◆探偵と殺害現場と六億円。




 さて…次は何から調べていくべきか。


一件目の事件については警察の調べにより凶器が特定された。


何の変哲もないバールだったようだ。





現場近くの民家の敷地内。塀の中に投げ捨てられていたらしい。


隠す気があるようには思えないので見つかっても問題のない物なのだろう。


今いろいろ調べている所らしいがおそらく何も出てこないだろう。





その辺に適当に捨てた物から指紋などが検出されようものなら逆に犯人以外の指紋に決まってる。


人殺しというのはそこまで馬鹿では無いだろう。





新たな目撃者等も特におらず、詳しい事は分かっていないのだが…。





周辺にあった監視カメラを調べているだろうから中島に映像を横流しさせた。





警察にバレたら中島はクビだろうか?


まぁそうなったとしても知った事ではない。





必要な情報を得る手段があるのならば利用する。


それが僕、呑萄酒葡だ。





探偵に必要な物は情報と観察力と考察力であってプライドではない。





その証拠に、ミステリ小説なんかに出てくる探偵は大抵の場合警察と協力関係にある。





物語の彼らはまずきっかけの事件がありそこで華麗な推理を披露してそこから警察の信頼を得たり協力者を増やしたりしていくわけだが、僕の場合はどちらかというと警察からかなり嫌われている。





だったら無理矢理協力させられそうな内部の人間を使うしかないじゃないか。


正しくは中島の事を協力者だなんて思っていない。


便利な情報運搬装置といったところだろうか?


そんな回りくどい言い方をしなくても一言で表現できるな。





下僕。





うん、これでいこう。





それで本題だ。


事件があった場所から少し離れた場所に監視カメラが設置してあった。


それに映っていた人物は数人と車が数台。


今警察が足でそれらをあたってアリバイ等を調べている事だろう。





まぁどうせいくら調べても何も分からないと思うが。





僕はその映像の中で怪しい人物を二人まで絞り込んでいる。





なんて偉そうな言い方をしているが、誰が見てもおかしい二人だから疑うのは当然である。





一人は完全に全身真っ黒な男。


映像の解像度があまり高くないので詳細までは見えないのだが、おそらく雨合羽のような物を着てフードも被っている。


中肉中背、これと言った特徴は無し。


靴などもほぼ見えないので特定するのは不可能だろう。





要は黒フードの人物についてはそれ以上の進展は望めないだろうという事だ。





そしてもう一人は、誰かさんによく似ている女子高生。


勿論はっきり映っているとは言い難いし本人と断言できるような物ではない。


その上監視カメラが設置されていた場所が現場からそれなりに離れているので万が一本人だったとしても全く関係なく偶然通りかかっただけの可能性もある。





その場合問題なのは本人が出かけてなど居ないと言ってる事だが。








この時点で重要なのは明らかに不審な人物と、佐藤紅茶によく似た人物が現場付近に居たという事だ。





もし黒フードが犯人だった場合、あの雨合羽の内側ならバールを隠して持ち運ぶ事も可能だし可能性としては悪くない。





そしてあの女子高生が紅茶本人だった場合。


紅茶は嘘をついている事になり、目撃者が見た女子は紅茶である可能性が高くなる訳だ。





ただし、よく似た人物であった場合は完全に紅茶に罪をなすりつけようとしている。


そうでなければ現場に紅茶のキーホルダーが落ちていた説明がつかない。





そして、その紅茶の偽物が犯人というのもなんだか腑に落ちない。


わざわざ特定の女子の振りをしてクラスメイトを殺害する…。


紅茶に対する怨恨だろうか?


だったら本人を殺そうとするのでは?





それとも大樹に惚れた女が、大樹が惚れている紅茶に嫉妬して…?


或いは大樹と付き合っていたが紅茶に惚れている事を理由にフラれたなどの痴情のもつれから憎らしい二人を一気に…。





まぁそういう可能性もまだ捨てていい段階ではない。





そして一番面倒なのが黒フードと偽女子高生の共犯パターンだ。





それぞれが怨みや何かしらの理由で、ターゲットに危害を加えるため協力し合う。





その場合直接手を下した人間とターゲットの間に何も関連が無い可能性も出てくるしお互いがアリバイを作りあったりも出来るので一気に面倒になる。





それともう一つ。


一番考えたくないパターンは





黒フードと


佐藤紅茶本人が共犯の場合だ。





こればかりはもうどうにもならない。


そうなってくると僕に依頼してきた事すら計画に含まれている可能性も出てくる。








…。





一応紅茶は依頼者だし縁の友達だ。


さすがにその可能性は無いという仮定で動くべきだ。


しかし、実際真実がそうであった場合は縁には悪いが僕は真実を暴く。


それが仕事だから仕方ない。


僕と彼女との契約は紅茶が犯人の場合は真実を暴かない事、なんて内容ではないのだから。





とにかくまだ監視カメラの映像くらいしか突破口が見つかっていない。


情報が少なすぎるし僕が動いても現状新しい何かが見つかるとは思えない。








それより今は次の事件について考えてみよう。


これについては僕は警察がまだ知らない情報を手に入れている。





ショッピングモールで紅茶と別れた日の夜、縁に呼び出された僕は彼女の家まで話を聞きに行ったのだが、いろいろと頭が混乱する事になった。





どうやら僕が来る少し前まで紅茶がここに来ていたらしい。


来訪目的はただ単に学校を休んだ縁の見舞いだそうだ。


ショッピングモールで何やら少しお高めの緑茶の茶葉を購入して縁にプレゼントしたらしい。





あそこに居たのはそういう理由からだったようだ。


縁は、「別に私は緑茶が特別好きと言う訳では無いのだが…」なんて言いながらも、珍しく頬が緩んでいたので相当嬉しかったのだろう。





お前が好きなのは緑茶ではなく紅茶だものな。





…などと上手い事を言った気になっていても仕方がないので本題だ。





縁が言うには…早朝、マラソンをしていたら全身黒尽くめの男に殺されそうになった、らしい。





僕は身内が被害者側になった事がないのでそれはもう大層狼狽した。


縁が偶然朝早くにマラソンをしていて偶然不審者に遭遇して殺されそうになる確率はどの程度だろうか?





ちなみに、何故そんな時間にマラソンなんてしていたのかについては教えてくれなかった。


どうせろくでもない理由だろう。


普通に考えたら気合入れて早朝からマラソンに出かけるような性格では無いし、踵に貼っている絆創膏を見る限り運動靴を履いていた訳では無いだろう。


玄関には縁が登校時に履いている靴しか置いてなかったし、どうせそれを履いて走っていたのだろうが、何をそんなムキになって走る必要があった?


…まぁ少なくとも事件の内容に関与するような事ではあるまい。





縁が必要な情報を隠すとは思えないからだ。





現に、縁は…彼女にとって不都合な情報も教えてくれた。





朝マラソン中に紅茶らしき後姿を見つけて追いかけていたら黒尽くめ野郎に襲われた事、そして突如現れ縁の顔面にドロップキックをした女。


その声は紅茶の物だった気がする。との事。








…これに関してはどう考えたらいいのだろう?





おそらく監視カメラの映像に映っていた黒フードと今回の黒尽くめは同一人物だろう。


縁が説明する特徴が酷似している。


真っ黒な雨合羽で身を包んでいる人間というのはまぁたまに居るだろうが、雨も降っていないのにその格好の奴がそうそう居るわけない。





これで一件目の事件にも黒フードが関与している確率が上がった。


そして、縁が襲われた場所と最初の事件両方に紅茶、もしくはよく似た人物が居たという事は…。





可能性として、やはり黒フードと偽の紅茶が共犯で、今回は紅茶に近い縁を狙おうとした。





或いは、黒フードと紅茶本人が共犯で、黒フードが縁を狙ったが紅茶がそれを阻止した。





もしその場合は、さすがに友達を犠牲にするのは嫌だったと言ったところだろうか。





そしてもう一つの可能性…その女が紅茶に似た人だろうが本人だろうが、事件に関連はしているが犯人とは関係ないという場合。





たとえばどちらかがどちらかを追っている、またはそれぞれ目的があり、それを成すための場所が被っている場合。





あるターゲットを狩る側と守る側に分かれた場合などがこれにあたる。





他には、証拠を探しに来た者と隠滅しに来た者など。





個人的見解としては、少なくとも完全な共犯という訳ではない気がする。


紅茶らしき人物を見て黒フードは逃げたと言っていた。





紅茶が共犯で、さすがに縁は殺させたくない場合はその範疇ではないが、だとしたら見た瞬間に逃げたというのはおかしい。





それなら紅茶、或いはよく似た人物に見られたくなかった、捕まりたくなかった。その方がしっくりくる。





だとしたら共犯などではなく、紅茶らしき人物は黒フードを止める為に現場に居たのかもしれない。





勿論全てが仮定の話なので先入観を持ちすぎるのはよくないが、可能性としてはそれなりだろう。





問題はだ、その紅茶らしき人物が、本人なのか似た人物なのか。


それがはっきりしない事には話が進まない。


紅茶を問い詰めるべきだろうか?





その件に関して問い詰めるかどうかはさておき一度紅茶にあって話をすべきだろう。





縁が襲われたとなってはますます紅茶本人の身の危険だって増して来る。





もう少し警戒してもらわなければいけないだろう。





分かった事はそれだけではない。


縁の話には続きがあり、ドロップキックで意識を失った縁を誰かが家の前まで運んだという。





それは純粋にドロップキックを放った本人と考えるのが妥当だろう。


ならば必然的に縁の家を知っている人物が濃厚で、紅茶である可能性が高まるのだが、正直言って家など調べれば解る事なので事前に紅茶の交友関係を調べていた場合本人である必要はなくなる。





意識を取り戻して家でしばらく休んでから、縁はもう一度襲われた近辺まで様子を見に行ったらしい。


さすがに迂闊すぎるのでそれに関しては注意した。





だが、それがいい方向に進んだきっかけになるので強く言うに言えなかったのだが。





もう一度様子を見に行った時に、その近辺が騒がしくなっている事に気付いたらしい。


…それが、二件目の事件。


紅茶と縁が通う学校の教師、後藤誠二が殺害された場所だったのだ。





そこに居た警察官に何があったのか聞いた所聞いてもいない事までベラベラ喋ったと。


そして僕に教師殺害の件を連絡くれたと言うわけだ。





ちょうどその頃僕と紅茶は喫茶店で契約するかしないかの所だった。








少し整理しよう。


縁が襲われた時間は、まだ日も昇っていないような時間帯だったとの事なので幅を大きめに考えても夜中の二時~五時の間だとする。





そしてその現場と後藤誠二が殺害された場所はほぼ同じ。


そして彼が殺害されたのが朝の三時頃と分かっている。





考えられるケースは、黒フードが後藤誠二を殺害しようとしていた場所に縁が通りかかってしまい、縁も始末しようとした。





後藤誠二を殺害した場所の近くに縁が現れてしまった為に縁も始末しようとした。





この二つの場合は縁である必要性が無い。


偶然通りかかったから殺されそうになったという流れだ。





問題は、縁がターゲットだった場合。


縁を殺害する為に追いかけてきた黒フードが、縁を殺し損ねて仕方なく紅茶に近しい別の人間を手にかけた。





しかし縁が早朝にマラソンをするなんて事を想定しているとは思えないのでこの可能性は薄いのではないかと思う。





もう一つは、後藤誠二も縁も両方殺す予定だったので遭遇ついでに殺そうとした。





この場合は紅茶が共犯から外れる。


もともと縁殺害が予定されているのなら紅茶が共犯とは思えない。





そして、この場合明確に紅茶に対しての悪意が見て取れる。





明らかに紅茶に近い人間を殺しに来ているのだからサルでも分かるだろう。





これが偶然というのなら僕は今頃宝くじで六億手に入れている。





縁のおかげでいろいろ進展があったが、結論を出せるほどではない。


それでも仮定が幾つか立てられるようになったので、それぞれの場合を想定して考えて最初の事件や紅茶の偽物や本人の件など当てはめていく事で少しずつ全容が見えてくるだろう。





これは小さいながらも大きな一歩である。





だが、やはり警官として中島の口の軽さはどうかと思う。


やはり道具扱いするくらいでちょうどいいだろう。


あんな奴警察を辞めた方が国民の為だ。





次は紅茶本人にいろいろ聞いてみよう。


何か進展があるとは限らないが、縁は襲われた事を紅茶に話していないそうなのでその件で揺さぶりをかけるのもいいかもしれない。





あまり好きなやり方ではないが、依頼人が探偵に隠し事をするなんて許されていい筈がないのだ。





偽物だった場合は…まぁ、すまん。



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