4 突発イベント

『ってことなんですけど、依頼を受けつつ北に向かってもいいですか? 目的地はまだハッキリしていませんがおそらく帝国領内だと思うんですが』


『構わないよ。ただ今のところ、僕らが仕入れた情報だと帝国内も魔石が独占されていて供給が追いついていないみたいだ。そっちの人たちがどうやって魔石を手に入れるのかは知らないけど、確実に手に入るのならその依頼を受けても問題ないと思う』



 ギルドを出て人気の無い場所で景保さんたちとビデオチャットでさっきまでのことを報告した。

 彼らはすでにワーズワースという帝国最初の町に入れたらしい。

 ちなみに美歌ちゃんにはアレンたちに事情を説明してもらっている。



『そっちはどんな感じですか? いきなり襲われたりとかしていません?』


『そういうのは無いね。ただふいに誰かから見られているような視線を感じることはある。神経が過敏になっているだけかもしれないけど居心地は良いとは言えないかな。あと北にあるだけあってちょっと涼しい。これが冬になればこの間みたいに腰まで積もる大雪になることもあるんだって』



 この間というのは霙太夫戦のことだろう。

 私たちは装備やアイテムを使ったが、本来何の備えもなければあの大雪の時点でモンスターと戦うというのは困難でほぼ詰み状態だ。そういう意味では大陸北部にある国はそれだけで生きていくのが辛い環境だろう。

 寒いのは嫌だし季節が冬じゃなくて良かったよ。

 


『ブリッツのいる場所とか教会についてはどうですか?』


『まだ着いたばかりなんでなんともだけど、子供の姿だから警戒されないだろうって今ジロウさんが情報収集がてら教会の炊き出しをもらいに行っている。どうも少し前に大騒動があったみたいで、教会関係者が多く出入りしているみたいなんだ。そこで何か掴めるかどうか次第かな』



 着いて早々に動くなんてアクティブなお爺ちゃんだなぁ。

 まぁそっちは二人に任せれば抜かりないかな。



『分かりました。ではまた定時連絡か進展があったら連絡ってことで』


『うん……』



 通信を切ろうとしたら最後に端切れが悪そうな景保さんの浮かない表情が見えてしまい気になった。

 どうも何か別のことを思案しているような感じだ。



『どうしたんですか?』


『いやなに、せっかく別行動をしたのに魔石が無くて今度は北に来ることになるっていうのはタイミング……というより都合が良過ぎかなって思って』



 言われてみると確かにそうだ。こっちは分散作戦を取ったけどこれじゃああまり意味を為していない。

 上手く回った感じがしたけど、ひょっとして仕組まれてた?



『でもあの騎士さんたちは偶然見つけただけなんですよね。私たちがあの時刻にあの辺りにいること自体分からないし、私たちが助けるかどうかも分からないはずです。それにあの乱戦は演技ではないと思います。私たちが駆け付けるのがもう少し遅かったり矢を止めなかったら本当に死人が出ていたと私は感じました』



 あれが演技なら私が賞をあげたいぐらいだ。

 ここまで大掛かりな仕掛けをして断られたら意味も無いし、さすがにそんなお粗末なことはないと思う。



『うんまぁそうなんだよね。だからこれは僕の考え過ぎだと思う。変なこと言ってごめんね。僕らがしっかりしないといけないのにどうもこっちに来てから気が立っちゃってる』


『いえ、気を付けるに越したことはないと思うのでそういう指摘はありがたいです』


『そう言ってくれると嬉しいね。じゃあまた』


『ええ、了解です』



 そうして通信を切った。

 さて景保さんからの許可はもらった。

 次はアレンたちと合流してクレアさんのところか。


 ギルド前で私を待っていたらしいオリビアさんがこちらを見つけて手を振ってきた。



「聞いたわ。護衛依頼をされたんですって?」


「ええ。しかもお貴族様からの依頼っぽいんですが」


「貴族は厄介よ。今はそう無茶な人も少ないけどそれでも自分たちと平民は別だっていう考えの人も一定数いるわ。怒らせて嫌がらせを受けたなんて話はよくあるもの」



 経験があるのか、そうされた人を見てきたことがあるのかオリビアさんの語り口調は真に迫っている。



「私も関わり合いにならないで済むならそうしたいんですけどねぇ」


「それも聞いた。魔石が北へ運ばれているってのと、報酬が大量の魔石だってな。どうも重なり過ぎてて嫌な臭いを感じるが、受けるんだろ?」



 横から口を挟んできたのはアレン。

 彼も冒険者の勘というものだろうか、警戒しているようだった。



「ええ、景保さんからも許可はもらったわ。このままだとにっちもさっちもいかないし、流れに身を任せてみるのも悪くないかもって思ってるの」


「まぁいいさ。ところで当然、俺らの分も交渉してくれるんだろうな?」


「え?」


「え? じゃねぇって。言ったろ。一息つくまでは付いていくってな。まぁ俺らの報酬は魔石じゃなくて金貨で支払って欲しいんだけどよ。人手が欲しそうな感じだし、人数が多少増える分には向こうも喜ぶだろ」



 なにやらアレン君が格好良いことをおっしゃる。

 


「ま、決めたことだしね。今度は北かぁ。冬じゃないけど少し厚着の羽織るものでも持っていった方がいいわよね」

 

「明日には出発らしいし準備急いだ方がいいね」



 ミーシャとオリビアさんもすでに同行する気満々だった。

 でもそう気楽な旅になるとは思えない。

 


「本当にいいの? ここで魔物退治するだけならまだしも、本当に危険なことになるかもだよ?」


「お前こそ何回言わせんだよ。あのおっかねぇ化け物相手ならまだしも、相手が人間なら俺たちは早々遅れを取らねぇって。シャンカラじゃたった三人で兵士五十人倒したんだぜ? 少しは信用しろよ」



 合戦では疲弊したところをライラさんのお父さんにやられたみたいだけど、一応戦闘のプロである兵士たちと十倍以上の人数差で勝った実績がある。

 確かに普通の人間相手なら頼ってもいいだろうし、私と美歌ちゃんだけなら分からないことや抜けているところもこの三人が居れば上手く埋めてくれるかもしれない。


 みんなを巻き込みたくないというのが本音だった。

 それでももう少し信用して寄りかかってもいいのかもしれない。少しだけ胸が熱くなった。



「うん、分かったわ。三人の分も交渉してくる」


「おう。前金で金貨百枚ぐらいぶん取ってきてくれ」


「ひゃく!? そりゃ無理よ」


「馬っ鹿、行き帰り合わせて一ヶ月程度護衛に拘束されるとしたらランク4パーティーなら一人頭金貨百枚はいってもおかしくないっての。そういうところはやっぱ常識無いよなぁ」


「え、そんなに稼げるの? 全く冒険者活動やってなかったから全然分からないわ」



 金貨一枚って一万円ぐらいよ?

 一ヶ月で百万円って企業の社長クラスじゃん。



「普通は一週間でランク4になんてならねぇし、何十年続けても才能が認められなきゃランク3止まりだからな。てか、お前に交渉任せると不安になってきた。誰か付いていくか?」


「私と美歌ちゃんだけでいいわよ。みんなは旅の準備でもしておいて。一人金貨百枚って相場は覚えておくから」



 不慣れだから来て欲しい気持ちもあるけど、子供のお使いみたいに思われるのも癪だもの。

 アレンは私と美歌ちゃんを見回して鼻に皺を寄せる。

 


「うーん、どうにも一抹の不安が拭えねぇが……まぁいいか。ダメならダメであとでからかうネタが増えるだけだしな」


「どーんと任せてもらって結構よ!」


「はいはい、逆に値切られないことを祈るよ。じゃあまた宿でな」



 強がっていたのがバレていたのかアレンたちは笑いながら踵を返して去っていった。

 宿は最初にこの町に案内してもらった時に泊まった宿を今も愛用していて、美歌ちゃんも同じ宿だ。


 ずっと無言だったその美歌ちゃんはなぜかニヤニヤしながらこっちを見ていた。



「なんかこういうやり取り憧れるわぁ」


「どこがよ?」


「軽口言い合いながら信頼しきってる仲間って感じやん。あんまり多くを語らずってのが良いなぁ。うちも冒険者登録してみようっかな」


「いやあれは単純にこっちの弱みを握りたいだけよ。登録は好きにしたらいいけどさ」



 アレンたちがなんでここまで私に付いて来るのかは分からない。

 むしろ危険なことばっかりだから離れていくのが当然なはずだ。

 なのにこうして友達感覚で助けようとしてくれるのは……まぁ嬉しいことだ。口には出さないけど感謝している。



『小娘にしちゃあ良い友達を持ったんとちゃうか? 美歌ちゃんもこっちでそういうの作れたらいいなぁ。ただ出来れば女友達だけにしてや。男は少なくてもワイを倒せるぐらいやないとあかん』


『あーちゃんがすてきだから、すてきなひとがあつまってくるんだよー』

 


 思わず赤面しちゃうほどの褒め殺しだけど、豆太郎に言われると素直にハッピーだわ。

 テンはなんだか娘の彼氏を嫌がる頑固親父みたいになってる。構ってもこっちが損しそうだし放っておこう。



「私たちはメニューの【荷物】に何でも詰め込めるから準備とかほとんど無いし、待たせてもあれだしとりあえずクレアさんのところに行こっか」


「おっけーや」



 美歌ちゃんと、豆太郎とテンと歩き出す。


 パン屋の近くにある宿っていうのは結構大きくて料金も高いところだ。

 やっぱり貴族ならけっこう羽振りが良いんだろう。 

 もちろん私も泊まれなくはないけど、今のところで満足しているしあえてそっちに行くつもりはない。

 それに小市民魂が抜けないせいかあんまり広くて豪華な部屋に通されてもリラックスできないしね。


 美歌ちゃんはキョロキョロとお店や町並みを堪能していた。

 カッシーラと比べるとあっちの方がまだ都会っぽいんだけど、新しい町ってだけで物珍しいんだろう。

 私はもうここに一か月以上はいるのでたいていの場所は見知っている。

 

 空を見上げると良い天気だし、通りは人が多く行き交い活気がある。

 そこを歩いているだけで元気になってくるってもんだ。

 最近そういうの少なかったからなぁ。



「おーい、犬の姉ちゃん、今日は買っていってくれないのか?」



 呼び止められたのは露天のおじさん。

 何の肉かは分からないけど、トカゲっぽい大きな尻尾が飾ってあってそれをその場で削り落として鉄板で焼いて最後にパンを挟んで出すお店だ。前に豆太郎と買い食いしたことがあった。

 正直、ファンタジー風味強すぎて最初は引いた。でもお肉は美味しかったので罪はない。

 

 そういえばメニューに食べ物を入れても腐らないから、調子に乗って屋台やお店で大量買いしたおかげで大食漢だと思われていたりするらしい。

 前に串焼きを数本買ったら「それだけで足りるの?」と言われたこともあった。

 格好が目立つから上得意様と覚えられたみたいで屋台が並ぶ区画を通るとこぞって私に声を掛けてくるようにもなった。

 断るのも気を遣うし恥ずかしいし、ホントやめて欲しい。


 ただ、肉の焼けるジューシーなシズル音と匂いが私の五感をくすぐってくる。

 鉄板の上ににくから溢れて垂れる油とそれが蒸発する音はもう堪らない。

 微妙に胡椒のようなスパイスの風味も混ざってさっき食べたばっかりだっていうのにちょっと食指が動いてしまう。



「今日も良い匂いしてるわね」


「そりゃもう新鮮なやつだからよ! 前食った時、味はどうだった? 多少、おまけするからまた買ってくれよ」


「えー、どうしようかなぁ。美歌ちゃん食べる?」



 私だけっていう訳にもいかない。

 他も食べたいっていうなら買ってもいい。



「そうやなぁ。一枚くらいならいけるかなぁ」


「豆太郎は?」


『まーのいぶくろはうちゅうです! ぼうしょくのまーばくたん!』


 

 おお、まさかこんなところに七つの大罪がいるとは。 



「いけるってことね。じゃあおじさん三枚下さ――」


『おーい、待て待て待てぇい! 小娘、ワイのこと忘れてとるで!』



 足元のテンがピョンピョンと飛び跳ねて私の注文を遮ってくる。

 ご丁寧に親指を立てて自分を指してるし。そんなことしなくても分かってるっての。

 こいつはいつも美歌ちゃんに近付く男を警戒しているし、きっと<<嫉妬>>ポジションに違いない。

 無理やり当てはめるとプライドが高いブラストが<<傲慢>>で、いつもからかわれて怒っているタマちゃんが<<憤怒>>、隙あらばジロウさんに絡みつこうとする蛇五郎が<<色欲>>とかいけそう?



「いや別に忘れてないけど。私があんたに奢る理由がないでしょ」


『はぁ!? こーーんな愛らしい小動物だけハブろうなんて性格悪いでぇ? みんな一緒に仲良く食べようや』


「えー。煙で我慢しなさいよ」


『おう、給料日前はご飯だけ持って近所のうなぎ屋から出てくる匂い嗅ぎながら腹一杯食べるんや。この煙ならお茶碗二杯はいけるなって……って誰がそんなことするかい!』


「あんたのノリツッコミ長いのよ!」



 やけにご飯茶碗を持って箸でかきこむパントマイム上手いし、この毛玉、何気に落語やらせたら面白そうだ。



「いやちゃんと食べさせてたし。今の話やとうちが何にも食べさせてなかったみたいに聞こえるで」


『今のは冗談や。大丈夫、美歌ちゃんからの愛情たっぷりのご飯はたくさんもらってたで! 中でも龍の肉は美味かったなぁ。龍丼(りゅうどん)は最高やった』



 美歌ちゃんが入ってきてテンが慌ててフォローする。

 お供には信頼度という隠しパラメーターがあって、一緒に行動することや食べ物のアイテムを与えることでアップした。

 私も毎日豆太郎に色んなものを食べさせたっけ。



「じゃあそういうことで三枚下さ――」


『おーい! ちょいちょいちょい小娘、一体何を聞いてたんや! ワ・イ・の・分! ワ・イ・の・分!』


「お腹減ったなら霞でも食べてなさいよ」


『ワイはどこぞの仙人か! お腹減ったら白飯持って山の高いところで澄んだ霞をおかずにたらふく……ってこれさっきと同じ流れになるやろ! 何回やらすねん!』


「三回?」


『路上の店先でてんどんさせる気か!』



 小さな拳を握り締め必死で訴えてくる。

 すると美歌ちゃんがボソボソっと辺りを気にしながら囁いてきた。 



「葵姉ちゃん、みんな見てるで」


「え!?」



 どうやら私とテンのやり取りが目立ったようで、道行く人たちが足を止めて物珍しそうにこちらを注目していた。

 中には不憫そうな目で見てくる人も。

 

 あーやっちゃった。

 豆太郎にちょっと話し掛ける分には何にも思われないんだけど、明らかにテンと会話が成立してるみたいなのはさすがに不審者みたいに思われて当然か。

 プレイヤー以外にはお供の声って聞こえないからね。



「犬の姉ちゃんよぉ、商売の邪魔すんなら他所でやってくれよ……」



 ぐ……、店の人にも迷惑掛けちゃったか。

 これはもう仕方ない。



「じゃあお詫びに十枚もらいます……」


「おお、さすが底なし胃袋の犬の姉ちゃんだぜ! 待ってな、今作るからよ!」



 おじさんはすでに切り取ってある断面から枚数分の肉を切り取って、油を引いた鉄板の上に置いた。

 十人前分となるとなかなかの量だ。それらを鉄串を使って抑え一口大の大きさに大きい包丁で切っていく。

 その間もお肉が焼かれ、液体のソースをばしゃりと豪快に掛けられ香ばしい香りが煙と共に立ち上り、ジュウと蒸発していく音も食欲をそそる。

 さらに手が空いた時間ですばやくナンのような円盤状のパン生地も鉄板の空いた部分に数秒押して軽く焦げ目を付け出した。

 流れるような作業は職人技の粋だ。


 刻んだ野菜を肉と混ぜ、パンの上に乗せてクルクルと巻いていき紙で包む。

 下にはみ出した部分の紙をきゅっと巻いて完成。これを十回繰り返した。



「はいよ。熱いから気を付けてくれよな!」


「分かってる。はいお金」


「毎度! また来てくれよ。次は動物とのシュールな漫才は無しでな!」



 一つ銅貨五枚なので、銀貨五枚での支払いだ。

 お金を渡すとニッコリと営業スマイルでお見送りされた。

 

 紙越しとは言え、軽く焼かれたパンは火傷するほどじゃないにしてもなかなかにホットだ。



「あ、うち持つで。なんだかんだテンの分まで奢ってもらったし。ありがとう」



 テンと豆太郎に一つずつ渡して、美歌ちゃんと四つずつ手に持った。

 本当はテンに全部持たせたいぐらいだったけど、あの肉球のある手じゃ落とす未来しか見えないし仕方ない。



『うまうま。へるしーなあじです』



 豆太郎はがつがつと美味しそうに頬張る。

 見ているだけで気持ちが良い。



『うーん、思ったよりアッサリしてて鶏肉に近い感じやなぁ。野菜のシャキっとした歯ごたえもあって感触も変わるしけっこうイケるやん。まぁワイの好みはウスターソースが欲しいところやけど』



 テンは齧って頬に付いたソースを舐めながら品評してくる。

 こいつ、奢られてるのにケチつけるなんていい度胸してるわ。


 とりあえず人に見られないように胸元に隠して視線を遮りながらメニューを弄って、一つだけ残して他は全部異空間へと収納した。

 それから私もパクッといってみると確かに鶏肉に近い感じ。

 パンに挟まれているおかげでソースとか野菜の旨味も一口で全部が味わえるようになっている。

 っていうか爬虫類系ってたいてい鶏肉と同じなのかなぁ? 蛙とかもそうなんだよね?


 食べながら歩いているとそこらかしこかの露店から声が掛かった。

 口調はお得意様な感じだったけど、カモにされているみたいで恥ずかしい。

 今はお腹いっぱいって断るのが大変だった。



「すごい人気者やん!」


「たかられてるだけよ」


「でもほら、子供からも大人気やし」



 たまに小さな子供が豆太郎を撫でたいと言ってきたりもする。これは実は前からだ。

 この世界じゃこんなに小さなわんこっていないみたいだから珍しくて可愛いみたい。

 ちょっとだけ立ち止まって豆太郎のファンサービス会が始まったりもした。

 でもテンは気持ち悪がられてた。ププッ、ざまぁ!

 


「あれ? なんか人だかりできてるで」



 しばらく歩くと前方に人が集まっていた。

 どうやらみんなお店の中を覗こうとしているらしい。お店は確か飲食店だね。入ったことはないけど確か夜はお酒も出して酒場にもなるところだ。

 近くに寄ってみるも集団の輪が邪魔して中は見れない。

 代わりに聞き耳を立ててみると、やや跡切れ跡切れながらも子供っぽい声が耳に入ってくる。



「……恥ずかしく……です……無茶……」


「歯向か……子供……って……生意気……」



 ふぅむ、何やら子供と誰かと言い争っているみたいだ。

 ただなーんかこの声、聞いたことがあるんだよね。



「美歌ちゃん、ちょっと寄り道していい?」


「ん? ええよ。やっぱり葵姉ちゃんイベント好きやなぁ。明らかに厄介事が起こってる感じやのに自分から入っていくやん」


「成り行きよ成り行き。好きなわけじゃないわ。嫌だったらやめるけど?」


「そんなつまらんこと言わんって。面白いことはうちも歓迎や。良いことするんやろ? うちも手伝うで」



 私の意図は理解してくれているようだ。

 まぁ大和伝でも山賊に襲われている旅人を助ける突発イベントや、こういう揉め事に介入したら始まる連鎖クエストなんてものもあったし、簡単に察しが付くか。

 一応、子供の方が悪いっていう可能性もあるんだけどね。ただ私の予感だとおそらく大丈夫だ。

 


「ごめんなさい、ちょっとどいて下さい。はい通りますよー」


「ごめんなー。ごめんなー」


「おい、押すな押すな」


「ちょっと危ないじゃないの!」



 普通は無理でもこの体なら人垣を無理やりパワーで押し退け進んでいける。

 多少の文句は無視だ。


 そうやって人の波を潜っていくとようやく店内の様子が分かった。



「やっぱりあんたたちか」


「「「あ、師匠!」」」

   


 中にいたのは三十代前半ぐらいの男二人と、私の予想通り私の三人の弟子――コール、オッテン、ヘイルウッドの三人だった。

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