宴会ー1

 村は朝から活気づいていた。村人は笑顔で肉の入った樽や酒樽などといった食べ物や飲み物を集会所前の広場へと運んで、宴会の準備を整えている。


 それというのも、上級冒険者のパーティが昨夜のうちに『手負い』を見事に討伐せしめて、さらには生存の危ぶまれていた第二部隊のメンバーを救い出し、村へと連れ帰ることに成功したためであった。


 この二つの吉報は村長によってすぐさま村中に伝えられ、厳戒態勢を解かれることとなり、村人たちに安堵を与えることとなった。他の冒険者たちもまた肩の荷が下りたといった様子であり、それぞれ互いに笑顔を見せ合い、拳を打って喜びを分かち合った。


 村に平穏を取り戻した冒険者たちであったが、彼らは自身の役割を果たしたと同時に村から立ち去ろうとして、村人たちから止められた。平穏が戻ったことを祝う宴会を開くから、それに参加して欲しいと、頭を下げて頼まれたのである。


「いや、そもそも俺たちは報酬を受け取らないという契約で来たんだ。折角の申し出ではあるが、受け取るわけにはいかないよ。気持ちだけでも十分すぎるさ」


 冒険者の一人が格好つけて洩らした言葉が、村人たちの心をより強く打ち響かせたらしい。このまま町へと帰したら申し訳が立たぬと言い、言葉や涙を武器に言いくるめ、冒険者たちを引き留めることに成功したのだ。


「都会にいる悪徳商人よりも口が上手く、やりくちが汚い」


 とは、冒険者たちの憎まれ口であり、褒め言葉でもあったろう。報酬はないと確約されてはいたものの、それは金銭的な意味であり、飲食物などはそれに該当しないと言われたのである。村人たちにそこまで言われた上に、さらには村長からも感謝の言葉があった。


「今回の『手負い』は、流石に私も想像していませんでした。つきましては、追加報酬に関する相談の場を宴会にて設けたいと思っています。これは当初の契約とは別件であり、それぞれのパーティが拠点としているギルドにも、正式に報告書を提出させて頂く予定です」


 礼を尽くした村長の言葉があっても、過分な気持ちであるとして、報酬は要らないとして、断ろうとする冒険者たちが僅かにいた。


 自身が礼を尽くしているにも関わらず、過剰な遠慮を見せる連中の存在を、村長は好まざるところであったらしい。彼女は冷笑を浮かべながら、連中に言ってのけたのだ。


「もちろん、お急ぎの御用があるのならば、お断りになっても構いませんよ。馬車馬のように働くことを生き甲斐とし、禁欲的且つ無欲的で、立身出世に対して憎しみすら抱く方々であると、そのようにギルドに報告させて頂きますので」


 こうまであからさまに報酬と失望のどちらかを選べと提示されると、さしもの冒険者たちも断れる大義名分を見出せず、宴会に参加せざるを得ない状況となったのである。


 それと同時に、彼らは誰もが思ったものであった。真に恐れるべきは強大な魔物などではなく、【深炎の女帝】の浮かべる冷笑である、と。


   ◇ ◇ ◇


 宴会といっても、それほど大層なものではない。なにせ、山中の田舎村で催されるささやかなものであるから、肉や野菜を焼いたものと、酒が振る舞われる程度のものだ。踊りや音楽といった演出など望むべくもない。


 が、しかし、冒険者たちは酒と肉があればそれだけで十分に過ぎると言ってのける、豪の者たちばかりであった。或いは酒がなくとも、肉料理だけの宴会であっても、彼らは良しとしたかも知れない。


 なぜなら、彼らの主目的はあくまで『手負い』を退治た報酬についての相談であり、宴会はそのための口実に過ぎなかったからである。

 そう、口実に過ぎなかったはずであった。


「……弱いなぁ」


 ソルトが呆れてしまうほどに、冒険者たちは酒に呑まれて酔っ払い、口笛を吹いて踊り出し、決闘騒ぎを起こしていた。


 彼らの名誉を保護するために述べておくと、彼らは酒に弱かったというわけではない。酒の方が、強かったのである。宴会で振る舞われた酒は『熊殺し』と呼ばれるこの村の名産品で、度数は五十度を優に超える。そのくせ口当たりが軽く、爽やかなのどごしであり、すいすいと水のように飲めるため、酔い潰れてしまいやすいのだ。


「いや、すみませんね。仲間たちが醜態を晒してしまって」


 そう言いながら、広場の隅で傍観を決め込んでいたソルトの前に現れたのは、上級冒険者のリーダーたるペッパーであった。


 彼はいかにも困ったと言いたげに眉を下げつつ、けれども堂々とした足取りで、ソルトから少し離れた位置に座る。近すぎず遠すぎず、彼我の気配が気になるかならないかという、絶妙な距離感である。


(何の用だろうか)


 とは思うソルトであるが、もっとも、彼に用件など無く、喧騒の強い広場から避難してきただけの可能性も否定はできない。


 ゆえに彼は手元の皿にある肉を食べ、果実水を飲むという一連の動作のみに集中する。肉は熊を狩って処理して、しばらく熟成させていたものである。臭み消しの薬草が効力を発揮していて食べやすく、舌触りは柔らかで、深みのある味わいが楽しめる。調味料は幾つかあるが、彼は甘辛い果実のソースを少しつけて食べてゆく。


 ソースと肉で濃厚な余韻を残す口の中に、すっきりさっぱりとした味わいの果実水を流し込むことにより、一気に口を浄化するのだ。それによって、再び肉を食べようという意思が泉の水のように湧いてくる。


 それの元となる果実もまた、熊と同じく森の中で採れた物を使用している。酒の原料も同様である。まさに自然の恵みと言って良い。


 ソルトが食事を平らげて満足感を覚えたときも、ペッパーは少し離れた位置に座ったまま、彼のことをにこにこと微笑ましそうに見つめていた。


 流石にここまでくると、他人の情に鈍いソルトでも無視し続けるという選択を取るわけにはいかない。向こうが気にしていなくとも、やはり自らに刺さってくる視線は鬱陶しいものであるからだ。


「……あの、何か僕に用件でも?」


「はい、幾つか伝えたいことがありまして」


 ソルトはそれを面倒な話題であると察して迷惑な表情を作って見せるが、しかしペッパーという男は愛嬌のある笑みを絶やさぬまま、話を切り出し始めたのである。


「まずは、君にお礼を言わせて頂きます。ありがとうございました。君が率先して森に出向いてくれなければ、何人かは犠牲になっていたことでしょう。本当に、感謝の言葉もありません」


 言い終えると同時にペッパーは立ち上がり、そのままソルトに向かって頭を下げた。これに驚いたのは、ソルトである。


「あ、頭を上げて下さい……!」


 彼は人から頭を下げられるということに、耐性を持っていない。誰かに頭を下げさせるくらいなら、自分が頭を下げた方が楽だという性質すら持っている。


 ゆえにソルトは頭を下げているペッパーに続いて頭を下げ、その空気を察した相手の苦笑を聞いて、思わず頬が熱くなった。


「いや、笑ってしまってすみません。君は、かなりお人好しのようですね」


 頭を上げたペッパーは彼に微笑みかけながら、改めて昨夜における彼の決断と行動力を評価した。自身の力量を見極め、自身が今できることを模索するという姿勢は誰にでもできることではないというのである。


「結果論ですよ……」


 と、ソルトは昨夜の自分自身が下した決断と行動に関して、極めて懐疑的であった。結果的には良い方向に転がったものの、一歩間違えれば自分も命を落とすことになり、周りの者たちに心配と迷惑を掛けたに違いないのだ。


 むしろ、昨夜の時点においても言伝を忘れていたソルトである。バニラたちが気付かなかった場合、より多くの心労を村の人々に負担させていたに相違ない。軽率と迂闊と無謀の文字が彼の心に圧し掛かった頃、ペッパーは穏やかな口調で言った。


「それでも、その行動で助けられた人たちがいるのは事実です。だから、というわけでもないですが、君はそんなに自分を責める必要はないと、俺は思いますよ」


「……そう、ですかね……」


 二人の会話は、そこで途切れた。ペッパーとしてはまだ伝えたい用件が残っているのだが、新たに話を切り出す空気でもない。咳払いのひとつでもして、空気を切り替える必要は認めているものの、ソルトの沈痛な表情を見ていると話を続けることに抵抗を覚えるのだ。


(悪い雰囲気にしてしまった……)


 どちらとも同じように考えてしまっているから、いたたまれない雰囲気に満ち満ちている。どうしようとも思っているものの、しかし自分から話を主導するような心の余裕など、二人には残されていないのであった。


「いつもの笑顔が形無しじゃのう、小僧よ」


「おや、バニラさん……」


 そこで声を掛けたのは、誰あろう、バニラであった。相も変わらぬ暗色のローブ姿であり、白髪の上にはローブと同色の大きなとんがり帽子をかぶっている。


 彼女は偶然近くを通りかかったという風ではなく、どうやらペッパーがソルトに近づく辺りから気が付き、気配を消して観察していたとのことであった。


「まったく、お主は相変わらず話題の誘導が下手糞じゃからな……見てられん」


「いや、俺より話を振るのが下手なバニラさんには言われたくないですよ」


 ペッパーの反論など意にも介さず、バニラはソルトをちらりと見た。彼の視線は新たに現れたバニラをぼんやりと見つめており、そこには先まであった悲痛はない。


「ふむ……小僧。お主、ちょっと余所へ行っとれ。女子供に愛想でも振る舞ってくるが良い」


「えっ、いきなり何故です?」


 怪訝な顔をするペッパーに向かって、バニラは呆れを含めた視線を投げる。話しにくい空気を作ったお前がいるままだと会話が進まないからだよ、と言いたげな彼女であったが、それを言葉にしてしまうとこの場がもっと硬直しかねないので、深いため息として吐き出すに留めた。


「……だからお主は察しが悪い鈍ちんなんぞと言われるんじゃ。多くの恋する婦女子が血の涙を流してむせび泣く姿が目に浮かぶようじゃの」


「はい? いまいち、言ってる意味が分かりませんが……」


「やかましいわ! ソルトには我から話を進めておくから、小僧は【深炎】の機嫌でも取ってこんかい!」


「あ、そういえば報酬について相談しなければいけませんでしたね。面倒ですけど、ちょっと行ってきます……ソルト君、また会いましょう」


 バニラの言葉に納得の意を得たのか、ペッパーはソルトに軽く微笑みかけて、広場の方へと走り去っていった。

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