4章 2話 くノ一、求婚される!?

「そっち行ったよ!」


「オッケーや! 任せて葵姉ちゃん!」



 人狼ワーウルフが二体、美歌ちゃんに強襲を掛ける。

 二メートル近い引き締まった野生の体躯は山道だというのに敏捷だ。

 瞬発力も高くて一歩が常人よりも大きく、油断していると即座に射程圏内にまで一気に近付いて来る。

 爪や牙なども強靭で容易く人間を引き裂き捕食するだろう。

 アレンによれば最低でもランク3のパーティーが同数以上で相手をしなければならないらしい。


 そいつらは獰猛に爪を立て、自分の背丈の半分ちょっとぐらいしかない美歌ちゃんに迫った。



『グルルルルルル!』


「こっち来んな!」



 彼女が手に持つのは長柄の武器。薙刀だ。

 【巫女】の近接武器としてはポピュラーなもので、リーチがあるので間合いを取りやすく被弾も抑えられる。

 攻撃というよりは牽制や防御に適したものだが――



「せいやぁ!」


『ガアアアァ!?』



 真一文字に一閃。

 それだけであっさりと二体の人狼の胴に大きな傷跡が生まれ、崩れ落ちた。

 まぁそんなもんだろう。多少強いモンスターとは言え、私たちからしたら雑魚と変わらない。



「どう? うちもいけるやろ?」



 薙刀の石突を地面に置き、どや顔で美歌ちゃんが胸を張ってこちらに振り返る。

 褒めて褒めて、とストレートに言ってくる豆太郎を思い出す素振りで、こっちの頬も緩んだ。

 

 けれどもそれで終わりではなかった。

 人狼の片方はまだ絶命していなかったらしく、最後の力を振り絞って間近にいた美歌ちゃんを狙う。



『グガァァ!!』


「美歌ちゃん!」



 ほとんど死にかけで立ち上がるのもやっと。

 しかし鋭い爪だけは健在だ。美歌ちゃんはちょうど背後になっているので反応が遅れる。

 人狼の決死の覚悟が実を結ぼうとした時、



『このボケナスがぁ! 美歌ちゃんに触んなぁ!』



 横合いから威勢よく飛び出してきたのはハクビシンのテンだ。

 彼は跳び上がると人狼の顔に一発その短い足で飛び蹴りを食らわした。

 ある種の人にはご褒美とも言えるただのモフモフキックが深く突き刺さり、もんどり打ってふっ飛ばされる人狼は頭から倒れもう動かなくなる。


 私はそれを確認すると二体共を【荷物】に収納する。

 この世界のモンスターは死体となるとメニューの中に仕舞えるのだ。

 それから美歌ちゃんにお小言タイムを開始する。



「はーい、今のは何が悪かったか分かりますかー?」


「うう……生死を確認してなかったのが悪かったです」



 適当に女教師風に問い詰めてみた。

 気分的にはタイトスカートを履いて私はメガネと教鞭を装備している。

 美歌ちゃんは出来の悪い生徒役だ。



「そうですねぇ。大和伝と違って死ぬと勝手に消えないんで、本当に死んでいるのかどうかは分かりませーん。ひょっとしたら死んだ振りをして不意打ちを狙ってくるやつもいるかもしれませーん。いいですかー? ここテストに出ますよー?」


「先生! でもそんなん見た目じゃすぐ分からん時もあらへん?」


「良い質問ですね。でもモンスターも生物です。生物なんで呼吸をしています。よーく観察していれば胸が動いていたりしますし、それでも分かりづらいなら死体を攻撃してみるのもいいでしょう」


「えぇ、それやと手間やしさすがに死体蹴りはひどくない?」


「不意打ちされるよりマシだと思いますけど、それならお供を頼りましょう。今のもテンはまだ生きているって分かってましたよー」



 テンに目線をやると彼は後ろ足で立ちながら手を組んでうんうんと頷く。



『まぁワイは優秀やからな。どんどん頼ってくれてええんやで』


『まーもわかってたよー!』



 横にいた豆太郎も対抗心を燃やしたのか会話に入ってきて、私の足を撫でる。

 いやどっちかって言うとこの感じは構って欲しいモードかな。

 女教師モードを解除して豆太郎の脇を掴んで持ち上げて抱く。



『まふー!』



 やっぱりビンゴ。

 豆太郎は気持ち良さそうな顔をして大人しくなった。



「オッケーや、今度はちゃんとやるやる。問題なしや」



 とりあえず私の生徒はやる気だけはじゅうぶんらしい。

 薙刀を構えて次の準備を始める。

 けど教材がちょっとね。



『言うてもこの辺にもうモンスターなんておらんで。もう狩り尽くしてしまってるわ』



 私たちは今、クロリアの町周辺の山の中にいた、

 ここしばらくはモンスター退治に精を出していたんだけど、テンの索敵にももう引っ掛からないってことはそろそろ打ち止めらしい。



「まぁあれ以来であらから倒しまくった感じはあるからねぇ」



 あれとはあの屈辱の日――つまり彼方さんに一切歯が立たなかった時のことだ。

 再戦を胸に誓う私たちはこれからのことを話し合った。

 それを脳裏に思い浮かべる。


□ ■ □ 


「まず僕たちがこれからやらなきゃいけないことは三つある」



 宿屋のテーブルに向かい合って座る私たちに景保さんが指を三つ立てた。

 そこにはプレイヤーだけでなく、アレンたちも揃っている。

 


「一つは情報収集。あの女神の使徒と名乗る組織の情報を集めるべきだ。彼単体だけの強さだけに囚われてはいけない。どんな規模なのか、どんな人材がいるのか、何をしようとしているのか。これから僕たちが行う交渉や行動すべてにそれが関わってくると思います。情報が無ければどうしようもない」


女神の使徒リィムズアポストルという名前は聞いたことはないけど、暗部のようなものが教会にいるのは以前から噂にはあった。たいていはホラの類だと思われていたが本当にあったとはな」



 景保さんの説明にアレンが捕捉する。

 そして教会という言葉にみんなの視線がオリビアさんに向かった。



「私は……今でも信じられません。でもしょせん私は地方の村の神父様のお手伝いをした程度に過ぎませんから、否定もできません。神都に行けばひょっとしたらそういう機関があるのかもしれない。実際にブリッツさんが連れていかれたということなら確かめるべきだと私は思います」



 オリビアさんから出てくる情報というのはほとんど無かった。

 それなりに秘密組織ってことなんだろうね。

 みんなが頷き、景保さんが話を続ける。



「二つ目は他のプレイヤーを見つけること。単純な話、人数が多いほど有利だ。でもそれとは逆にあっち側に付かれたらそれだけで加速度的にまずいことになる。もしプレイヤーを見つけた場合、戦いに賛同しなくてもあっちにも力を貸さないよう説得をするのは必須条件だ」



 ただでさえ一対五で敵わなかった。

 ここにさらに向こう側にプレイヤーが増えたら堪ったもんじゃない。

 最もな話だ。



「そして三つ目は強くなること。これも単純な話だけど、最後の手段としては戦闘になる。そうなった場合に備えないといけない。ただ僕たちは今のままだとレベルアップなどは望めない。具体的には魔石を集めることが最短距離であり、最重要となるだろうね」



 なぜ魔石を集めると私たちに新しい術など能力が付与されるのかは謎のまま。

 けれどそれによってレベル制限の限界突破なんて代物まであるのであれば、対抗するためにはこちらも収集しないといけない。

 争奪戦が予想された。



「質問ですけど、魔石が集まったとして使



 【侍】に対抗するのであれば出来れば近接職が良い。

 最もこっちで魔石ポイントを稼いでいたっぽいのはブリッツだけど、彼は今いない。

 次点では後衛寄りの美歌ちゃんだ。

 ただ美歌ちゃんでは能力的な条件が仮に同じになったとしても不利は免れないだろう。

 相性の問題もあるし、どうしても彼方さんと戦って美歌ちゃんが勝てるビジョンが浮かばなかった。



「分かってる。そこも問題なんだよね。理想的なのは葵さんかブリッツさんのどちらかに使ってもらうべきだ。ポイント的に優先したいのはブリッツさん。ただ彼の処遇がどうなるのかはまだ分かっていないから、今のところは保留にしたい」



 異論はなかった。

 最悪、無理矢理に突っ込んでいってあいつに魔石を譲渡して使わせたらいい。

 指の操作だけなので十秒もあれば奉納自体は完了するはずだ。



「ちなみにブリッツからの応答はまだ返ってきている。牢屋ではなくそれなりの部屋を用意されているんだと。いい気なもんだ」



 そう漏らすのはジロウさんだ。

 子供がタメ口で話す態度にアレンたちには奇異の目で見られながらも演技はせず素のままでいくつもりらしい。



「そうや、それで思い出した! あいつが言ってた『君たちの中に偽物がいる』ってなんのことなんかな? 裏切り者がいるってこと?」



 美歌ちゃんは彼方さんに相当腹が立っているようであいつ呼ばわりだった。

 気持ちは分からないでもない。いきなり現れて実力行使されたんだもの。


 そしておっかなさそうに私たちの顔を見渡すと、少しだけ緊張が走った。

 彼女が指摘するのは去り際に残したあの気になる言葉。

 私たちの中に偽物がいる。あまりにも意味深な発言だった。



「裏切り者がいるって決まったものではないと思うわ。言葉通りなら本人ではないってことなんだから。でも敵であることには変わりないだろうけどね」



 偽物――つまり敵だ。

 しかも、もし入れ替わっているのであれば本物は今頃どこでどうなっているのか。考えるのも怖い。



「僕はハッタリだと思っているよ」



 しかし景保さんはピシャリと否定する。



「なんでそんなことが言えるん? いやうちだってそんなんいるとは思いたくないけどさ」



 美歌ちゃんはその短い言葉だけでは納得がいかないらしく、唇を少し尖らせた。



「分かってる。説明するよ。アレンさんたちにお聞きしたいんですが、例えば天恵で他人に『変身』できる能力ってありますか?」


「俺は知らないが、無いとは言えない。というか、今思い出したけどカッシーラでミーシャに化けていたやつ、あれがそうかもしれねぇ。だからその質問にはあると思った方がいいだろうって返すぜ」


「うん、僕もあるだろうと思っています」



 否定しながらアッサリと肯定もする景保さん。訳が分からない。



「じゃあ、この中にいてもおかしくないんちゃう?」



 同じことを思ったのだろう、少し語気が強くなった美歌ちゃんの声にそれでも彼は頭を横に振る。



「見た目ぐらいの変身は可能かもしれない。でも僕らは大和伝というただのゲームの作品を媒体として特異な力を持ってここにいる。身体能力もそうだし【降神術】や【忍術】という力のことだね。だから能力や装備まで『変身』出来ないのであればすぐにバレるし、みんな術は使えている。そして逆にもし術や装備品までコピーしてしまえる能力ならわざわざ潜り込む必要もないってこと」


「ん? どういうこと?」


「もし強さまで真似出来るのであれば彼方さんをコピーして二人掛かりで攻めれば僕たちなんて瞬殺だ。偽物が入り込む理由が見当たらない」


「んー、でもほら例えばポーションとかは? アイテムを奪う目的とか」


「ウィンドウに仕舞えるから本人以外取り出せないし、もしそれを強奪しようとするなら力ずくか脅迫とかになるだろうね。だからその弱みを握るために潜入しているっていうことなら理屈は通る。ただそれにしたってやはり変身能力を使ってまで入り込むメリットがない。彼らはすでにかなりの情報網を持っていて、どうせ僕らの弱みになりそうな情報ぐらいもう知られているはずだ」


「ちょ、ちょっと待って! それやったらジークが危ないん!?」



 ここまで聞いて美歌ちゃんが血相を変える。

 人質にされれば従わざるを得ない。そしてそうなる可能性があるのに見過ごせるはずもなかった。



「慌てなくていいよ。というか、それをされると実は僕たちにはどうしようもないんだよ。匿おうにも場所も無いし、仮に守ろうにも戦力差が圧倒的で無意味だ。だから話は最初に戻る。僕らはまず彼らに対抗する強さを手に入れなくちゃならない。まずはそれからなんだよ。じゃないと同じ土俵にすら立てないってことになる」


「……うん、分かった。そうやね、ようやく理解したわ。ありがとう景保兄ちゃん」


「に!? う、うん。まずは整理してやるべきことをハッキリさせることが重要だからね」



 景保さんが一瞬、狼狽えた。

 たぶんあれだ、『兄ちゃん』って言われたから照れてるんだ。

 私は妹がいるから『姉ちゃん』呼びは慣れてはいるし、同じ女の子だしそれほどだけど、景保さんは一人っ子っぽいし慣れてないんだろうね。

 ただまぁ美歌ちゃんのこの自然な距離の詰め方には舌を巻くものがあるわ。きっと本人は無自覚なんだろうけど。


 ゴホンと咳払いをして少し頬を染めた景保さんが私たちを見回す。



「さて、そこで提案したいのはチームを二つに別けることです。一つはモンスターを倒して魔石集めをする班。もう一つは神都リィムかその周辺にまで直接赴いて敵の情報を集める班。これは可能であれば帝国内にいる他のプレイヤーとの交渉も含みますし、ブリッツさんの居所も探ります。ただこの班は最悪見つかって逃亡することも考慮すると『お猿の籠屋』が使えるプレイヤーのみで構成したいです。あれなら一瞬でこっちや落ち合う場所に移動できるのが理由です。ちなみに僕は北に向かう方を希望します」



 ふむ、潜入って訳だね。だったらここは【忍者】の私の出番か。

 一人で行動していいのならどこへだって行く自信はある。



「なら儂が行こう。ウズウズしている嬢ちゃんらはお留守番しておいてくれ」



 私が名乗りを上げる前にジロウさんが手を上げた。



「ちょ、ちょいちょいちょい。どう考えても私の方が適任じゃないですか? 本気出したら王様の寝室にだって忍び込めるニンジャマスターがここにいますよ?」


「どんな自信よ」



 横からミーシャの声が聞こえてくる。

 いやホントたぶんいけるって。



「それはそうなんだろうけどな、もし嬢ちゃんが敵なら【忍者】が姿を消して本拠地に近付いているって知ったらどうするよ?」


「そりゃ警備を厚くして警戒しますよ」


「そういうことだ。【忍者】単体の忍び込みスキルは惜しいが、この世界には天恵やら魔道具やら知らないものも多い。だったらあえて姿を晒して隙を生じさせた方がいいと儂は思う。それにこの子供の見た目というのも情報集めに使えるかもしれんしな」



 その言い分も確かに一理ある。

 要はどっちのメリットを取るかって話だ。



「葵姉ちゃん【忍者】のくせに肝心なとこで逃げずに感情に任せて突っ走りそうやしなぁ」


「美歌ちゃん!? ソンナコトシナイヨ?」


「いやもう前科あるし」


「う……」



 霙太夫戦で氷漬けになった景保さんやジロウさんを見捨てられずに足掻いたっけそういえば……。

 それを指摘されて言葉に詰まってしまった。



「じゃあ北に向かうのは僕とジロウさんにしようか。二人とアレンさんたちにはその間の魔石集めをお願いしたい」


「あぁ分かった」



 反論する間もなく勝手に話が進んで行く。

 まぁ仕方ないか。ここは帰りを待つとしよう。

 

 

「てかアレンたちは私たちに協力していいの? 下手すると今度の敵は教会だよ?」



 すでにかなり巻き込んでしまっている。

 味方してくれるのはありがたいけど、いつ死んでもおかしくないようなやつらが相手だ。

 敵の規模も領主からさらにどでかくなった。


 しかしアレンは不敵に鼻で笑う。



「今更だっつーの。こんな南の国までやって来たんだぜ? 俺らのチームは一段落するまではお前らに付き合うことに決めたんだよ」


「あんたが無茶苦茶しないように見張っとくってギルド長との約束もあるしね」



 いやミーシャさん、それ私に言ったらダメなやつでは?

 まぁもうランク4になったからいいっちゃいいんだろうけどさ。



「私はお世話になった教会の本当の顔が知りたいわ。実際に貧しく虐げられている人々を助けてきているのも本当なの。けどもし暗部のようなものがあって、それが裏で悪いことをしているのなら正さないといけないとも思うの」



 オリビアさんも静かに決意を語る。



「そうですか。じゃあこれからも宜しくお願いします」


「ええ、お願いね」


□ ■ □ 


 とまぁ、そんな会議をしたのが一週間前。

 シャンカラを出発し、私たちはとりあえず『クロリア』へと道中でモンスターを狩りつつ舞い戻ってきた。

 ただし、



「全然足りないよねぇこれじゃあ」


「せやねぇ。こんなにモンスターっておらんもんやと思わんかったわ。それに強いやつも全然おらん」



 物欲センサーが働いているのか出会いたい時に限って全く遭遇しない。

 サンドサーペントみたいに強くて一匹でかなり質の良い魔石が取れるやつもいない。

 目標ポイントには全く達していなかった。



「まぁそりゃあ町から出て数時間で行けるような距離にわんさかモンスターがいたらみんな生活出来ないだろうし、冷静に考えればそんなにいないことは分かるんだけどねぇ」



 頻繁にエンカウントするようであれば町の外に出るのには常に大量の護衛が必要になる。

 良くも悪くもそこまで切迫した地獄のような世界ではないらしい。



「でもこのままのペースやったら一ヶ月どころか一年掛かっても集まるかどうか分からんでこれ」



 両手を横に広げ少々大げさに美歌ちゃんが言うが、間違ってはない。



「いっそのことドラゴンとかでも倒しに行く? どっかにはいるらしいよ」


「あぁいいかもしれんねぇ。やっぱりファンタジーにはドラゴン退治が定番やろうし、葵姉ちゃんと二人やったらあの合体技使って最初の一発さえ入れば瞬殺やろう」

 

 

 あの雪猿軍団を一発で壊滅させた合成術。

 あれがあれば術や技が強化されることが分かった。唯一こちら側における有利な点だ。

 対彼方さん戦で必ず必要になるからと少し練習もしている。


 ただあの場では気付かなかったけど、普段よりもSPの消費量が増えることが判明した。

 さらに術を重ねるごとにスピードが遅くなり、避けられやすい。

 その代わり二人までならそれほど使い勝手が変わらずに、威力だけがアップする感覚なので使いやすかった。

 

 

「もしくは魔力溜まりってやつを刺激しに行けたらいいんだけど、ギルド長にそれだけはやめてくれって半泣きで頼まれちゃったからねぇ」


「おっちゃんがあんな顔して頼むぐらいやから止めといた方がいいんやろうねぇ」



 ギルド長にはシャンカラでのことを報告するついでに魔石を買いたいから集めておいて欲しいって頼んだんだけど、その際にモンスターの生息場所とか聞いてるうちに魔力溜まりの話になってもう無茶苦茶慌ててやめてくれと懇願された。

 過去に魔力溜まりを刺激した馬鹿がいて大氾濫スタンピードを起こしてひどいことになった例が幾度もあるんだとか。

 そこまで言われちゃさすがに私も手を出す気にはなれなかった。

 まぁ他人に迷惑掛かるかもって話だしね。

 

 ちなみにシャンカラはやはり被害が出ていた。

 直接的な死傷者は少ないものの、寒さによる凍死で民間人が数十人亡くなり、私たちを探している途中の魔物がアジャフたちと遭遇して兵士もかなりの数がやられたらしい。

 アレンとライラさんが加勢したおかげでだいぶ抑えることができたらしいんだけど、ハッキリ言って戦争などする余裕など無くなったほど街は衰弱した。

 そしてどこからかリィム様の怒りだという話が持ち上がってきて、アジャフは相当に突き上げられることになったみたい。


 最後まで見届けていないんだけど、そんな噂話をクロリアのギルド長経由で聞けた。

 しっかり釘も差しておいたし、奴隷にされていた獣人も全て解放した。おそらく過度な虐待は鳴りを潜めることになるはずだ。


 ライラさんとお父さんのタシムさんは少しギクシャクしていた。

 けど、どうやら名無しが焙烙玉を投げた時にお父さんが身を挺して庇おうとしてくれたそうだ。

 結果的には無意味だったものの、わだかまりが多少は解れたっぽい。

 親子なんだし一緒にいれば時間が解決してくれると思う。


 本当はもうちょっと滞在したかったけれど、魔石集めと北が気になるってことでこうしてクロリアまで一旦戻ってきた次第だった。



「これなら南にいた方が良かったね」


「でもお猿の籠屋使ったらすぐシャンカラには戻れるやん。景保兄ちゃんに連絡だけしたら行ってもいいんちゃう? 南は砂漠が広がってるみたいやけど、その分、強いモンスターもいっぱいいそうやし」


「あぁそっかそれもいいね。っていうかそうしようっか」


「うん、決まりやね」



 やっぱり誰かと話していると色んな話ができていいね。

 自分だけだとどうしても視野が狭くなっちゃう。



『あれー?』


『ん、この感じ……』



 美歌ちゃんと相談していると豆太郎とテンに反応があった。

 どっちも同じ方向の遠くの方を見ている。



「どうしたの? モンスターが出た?」


『たぶんそう?』


『ただなんや戦ってるっぽいなこれ。ひょっとしたら人が襲われてるんちゃうかな』



 それは大変だ。

 美歌ちゃんと視線を見合わせる。



「美歌ちゃん!」


「うん、すぐ行こ!」



 私たちは山道を降りて駆け出した。

 豆太郎たちの索敵センサーからして数百メートル圏内ってところだろう。

 山道なので急な斜面や木々が邪魔をするのでとんでもないスピードは出せないけど、それでも藪を抜けてすぐに現場に出られた。


 

「おっと危ない! 崖だわ」



 視界が開けた途端、そこは崖だった。

 眼下十数メートル下にクロリアへ続く道があって首を振ると馬車が襲われていた。

 黒ずくめの集団と騎士風の一団が乱戦になって戦闘を繰り広げている。

 攻防は一進一退。どちらに転んでもおかしくない様子だ。


 数秒だけどうしたものかと悩んだ。

 たぶん騎士の方を助けるべきなんだろうけど、事情も知らずいきなり行っていいものやら。

 特に私もジャケットを着ているとはいえ黒ずくめなので間違われるかもしれないし。



「うわ、危なっ!? 崖やん! 葵姉ちゃんさすがに速いなぁ。ってさっき言ってたのってあれのことか。あからさまに黒い方が悪そうやね」



 追いついてきた美歌ちゃんも現状を確認したようだ。



『モンスターやなかったか。まぁ似たようなもんやろ』



 似てはない。彼らが察知するのは殺気のようなもので感覚的で曖昧なものらしく、そういう間違いは仕方ないけど。



「まぁ助けよっか。でも間違われそうだから着替えるね」



 言ってウィンドウから装備を変更する。

 指でささっと操作すると、一瞬で私の姿は鮮やかな桜の色をした着物と帯、下半身はスカートになっている女剣士スタイルになった。

 ついでに刀も普通のサイズの打刀にした。



「わぁ! 葵姉ちゃんめっちゃ可愛いやん! そんなんもあったんやねぇ」


『あーちゃん、すごくすてきだよー!』


『馬子にも衣装って言葉思い出したわ』


「ふふ、ありがとう。忍者っぽくないし、スカートで飛んだり跳ねたりすると引っ掛かりそうだから普段はしないけどあれぐらいだったら大丈夫そうだしたまにはイメチェンしてみました」



 一匹ウザいのがいるけど、概ね高評価のようだ。

 


「んじゃま、いっちょ正義の味方やったりましょうか」


「おっけーや!」



 美歌ちゃんと視線を交わしてから一気に崖を飛び降りる。

 強烈な浮遊感はほんの僅かな間のみ。


 普通の人なら死ぬか良くて複雑骨折は免れない高さを軽やかに美歌ちゃんたちと着地する。

 いきなり空からやってきた私たちに黒ずくめや騎士たちは驚いて動きが止まった。


 敵か味方かどちらも判断しかねているということかな。

 じゃあまずは口上だね。



「私たちはクロリアの冒険者! 義によってそちらの騎士たちに助勢する。異存ないか!」



 ここでいつもみたいなしゃべり言葉だと舐められるので、あえて偉そうな騎士風の言葉遣いで自信満々に言葉を並べた。

 それと後で助けなんて要らなかったとか文句言われても嫌だし、確認も一応必要だと思い入れてみた。

 


「た、助かる! 礼は後でするので手助け願う!」



 男ばっかりだと思った騎士の中に一人女性が混じっていた。

 金髪の美人さんだ。

 よし、言質は取れた。あとは暴れるだけだ。


 さっそく一番近くにいた黒ずくめと目が合いこちらに剣を向けてきた。



「小娘がっ!」


「遅い!」



 抜いた刀で抜き胴を一閃。

 瞬きする間に男は崩れ落ちる。



「安心しなさい。峰打ちよ」



 うん、これ一回言ってみたかった台詞なの。

 あと「つまらぬものを斬ってしまった」も言ってみたい。



「つ、強い!?」



 女騎士さんは圧倒的な私の剣技に見惚れていた。

 ふふふ、こうでなくっちゃ人助けは楽しくないよね。



「葵姉ちゃんばっかり目立ってずるいわ。こっちもいくで!」


「ごはっ!?」


「ぐぼぁっ!」



 美歌ちゃんも戦闘を開始した。

 彼女は薙刀の柄の部分を槍みたいにして黒ずくめたちをどんどんと突いていく。

 


『まーぱんち!』


『はっはー! お前ら昼間からそんな格好して逆に目立っとるぞ。阿呆がぁ!』



 豆太郎とテンも小さな体で足元を駆け抜け一発で昏倒させていった。

 やばい格好付けている間に全部終わっちゃう。



「よぉし、一気に押し返せ!」


「「「「はっ!」」」



 騎士たちも私たちという心強い援軍に指揮が高まった。

 一気に逆転ムード。

 乱戦が再び始まり、ちょうど良い相手がいなくなってしまう。


 だから私の活躍が無くなるって!

 いや騎士の人が相手いるのを横取りしてもいいんだけど、それだと格好悪いしなぁ。

 

 ふいに光るものが視界の端に映る。

 少し距離がある。林の間からだ。

 目を凝らすとそれは太陽の光が反射したやじりだった。


 シュ、とそこから風を切り裂き一直線に飛ぶ矢。

 それは指揮を取る女騎士さんを狙っていた。

 前衛だけでなく、後衛もいたのか。なかなかの念の入れようだ。

 まぁ私に掛かれば、



「せいっ!」



 刀で矢を一刀両断し、すかさずくないを射手に投げ付けてやる。 

 


「ぎゃあっ!」



 命中と共に悲鳴が聞こえる。

 私の方は外すことはない。えっへん。



「退け! 退けぇ!!」



 どうもそいつがリーダーだったのか、血が流れる腕を抑えながら大声を出し、同時に生き残っていた黒ずくめたちはさっと退いていく。

 追撃しようかとも迷ったが、事情を知らないままだし今はいいや。

 


「うっ!」



 いきなり私や美歌ちゃんたちの峰打ちや騎士たちに深手を負わされて逃げられなかった黒ずくめたちが、一斉に泡を口から出して苦しみ始めた。

 これはまさか……。



「毒だ。失敗したものは自死を選んだか。プロだな」



 女騎士さんが苦いものを口に含んだかのように顔を歪ませ、壮絶な表情の黒ずくめたちを見ながら剣を鞘に納める。


 その間に、逃げていたやつらもあれよあれよともう見えなくなった。手際が良い。確かにプロだわ。

 他の騎士たちも警戒を解いて剣を鞘に納める。



「ご助力感謝する。冒険者たちよ。その若さで惚れ惚れするほどの強さだ。しかもそのペットたちまであり得ない動きをする。もしや天恵持ちか?」


「いえ天恵ではないです。ただ私はランク4です。こっちは登録していないんですけど」



 こっちというのは戦いが終わって近付いてきた美歌ちゃんのことだ。



「そうか、天恵無しでその強さは羨ましいぐらいだ。私たちはすまないが素性は話してやれん。だが相応の謝礼は払おう」


「んー、そうですか。じゃあもらっちゃおうかな」



 金など要らぬ、とか格好付けても良かったんだけど、まぁもらえるならもらっちゃおう。

 素性が教えられない人間が見知らぬ人間にお金で礼をするっていうことは、受け取ったら今のことは忘れてくれ、とかそういう意味も含まれているはずだだろうし。

 それに善悪がハッキリしている単純な揉め事なら助けてあげてもいいけど、どうも事情がややこしそうだしあえて首を突っ込む必要もないと思う。


 女騎士さんが部下の人から金貨の入った袋を受け取ったところで、馬車の扉が開いた。

 そこから出てきたのは身なりの良い男の子だった。

 小学校高学年ぐらい。おそらく美歌ちゃんより一つか二つ下ぐらい。

 少し紫紺がかった青いサラサラ髪をなびかせる美少年。

 


「可憐だ……」



 その子はこちらを向いて呆けたようにそんな言葉を漏らした。


 うわー、私の凛々しい美しさはこんな子供まで惑わせてしまったかー。やっちゃったなー。

 そっかー、今まで黒ずくめだったから抑えられていたけど、今はもう新装備で魅力全開になっちゃんたんだわ。

 魔性の女は辛いわー。これから見た目まで気を使わないといけないのか。

 ひょっとしてこのまま町に戻ったら人だかりが出来ちゃう? 困ったなぁ。私、アイドルじゃないのよ? 

 

 照れて後頭部を掻いていると少年は馬車から降りて接近してきた。

 上気して完全に恋しちゃってるのが分かる。いわゆる一目惚れってやつだろう。



「余と――結婚してくれ!」



 真っ直ぐに超ド直球で少年はプロポーズしてきた。

 余という一人称が気になるが、そんなものも吹っ飛ぶぐらいの熱烈な感情で、周りの騎士たちもザワつく。

 もはや自分と相手しか見ていない。恋は盲目ってこういうことなんだね。


 少年はぎゅっと手を掴みさらに距離が縮まる。

 その熱い眼差しが映るのは――――――――美歌ちゃんだった。



「え、そっち?」



 私の恥ずかしい勘違いが虚しく風に乗って消えていった。

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