夕闇の少女
優。
01 星空の下で
「――いい天気だな」
隣にいる彼女に言うつもりではなかったが、俺はぽつりと呟いていた。
「ん」
俺の声は聞こえていたらしい。
星空の中では簡潔ではっきりと聞こえる、彼女の小さな言葉。
他人が聞けば、聞き取れないくらい慎ましやかで、控えめな声量で彼女は答えた。こっそりと盗み見ると、彼女は微笑んでいるようだった。彼女のことは好いているが、微笑んだ顔が一番好きだった。つまり俺は赤面している可能性がある。彼女を盗み見るなんて失礼なマネをしたのだから当然の報いなのかもしれない。
小さな声。彼女のことを知らない人間なら、きっと聞こえない。
……彼女の事を俺は知っている。
――だから、なんだという話だ。
それでも、彼女は、
俺にとって、小さい頃から知っている大切な幼馴染だった。
◇
彼女は空を見上げていた。
綺麗な夜空だった。都会と比べてしまうのがおこがましいくらい。
「綺麗だね」
ぽつりと彼女が呟く。綺麗な夜色の髪が風で揺れていた。そのつややかな髪色の中に、一房だけ染められているところがある。その色は、夕焼けのような色で、どこか普段は静かな彼女は感情的になったときに見せる色と似ていた。
高校時代にずっと一緒にいた彼女は、
いつの間にか、綺麗な黒髪を一房だけ染めていた。
理由を聞いたことがあるが、彼女は答えてくれなかった。
彼女が風で目にかかった髪を振り払う。すっと、魔法のように彼女の手につられて、髪が整う。その様子に、彼女はほっとしたように息をついていた。
その光景が、俺の目には都会より美しい星空よりも鮮烈に映る。
まるで、映画の主演女優の一連の動作のようで、夕闇はそれを祝福するかのように、きらきらと輝いているように見えた。
……今は夜だが。そんな幻想を俺は視る。
まったく、変なところでロマンチストなのは、ガキの頃から変わらない。
――もっと変わらなければいけないところがあるだろうに。
だから少しだけ、ほんの少しだけ、気が緩んでしまったのだろうか。
「――まぁ、お前のほうが綺麗だけどな」
言葉が、ぽつりと漏れた。
◇
「悠耶?」
俺の名前を呼びながら、彼女がこちらを向く。
そして、俺は彼女に何をいった?
「何だゃ?」
噛んだ。
「いま、あたしのこと、綺麗って言った」
彼女はそれには触れなかった。
そして、独り言は聞こえていたらしい。
聞いてほしくないところを聞き返してくるのは、彼女が少しくらいは俺のことを意識してくれているからなのだろうか。
――バカが。
「そうだな。綺麗とは言った」
俺はどうしようもない。
俺は――
「……そう、なんだ」
応える術を持たない。持てなくなった。それを言い訳に、いや違うな。
これは俺の弱さだ。だが、どうすればいいんだ? しらねぇ。わからない。
俺は、どうすればよかったのだろうか。
そんなことを考えている刹那に、彼女の視線は逸れていた。
これでいいわけがない。それでも俺は前に進めない。
これは弱さだ、分かっているはずなのに、本当に俺は――許せない。
でも、今この時に何もしなかったら、今以上に後悔すると思った。
……拳を握りしめる。何のためにだ? しらねーよ。俺は思ったままに生きる。それでいいんだ。
俺は、これ以上逃げたくない。
◇
「ユウ――少し、傍にいてくれないか?」
口から出た言葉は、俺にしては勇気を振り絞った言葉で、
あまりにも情けない言葉で。
違う。そうじゃない。
俺が彼女に伝えたいことは――
「イヤ。アンタを見てたら、空が見られない」
そう言って彼女は答える。
しかし、彼女の顔は夕焼けと同じくらい頬が染まっていた。
夕闇の少女 優。 @renren334511
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