう見えて僕は体術が得意なんだ。君が刃物を持っていたとしても所詮は素人だからね。僕が居る以上目の前で殺人などさせないよ」
「くそが。そいつは、そいつは殺さなきゃだめだ、ダメなんだよ」
「うるさいなぁ。とにかくこれからいろいろ説明するからとにかく全部終わるまでは大人しくしていろ」
くっ…。
どうやらこの探偵が言うように、こいつがいる以上隙をついて中島を殺害する事は難しいだろう。
「ふむ…少しは状況を理解したか?」
探偵は俺の手を取り無理やりに立たせると、中島から距離を置いた所に突き放した。
「せ、先輩。なんとかして下さいよ…」
「なんとかと言われてもこればっかりはどうしようもないな。お前の旧姓、出生地など少し調べればわかる事だぞ。しかし前科持ちの癖に警察に潜り込むとは…経歴詐称も含まれるな。…いや、どうなんだ?幼少期に殺人を行う事自体前科扱いになるのだろうか?僕もまだ勉強が足りないな。まぁいい。お前が珈音最なのは確定事項だ。言い逃れは出来ないよ」
「か、仮にです。僕がその珈音最だったとしてですよ?それがなんだって言うんですか。僕は当時の事なんて覚えてないですし勿論今回の事件には無関係です。どうして僕が犯人って事になっちゃうんですか?」
…確かに。
こいつが殺人犯かどうかはまだ確定していない。
だとしてもこいつがかなにぃの時点で俺にとっては殺害対象だ。
どうにかして殺さなくては…。
「残念だったな。今回の一連の事件の犯人がお前なのも確定事項なんだよ。いろいろ説明が必要か?必要ならわかるように言ってやろうか」
中島はそこで初めてヘラヘラ顔を辞めて、探偵を睨んだ。
「…わかりました。そこまで言うなら聞かせて下さい。僕が犯人だっていう証拠があるんですよね?」
「その通りだ。では事件の解説をしていこうか。まずこの連続事件は最初の山中大樹殺害事件、二件目の後藤誠二殺害事件。主にこの二件で構成されている訳だ。こう考えてみると意外と被害者は少ないな」
「殺人事件に被害者が多いも少ないもあるかよ…紅茶をターゲットにした時点でアウトだよ」
緑茶がそんな事を言う。今回に限りその意見には全面的に賛成だ。
「三件目の事件が起きた時は少々焦りを感じたがね、あれは本当に無関係な事件だった。とりあえずどうやって犯人を絞り込んだかという話をしようか。今回の連続事件は、閉鎖された空間での事件ではなく、また犯人がさほど痕跡を残していない事から特定の難しい事件だった」
俺が現場を調べてた時だって何も分からなかった。
最後にいろいろ調べて回った時はそれこそ犯人を刺激するためにうろついていただけだったが、まさかずっとその犯人と一緒に行動していたとは…我ながら馬鹿だ。
「勿論監視カメラに映ったりしていたがあの映像では人物の特定までは難しい。かと言っておそらく紅茶君を精神的に追い詰めるためにやっている犯行なのは明白だったので、被害者周りから容疑者を絞り込むことも出来ない。そうなってくるとアリバイを調べるなんてのはほぼ意味が無くなってしまうわけだ。紅茶君に拘るという事はそちら関係から当たるしかないが、それも一切それらしき人物は居ない…」
「それがどうして僕が犯人って事になっちゃうんですか…?どっちかって言ったら僕は犯人を捜してる側なんですけど…」
「そうさ。だから別の側面から攻めていく必要があったんだな。時に中島、お前は幾つか重大なミスをした。正直言えばお前が勝手にやらかしたミスが無かったら僕は真相に辿り着けなかったかもしれないよ」
中島はミスという言葉を聞き、自分の中でいろいろ反芻しているような難しい顔をしていた。
「それは…もしかして僕も群馬に行っていた事ですか?」
「当たっているとも言えるし外れとも言える。お前のミスは群馬に行っていたという事を僕に言ってしまった事だな。あの時お前は群馬で調べてきた事を僕に報告して、それを紅茶に伝えさせたかったんだろう?まぁ群馬で調べてきたと言ってもお前は最初から知っている事だから何か別の理由があって群馬に行ったのだろうが…それをやりたければ一人の時に勝手にやればよかったんだ。あれは僕に『まさかな』という疑惑を抱かせる原因になった」
「別に嘘は言ってないですよ。群馬に行ってきた事を隠してもしょうがないじゃないですか。ちゃんと行ってきて、調査だってしてきてるんですからね」
こいつが群馬に行ってたという事が驚きだったが、もし中島がカナメなら今更何をしに群馬へ行くというのか。
「残念だけどな、お前が祖母に会いに行ってる事は裏が取れてるよ。定期的に顔を出しに行ってるんだろう?」
「…あぁ、そこまで…知ってるならもう隠し立ては出来ないですね。確かに、僕は珈音最です。そして一~二年に一回くらいは会いに行ってます。でも、それだけですよ」
中島が深くため息をつきながら、自分がカナメである事を認める。
「そう、お前は本当に群馬に祖母に会いに行っただけだ。調査などはしていない。あらかじめ知っている事を言っただけなのだから当然だな。なぜ僕に嘘をついてまであの情報を告げた?」
「それは、ただ先輩の方から昔の事を伝えてもらって紅茶ちゃんの記憶を取り戻してほしかったんですよ。それが事件の解決に繋がると…」
「ふむ。まだ認めはしないか…。まぁいい。次へ行こう。とにかく、僕は中島が群馬へ…?という情報に、違和感を感じた。わざわざ紅茶君の過去を調べに動く事自体も不思議だったし、偶然とはいえタイミングがタイミングだったからな。ここで重要なのは、僕が中島を怪しいと感じた事だ。これが無ければこの先は無かった」
前置きはいいからさっさと必要な情報を教えやがれ。
という俺の視線に気づいたのか、探偵が肩をすくめてやれやれというポーズを取りながら先を語り始めた。
「中島。お前は自分が疑われる事なんて考えてなかったんだろう?この事件はお前が犯人だと仮定して調べるといくらでもおかしな事が解るんだよ。かなり早い段階で警察が紅茶に目をつけたのはキーホルダーの件があるから仕方ないとしても、お前は必要以上に彼女に拘っていたように思う。ショッピングモールの時も待ち合わせ場所をそこにしたのは彼女がモールへ買い物に行っていたからだろう?」
「それは…確かにそうですよ。待ち合わせ場所をあそこにしたのは紅茶ちゃんの行動先にしました。だって警察から容疑者の一人として監視対象でしたし…」
「お前は僕にいろいろ情報をくれたが…最初は僕が事件に関わる事をかなり反対していたそうだな?」
「そ、そんな事誰に聞いたんですか…?…あ、坂本さん、ですね…?先輩と坂本さんは仲が悪いから連絡とったりしないと思ってましたけど…。別に反対した理由なんて警察だけで解決したいからってだけですよ」
「ほう。まぁそれもいいだろう。なぁ、中島。一度だけだ。一度だけ言うぞ。自首しろ。今なら出来る限り減刑出来るよう僕も協力してやる」
ふざけるな。
減刑?
こいつが犯人だったなら死以外の償いは有り得ない。
「な、何を言ってるんですか。僕はやってませんって」
「そうか…。一応お前も僕の後輩だからこんな結末は望んでいなかったんだが。仕方ない。中島よ、お前は事件に関してはうまくやっていたよ。僕がお前と知り合いじゃなければ解決できなかったかもしれない。でもな…これが一番のお前のミスだ」
探偵が中島を睨む。
先ほどまでのとは違う、明らかに敵意というか殺意というか…
圧の籠った視線が中島を、カナメを突き刺す。
「僕が入院した事を知っているな?」
「勿論ですよ。カキのアレルギーで…。だからパスタの時それを避けるようにって…」
「あぁ。助かったよ。でもお前は、その会話で僕のカキアレルギーを知っている事を暴露してしまった。完全な失態だよ。ちゃんと理解しているのか?」
「な、なんでそれが…?なんの関係があるって言うんです」
「関係大ありだよ。それを知っている事自体がお前が犯人だという証拠になる」
中島がまだ意味が分からないという感じで困惑の声を上げる。
「別に、僕がそれを知っていても不思議はないでしょう?先輩とは長い付き合いですし…」
「残念だがね、僕のカキアレルギーはつい先日判明したんだ。紅茶君の家に行こうとしてね、その前に倒れて紅茶君に会うのが一日延期になってしまったよ」
「えっと、それなら多分僕は紅茶ちゃんに聞いたんだと思いますけど…」
「…それは有り得ないんだ」
中島の表情が固まる。
探偵が何を言っているのか理解しかねるようだった。
「どういう、事ですか?」
「紅茶君は…お前が思っているより馬鹿だよ?僕のカキアレルギーをね、果物の柿のアレルギーだと勘違いしていたんだ。多分現在進行形で勘違いしているよ」
「なっ、え…?そんな…事で…?」
「馬鹿みたいな理由だろう?犯人が確定する瞬間なんてそんなもんなのさ」
くだらない。
奴からしたら本当にくだらないどうでもいい部分から、自分が犯人だとバレてしまったという事なのだろう。
今どんな気分だ?
聞かせてみろよ。
「さぁ、では何故お前は僕のアレルギーを知っていたのかな…?」
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