◆アリバイとネコ型ロボとSOS。




 困ったことになった。


山中大樹が死んだ日から紅茶の様子がおかしい。





表面上はいつものように明るく、そしてアホっぽいところも特に変らないのだが…ふとした時に何かを考え込むように視線が宙を彷徨う。





何かを見ているわけではなく、何も無い虚空に焦点を合わせてぼけーっとしている。


そんな様子だから緑茶女も心配になったらしい。





しかし緑茶女が心配に思ったのは、他の大多数の奴らが考える心配ではなく俺が思うところの心配と同じだった。





「…アールグレイは…もしかして大樹の事が好きだったりしたの?」





「ううん。全然」





 眼を空中に泳がせながらも即答。


若干大樹が哀れだ。





…しかし、それくらいドライなのが紅茶だし、もともと俺は紅茶がこんなにショックを受けるとは思っていなかった。





だからまさかなと少しだけ心配していたのだがその心配は無用だったようだ。





「聞いた私が馬鹿だったよ。ヌワラエリアはそういう奴だった」





「ちょっと、酷い奴みたいに言わないでよー!普段日常的にそこに居た人が居なくなっちゃうっていうのは本当にショックなんだよ…?ただ好きでもなんでもないだけでさ」





 紅茶はそうでも大樹はその気だっただろう。


それに気付いていなかったのか気付いたところでどうでもよかったのか…。


どちらかといえば後者だと思う。





正直紅茶にとって山中大樹という人間が自分の事を好きだろうと嫌いだろうと本当にどうでもよかったんだと思う。





ただ自分にとってそこに居た人、自分の生活の中にあったものが失われたという事実に心が反応してしまっているのだ。





自分の奥の方に閉じ込めた余計な記憶達が、失うという事実を認めようとしないのだ。





今後の俺の行動については予定通り進めるし何も変更は無い。


やるべき事はやらなきゃならない。





だけど、紅茶に出来る限り刺激を与えないように細心の注意を払わなければいけない。


これはなかなか骨が折れる。





そしてすべき事がはっきりしていようともそれをいつどう進めるかというのはなかなか予定が立たない。





時と場合と状況次第なのでやむを得ないのだが、それが尚更俺を焦らせる。








次の生贄は誰だ?











結局、何事も進まないまま数日が過ぎた。


学校はあと数日休みになる事が決定していて、再開は週明けの月曜からという事になった。


今日が木曜日。今週中に少しは進めておきたかったのだが…。


 結局木曜日は身動きがとれず、金曜は何も進展がないまま一日を終えてしまう。


 土日こそはと気合を入れ直したのだが…。








…その土曜、俺にとってどうしようもない程邪魔な奴が現れる。








「君、今一人?お母さんとかは?」





 新手のナンパではない。


警察官が紅茶の家にやってきたのだ。





理由は、どうという事はない。


警察官は全てを疑う生き物であり、学校の生徒からも事情を聞いて回っているのだろう。


しかし紅茶のところまで来るとは余程手辺り次第に探しているのだろうか?


面倒な事に山中大樹が死亡した日、その時間に紅茶のアリバイは存在しない。








さらに言えば、もう少しやっかいな状況でもある。





「なんかね、えっと…これは誰からの情報、とかは言えないんだけど、事件があった当日ね、現場の近くで君に似た人を見たっていう情報があるんだよね。心当たりあるかい?」





 無いだろう。


それは紅茶じゃないし彼女が犯人でないのは俺が知っている。


残念ながらそれを俺が警察に証言してやるわけにはいかないのだが。





「無いですよ。多分私じゃないと思います。あ、長くなりそうなら上がって下さい。玄関でずっと立ち話なんてお母さんに知られたら怒られちゃう」





 確かに玄関で立ち話してそのまま客を帰したなんて知ったら紅茶の母親は怒るだろう。


無駄にそういうのにうるさい人なのだ。





「え、いいのかな。今家の人居ないんでしょ?」





「大丈夫でーす。そこの部屋で待ってて下さい。お茶持ってきますねー」





 母親の躾通りきちんと客をもてなしているところは褒めてやりたいところだがこんな警官、男をホイホイ家に上げてしまうあたりもう少し警戒心を持ってもらわないといけない。





この警官の顔と名前は俺がしっかり覚えておこう。


きっと紅茶は忘れてしまうから。





顔は覚えた。


髪の毛は短めだが少々不揃いな長さにカットしていてワックスでがっつりとツンツンに逆立てている。


身長は百七十前後だろうか。





きっちりした黒スーツを着ている癖に真面目さのかけらも見えない。





名前は中島。残念ながら下の名前は会話に出てこなかった。


ちらっとしか手帳を出していなかったが少なくともパッと見では偽物には見えなかった。





「それでね、その日本当に外出してないの?」





 どうでもいいけどこの警官口調が馴れ馴れしすぎじゃないか?


それに若い。





勿論大樹は自殺や事故ではなく他殺なのだが、殺人事件の捜査にあたる警官としては若すぎる気がする。





そんなに優秀な人材にも見えないしその馴れ馴れしさからは不快感しか湧き出ない。





中島は紅茶が入れてくれた冷たい麦茶を飲みながら「こりゃうまい」なんていいつつ聞き込みをしていた。





「何度聞かれても外には出てないですし私じゃないですってばー。お母さんに聞いてもらえば…ってその日はお母さん次の日早いからって夜八時くらいには寝ちゃってたんだった…」





 山中大樹が殺された時間は夜の二十一時半から二十二時半の間頃らしい。


大抵の人間は家族からであればアリバイも見つかるだろう。


まぁ、家族の証言などアリバイとして成立しないのだが。





紅茶の場合は家族の証言すら取れないのだから多少うるさく聞かれても仕方が無い。








「うーん。それだとちょっとおかしいんだよね。場所的に監視カメラとかは無かったから実際本人かどうかを確認はできないんだけど…現場近くから君の持ってたキーホルダーが見つかってね」





「え?もしかしてネコのキーホルダーですか?確かにそれはちょっと前になくしちゃいましたけど」





「…ネコ型ロボットのキーホルダーをネコって言い切る君が少し恐ろしいよ。…とにかく、現物はちょっと持ち出せなかったけど写真なら持ってきてるよ。これは君のかい?」





 中島が懐から一枚の写真を取り出し紅茶に見せる。





「あー。これは間違いなく私のですねー。ほらこのヒゲが擦れて消えちゃった上からペンで無理矢理ヒゲ書いてるのは私の以外ないと思います」





 確かにそれは紅茶が携帯に付けていた某ネコ型ロボットのキーホルダーだ。


同型、ではなく紅茶の物だろう。





面倒な事になってきた。





「でもなんでこれが?大樹君が死んじゃった場所って、刑事さんの話だと私の通学路とは関係なさそうですけど」





「それだよ。それで君に事情を聞きにきてるわけなんだなー。学校の生徒から、君が付けていたものじゃないかって情報をもらってね、これは確認しなきゃって。でも君の物で確定、アリバイも無しか…」





「いやいや、近くに落ちてたってだけでしょ?私やってないし」





「それと、近くで君に似た人が目的されてる」








 警官の目が鋭くなった気がした。


こいつは、紅茶を疑っている。


飄々とした態度も演技かもしれない。





紅茶がやった事ではないのだが、あまりちょろちょろされて紅茶を刺激されては困る。





こいつは要注意人物だな。


どうにか排除する方法を考えておいた方がいいかもしれない。





紅茶は、警官が自分を疑っているとかもどうでもよさそうで、むしろ犯人が誰かなんて事にもあまり興味がなさそうに見える。


この場合、興味無さそうに見えているだけだが。





俺が言うのもなんだがおかしな女である。





「でもちがうしー」





「…君は不思議な子だね?友達が亡くなって、自分が疑われるような状況なのに気にしてないね。そんなに自信があるのかな?」





「自信?やってないものはやってないし、もしも私が冤罪で捕まったとしても私だけはやってないってわかってるからどーでもいいっていうか…」





「…え?ちょっと、理解できなかったんだけど、やってないのに掴まったら…普通困るよね?」





「困りますよ?でも冤罪ってそういうものでしょ?」





「…君さ、同じ学校の子が死んだのに随分平気そうだね?怖かったりしないの?」





 このクソ中島野郎。


なんて事聞きやがる。





「…平気そうに見えます?それは多分刑事さんが私の事全然知らないからですよ。私これでもかなり動揺してるしショックです。それにまだ誰か殺されたらどうしようってすごく怖いです」





 そう言って紅茶は笑った。


あのうそ臭い笑顔で。








 中島は自分の言葉を否定されたのが気に入らなかったのか、露骨に表情が怒りに染まった。





…が、それも一瞬の事で、すぐにまた飄々とした雰囲気に戻ると、「また来るよ」と言って出ていった。





二度と来るんじゃねーよ!





むしろ、二度とこれなくしてやろうか!!








彼女はそれから静かに、しばらく一人で泣いた。


声もあげずに静かに。





そしてネコ型ロボット不在の携帯電話を手に取り通話ボタンを押した。





「ねぇ、お願い。今から家に来て」





 紅茶がこういう事を言うのは非常に珍しい。


それだけ彼女が追い込まれているという事なんだろうか。





俺は、彼女を癒してやれない。


それがとても悔しかった。





その電話の相手に負けた気がして、とにかく悔しい。





悔しくても今はそいつに俺が泣きつきたい気持ちだった。





頼む。紅茶を癒してやってくれ、と。








そして程なくして紅茶の家にやってきた緑茶女は、うそ臭い笑顔で迎える紅茶をぎゅっと抱きしめた。





羨ましい。


だが今それが出来るのはこの女だけなのだ。


なんとかしてくれ。





「ゆかり…私、なんかもう訳わからないんだ。私ね、大樹君の事とか本気でどうとも思ってないんだよ。酷い女だよね。だけど死んじゃったって聞いて…なんかこうぞわぞわってして…こうやって自分の生活が壊されていくのかなって思ったらすっごく怖くなって…。大樹君が死んじゃった事より自分の事ばっかりで私最低な人間だよね。だけどね、ほんと言うと私が最低かどうかとかもどうでもよくって、ただ自分の世界を壊そうとする人が許せなくってどうにかしてやりたくなっちゃうの…もう何言ってるかわからないの…私どうしたらいい?このまま私の世界が壊されていくのかな…何もできないのかな。ゆかり…お願い、お願いだよ……助けて…」














 ここまで紅茶が支離滅裂に何かを訴えるのは初めて見た。


大分頭が混乱しているらしい。





きっと紅茶が怖いのは


自分の世界が壊されていく事だけじゃなくて、


壊そうとする相手に抱いてしまった殺意。


その殺意を抱えてしまった自分が怖くなってしまったのだろう。





あの時と同じ、殺意を。








紅茶を抱きしめたままじっと耳を傾けていた緑茶女は、ゆっくり紅茶の背中を撫でながら耳元で囁いた。








「紅茶…君が望むなら探偵を紹介しよう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る