3章 13話 名無しの歪んだ執着

「どうだった?」


「どうやら始まってるようだ。ここからでも分かるぐらいにド派手だった」


「派手って?」


「木がばんばん倒れてた」


「あぁ、なんかもう無茶苦茶ね……」



 普通はあり得ないことでも、葵たちが関われば驚くまでもないかとミーシャは小さく嘆息する。

 自分と一歳しか変わらない少女やその仲間たちを常識の範疇に入れてはいけないことはもう知っていた。

 だから深くは考えないようにいつの間にかなってしまっている。


 森の一角で身を隠して相談し合っていたアレンは自らの二つ名となった『飛剣』を駆使し、空から玄武と鬼丸の激突を目撃してその報告というか感想を終えたところだ。



「森の入り口に注目を集めてもらって時間稼ぎするっていう作戦は成功しているっていうことかしら」


「いやでも時間で巻物とやらの居場所がバレちまうらしいからいつ雪崩込んできてもおかしくはない。警戒は怠らない方がいいな」



 オリビアに諭すアレンの顔付きはかなり真剣だった。

 人数差もそうだが、相手に葵や景保級が三人もいると知らされてからというものずっと心も体もそわそわして落ち着かない。

 彼だけが葵に模擬戦とは言え、ずっと挑み続けてきたのだ。その超えるべき絶望的な山の高さは身に沁みている。

 ミーシャもオリビアも頭で分かっていても心ではまだ理解していない。

 だから少し温度差があった。



「あの、すみません。みなさんにご協力頂いてしまって……。お支払いするお金も無いっていうのに」


「別にいいですよ。これは俺たちが好きでやってることだし」


「それにここでアオイに貸し作るのも悪くないしね」


「ミーちゃんそんなこと言って本当は手の掛かる妹みたいに思ってるでしょ」


「ち、違うわよ! それはオリビアの方じゃないの!?」


「うん、私はそう思ってるわよ」


「ええい、この素直さんめ!」



 平常運転のアレン一行だが、その他にそこにいたのは動きやすい運動用の軽装に着替えているライラだった。

 彼女の腰には巻物が固く結びつけられている。


 始まってからライラは緊張しているようでずっと下を向いて俯いていた。

 女性なのにこんな危ない場所に出てくるということは何かしらの事情があるのだろうとは察していたものの、あえてアレンは自分たちから聞こうとはしなかった。



「俺は事情は全く知らないし、今聞こうとも思いません。ただあいつが領主を敵に回してまでこの村の人たちに味方したいってんなら付き合ってやる。それだけです」


「仲が良いんですね」


「腐れ縁ってやつですよ。まだ会って数ヶ月ですけど、なんかいつでもどこでもやらかしそうで心配で放っておけなくなってしまいました」



 アレンのチームは同じ村の出身のみで構成されているが、過去に何度も他の人間を誘ったことはある。

 しかしそのほとんどが声を掛けただけで断られるケースが多い。

 理由は簡単だ。男性からするとこのすでに異性関係が出来上がっている中に入るのを躊躇ったし、女性も外からのやっかみでハーレム要因扱いされるのを嫌がって敷居が高かったせいだ。

 元より天恵という優遇された才能を持ったアレンに対しての妬みが多く、あらぬ噂や誤解も及んでいた。

 もちろん一緒に仕事した冒険者仲間などはそれらの大方が事実とは異なることを理解してはいたが、そうした者はすでに決まった仲間がいる。

 ミーシャの女性を嫌厭する動きもあって結局、アレンによるパーティーメンバーの勧誘は捗らなかった。


 そんな時に現れたのが葵だった。

 クロリアではそこそこ有名な自分たちのことを知らず、ずけずけと物言いをしてくる。

 ただしそこに悪意は皆無だった。

 年下ということも加味して目が離せず常識を知らない火の玉娘に、彼らは好感を持ち親近感が湧くようになる。

 さすがに遠くの街で領主相手に喧嘩を売ってるとは夢にも思いはしなかったが。



「良いですね。私は同じ歳の子たちとはほとんど離れ離れになってしまいました」



 ライラの友人は大半が別の土地へ移ったかアジャフに捕らえられた。

 弟の看病もあり、ずっと会えなく疎遠になっている。


 そんな彼女にオリビアが手を差し伸べた。



「だったら、友達になりませんか?」


「え? そんな……私は獣人ですよ?」


「それが毒されているんですって。他の街なら差別なんてされてないんですから! きっとアオイちゃんのことですもの、これに勝って領主の人を殴ってでも扱いを変えようとしてくれるんじゃないでしょうか」


「そんなことが本当にできるんでしょうか?」



 それが出来れば苦労はない。まるで夢物語だとライラは思う。

 アオイが強いのは彼女も見ていたから知ってはいる。しかしそんなことが本当に可能とは思えずライラは信じられない。

 当たり前だった。

 いくら武力があろうがそれで政治が変わるはずもない。アジャフの性根が正されるはずがない。

 あり得るとすれば流血による革命。しかしながらあの奇妙な少女がそれをするとも思えず、ライラは首を傾げる。


 けれどオリビアは一拍間を取って、



「アオイちゃんだからね」


 

 と、あっけらかんと言った。

 その何も含むことがない率直な態度にライラが言葉に詰まってしまう。



「あいつの規格外さは俺たちが保証します。本当に上手くいくかどうかはやってみないとですが、まぁせいぜい俺たちはその手助けができればって思っているんですよ」


「そう……なんですね。分かりました。私もこの戦いが未来へ繋ぐものになると信じます」



 合せるようにアレンが付け加えてライラの顔には僅かに曇りが消えた。

 未だ全面的に信用しているわけではない。それでも少しだけ期待したくなる気持ちが湧いたためだ。


 和やかなムードになった雑談は、しかし突然中断される。

 


「ら、ライラ! もうこっちに向かってきやがった!」



 葵にテレパシーで上級見張りの称号をもらった伝令役の獣人が血相を変えて飛び出してきたのだ。



「数は?」


「ざっと五十ってところだ!」



 名無しと森へ連れ立ってやってきた兵士の数は約百五十。

 そのうち五十人が二回目の光点を目当てに別働隊として馬に乗って巻物を直接狙いにきていた。

 もちろんアレンたちも移動はしている。しかし徒歩と馬。それに人数差によって今まさに嗅ぎつけられようとしていた。



「五十をこの五人でか。腕が鳴るぜ」 

 


 強気なのはアレン。

 普通に考えて五対五十でしかも相手は戦闘のプロとなれば気落ちしそうなものだが、ここしばらく訓練が楽しくて仕方がなかった彼は実戦で試せると張り切っていた。

 


「なんか昔のアレンに戻っちゃった感じよね。最近ってなんだかんだ丸くなっちゃってたのね。今更気付いたわ」


「最初の頃は野望に燃えるって感じで暇があったら鍛錬を申し込んで元気だったもんね。アオイちゃんに村で模擬戦って言い出したのってけっこう久し振りだった気がするわ」


「おしゃべりタイムは終わりだ。行くぞ!」



 冒険者になった駆け出しの頃は、理想と現実のギャップに悩み、失敗があったり妬みがあったりとアレンも色々とストレスを溜め込んでいた。

 もちろん純粋に強くなりたいという意志もあった。けれどそれを発散するためにむかつくやつを堂々と叩きのめそうと鍛錬に見せかけた仕返しをしたりしていたのは、彼にとって黒歴史のようなものだ。

 冒険者の先輩であるジ・ジャジに出会って諭されてからはそういうのもめっきり少なくなっていったのだが。


 その頃のことを言われて気恥ずかしくなったのか、アレンが無理やり話を切り上げる。

 そんな心情を読み取ったオリビアとミーシャは二人して顔を見合わせ笑い合ったあとに、兵士たちを迎え撃つため彼の後ろを付いて走り出した。



「みなさん、無事をお祈りします!」



 ライラの祈りを背中に受けて。 




 普段は滅多に人など通らない森に複数の馬の蹄が奏でる重低音が木霊していた。

 五十頭が四本足ということは計二百本の地を蹴る音だ。確かな地鳴りを伴い腹に響くような振動を伝えていた。

 森の動物たちは何事かと危険をいち早く察知して逃げ出していき、耳を澄ましても小鳥の囀りも虫の金切り音すらももう聞こえない。

 

 馬の手綱を握るアジャフ配下の五十人の部下たちは気持ちが逸っている。

 たまたま別働隊となったがこのまま巻物とやらを手に入れれば大手柄。

 戦争が上手くいくかどうかは分からないものの、そうした大きなことをやろうとしているアジャフにとってその第一歩となるこの戦いの功労者となれば覚えは良くなるに違いない。

 彼らの頭の中には大なり小なりそんな勘定がなされていた。


 そこへ――



「うっ!」


「ぎゃっ!?」



 高速で飛来する物体があった。

 一つは矢だ。奇襲を掛けるつもりが逆に受けたのだと彼らは思考する。

 しかしもう一つの存在には理解が及ばない。 

 『剣が飛んで馬上の兵士を打ち据える』なんてことは。



「か、回避しろ!!」



 ホラーのような現象に編成された部隊の隊長が唾を飛ばし悲痛な面持ちで叫ぶ。


 しかしそれもなかなか難しい。

 ただの障害物としての木であれば馬は勝手に避けてくれる。

 それに真っ直ぐ飛んでくるだけの矢ならまだ横に逃げれば木々を遮蔽物にしてやり過ごせるだろう。

 けれども自由自在に空を駆ける剣など退避のしようがなかった。


 一人の兵士を貫き、今度はぎゅんと高速ループして別の兵士を狙う。



「あ、悪魔か!?」



 剣が意志を持って命を刈り取るかのはまるで悪夢のような光景だった。



「第一から第三部隊までは射手を地獄の果まで追え! 残りはこのまま突っ切る!!」


「「「了解!!」」」



 ただそこであわあわとパニクったままの人間が部隊を任されるはずもない。

 すぐに立て直すため指示を伝え、部下たちもそれに呼応して別れていく。



「ちっ! 思ったよりは減らなかったわね」



 そこからほどなく離れた場所。

 太く葉が生い茂る木の枝に身を隠したミーシャが愚痴をこぼす。


 アレンの天恵に隠れがちな彼女の腕前は何気にこの歳ではかなりの腕前だった。

 動く的に当てるというのは本来かなりの至難の業であるのにも関わらず、狙撃できるというのは才能があり不断の努力を続けているからに他ならない。

 よく見ると彼女の手の平は幾度も皮が破れ十代でもう皮膚が樹皮みたいに固くなっている。

 それは自分の一射でどれだけアレンの負担が減らせるかに懸かっているミーシャが、好きな人に苦労を掛けないためにこっそりと特訓に時間を割くのを惜しまなかった誇らしい手だ。

 

 

「それでも十人はやったよね。こっちに来るから急いで移動しないと!」


 

 ミーシャは赤毛をなびかせ軽やかに枝からジャンプして近くの木の枝に飛び乗った。


 さながら曲芸でも披露しているかのような動きで次々と高い場所を移動していく。

 その秘密は装備している足にある。いつものブーツとは違い、明らかに場違いな物。

 それは葵から貸し出された大和伝製の『下駄』だった。



「我ながらこんな安定性の悪いものでよく無茶してるわね。昨日一日練習に充てただけでこれだけ動けるって実は天才かも?」



 その下駄の名を『天狗の下駄』という。

 名前の通り、天狗のように軽やかになれるという代物だ。

 具体的に言うと敏捷アップ、跳躍力アップ、落下速度軽減という効果が付いている。

 今の見た目は天狗というよりは猿とかムササビに近いかもしれないが。

 

 ちなみに装備品は一人一つまでしか装備できず、また高レベルの装備品は不思議なことに持つだけで体が拒否した。

 体調に影響することだし、副作用とかがあっては困るということであまり深く試すことはしなかったが、そういうことだけは調べられた。

 

 対してブリッツ側はプレイヤー以外のことをまるで戦力に入れておらず、信用もしていない。

 なので、ただの兵士たちに装備品を貸し出す発想などはなかった。

 

 ここが葵たちが突ける数少ない隙の一つだった。



「そこっ!」


「うっ!」



 逃げながらミーシャから放たれた矢が的確に喉を直撃し兵士がのけぞり消えていった。

 馬は背中から主人がいなくなったことに戸惑いながらも滑走を続け森の奥へと消えていく。


 もちろん兵士側にも手弓が馬に積まれていてそれで応戦が始まっていた。

 幾筋もの矢の軌跡がミーシャを刺し貫こうとやってくる。

 その度に射線を変え飛び移っていくが、どうしたって撃てる数が違い何本かは彼女の頬や腕を掠めていった。


 ただしどういう仕組かミーシャもよく分かってはいなかったが、痛みはあれど血は出ない不思議な状態だった。

 深く考えることはせず、そういうものかと手に血が付いて滑るのを防ぐために拭う必要が無くなったのはラッキーぐらいしにしか彼女は思っていない。


 狙撃場所を変えるそんなミーシャに獲物を追い込むかのごとく馬の蹄の足音は迫る。



「くっ! 数は減ってはいるけどここからはガチンコだね。どこまで保たせられるか分からないけど、あとで絶対にアオイに嫌味言ってやるんだから!」 



 自分を鼓舞するために独り言を呟くミーシャ。

 そこに、



「癒やしを与え給え『<<回復ヒール>>』」



 すぐさま回復術で彼女の傷が再生されていく。

 近くの木陰にいたのはオリビアだ。その手にはいつもと違う扇が握られている。

 ミーシャは短く目線を交わすと足を止めることなく進んでいく。



「治癒術士がいるぞ、倒せ!」


「こんな乱戦に出てきやがってただの的だな、ひゃっはー!」



 可憐な女子に男が群がるという図は決して気分の良いものではないが、これは死人は出ないだけで実戦だ。

 それで文句を言う者は誰もいない。

 

 逃げようともしないオリビアの胴に無慈悲な鋼鉄の切っ先が吸い込ま――



「なに!? 消えた!?」


「ぎゃっ!!」



 れなかった。

 しかもそのがら空きの背中にミーシャの矢が突き立ち、兵士たちは目を白黒させる結果となる。



「『幻惑の扇』……すごい効果ねこれ。なんでこんなの持ってるのかしら? あの子たちって本当に謎過ぎるわ。まぁでも今はそんなこと考えてられないんだけど」


  

 その光景を少し離れた場所から扇を撫でながらオリビアは観察していた。

 もちろんこれは景保から貸し出されたもので、効果は精巧な自分の幻を作れること。

 これを用い彼女はミーシャやアレンの援護をするつもりでいた。



「さぁ張り切って行くわよ!」


 

 オリビアが森の奥へと踊るように茂みの傍を駆け抜けていった。




「そらよ!」


「ぎいやぁぁぁぁっ!!」



 アレンが振り上げた剣筋を以てして全力で兵士を切り捨てる。

 あまりの痛みに兵士の醜い悲鳴が森に張り付く。

  


「隙だらけだ! 何!?」 


 

 武器を降ろし体が硬直したタイミングで後ろから別の兵士が斬り掛かってきたが、飛剣が逆に兵士の脇腹を切り裂いた。

 


「隙って思わせて後ろからってな! 常套手段だぜ」



 すでにアレンは数十人の兵士たちに囲まれている。

 けれど自らの天恵である飛剣を用い全方位から上手く立ち回っていた。



「相手はたった一人だ! 押し込め!!」


「だったらこういう芸はどうだ」



 飛剣を握り締め大木を足場としてまさに葵の『壁走り』と同様の行為をして垂直に駆け上り一回転して跳ぶ。

 空中で翻ったアレンは呆気に取られ口をぽかんと開いて間抜け顔を晒す兵士たちの顔を認識しながら、円形に配置されている彼らの頭上を飛び越し背後に回ってまた暴れ出した。

 普段から訓練をしている彼らだが、その想定相手は人間かもしくはよく出没する魔物ぐらいで、こうしたトリッキーな相手との戦いは慣れていなかった。

 だからたった一人なのに手が付けられない。



「くそ、まさか天恵使いか!? 聞いてないぞ!」



 さすがに一日前に他所の町どころか違う国のランク4の天恵使いが参加を決めたということは情報で伝わるはずがなかった。

 動揺が蔓延する集団にアレンは潜り込むように穴を開けていく。

 


「そりゃ昨日着いたばかりで言ってないからな! まぁ冒険者ってのは金はもらうが、とどのつまり弱い者の味方みたいなもんだ。今回だっていつも通りってことさ」


「ぼ、冒険者だと!? アジャフ様に逆らってやっていけると思っているのか!」


「悪いが俺はここの国で活動してはいないんでね。お生憎様ってやつだ」



 飛剣が剣を構えていた兵士たちに激突し吹き飛ばす。

 全開で使えば壁を壊す威力のある攻撃だ。

 ただの人間に耐えられるはずがない。



「な、なら本体を狙え! そっちは無防備だ!」


「どこが無防備だって? そらよ!」



 レベルアップを果たしているアレンの戦闘能力は高い。

 繰り出す剣撃は重く速く、ここに送り出されているのは選りすぐられた精兵であろうに一対一程度であれば圧倒している。


 兵士の一人は繰り出した剣が空振ったと思ったら視界が反転して自分の目を疑った。

 まるで吸い寄せられるかのごとくアレンの足元へと転倒してしまったのだ。

 葵から自分の体を通して学んでいる体術の一つだった。


 けれど兵士側もなかなか致命傷たり得ない。

 密集は彼らのお手の物で、アレンにプレッシャーを掛け続けそのために瓦解しきれないでいた。

 止まればその時点でお終い。全力で動き全開で剣を操るアレンも体力気力共にフルマラソンをしているかのごとく削られていっている。



「ここでの負けは許されないぞ!」



 指揮官の激励によって兵士たちの手にも力は入る。

 身を縮め守りの姿勢でなかなか崩させようとはしない。


 しかし兵士たちも内心ではかなり複雑な心境が渦巻いていた。

 大規模な戦争を経験したことがない兵士たちではあったが訓練に明け暮れ戦闘には自負があった。

 それがたかが十代、良くて二十そこそこ程度の若造にこうもしてやられるのかと。

 持って生まれた天恵という才能に嫉妬し、この人数差であっても怯まない勇気を妬み、感情の波がひどく大荒れ嵐のように揺れていた。


 アレンは飛剣を持ち、切り結ぶ相手の胸元を蹴って後方に大きくジャンプすると同時に空から使っていた剣を投擲させる。

 


「ぐあっ!」



 剣でガードしようとした兵士ごと弾く。

 しかしそれを見て指揮官の顔色が変わった。

 


「よし、今だ!! 剣を手放したぞ!」



 殺到する兵士たち。

 降りてきたところを一網打尽にするため興奮して自分を睨み付けてくる彼らに向かって上空からアレンが見下ろし不敵に笑う。



「残念! 何本でも操れるんだよ!」



 もはやただの剣だと見捨てられ地面に転がっていたそれが途端に始動し、兵士たちを背後から襲った。

 完全に死角からの一撃に誰も反応ができない。

 


「があっ!! た、隊長すみません……」



 これは上手く不意が突けたようで数人が合戦から退場していく。

 大勢を率いたのにどんどんと数を減らされ部隊の隊長は歯ぎしりを抑えきれない。 



「槍を持て! 陣を構築しろ! 決して近寄らせるな!!」



 彼の出した打開策がこれだ。

 木に邪魔されて取り回しが難しい森での遭遇戦が予想されたので、用意した数は少ないがそれでも槍を携行させた者がいる。

 いかにアレンが素早く移動しようとも穂先をそちらに突きつけること自体は問題ない。

 それにやられたおかげで兵士たちの密集していた間隔も少し空いてきて使いやすくなっていた。

 長槍ではなくともその圧迫感はアレンに二の足を踏ませるには十分な効果があった。



「ちっ、こっからが本番ってわけだな。行くぞ!!」



 アレンが気合を入れ直し突貫する。


□ ■ □


 森の入り口は現在進行形で地形が変わろうとしていた。

 木がどんどんと容赦なくなぎ倒されていき、上から見ればさぞ奇妙な光景が広がっていることだろう。


 兵士や獣人たちはその周囲で乱戦に突入していた。

 隠していた落とし穴や草むらの中に仕掛けた罠などを駆使し、辛うじてまだ持ち堪えている。

 


『―【玄武符】―土壁成山どへきせいざん


「はぁ? どこに出してんのさ。ほらほらもっと本気でやらないと死んじゃうよ!」


『せいっ!』



 絡繰師である名無しの使う鬼丸と、陰陽師の景保が呼び出した式神が互いにしのぎを削っていた。


 しかし両者は決して公平でない。

 まず玄武には自身をサポートしてくれる陰陽師がここから遠く離れた場所にいる。多大な負担を玄武に強いているのは間違いがない。

 それに対し絡繰機巧で稼働する鬼丸はパーツによる制限が解除され、魔改造と言われてもおかしくないほど強化がされていた。

 名無し曰く、レベル百のプレイヤーに匹敵すらするほどに。おかげで玄武の膂力を優に超える攻撃を苦もなくひねり出してくる。


 腰を捻らせ玄武は間合いを一歩半詰める。

 それによって生まれるは烈風の突き。

 岩石を割り、滑空する燕をも捉える正確無比な一撃。

 生半可なものではそれを避けることも受け止めることはできやしない。

 だというのに鉄の鬼武者は刀でそれを真っ向から捌き、喉を突くはずの穂先は空を貫く。

 

 ――しまった


 と思うのはもう遅い。

 すでに刀が彼女の整った顔に迫っていた。

 

 玄武は冷や汗を掻きながら頭を引っ込めるとそれをやり過ごし、健常な足を交差してバネのように回転斬りを浴びせる。

 鬼武者は瞬時に間合いを見抜き半歩踏み込み、腕で槍の柄の部分が当たるようにして致命傷を回避しつつ前蹴りで彼女を蹴飛ばした。


 一際大きな木に背中を打った玄武に豪腕から一刀が振るわれる。

 あまりの速さに風鳴りが生じ彼女の心臓をきゅっと締め上げ、咄嗟に構えた盾に波紋が滑り後ろにあった大木をケーキのように両断した。

 もう何度目だろうか。ずずずと綺麗な断面から木がまた倒れていき葉が盛大に散っていく。



「よく動くねぇ。亀は遅いんじゃなかったっけ? これじゃあ詐欺だよ」


『動物と拙を同じで考えているところが浅はかだな』


「はっは、言うねぇ言うねぇ! 鬼丸、もっと遊んで差し上げろ!!」



 常人では目にも止まらない速度で斬撃が立て続けにやってくる。

 それを重さを感じさせない動きをし、玄武が大盾で弾き反らす。

 


「おかしいなぁ。こんなに粘られるはずがないんだけど。お前もチートされてんの?」


『小人は自分よりもすぐに他人のせいにしたがる。これは拙が鍛錬によって磨き研鑽の上に出来上がった技術によるものだ』


「……だんだんムカついてきたよ。やっちゃいな鬼丸!」


 

 長身の玄武すらも超える鬼武者が大上段から踏み込む。

 玄武は大盾の底を地面に刺し、肩で裏側を支えそれで受け流した。

 

 ステータス差は依然ある。

 けれどそれを彼女は土蜘蛛姫の猛攻すら凌ぎ切った洗練された技術と、パッシブスキルである『自動回復』で辛うじて補い堪えていた。

 ただやはりその顔には苦渋が満ちている。

 土蜘蛛姫の単なる大雑把な攻撃と違い、絡繰にはシンプルながらも技の片鱗が見えていたからだ。


 だから今のも――



『ぐはっ!』



 重そうな装備の玄武が軽々と吹っ飛ぶ。

 絡繰武者が刃を防がれた後にそのまま盾にショルダータックルを敢行したのだ。

 それにより上からの攻撃に備えていた玄武が真正面からの衝突によって耐えきれなくなった。



「どうだ、そっちと違って出来がいいだろう? こっちの世界じゃ陰陽師なんて外れもいいとこじゃん。あー、絡繰師で良かった。僕がもし陰陽師だったら情けなくてヘコんじゃうね。最弱のクソ雑魚ナメクジ職だ」


『当たりとか外れとかよく囀る。自分で良いと思って選んだ道だろう。そこに序列も優劣も無い』


「それがあるんだなぁ。無いっていうのは負け惜しみってやつだよ。身に沁みて分かってんじゃないの?」


「ならば今からそれを証明すればいいだけだろう?」


「質問を質問で返してんなよ! やれ!」



 名無しの命令を受けた鬼武者が甲冑の音を立て猛然と銀の軌跡を作っていく。

 荒々しくもそれは一種の芸術とすら言えるほどの剣筋。

 しかしながら食らう方はたまったものではない。幾筋もの煌めきを、前髪を短くカットした髪を揺らし玄武は受け続ける。

 

 もちろん槍も使って反撃を試みている。

 だが鈍重な巨体に見えて鬼武者は機敏なのだ。

 名無しは防御重視でビルドしているがそれでもステータスでは敏捷値どころか全てが上。

 数値の上では勝てる要素は一片たりとも入り込む隙間はない。 


 牽制する槍を鬼武者は冷徹に跳ね上げ打突を入れ込む。

 それを玄武は膝を曲げ低姿勢から凶刃を顔の傍で見送りシールドバッシュを叩き込んだ。

 けれど――



「はっはぁ! 効かないって言ったよね!」



 鬼武者は頑然としてそれに耐えた。

 さらに密着状態で刀が触れないそいつはあろうことか刀の柄を握ったまま玄武の横っ面を殴った。

 女性だろうと当然お構いなし。端正な顔立ちが歪み一瞬意識が飛びそうなほどの容赦の無いフルスウィング。

 ゴロゴロと無様に地面を転がり滑る。

 

 だが玄武は倒れたまま停滞することを良しとしない。諦めない。  

 骨が軋み内臓が悲鳴を上げ、顔面が変形しそうな打撃を受け、なお戦意は陰らない。


 槍を杖にして苦しそうに立ち上がる。



『こ、これしきのことで……拙を倒せると思わないことだな!』

 

 

 なおも啖呵を切った。

 

 タンク職は敵の攻撃に常に晒され続ける。

 肉を切り裂く鋭利な爪も、体中を穴だらけにしそうな矢も、臓腑まで焦がし尽くされそうな業火からも、どんな攻撃も自分が退けば味方に被害が被るのだ。

 痛みに慣れるわけではない。でも我慢は重ねられる。

 だから常に恐怖と立ち向かい、一歩一歩前進をしていく。そこに勝利があると信じて。



「……! いいねぇいいねぇ! そういうやせ我慢って見てる方は好きだよ! 限界まで追い詰めて本性を暴いてやるよ」



 ぞくぞくと嗜虐心で興奮し、悪魔的な笑みを深める名無し。

 その耳元に後ろから村人の悲鳴が舞い込んでくる。



『―【玄武符】―土壁成山どへきせいざん



 まただ。

 また玄武が無駄な術を使った。

 特に鬼武者からの攻撃を防ぐためではない。どこか適当なところに壁を形成していた。


 不思議に思って名無しは玄武の目線を辿り振り返る。

 そこには兵士にやられそうになっている獣人たちとの間に土壁が出来上がっていた。

 尻もちをついている獣人たちはその壁のおかげで辛くも窮地を脱し、再び戦いへと身を投じていく。



「は? はぁ? はあああああああああああああ? どういうことだよ、一体!? もしかして鬼丸に負けているくせに他の獣人たちの気遣いまでしてたっていうのか!?」


『当たり前だ。仲間を守るのが拙の役目。それが生き様』


「屈辱だ屈辱だ屈辱だ! こんな恥辱初めてだ!! 僕を見ろ、玄武!! お前の相手は僕だろ!!!」



 名無しが自分の服を千切れんばかりに引っ張り激昂する。

 今までの侮蔑に満ちた尊大な態度が鳴りを潜め、感情を顕に出した。

 それは彼の中にあったトラウマを想起させるものだったからだ。


□ ■ □


 名無し――『竜崎優也りゅうざきゆうや』が捻れたのは中学に入ってからだった。

 小学生まではどちらかというと正義感が強い子で、同じく正義感の強い幼馴染の少女――『須藤千晴すどうちはる』までいた。

 プラモが好きなぐらいでどこにでもいる普通の小学生、それが竜崎優也だ。


 彼が変わったきっかけはちょうど中学生になった時分にセキュリティを解除されハマった携帯のインターネット。

 最初は何気ない悪意のある書き込みなどを見つけると反論したり、おかしなことを書いているブログなどに注意喚起するようなものから始まる。

 そのうちにどんどんとエスカレートしていき、SNSなどのいわゆる『ネットいじめ』に加担していくようになったのは皮肉なことだろう。

 

 誰かを匿名で叩き悦に入る。

 仲間は多く、発言は何でも肯定してもらえ、自分が簡単に正義のヒーローにでもなった気分になれた。

 こいつが悪いと決めつけ些細なあげ足取りをしてはその人物の素性や背景などを省みることはせず、ただ自分の都合の良いように解釈し、間違った情報を鵜呑みにして仮に自分が悪かった場合でも反省など一切しない。

 注意やたしなめられても自分が大勢の側にいると錯覚し、まともに受け取ろうともしなかった。

 相手の気持ちどころかそこに血の通った人物がいるということすら想像できないようになっていく。

 彼のちっぽけな正義感は『独善』へと成り果てるのにそう時間は掛からなかった。


 もちろんそんなのはまやかしだ。

 良い反応をされれば嬉しくなって悪い反応をされれば不快になる普通の人間がネットの向こう側には当たり前に存在しているし、叩いている人間はそこに書き込まない無関心の数や応援している数からすれば極少数。

 しかし彼にとってそこはぬるま湯の如く気持ちが良い世界だった。


 ある日、彼は同じクラスの女子が男子に告白しているのを帰りがけに公園で目撃してしまう。

 あろうことかその現場を写真に撮ってSNSに上げてしまった。

 もはやして良いことと悪い事の区別が付かなくなってきていたのだ。

 

 自分ではスクープをものにした気分だが、当人たちからすれば非常に不愉快極まりないものでしかない。

 


「お前、どうしてあんなことしたんだ!」


「はぁ? 公共の場で僕が何を撮ろうと勝手だろう? 嫌なら人の目が無いところでやれば良かったんじゃないの? そんなことでいちいちムキになるなよ」


「人の気持を考えろって言ってんだよ!!」


「気持ちねぇ。だったら付き合ってあげれば良かったんだよ。断った君がそんなこと言う資格あるのかな?」


「この野郎!!」



 告白された男子に詰問された返答がこんな最低のものだった。

 彼はあまりの怒りに竜崎を殴ってしまう。



「な、殴ったな。問題にしてやる!!」



 そこまでされたのに竜崎の性根は変わらなかった。

 それをSNSまで使い警察と学園に大騒ぎするように報告し、殴った彼は停学になり、責任を感じ告白した女子は未遂に終わったが家で手首をリストカット自殺するところまで発展してしまう最悪の一歩手前の結果まで招くこととなる。



「優也! これがお前のやりたかったことか? 責任を取れ!! 二人に心からのお詫びをしろ!!」



 何年も近くで見ていたはずの幼馴染の千春がそこまで怒った顔を竜崎は見たことがなかった。

 けれど意固地になった彼には届かない。



「嫌だね! 自殺未遂も傷害もあいつらが勝手にやったことだろ!! なんで僕が謝らないといけないんだよ! むしろ被害者は僕だ」


「まだ言うか!」



 正義感の強い真っ直ぐで折れない千春のことは幼い時から知っている。

 人の目を逸らさずにじっと見つめて話す彼女は清廉潔白でみんなから信頼されているクラスの人気者だ。

 竜崎も似たようなものを感じており、人付き合いの得意でない彼も気を許せる人物の一人だった。


 その日も沸騰したヤカンのように非を認めろと見つめてきた。

 ところが法律的には竜崎は被害者。もちろんSNSで写真をアップしたこと自体は咎められることかもしれないが、それでも注意ぐらいのものだ。

 だから彼はそれを盾に意識を改める気は無かった。



「だって全て事実だろ? 公園で告白していたのも振られたのも、あいつが無抵抗の僕に殴りかかってきたのも、勝手に自殺しようとしたのも。そんなことで怒らずに上手い対応の仕方はいくらでもあったんじゃないかなぁ? ネットのやつらも似たようなこと言ってるよ?」


「お前ッ!! ……昔はそんなんじゃなかった、一体いつからそんなに歪んでしまったんだ?」


「いつから? 前からこんなもんだよ。とにかく僕は悪くないんだ。千春もそう思うだろ?」


「そんなはずはない! お前は……昔のお前ならこんなことはしなかった!!」


「どうかな。案外、千春が勝手に思っているだけかもしれないぜ?」


「ッ! ……もう……もう私の言う言葉すら届かないのか。……不甲斐ないな。私はこれ以上……お前に何も言うことがない。……好きにしろ」



 拍子抜けだった。

 もっと話すことがあるのかと思いきや、彼女はすぐに話しを打ち切って行ってしまう。

 困惑しながらも、むしろお説教が早く終わったことにこんなものかと竜崎は深く考えようともしなかった。


 彼女が涙ぐんでいたことにすら気付かずに。



「――な、なんだこれは!?」



 少しして自分のSNSがニュース記事に取り上げられ、壮絶な批判コメントの嵐が書き込まれていた。

 いわゆる炎上だ。

 今までは自分がそっち側だったが、初めて自分が燃やされる側に立った。


 撮った写真の情報から住んでいる地域が特定され、何気ない呟きから学園や名前まで晒される。

 あまりにも恐ろしかった。さながら誰かに見張られお前は社会のゴミだと大勢の人から後ろ指を差されている気分にさせられる。

 どれだけ反論しようとも論点が合わない返しばかりでまともに議論をする人間などおらず、労力と時間の無駄遣い。

 心無い責任を持たない自分勝手な言い分にストレスが溜まる一方だった。


 

「どうしてこんなことになった!?」



 最初は肯定していたやつらも手の平を返したかのように自分をクズ扱いしていた。

 調べると今回の経緯について書き込みをしているやつがいた。

 竜崎は自分に落ち度が無いように多少の脚色を混ぜつつSNSに載せていたこともあって、嘘吐きのレッテルを貼られ、今までのことや人格すらも全てを否定されていた。



「おい、お前らの誰かだろ! どうしてくれるんだ!!」



 学園に行き、同じクラスのおそらくこいつらの誰かというところまで特定して詰め寄る。

 しかしながら彼らは自分のことを見ずに無視をした。

 それどころかこちらのことを携帯のカメラで撮ろうとする始末。

 他の生徒もそうだ。竜崎と話そうともしないし目を合わせようともしない。

 


「おい千春、これはどうなってるんだよ!?」



 正義感の強い千春であるならば、このような子供染みたイジメを見逃さないだろう。

 そう思って話し掛けたのに――



「……」



 彼女はもうその瞳で竜崎を見なかった。



 ――僕を無視するな! 認めろ! 肯定しろ!



 どれだけ声高に叫んでもそれは変わらない。

 期待は裏切られた。絶望だ。そこまでやられてようやく鈍感な彼は唯一の味方すらも失ったことに気付いた。


 その数日後から――彼は不登校となる。


 竜崎の言い分からすればクラスメイトたちは何もしていない。

 勝手に彼は学園に登校しなくなっただけ。

 まさしく自身の言い分通りでしかなかった。


 ちっぽけなプライドを守るため日がな一日部屋に籠もる彼は結局、反省はしていない。

 千春たちも報復をしただけで、この仕返しによって彼に何が悪かったのか悟って欲しいという想いはあるものの、筋道立てて理解させるまでには至っていなかった。

 しょせんどちらもまだ中学生の子供だ。だから両者の溝は深まり余計に頑固になっていく。


 SNSは止めたが竜崎は大和伝などのゲームはプレイしており、そこの掲示板を多少荒らすぐらいで留まっていた彼はついに異世界にやって来た。

 これで過去の清算ができたと喜んでいたし、好き放題にやれる力があったのも朗報。

 ブリッツと出会い戦争を起こすという話を聞いて面白そうだとも思った。

 そして葵や景保たちを仲間に引き入れる計画にも乗る。


 そこで景保に召喚された玄武を見て驚いた。

 彼女の顔立ちや双眸が千春によく似ていたのだ。特にその人の目をしっかりと見つめて話す様が。

 だから竜崎は玄武に歪んだ執着をした。他人の空似であるのは理解していても、自分を裏切った女を重ねて再び見てもらえるように。


□ ■ □


『個と個の争いなどに興味は無い。この戦いの行く末にのみ拙は焦点を置いている』


「僕を無視するなと言ってるんだぁ! もういい。お前の自動回復のスキルに合わせてじわじわと嬲ってやったがもっときついのを食らわせてやるよ」



 絡繰師は鬼丸のような戦闘型の絡繰人形を使って直接バトルするだけの職業ではない。

 元々は自分の作り出したアイテムや補助用の絡繰を用い様々なサポートをするのが強みだ。



「―【絡繰術】―エレキテル童子」



 名無しが小さな四つの金髪の人形を取り出した。

 それには虫の羽のような透明なものが付いており、忙しなくバタつかせ宙に浮かんでいる。

 


「そいつに地獄の苦しみを与えてやれ!」



 人形たちは命令と同時に帯電し始め、玄武の周りを飛び出すとそこから雷を放出した。



『がああああああ!!!』


【ステート異常:麻痺】レジスト抵抗失敗



 ダメージ自体はそこまで高くない。

 この人形の恐ろしいところは付加される高確率の状態異常の麻痺だ。

 電気に肌を焼かれた玄武が痛みに喘ぎ、自分の手足に命令が上手く送れずについに槍と大盾を手放した。

 


「あはははは!! さぁお次はこれだ! ありとあらゆる毒生物から抽出した『百毒瓶ひゃくどくびん』」



 麻痺で抵抗できない玄武に濃い紫紺の劇薬が頭からばら撒かれた。

 露出している肌にべっとりと付いた液体は即座に肌に染み込み、痣みたいにしこりが残ってそこから煙が噴き出してくる。

 これも絡繰師の生産能力で生み出したものだ。あちらでは有り触れていても、こっちの世界では薬や魔術によって治す手段が無いほどの最凶の毒。

 


『ぐあああ……ぐうううぅぅ!!』


【ステート異常:猛毒】レジスト抵抗失敗



 体の内側から蝕まれ腐る毒液に玄武のHPは自身が持つ自動回復スキルの許容範囲を越えてどんどんと削られていく。

 そして体の内外を掻き毟られるような異常に自由に体を動かせない玄武の顔を名無しが石ころのごとく自身の草履で踏む。

 

 あまりにも非道な行為。

 女の顔を足蹴にするという誰もが嫌悪を抱きそうな行動だが、ここでは強者こそが絶対だ。

 弱い者は強い者になにをされても文句は言えない。



「はっはぁ! 行く末だって? 今この瞬間すらも抗いきれないお前がよくほざいたな玄武! さぁ、僕を見て謝れ!」 


『げ、―【玄武符】―土壁成山どへきせいざん



 もはや死に体だ。

 痺れのせいで盾を構え槍を握る力すら残っていない。しかも刻一刻と毒が体を冒し命を縮めようと悶えさせてくる。

 血管が凝縮を始め熱を帯びた肌は焼けるように熱く、指一本動かすのですら一苦労。

 だというのに玄武はまた視界に映る獣人を助けようとした。

 彼の苛立ちは頂点を突破する。



「…………そう。それがお前の答えか玄武。ただのNPCにここまでコケにされるなんてね……」



 長い沈黙の後、津波がくる前触れのように名無しは俯きぼそぼそと静かに呟いた。

 そして令が下る。



「鬼丸ぅぅ!! その素っ首を掻っ切れぇ!!!」



 巨漢の鬼武者が大刀を振りかざし、真上から玄武に向かって振り下ろした。

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