9 異世界に洋楽の音が鳴り響く

 情報屋の老婆――ジーナという名前なのを途中でキーラから聞いた景保たちはすぐに彼女がいる場所を知る。

 なぜならそこにたくさんの人たちが集まっていたからだ。

 別に収穫祭など季節のイベントごとということもない。数時間前に急遽決まって突貫で準備された。だというのに聞伝えで軽く百を超える人間がぎゅうぎゅう詰めで居心地も悪いのにそこにいる。

 雰囲気は暗いのに、おしなべて仄かに興奮しているのが見て取れた。あまり良い雰囲気ではないだろう。


 ある者は「見世物があるらしい」と言い、ある者は「悪いやつがいたらしい」と口々に言い合っている。

 そのくせこれだけ大勢いるのに、ここで何が行われ自分たちが何を見ようとしているのか、半数以上が具体的に分かっていなかった。

 ただ広場には急場で拵えられた台座があり、言い知れない緊張感を孕んでいる。

 


「みんな聞いてくれ! この町でまた良からぬことを企んでいたやつがいたんだ!」



 責任者らしい男が大声で壇上へ上がり、その場にいた民衆に語りかけていく。

 右から左へ、左から右へと、奥まで一人ひとりと目を合わすような仕草は、大勢の人間の前で話す術を心得ているようだった。

 何が始まるのやらと待ち望んでいた人たちは一斉に黙ってその声に耳を傾け始める。


 景保たちが到着したのもそのタイミングだ。

 言い知れぬ予感に足を止めて様子を窺い始める。

 


「なんと、リィム様を否定し、教会批判をしようと教会騎士団ジルボワの情報を集めようとしていたんだ!」


 

 半分は嘘だ。都合の良いでたらめでしかない。

 ただしその真偽を確かめられることが出来ず、大衆はそれをそのまま信じるしかなかった。

 だから沸騰する。敬虔なリィム信者が多い帝国領内でリィム様を否定したなど言われれば、誰もが頭に血が上るほどの罵倒でしかないのだ。

  特に今は先日の火事によってリィム教に食物の補填をされたばかりで、恩を感じていない人間はいなかった。



「なんてふてぇやつだ!」


「冬が来ても飢えないのは教会のおかげだ。これだけの恩を受けておきながらどんな恩知らずだ!」


「リィム様を否定だって!? まさか邪教の狂信者じゃ? そんなやつ殺しちまえばいいんだよ!」



 口々に思い思いの言葉が出て来る。

 しかし一様にそれはリィム様を冒涜した者への侮蔑が込められていた。

 


「さぁ紹介しよう。町で情報屋をやっている老婆だ。出てきたまえ」



 言われて近くの建物から出てきたのはジーナその人だった。

 捕まる際に抵抗したのか頬は青く腫れており、手首には縄が巻かれその手綱はしっかりと横にいる男に握られていた。

 口は猿ぐつわを噛まされ反論や弁護を言う機会すら与えられていない。

 さながら罪人だ。いや、この場では間違いなくそうなっているのだろう。


 どうやら足が悪いようでぺたぺたと歩いていると早くしろと怒鳴られ急かされる。

 それでも速度が上がらないものだから無理やり縄を引っ張られジーナは前のめりに無様に転び、それを見て周囲があざ笑った。



「バ、ババァ!?」



 その仕打ちを見てキーラが悲鳴を上げる。

 二人の間にどんな確執があったのかは景保は知らないが、今は祖母の家族を心配する孫でしかなかった。

 

 そうしてジーナは台座に立てられた太い木の棒に括り付けられる。

 思いっきり締められたようで、それだけで顔に苦痛の色が浮かんだ。

 


「この女だ。この女が教会の敵だ!」



 まるで魔女裁判の処刑だと景保は思い吐き気がして胃が重たくなるようだった。

 煽り文句はまだ続く。



「諸君、我々が日々を生きるためにどれだけ教会にお世話になっているか誰もが知っているだろう? 生まれた赤ん坊の世話から病気になった子供の治療、食べるものに困っても寝床と暖かいスープを与えてくれる! なのに感謝しない不届き者がいていいのだろうか?」



 ここにいる人間のほとんどがただの町人だ。

 しかしよく目を凝らすと明らかに体つきやその物腰が一般人とは違うのも混じっている。

 しかも他の人間をそそのかすような言動を選んで囃し立てていた。



教会騎士ジルボワが連れて行ったということは、あれはひょっとして彼らの変装か。ここまでするのか。ひど過ぎる……」



 あくまでこの私刑は民衆が勝手に行っただけで、表向きは民を憐れむ教会とは何の関わりもないということにしたいのだろう。

 卑怯者と景保は内心で罵った。


 そして、ふとこの集団の中に見知った顔がいて小さく驚いた。

 ――ノーラだ。数日間だけだが、タマの話し相手も兼ねてくれた宿屋の少女。

 こんな凄烈で誰かを一方的になじるような場所にいるのはそぐわない。


 彼女はじっとジーナを凝視していた。

 だが薄っすらと笑っているように見えて、まさかそんなはずは……と景保はすぐさま否定する。



「おい、聞いているのか? いよいよとなったら出るぞ。お前は式神を出して陽動しろ。その隙に儂らで助け出す」

 

「あ、はい。分かりました」



 ジロウに意識を呼び戻され返答してからもう一度ノーラに視線を戻すと、他の人が壁になってもう見えなくなっていた。



「しかもだ。日々、他人の弱みに付け込むような情報を売っている卑しい女だ。この中にも売られた者がいるかもしれない。そんなやつ生きていていいのだろうか? なぁ諸君?」



 台の上で扇動する男は意味ありげに目を振る。

 すると、弧を描いて石がジーナに向かって飛んでいった。

 それは彼女に当たり、小さく呻かせる。



「信仰をドブに捨て、金に変えた守銭奴に天誅を!」



 それが口火を切って四方から罵声と共に石が投げ込まれ始めた。


 ――サクラの仕業だ。


 全員がそうしたというわけではないが、ヒートアップした何人かはそれに呼応して足元に落ちている石を拾い次々に石が宙を舞っていく。

 人の善意を信じるならば仕組んでいる者だけが投げ込んでいると信じたい。

 

 バラバラとほとんどは命中せずに地面に当たり砕け散る。

 けれどやはり幾つかは被弾し、ジーナの脆い体を鞭打った。


 ――酷いことをする……。


 老婆は口に布を噛まされ悲鳴を上げ助けを請うことすら許されない。

 目の前で起きている惨状は平和な日本で生まれ育った景保たちの常識には無いものだ。

 他者の尊厳を認めず、言い分も訊かず、ただ物のように嬲り者にする様は見ているだけで臓腑が腐りそうな暗鬱とした不快感を景保にもたらした。 



「に、兄ちゃん! お願いだ! 助けてくれ!」



 もう耐えきれずにキーラが景保の袖を持って懇願する。

 景保も感情がぐつぐつと煮えたぎっていた。もう見ていられないのは彼も同じなのだ。

 ここまで目立つまいと色々工夫してやってきた。自身の網膜の裏に残滓として残る少女のように義憤だけで動くほど高尚な存在でもないと揶揄している。しかしながらこの窮状を見過ごせるほどの胆力も卑屈さもない。

 

 これだけは許せなかった。


 頷き、術を使おうとした時、


 ――ジャン! ジャジャン! ジャジャジャジャン!


 楽器の音色だ。それはこの濁った陰鬱な空気を吹き飛ばすかのごとく力強く澄んでいた。

 ギターの弦を弾くような音が広場に浸透し自然と耳に入ってくる。

 おかげで罵声も石を投げる動作もすべてが止まった。


 その場にいた全員がその奇妙な音の発生源を探そうと顔をあちこちに振る。

 それはすぐに見つかった。建物の上だ。そこに影が現れていた。

 


「な、なんだ!? 誰だそんな所にいるのは!?」 



 教会騎士団ジルボワらしき男が頭上のその人物に誰何する。

 詰問されているのに答えず、その影はギターを弾く手を止めない。

 誰もが呆気に取られてその生演奏を聞き入るしかなかった。

 


「儂、嫌な予感が……いや良い予感なのか? してきたぞ」


「僕もです」



 逆光だが、五感の鋭くなっている二人の目にはそのシルエットからある程度の人物像が想像できてしまっていた。

 キリの良いところまでいったのかそこで演奏は終わる。



「一体何があったのか知らないデスガ、こんな大勢でお婆ちゃんをリンチするなんて鬼畜の所業デスネー。あなたタチー、ちゃあんと家族にも胸張って理由を答えられるんデショウネー? ママは納得してくれマスカ! そこに正義はありマスカー!」



 声は若い女性のものだ。ただ訛りというか、エセ外国人が日本語を話すような語尾が上がるイントネーションである。

 それだけならまだ耐えられただろうが、その後ろからさらに異様なものが現れ、見上げる彼らは一様に目を瞬いた。



『ヒヒーン!』



 独特のいななく鳴き声――馬だ。

 なぜ馬が建物の屋根の上に? 普段見たことのない光景に目が点になり誰もが驚きに固まってしまった。



「やっぱり……」



 景保は自分の予想が当たりそうなことに小さく呟いた。


 下からでは見えづらいが、馬は思ったより小さい。

 体高は百五十センチあるかどうか。所謂、ポニーに分類されるほどの大きさだ。

 色は気持ちの良いほどの毛並みの良い栗毛。

 もっと詳しい者がいるのであれば、それは日本在来馬でニホンオオカミのように絶滅しかけた『木曽馬きそうま』という種類だと思い当たるかもしれない。


 時代劇などでは武将が背に跨る馬はサラブレッドのような大きな馬ばかりだが、それは脚色されたもので古来から日本に生息している馬はっこのようにポニー並の小さな馬しかいない。

 そのことを知っている景保は確信し、この巡り合わせに感謝した。



「天知る地知るミーが知ル! 悪を挫くために『ステファニー』推参デース! トモエサン! 行きマスヨー!」



 女性が声を上げると、二つの影が一気に跳んだ、

 


「「「うわぁぁぁ!!」」」



 たまげたのは下にいた民衆だ。

 まさか上から女の子だけじゃなく、数百キロはある馬までが落下してきたのだから。

 しかも人口密集度は高く、我先にと押し合いへし合い散り散りに散開していく。


 そんなことはお構いなしに空いたその空間に女性が軽やかに着地し、すぐ後にどぉん! と大きな音と土煙を発生させ馬も地面に足を着けた。 

 


「ミーは寄ってたかって少数を叩きのめそうとする弱いものイジメは嫌いデース! 美しさも格好良さもありまセン。そこに愛も勇気も希望も無いのならあなたたちは自分を恥じなサイ!」



 トパーズのような黄玉色の瞳に意志の強そうな眉毛。

 髪は肩よりも少し長めで色は瞳と同じく黄金に輝く艶。

 着物は黒を基調としたデザインで萩の花や梅があしらわれており、どういう構造かノースリーブ。ただ手首のところには長い袖が付いている。

 胸は非常に大きく着物では苦しいのか上半分の肌が露出していた。

 下は黒の短パンが見えていて、細く健康的美脚が拝め、靴は白い足袋を履いていて厚底の舞妓さんが履きそうな下駄。

 

 もう間違いない――プレイヤーだ。

 

 ただし、中身はどうも日本人ではないらしい。

 


「くっ! 構うな、その女を連行しろ!」



 台の上にいる男が命令し、変装した騎士たちが一斉にその女性――ステファニーに向かっていった。



「言い訳もないんデスネー? 後ろめたいことがありありって感じデース! だったらミーは義侠心を持ってお婆さんの味方になりマス! 暴れますから関係ない人は逃げて下さいネー! ―【舞楽術】詩歌管弦しいかかんげん― デース!」



 彼女はピックを弾き担いでいたギターを奏で歌い始める。

 その音楽は英語の歌詞で洋楽方面には知識がからっきしな景保には何の歌か見当も付かなかったが、やや低く響く心地の良いアルトの音域だということは分かった。

 アップテンポなリズムで心が高揚する曲調だ。

 効果は空気を伝わり周囲の人間にすぐさま波及していく。


 敵には力が抜けるような感覚に陥る『攻撃力減少のデバフ』が、味方には筋肉が膨張して固くなる『防御力アップのバフ』が回避不能で掛かる。

 この場合、敵とはここにいる全員で、味方は彼女とお婆さんだけ。

 つまり、第三者である民衆にも、景保たちにもすべからくデバフが掛かった。


 大和伝の中で音を発生させ、味方の支援や攻撃をする職業がある。

 【歌舞うたまい】と呼ばれる者で、そのプレイ方法はかなり特殊だ。

 歌舞は音を出す物であれば何でも使え、ギターでも太鼓でもカスタネットでも、それこそアカペラでも構わないし、楽器が使用せず手と足だけのダンスでもいい。

 彼女らだけに見える音ゲーやカラオケの採点システムのような譜面が視界に表示され、それに沿って弾いていくと支援効果が生まれる仕組みだ。

 その譜面は難易度を選べ、難しいほどに効果が高まっていく。

 さらに、現在彼女がやっているようにギターと歌の二種類の行為をすることによって、二種類のバフとデバフが発生していた。

 トッププレイヤーはこれにステップを含めた三種類を組み合わせる猛者までいる。


 その支援は強力で他の職業のバフ・デバフ率よりも高く、さらに攻撃をするのならばいちいち武器を取って当てなくても弾いているだけでダメージが与えられた。

 ただその反面、戦闘が非常に難しい。

 なぜならリズム通りにボタンを押したりピックで弾くだけに留まらず、モンスターの攻撃を避けないといけないのだ。

 当然、演奏が途切れたら支援は消滅し、また譜面に集中するため注意力が散漫になって躱すのもなかなかに大変になる。

 たいていは最後列で盾役に守られながらの運用か、歌いながら攻撃するというパターンが多い。

 

 楽曲は自分の好きな音楽や歌をセレクト出来るし、特に歌いながら殴ったり蹴ったりというのはかなりストレスが解消されるようで、音楽系に強い人はこの職業を選ぶ率がとても高い。

 音大に通っている見た目清楚な女子大生がゲームでは楽器で敵をタコ殴りにして鬱憤を晴らす快感に溺れているなんていう話もある。

 


「ぐあ! なんだこれは!?」



 慣れない突然の脱力感に騎士たちどころかみんながガクンと膝を曲げた。

 激しい運動をした後のような虚脱だ。

 一度も体験したことのない感覚に気を取られていると、



「寝てなサーイ!」



 ステファニーの綺麗な素足が彼らを糾弾した。

 主に腹部へ刺し貫くかのごとく。



「ぬあっ!」



 後ろに人がいようがお構いなし。吹き飛ばされた男は人々を巻き込んで飛ばされる。

 かなり手加減をしているのは分かるが、どうもただ見ていただけの一般人にすらも彼女は怒っているらしい。

 歌い演奏しながら 力の入った一撃は簡単に取り押さえようとする男たちと民衆をどんどんと薙ぎ倒していく。

 そのあまりの無茶苦茶さに人々は這いずりながらでも逃げ出そうとし、ステファニーの周りはぽっかりと空間が出来ていた。



「取り囲め!」



 それでも騎士としての意地なのか、逃げ出す者はおらずむしろ殺気立って私服姿の教会騎士ジルボワが即座に取り囲む。

 景保はこんなに紛れていたのかと舌を巻いた。

 そしてそいつらはいつの間にか剣を持っており数十の刃が彼女を狙う。

  


「ふふんっ! 三下が張り切りますネー! ―【舞楽術】打壊だかい―」



 ステファニーはその場で片足を振り上げ震脚をした。

 歌舞の緊急回避技だ。豪快な踏み込みによって地面を揺らし周囲にいる敵に軽いスタンを与える。

 まともに食らった騎士たちはまるで大震災がきたかのように顔を青ざめさせその場でたたらを踏み、中にはバランスを失って尻もちを突くのも出た。


 さながらアニメで挿入歌が掛かった盛り上がるバトルシーンだなと景保は思った。



「このぉっ!」



 その中の比較的マシだった騎士が剣を振り上げる。

 彼女はそれをギターで相殺し力で押し勝った。

 騎士は吹き飛ばされるが、その間に復帰した他の者たちが一斉に掛かっていく。



「少しは気合の入ったマシなのもいるようデスネー。でもそんなのじゃあ速さも攻撃力も足りないデスヨ! インナーマッスルから鍛えて出直してきなサーイ! ―【舞楽術】竜巻の足運び―」



 あくまでギターを弾きながら、その場で足元に描き出された光る点を彼女がステップで踏み付けると、突如竜巻が発生する。



「「「「うああああ!!!」」」



 何もない地面から建物の高さを超える竜巻が出現したことにより騎士たちは為すすべもなく吹っ飛ばされた。

 おそらく彼は日頃から心身を鍛え己を律して日々研鑽を重ねているのだろう。矜持だってきっとあるに違いない。

 しかしながらその努力は実を結ばなかった。相手が悪い。ふらっとここに現れた女は一軍に匹敵する力を秘めていた。


 もはや死屍累々。死んではいないがさっきまで数十人いた騎士たちで二本の足で立っている者はあっという間に一人もいなくなっていた。

 おそらくはレベル百。そもそも大和伝はレベルマックスにするのはそう時間が掛からないものだ。

 数ヶ月やれば誰でもなれるし、効率良い狩場を使ったり課金アイテムを使えばもっと早い。

 ただレベルをカンストしてからが本番というか、レベル百が適正レベルの八大災厄のようなボスがずらりとおり、サブクエストやレアアイテムの合成などに時間を取られる。

 


「こんなもんデスカー? 悪は成敗されマシタカ?」



 もう立って抵抗してくる者はおらず、市民たちも大半が逃げた。今もチラホラと建物を盾にして成り行きを見物しようとするのはいるがそれらは敵ではない。

 ステファニーは鼻息を鳴らしたが、それは間違いだとすぐに悟る。


 幽鬼のごとく倒れた男たちが起き上がってきたからだ。その目は虚ろでゾンビのようにふらふらとしていた。

 しかもそれらは今気絶させた教会騎士ジルボワだけでなく、一般市民も幾つか含まれている。

 ――その中にはノーラもいた。



「殺す殺す殺す殺す殺す殺ス殺ス殺ス……」



 呂律すら怪しい。

 彼女らは生気が無いまま地面に散乱している剣を持ち上げ再び振り上げる。



「ノーラさん!?」



 あまりにも異常。呼び掛けても反応すらしない。

 薬かなにかで操られているのは明確に察知できた。


 ――誰が? なぜこんなことをする?


 景保はすぐに疑問に思ったことを思考するが、そんなことが分かったとしても集団は止まらない。

 凶刃を振りまいて命を取ろうと人形のように動き、ステファニーはひらりひらりと躱して何度も剣が風を切る音がした。

 動きは単調。されど意識があった時よりも音が大きくさらには空振った剣が地面を抉った。つまりは力が上がっているということだ。

 それを証明するかのように、腕が痺れるほどの衝撃が返ってくる自滅行動にもお構いなしに傀儡たちはそれでも執拗にステファニーを狙う。

 おそらくは『凶化バーサク』の一種だと推察できた。



「わ、ちょっ! ドラッグをキメキメデスカ!? 薬ダメ、絶対デース!」



 避けながらもステファニーは何度も気絶するほどの打撃を叩き込んでいる。

 だというのに傀儡たちは痛みを感じる素振りも見せずにすぐに立ち上がってきた。



「こうなったらもっともっときついのをお見舞いしマスヨ!」



 ステファニーは今義憤に駆られて興奮している。だからなかなか数を減らさない敵に苛立ってさらに強烈な攻撃で気絶させようと考えた。

 間違いではない。意識が飛ぶほどの強い衝撃ならば元に戻ることもじゅうぶんに考えられる。

 大きく斜めに斬り下げたタイミングで後ろに周り、傀儡――ノーラの首筋にギターを叩き込もうとした。


 ――だがそれは阻まれる。

 景保だ。通常の扇よりも倍ほど長い扇で彼女のギターと拮抗させた。

 

 景保からするとこの傀儡たちは知り合いのお婆さんを陥れた悪人たちでしかない。それでも操られているだけの人間にまだ選択肢があるのに安易な暴力的な解決は望んでいなかった。

 そして後押しをしたのはやはりノーラの存在だ。


 客と店員の関係でしかなかったが、タマと仲良く遊んでくれたりもした。

 その笑顔がチラつき、彼女が殴られる様など見たくないと景保の体を突き動かしたのだ。



「待って下さい。僕に手があります。やめてあげて下さい!」


「なんですかアナタ! 邪魔をするんデスカー?」



 ステファニーは景保にヘイトを向け、一瞬で距離を離しギターに指が掛かる。

 助太刀が一転、一触即発のムードだ。



「やめろ。儂らもプレイヤーだ」

 


 そこでジロウが豪快に外套を取った。

 同じように景保とタマもその大和伝特有の装備を見せつける。

 するとステファニーの表情はコロコロと変わった。



「え!? 本当デスカ!? まさかこんなところで出会うとは夢にも思っていませんデシター! ミーは感激デース! この奇跡的な巡り合わせに感謝しマース!」



 驚いた彼女はすぐに歯を見せ笑った。

 あっけらかんとしているというか、一人だけやけにテンションが陽気で高い。

 系統は違うが葵と似たようなクセの強さを感じ、お淑やかな女性プレイヤーっていないのかなぁとちょっぴり落胆したのは内緒だ。

 とにかく誤解は解かれたようで安堵した。



「自己紹介の前に、まずは―【六合符りくごうふ】沈静供出ちんせいきゅうしゅつ―)」



 土蜘蛛姫の恐慌状態を治した状態異常回復術だ。

 景保が出した符から緑の光が傀儡たちを包み込む。

 大和伝の術はこの世界では不治の病とされていた魔力欠乏症ですら完治させるほどに強力で、おそらくノーラの異常も治るだろうと景保は踏んだ。


 数瞬の後、彼らが次々と意識を失って倒れていくのを見届けて安堵の息を吐き、それから今度はジーナに向かって回復術を掛けてやった。

 彼女の縄はタマとキーラが駆け寄ってすでに解いている。



「明らかに様子がおかしかったな。魔法か薬か知らんが、教会騎士団ジルボワってのは相当やばいとこだな」



 自身の意識を失ってまで強化する術を持っている。

 思った以上に教会の闇が深いことに景保は相手の気味悪さを感じた。

 そして景保の術で無傷で助かったノーラを見てパチパチと拍手される。

 


「やりますネー。ミーは【歌舞うたまい】の『ステファニー』デース!。こっちの美人の馬は『トモエサン』デース!」


「僕は景保です。こっちはタマ」


「儂はジロウだ」

 

「オー! 子供なのに儂ってキャラ作ってノリノリですネー!? 可愛いデース!」


「や、やめんか!」



 目を白黒とさせた後にステファニーが無邪気にもジロウに抱き付いた。

 ふくよかな双丘に顔を埋もれさせられジロウは頬を染めて嫌がる仕草をするも、顔はにやけている。

 そこにツッコミが入った。



『ステファニーちゃん、初対面の人たちに失礼よ! ごめんなさいねぇ、この子、思ったことはすぐに口と行動に移すタイプで悪気はないの。すごく良い子なのよ』


「ごめんないさいデース。トモエサンにはいつもママのように叱られてばっかりデース!」


「いや、まぁいいが……」



 トモエサンと呼ばれた彼女のお供の馬だ。

 声音が少々歳のいった女性の声。どうもおばちゃんらしい。

 無茶をするステファニーを諌めるような関係が、二人の立ち位置みたいだった。


 そのトモエサンに叱責されステファニーはジロウを解放すると、ジロウの方はまともに彼女を見れず地面を向いてちょっぴり照れ出した。

 次に動きがあったのはタマだ。ジーナを助け出して戻ってきたタマは物珍しそうにトモエサンを見て目を輝かす。



『わー! お馬さんなの!』


『あら可愛いお嬢ちゃんね。背中に乗る?』


『いいのー? 乗るのー!』


  

 タマには最初から好感度マックスらしい。

 高さもちょうど彼女に合っていて、ぴょんとトモエサンに跳び乗ると尻尾が盛大に揺れてそのいつもと違う目線を楽しみ出す。



『あ、なんだか他にも嫌な感じがするのが近付いてきているわよ。ステファニーちゃんどうする?』



 背にタマを乗せて遊んであげていると、耳をピクピクとさせ機敏にトモエサンが増援の気配を感知する。



「オー! きっとこいつらの仲間デスネー! 迎え撃ってもいいデスガ、みなさんどうしマスカー?」


「逃げましょう。元々、僕らは今日この町を出るつもりだった。それに彼女たちのこともあります。一旦身を隠すべきです」



 景保がキーラに肩を貸されたジーナに視線を移す。

 怪我は術ですっかり回復してはいる。しかしながら民衆から受けたあまりにも残酷な仕打ちにさすがに元気が出ないようだった。

 


「助けてくれてありがとうよ。私らの住処に行く途中に使ってない廃屋がある。まずはそこへ行こうか」



 足が悪いジーナはトモエサンの背中に乗せられ、一同はその廃屋を目指した。

 ほどなく辿り着いた彼らはそこで今後の相談を始める。

 ボヤボヤしていると騒ぎを起こした罪で今度は兵士たちとも戦わなくてはいけなくなるのだ。


 近場の高い建物の屋根から町を観察したジロウが戻ってきた。



「ざっと見た感じ、かなりの人数が動いているな。表通りなどは出た瞬間に見つかる。おそらく出入り口の門も相当な数で固められているだろう。まぁ儂らなら蹴散らすのは朝飯前ではあるが」


 

 報告を受けて景保が話し始める。



「こんな時に申し訳ないですが、ジーナさん。調べてもらっていたことについて新しい情報があったら教えてもらえませんか?」


「あぁそうだね。私もせっかく掴んだネタを話さず死ぬのなんてやってられん」



 ジーナは少しだけ情報を頭の中で整理してから語り出す。



「私が掴んだ情報は二つある。一つは教会が第三王子の暗殺に手を貸そうとしていることさ」


「なっ……」



 ステファニーとお共たち以外の全員が呻いた。

 景保とジロウは葵がその渦中の第三王子を護衛してこちらへやって来ていることを知っている。

 だからこそ、間接的に自分たちに関係ある出来事に反応した。



「直接的に手を出すのは大公の雇った暗殺集団で、教会はあくまでサポートらしい。まぁ周りに知られたらかなりやばい話だからね、教会も多少は警戒しているんだろうさ。個人的には助けてやりたいがこんな婆一人じゃどうしようもないね」


「実は僕らの仲間がその第三王子の護衛をしているんです」


「は!? そうなのかい? そりゃまた奇遇な巡り合わせだ。しかし相当やばいよそれ」


「まぁ強さに関しては指折りなんで大丈夫だと思います……が、一応知らせは送っておきます」



 たとえ暗殺者が百人単位で襲ってこようともレベル百が二人もいれば心配はないだろう。

 ただ不安なのはそれは正面きっての戦いであって、毒や罠、それに人質などの搦め手を使用されるとどうなるかは分からない。

 事実、完全に油断していた景保はさっきタマの助けがなければ怪我を負っていたところだ。



「それがいいだろうね。二つ目は教会騎士ジルボワたちは神都リィムにほど近い山中で陣を張っているらしい。どうもただの軍事訓練のようだが、その投入される規模がおかしい」


「おかしいとは?」


「ほぼ全軍だそうだ。まぁ国の軍隊とはまた種類が違うから全員かき集めても千人未満だと思うがね。それでもそんな人数を集めてただの訓練ってのは引っ掛かる。ここからじゃあ遠いし、人払いもしているようだからなかなか確かめようがないが」



 その情報に景保が顎に手をあて考えている時だった。

 ジロウが横やりを入れる。



「ちょっと待て。なんでそんな重要機密がたった一日で分かるんだ? 別に疑っているわけじゃないが、儂は数日間ずっと教会に張り付いていたが全く分からんかったぞ?」



 ジロウの言い分も最もだった。

 ただでさえジーナは足が悪い。自分から潜入することなぞ出来やしないはずだ。

 考えられるとすれば賄賂ぐらいだが、果たしてそう上手くいくのだろうか? いや上手くいかなかったからこそ捕まったのか。

 そう景保が思考していると、ジーナは目線を逸らし言いにくそうにしたあとに意を決したふうに答えた。



「ええぃ、面倒くさい。普段は飯のタネを他人には教えないが、ここで教えなかったら信用されん。命を助けられたし無料タダで答えてやるわい」


「ババァ、いいのかよ?」


「構わん。こいつらに私をどうしようという気はないだろうからね。ただ他言は無用だよ?」



 キーラはさすがに家族だからか知っているらしく止めようとしたが、ジーナは口止めを促し全員が頷いたのを確認してから話を続ける。



「私は【天恵】持ちだ。小動物の精神を乗っ取り意識共有ができる【精神徴収マインドジャック】さ。それを使って標的の元へネズミやコウモリになって忍び込むのさ」


「なんだと……。便利だなそれ」


「ふん、情報屋としてはこれ以上ない才能だろう?」



 いくら警護が厚い場所であっても屋根裏に忍び込むネズミ一匹に構うはずはない。

 情報集めには破格といってもいい能力だった。



「なぜそれで捕まったんだ?」

 

「これには制限があってね、有効距離はそれほど長くない。だから近くの宿を借りたりするんだが、どうやら今回は私以外の情報屋にそれを見られてしまって、教会騎士ジルボワに売られちまったようだね。隠してはいるがさすがに何十年もやっていると私の能力を知っているやつはそこそこはいる」



 「誰が密告したのか見つけたら仕返ししてやるがね」と独りごちる彼女を見つつ景保は次の話題へと進める。



「分かりました。ありがとうございます。では次は今後のことです。僕とジロウさんは今日町を出るつもりでした。他の方はどうされますか?」


「私らももうこの町にはいられないね。顔を盛大に見られたし、一度売った以上、報復を恐れて他の情報屋も私らを付け回すだろうさ。ただそれはこの町に限ってだ。他に行けばまだ暮らせる宛はあるだろうさ。キーラもそれでいいね?」


「あぁ、もうこんな気持ちの悪い町に用は無ぇよ。兄ちゃんもいねぇし。うんざりだ」



 少年は心底この町が嫌になったのだろう。

 親を亡くし、兄を失くし、祖母まで取られそうになったのだから無理もなかった。


   

「出来れば次の町まで護衛を頼みたいんだがいいかい?」


「構いません。ジロウさんもいいですか?」


「あぁ。一度助けた以上、それぐらいはアフターケアのうちだ」



 ジロウの了承が得られた景保の視線は次にステファニーへ向かう。



「ステファニーさんはどうされますか? 実はまだ話したいことがあるので一緒に行動してもらえればありがたいんですが」


「うーん、そうデスネェ。せっかく会えたのでミーももう少しお付き合いシマース。でも、次の町をどこにするかはミーが決めていいデスカー?」


「それはいいですけど、どこか行きたい場所があるんですか?」


「そうデース! とってもいい場所にご案内しマース!」


「それは?」


「オー! そ・れ・は……内緒デース! 黙ってミーに付いてきて下サーイ!」



 唇の前に人差し指を一本立てながら、陽気なステファニーに一抹の不安を覚えつつも一行はワーズワースの町を出ることにした。

 その際、多少の騒動が起こったが問題無く町を出奔出来たのだった。  

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