魔女ー1
作戦会議が解散された後、冒険者の多くはソルトによって用意された宿へと戻った。チームでまとまって戻った後、彼らはそれぞれ部屋に集まり、連携や役割を改めて確認し合う。他には武器の手入れや所持品の把握、魔道具のメンテナンス、軽い睡眠を取るなど、明朝からの作戦活動に向けて精力的な取り組みを行っていたと言って良い。
「ほほう……なかなか面白い品揃えじゃな」
その内の一人は、ソルトの魔道具店に足を運んでいた。
魔力を帯びた紫ローブを着込み、魔道具を連ねた束帯をとんがり帽子に何重にも巻きつけた、奇抜な格好をしている少女である。さながら、童話の絵本から飛び出してきた森の魔法使いといったような風貌を呈している。年の頃は幼く見えるが、しかしその昏い瞳に映る色彩は黒く濁って澱んでおり、到底、見た目通りの年齢とは思われない。
そんな怪しい彼女であるが、何を隠そう上級冒険者パーティの一員であった。性格に少々の難があるものの、魔法の熟練者としての腕は確かであると冒険者たちの間で認められており、【厄災の魔女】の二つ名を有している。
彼女が魔道具店に訪れたのは、何かを求めて、という理由が特にあったわけではない。作戦行動における魔道具は明朝に配布されると会議で聞かされていたし、自身の役割や連携については確認を終えており、持参してきた魔道具のメンテナンスも終えていた。明日に備えて寝るという気分ではなかったから、村の中でも警護がてら散歩するか、といった適当な気紛れが、訪問の契機となったのである。
そしてその気紛れが、村の中で異彩を放っている建築物を見つけるに至り、どうやらそれは店舗らしいということで、入店する運びとなった。冷やかしのつもりであちこち眺め、並んだ品々を批評してやろうと思ってみれば、なかなかどうして悪くない品揃えではないかと、彼女は僅かに興味を覚えたのだ。
その店に揃えられている品々は、どれもこれも一般的に普及している大量生産の魔道具で、それほど珍しいものでもない。
それでも彼女が興を覚えるのは、それらがいずれも少なからざる改良を受けていると見抜いたためである。その上でなお、見た目は市販のそれとほとんど変わらないのだ。見抜ける者が訪れなければ、そしてその者が良心を持っていなければ、どれも安く買い叩かれること必至であろうと思われた。
試しとばかりに少女は魔道具を手に取って、その性能の一端を見るべく魔力を込めた。
選んだ魔道具は、人体に内包されている魔力の総量を計測するというものである。市販されている計測器であれば、彼女の魔力総量の値を計測不能を示すエラーとして吐き出すのが常であった。だが、その市販に見紛う改良された計測器は、エラーという白旗を上げることなく、今もなお健気に計測を続けている。
「……ほう」
しばらくして、魔道具は計測結果を示してみせた。彼女が自覚している魔力総量に近しい値を、その魔道具は示してみせたのである。その事実は、棚に並べられている魔道具が一般に普及されている品よりも、遥かに高度の技術が用いられていることを物語っていた。
(これは面白い……!)
少女は示された結果を見て、深く昏い笑みを浮かべた。その笑みはとても年相応のものとは言い難く、欲深い情念が込められたような、見る者をおぞましがらせる類の表情である。
されど彼女にはそういった思念は何一つ宿っておらず、ただただ顔面の筋肉が残念な動きを取るだけであったのだから報われない。少女には陰謀などを巡らすような悪意など微塵もなく、単純に高揚し、喜んでいるだけであった。しかし、そうして浮かべる表情は幼い頃から彼女に付き纏い、その周囲にあらぬ誤解を撒き散らし、結果として少女の性格を人好きのしない小難しいものにしてしまったという現実がある。
二つ名に示される魔女の名称に、自身のどうにもならぬ側面が含まれていることを、少女は確かに承知している。否定も非難も悲観もするつもりはないが、二つ名と表情による色眼鏡を掛けてきた者を、掛けて対応してきた者を、彼女は微塵たりとも赦しはしない。
「おい、店主よ! いるか!? いるならすぐに出てくるが良い! 我は客であるぞ!」
クレーマーにも劣らぬ乱暴な語調で、彼女は店長を呼びつけた。居丈高なその言葉に対して、店の奥からは返答はない。けれども人の気配は確かに感じられるので、少女は再三再四に渡って声を張り上げなければならなかった。
「……どちら様?」
奥からのっそりといった様子で姿を現したのは、不機嫌を表情に貼りつけたようなソルトであった。眼鏡の奥に潜んだ目つきは重たげに細められ、まぶたの合間に見える紅い瞳は少女に負けず劣らず澱んでいる。金の髪は煤けたかのように色艶を失い、持ち主の荒んだ気性を表しているようであった。
陰鬱が形となって現れたような少年の姿を見た少女はしばし言葉を失ったが、その眼が自身の姿を映したと察した瞬間、ふてぶてしく見える表情を顔に浮かべた。
「なんじゃ小僧。我はここの店主を呼んだのであって、見習いを呼んだのではないぞ」
「……僕がここの店主だけど」
ソルトが店主であることなど、少女の目には自明であった。自身と同じような雰囲気を感じさせるような少年が、只者であるはずがないのである。それでも彼女が彼に対して挑発めいた問答を投げかけたのは、期待の表れとも取れるし、不安の裏返しとも取れた。彼女自身、己の行動・言動に対して整合性の取れる理由を見出せないでいたのだ。
そんな不安定さを表に出すことなく、相手を観察するような表情と目つきでもって、少女はソルトと相対する。睨みを利かせるわけでなく、かといって親しげに振る舞うわけでもない。 好奇心を抑えつつ、客と店主の距離を保ちながら、けれども傲岸不遜の態度で臨むのが、少女が己に定めた流儀であった。相手がどんな人間であろうと、例えパーティメンバーであろうとも、そのような距離を保って臨んできているのである。
「なるほど、仮にお主が店主だとしよう。で、あるならば、ここに並んでいる魔道具について質問をしても構わぬな?」
「……今、すっごい忙しいんだけど」
堂々たる少女の言葉に対し、ソルトの返答はそっけないの一言であった。おおよそ、客に対する態度ではなく、さらにはそれを何とも思っていないのが明瞭である。
その上、
(何を言ってるんだ、こいつ……)
とすら言いたげで、少女に対する視線には鬱陶しさの色しか浮かんでいない。
完全に礼を失しているソルトの態度であるが、少女はそんなものは気にも留めていなかった。否、相手の態度と視線、そして彼の口から転がり出た言葉によって、彼女は彼が果たしている役割に気が付いたのである。
「……もしかしてお主、夕刻の頃合いから今に至るまで、多くの魔道具を改造し続けているのではないか?」
「……そうだよ」
欠伸を噛み殺しながらの眠たげな口調で、気軽に肯定したソルトであったが、その気負いの無さは少女を内心で驚嘆させた。そして同時に、少女は納得の思いも抱くのだった。
(なるほど……あの【深炎】に見出されたわけじゃ。こやつほどの力量があるなら、一人だけで今回に必要な魔道具の全てを用意できることじゃろう)
魔道具の技術に関しては、店内に並べられている品を見ればその腕が知れようというものである。少女ほど魔法に精通していなくとも、それなりの魔法知識と平静な精神を有していれば、少年の持つ力量が並外れていることが理解できたであろう。
「……用件がそれだけなら、僕は戻るね。買うならカウンターの上に品を置いてもらえれば、値段が表示されるようになってるから」
少女が沈黙して自身の考えに捕らわれているうちに、ソルトは買い物の仕方を教えて、作業に戻ろうと踵を返した。初めての客ではあるものの、その対応をのんびりと楽しむほどには、彼に時間はないのである。
「ちょっと待て」
「……まだ何か?」
呼び止める声に面倒そうに言葉を返し、足を止めたという事実は、常の彼を知る者であれば信じられないことであったろう。これもまた、彼の客に対するスタンスの表れであり、店の客に対しては真摯に対応しようとしているのが見て取れるのだ。店外における彼であれば、それが誰であろうと黙って一瞥をくれるだけで、足を止めることなどせず、己の目的を優先させたに違いない。
少女は店主たる少年が足を止めたことを好機と見做して――そしてそれは事実であった――勢いと虚栄と傲岸を織り交ぜ、彼に言ってのけたのだ。
「我に、お主の仕事を見学させてもらいたい」
少女の発言にソルトは何の反応も示すことなく、ただその真意を見抜こうとするかのように視線を合わせたままでいる。その瞳に澱む不吉な紅色は、少女の態度から泰然を奪って焦燥を掻き立て、言い訳がましい台詞を並べさせた。
「明日の討伐作戦で使われる魔道具を、そなたは扱っているのだろう? その魔道具が本当に役に立つのか、魔法技術に不備はないか、少しで良い。すぐ間近で見せて欲しいのじゃ」
「……別に良いけど、君は魔道具のこと知ってるの?」
「手を加えたことはないが、基本的なことは知っているつもりじゃ。魔法に携わる者で隆盛を極めつつある魔道具に注目しない者は、怠惰に堕ちたる愚者であろうよ」
少女の言い分は、彼に少なからぬ興味を覚えさせたらしい。僅かだが、澱んだ紅い瞳の中に好奇の輝きが灯ったような感覚を、少女は確かに認識したのだ。
「……君、何者?」
ソルトは適当に対応していた相手が、妙な口調をしているだけの少女ではないと思い至ったらしい。魔道具や魔法についての知識はともかく、その風貌、口調に付随している自信、帽子に巻きついている魔道具などは、どうにも見た目の幼さにそぐわぬ圧力を彼に感じさせたのだ。
少女は、少年の自身を見る目にようやく興味の光が宿ったのを見出すと、にわかに居住まいを正して真正面から向き合ったのである。帽子を取り、フードを下ろし、艶のない白髪と黒目を明かりの下に晒した。それは彼女なりの、彼に対する敬意であったと言って良い。
「我の名はバニラ。今回の大型魔物討伐作戦において、上級冒険者パーティの一員として参加している者よ」
「上級冒険者の一員、か……!」
彼のくぐもった呟きに、微かな感嘆が乗せられた。
上級冒険者と言えばこの大陸においても数が少ない一流の腕前を持つ者たちとされており、民衆の一部からは英雄として崇められ、敬意を集めるほどにその名声は高い。ギルドマスターの大部分が上級冒険者から輩出されていることからも、その権威の高さを察せられよう。
ソルトは敬意や憧れ、そして妬みの入り混じった視線をバニラに向けているが、しかしその瞳は依然として濁って澱んでおり、彼女の方からは彼の視線に含まれた複雑な感情を読み取ることはできなかった。
ゆえに彼女は、再び彼に対して謙虚な態度をもって見学を申し込んだ。名声と実力を有する相手を仕事場に招くという緊張や喜び、羞恥などと手を取り合って小躍りしている少年の胸中など露知らず、公私の入り混じった好奇の心でもって、彼の仕事場へと入る機会を獲得したのである。
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