3 ギルド長のストレスはMAXです

『ほんまなんやねんあの坊主、ワイの美歌ちゃんに馴れ馴れしいどころか結婚やて? ふざけるのもたいがいにせいっちゅーねん!』


「ホントよホント、顔は可愛いけど偉そうだったし、その割に礼儀ってもんがなってないのよね。普通、まずは助けてくれてありがとうからでしょ。最近のガキんちょはマセて生意気過ぎるっての!」



 私たちが今いるのはクロリアの町のオープンテラスのある食堂だった。

 豆太郎たちがいるから屋内だと動物込みは気まずいので、こうして外を見ながらの昼食だ。

 私は消化しきれない感情を食欲にぶつけるかのようにミートパイを切り分けガツガツ口に放り込み、テンもシチューにパンを浸けて胃に収めていた。 

 

 パイ生地部分がサクサクしていて中は肉汁が溢れてくるぐらいのお肉がこれでもかと詰め込まれていておいしい。また今度も来るしかないわね。覚えておかないと。


 あの後、騎士の人たちが必死に止めようとしても少年は美歌ちゃんを口説こうとするばかりで会話にならないのでクロリアまで逃げてきた。

 お金をもらいそこなったけど、そんなことより面倒事に巻き込まれる方が困る。あぁいう時は逃げの一手で正解だ。



『なんや初めて意見が合ったな? (自分が見向きもされんかったからって嫉妬に狂う女は見苦しいけど、気の毒やから今はスルーしといたろ!)』


「ふん、あんなの誰だって同じ感想しか持たないわよ。でもきっとあんたと気持ちは一緒よ。(大事な大事な美歌ちゃんを取られそうになって慌てる毛玉のなんて哀れなことかしら。可愛そうだから同情してあげるわ!)」



 テンと目を合わせ同調する。お互いに親指を立て合った。

 いつも反りが合わない毛玉だけど、今回限りは考えていることは同じらしい。



『うまうーうまうー』



 その横ではご機嫌そうに豆太郎が鶏肉と野菜の炒めものを頬張っていて、私の向いにはテーブルを挟んで美歌ちゃんが座っている。

 彼女はパスタ的なものをつついていた。



「まぁ子供の言ったことやし許してあげたらええんちゃう? それにちょっと斬新で面白かったし」



 肩肘を突きながらフォークをクルクルと回し口に運ぶ様はどこぞの昼下がりのOLだ。

 一番の被害者がそうやって甘やかすからつけあがるんだよ。

 美歌ちゃんはあの少年が自分より一つか二つほど年下なせいか、特に取り合っていなかった。



『あかん、あかんで美歌ちゃん。嫌なもんは嫌って言わんと、あぁいうのは調子に乗ってそのうちストーカーとかやらかしよんねん』


「えぇ……でもジークと同じぐらいやったやんか。大したことできんって」


『ジークはまだええねん。一ヶ月以上、人となりを見たし、あいつはええ男になると思う。まぁまだこれからやから人生どこで間違うか分からんし用心せなあかんけどな。でもあの坊主はあかん。ワイのヒゲが甘やかされて育ったクソガキやとビンビンに反応しとる』



 テンが自分のヒゲを触って必死にアピールする。

 それセンサーなの?



「でもそれは私も思うわ。あれだけの騎士に守られてたでしょ。しかも一人称が『余』よ。私そんなこと言うやつアニメでしか見たことないわ。『余』、『朕』、『我』が一人称のやつにロクな人間いないって」


「すごい偏見やな」


「いやもう賭けていいね。なんかやばそうだから逃げてきたけど、それで正解よ。ありがちなお話だったら、あいつ部下に命じて美歌ちゃん攫う展開とかあるわよ」


「心配し過ぎやって。大体そんなことになっても返り討ちやで?」


「まぁそりゃそうだけど」



 まったく、ジーク君といいさっきの子といい、美歌ちゃんってなんなの? 隠しスキルで『ショタキラー』とか持ってる?

 せっかく新しい格好してノってた私の意気揚々とした気分を返して欲しいわよ。

 


「お、いたいた。生意気に新しい服着てんじゃん。はーん、お前も女だったんだなぁ」



 通りから私たちを見つけて嫌味な言葉をかけてくるのはアレンだった。

 下から上まで眺めて出た感想がそれかい。



「喧嘩売ってるならカートンで大人買いするわよ」


「う……まぁそれはそのうちにな……」



 アレンは今私を倒すために特訓中らしい。

 この表情だとまだ煮詰まっているみたいだ。



「ちょっとそれどこで買ったのよ? めちゃくちゃ良い生地じゃん! すっごいスベスベよ。ほらオリビアも触ってみなって」


「ちょ、ちょっとミーちゃん。なんだかおばさんみたいだよ」



 もちろんミーシャとオリビアさんもいた。

 ミーシャは私のおニューの服を勝手に触って羨ましそうにしている。

 ずけずけ具合が本当に大阪のおばちゃんみたいだ。

 


「そっちはどうだったの?」



 アレンたちは私たちとは別サイドから魔石集めに精を出してもらっていた。

 簡単に言うとお店で大量購入する方法だ。

 闘技場で稼いだお金もあるし、今までの分を足したらそこそこの小金持ちなんで店で買う方が早いだろいうという話になって、じゃあ安くで買ってきてって頼んでいた。



「だーめだ。どこ当たっても在庫が無ぇってよ」



 アレンが両手を上げてお手上げポーズをする。



「無いってことはないでしょ? 毎日冒険者がなにかしらの魔物退治しているんだから少しはあるはずよ」


「そりゃ少しはあるさ。でもそれは一般の生活に使っている魔道具用に回される。ただでさえ枯渇してんだからそっちが優先だよ。俺ら冒険者には回って来ない。欲しけりゃ自分で狩りに行けだとよ」



 一般家庭にまで普及するほど安くはないらしいが、お金持ちレベルなら電気で点くカンテラのような魔道具ぐらいは出回っているみたいで、その燃料が魔石なんだとか。

 


「そもそもなんで無いのよ? おかしくない?」


 

 あまりにもタイミング悪すぎる。

 私たちが欲しいと思った時にどこにもないなんて。

 


「知らねぇよ。一気に買われていったぐらいしか分からねぇ。そっちこそどうなんだよ?」


「こっちもしょんぼりって感じね。ゼロではないけど思ってたよりはずっと少ない」



 現地調達も難航中だ。

 


「どうにも魔物の数自体が少なくなってきてるって噂話もあるのよねぇ」


「陰謀かも?」


「どこのよ? 買い占めに関してはあり得るけど、魔物の数まで教会が調整できないわよ」



 私の思いつきにミーシャが正面から否定してくる。

 まぁそこは適当だ。私だって本気で言ってるわけじゃない。



「このままじゃ北に行ってもらってる景保さんとジロウさんに悪いなぁ」


「今どの辺だって?」


「帝国内に入ったらしいわよ。国境は越えたって昨日連絡があったわ」



 先行している二人はすでにそこまで進んでいた。

 ここまでは特に何の抵抗も受けなかったらしい。

 安否確認も含めて報告は必ず一日一回するようにはしている。

 


「待って。確か徒歩だったよね? 速過ぎない?」


「平常運転かな。これでもだいぶ目立たないような方法を取ってるみたいなんだけどね」


「まったく呆れるしかないわね。馬車移動でも少なくても半月は掛かるわよ」



 ミーシャが驚くが、景保さんたちはその通り徒歩で移動していた。

 本当なら青龍の背中に乗るとかでもっと速く移動できるみたいなんだけど、それじゃあ目立ちすぎるっていうことで基本は自分たちの足だけで移動している。

 それでも森とか身を隠せる場所があれば敏捷アップのバフを使いつつ本気走りでぐっと距離を稼いでいるんだとか。



「あぁそだ、さっき美歌ちゃんとも話してたんだけど、ドラゴン退治しに行こうかと思ってるの。どこにいるか知らない?」


「いやお前、ピクニック行くのに良い場所訊いてるんじゃないんだぞ……」


「できれば日帰りか、最長でも片道二日以内ぐらいが希望よ」


「無茶言うな。町の近くにそんなのいたら気が気じゃねぇよ。いてももっと大陸の端の方とかだろうぜ」

 

「んー、さすがに片道二日では厳しいか」



 これだけ予想以下の収穫であれば景保さんも、町を遠く離れる許可を出してくれそうではあるんだよねぇ。

 ただ何かあった時のためにあんまり町を離れたくない。

 


「あ! アオイさん、こんなところにいた!」



 アレンたちのさらに後ろから女性の声がした。

 今日は千客万来のようだ。


 見るとクロリアのギルドでいつもお世話になっていたジェシカさんだった。

 少し息を切らせて道を駆けてきて慌てている様子。



「どうしたんです?」


「至急、ギルド長がお呼びです! すみませんが来て下さい!」



 どうも招集がかかったようだ。

 なーんか悪い予感しかしない。あの人から呼ばれて良かったことなんて無いし。

 そもそもいつも屋内にいるジェシカさんがここまで切迫した面持ちで私を探し回る時点でね。



「何か悪いことしたんだろ?」


「してないわよ。職員室から呼び出しがあったらみんな言うやつだよそれ」


「職員室?」


「あぁこっちの話」



 からかってくるアレンに話を適当に誤魔化した。



「こちらからの呼び立てで申し訳ないですけど、出来れば早くお願いします! あとそちらのお連れさんも!」



 ジェシカさんの目がちょっと怖かった。そして彼女の目は美歌ちゃんを差していた。

 少し予想外だ、だって美歌ちゃんはギルドに登録すらしていない。ここ数日でギルドを案内したことはあるから、存在ぐらいは知っているんだろうけど。 



「美歌ちゃんも?」


「なんやろな? うちは葵姉ちゃんと違って悪いことしてへんけど」


「私もしてないわよ」



 いつまでそのネタ引っ張るのよ。

 最後の一口を一気に口に入れて水で流し込む。



「仕方ない。行きますか」




 ギルドまではそんなに遠くない。歩いて十分ほどの距離だ。

 呼ばれていないアレンたちはあの食堂で昼食にするということで別れてきた。

 一応、食べ終わったらこっちに来るらしい。

 


「二階のギルド長室です」



 着くなりすぐにジェシカさんに階段へと案内される。

 一階にいた他の冒険者たちは私を見て大きく目を見開いていた。

 ふふんやっぱりこの衣装が目を惹くんだね。



「お、おい、いつもの黒一色じゃないぞ。どうしたんだあの服」


「ずっと同じ服だから俺、貧乏であれしか持ってないんだと思ってたぜ」


「俺はてっきり黒しか着たらだめな呪いにでも罹ってるとばかり……」


「んなわけあるかぁーー!」


「「「ひぃぃ!!」」」



 失礼なことを言ってくる荒くれ者を一喝。

 ある程度ここで暮らしているので私の実力はそこそこ知れ渡っている。

 それこそランク4になった当初は少々の嫌味が混ざったやっかみもあったので、実力行使で片っ端から粉砕しておいた。

 多少尾ひれが付いたりして、さらにアレンやジ・ジャジさんたちの後ろ盾もあってもうこの町では私に面と向かって喧嘩を売ってくるやつはいなくなっていた。

 ま、陰口ぐらいはたまにあるけどね。



「ぐるるるるる、食っちゃうぞー!!」


「「「【魔犬ヘルハウンド】に食われるぞ。に、逃げろー!!」」」



 手を広げて威嚇すると根性なしの連中は一目散に出て行った。


 本当に食べるわけないのに大丈夫かここの冒険者。

 あぁでも今のちょっと見覚えがある。たぶん前に私がこてんぱんにしたやつらだ。

 あとその二つ名恥ずかしいからやめて欲しい。



『あーちゃん、わんぱくー!』


『そんなことしとるから素直に可愛いって褒められへんのちゃうか』

 


 感想は様々だ。

 要望を受け取ってきちんとニーズに応えていきたい。



「葵姉ちゃんホンマ自由やなぁ。私らの中で一番この世界を満喫してるんちゃうか」


「せっかくだし楽しまないと損だよね」 



 心を折って上下関係を教え込ませるって大事よ。

 特にあぁいう考えるよりも先に体が動く脊髄反射で生きているような連中には。



「あ、アオイさん、ギルド長の部屋ではお行儀良くお願いしますね」


「え? 大丈夫ですって、たぶん(ボソ)」


「本当にお願いしますね!!」



 いきなりジェシカさんが息が掛かるぐらい近付いてきて肩を掴まれ念押しされた。

 目が血走ってるよ。


 なんなのこの反応? いつもの彼女らしくないなぁ。

 どうにも余裕が感じられない。追い詰められているようだ。

 また土蜘蛛姫みたいな災厄がどこかに出現したとかじゃないよねぇ? それだったら相当にまずいんだけど。

 ぶっちゃけ、使命感とやらなきゃやられるから戦っているだけで、あんなギリギリの限界バトルを進んでやりたいわけじゃない。


 うーん、ここはやっぱり逃げるか。



「あの、お腹痛くなったんで帰ります。テヘっ!」



 くるりと回って踵を返すと、



「だ、ダメです! ここまで来て逃亡は許されませんよぉぉ!!」



 ジェシカさんに後ろから抱き着かれた。なんという反則スレスレの守備。スポーツなら一発アウトだよ。

 むむ、しかしこの必死さがもう嫌な予感しかしない。

 力を入れれば拘束は解けるけど、さすがにそれは鬼畜かなぁ。

 

 周りの他の職員や冒険者からの視線も、私が悪役みたいな感じでジェシカさんに同情している感じが伝わってきた。

 どうしようかなこれ。



「おい帰るな! ったく、ようやく来たか。早く二階へ上がってくれ」



 思考していると階段の上から声が掛かった。


 ギルド長だ。町に戻ってきてシャンカラでの報告はアレンたちに任せたから会ってなかったけど、なんかまたやつれたなぁ。頬がこけて頬骨が出ている。

 まぁ歳だし食が細くなってるのかもね。



「ちっ、仕方ないか」


『お前、見た目はともかく態度だけは熟練冒険者みたいやな』



 テンの突っ込みを華麗にスルーしながら二階へ上がり、何度か足を運んだことがあるギルド長室へと入る。

 すると、先客がいた。



「あれ? さっきの……」



 ソファに座っていた彼女らはすくっと立ち上がり一礼をしてこちらを見据え手を差し出してくる。

 思わず自然とこちらも手を出し握手する。



「先程はご加勢頂き、真に助かった。卿らのおかげで怪我人もなくこの町にまでたどり着けた。礼を言わせて欲しい」



 さっき助けたショートカットの金髪の女騎士だ。それともう一人、天然パーマでくせっ毛な男性の騎士もいる。

 ただ男の方は彼女ほどこちらにフレンドリーな感じじゃない。渋々従っているという感じが窺える。



「いや成り行き上というか、明らかに悪役っぽいのから襲われていたから助けただけですよ」



 一応、謙遜はしておく。

 というか関わり合いになりたくないから逃げたのにまたこうして出会うなんて不吉だわ。



「そんなことはない! 騎士であれば当然だが、悪漢から身を挺して助けるなど普通はしないものだ。卿らの勇気を讃えさせて欲しい」


「はぁ、そうですか」



 ど直球で褒められると悪い気はしない。

 ただこういう堅物系のキャラの人とはあまり接点が無かったから戸惑っている。


 

「クレア様、そろそろ……」



 隣の男性騎士が小声で何か呟いた。

 それを聞いてクレアというらしいこの女騎士は話題を変え、表情も少し険しくなる。



「ギルド長からお聞きしたが、アオイ殿とミカ殿で宜しかっただろうか? 私はクレア。こっちはオーバーン。子犬と貍を連れた少女たちと言うとすぐに分かった。あぁ立ち話もなんだからまずは座って欲しい」



 促されるままにソファに座らされる。

 どうも向こうのペースだなぁ。

 ちなみに『貍ちゃうわ!』とテンが唸っているがみんな無視している。

 

 座ってすぐに私は口を開いた。



「あの謝礼の件なら結構ですよ。お金が欲しくてやったことじゃないので、今のお礼の言葉だけでじゅうぶんです」


「あぁいや、それもあるんだが、それだけじゃないんだ。実は卿らを強い冒険者と見込んで依頼を頼みたくてな」



 逃げるために予防線を張ったのに、切り返されたのは意外なものだった。

 依頼ねぇ?

 

 ギルド長をチラっと見たが、自分で呼んだくせにあえて口を挟まずに第三者気取りで黙っている。

 どうにも紹介まではしたが勝手にやってくれって感じのようだ。

 ジェシカさんがやたら焦っていたのも分かった気がする。この人たち、権力に弱いんだ。

 騎士というからには最低でも貴族絡みの案件。積極的に関与したくはないけど、お願いは出来る範囲では聞く。そういうスタンスっぽい。



「私たちあんまりこの町を離れる気がないんですけど……」


「まずは話を聞いて欲しい!」



 やんわりとしたお断りの言葉を眼力で止められた。

 この人、押しが強すぎるよ……。



「私たちはとあるやんごとなきお方の護衛をして旅の途中なんだ。だがどうにも今日のような邪魔をしてくる連中がいて少しずつ戦力も削られていく一方でな。そこで君たちに目的地までの護衛をお願いしたいのだ」


「とあるやんごとなきってあの少年のことですよね?」


「それは言えない」


「目的地ってのは?」


「それも引き受けてもらえない段階では言えない」


「話にならないですねぇ」


「待ってくれ! 事は国を左右することなんだ! 今はここよりも北としか!」



 立ち上がろうとしたらテーブルに身を投げだして止められた。

 国絡みとか余計にやる気が下がるだけなんですけど……。



「依頼内容が分からないのに引き受けるなんて無理ですよ。それではあまりにこっちが不利過ぎます」


「ぬ、それはそうなのだが……報酬は望むものを用意しよう。今アオイ殿たちは魔石を大量に集めていると聞いているが?」


「え?」


「しかもどこも在庫切れであまり芳しくないのだとか。私たちに協力して頂ければ望む数を用意すると約束しよう。こちらはそれなりにそういうツテもある」



 私と美歌ちゃんとテンはギルド長を一斉に見た。

 目線は壁の隅を泳いでいて明らかに怪しい。間違いない、情報元はこいつだ。

 アレン経由でギルドの在庫にある魔石を買い取りたいという話もしていたからそこから漏れたんだろう。

 ひょっとして賄賂とかもらってんじゃないだろうね?



「確かに欲しいですけど、だからってそう簡単に依頼を受けるわけには……」


「そこをなんとか!」



 さらにクレアさんに詰め寄られる。

 普段なら別にいいんだけど、こっちだって今色々と立て込んでるんだよね。依頼なんて受けている場合じゃないのよ。



「やはり無理ですよクレア様。ここまで頭を下げているのに義勇心の一つも湧かない卑しい冒険者などに期待することなどありません。そもそも外部の者など信用も置けません。我らだけでじゅうぶんです」



 横にいたオーバーンという男性騎士が皮肉たっぷりにクレアさんに語りかける。

 しかも『卑しい』の部分でこっち見やがった。

 お前は頭下げてないだろうが! って言ってやりたくなったけど我慢だ我慢。せっかくあっちから交渉を切ろうとしてくれているんだもの。

 

 

「馬鹿者! こちらは命懸けの仕事を受けてもらうために頭を下げる立場だ! すでにここまでで護衛の数が半分になっているのを忘れたわけではあるまい!」

 

「しかしそれは未熟な者たちから振り落とされていっているだけで、残っている者は違います! 私を始め優秀な者ばかりです」


「落伍者たちと今残っているものにそれほど違いがあるとは私には到底思えない。それよりも彼女らの動きを見たろう? たった二人でこちらの戦力にも匹敵するほどの実力者たちだ。いるといないで旅の安全度が大きく違う。それを理解して同行したものだと思っていたが?」


「それはそうですが……」


「なら黙っていろ!」


「くっ! ……分かりました」



 がつんとクレアさんに叱られオーバーンは下を向いて諦めたらしい。

 ただ納得はしていないようで不満たらたらなのはすぐに窺える。

 そもそもこの二人の年齢がそれほど違ってないんだよね。たぶんクレアさんの方が階級が上なんだろうけど、同世代の女子から頭ごなしにこうまで言われて相当にストレスが溜まってそうだ。さっさとハゲて欲しい。



「すまない。みっともないところを見せてしまった。しかし事は感情を露わにするほどまでに切迫している。どうか助けて欲しいんだ」


「いやぁちょっとねぇ……」



 クレアさんには同情心も少し湧いたけど、それ以上にこういう私たちを見下すような騎士が他にもいそうな気がするし、そんなやつらを助ける気にはならないよ。


 なおも渋られクレアさんは助けを求めるかのようにギルド長に振り返った。

 それを受けてギルド長はすごく嫌そうな顔をしてため息を吐いた後に切り出してくる。



「あー、アオイ。お前さんらが魔石を買い集めようとしているのがうまくいっていないことは知っている」


「そういうの個人情報じゃないの? ペラペラしゃべってもらいたくないんですけど」



 皮肉をたっぷり込めたが無視される。



「まぁ聞け。俺の方でも奇妙なので冒険者を使って調査させてみたんだが、どうもクロリアだけではない。近隣の他の町からも同様に魔石の在庫がほぼ空になるというケースが相次いでいるみたいなんだ。しかもここ数ヶ月でのことだ」


「誰かが買い漁っているってこと?」


「そのようだ。ただ購入者はバラバラで共通点などは見当たらない。中には冒険者から直接相場以上の値段で取引しているやつまでいるらしい。しかし唯一分かったことがある」


「なに?」


「買われた魔石は北に運ばれている」


「ふぅん、



 景保さんたちが向かっているのも北だ。

 そしてこのクレアさんたちが目指すのも北。

 ついでに魔石が運搬されているのも北。


 偶然にしちゃ重なり過ぎかな?



『麻雀やったらペーが三つで暗刻の出来上がりやな。こりゃ関係があると考えてみる方がええんとちゃうか?』



 テンも私と同様の意見のようだ。

 なんで麻雀知ってるのかは置いておこう。



「お前さんらやそいつらが急に魔石など集めて何を企んでいるのかは知らんが、求めるのであれば北に向かうのが手っ取り早いだろうよ。そいつらがしていることが悪事であれば多少くすねたところで咎められもせん。それにこちらのクレア殿にツテがあるというのも本当だ。この辺りにいるよりはずっと手に入りやすくなるのは間違いない」


「いやらしいとこを突いてくるわねぇ」



 クレアさんの正面からの説得と、ギルド長の横からの搦め手にグラっとくる。

 というかこの口ぶりだと、ギルド長はクレアさんたちの素性を知っているようだ。

 そんな感情を読み取られたのかギルド長の口元の皺はニヤっと深くなった。



「あとこれは別件だったが、お前さんの人探しの件だ」


「え? 見つかったの?」


「いや逆だ。全く見つからない」


「なによそれ? ぬか喜びさせてくれるわね」



 このタイミングで言われたら見つかったと思うに決まってんじゃん。

 


「話を最後まで聞け。俺なりに考えてみたんだが、おかしいことに気付いたんだ」


「は? どういうことよ?」


「これまで数ヶ月間、噂話程度は意識して仕入れていた。しかしここまで入って来ないというのはおかしいんだ」


「意味が分からないわ」


「これでもギルドの支部長だ。一般人よりは格段に各地の情報は仕入れやすい。普通、何かしらの話ぐらいは入ってくるんだよ。ここまで無いということは考えられるのは二つある。一つはお前さんが探索の条件にした『ここしばらくで急に目立ち始めたやつ』なんてそもそもいない可能性。もしくはだ」



 少し空気がピリっとして、私の額に皺ができる。


 つまり私たち以外にプレイヤーが元からいないからそんな情報が入って来ないっていうのが一つ目。

 もう一つは誰かがわざと隠しているってことか。

 一体誰が? 何のために? 思考の論法はそう繋がっていく。



「誰がそんなことを?」


「ある程度精査した結果、北のノーリンガム帝国からの情報が明らかに少なくなっていた。雑談を装って北からやって来た商人たちに訊いてみてもみんな揃って口をつぐむ。向こうで何かが起こっている。俺にはそう思えてならん。それと関係あるかどうか分からんので伏せていたが、王国内で数件、見慣れない服装の旅人が忽然と消えたという神隠しの話もある」


「え? それ関係ありそうじゃない?」


「いや、こういう話はよくあるんだ。単に珍しい服装の旅人が盗賊に襲われたとか、金が無くなって宿から逃げたとかな。だから確証を得るまでは言うつもりはなかった」


 

 こりゃのんびりこっちでモンスター退治している場合じゃないかもしれない。

 それとは他に帝国の名前が出た時に騎士二人がピクっと反応したのは見逃さなかった。

 あー、これはどうやらこの人たちの行き先は帝国のようだ。



「美歌ちゃんどう思う?」


「うーん、うちはこうなったら景保兄ちゃんたちと離れているよりは近くに行った方がええんちゃうかなって思ってきた。うちら二人だけやったらあれやけど、依頼っていう形やったらカモフラージュされて警戒も多少は薄まりそうやし」


「賛成派ってことね……。分かりました。ではまず他にいる仲間とも相談させて下さい。それからやるかどうか決めたいと思います」



 さすがに私たちだけで勝手に即決はできない。確認は取らないと。

 ただ北で何かが起こっているのなら景保さんとジロウさんの二人だけじゃ対応しきれない可能性もある。

 たぶんここは話に乗るのが吉だ。



「おお! 宜しく頼む! ただ私たちはここを明日にでも出発する予定だ。出来れば日が暮れるまでには宿を尋ねて来て欲しいのだが? パン屋が近くにある宿だ。もし断られた場合、別の冒険者を雇うことになるだろうからあまり時間が無くてな」


「分かりました。宿の場所も分かります。でもけっこう急いでいるんですね?」



 長期の旅っていうのは野宿とかが辛いので、こうして村や町に立ち寄ったら消耗品の買い出しやなんかも含めて数日間は体を休めるために休養するらしい。

 特にあんな普段運動もしていなさそうな子供連れであればそういうのはしっかりとしそうなのにその強行軍は解せない。



「うむ、期限が決まっているという話でもないのだが、遅れるほどこちらが不利になるのでな。まぁ詳しくは明日良い返事がもらえたときにでもしよう」



 クレアさんは忙しいのかもう席を立ち上がった。

 まぁ護衛のリーダーっぽいし出来るだけあの子から離れたくもないのだろう。



「実はとある村で人目を避けてこっそりと入れるルートもあったのだが、先日、それが露見して潰れてしまったようでな。そこの村長とは以前からこういう時のためにやり取りを抜かり無くしていたのだが音信不通になってしまっていたんだ。卿らがいてくれると安心だ」


「ん?」



 なんかちょっとそれ聞き覚えがある。

 確かカッシーラからの帰り道に寄って村人たちを成敗した村がそんなんだったような?


 がばっとギルド長が立ち上がり率先してクレアさんたちに帰りを促そうとする。

 


「か、形あるものはいずれ滅びると言いますから、まぁ運が悪かったですな。あははは。さぁお帰りはそちらですよ、あはははは」



 青ざめながら必死にフォローした後、クレアさんたちに見えないようこちらを振り向いたギルド長の顔は真顔だった。

 大きく目を見開き無言の威圧。言葉にされなくても分かる。



『絶対に言うなよ! 原因がお前さんだと知られる訳にはいかんぞ!!』



 そういう強い意志が込められていた。

 やばいこれバレたら騒動になるやつかしら?

 誤魔化さないと!



「じゃ、じゃあまた後で~」


「あぁ、良い返事を期待している!」



 手を振って笑顔を作りお見送りしてみる。

 それを好感触を受け取ったのかクレアさんはにっこりと笑い、扉を閉めて二人とも部屋を出て行った。

 徐々に遠ざかる足音ももう聞こえなくなる。



「あー疲れた!」



 知らない人との会話はなかなかに気疲れした。ふかふかのソファに座り直し背を預けてぐったりだ。

 肩を回して凝りをほぐす。



「なんか格好良い女の人やったなぁ。凛として憧れるわ」


「まぁ悪い人じゃあなさそうだけどねぇ。でも隣のやつはダメね。まったくモテないタイプだわ」


「あぁいう人もやっぱりいるんやなぁ。高圧的でうちもいけ好かん」



 美歌ちゃんとリラックスして感想を言い合う。

 ただギルド長だけが扉を向いたまま固まっていた。

 けれど徐々にこちらに首が回ってきて、張り付いた柔和そうな表情が怒り顔に変貌していく。


 ピーンときた。これお説教が来るやつだ。



「美歌ちゃん、みんな、逃げるよ!」



 ぱっと立ってすぐさま入り口の扉を開ける。



「え? え? ま、待ってや!」


『あーちゃんのにげあしはせかいいちー!』


『ワイらまで逃げる必要ないはずやけど……まぁええわ!』



 さすがに身体能力が高いのでみんなすぐに付いてきた。

 流れるような逃亡劇。



「待たんかー! 俺の愚痴ぐらい聞いてけー!」



 背中からは怒りの臨界点を突破したギルド長の雄叫びだけが響いてきた。 

 

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