◆ワインと死体と変な服。




「…それで?」





 なんだこの感じ悪い女は。





外見はとても整っているように思う。


身長は百七十はあるだろうか…背中の真ん中ら辺までのびた黒髪は毛先まで艶やかで、手入れが行き届いている。


前髪は六対四くらいの割合で分けられていて、六の方が片目を隠している。


こういう髪型をしている奴を見るたびに思うのだが、距離の感覚とかちゃんと分かってるんだろうか?


オシャレとしてこういう髪型をしている奴が確か小学校時代に居た気がするが、そいつは一週間で前髪がウザくなったとか言って辞めていた。


その他にも中学時代に一人いたが、それはどちらかというと陰気を実体化したような奴だったので、人と目を合わせないようにそういう髪型にしていたのだろう。





ただこの女はそのどちらとも違うように思えた。


特に根拠がある訳ではないのだが、ファッションに拘るタイプのようには見えないし、人と目を合わせるのを拒むタイプとも思えない。





そもそもこいつの服装はなんだ?


上下お揃いのスラっとしたスーツなのだが、なんと表現したらいいのか…。


黒に近い深めの赤紫…というのが一番近い。


そしてそのスーツの全面にうっすらとグレーの縦縞が入っている。


ボーダーではなくストライプだ。





なんだか目つきが悪くて趣味の悪いホストみたいな風貌である。


…いや、どちらかというと悪徳金融会社の役員のようだ。


うん、そちらの方がしっくりくる。





「それで、って言われても…」





「…君はあまり頭の回転がいい方ではないな」





「えっ?あ、よく言われます」





「…はぁ。縁の頼みだから話だけでも聞いてやろうと来てみれば君みたいなのが依頼者とはね…僕は子供とうるさい奴と頭の悪い奴が大嫌いなんだ」





「それって全部子供の事じゃ…?」





「もう一つ追加。嫌味が通じない奴も嫌いだよ」





「そうなんですね。それで、依頼受けてくれます?」





「…君って人はたいしたもんだよ」





 うん、俺もそう思う。





この女は紅茶の事を完全に面倒な奴だと思っているし、その切れ長の眼でずっと睨みつけている。


その上悪意が伝わるように嫌味を言い続けているのだが紅茶はまったくそれを理解していない。





それが彼女のアホな所以であり、いい所である。





「そもそも、君の依頼は要領を得ないんだよ。つまり君自身はこの事件をどうしたいんだ?」





「どうって、どういう意味だろ…えっと…?」





「あのねぇ、…いや、いい。つまりだな、僕に何をさせたいんだ?君の容疑を晴らせばいいのか?それとも犯人を見つけたいのか?或いは今後起きるかもしれない事件を未然に防げばいいのか?それぞれ対応が変るし準備も手間も費用も変ってくるんだからその辺りをはっきりと…」





「全部です♪」





「…もう一度、いいか?」





「全部お願いします♪犯人を見つけて次の事件を防いで私の容疑を晴らして下さい」





「…君は縁から僕の事をどう聞いてるんだ?」





「えっと…詳しくは聞いてないけど、絶対笑わなくて愛想がなくて冷たくて口が悪くて人を見下して自分至上主義のヤバイ奴だけどすごい探偵だよって…」





「ほう、なるほどな。この話は無かった事に…」





「ちょっと待ってーっ!なんでそうなるの!?」





「君がそれをいちいち説明しないと理解できない輩だからだよ」





「ちょっと意味分かんないよお姉さんってもしかして変な人なのかな…」





「ぐっ…阿呆に見下されるのがこんなに不愉快だとは…これは久しぶりの感覚だぞ」








 それからしばらくアホと変人の言い合いが続いた。





少なくともこれで探偵はこの事件に関わってこないだろう。


その方が助かるし、面倒な奴はいないに越した事はない。





どちらにしてももう止まらない。


まだ止まらない。





もう次の事件は起きているのだから。











「あーもういい。君と話しているとこちらまで頭が悪くなりそうだ!これで失礼する。ここの代金はこれで払いたまえ。もう会う事はないだろうから今日くらいは奢ってやろうじゃないか」





「えっ、ほんと?ありがとう!」





「ほんっとに…君って奴は…」





 探偵が心底呆れ顔でうなだれた瞬間、妙な色のスーツのポケットがブルルと震えた。





「…なんだ。そもそもの原因からの電話じゃないか。文句の一つも言わないと割に合わないな…」





 そう言いながら探偵は電話に出た。





嫌な予感がする。


あいつが死んだのが今日の朝三時ごろだからそろそろ騒ぎになっていてもおかしくない頃だ。





「おい、お前とんでもない奴に僕を紹介しやがって…ん?なんだ、落ち着け。何があった…?」





 電話の相手は、話の流れからして間違いなく緑茶女だろう。


あの女…余計な事をしやがって。





「ほう…これは少し面白くなってきたな」





 探偵は緑茶女から話を聞いて、電話を切ると紅茶に向き直りこう言った。





「気が変った。その依頼受けてもいい」





 ほら面倒な事になった。


この探偵がどの程度できる奴なのか分からないしこんな奴どうという事ないと思うが油断はできない。





俺の計画には邪魔でしかないのだからその邪魔者が小さかろうと大きかろうと細心の注意、警戒は必要だ。


むしろ警戒の大きさよりも、警戒しなきゃならない相手が増えてしまった事の方が問題である。


俺はいつでもどこでも見ていられる訳じゃないのだからどんどん動きにくくなっていく。





早く全てを終わらせなければ。








「ほんとに?解決してくれるの?」





「ああ、任せてくれていい。ただし…」





「ただし?」





 そこで探偵は一度ため息をついて、再び紅茶を睨む。





「全部は諦めろ。依頼を全部こなしていたら相当高額になるぞ。それに僕は縁の紹介だからと言って安くしてやろうなんて思わない。仕事というのは正当な報酬を得る為にするものだからな」





「え?いいよ?払う払う。全部やって」





 …おいおいマジかよ。


紅茶はアホだが金銭感覚までぶっ壊れてるのか?





「どのくらいの期間で解決するかにもよるが僕は本当に安くないからね。全部こなすのなら五百万は見ておいてくれたまえ」





「おっけー」





 おっけーじゃねぇよ何考えてんだ。


探偵、お前がこいつを止めろ!





「…僕が言うのもなんだが、君は変った奴だな」





「えへへ♪よく言われる」





「…払えるんだな?」





「払えるかどうかじゃないよ。払うんだよ…ッ!!」





 だめだこいつ。





「そんなにキメ顔で言われても…まぁいいだろう。最悪の場合どうにかして搾り取ってやるからな」





「おっけーおっけー。期待してくれたまえ期待しているよ」





「…なんか腹立ってきたがまぁいいだろう。では調査に入ろうか。まずは山中大樹が殺された事件と、今朝起きたであろう後藤誠二殺害事件の調査だ」





「…え、今…なんて?」





 アホの子の表情が固まる。





探偵に相談して依頼を受けてもらうという流れを経てやっといつもの紅茶が戻ってきていたというのにこの腐れ探偵が余計な事を言ってしまった為に再び彼女の表情は曇っていく。





「今度は…後藤先生が死んだの…?」





「あぁそうだよ。腹を割かれて内臓をくりぬかれた上に腹の中に自分の頭を詰められて死んでいたらしい。僕もまだ詳しくは知らないがね」





 探偵は紅茶の表情が曇っていくのを楽しむかのように死体の状況を説明していく。





これは緑茶女に聞いたのだろうが、あの女はなんでここまで詳しかったんだ?


見てきたわけでもないだろうに…緑茶女の情報網は要注意だな。





ちなみに、もっと正確に言えばくりぬかれた内蔵は、腹に詰められた頭部の口の中にさらに詰められている。


本当にどうでもいい事だが。








「それと、縁から君に伝言だ」





 何も考えられなくなった紅茶が濁った眼を探偵に向ける。





「プリンスオブウェールズは常に笑え。でなければ緑茶まで濁ってしまう。…君なら意味が分かると言っていたが、本当にこれで君が理解できるのか疑問だな」





 きっと緑茶女は照れ隠しかなにかのつもりで遠まわしな表現を使ったのかもしれないが確かにこれで伝わるのかは疑問である。





しかし、紅茶は緑茶女からの言葉をぶつぶつ何度か呟いてから、にっこり笑って顔を上げた。





俺はそれを見てまた、言葉にし難い嫉妬に精神を焼かれる。





「わかったよ。私は、笑ってればいいんだね…もう、大丈夫」





「…ふむ、僕が思っていたよりは、理解力もあるらしいな。てっきりどういう意味か聞き返されるかと思ったよ」





「実はよく分かってないんだけど…でも、言いたい事はなんとなく分かるから。私は緑茶を困らせたくないし嫌な思いもさせたくないから笑うことにする。嫌な事は全部忘れて探偵さんに投げっぱなしにする!」





「いい迷惑だよ」





「でもそれが仕事なんでしょ?」





 紅茶の言葉に探偵は少し驚いた顔をして、すぐに真面目な表情をすると、紅茶にそっと手を差し出した。





「握手といこうじゃないか。これで君は正式に僕の顧客だしな。よろしく頼むよ」





「こちらこそよろしくね♪」





 ぎゅっと探偵の手を握り返す紅茶。





 それを、俺はどこか冷めた目で眺めていた。








場合によっては、次に死ぬのはこの探偵になるかもしれない。





俺が一番殺してやりたいのはあの緑茶女なのだが、紅茶にはまだあの女が必要だ。








「そういえば探偵さんってなんて名前なの?ずっと探偵さんって呼ぶのも嫌だし…」





「まだ名乗っていなかったか?…いいか、一度で覚えろよ?大抵名乗っても何回か聞き返されるんだ…。僕の名前は…酒葡だ。呑萄酒葡のんどう さかほ





「えっと、の、のんどう?」





「…人に名前を聞いておいてその態度はどうかと思うがね」





 ごもっともである。





「まぁいい。君ら風に言うのであれば…そうだな。葡萄酒とでも覚えてくれればいいさ」





「じゃあ葡萄のお姉さんで!」





「やめとけばよかった…むしろワインにすればよかったか?おい君、やっぱり僕の事はワインと…」





「君じゃなくて紅茶。く、れ、さ、だよ葡萄のお姉さん♪」





「…はぁ。次に会った時縁に愚痴る内容が増えそうだ」





「なんか言った?」





「縁と君の話で盛り上がれそうだ、と言ったのさ」














 頼むから、余計な事はするな。


そして願わくば





無能であれとは言わない。





優秀で有り過ぎないでくれ。


今、この件に必要無い事までほじくり返すのだけは、許すわけにいかない。





もしもの場合は、この一連の事件とは関係の無い死体が増える事になる。

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