11 風力船と川下りの村

 という巨大蜂ジャイアント・ビーの一件があって数日が経っていた。

 あの後、当然誰が蜂の子を盗んできたのかという責任の所在が追求されたのだが、白を切るつもりらしく一向に名乗り出てこなかった。

 ある程度は絞れてはいるんだけど、結局クレアさんはここで犯人が分かるまで揉めるのは得策ではないと割り切り、犯人探しはうやむやになってしまう。

 だからなんであんなことをしたのか理由も分からないままだった。


 ただ何かまたあれば連帯責任も負わせるとハッキリとクレアさんは主張し、最低でも二人一組ツーマンセルで行動させることを徹底させた。

 今までは人手が足りないために巡回も一人で広範囲を見ないといけなかったから何かを持ち込む隙は作ろうと思えば作れたのだ。

 理由は分かるんだけど、モヤモヤとしたものが胸に残り、互いが互いを疑ってギクシャクとする旅が続くのは精神的に鬱陶しかった。

 それに交代の頻度が上がって睡眠時間も少なくなるのも辛いところだ。



「本当に私たちの中にいるとお思いですか? そんなはずがありません。大方、そこの卑しい冒険者たちの誰かでしょう」



 なんて言うやつもいた。名前を出しちゃうとオーバーン。あのクロリアのギルドにクレアさんと一緒に来たやつだ。しかも他の騎士たちまでそいつに乗っかってこっちを悪者に仕立て上げようとしてきた。


 騎士たちと私たちは知り合ってそんなに経ってないからそう疑うのも無理はない部分もあるのは理解する。でも絶対に美歌ちゃんやアレンたちがそんな馬鹿なことするはずがない。

 そもそも彼らが付いて来ることになったのはたまたまだし、自分たちが危険になるようなことするメリットがないんだよ。

 喧嘩になりそうなところをクレアさんに止められたが、向こうもこっちも納得していなかった。こっちはこっちで騎士の誰かがあの蜂の子を持ち込んだと考えているし。

 だから騎士側と私たち冒険者側が水面下で対立していて、旅の雰囲気は殺伐としてもう最悪の極み。


 さらに――



「美歌ちゃん、まだサミュ王子のこと許してあげられないの?」


「うちが許す許さへんじゃあらへん。それにうちに謝られても意味がないんや。サミュがあのメイドさんに謝らん限りは元に戻れへん。これは筋を通すってことやで。ちゃんと自分のやったことに対して反省するならいいけど、立場がどうとか理屈をこねくり回して謝らんというのは納得できへんねん」



 という感じで美歌ちゃんの意固地になって固まった感情もまだ融けておらず、まだあの日のことを引きずっていた。


 私は何となくサミュ王子の言いたいことも分かるんだ。

 王様になるためにそういうふうに言質を取られないよう育てられたというのはあり得るだろうし、それをいきなり曲げろというのも難しいんだと思う。

 それにまた裏切られたという気持ちが重なって怒りが爆発しちゃったんだ。

 せめてここが和解すればまだ私たちと騎士たち側の疑い合いが晴れるかもしれないんだけど、取っ掛かりすらない。

 空中分解しないのはクレアさんが何とか間に入って仲裁に努めているからでしかなかった。



『んー、ちかくにもんすたーはいないよ』



 豆太郎が馬の上から匂いを嗅いで辺りを索敵し終えた。

 実際は鼻というかスキルのおかげなんだけど、そういうモーションなので仕方ない。

 


「そう、ありがとう。しばらくは大丈夫なようです」


「分かった。このまま急ごう。次の村まであと少しだ。それにそこには一気に距離を稼げる算段がある」



 それを私の前にいるクレアさんに伝えると大きく頷きややペースを上げたままを維持する。

 テンは美歌ちゃんと一緒でメイドさんたちが乗る馬車にいた。あいつがいないだけで静かでいいわ。



「本当に信用できるんでしょうか。この間みたいに襲われなければいいですけど」



 横から馬に騎乗ながら嫌味を投げつけてくるのはオーバーンだ。

 どうしてもこのいけ好かない性格は治らないらしい。

 豆太郎やテンの索敵も完璧ではないし、距離もそこまで広範囲ではないから確かにここまであの巨大蜂ジャイアント・ビー以外の魔物と出会ったこともあった。

 それでも一週間以上いてたったの二度だし、それも索敵範囲外からやって来た鳥系モンスターだったから仕方ない。

 でもこいつはそれを鬼の首を取ったかのごとくあげつらう。

 キッ、と睨んでも軽い口は止まらない。



「ハッキリ言わせてもらいますが、次にギルドがある街があれば護衛は交換するべきだと思います。このまま信用できない人間を置くのは王子の警備に支障が出かねません。少なくても帝国の冒険者であるなら、王子に心から敬服しこの護衛任務の重要さは説明しなくても理解するでしょう。であれば私どもも多少の信頼が持てます」


「オーバーン。何度も言うが彼女らは私が雇い、サミュ様もそれを了承なされた。いやむしろサミュ様の方から希望されたのだぞ。お前がそれをないがしろにするということは、サミュ様の意向に反することになるが?」


「諫言するのも忠臣としては当然の責務だと思っております。そして王子は下の者に耳を貸される寛容なお方です。今までは隊長で進言が止まっていましたが、村に着いたら直接嘆願申し上げるつもりです」



 ここまでの旅で相当なストレスが貯まっているようで、オーバーンや他の棋士たちも少しずつクレアさんの言うことを聞かず反発的になってきた。

 表面上はまだ従っている。けれど焚き木拾い一つにしても、不満がありありと顔に浮かぶし、嫌そうにして動くのも緩慢になったりしている。



「勝手にするがいい。しかしサミュ様が駄目だとおっしゃられたら二度とそのようなことは口にするな」


「……了解しました」



 目を背けて納得していないのが伝わってくる返事だ。

 まぁなんていうか、端から嫌な予感はしていたんだよね。それでもビジネスだと割り切ってここまでやって来たけど、つまんないんだよねぇ。

 それでも離れられない訳が出来てしまっていた。それは景保さんからの通信によるものだ。


 通信で新しいプレイヤーの『ステファニー』さんと合流したと教えられた時はなかなかにテンションが上ったものだった。

 陽気な外国人のお姉さんという感じで、事情を話したらこっちに協力的らしい。

 今は助けた情報屋のお婆さんとかを連れて違う街へ向かっている最中なんだとか。

 

 そしてそっちで仕入れた情報で教会騎士団ジルボワがサミュ王子の暗殺に加担しようとしているという話を聞いたせいで簡単に彼らを見放せなくなってしまっていた。

 こっちとしても因縁のある相手が暗躍しようとしているならそれを潰してやるのが礼儀だものね。



「すまない、葵殿。どうもこの道中で色々と心が荒んでしまっているようだ。だがこれはサミュ様をお守りする意思が空回りしてのこと。それを分かってやって頂きたい」


「別に構いませんよ。気分いいものじゃないですけど仕事はキッチリやり遂げますし。ところで今言った距離を稼げるっていうのはなんなんですか?」


「うむ。この先の村には海に続く大きな河川があってな。それを船で下ると帝都はもう目と鼻の先になるんだ。時間が掛かるほど我らは不利になるため、実はクロリアにいる時からこのルート変更を考えていた」


「船、ですか?」



 こっちの世界に来てから見たことがない。

 というか普段の生活でもあまり馴染みがない乗り物だ。



「乗っているだけでいいし、何より襲撃されないで済む。それどころか一気に引き離せるだろう。さすがに馬車ごとは無理だが、降りる場所は大きな街だからそこで馬車を買い替えるつもりだ。おそらく日程は半分以下で済むことになる」


「確かにずっと動く船であれば攻撃され辛いですね。ってあれ? その乗った船ってどうやってまた上流にまで戻すんですか? まさか人力?」


「ふん、物を知らん女だ」



 横からまたオーバーンの嫌みが聞こえてきた。

 イライラゲージが急速に溜まっていくけど無視だ無視。

 代わりにクレアさんがちゃんと説明してくれる。



「人力でさすがに距離があり過ぎて実質不可能だ。帆を使う」


「帆って風に打たせるやつですよね? それって天候の運任せになるんじゃ?」


「まぁ本来ならそうなんだが、そこで風の魔術を使う人足の出番となるんだ。魔術なら人工の風が好きな時に出せるし、交代でやれば問題なく戻れる。そういう魔術師がいる船を風力船エアリアルシップと呼ぶ。この川下りは好まれていて、夏には人でごった返す帝国の名物でもあるんだ」


「へぇ。そう言えば魔術の存在を忘れてました――あれ?」


「うん? どうした?」



 話していると鼻の頭に水滴がぽつりと当たった。

 上を振り向くといつの間にか深い曇天に覆われている。

 雨だ。ポツポツと少しずつ、けれど確かに水滴が徐々にその勢いを増し強くなってきた。



「雨ですね。ここんところ晴れ続きだったから久しぶりではありますけど」


「まずいな。だが次の目的の村までもうすぐそこのはずだ。少し危険だがもっと速度を上げるとしよう。葵殿は馬車に戻っていてくれ」


「了解です」



 慌ただしくなってきた。

 メイドさんや騎士たちは馬車からフード付きの外套を取り出し、手早く受け渡して騎乗しながらそれを着込んでいく。

 走る速度も上がる。

 私はメイドさんたちや美歌ちゃんたちが乗る馬車へと入り、少し寒くなった気温を感じつつ目的地への到着を待った。


 暇だったので大和伝のインテリアアイテムの一つである『花札』をみんなに説明して遊んだりもした。

 ルールを覚えるのちょっと大変だけど、箱の裏に役と点数表まで絵で描いてあったから意外となんとかなった。

 そうして四、五十分ほどで村へと辿り着く。

 

 ちなみに一番勝ったのは後ろからテンにアドバイスされた美歌ちゃんだ。

 あの毛玉、人の嫌がることを表情から読み取っているようで鬱陶しいことこの上ない。

 どや顔して威張られた時はヒゲを引っこ抜いてやろうかと思ったけど、私は大人だから我慢してやった。


 村人たちは雨中の急な行軍にみんな目を丸くしていたのか、家々から何事かと怖いほどの鋭い視線で見つめてくるのが目に入った。

 警戒しているというかどうにも気味が悪くてすわりが悪い。

 村の大きさや雰囲気がどことなく、私が初めて寄ったリズの村に似ている感じがした。

 そういえば元気にしているかしら。一段落着いたら久々にまた行ってみてもいいかな。


 そうして宿屋で何とか人数分の部屋が確保できてほっとしていたところに美歌ちゃんから提案される。



「なぁ、ちょっと村の中を見て回らへん? 川下りっていうのも見てみたいし」


「ん? いいけど雨だから動いてないみたいよ?」


「それでもいいって。ここんところ森とか草原とかそんなんばっかで自然の景色に飽きてしまったし」



 サミュ王子の護衛は持ち回りのローテーションだし、明らかに私たちを警戒してか拘束時間が減らされていた。

 これは他の騎士たちの不満からクレアさんも抑えきれずにそうするしかなかったようだ。

 まぁこっちとしては自由時間が増えるからむしろ嬉しいまである。



「オリビアさんたちはどうします?」



 同じく手が空いている他の女性陣にも声を掛ける。



「うーん、行ってみたいけどさすがに全員が宿から離れるっていうのも考え物だからアオイちゃんたちが戻ってきたら交代で出ることにするわ。楽しんできてね」


「あんたは遠足気分かもしれないけど、一応これ仕事だからね。忘れるんじゃないわよ?」

 


 二人とも宿に残るようだ。

 いくら雨でも村の中でまで襲われないと思うんだけど、ならまぁ安心かな。


 念のためクレアさんに許可してもらってから二人と二匹で外に出る。

 足元が濡れているので豆太郎は私の頭の上で、テンは美歌ちゃんが左手で抱えてもらっていた。

 そしてウィンドウを指で操作してインテリアアイテムを出す。


 ぽんっと現れたのは『和傘』だ。

 竹製の骨組みをした柄に雨を弾く生地はなんと和紙。植物油を沁み込ませているから防水になるらしい。昔の人はすごいこと考えるよね。

 私のは真っ赤な生地に桜の花びらが描かれていて、美歌ちゃんが出したのは青い生地に波の絵が入っている鮮やかなやつ。

 現代日本じゃさすがに差すのは恥ずかしいけど、ここでなら目立っても全然おっけーだ。

 傘を広げると中からでも薄っすらと模様が見えてこれはこれで粋だし、一気に鮮やかになってきてテンションも上がる。



「なんかすごい映えるなぁ。こういう色のものがあんまり無いせいやろか」


「あーそうかもねぇ。たいてい木とか家とか地面とか緑と茶色系統ばっかりだもんねぇ」

 


 町まで行けば色とりどりの服や商品なんかがあるけど、ただの田舎村じゃそういう色彩豊かなものはほとんど無い。

 だからそこにいきなり鮮烈な赤と青が生まれたものだから気分は上々だ。まぁ私たちの服も傘に負けてないほど派手なんだけどね。



「んじゃまぁ行こっか」


「うん、まずは船着き場ってやつのところに行ってみよう。あっちの方らしいし」



 予め方角は教えてもらっていた。

 村なのでそんなに広いわけじゃないし見通しが良いから方向さえ知っていれば簡単に分かる。

 十数分ぐらいおしゃべりしながら歩いているとすぐに到着できた。



「ほー、遊園地のアトラクションみたいな感じだね」



 川幅はけっこう広くて軽く十メートル以上はある。雨が降っているせいか流れが激しくて、ゴウゴウと耳に入って来る水の音が豪快で気持ち良い。反面、落ちて流されたら助かりそうになり怖さも秘めている感じ。


 船着き場の川岸はそこから人工的に広げた湾内のようになっていて、その部分は水流も多少はマシになっていた。

 そしてそこには幾つもの船が停泊されている。

 船と言っても大型でも二、三十人が乗れる屋形船ぐらいのもので、小型のやつは数人のボートサイズ。それらが荒く揺れる水の上をロープでしっかりと固定されてたゆたっている。

 あれが浮くっていうことは深さも数メートルはある川のようだ。



「おー? お嬢ちゃんたちお客さんかい? 今日は見ての通り出せないよ」



 一人、ロープの補強をしているおじさんがいた。なめした皮をレインコートみたいにして被っている。

 たぶん、ここで仕事をしている人だろう。



「あー、今日着いたばっかりなんですけど見学です」


「そうかい。でもあんまり川の近くに行くんじゃないよ。足を滑らせて落ちたら助けられないからね」


「分かりましたー」



 おじさんは私の返事を聞くと作業に戻っていく。

 


「あの人数やったらあれに乗るんかな。まぁ確かに寝てても馬車よりも速そうな感じはするなぁ」

 

 

 美歌ちゃんの視線の先には一番大きな屋根の付いた屋形船がある、

 昔、遊園地でジャングルツアーみたいな船に乗ったことがあるけどそれを思い出した。

 ちゃんと係留されているから流される心配もないようだ。ただ雨が横から入り込んでいて座る場所とかがかなり濡れまくっている。もし乗っている途中に雨が降ったら最悪な展開になりそうだ。



「そういや美歌ちゃん、サミュ王子のことまだダメなの?」


「う……嫌なとこ突いてくるなぁ」



 美歌ちゃんの顔色が露骨に変わる。

 結局、あれ以来会話も無く二人の仲直りはできないままでいた。

 サミュ王子の方から話し掛けようとはしているみたいだけど、私が見ている限り色々とタイミングが悪いというか邪魔が入るんだよね。



「謝ろうという意思はあるっぽいわよ」


「ふーん。まぁでもそれは本人の口から聞かんと意味ないやん。言うてうちも変に時間が経ってしまったせいでおかしな感じになってきてる自覚はあるんやけど」



 その場のテンションで決めたことが、時間が経って冷静になってくると気持ちと齟齬ができてしまうというのはよくあることだ。そういう意味で美歌ちゃんも複雑な思いに昇華しかけているらしい。

 口も利くのも嫌っていうほどには険悪でないのは良しとするべきか。別に恋愛に関しては興味無いので置いておいて、私は気まずいまま終わるっていうのがしっくりこないから仲直志して欲しいだけだし。



『別に仲良くする必要なんてあらへんやろ。適当に護衛して送ったら終いや。あと数日でもう会うこともなくなるやろうしそんな気にするようなことちゃう』



 美歌ちゃんに抱かれているテンが厭味ったらしく口を挟んでくる。

 まったく……毛玉は話をややこしくしようとするんだから。こいつは単に美歌ちゃんに男が寄り付くのが気に入らないだけだからなお質が悪い。

 美歌ちゃんコンプレックス、略して美歌コン野郎だ。



「ちょっと過保護過ぎない? あんたのそれじゃあ良いのも悪いにも全部弾いてることにならないかしら? それに別れなら別れで良い別れにしたいじゃん」


『ふん! そんなメルヘンチックなことその歳になってもまだ言ってんのかいな。世の中、そんなに綺麗に終わることなんてそうそうないわ。それにワイはそんな狭量ちゃうで。ちゃーんと認めたやつになら美歌ちゃんに近付いてもいい。ただそういうやつがほとんどおらんだけや』


 

 駄目だこりゃ。私にはこの毛玉ガードを腕力以外で崩せる気がしない。



「美歌ちゃんも大変ね、こんな口うるさい小姑みたいなのが四六時中一緒にいて」 


「うーん、テンがちょっと過保護っぽいのはうちも認めるけど、テンはテンなりにうちのこと考えてくれてるのもよう知ってるからそこは何にも言われへんかな」


『美、美歌ちゃん……ワイは今感動しとるで! あかん、傘に穴空いてるんやちゃうか目が濡れてきたわ……』



 大げさに泣くリアクションをするテンはまんざらでもない感じでかなり嬉しそうだ。

 私だったらこんな可愛げの無いうるさいのはごめんだわ。相棒が豆太郎で本当に良かった。



「いやまぁ、たまにウザい時もあるけどな」


『う、ウザいか……ま、まぁコミュニケーションには緩急が必要ってことやな』



 地味にその一言が効いたらしくテンのテンションがやや下がる。ざまぁ!

 


「さて、それじゃあここも特にもう見るものもないし、次行こうか」


「そやね」



 再び雨の中を歩き出す。

 村の中はあまり人気は無く寂しい雰囲気だ。

 一応、商店なんかは営業しているけど、かなり人もまばらでやっぱり雨が降っているから仕事も中断するしわざわざ散歩なんてする人は少ないんだろうね。

 私たちの格好と和傘はかなり目を惹くようでたまにすれ違う人の視線を釘付けにはしている。



「あら、旅人さん? とても珍しいファッションね。今、そういうのが流行りなのかしら?」



 家の軒先で木で出来たベンチに座って外を眺めている二十代ぐらいの若い女性から声を掛けられた。



「うーん、流行ってるかは分からないですけどお姉さんから見てどうですか?」


「とても素晴らしいわ! 私も欲しいぐらい! でもお洋服は高そうだし、せめてその傘だけでも……そんな傘があったら雨の日だって気分が上がりそうなのよね。ねぇジョン? おねだりしたらだめかしら?」



 女性は家の中にいた男性を呼ぶ。

 同じのぐらいの年齢でおそらく夫婦かカップルといったところだろうか。



「なんだい? わぁ、鮮やかな柄の傘だねぇ。って、これが欲しいのかい? うーん、今すぐは難しいかな」


「そんなぁ!」



 男性の返事にこのお天気のように眉を曇らせる。

 見かねたジョンと呼ばれた男性は気遣うように言葉を選び直す。



「でもきっとそのうち買ってあげるさ」


「さすがジョンね! 絶対よ?」


「ちょ、ちょっと!? 人が見ている前だよ!?」



 気を良くした女性は男性の頬にキスをして、された方が恥ずかしくて頬を染めていた。

 新婚なんだろうか、もう目の前で熱々ぶりを見せつけられる。



「いやもうなんか……ごちそうさまです」



 それぐらいしか言葉が出て来なかった。

 仕切り直しとばかりにわざとらしく男性が咳払いをして話始めてくる。



「ゴホン! ええと、見掛けないから旅人さんだね。川下りに来たのかい?」


「ええそうです」


「そりゃあ残念だったね。この雨じゃあ運行中止だろう。まぁそんなに強くないから明日には晴れているかもだけどね」


「そうなると助かりますね」


「この村もそれぐらいしか見どころがないから雨がしばらく降り続く時用にお客さんを楽しませる何かを考えた方がいいと思うんだけどね」



 まぁ確かに数日ここで足止めさせられたら娯楽も何にも無くてだらけそうだ。



『雀荘作ったらええねん。何日でも入り浸れるで!』



 美歌ちゃんの腕の中でテンが拳を強く握る。

 そんな提案は却下だ。そもそも麻雀の牌を作ってルール普及させてって面倒くさすぎる。

 てかあんたのその無駄知識はどっから来てるのよ? 大和伝のインテリアグッズに麻雀卓がそういやあったような気もするけどさ。



「ええと雀荘……じゃなくってちょっと大きめの建物に集まって雑談したりカードゲームしたり出来るような施設でも作ったらいいんじゃないですか?」


「あぁ良いねぇそれ! 部屋に閉じこもっているから塞ぎがちになっちゃうからね。みんな集まれるような建物があればいいのか。音楽の演奏なんかもいいな」


「ジョン、それ誰がやるの?」


「実は僕、簡単な笛ぐらいなら吹けるんだよ?」


「あらそうなの? でも……一人だと寂しいからお仲間も見つけないとね」



 途中から割り込んできたジョンさんの彼女はたぶん彼氏が一人で笛を吹いて大衆の前で滑りまくるところを想像したんだろう。やんわりと修正を勧める。

 私もその方がいいと思う。だって、ピューヒョロローっていくら演奏がすごくても笛一本じゃあ感動出来なさそうだものねぇ。しかもそんなにめちゃくちゃ上手そうな感じもしないし。

 良い彼女さんじゃないの。



「そうだね。後で村長さんとかに相談してみようか。ありがとう旅人さん、これで訪れるお客さんたちを楽しませてあげることができるよ」


「いえいえ。私は提案しただけで実際にやるのは村の人たちですから」


「そうだ! お礼と言ったらなんだけど買ってきたクッキーがあるの。持っていって」



 女性が機敏に家の中に入って包み紙で包んであったクッキーを持ってくる。

 丸い形のどこにでもありそうなクッキーだ。


 豆太郎がさっそく鼻をすんすんとして嗅いでいる。

 興味あるのか、だったらもらっちゃおうかな。



「いいんですか?」


「ええ、もちろん! ただ雨が降っていて湿気ちゃいそうだから今日中か遅くても明日までには食べてね」



 受け取るとほんの少しだけ暖かかった。意外と焼き立てらしい。

 


「分かりました。ありがとうございます。それじゃあ」


「川下り楽しんでね!」



 お礼を言って立ち去る。後ろを振り返ると私たちが見えなくなるまで二人は手を振り続けていた。

 なんだろう、ものすごくアットホームな村なんですけど。印象良すぎ! いや良いことなんだけどね。

 


「いやぁ田舎の人はめっちゃ親切やなぁ。旅番組とかで感動するの分かるわ」


「あぁいうのってテレビだからだろうけど、ここの人はガチだね。ここんところギスギスしまくってたからほっこりしちゃった。豆太郎、これは夕飯の後であげるからね」


『はーい!』



 目の前に食べ物があると気になるらしく、豆太郎がずっとクッキーに夢中だったから釘を刺しておいた。

 露店で買ったものとかならすぐにあげてもいいんだけど、せっかくもらったもんだしオリビアさんたちにも分けてあげたいし。


 そうして一時間ほど村をぐるっと散歩した。

 馬車で入ってきた時は暗いムードを感じたけど、会ってみると思ったより気さくで話しやすい人が多かった。

 いやぁ先入観って駄目だねぇ。


 そうして宿に戻ると一階の食堂スペースでクレアさんやサミュ王子がいる中に知らないおじさんがいて話し込んでいるのを見つけた。

 クレアさんたちも扉を開いた時に鳴ったベルの音でこっちに振り向いて私たちが帰ってきたことを知ったようだ。

 なんだろうと覗き込んでいると、ちょうどオリビアさんたちも廊下の脇にいて小声で「ここの村長さんみたいよ」と教えてくれる。



「はぁ。じゃあ特に国とか徴税とは関係ないんですかい?」



 と、胸を撫でおろす村長さん。

 一応村長らしいが、イメージにそぐわず山賊かなんかだと勘違いしそうになったほど体格もあって厳つい顔をしている。

 歳もまだ四十代ぐらいじゃないだろうか。村長って勝手におじいちゃんな先入観があったけどそうでもないようだ。

 クレアさんと大所帯での突然の来訪についての話をしている途中らしい。



「言われなきゃ山賊に間違われそうですね」


「世襲制のところもあるけど、冒険者を引退した人が権利を買い取ることもあるのよ。村や国からすると役人との橋渡しとまとめ役をして読み書きできる人であれば基本的に誰でもいいし、元冒険者なら魔物の襲来の時も対処しやすいしそこまで珍しいものでもないわ。特に新しい開拓村なんかだと怪我やパーティーの解散とかで続けられそうにない人をギルドから誘うこともあるのよ」



 オリビアさんがそっと横から教えてくれる。

 はー、そうなんだ。



「あぁ。我らはこちらのとある貴族の護衛任務中だ。特に困らせるようなことはしない。ただ隠密中なので他に知らせないでもらいたいのだが」


「へぇそれは構いません。それならばどうぞご滞在下さい」



 クレアさんに説明され恭しく頭を下げる村長さん。



「時に川下りはどうなっている? 可能であれば我らは明日にでも乗りたいのだが」


「ちょうどこのぐらいの人数をお乗せできる船はあります。ただこの天気のままじゃあ出せません。晴れるかどうか天気次第ってところです」



 歩くのも億劫なほどに雨足はまだ強いままだ。

 まぁそうだよね、雨降ってるのに川下りなんて決行するはずがない。

 いくら急いでいるからと言ってもクレアさんもそこは渋々従うようだ。



「天気のことは致し方ないが、もう少しまともな宿は無いのか? 家具がどうにも貧乏くさい。このままでは食事も旅の途中で出されるようなものと変わりなさそうだ。どうにかならないのか? 金なら出すぞ」


「へ、へぇ……そう言われましても……」



 サミュ王子が村長にクレームをつけ始めた。



「アホらし。うちは先に部屋に行ってるから」


「あ、うん」



 そのやり取りを見て美歌ちゃんが興味を失ったように階段を上って部屋に向かう。

 あちゃー、また好感度ダウンだね。サミュ王子のお坊ちゃん気質は抜けないままか。

 


「う~む、備品や食事が無理なら花束はどうだ? 手に入らぬか?」


「いやぁ、野花程度ならまだしも花束となると……。しかも雨ですし」


「無い無い尽くしだな。これが帝国の領地だと思うと情けなくなってくるぞ」


「申し訳ございません」


「サミュ様、あまり困らせるのも良くないかと」


「む、しかしだな……」


「旅の目的を思い出して下さい。最優先は何かをお考えになれば食事や環境のことなど些末なことではないでしょうか?」


「わ、分かった。そこまで言われたら諦めよう」



 クレアさんが口を挟んだおかげで村長さんは救われたように一息吐いた。

 サミュ王子も完全に気持ちを切り替えたわけではなかったが、彼女の影響度は高いようだ。

 それからクレアさんは話を戻す。



「それにしても話が戻るが、先ほど徴税と言ったが今は役人が税を取り立てる時期ではないはずだが?」


「そうなんですが、少し前から臨時の徴税が各地で行われているようでして。この村にもそれがやって来たのかとばかり。見ての通り、川下りで多少は人の往来もありますがそれでも突然の取り立てなぞ来られても困りますんで……」


「それは誰の差し金……命令だ?」


「へぇ。噂ではリグレット王子の発案だそうで。国葬が二度も続き、そのためだとか」


「リグレットだと!?」



 二人の話にサミュ王子が血相を変えて割り込んできた。



「サ――坊ちゃま、いきなり失礼ですよ」


「構わん! 村長、今の話は本当か?」



 一瞬、サミュという名を出しそうになったのを寸でのところでクレアさんが自制する。

 まぁここで有名人である王子の名前を出したら意味ないものね。

 人の苦労は露知らず、サミュ王子の意識は村長さんに首ったけで彼女を見ようともしない。



「え? えぇまぁ。ただ行商人から聞いた程度の話なので本当かどうかは分からねぇですよ」


「何をやっているんだあいつは。余を差し置いてもう王にでもなったつもりか? 気にくわん。村長、そんなものは払わなくていい。余が保証してやる。ここへやって来る徴税官の名前を言ってみろ。それと領主にも口添えしてやる」


「い、いやぁそう言われましても……。ドスゴール様に面会なんて恐れ多いですよ」



 前半は聞こえないような呟きだったので聞かれてはいないようだ。

 でも子供に後半部分のような無茶なことを言われて狼狽する村長さんだが、サミュ王子はその台詞で怪訝な顔をする。



「ん? ドスゴール? ここら一帯の領主の名前はダスゴールではなかったか?」


「え? あ、あぁ間違えました。そうです! ダスゴール様です」


「徴税官の名は?」


「えぇとなんだったかなぁ。そんなことよりお貴族様とお見受けしますがこんな村の些末事に構われない方が宜しいんでないでしょうか」



 その誤魔化すような答えに神妙な面持ちになるサミュ王子は少し考えた後に壁やテーブルなどを見回しながら続けた。



「そうか。ところで話は変わるがこの宿、けっこう新しく建てられたもののようだな」


「へ、へぇ。最近新しくなりましたね」


「以前、と言ってももう十年も前になるが余はその時もここに数日滞在した。その時の村長は今は見ないようだが息災にしているか?」


「え、えぇそうですね。ただ確か街にいる娘夫婦の元へ行ったとかでこの村にはもういませんが」


 

 サミュ王子は何が言いたいのだろうか。後ろで聞いててもよく分からない。

 ただその代わり。村長さんが困った様子になってきているのは察せられた。



「ふむ、そうか。確かその時に頂いた村の特産物であるパロンガの実が入ったパイが旨かったのをまだ覚えている。今日もそれを作ってもらえんか?」


「パロンガですかい? いやぁ最近はめったに獲れなくなっちまいやして。それに当時それを誰が作ったのかも分からないんで勘弁してくれませんかい」


「そうだな。余がわがままを言ったようだ。諦めよう」



 意外とあっさりとサミュ王子が引き下がる。



「あぁえっとそれじゃあこれで私は失礼しますんで。何かあったらお呼び下さい」



 それを隙として受け取ったのか、捲し立て逃げるように村長さんは宿から出て行った。

 サミュ王子はそれを見届けるとクレアさんと私を手招きして食堂の端に呼んだ。どうも内緒の話があるらしい。

 クレアさんと二人して見合わせながら指示される通りに近寄って、サミュ王子の身長に合わせて少し膝を折った。



「なに?」



 何か言いたげなサミュ王子は衝撃の発言をする。



「――あの村長は偽物だ」



 爆弾発言だ。もう無茶苦茶。

 そんなのあり得るわけないじゃない。ちょっと様子が変だっただけでいくらなんでもそれは飛躍し過ぎだ。



「は? 何言ってんのよ。偽物ってじゃあ本物はどこにいるのよ? 大体それなら村の人たちが気付いてるわよ」


「声が大きい。少し抑えろ」



 子供に叱られてしまった。



「本物がどこにいるのかは知らん。だが村長の立場にあるものが領主の名前を間違え、徴税官の名前も覚えていないなんてあり得ん」


「そんなの本当にど忘れじゃないの? 年に数回ぐらいしか顔を合わせないんでしょ?」


「ならお前は自分が所属しているギルドの長の名前を忘れるか? 少々違うが商人であれば商会長、兵士なら将軍の名に当たるようなものだ」



 いや、クロリアのあのストレスマッハなギルド長についてはギルド長としか呼んでないから素で忘れちゃってるけど私。

 というのは空気を読んで言わないでおこう。



「それだけで決めつけ過ぎじゃない?」


「他にもある。さっき十年前に訪れたと言ったがあれは嘘だ。反応を見たかっただけだ」


「え?」



 クレアさんを見たら無言で首を縦に振り肯定された。

 


「パイなど食べてもおらん。そもそもパロンガの実は帝国の北東の方でしか獲れないし、こんな村に流通するはずもない」



 さっきのはカマかけか。咄嗟によくやるじゃん。

 本当にこの子、美歌ちゃんよりも年下なのかしら。伊達に英才教育を受けているわけじゃないってことかな。



「サミュ様、しかしそれでも他の村人たちを騙し通せるものではありません」



 ただし私がさっき言ったことと同じことをクレアさんが指摘する。



「うむ、そこが説明できんのだ。しかし余の勘は警告を発している。……例えばだ、襲撃者たちが先回りしてこの村に来て本物の村長を人質に取っているとかはどうだ?」



 それに対して一つの推論をサミュ王子は提示した。


 面白い推理だ。

 それならさっきのどうしても村長に見えなかった村長が名前に関してしどろもどろになったことに筋は通る。

 まぁ強面なのは元冒険者なだけで、名前は単純に間違ったってこともあり得るんだけどさ。



「うーんでもなぁ感覚としてはそんな感じじゃないのよねぇ。もしそうなら宿屋の店員さんもオドオドとしているんじゃない? 応対は普通だったし、それにさっき村を回ったけどそんな雰囲気は一ミリも無かったわよ」



 ここまでの村人たちのやり取りで不審なものはなかった。

 あのカップルだってそんな異変があるのにあんな会話できないでしょ。

 気になったのは閉じこもってる村の人たちの視線ぐらいだけど、雨が降ってるしいきなり貴族の大所帯が現れたんなら緊張するのも当然かなと思う。



「サミュ様、もし何らかの罠があったとしても今からここを出るのはさすがに無理があります。我らはまだ補給すらままなっておりません。それに予定を変えるとなるといささか問題も多く……」



 問題っていうのは騎士たちとの確執のことだろう。

 ここまで険悪になるとは思ってもいなかったから出来る限り到着を短縮したい気持ちは伝わってきた。



「あぁ分かっている。今更こんなことを言うのもあれだが、余はクレア――お前だけは信用している。お前だけは絶対に裏切らない。そうだな?」


「はい、もちろんですサミュ様」



 二人はしっかりと目を合わせる。

 やはり長年培ってきた信頼関係は太く強固なものらしい。



「ならば構わん。仮に何があってもお前が余を守り通せ!」


「はっ! 命に代えましても!」



 クレアさんは片膝を突いて誓いを立てる。

 ちょっとだけ本物の騎士と王様の関係に見えてゾクゾクっとした。

 主人が子供でも騎士が女性でもそんなのは関係ない。ただお互いを信じる絆を見せられた気分だ。

 これこそが主従ってやつんだろうね。


 それからサミュ王子はこっちに視線を向けてきた。



「ついでにお前もだ。余の信頼を得るには絶好の機会だぞ? 励め」


「まぁ適当にやるよ」


「お前はずっとのらりくらりしているな。まぁいい。ここまでお前やミカがいなければ余は死んでいた可能性もあった。騎士どもは騒いでいるようだが余はある程度はお前も信用している」



 そんなふうに言われるとは思ってもみなかった。

 まぁあいつらと比べるなら当然こっち選ぶよね。



「報酬分ぐらいは働くよ」


「ふん、それでいい。あと余のことももちろんだが……ミカのこともくれぐれも頼む」



 サミュ王子は目線を少し逸らし照れながらそう言った。

 これも予想外だった。

 本当に美歌ちゃんに恋しちゃってるんだ。こっちがドキドキしてくるよ。



「あの子はこんなんじゃやられないけど、まぁ、そっちも任してよ。それにしてもめげないねぇ?」


「あれは余の未来の妻となる女性だ。だが残念ながら戦闘力という意味ではこの中では余が最弱なのも自覚している。それでもやれる範囲内で余が守るのが当然。そうだろう?」



 含みのある顔でサミュ王子がこっちに返してくる。

 ちょっと偉そうで小生意気だけど、この王子のこと私はやっぱり嫌いになれないかもしれない。

 損得抜きでお城に送り届けるまではやっぱり責任持ってあげたくなった。


 せめて二人の諍いを収めるぐらいは手伝ってあげてもいいかな。



「よし、寝ずの番は後退でするが久しぶりのベッドで寝れるので各自しっかりと休息を取るように。晴れるなら明日出発だ!」



 クレアさんのフロア全体に掛けた号令にその場にいた全員が頷いた。




 なんだかんだ雨で出歩けないにしても食料の買い出しなんかはあったし、置いていく馬車の売買交渉なんかもあってクレアさんは働き詰めだ。

 私たちはすることがなく、ぼーっと部屋の窓から止まない雨を眺めることぐらいしかなかった。

 すっかり暗くなってもう夜。

 部屋の割り振りは私と美歌ちゃんとオリビアさんとミーシャの四人。まぁ女性陣は一部屋に集められたって感じかな。



「んー、やっぱり膝枕はするよりさせてもらう方がええなぁ」



 美歌ちゃんはベッドの上でオリビアさんの膝の上で甘え中だ。



『あーちゃん……zzz』



 実は豆太郎も私の体にピタリと体を付けて丸まって寝ているんだけど。



「暇よね。あいつら私たちを疑ってるからって見張りすらさせないつもりよ。まぁ楽でいいんだけどさ」



 胡坐をかいてベッドの上で座って愚痴を零すのはミーシャ。

 さすがのミーシャも騎士たちに面と向かって毒を吐いたりはしないけど、こうしていない状況だといつもの調子に戻ってくる。

 彼女とアレンが衝突しやすい性格なので一番ストレスを貯めているようだった。



「放っておきゃいいのよ。蜂に襲われた時も退治は私たちに任せて自分たちはおしくらまんじゅうしてたんだから」



 ま、イライラしてるのは私も同じだ。



「おしくら?」


「あー、こっちのこと。それよりアレンの方がちょっとだけ心配かな。騎士たちと同じ部屋なんでしょ? 喧嘩しなきゃいいけど」



 いくら部屋数が少ないとは言え、いざこざ中の相手と同じ部屋なんて心が休まるものではない。

 私だったら御免こうむりたい。



「そこは大丈夫よ。アレンもあれで下積みはしてきているし」



 ミーシャが太鼓判を押す。

 まぁそれもそっか。



「もちろん私たちが魔物の卵を盗むなんて馬鹿な真似はしていないけど、自分たちの仲間じゃなくて私たちを疑いたくなる気持ちも分かるわ。だからそんなに言い合っても仕方ないと思うのよね、私は」



 美歌ちゃんの頭を撫でながらオリビアさんはそうもらす。



「うちはオリビアさんみたいな女の人に憧れるわ。なんかこう大人の女性って感じやん? どうやったらそんな包容力が持てるんですか?」


「えぇ? どうかしら、自分じゃ考えたこともないんだけど」



 美歌ちゃんも多少は人見知りな性格は治っきている。それでも他に誰かがいたり、カっとならないと初対面の大人たちに話すのは苦手なままでそう簡単には改善されていない、

 でもオリビアさんを中心にアレンたちも可愛がってくれているし、彼らには心を開いているようだった。



「生まれ持った性格よ。ミカとアオイには無理ね」


「えぇー! ミーシャさんはいけずやなぁ」



 何にも言ってないのにこっちに飛び火してきた。

 


「失礼な。私も二十歳ぐらいになったらもっとお淑やかになってるわよ」


「そうやって言ってるうちは絶対無理ね。寄ってくるのは子供と動物ぐらいでしょ」



 ぐぬぬ……。見事に現状がその通りで言い返せない。

 そこに美歌ちゃんが助け舟を出してくる。



「別にいいんとちゃう? 子供でも小さい時から良い男に育てあげればいいやん。ほら光源氏的ひかるげんじなやつ」



 あー、詳しくは知らないけど確か光源氏っていうチャラ男がお母さん似の小さい女の子を囲う話だっけ?



「どんだけ気の長い話よ。てか、そういう話なら美歌ちゃんの方が当てはまるわよ」


「え? うち?」


「サミュ王子とジーク君と二人もいるじゃん」


「えー、それはないわぁ。ジークは弟みたいなもんやしサミュも今のままやったら友達ですらなれへんかもしれんのに」


『よう言うた! それでこそワイの美歌ちゃんや!』



 語る美歌ちゃんに誤魔化しや照れなど見受けられなかったので、本当にそう思っているみたいだ。

 テンはベッドの上で飛び跳ねて大はしゃぎしている。

 こいつは過保護過ぎるのよ。美歌ちゃんぐらいの歳だとそろそろウザがられてくるわよこういう父親みたいなノリは。

 もしそうなって「テンは口臭いしうるさいからしゃべらんといてくれる?」とか言われたらこの毛玉は生きていけるんだろうか。まぁどうでもいいか。



「世の中色んな考えた立場とかあるから、あの王子も悪人ではないのよ」


「まぁ悪人ではないとは思うで、確かに。でも悪いことして反省して謝るっていうのは大切なことやで。それが出来んのは間違っとると思う」

 


 美歌ちゃんなりの持論というか、曲げられない点なんだろう。

 うーん、仲直りは厳しそうかなぁ。



「うちはそんなことより、アレンさんとミーシャさんとかのことが聞きたいな」


「え? なによいきなり!?」



 不意の口撃にミーシャが頬を赤くしてたじろんだ。

 


「いやぁお似合いやと思うで。でも向こうは全然意識してないっぽいけど。なんやろ、女子じゃなくて家族やと思われてるみたいな感じ?」



 この子、意外とよく見てるわね。



「わ、私のことはどうでもいいのよ!」


「そんなことあらへんって。一番あり得そうなのがミーシャさんたちやもん。恋バナはいつでも好物やで」


「面白がってるだけでしょ!」


「まぁ半分は。でも応援もしっかりしてるで」



 美歌ちゃんの押せ押せムードだ。

 これを言うのが私なら反撃してくるんだろうけど、ちょっと年が離れてるだけあってミーシャも言いづらいっぽい。

 思わぬ伏兵がいたもんだ。



「そうだ、帰りに服かアクセサリーを買って帰りましょうよ。帝国って宝石の加工技術が高くて綺麗なのがいっぱいあるはずよ」



 オリビアさんまで乗っかって、ますますミーシャがベッドの上で小さくなっていく。

 意外と一番乙女なのかもね。



「あーもううるさいうるさい! 自分のことは自分でなんとかするわよ! そんなこと言うんだったら自分たちから先に見つけなさいよ!」



 茹でタコになったミーシャが噴火したその様子が面白くて笑ってしまう。

 なんだろうね、久々にゆっくりと平穏な異世界生活をしている気がする。

 ここんところ殺伐としたのばっかりで、もうホント嫌になっちゃうわ。

 


「あーそう言えば……」



 そんな感じで美歌ちゃんを加えた女子会は寝るまで盛り上がりを見せた。



□ ■ □


 ――その日の深夜


 雨足はやや収まってきたがまだ月は厚い雲に遮られて姿を見せておらず、深い暗闇が村中を覆い明かりなどはほとんど見えななかった。

 唯一か細い光があるのは葵たちが泊まる宿ぐらいだろうか。サミュが眠る部屋はその宿の一番奥の部屋だ。

 そして扉の前には二人の騎士が寝ずの番をしているはずなのだが、今は静かに寝息を立てて意識を失っている。

 廊下に持ち出された椅子の下には空のコップが不自然に転がっていて中身が少し零れていた。

 

 その前を人が横切る。

 なのにやはり騎士たちは深く寝入っていて目を覚まさない。生理的なものではなく人為的な強制的な眠りのようだった。

 豆太郎も葵も美歌もテンも今はスヤスヤとベッドで眠っていて、彼のことに気付く者は誰一人としていない。

 

 手がドアノブに掛かって開かれ、侵入者は易々と部屋の中に入ってしまう。

 ゆっくりと物音を立てずに目標に近寄ると、そこにはベッドの上で深く眠っているサミュの姿があった。

 彼もまた長旅による疲労が溜まっていて、しばらく振りのちゃんとした休息に起きる気配はない。


 そして侵入者は薄く笑い手を眠りこける無防備なサミュへと伸ばした――。



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