3章 16話 絶対破壊不能の肉壁(ノンブレイクオブジェクト)
「喰らえ! ―【太陰符】―鈍重失速」
「ちぃ、本当にデバフは面倒だな!」
景保さんの減速の符術によりブリッツに重みが加算される。
急に体の動きが鈍った彼は文句を吐き捨てた。
攻撃力や防御力などならそんなに変わりはしないが、敏捷が変化する能力異常は厄介だ。
なにせログで解除時間が分かるとは言え、急に体の調子が上がったり下がったりするのだから。
しかも景保さんはわざと能力が切れる前に術を解いたりしてフェイントを掛けている。
これはで身構えていても平静を保つことは難しい。
対人戦をあんまりやったことがないって話だったけど、意外にも手練手管を駆使してくれていた。
「もらったぁ!」
そこに横から二刀を前に突き出し私が突撃する。
ブリッツは僅かに反応が遅れていた。
このタイミングなら取れる!
「やらせんよ」
高速で飛来するジロウさんの矢が三本ほぼ同時に降ってきて、慌てて弾き返し足を止めさせられる。
『そっちこそよそ見は厳禁よ!』
「またお前か!」
『アイドルに追い掛けられるっていうのは気分良いでしょ』
「まっぴらごめんだ!」
朱雀が空から急降下キック。
それをするりとジロウさんは嫌そうな顔をして腰に指した短刀を使い逸らす。
女の子に迫られてする表情ではないけれど、自体が自体なので仕方ない。
『きゃっ!』
真横にきた彼女にジロウさんは肘鉄をかまし離脱した。
意外と肉弾戦もやれるらしい。
そういやあの人、玄武にもいきなり食って掛かってったっけ。
そこにシュッと銀線が走る。
「ぬおっ! いつの間に。こしゃくだな」
黙ってくないを投げといたけど弓の弦で防がれた。
「あぁもう面倒くさい!」
事態は膠着状態に陥っていた。
細かい傷は与えられている。しかしブリッツは徐々に回復できる自己回復スキルがあって多少のことじゃ無意味にされてしまっていた。
こっちも景保さんの符術や忍刀のHP吸収効果で粘っている。
もう一押しがどちらも足りない。
しかもこっちは森側を含め全体の戦力が弱く、朱雀の時間制限もあるためやきもきしてしまっていた。
それにライラさんのこともある。
あんな死んだら一発で終わりな危ないことをさせてしまっては心配で気が削がれてしまっていたし、景保さんもチラチラとモニターで安否を確認していた。
いくら思惑があるにしたって私は最後まで反対したんだよ。
なのにライラさんが頑なにやると言い張り譲らなかった。
どうしてもやばい時は巻物を置いて逃げてと伝えてはいるものの、彼女はなんか信用ができないんだよね。
「陰陽師は本体を狙えばいいんだよ!」
強引にブリッツがフリーの景保さんに突っ込んでいった。
今彼が喚び出しているのは防御に長けた玄武じゃなく好きなように飛び回る攻撃型の朱雀なため、防護する人物がいない。
二人揃ってようやく他の職業と対等になる陰陽師では狙われるときつい。
そりゃそうだ私だってそうするよ。ただし彼にはまだ術がある。
「そう簡単にはやられないよ! ―【玄武符】―
お馴染みの土壁を作る術だ。
しかも今は玄武を召喚中なので強化されている。
通常より分厚く堅固になった土壁が瞬時に生成され、ブリッツにたたらを踏ませ行く手を阻んだ。
「そりゃあそれぐらいはやってくるだろうさ。肩を借りるぞ!」
ブリッツの肩を踏み台にしてジロウさんが跳んだ。
空からの雨のような斉射。
「うっ!」
これは前方に出現するだけの壁では防げず、景保さんは肩と足に一本ずつ矢を食らった。
『やってくれたなぁ! これは死んだマネージャーの分だぁぁぁ!!』
そのジロウさんの背後に炎の鱗粉を撒き散らし朱雀はすでに移動していた。
空中で自分の羽をうまく使い回し蹴りを叩き込む。
咄嗟にガードはしたようでも強烈な蹴りでジロウさんは地面を転がりながら受け身を取る。
「僕はまだ死んでないよ!」
『てへ!』
「可愛いポーズしたからって何でもうやむやになって許されると思わないでよ!?」
あざとい仕草に景保さんの文句が飛ぶ。
二人の掛け合い漫才をしている間にこっちはブリッツと熾烈な戦いをしていた。
刃と拳が打ち合う擦過音が響き、体捌きにより足を動かすたびに足元から砂塵が埃っぽく舞う。
「とりゃとりゃとりゃ!」
「ぬおおおおおおおお!」
左で串刺し右で斜め右上に払い除け、一瞬で一回転しての上下二連斬り。
止められたすかさずジャンプして顎に膝蹴りを――また止められた。
なら上から左右の肩に二刀を同時攻撃だ!
両手の忍刀を前後左右に斜めも混ぜてあらゆる角度から打ち込むと、それをブリッツは手甲のジャブや手の平で弾き捌いていくる。
スピードがあるのはこっち。だから主導権は握っている。
とは言っても防御重視でいなされるとどうしても攻めきれなかった。
攻防を繰り返しながら移動する。
私の果敢な攻めにブリッツが押され後退していっているからだ。
やがて彼の背中が闘技場の壁に付く。
「そのまま埋もれろおおおぉぉ!!」
「しゃらくせぇぇぇぇ!!」
乱斬りと乱打の応酬。
石片が飛び散り徐々にブリッツが呑まれるように壁に埋もれていく。
このまま押し切って片を付けてやる!
私は途中で切り上げ、キックした反動で宙に浮き忍術を発動し巻物を投げ付ける。
「爆ぜろ! ―【火遁】紅梅―」
たぶんこんな場所で使うべきではない火遁の中規模忍術。
それが大爆発した。
轟音を伴い衝撃が闘技場内を震撼する。
おかげでさっき私がいた地点の周囲は直径十数メートルが粉々に吹っ飛んだ。
「やった?」
現場は跡形もない。
観客席と試合場の境目などもはや無く綺麗にえぐられていて、修理するのはなかなか大変だろう。
まぁ修繕費がどうとかそんなことは知ったこっちゃない。
おそらく相当な深手を負ったはずだ。
爆風のおかげで空中の待機時間が伸びた私は眼下を見やる。
「そういうのをフラグって言うんだぜ?」
だというのに瓦礫から這い出てきて、しかも無傷とは言わないまでも軽症だった。
【僧兵】は忍者に比べHPが高く防御力も少し上。さらに自己回復スキル持ち。これが厄介だ。
おそらく今のはそれで回復された。
「あっ!」
咄嗟に今、身動きの取れない空中にいることに気付いてしまった。
まずい。
ブリッツはそのやらかしに悪そうな笑みを深くし、近くに転がっている大の男でも一人では持てそうにない石の破片を軽々と掴んで私に目掛けて力いっぱい投げてきた。
「おらあぁぁぁ! お返しだああああぁぁ!!」
連投だ。次々と豪速球で飛来する歪な岩が私を押し潰そうと急接近してくる。
一つでも当たれば人なら即肉塊レベル。私でもまともに喰らえばなかなか堪えるだろう。
それが目にも留まらぬ速さでやってくる。
だからってそんなもの!
「こんのおおおおぉぉぉ!!!」
どんどん直撃しそうになるそれらを自分の足をバットに見立てて渾身の力で蹴り返してやった。
放たれたのを超える速度でブリッツに石の散弾が返球される。
たださすがに空中からの姿勢で真っ直ぐピッチャー返しはできなかった。けっこう狙いはズレてしまっている。
正直、足が痛いがここはやせ我慢だ。
ブリッツはその岩の隙間を縫って百八十センチはありそうな威圧感がある巨漢で跳んで迫ってくる。
空中で無理をし過ぎた。これは躱せない。
即座にやってくると私の顔を無造作に掴む。
「ぶっ潰れろおおおお!!」
そこから一気に急降下。ダイビングプレスだ。
視界がぐるりと反転し、胸に不快感が押し寄せる。
十数メートルの高さから顔面鷲掴みのまま叩き落とされ後頭部が盛大に地面に激突。
「ぐはっ!」
頭に特大の痛みが去来する。
脳髄が痺れ体中が一瞬全て言うことを利かなくなり鼻につーんとしたものが走った。
「あががががががが!!」
さらに地面の上を後頭部にめり込ませたまま引きずり回される。
痛い痛い痛い痛い。衝撃に視界が白み、頭がヤスリに掛けられ皮膚が削られていくような感覚だ。
ボコボコと石畳がめくれるほどのダメージが私に蓄積されていく。
『お姉ちゃんのピンチに可憐に朱雀ちゃんのお出ましだぁ!』
「ちっ!」
朱雀が飛び蹴りで横入りし、ブリッツはガードして後退する。
彼女に助けられた。
「かっ……ぐあっ……」
「―【六合符】治癒活性― 大丈夫かい?」
速攻で景保さんも駆け付けてくれ回復の符術を施される。
すぐさま全回復ではないけどだいぶマシになった。今の何気にけっこうやばかったよ。
思わずまだ幻痛が続く頭を触って擦る。
「あの野郎、ハゲたらどうしてくれるのよ!」
「心配するところそこ!?」
景保さんのツッコミ。
やっぱりツッコミ役がいると楽しいね。そんなこと言ってる場合じゃないんだけど。
その時、モニターに変化があった。
名無しが玄武から逃走を開始したところだ。
てかなにあの飛行物体。
あんなのまで絡繰師って作れるのか。無茶苦茶じゃん。
「げ、あいつただの式神相手に逃げやがった!」
ブリッツはその映像を見て私とは違うシンプルな感想を抱いたようだ。
僅かに顔が引きつり予想外の事態に思考が停止している。
でもこっちはそんなのの比じゃない。
失礼な話だけど、時間を稼いでくれればいいと思っていた。土蜘蛛姫戦で見た腕前の彼女なら分が悪くてもそれならまだ可能であると勝手に信じて。
されど玄武は撃退するまでに至った。これは相当な快挙だ。
私では無理だ。レベル八十相当で百相手に打ち勝つなんて芸当は。
だからこの勝利はとんでもなく大きい。モチベーションがぐんぐんと上がってくる。
「しゃあっ!!」
景保さんが珍しく雄叫びを上げた。
めちゃくちゃ嬉しそうだ。戦闘中だっていうのに、扇が潰れちゃうんじゃないかってぐらい手をぐっと強く握って、さも子供がコンクールで優勝したときみたいな満面の笑顔。
っていうかあれ? 今更気付いたけど、あれは本当に玄武?
髪の毛が黒くなってイメチェンしてるんですけど!?
「あいつ本当に口ばっかりだな。ますます負けられなくなってきたぜ」
「いや、あの方角は巻物を取ろうとしているんじゃないか?」
「あぁそういうことか。ならもうこっちの勝ちだな」
このブリッツとジロウさんの会話で悪寒が走った。
私たちの生命線である巻物はあそこにあり、名無しが行けばひとたまりもないのだから。
さらにこの合戦に参加していないライラさんは致命傷を喰らえばそこで本当の死亡となる。
そして名無しは空からあっとういう間にライラさんを見つけてしまった。
だから私は景保さんに目配せをする。
彼はその目線を理解して黙って頷くが、こちらからライラさんのことをダシに交渉する前にジロウさんが自分で勘付いてしまった。
「な!? なぜライラがいる!? あいつは確か参加していなかったろ!?」
上空にいる名無しを見上げるライラさんがモニターに映り、素っ頓狂な声をジロウさんが発する。
やはり彼は参加リストをきちんと確認していたようだ。なのに彼女が戦場にいることに驚きを隠せていない。なら話が早いってもんだ。
「彼女は今回の合戦に参加していません」
「ば、馬鹿なことを! そんなことしたら死んでしまうじゃないか!!」
「そうです。どうしますかジロウさん?」
あえて淡々と冷たく景保さんが言い放つ。
自分が悪どいことをしている自覚があるせいで、間違っても明るくはなれないのだろう。
これは脅しだ。ジロウさんに逃げられない状況を作り選択を強いるための布石。
決して綺麗事ではない方法だ。
対比するジロウさんは愕然と目を白黒させた後、唾を出して烈火の如く猛抗議してくる。
「ど、どうしますかだと!? なんてことをしたんだ! 馬鹿なことを。おいブリッツやめさせろ! ライラが死んでしまう!!」
「あ? あぁ分かった。おい名無し聞こえるか? すぐに攻撃をやめろ。特攻なんて真似しなくてもこっちでちゃんと勝ってやるから」
すごい剣幕のジロウさんにびびってブリッツは名無しに中止命令を出す。
ほっとした。ブリッツとしてはここでジロウさんの不興を買う真似はしたくないから従ったという計算なんだろうけど、それならば狙い通りで安心だ。
あそこが安全になるというのは、後顧の憂いが無くなってこっちにとっても相当にありがたい。
『はぁ!? やだね、ここにきて僕だけ死ねって? そんなこと我慢できるはずがないだろ!! 全員道連れだよ!!』
しかし名無しはそれを拒絶した。
最悪の事態だ。ここで止まるならまだしも、悪夢が続行される。
「ふざけんじゃねぇ! リーダーの言うことを聞け!」
『誰がリーダーだって? 僕は話に乗っただけだ。それに関係は対等だろ? 勝たせてやろうってのに邪魔すんなよ!』
癇癪を起こした子供のようにもはや聞く耳を持たない。
興奮した名無しはむしろ意固地に固まっていく。
「儂が止めろと言ってるんだこのジャリが!! 言うこと聞かんのならお前からぶっ殺すぞ!!」
ジロウさんのキャラが変わるほどの激昂。
殺気が顔から滲みこっちにまで漏れてくるほどの怒髪天だ。
まだ子供の声だからマシだが、本来の姿でならきっと竦み上がってしまっていただろう。
『……うるさいから切るよ』
「げっ……切りやがった……」
それでも名無しには伝わらない。
いや伝わったからこそ会話を打ち切って逃げたのか。
どこまでも自分勝手なやつだという印象が高まり、ブリッツですらばつが悪そうに呻いた。
「ブリッツ、この落とし前どう着けるつもりだぁ!?」
「は!? 完全に予想外の展開だろこれは!」
「村人には手を出さないのが儂がお前と手を組むための約束だったはずだ! ライラが死んだらそれは反故となる。そうなったら儂はお前の敵に回るぞ!!」
「んな無茶苦茶な!」
何やら内輪もめを始める二人。
でもやはりそうか。ジロウさんには彼なりの思惑があって裏切ったんだ。
たぶんだけど獣人の村を守るためにブリッツと取引をしたんじゃないだろうか。
色々と腑に落ちないことがあったけどそれなら理解はできる。
ライラさんをこんな危険な目に合わせたのはこの暴露をジロウさんからこうして引き出させるためのものだった。
おそらく正面から問い詰めても生半可なことでは口を割ろうとしない彼にはこれぐらいしないといけないだろうと景保さんが案を出し、ジロウさんを最後まで信じたライラさんがこれに快諾したのだ。
「お前らもだ! こんなことをして何が狙いだ!? 無駄に命を散らせることになるだけだろうが! そんなことも分からんのか!」
その必死な表情に歳相応の凄みを感じた。
無論、私たちだって単に彼女を危険に晒したいだけではなく、『保険』は用意してある。
決して有利になるものではないからあまり使いたくないものだけど、ライラさんの命には代えられない。
「良かった、安心したよ。じゃあ行ってくる。後は頑張ってね」
「了解しました。また後で」
時間が無いので挨拶も短く済ませ、景保さんはウィンドウを弄り出す。
これは必要な作業だ。
そして彼は決定的なボタンを押し、ログが流れる。
『プレイヤー景保の棄権を受理しました』
瞬時に彼はこの場から消え去った。
もちろん元々対戦のシステムなので棄権だって可能で、これも想定内。既定路線だ。
「「は!?」」
間抜け面で固まるのは残っている男二人。
どうせ人数差に胡座をかいて彼らは何の準備もしなかったんだろう。
こっちは必死だったんだ。たった二日でどうやれば勝てるか、その方法を模索することに費やしたんだよ。
システムの穴を突いたりして有利になれないかと悩んだ末に見つけたのがこれだ。
『はっはぁ! みんな仲良く一緒に死のうか!!』
モニターに名無しの最後の言葉が届いてくる。
彼はライラさんともう一人男がいる場所に焙烙玉を投下し、自身はギリギリでそこから退避した。
超特大の爆発。
火遁紅梅どころの話じゃない。
プチゴーレムが倉庫ごと爆発した時や、ゴーレムの頭をふっ飛ばした時に匹敵する一際大きい爆裂が森を抉った。
焼け野原となった森は見るも無残な姿を晒し、その爆破内にいれば生きとし生けるものは何一つとして存在していないであろう空間が出来上がってしまう。
例え防御特化の【傾奇者】ですら生き残るのは不可能ではないだろうか。
圧倒的なまでの火力に空恐ろしさを感じる。
「ラ、ライラ……」
さっきまで憤怒の形相をしていたジロウさんは魂が抜けたみたいに呆然としていた。
そりゃそうだ。あの爆心地にいれば助かる見込みなど毛ほどにも無い。
私だっておそらく術を使わなければ無理だし、ブリッツだってそれは一緒だろう。
それを横目にブリッツが目を細めながら私に話し掛けてくる。
眉が大きく曲がり不快感を露わにして不満げだ。
「戦争おっ始めようとしている俺が言うのもあれだが、お前らもえげつないことするよな?」
そんな睨まないで欲しいわ。
ただこいつの場合は上手くいっている計画に水を差されたというものからくるんだとは思うけどさ。
「どういうこと?」
「つまりあれだろ? あの獣人の女を人質にして爺さんの寝返りを企んでたんだろ? 名無しが止まらなかったせいでそれがおじゃんになってしまったみたいだが、こういう結果は想像しなかったのか?」
「もちろんしたわよ。だから私は最後まで反対したわ。でも本人がやりたいって聞かなかったから」
一歩間違えるだけでアウトだ。
あまりにも綱渡りな危険な賭け。そんなこと私は推奨なんてしない。
しかし彼女がやりたいと突っぱねた。
絶望に打ちひしがれるジロウさんが肩を小刻みに揺らし、さっきよりもなお勝る怒気を纏いこっちを眼に入れる。
「聞かなかったからだと!? そんなことで死人を作ったんだぞ! 責任を感じないのか!!」
「そう思うなら全部打ち明けて下さいよ。元はと言えばジロウさんが裏切ったところからが発端ですよ?」
「儂は! 儂は単にあいつらを守ってやりたかっただけだ!! アジャフに目を付けられていたあいつらを俺がいなくなった後もどうやって守るのかと考えたら従うしかないだろう!」
「なら相談すれば良かったんじゃ?」
「嬢ちゃんたちが人を殺せる覚悟があれば儂だって決断した! しかしその覚悟が持てないプレイヤーであれば戦力になんてならない。だからブリッツたちを選んだんだ。こいつらを利用すれば少なくても獣人たちだけは守れるからな」
「そ、そんな理由で?」
「何度もアジャフを一人で暗殺してやろうかと思った。しかしこいつらのお供が常に張り付いていて、仮に成功したところで犯人が儂だというのがバレてしまう。そうなれば儂だけでなく見せしめとして獣人たちへの報復だってあり得るだろう。一人であの人数は守りきれない。だからやるなら一網打尽にするしかなかったんだ! それが叶わないのであれば従うしかない」
「爺さん……けっこうぶっちゃけるな……」
ポロポロとだだ漏れてくるジロウさんの本音に、ブリッツは苦い顔をしてちょっと引いていた。
ずっと腹に一物を抱えていた人間を仲間として採用していた訳だしね。
あー、でもそういうことか。
この人、獣人の村人たちを守るために私たちとブリッツたちを天秤に掛けていたんだわ。
どちらかに与して分がある方へと乗るつもりだったんだ。
なのに私が悩んでばっかりだったから見切りを付けた。
いや私だけじゃない。景保さんもプレイヤーを殺すことを良しとするとはなかなか言わないだろうし、中学生の美歌ちゃんも難しいだろう。
思い返すとプレイヤーとの戦いになったらどうする? なんて話を何回もされた。
ブリッツたちに闘技場でバレて逃げて一度集合した後に暗い顔していたけど、たぶん実際に襲われても刀を抜かずに煙に巻いたのが弱腰と取られて決め手になってしまったのかもしれない。
これは私にも責任があるかもしれないってことか。
「もういい。疲れた。こんな戦争が始まってもいない段階でもう一人死んだ。やる気が無くなった。儂は降りる」
「お、おいちょっと待てよ爺さん。それは話が違うだろ!?」
「話が違うのはどっちだ!! 儂との契約は獣人たちを守ることだ。それを破ったのはどっちだ!!」
ようやくジロウさんの本心が聞けた。
けっこう喉に刺さっていた小骨が取れるようなスッキリするものがある。
いきなり戦力を失うことになりそうでブリッツが焦って引き止めようとするも、完全にジロウさんからは生気が抜けていた。
もはや彼はブリッツには従わないだろう。
ただし――
「一応、言っておきますけどライラさん生きてますよ?」
「「え?」」
再び間抜け面が二つ並ぶ。
モニターにはやっと風で砂煙が晴れた爆破地点の映像が映り、そこにはライラさんが無傷で立っていた。
いや戦闘による負傷で腕に傷は負っているか。しかし命に別状は無さそうだった。
ただ一緒にいた敵である男性は消滅していて、彼女と名無しだけが助かっている状態だ。
モニターから二人の音声がクリアに届いてくる。
『ば、馬鹿な!? なぜ生きている!? あり得ないあり得ないあり得ない!! さっきからなんなんだよもう! 思い通りにならにことばっかりだ! なんなんだよこの世界は!!』
地面に降り立った名無しは油断してか絡繰の装備を解いていた。
『痛たたた……。あれ? 全然? そんなに? 全く? 痛くない?』
対してライラさんはこの大爆発に目を白黒させ、顔や体をペタペタと触って自分に怪我が無いことに少し放心していた。
『そ、それを寄越せよ!』
彼女の腰に巻き付けてある巻物に名無しの注意が刺さり、爆弾で倒せないにしても力ずくで奪い取ろうと彼が腕を伸ばした。
『えーと、何がなんだか分かりませんがあなたは敵ですね! 狩らせて頂きます!』
ライラさんはその声で正気を取り戻すとすぐさま反応した。
さっきまで腕を振るい打ち合ったおかげでまだ熱く熱を帯びた武器を以てして彼の首を一思いにはねようとする。
いかに支援職である名無しであろうとも、ライラさん一人では普段なら肉弾戦では勝てはしない。
しかし玄武の猛毒に体を冒され本当は立つのもやっとだった名無しではろくな抵抗もできやしなかった。
『がっ!! ん? なんだこれ?』
『あれ? 刃が刺さらない!?』
ただ名無しがライラさんに被害が与えられなかったように、ライラさんからも名無しに反撃ができず、武器が喉で止まっていた。
『はっはぁ! よく分からないけど――ごはっ……』
言葉の途中で名無しがいきなり倒れる。
『あれ? 衝撃は入ってたのかな? とにかく私の勝ちです!』
『ち、違う、お前なんかじゃな――』
思いっきり毒ダメージで名無しが死んだ。
それを言い終わる前に彼はHPゼロになって転送されていき、そこにはライラさんのみが残される。
なんかもうコントだよこれ。急に悲劇が喜劇になっちゃった。
その様子をモニターを食い入るように見つめていたブリッツが困惑の色を浮かべ抗議してくる。
「はぁ!? どういうことだ!? あの爆破で死なないってどんなトリックだよ!? ……そういや巫女がいたな。巫女の何でも一撃だけなら防ぐ術を使ったのか? そうなるとそっちはそっちで協定違反だぞ?」
「いいえ、美歌ちゃんは近付いていないよ。あの子は合戦の戦闘フィールドの外で今も待機しているわ」
「ならなぜだ? あり得ないだろ!?」
人を騙すのって気持ちが良いね。優越感に浸れるわ。
じゃあネタばらししてあげましょう。
「システムの穴を突かせてもらったの。さっき景保さんが棄権したでしょ? 美歌ちゃんは景保さんが飛ばされた場所にいるの。そこで二人にはすでに『果し合い』をライラさんを入れて始めてもらってるわ」
「あん? どういうことだ?」
「この二日間で色々試したんだけどね、まず場外へ行った人はその時点で新しく『果し合い』を別の人と始めることが可能なの。そして『果し合い』中に『別の果し合い』をしている人にはお互いにダメージが与えられないのよね。だから名無しには景保さんと美歌ちゃんの果し合いに参加しているライラさんを傷付けられなかったってわけよ」
ある意味無敵技だ。
今日、ギリギリで美歌ちゃんが到着してくれたおかげでそれを試すことができた。
もし彼女が間に合わなければライラさんは普通の状態で合戦に参加することになり、ジロウさんにプレッシャーを掛け本音を語らせることは無理だったろう。
「そんなのアリかよ……」
「アリなんだよねぇ」
ゲームでの仕様がそのままなのかは知らないが、あっちでは専用フィールドに転送されるため別の果し合いをしているパーティーと出くわすなんて事態には決してならなかった。
けれどこちらの世界では専用フィールドが無く、弾き出されるという仕様になっていたため、そういうことが可能になってしまっていたのだ。
そして予約という形で予めライラさんを果し合いにリストに登録しておけば、多少距離が離れていようともあっちに組み入れることはできた。
これが私たちの保険だ。
ただこれをやると景保さんがいなくなってしまう。
だからその代わり向こうもジロウさんを失うように事を運ぶか、またはこちらに寝返らさせなければならなかった。
元々、朱雀を喚び出せるようになったとしても制限時間付きではやはり不利には違いなく、決めきれなかったりライラさんが危うくなればこの策を使うつもりだった。
ブリッツの言うように彼女さんを人質にして最悪ジロウさんを行動不能にできるなら御の字って感じの計画。
これが劣勢である私たちのチームがトライ&エラーを繰り返して手にしたカードの一枚だ。
非常に扱いにくくてタイミングが難しかったけどね。
「いや待て。巻物はどうなってんだ!? 十秒奪取だけではなく持たないと駄目だろ! 最初からあの獣人の女が参加していないなら開始十秒で俺たちの勝ちになるはずだ!」
「あー、まぁそれはね……」
説明しつつモニターに目を向ける。
そこには私が上級見張りの称号をあげた獣人の彼が顔を出してライラさんに近寄っていくところだ。
ぶっちゃけると実は巻物を持っているのは彼なんだよね。
ライラさんがこれみよがしに腰に提げているのはダミーの巻物。
アレンたちには彼女が持っているふうに装ってもらって時間を稼いでもらうことを言付けしてあったし、見張りさんにはライラさんの近くにいてもらうように言い含めていた。
ライラさん自身もけっこう強いし、そこに無敵が加わればそうそうバレはしないだろうという手段だ。
まさかただの地味な見張りさんがキーアイテムを持っているとは誰も思わないだろう。
「マジかよ……。てっきりあっちが持っているもんだと……」
ブリッツは完全に騙されてくれたようで開いた口が閉じない。
どやぁ。大体考えたのは私じゃなくて景保さんだけどね。
そして私とブリッツから両方の期待を込めた目線がジロウさんに行く。
この時点で彼が手を貸すチームが勝ってしまうからだ。
これだけ手の内を明かしたのも、彼を引き入れるため。どう転がることやら。
「儂は……。ここで見ていることにする。名無しを止められなかったブリッツには筋が立たないから手助けはしないし、危ない目に合わせた嬢ちゃんにも義理立てはせん。今回に限りもう動かない。決着はお前たちで着けろ、儂は勝った方に今後付くことにする。それでいいな?」
まぁジロウさんからしたらどっちもどっちか。
それに彼からすればどちらが勝っても獣人たちを守るという目的は達せられる。
ブリッツが勝てば今回はミスったが一応の獣人たちの安全を保証するという約束は継続され、私たちが勝てばブリッツたちはアジャフを守る理由が無くなり、さらにアジャフに打撃を与え威圧できる。
何気にこの人が一番良いポジションなんじゃないの? 手の平の上で踊らされているような年の功を感じちゃうのは考え過ぎだろうか。
「仕方ないか」
「私もそれでいいわ」
ここで変に文句を言って気が変わられても厄介だったというのもある。
なのでどっちにも負い目があってそれ以上強くは言えなかった。
ブリッツがメニューを弄って現状を見直す。
「リストを見た感じ森に送った部隊は全滅。こっちで残ってるのはここにいる俺らとアジャフたちのみ。そっちはもっと悪いな。生き残りは葵、お前と巻物を持っている獣人だけだ。まぁ今から森まで部隊を送るのは時間が掛かり過ぎるから、実質俺とお前の一騎打ちってことになるな」
自分でも今リストを確認してびびってたところだ。
まさかたったニ人だけになっているなんてね。でも圧倒的不利な状態から時間を稼いでここまでやれたのはみんなのおかげだ。
終わったらパァーッと宴会でもしよう。そうしよう。もちろん景保さんのおごりで。
「ほんじゃま、やりますか」
肩を回し足を踏み鳴らし集中力を高める。
このバトルに全てが懸っているんだ。
戦いに没入しろ! 気力を奮え!! 熱狂しろ!!!
自己暗示を掛けてお互い構えの状態から真っ直ぐに動いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます