対策ー1
村長の呼びよせた冒険者チームが集会所で紹介されたとき、村人たちは心強い援軍を得られたという事実に湧いた。魔物が退治されたわけではないが、それも時間の問題であろうと彼らは確信したのである。
村人たちの笑顔を視界に収めながら、村長は軽く手を叩いてそのざわめきを抑えてゆく。
「皆さん、これからギルドマスターによる説明が行われます。聞き洩らさぬよう静聴し、今後の行動の指針として下さい」
村人たちは無言で首肯し、村長の隣に立った女性に注目する。
それは冒険者ギルドの受付にいつもいる、妙齢の女性であった。この日の昼、ソルトに対して無為無策はならぬと諭した人物と同じである。黒髪黒目の童顔で、背も低く、柔和な表情を湛えている辺りに少女のような愛嬌がある。されどその瞳には人を惹きつける力強い光が宿っており、敵対する者に恐懼を与え、味方する者に勇気を与えることだろう。
受付嬢兼ギルドマスターたるその女性は皆を軽く見渡した後、姿に似合わぬぶっきらぼうな口調でもって、今回の件について説明を開始した。
「皆も知っての通り、村周辺の森にて魔物の痕跡が確認された。それらの痕跡は発見者が焼写機で撮ってくれている。見れば分かる通り、大物だ」
椅子に座る村人たちに、冒険者たちが焼き増しした焼写紙を手渡してゆく。それらに写っているのは、内臓が喰われた熊の死体と、樹木の高所に付けられた大きな爪痕だ。
「魔物は恐らく、ブラックグリズリーだと思われる。熊を一撃で屠る力、樹木に刻まれた爪痕の高さから判断して、まず間違いなく成体であると思われる。恐らくは、縄張り争いに敗れた個体が住処を追われてここに迷い込んできたのだろう」
村人たちは息を呑み、その脅威を認識した。彼らとて、戦えぬ者たちばかりではない。畑を耕すだけではなく、自身の畑に害を及ぼす獣を片手間で狩ることくらいは容易にやってのける狩人でもあるのだ。
その狩人としての勘が告げてくるのである。それに遭遇すれば、死は免れ得ないだろうと。
村人たちの誰もが恐怖に顔を青くしながらも、それでも震えずに、表面上は冷静に、この場に座っていられたのは、援軍としてやってきた冒険者たちの強さを肌で感じ取っていたからである。冒険者たちの力量が合わさるならば、魔物を退治できると信じられたからである。
「村の者たちは基本、退治が終わるまでは村の中で過ごしてもらいたい。たとえ僅かな時間であろうと、村の外に出てはいけない。下山も駄目だ。こいつが山に迷い込んできたことにより、獣たちが凶暴化している可能性が高い。数日の間は村の中で過ごしていただきたい」
「数日と仰るが、どれくらいになりましょうか」
村人の一人が質問し、ふむ、とギルドマスターは頷いた。推定することは可能だが、それでは彼らは納得しないであろう。明瞭で説得力のある答えが必要とされる場面であるのだ。そうでなければ、村人たちをいたずらに惑わせることとなる。
そこまで考えた彼女は村人から目を離し、複数の冒険者チームを率いてきたペッパーに視線を転じた。実際に現場を取り仕切る彼らの代表であるならば、その質問に答えることも可能であろうとの判断である。ペッパーは真面目な表情のまま、ギルドマスターに頷いた。
「退治の期間については、冒険者の方から説明がある。ペッパー殿、こちらへ」
ギルドマスターと立ち位置を交換したペッパーは、端整な顔立ちに精悍さを保たせたまま、村人に対して丁寧に答えた。
「明日の朝より早速、魔物の討伐に入ります。痕跡から後を辿っていき、すぐに発見できれば最短の一日で終えることができるでしょう。逆に発見できなければ、それだけ日数が掛かるということになります。しかし、この山は小さいと伺っていますので、三日以内に発見・討伐することも十分に可能であると考えてもらって良いでしょう」
その後、幾度かの質疑応答を終えた後、村人たちは解散して集会所から帰路に着いた。
集会所に残ったのは、冒険者たちとギルドマスター、そして村人の中から選抜された狩人である。彼らは魔物を討伐するための実行部隊であり、作戦の具体策を受け取るため、この場に残るよう伝えられていたのである。そこには、村長の娘であるシュガーの姿もあった。
「では、これより討伐作戦の概要を説明する」
空気を切り裂くような声音で発言したのは、ギルドマスターの女性であった。その場の誰もが彼女に視線を向けて、真剣な態度でもって言葉の続きを促している。
冒険者ギルドのマスターという職分は、冒険者たちの信用を一心に受けるほどに重い立場であると言って良い。数多くの武勲を獲得し、名声と信頼を勝ち得ている冒険者の一握りしか、ギルドマスターになれないと言われている。どんなに小さな出張所のギルドマスターであっても、そこに至る過程には少なくない武勲を得て、数多の冒険者による推薦票を得られなければ着任できないのだ。それこそ、武勇を示す二つ名すら付与されない冒険者などでは、到底望み得ない職域なのである。
ギルドマスターとはその名の通り、冒険者ギルドの冒険者を率いることのできる器を持った者しかできない、特殊な職業だと言えるのだ。
ゆえに、冒険者たちは優れた先達であるギルドマスターに対して敬意を払い、確かな信頼を置くのである。
「討伐目標は先に言った通り、成体のブラックグリズリーだと思われる。焼写紙に写っている樹木の爪痕と熊の死体から判断するに、体長はおよそ四から五メートルほどだろう」
ギルドマスターが討伐目標についての情報を改めてさらったところで、一人の冒険者が手を挙げた。それは冒険者チームの中でもなお若く、少女といった風貌であった。
「すみません、質問をしても?」
「もちろんだとも。疑問を残しては作戦に支障をきたすからな。作戦に関する疑問があれば、何でも聞いておくが良い」
快諾の笑みを見せたギルドマスターに従い、少女は自身の疑問を場に呈した。
それは、成体のブラックグリズリーに現在の戦力で勝てるのか、といった不安の心情を吐露したものであった。
「その不安は、もっともなものです」
不安の問いに答えたのはギルドマスターではなく【巨人殺し】の二つ名を持つ、上級冒険者のペッパーであった。
彼が言うところ、ブラックグリズリーの討伐難易度は中級の下位から上級の下位にまで変化するもので、明確な難易度設定がなされにくい魔物の一種であるとのことである。
「今回の討伐対象は成体であることを鑑みても、中級の中位から上位に相当するでしょうね。ですが、心配することはありません」
中級冒険者一人では敵わないレベルの魔物ではあるが、複数人で役割を分担し、しっかりと連携を取ることができれば、それほど脅威ではないと彼はいうのだ。
「この場に集まっている戦力は、中級冒険者のチームが三組と上級冒険者のチームが一組の、計十六名です。油断さえしなければ、決して恐れるべき相手ではありませんよ」
少女はペッパーの説明によって胸中の不安を幾らか和らげたようであり、お礼の言葉を口にして、椅子へと静かに座ったのだった。
他に疑問を持った者はないらしく、ギルドマスターは改めて説明を再開した。
「では、これより討伐における具体策を提案していく。村長、頼む」
「はい。皆さま、これをご覧ください」
村長は用意していた大きな地図を、皆の見えるよう前面の壁に大きく広げて、貼り出した。それは、この山を空から俯瞰したような図であった。歪んだ円が積まれたようにして描かれており、おおまかながらも等高線としての役割を果たしている。
そしてその図を縮小させた紙を、狩人たちによって冒険者たちに配らせた。
本来であれば悪用を避けるための外秘に当たる物ではあるが、この場に集まった冒険者たちは信頼できると判断されたために特別に配されたのであった。もっとも、この地図がなければ作戦行動が一気に取りづらくなるという懸念も、背景としてあったためではあるが。
「山の低位置に打たれている青い点が、この村の位置を示しています。つまり、私たちの現在地ということになります」
村長は大きな地図に打たれている青い点を、指で軽く叩いて示す。その青い点描は、小さな地図にも描かれている。
次いで村長は、村よりもやや標高の高い位置にある赤い点を示すと同時に、熊の死体の焼写紙をその横に貼りつける。言わずとも知れることではあるが、村長は口に出して言う。
「そしてこの赤い点。この位置が魔物の痕跡たる熊の死体が発見された場所になります」
その言葉を聞いて、冒険者たちは改めて驚きを持ったのだった。なぜなら、その位置はこの村よりあまり離れていないからである。状況によっては、彼らがこの村に到着するより早く、魔物が人々を襲っていた可能性も十分に考えられたのだ。
彼らの顔色が僅かに変わったのを悟って、ギルドマスターは頷いた。
「諸君らも察している通り、この作戦は迅速を尊しとする。今晩については村の冒険者が警戒をすることになっているが、明日からは諸君らにもお願いすることとなるだろう」
皆が頷いたことを確認しつつ、ギルドマスターは話を続ける。
内容は、討伐における作戦概要である。
「討伐自体は、中級冒険者のチームに行ってもらうことになる」
それは何故かという問いは、冒険者たちの間から発せられることはなかった。上級冒険者としても、中級冒険者としても、文句は無かったからである。
ペッパーをリーダーとする上級冒険者チームとしては、今回の討伐依頼に関して裏方に徹することをあらかじめ村長から頼まれていたということが第一の理由として挙げられる。第二の理由としては、彼らの後輩に当たる中級冒険者チームに経験を積んでもらいたいという願いもあった。
中級冒険者チームとしても、この機会を貴重な経験として有しておきたいという思いの強さは否めない。常態として、中級以下の冒険者は出身の町を拠点として依頼を請けることが多く、見知らぬ場による経験が決定的に欠けるのだ。無論、商業ギルドの護衛依頼などによって他の町に行く機会もあるが、拠点とする町に戻ることが常識となっているのである。自然、それは依頼における偏りを発生させることとなり、冒険者たちの経験を偏らせることに繋がるのである。
ゆえにこうした緊急の依頼においては、経験豊富な冒険者がサポートに徹し、経験の足りぬ冒険者の成長に寄与するというケースが増えている。魔物の種別が特定され、さらに危険性も予測される程度のものであるのなら、なおさらであった。
「上級冒険者チームは村の冒険者と協力して村の警護に当たってもらう。もし異常事態が起きれば、適切に対処してもらいたい」
「もし、俺たちで対処できない異常が生じた場合にはどうします?」
「そのときは、時間稼ぎをしてもらうしかないな。当日に手渡す通信機で村長に異常を伝えてもらい、その後は皆が避難できるまでの時間を稼ぎ、最後に君たちにも避難してもらう……といった辺りか。とはいえ、臨機応変に対処するしかないだろうな」
「分かりました」
皆という単語の中に、村人だけでなく討伐チームの中級冒険者たちも含まれていることは、暗黙の了解であった。それほどの異常が起こる事態など万に一つもありえないが、絶対に起こりえないと思われる最悪の状況は往々にして生じてしまうものである。
上級冒険者のチームは気を引き締め、自分たちのやるべきことの重要さを心に刻み直した。
「次に、中級冒険者のチームだが。これは各々のパーティごとに動いてもらうとする」
「と言うと?」
「言葉通りだ。三組に分かれて行動してもらう」
具体的には討伐隊を三つのチームに分け、討伐対象をそれぞれの役割で追い込むという形になるとギルドマスターは告げた。
一組目は山頂へと赴き、討伐チームを支援する情報部隊としての役目を担う。各チームと通信機によって連絡を密に取り合い、各々の所在を常に把握しておくことが主な任務となる。
二組目は熊の死体やその周辺に残存しているだろう魔力の痕跡を辿って、討伐対象を追跡する役目を担う。この組が最も討伐対象に遭遇する可能性が高く、もし発見・遭遇した際には、そのまま標的の討伐を行うこととなる。
三組目は大型の魔物が隠れられそうな洞穴や洞窟などを調査し、魔力探知系の魔道具を設置してくる役目を担う。これは二組目が討伐対象に遭遇できなかったときのための処置であり、討伐対象が逃げ隠れしていてもその所在を把握し、確実に仕留めるための、必要不可欠な作戦行動である。
なお、いずれの組の作戦行動にも山の地理に詳しい案内・先導役の狩人を一名ずつ同伴させる必要があり、冒険者には狩人を守りながら任務を果たしてもらうこととなる。
「――作戦については以上となるが、何か質問は?」
「作戦で使用される通信機、魔力探知などの魔道具を我々は所持していない。これらに関してはそちらで用意されているのか?」
「無論だ。作戦で使用する魔道具に関しては村長が太鼓判を押している。作戦に支障は無いと思ってもらって良い」
当然のことながら、村長は魔道具に関して造詣が深いというほど知悉しているわけではない。その考えの基には、つい数日前に村に帰ってきたソルトの存在が意識されている。彼の協力が得られるという前提で、此度の作戦は練られているのである。もっとも、ソルトとしては村長から頼まれずとも、自ら協力しようと思っていたのであったが。
ともあれ、冒険者チームに対する作戦会議は質疑応答を終えてお開きとなった。後は自由に解散し、連携について話し合うなり、用意された部屋で休息を取るなり、装備の手入れをするなりと、規定の時間までの過ごし方を各々の裁量に任せることとなったのである。
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