5 真剣白刃取りからの……
新米ながらも一か月ほど手ほどきして鍛えた三人は、私のいない間にすでに一人前の冒険者並の活躍をしているとジェシカさんから聞いていた。
なかなかタイミングが合わなくて彼らとこうして再会するのもざっくり二ヶ月振りぐらいになるだろうか。
前に戻ってきた時はすぐに飛び出したからね。
最初の印象は少し背が伸びて精悍な顔つきになっているかな、ということだった。
魔物を狩るという命懸けで過酷な毎日を送る冒険者という仕事は彼らの成長を早めているに違いない。きっと気のせいじゃないはずだ。
三人はこっちを向いて嬉しそうにはにかんだ。
でも逆にこちらを胡乱げな目つきで睨んで来るのは、彼らと揉めている相手たちだ。
そいつらの足元周辺にはテーブルや椅子が倒れているし、お酒の瓶が割れて床に散らばって中身が水溜りを作っている。
一触即発の時に来れたみたいだった。
「あぁん? なんだお前? おかしな格好しやがって」
「生意気な子供の保護者が出てきたと思ったら、また子供かよ。この町はお子様ばっかりか? イッヒッヒッヒ」
そいつらの言葉は呂律が回っておらず赤らめ顔。
完全に酔ってるわ、こいつら。
ただあんまりハッキリしないんだけど薄っすらとこいつらに見覚えがある。まぁ顔というよりかは格好だけどね。
さすがに鎧は着ていないがインナーやズボンとかが一緒だ。
たぶんさっき出くわしたクレアさんとこの騎士だわ。一応、事情を訊くか。
「何があったの?」
「はい師匠! 実はこの男たちがこのお店では昼間はお酒を出していないのに無理やり出させた挙げ句、酔っ払ってお店の人にひどいことを言ったり他のお客さんの迷惑になっていたんです。ここでご飯を食べていた僕らがそれを注意したら怒り出してしまって……」
メガネのヘイルウッドが代表して説明してくれた。
他の二人もうんうん頷いている。
うん、やっぱり信じた通りうちの子たちは良い子たちばっかりだ。
店内を見回すと困り顔の店主っぽいおじさんもいてこちらを固唾を呑んで見守っていた。
否定はしないから今のは間違いはないだろう。
「ってことだけど、あんたたちこんな子たちにまで気を遣わせて恥ずかしくないの?」
「うるせぇ! こっちは高貴な方を護衛する仕事をしてんだ! たまに自由になった時間ぐらい好きにするのが当然だろうが!」
「まずい酒しか出さねぇこのオンボロな店が悪いんだよ! 薄くて水みたいで飲めたもんじゃねぇ!」
薄いって言いながらしっかり酔っ払ってんじゃないの。
もうどこから突っ込んでいいのやら。
「あかん、葵姉ちゃん。うち、こいつらの言ってること何一つ理解できへん」
「実は私もよ」
世界は自分を中心に回っていると思ってそうな連中だ。
お酒の勢いもあって価値観がもう違う。
「そっちの事情なんて関係ないっての。他人に迷惑掛けんじゃないって言ってんのよ。大体あんたらクレアさんとこの騎士でしょ? こんな問題起こして良いわけ?」
「く、クレアだとぉ……。なんでお前がその名前を……」
「ん……こいつ……見覚えがあるような……」
クレアさんの名前を出したらたじろいだ。
片方のやつはようやく私たちのことを思い出し始めたらしい。
「今からあんたたちが泊まっている宿に行って依頼を受けるかどうかの話をするところだったけど、やる気が削がれたわ。クレアさんも大変ね。年上のくせに部下がどうしようもないクズばっかりで」
「はぁぁぁぁぁ!? なんだと小娘ぇ! もういっぺん言ってみろ!!」
「今のは聞き捨てならねぇなぁ! 俺らがあんな女の言いなりになってるって言いたいのかよ! あぁん?」
気にしていたのかどうやらそれは禁句だったようだ。
一気に息巻き彼らの怒りが沸点を超えた。
ギャグ漫画なら頭から湯気が出てるとこだわ。
「あんたら騎士っぽいのに言ってることとやってることは単なるチンピラね。今すぐ辞めてスラム街にでも帰ったらいいんじゃない? 盗賊の大将ぐらいにはなれるかもよ」
「よく言いやがったなぁ!! ノーリンガム帝国フィッツガルド子爵三男の俺に向かって! 今すぐぶった斬ってやる!」
一人が剣を抜いた。
いくらお酒が入っているとはいえ、どれだけ馬鹿なのよ。
しかも薄々気付いてたけど、ノーリンガム帝国の名前出しちゃったし。せっかくクレアさんが隠して伏せていたのも意味無くなっちゃったわね。
「地元じゃそうやって威張り散らしてたのかもしれないけど、ここ国が違うの。分かる? パパの威光が届かないの。次はママに泣きついてみる?」
「こ、こいつ!! 絶対に殺してやる!!」
男は大きく上段に振りかぶり私に切っ先を振り下ろしてきた。
けれどしょせん酔っ払いの剣技だ。その剣腹を私は両手で挟んで受け止める。
「秘技、真剣白刃取り!」
「ば、馬鹿な!」
「「「し、師匠さすがです!」」」
「す、すげぇぞあの姉ちゃん」「私知ってるわ、あれ最近有名な冒険者よ」「やれ! やっちまえ!」
さすがに無手でこの芸当は一発で目を惹いたらしい。
弟子たちや、その後ろにいた無責任な観客たちからもどよめきが漏れて囃し立てられる。
「からの……ふんっ!」
そこから剣を捻り奪い取って膝で刀身を割ってやった。
わー! とさらに盛大に今度は後ろから拍手までされる。
割と調子に乗っているのは認めるけど、大道芸じゃないんだよ。
「な、なんだこいつ……オークか?」
「んなわけあるか!」
こんな美少女を目にしてオークって病院行った方がいいレベルだっつーの!
剣を折るという行為に度肝を抜かれた男はそのまま目を大きく見開いたまま固まった。
まぁこんなのが現実とは思いたくないだろう。
「あ、思い出した。こいつらさっき助けに入ってきたやつだ! まずいぞ!」
それでようやく片方が私たちのことを思い出したようだ。
「あんたら騎士でも貴族でもいいけど、それなら市民のお手本になるようなことしなさいよ。このままじゃ名も無きチンピラAとBでしかないよ? それでもまだ暴れ足りないってんなら今度はこの拳が剣じゃなく骨と心をへし折ってあげるわ」
「思い出したんならうちもそこそこやるの覚えてるやろ? 謝るまで許さへんで」
「くっ……」
目の前で鉄剣を砕かれた私の膂力を見て尻込みし始めた。
てっきりすぐに尻尾を巻いて逃げ出すかと思いきや、まだ粘るらしい。
面倒くさいなぁ。
「すまない! ちょっと通してくれ!」
そうこうしていると後ろの人垣からさらに新しい人がやって来た。
「話を聞いてやってきた。って、アオイ殿!? ミカ殿!? これは一体……」
ニューカマーはクレアさんだ。
少し肩で息をしているからおそらく走ってここまで来たっぽい。
「あぁなんか騒いでたからお説教してたんです」
「そ、そうか。それはすまない。連絡を受けてすぐにやって来たんだが、この者たちには休憩がてら買い出しを頼んだのだ。飲食だけならまだしも任務中に酒を飲んであまつさえ民に手を出すとは……。お前たち!!」
「「は、はっ!」」
男二人はクレアさんに呼ばれ急に背筋を伸ばし反応した。
こういうところは訓練された兵士っぽいんだけど、なんで他人に寛容になれないのかなぁ。
「宿に戻って待機しろ! 言い訳は後で聞く!」
「はっ! 申し訳ありません!」
男二人はすぐさま荷物を持って店から出て行った。
格好悪っ! 上司に叱られたら野良犬がチワワになっちゃったよ。
「店主すまない。これは心からの侘びだ。受け取ってくれ」
「あ、いえ、その。謝罪して頂けるだけで結構ですが、頂けるのであればありがたく頂戴致します」
カウンターで成り行きを見守っていた店主にクレアさんが金貨袋を渡した。
なかなか重そうで二、三十枚は固いな。
店主も最初こそは躊躇したみたいだけど、受け取ることにしたようだ。
ここで拒否したらそれはそれで揉めそうだしそれでいいと思う。
クレアさんは今度はオッテンたちに声を掛ける。
「少年たちも怪我は無かっただろうか。部下の不手際で怖い思いをさせてすまない」
「いえ、僕たちは怪我とかはしていません。師匠に助けてもらいましたから」
「師匠?」
「「「アオイ師匠です!」」」
三人が声を揃えて振り向き、キラキラした瞳が私を射抜く。
ダメダメ冒険者から使い物になるまでしごいたし、私の強さの一片ぐらいは知っている。彼らの中で私の存在がもう神クラスになってんじゃないだろうか。
修行の時は鬼教官スタイルに憧れて調子に乗ってたからなぁ。嬉しいけどこのノリをクレアさんたちに見られるのは恥ずかしい。
「そうか。アオイ殿は子供たちにも手ほどきをしているのか。強さだけでなく素晴らしい人格者ではないか。恐れ入った」
「あぁまぁ、そんなこともあったりなかったり」
面と向かって大人の女性に褒められると照れるわ。
「ところでここにアオイ殿たちがいるのは偶然だろうか?」
「依頼の件を引き受けるつもりでクレアさんがいる宿に向かっている最中でした」
「っ! そうか! それは助かる!」
クレアさんは破顔した。
どうも会った時から疲れとかが垣間見えていたんだけど、笑顔が戻ったようだ。
「でも、うちはちょっと不安です。さっきのあんなんなやつらが仲間にいるなんて」
「ミカ殿、それについては私の監督不行き届きでもある。謝罪する。申し訳ない」
「いや、クレアさんが謝ることちゃうんですけどね」
愚痴っぽく言っただけなのにクレアさんが真面目に頭を下げるもんだから美歌ちゃんが慌てた。
この人は出来た人なのに、他がどうにもっていうもどかしい気持ちは私も分かる。
「その辺りの事情も含めて詳しく依頼内容を説明させて頂きたい。一度このまま宿にまで来てくれるか?」
「えぇ、いいですけど。ちょっとだけこの子たちと話があるんで先に行っててもらっていいですか? すぐに追いつきますから」
「あぁ分かった。では店主、失礼する」
「じゃあ先行っとくで」
クレアさんと美歌ちゃんは気を遣ってくれたのか、特に何も言わず店内から出て行った。
それを見送ってからくるっと向き直る。
「あんたたち偉かったね。それに冒険者活動の方もジェシカさんからよくやってるって聞いてる。頑張ってるんだって?」
三人の頭を一人ずつ撫でてあげた。
するとみんなちょっと涙ぐんで、服の袖で瞼を抑え始める。
「師匠……! ありがとうございます! こうして生活できているのも全部師匠のおかげです!」
「師匠のおかげで目を付けられることもなくなって、なんてお礼を言ったらいいか……」
「みんなでお腹いっぱい食べられるようになりました!」
「うふふ。でも無茶はしちゃダメよ。自分一人だけの命だって思わないでね」
「はい!」
「いい返事ね。後で孤児院にシャンカラとカッシーラのお土産持って行くから」
「「「ありがとうございます!!」」」
戦いだけじゃなく、挨拶とお礼はちゃんとできるようにも仕込んでおいた。
食べ盛りが多いからシャンカラの香辛料が効いた食べ物なんか嬉しがるんじゃないかな。
帰り際に買いまくっておいて正解だったわ。
「あのところで師匠……」
「ん? なに?」
小太りのオッテンがモジモジしながら質問してくる。
「師匠と一緒にいたあの女の子、誰ッスか?」
「え?」
「めちゃくちゃ可愛かったです!」
「是非、名前だけでも教えて下さい!」
他二人も美歌ちゃんのことが知りたいらしい。
いや年齢は確かに同じぐらいだろうけどさ……。モテ過ぎよ美歌ちゃん……。
「その前に私のこの服について言うことないの?」
スカートの裾を摘んだりくるっと一回転してみる。
「前の黒の方が格好良いッス!」
「目立ち過ぎて狩りには不向きだと思うです」
「足が見えているから森だと木の枝とか引っ掛けた時に怪我するんじゃないですか」
「くっ、あんたたち……」
ガッデム!
こいつらに期待した私が馬鹿だったのか!?
「お土産、あんたたちの分だけ無いから」
プイっと顔を背けて店を出る。
「な、なんででッスか! 師匠!?」
「訳が分からないです!」
「俺たち何か変なこと言った? 師匠教えて下さーい!」
後ろで聞こえる哀哭は雑踏と共に消えていった。
それから小走りで二人に追い着くと、もうクレアさんが泊まっている高級宿の前だった。
「久しぶりの挨拶はもういいん?」
「うん、また後で会おうって言っといたし」
孤児院には伝えた通り行く。
あいつらに食べさせるかどうかはその時の気分次第だ。
「君たちは仲が良いんだな。髪の色が違うし顔は似ていないのになんというか雰囲気が同じで姉妹なのではと思ってしまうほどだ。羨ましいよ」
「クレアさんは姉弟はいないんですか?」
「いるにはいるが、私は不肖の娘でね。あまり家族とは仲が良くないんだ」
「そうですか」
苦笑いを浮かべるその顔を見てると、あんまり聞いちゃいけないことだったかなっていう気になってくる。
「では部屋で話そう」
案内されるがままに三階の一室に連れ立っていった。
途中の床は全部縦断だし、廊下に飾られている調度品も高そう。まるで貴族の家のようだ。
さすがに宿代が高いだけあってブルジョアなのは噂通りだった。
歩きながら美歌ちゃんにボソボソっとしゃべりかける。
「なんか歩くだけで緊張するわね?」
「そう? ジークの家とあんまり変わらんやろ。建物も狭いし」
しまった。この子、すでに感覚が麻痺していた。
人は数ヶ月あればこんな場違いなところにも慣れるものらしい。恐ろしい子っ!
同意を得ようとしたらカウンターパンチを食らった気分だ。
「さぁ入ってくれ。適当にソファに座ってもらって構わない」
通された部屋は私たちが泊まっている部屋の何倍も広く、歩くごとに床がキィキィ鳴ったりしない。
テレビとかでよくあるスィートルームみたいな感じだった。
キョロキョロしながら美歌ちゃんとソファに座る。
しかしこの部屋、誰も使っている形跡が無いんだけどいない間にベッドメイキングとかされたのかな?
クレアさんは正面に腰を落とし咳払い一つして話を本題に戻した。
「さてそれじゃあここからは先程話せなかった依頼内容についての詳細だ」
「あ、その前に。実は私たちと知り合いのランク4の三人パーティーも一緒に着いてきたいって言っているんですけどいいですか?」
「ランク4か。それならば問題ない。報酬も法外なものでなければ言い値で払おう」
すごい太っ腹だ。交渉なんて必要なかった。
でもなんだろ。トントン拍子なのに逆に怖い感じがする。タダより怖いものはないってやつかもしれない。
「そんな適当なことでいいんですか?」
「適当ではないよ。私はアオイ殿たちが気に入ったし、その君たちが推薦してくるんだ。こちらの足元を見てふっかけてくるような悪党の類ではないのだろう?」
「まぁそれはそうかも?」
「そこは自信持ってあげてや」
美歌ちゃんの突っ込みも入る。
「ではまず私たちの目的から話そう。君たちにも少し顔を見られてしまったがあの少年――『サミュ』様を北のノーリンガム帝国にまで無事に護衛するのが我々の使命だ。それを手伝ってもらいたい」
それはある程度察していた。
そんなことだろうなっていうのは今までの情報の断片から推測できた。
「分かりました。で、狙ってくる相手の予想は付いているんですか?」
何の情報も無いと対策も立てられないし、どれだけ倒したら終わりなのかも分からない。
規模や思考を読み取るために敵の情報というのは大事なポイントだ。
「確証は無い。おそらくは、というところだが。その前にまずサミュ様の身元を明らかにすべきだな」
クレアさんは佇まいを正し、正眼にこちらを見据える。
キリっとして今までの彼女とは違う印象を受けた。
これが本来の顔ってわけね。
「あの方の正式な名は『サミュ・ノーリンガム・レンダー』。ノーリンガム帝国の第三王子だ。いや今はもうその言い方も古いものになってしまっているが」
「王子様……」
「いきなり過ぎて実感湧かんなぁ」
貴族とは思っていたけど、王子とまでは思いもしなかった。
大体、ここ帝国じゃないし。あれ? そうだよね。なんでここにいるんだろう?
「すみません一つ質問です。なんで北の帝国にいるはずの王子様がこんなところにいるんですか?」
「うむ。サミュ様は国家間の友好親善のために五歳から今まで部族連合に赴かれていたのだ」
「五歳? それっていわゆる人質ってやつですか?」
「……言い方を変えるとそう言われても仕方ないかもしれない」
美歌ちゃんのストレートな物言いにクレアさんが一瞬詰まり、こっちがドキっとした。
日本でも昔は同盟相手に人質として自分の子供や奥さんを預けることはやっていた。
たぶんそれと一緒のことなんだろう。
「それが何で今? 任期を終えたとかですか?」
人質と言ってもずっとの場合もあれば、情勢が変わったり何年と決めていることもあるはずだ。
たまたま帰郷する際に悪いやつに狙われたとかなら話は分かる。
けれどクレアさんは首を横に振り、言いにくそうに答えてくれた。
「いや、本当ならばまだ部族連合にいなければならない。しかし私たちは故郷の地である帝国に一刻も早く戻らなければならないのだ」
黙って出てきちゃったのか。それってやばくない?
まさかあの暗殺者たちって部族連合からの追っ手じゃないでしょうね。
「そんなことをするほどの理由が?」
「そうだ。別に国にいても連絡だけは細々と取れていただが、ここしばらく音信不通になってな。違うルートからの情報により分かったのだが、サミュ様の父君である王が
「あ、ごめん。
「あぁええっとね、亡くなったってことよ」
さすがに中学一年生には難しい言葉だった。
それにしても王様が亡くなったのか。でもそれだけで国の体面を反故にして抜け出してきてもいいもんなのかな?
「それだけではないのだ。その後は第一王子であるアーティー様が継がれたのだが、それも数ヶ月前に崩御なされた。そして空席になった玉座を巡って骨肉の争いが始まり、現状、帝国は大混乱の内にあるらしいのだ」
お話とかでよくあるやつか。
私にはわざわざそんな重席を求めるなんて気持ちが全く分からないけど、なぜか権力者っていうのは欲望の容量が一般人より大きくてどんどんお金も地位も手に入れたくなるものらしい。
考えようによってはどこまでいっても満足できない悲しい人種だ。
「つまり、次の王様になるために向かっているってことですか。となると、襲撃者たちはライバル陣営?」
「おそらくその通りだ。現在継承権を持つのはまだ生まれるのどうかも分からない亡き王アーティー様の遺児、次男の『カミール』様、三男の『サミュ』様、四男『リグレット』様のみだ。他に姫もお一人おられるが、男子がこれだけいる以上、こちらは考えなくていいだろう」
「ん? まだ生まれてもいないって?」
「王妃がご懐妊されているかどうかまだハッキリしていないのだ。そのため、次代の王をどうするか議会が紛糾していると聞く。血筋で言えばアーティー様のお子になるのだがもし生まれたとしても若すぎる。であれば、今代はカミール様を据えるべきなのだが……カミール様は少し気が弱い方であらせられる。そしてリグレット様はサミュ様よりもさらにお若い。だから無断ながらもサミュ様が帝国の未来を憂いて立たれたのだ」
なるほど。サミュ君ですら見た目、美歌ちゃんと同じぐらいだったから十二、三歳。それより若いのか、しっかりしない人しか今の帝国には残っていないってことね。
血筋で継承するとそういうのが問題よね。ワントップダウンがメリットな反面、無能でも王様になれちゃう。だから国を慮って飛び出したのは理解できる。
「葵姉ちゃん、これえらい大変なことに巻き込まれたんちゃう?」
「う……そうかも……」
私たちの敵は王族のどれかの陣営で、国のトップを懸けたドロドロとした争いの渦中に足を踏み入れることになる。
もちろん単純な戦闘力の面では負ける気は全くしない。それでも人質を取られるとか毒を使われるとか搦め手を使われると少々厄介だし、向こうは手段を選ばないだろう。
教会とも水面下でバチバチやらないといけないのに、そんなのに手を出している暇ある?
でもここまで聞いちゃったからには「やっぱやーめた」は通用しないよねぇ。困ったもんだ。
話し込んでいると部屋の扉の向こう側から気配を感じた。
有無を言わせずドアノブが回され、豪快に現れたのは今話していたサミュ王子だった。
それに護衛の男性騎士が一人付いている。
「ミカ! 来てくれたか! あまり上等とは言えない部屋で悪いが余は歓迎するぞ」
どうやら美歌ちゃんに好意を持っているのは見間違えじゃなかったようだ。
そりゃもう嬉しそうな顔をしちゃってズカズカと部屋に入ってくる。
「サミュ様、会談中ですよ? 中断するような無作法な行為は慎み下さい」
「そう怒るな。余は再びミカに会えて嬉しいのだ。ここまでやって来たということは依頼を受けてくれる気になったのだろう? 陰鬱な旅であったが、これで一気に華やぐというものだ」
クレアさんに注意されても全く動じない。
うーん、恋は盲目。ある意味で状態異常だね。
「サミュ君……いや、サミュ王子か。また会ったね」
「む、待てミカよ。それでは他人行儀だ。是非、サミュと呼んでくれ」
「え? うーんまぁいっか。サミュやね?」
「そうだ」
呼ばれて嬉しいのか彼はにんまりと口の端を吊り上げる。
「サミュねぇ」
「あ、お前はダメだぞ。お前はちゃんと様か王子か殿下を付けろ」
ちょっと馬鹿にしたのがバレたのか、単なる呟きを聞き逃さず私に言いがかりをつけてきた。
「なんでよ、不公平でしょ?」
「お前はミカの姉か? 親戚だったりするのか?」
「いや違うけど」
「ならダメだ。余を敬うのだ平民。その無礼な口の聞き方も変えろ。雇い主と労働者の関係になる以上、線引きは必要だ」
子供のくせに意外と正論を言う。
「ぐぬぬぬぬぬ。横暴よ、ストライキを起こすわよ」
「余はミカさえおればいい。言うことが聞けないのであればどこぞへと消えるがいい。しっしっ」
手の指で振り払われる。
私は虫か!
しかしいち早く反応したのはクレアさんだった。
「お、お待ち下さいサミュ様。いかにミカ殿でも一人ではさすがに手落ちの場面が出てきます。これからの旅路にアオイ殿のお力も必ず必要になるでしょう」
「む、そうか。クレアがそう言うなら一考しよう。……口調に関しては多少目を瞑ってやる。しかし呼び捨てだけは我慢ならん。そこは変えろ」
美歌ちゃん以外にはすっごい偉そうなんですけどこの王子。
でもまぁ。全く聞かん坊というわけでもないのか。それならこっちも肩肘張ることもない。
「分かったわ。サ ミ ュ 王 子 様!」
「うむ。それで良い。たとえ腹に一物抱えてようともそれが日常になってくれば消えるだろう。余は関大だからな。はっはっは!」
くそ、私の嫌味に対してもひらりと躱される。
『精神年齢あんま変わらんどころか、負けてんのとちゃうか』
テンがすこぶる呆れ顔で呟いた。
この毛玉あとで覚えてなさいよ。
「ところでミカよ。余はこの三階の部屋を全て借り切ってるんだ。すごいだろう? ここのように空き部屋が他にもあるから良かったら泊まっていっても構わないぞ?」
「え? そりゃちょっとは興味あるけど遠慮しとくわ」
「そう遠慮せずとも良い。余は次期皇帝となる身。今からでも贅沢を覚えても遅くないぞ」
「っていうか、なんで三階全部借りてんの? もったいなくないん? お金って国の税金使ってるんやろ?」
「ん? ここでは不満か? ならばもっと良い宿を今から探させよう!」
「そういうことやないんやけど……」
好きな女の子の前で格好付けたいのは分かるけどさぁ、答えになってないよ少年。
「気にせずとも良い。民は余たちを支えるためにいる。余が貧しい暮らしをすればそれは国の威信にも関わるのだ」
美歌ちゃんは価値観の違いに口を開けて呆然する。
「いや、これには防犯の意味も込めてある。同じ宿に暗殺者が泊まられると厄介だからだ。全部の部屋は無理でも同じ階ぐらいは占拠しておけば守りやすいだろう?」
サミュ王子の代わりに話すクレアさんの言葉は納得のいくものだった。
それを聞いて美歌ちゃんがようやく動いた。
「ふーん、ならええか」
「財政の心配か? 昔は女だてらに、と言う者もいたかもしれんが今はそんな時代じゃない。余はますます気に入った。お前は良い后になれるぞミカ」
「いやぁそんなんじゃないんやけどね」
なかなかの押しに美歌ちゃんもちょっと困り気味だ。
「さてサミュ様。私らはこれから簡単な打ち合わせがあります。どうかご退席を」
「別にいても構わんだろう?」
「さすがに御大が同室ですとどうしても気が散るのです。ここは懐の深い男を見せるべきではないでしょうか」
「ん? まぁクレアがそうまで言うのであれば致し方ない。分かった。どうせ明日以降も会えるのだからな。それよりクレア、代わりにあの件は伝えておいてくれよ。ではまた会おう!」
上機嫌でサミュ王子は部屋を出て、それに付いて男性騎士も退出した。
扉が閉まったのを確認してからクレアさんはため息を吐く。
「はぁ。すまない。なんだかんだサミュ様は浮かれているご様子だ」
「別に子供の言うことやからそんなに気にしてへんですけどね」
「そう言ってくれると助かる。それでだが、言いにくいのだがミカ殿に頼みがある」
「ん? なんですか?」
「実は……」
クレアさんのそのお願いは嫌な予感がしたけど、やっぱりそれは当たることになる。
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