3章 12話 裏技

『さて、ルールのおさらいをするぞ。勝負はフラッグ戦。お互いに相手の巻物を奪取して十秒保持すれば勝ちだ。フレンドリーファイア同士討ちは有り。回復アイテムは禁止。時間制限は三時間だ。時間切れの場合は数が多い方が勝つ。制限範囲はシャンカラとそっちの村を直径で線で結んだ円内となる。巻物は各々の拠点と定められたシャンカラの街と森の範囲外には持ち出せない。死んだ場合はフィールドから弾き出されるという仕様だ。質問はあるか?』


『質問というか報酬について確認させて欲しいです。そっちが勝ったら『世界征服するまで仲間になる』でいいんですかね?』


『そうだ。そしてそっちは『悪事をしないこと』。これは俺らプレイヤーにしか効かず、アジャフには無効となるがそれでいいんだな?』


『えぇみんなで考えたのがそれです。アジャフにはこれが終わった後にもう二度と変な気を起こさないように脅しと牽制はさせてもらいます。呑めますよね?』


『もちろん。勝つのはこっちだからな』


『いえこちらですよ』


『ははははは!』


『ふふふふふ!』



 ブリッツと景保の通信による男同士の気持ち悪い意地がぶつかり合う。

 どちらも平気な顔をしているが額に青筋が出ていそうな会話劇だった。

 大人数の果し合いをするときは専用のビデオチャットができるようになっており、彼らはそれを使って会話をしている。


 さらに今までの果し合いとは違い、この合戦の新しい追加要素としては参加メンバーの名前のリストも見ることができ、ブリッツ側はキッチリ二百人で揃えその構成のほぼ九割がアジャフの兵士からの精兵で固めていた。

 対して葵側はアレンたちが入ってくれてようやく五十人。

 獣人たちは人間よりも身体能力が高いと言ってもしょせんは村人と職業軍人では差がある。

 どこまで食らいつけるかというところが問題だろうか。


 いや一番の争点はやはりプレイヤー側に懸かっている。

 仮に葵とブリッツ、景保と名無しのマッチングをするとすれば、やはり自由に行き来できるジロウの存在が何よりのアドバンテージだった。



『――じゃあ始めるぜ!』



 お互いに勝利報酬を確認し合った後に開始ボタンを押すと法螺貝を吹く音がプレイヤーたちに響き渡る。

 それが数秒続くと『合戦開始!』というログが流れプレイヤーや参加する戦士たちがワープしていった。

 フラッグ戦ではスタート時に限り、円内の半分、つまり自分たちがいる面積であればどこへでも移動させることができ、それを利用してのショートカットだった。


 一瞬で消えて行く兵士と名無したちを尻目に、ブリッツはぽかんと大口を開けているアジャフや他の者たちのリアクションが可笑しくて失笑した。

 予め聞いていても目の前で人が消えるという珍事はさすがに驚いたらしい。

 人の上に立ちそれを当たり前だと思って顧みないことに慣れている尊大な人間の呆気に取られる姿に、ブリッツは笑いを誘われたのだ。


 ――おっといけないいけない。睨まれちまった。


 ナギルだけが目聡くブリッツのそうしたふいに出たものに気付いていたので、彼はすかさず口元を正した。



「で、どう出ると思う?」


 

 ブリッツの横にいるジロウが腕を組み表示されるマップに目をやりながら雑談混じりに質問する。



「……そうだな。俺があっちなら二択だろうな。巻物を村人に預けて速攻で二人掛かりでここに攻め入るか。支援職の陰陽師である景保を守りに残してスピード系アタッカーの忍者の葵が攻める。まず守りには入らないな。総力戦で勝てるはずがない。ゲームと違って罠を仕掛けたりできるメリットはあるが俺らなら蹴散らすだけだ」


「大体、同意見だ。だからこそこちらが兵士もプレイヤーも三枚固めて籠もるのが定石だと思うがな」


「そうは言ってもそれじゃスポンサーが許してくれないんだよな。モニターで見せろって。それに名無し自身が一番張り切ってる。やらせるしかないだろ」



 モニターとは合戦を行う際に戦いが発生するとランダムで映る画面のことだ。

 プレイヤーであればウィンドウから呼び出せる。

 さらにそれは合戦に参加している者ならばプレイヤー以外の人間でも視認できるようになっていて、今回アジャフや他の領主たちもそのモニターを見たいがために参戦する運びとなっていた。


 ブリッツ側の最も固い策はジロウが皮肉混じりに言うように単に拠点を固めるだけのもの。

 元々人数差で奇をてらう必要もなく勝てるのだ。相手が焦れてやってきたところを叩くのが最も勝率が高くなる。

 それは彼も分かってはいる。

 しかしアジャフが目の前で戦うのではなく、珍しいモニターを頑なに使うことを強要してきたせいでそれは叶わなかった。

 有利は変わらないこともあり、ブリッツは少々後悔しながらもついには押し切られて名無しを送り出すことになってしまう。


 ――ご機嫌取りに見せるんじゃなかったぜ……。

 

 完全に物見遊山の三人はブリッツが出した最大化した五十インチサイズのまだ真っ黒な画面のモニターを食い入るように見つめており、「はぁ」と彼はため息を吐く。



「あっちのアドバンテージは忍者の速度くらいだ。シャンカラから森まで一般人なら歩いて五時間ってところだが、忍者ならワープで半分距離を稼げば十分もあればじゅうぶん到着することは可能だ。だから爺さん気は抜かないでくれよ」


「それは大丈夫だが、まずは突出したこちらの戦力を二人掛かりで潰すというのもありそうじゃないか?」


「あー、あるかもな。最悪、こっちの出した兵士は全滅するかもしれないな。けど名無しなら忍者と陰陽師相手なら『あれ』があるから逃げられるだろ。それに仮に出した兵士がいなくなったとしてもまだこっちが数で勝てるのは変わらない」



 最終的にアジャフの意向に沿ったのはそれが理由だ。

 ただ彼としても初めてのこの大掛かりな戦いに多少の高揚感を覚えていた。



「けっこう楽しんでいるんだな?」


「そりゃそうだよ爺さん。初めての合戦もそうだが、俺はこっちに来てから楽しくて仕方がないんだ」


「あっちで嫌なことでもあったのか?」



 その言葉に少しだけブリッツの眉が曇る。



「……爺さん、お互いに詮索するのは無しといこうじゃないか。俺は爺さんが仲間になりたいって自分から言ってきたときも特に腹を探ろうとはしなかったぜ?」


「そうだな。そいつは悪かった」



 そこに名無しからビデオチャットによる通信が入った。

 その景色は横に流れていて移動中だということが窺える。



『今、兵士たちと森に向かってる。特に変わったことはないよ』



 名無しは現在、他の兵士百五十名と森へ向かって進軍していた。

 ただしただの歩きでは時間が掛かる。そこで思いついたのがワープ地点に予め人数分の馬を備えておくこと。

 それによって移動や探索の時間が大幅に短縮できて意表も突けると考えた。

 合戦に参加していない兵士を使ってはいけないというルールは無く、使えるものは使えというスタンスだ。

 小狡いと言えばそれまでだが、財力と権力をふんだんに用いた作戦で、システム上は特に問題はなく作戦の一部として進行している。

 

 他にも名無しは森に最初から伏兵でも忍ばせておけばいいと言い出したが、もし怪我でもされると本来の目的である戦争に向けて戦力が損なわれる恐れがあったために、直接的な戦闘はやられても合戦終了後に全回復する参加している者だけになっていた。  


 しばらく辺りを窺いながらブリッツや名無したちの雑談が続くと、最初の巻物がある地点の情報が開示される。

 プレイヤーたちの目にのみ映るマップに光点ができたのがそれだ。



「ほう、村よりは離れた森の中だな。ということは予定通りこのまま名無しを進ませるか」


「村人たちに巻物を渡していても、あいつらのうちどちらかが持っていても続行でいいだろう。爺さんはどう読む?」



 数秒、ジロウは思案し口を開く。



「そうさな……さっき二人で速攻の可能性があると言ったのは言ったがやはり考えにくいな。あちらの視点になれば森にプレイヤーがいなければ、名無し一人で村人五十人を相手しても一分もあれば奪える。そんなリスキーな作戦はせんだろう。だから陰陽師が森で守り忍者が攻め、そんなところじゃないか」


「まぁそんなとこに落ち着くだろうな。俺たちを倒さなくても巻物を十秒奪えばいいだけだ。と言ってもそれだってじゅうぶんに賭けだがな。いくら忍者の素早さに期待したとしても、プレイヤー二人を相手取って巻物を掠め取るなんて俺でも無理だぜ」



 そうして合戦開始から三十分が過ぎ、さすがにアジャフたちも何も映らない画面に飽きが来始めていた頃、ようやく色が付き始めた。



「会敵だぁ! はははっ! いきなり罠とは獣人もやるじゃん! せいぜい楽しませてくれよ!」


 

 そこに映るのは木々で溢れる森と名無しと兵士たち。

 片道五時間の距離をワープで半分短縮したとしてもたった三十分で辿り着く快挙を成し遂げていた。

 


「うわあぁぁぁ!!」


「わ、罠だ!!」



 戦闘はすでに始まっている。

 森に足を踏み入れた瞬間、兵士たちに仕掛け矢や落とし穴などが襲い掛かり、ダメ押しとばかりに木陰に隠れていた獣人たちの弓による一斉射撃が降り注いだ。

 というのも名無しが急かせて無理やり先導させたからでもある。

 鉱山のカナリアのように、前を歩かせて敵がいるかどうか罠があるかどうかを判断したのだ。


 森の入り口近くで奇襲を仕掛けてくるのは予想の範囲内にはあったが、もっと奥深くか、もしくはもっと陣地として相性の良い場所に巻物を所持する人間を置いてそこで徹底抗戦するのだろうという方が意識として強かったためにこの最初の攻撃は受けてしまう結果になる。

 哀れ兵士たちの一部が開幕にそれでやられていった。



「な、名無し様! どう致しますか!?」


「応戦だよ応戦! 頑張ってくれたまえよ。僕はピンチになったら出てやるからさ」


「了解致しました。――臆するな、しょせんただの村人だ! 隊列を組み直せ! ゲリラ戦は慌てた方が負ける。数の上では向こうは寡兵に過ぎないんだ!」



 指揮官の激に浮ついていた兵士たちに冷静さが戻っていく。

 すでに弓を撃った者の場所は把握している。

 事前に森の中での戦闘が予想されたのですぐさま三人一組で一小隊として訓練を積ませた兵士たちを放った。



「こっちも三人一組だ! 行くぞ!」


「おお!」



 獣人たちも勢いづいた。

 現役時代に使っていたという装備を引っ張り出した村長の指示に従って吠える。


 彼らの暮らしている森は魔物も生息しており、冒険者並に戦える者も幾人かはいるのだ。

 その人物たちを頼りにして組を作った。


 普段は小動物たちの息遣いや風の奏でる葉ずれの音やぐらいしか聞こえない深緑のほとりで、大勢の足音が一斉に木霊する。


 そして激突はそこらかしこで起こった。


 獣人の村人たちが武装した兵士と戦闘を開始する。

 しかし両者の装備は歴然だった。

 兵士たちは気温の高い風土に合わせた比較的軽装の部類ではあったが、それでも手足にはプロテクターが巻かれ武器も手入れされている。

 けれどいきなり二日後に戦いが始まると聞かされた村人たちには全員分の武具が用意できるはずもなかった。

 手には畑を耕す愛用のクワを持つものや、頭に鍋を乗せている者もいる。

 仮装大会と間違うような出で立ちだが顔は真剣そのもの。



「一般人の獣人なんかに負けるなぁ!」


「こっちには未来が掛かっているんだ! 負けられないぞ!」



 振りかぶったクワと剣がぶつかり火花が飛び散る。

 小気味良いとすら言える金属音の激音が一帯で響き始めた。

 衝突し合うのは両者の獲物だけではない。その立場も懸っていた。


 獣人側はこの戦いで負ければなし崩し的に村は接収され、金脈のある鉱山で奴隷として働かされるのは目に見えている。

 行き場を失うのだ。


 そして兵士側はブリッツが現れたことにより最近こそアジャフの機嫌は良いが、以前はすぐに部下に当たり散らすのが通例の暴君だった。

 おそらく負ければ参加した者は減俸で済むどころか、職を失ったり奴隷として扱われることも考えられた。

 どちらも負けられない戦いである。


 だが拮抗したと思ったのは数度の斬り合いまで。

 いくら力が通常の人間よりあろうとも、日々鍛錬をしている職業軍人に数すら圧倒されていて敵うはずがなかった。

 装備、練度、数、そのどれも埋められないものにより次々と劣勢を強いられていく。



「ぐあっ!」



 普段からあまり整備がされていない剣が折れ、一人の獣人が致命傷を食らい消失した。

 エリア外に飛ばされたとは聞かされているが、それを目の当たりにして獣人たちに動揺が走る。

 その隙を突いて兵士たちの勢いは活気づいた。



「やれぇ! 軍人としての意地を見せるのだ! 俺たちの手で歴史に名を刻むチャンスだ! この戦いをアジャフ様の世界統一の前哨戦として捧げろ!」



 指揮官は張り上げる声で部下たちを鼓舞する。

 


「がっ! くそ、このままじゃ!」



 最初こそ罠にはめられ威勢が良かったものの、堅実な戦い方が体に刻まれている兵士たちに付け入る隙が見当たらず若い獣人の男が弱音をもらす。

 そこへ――



『ここからは拙がお相手致す!』



 森の奥から玄武が大盾を構え槍を前にして突っ込んできた。

 まるでブルドーザーだ。

 しかも速度はその比ではない。


 突然の闖入者はただの兵士たちを盾でのショルダータックルで蹴散らし槍で薙ぎ払う。

 獣人たちを助けようとする豪快なその体捌きに、彼らは玩具のように次々と吹き飛ばされ木に打ち付けられたり地面に転がされ消えていった。



「す、すげぇな……」


「これなら勝てるぞ!! みんな気合を入れろ!」


「今までの恨みをここで返してやれ!」



 玄武という用心棒の破格の力に獣人たちは息巻き沸く。



「くっ、あれがファング様の言われていた女!?」

 


 その一方で眼前で仲間たちが一発で消滅するその規格外の膂力と突進力に兵士たちは目を見開く。

 玄武は槍を演舞のごとく振り回し、一振りごとに空気が切り裂かれるような唸りを上げ威嚇する。



『拙は玄武! 万夫不当の守りをとくとごろうじろ! 通りたければ拙を踏み越えて行くが宜しかろう!』



 よく通る声と登場したときのインパクトが強すぎたせいで兵士は唖然として固まり、名無しに助けを求めるよう視線を送った。



「な、名無し様!」


「あははは! やっぱり君かぁ! 標本にし損なった続きをここでしたくなったのかい?」



 予め獣人以外の見慣れない服を着た相手が出てきたら名無しに頼れという指示を指揮官は受けていた。

 その名無しが高笑いをして玄武を出迎える哄笑をするのを見て驚く。

 彼からすると名無しはあまり面識は無いが、宮殿では基本大人しくたまに口を開くと皮肉ばかり口にするという暗く陰湿な印象があって、こんなに笑っている彼を見たことがなかったのだ。

 


『あそこでは満足に槍が振るえなかったがあの時の借りを今、返させてもらおう!』


「負け惜しみもそこまでいくと清々しいね。いいね、弱いやつはよく吠えるっていうのは本当だ。いいだろうすぐに証明させてやる。出ろ『鬼丸』!」



 名無しの呼びかけにより再びあの日の再来とばかりに鬼の般若面をした巨漢の侍が出現した。



『自慢の豪槍、あれで見切ったと思うなよ?』


「ふん、泣いて媚びを売って命乞いするまでイジメてやるよ!」



 鬼武者が玄武にその一刀を持って両断せしめようと踏み出し、玄武は自らの優位であるリーチの長さを活かして迎え撃つ。

 今までで最も重厚な金属音が森中に轟いた。



『さぁお前の相手は拙だ。存分に死合おうぞ!!』


「君がいるっていうことは陰陽師も近くに隠れているね。ひょっとしたらあいつが巻物を持っているのかな? ブリッツ見ているかい? この段階で忍者が出て来ないってことはあいつはそっちへ向かったよ! よもや二対一で負けるなんて僕は許さないからね!」



 もしここに葵と景保二人揃っているならプレイヤーが名無し一人だけでこの森に出張っている絶好のチャンスを逃すはずがない。

 それが唯一の勝ち筋なのだ。

 だから出て来ないということは葵はシャンカラへ向かっていて、景保は何を企んでいるのかは分からないが近くにいると名無しは考えた。


 あらぬ方向へ声を出しその情報を通信を通じてブリッツに届けたのだが――



□ ■ □


「――と、今頃は考え出しているだろうね」



 景保さんが玄武と鬼丸が対峙するモニターを観覧しながらいつもより僅かに小声で言葉を口にした。



「でも玄武一人で本当に大丈夫かしら。それが心配です」


「彼女を信用しよう。性能の違いなんて僕は認めてはいない。だから今は僕たちができることをするんだ」


「分かりました」



 私たちは今、していた。

 景保さんの想定していた全てのパターンにおいてこれが一番ベストだと考えたからだ。

 玄武一人に獣人たちを守らせるというのは景保さんの策だった。

 かなり荷が重いがそこは託すしかなかった。 


 まずあっちが巻物を兵士に渡して三人で攻めてくるというアグレッシブなパターンはほぼ無いと思われるが、そうしたら速攻で終わらせればいい。


 逆にプレイヤー三人で拠点を固められた場合、これが一番やられて困った。突貫しかなく、その場合でもやはり二人で潜入以外あり得ない。


 相手が二人森へ向かった場合であれば、私たちも同じように開幕ダッシュをして拠点に残る一人を二人で攻めるしかない。その際は玄武がいるので厳しいが少しは時間が稼げるだろうという考え。


 その全部において守勢に回るよりは攻勢に出た方が分があるという結論に至ったのだ。


 今回のように玄武を信頼した上で森へ一人で来られるのはベストでは無いもののベターな展開。

 私としてはのこのことやってきたプレイヤーを二人掛かりで倒す案をチョイスしたかったんだけど、景保さん曰く「もしそのパターンがあるとすれば逃げられる奥の手を持っているはずだ。そうなるともう籠もられて勝てなくなる」と諭され現状の方法に落ち着いた。

 相手が合理的でない変な行動をした場合には必ず奥の手があるか裏があると思った方がいい、というのか彼の意見だ。

 

 ただ現状のパターンでもけっこう際どい。

 ただの二対二ではなく、式神のいない陰陽師ではどうしてもレベル百には値しない。そのハンデを背負ってどこまで粘れるのか。

 私一人よりはマシだけどそこは景保さんの頑張り次第になる。

 私がブリッツから巻物を奪うまでいかに景保さんがジロウさんを足止めできるか、そこに全てが懸かっているし、私もちゃんとブリッツから奪取できるかどうかそれが問題だ。

 でも綱渡りではあったけれど土蜘蛛姫のときにすでにそれは経験していて、このメンバーなら何とかやれてしまうんじゃないかという期待で今は気が昂ぶっている。


 一応、開幕突っ込まなかったのはもしプレイヤー三人と鉢合わせしたらその時点で詰んでしまうからだ。

 それにいつまで経っても何事も起きない場合は一度森へ取って返す算段もしていた。

 とにかくモニターで確かめてから動きたかったというのが理由だ。



「さぁ行くよ!」


「はい!」



 言って二人で道を駆ける。

 できれば奇襲がしたかったので屋根の上は無しだ。

 目的地は闘技場。そこに最初の光点があった。

 宮殿だと建物が破壊されたら困るのでそっちに拠点を移したんだろう。


 ちなみに始まる少し前に美歌ちゃんがギリギリ間に合った。

 この合戦への参加は拒否されているので近くで待機してもらっているが『頑張ってや!』と明るい応援をくれた。


 しばらく走るとすぐに闘技場が見えた。

 突如、キラリと外壁のてっぺんが光るのを視界の端で目にする。



「か、回避!」



 慌てて横にステップした。

 私たちの間を何かが際どく掠めてそれは地面に被弾し、刺さるではなく小さく路面がえぐれた。



「見つかっちゃった!」



 間違いない。【猟師】のジロウさんの狙撃だ。

 職業の中では唯一、お供キャラ並の索敵を持つ彼ならではの先制攻撃だった。


 呆けている暇はない。次弾が次々とやってくる。

 ヒュン、と空気の層すらも貫こうとする嫌な音がしてその度に激突した地面がひび割れボコボコに変形していく。

 一瞬でも立ち止まると蜂の巣どころかバラバラになる威力だ。

 風を貫通し猛烈に私たちを射殺そうと息巻く無慈悲で残酷な矢は、矢というよりはもはや砲弾。


 被害がやばくて街の人にちょっと申し訳ない。そんなの構ってる余裕ないんだけどね。



「バレた! もう奇襲は無理だ! このまま雪崩込もう!」


「了解!」



 雹のように頭上から落ちてくる必殺の矢を、建物を遮蔽物にして全速力で避ける。

 多少は街の人に配慮しているのか無闇矢鱈という感じじゃないけど、岩壁ぐらい簡単に破砕する矢にとって建物は身を隠すだけで障害物とは足り得ずにボロボロになっていく。

 今日の天気は晴れ時々隕石、っていうのが近い表現かもしれない。

 やがて切れ間に出て数日前に訪れた闘技場前に出た。

 

 するといきなり面食らった。

 なぜならあれだけ大通りで露天も立ち並び人が大勢賑わっていたここが今は閑散としていたからだ。

 たぶん、アジャフによって通行規制でもあったんだろうけど、すごく寂しいことになっている。



「足を止めずに突撃するよ!」


「分かってます! 先は任せて下さい!!」



 ぎゅんと加速しすでに通ったことのある道と通路を先導する。

 一瞬だけ屋内に入ったことで暗くなり、そしてぱっと明るくなって外に出た。



「よう、意外に遅かったな」



 二日ぶりに出会った浴びせられる第一声は、余裕綽々といった感じで手甲を嵌めた手をこちらに振ってくるブリッツと、弓を持ったジロウさんだ。

 ブリッツの武器は確か竜素材から鍛え上げられた逸品だ。残念ながら忍者は装備できないので詳しくは知らない。

 ジロウさんが手にしているのは『天鹿児弓あめのまかこゆみ』。綺麗なサンゴ礁がある海のような色の光沢がある弓で、かつて放蕩している神を連れ戻そうと派遣した雉をその弓と矢で撃ち抜いたもの。

 最終的にはその放った矢で自分が死ぬこととなった神殺しの装備だ。それでさっきまで狙撃してくれちゃっていた。


 和やかなムードとはいかず、自然と皮肉交じりの文句が口に出る。



「道が混んでてね。それとも待ちくたびれたんならお家に帰ってもらってもいいのよ?」


「はっ、それは出来かねる相談ってやつだ。しかし驚いたぜ。まさか玄武一人だけを置いて二人でこっちに来るとはよ。名無し相手に無謀じゃないのか? この世界で一番強化されているのはあいつかもしれないんだぜ」


「さてね。勝負はやってみないと分からないって言うじゃない。ステータスや数字だけが全てじゃないっていうことをこの世界で私は知ったわ」


「そうか、威勢良く吠えてな。その方がVIPの受けも良いってもんだ」



 ちらっと横目にブリッツがするとその方向にあるのは観覧席。

 そこにはアジャフや数十人の兵士、それにアジャフみたいな豪華な衣装を着た男たちがいた。

 飲み物が入ったグラスを片手にいい気なもんだ。



「で、どっちがどっちを相手するんだ? それぐらい選ばせてやるよ。ほら巻物はここにある。ただし俺から取れればだがな」



 ブリッツが巻物をふところに入れた。

 かなり深く格闘戦の合間に盗み取るっていうのは難しそうだ。



「当然、あんたの相手は私」


「僕はジロウさん。あなたです」



 そういうマッチアップだ。

 ぶっちゃけこれはどっちもどっちというか、そもそも本命であるブリッツを倒すか巻物を取らないと勝てないので私がやるしかない。



「そっちは楽そうで良かったな爺さん。代わって欲しいぐらいだぜ」


「足止めだけでも構わんのだろう?」


「いやちゃんと倒せよ!」


「言ってみたかっただけだ。気にするな」



 あっちが全然焦ってもいないのがムカつく。

 まぁ向こうとしては時間稼いでるだけでも勝てるもんね。

 


「とっとと決めるわ!」



 私は忍刀を二つ装備する。

 『風魔小太郎の忍殺刀』と『半蔵の隠刀』――どちらもとある忍びの頭領が愛用していたという伝説の忍刀。

 風魔の方はただの反りではなくその刃にはギザギザの切れ込み部分があって、切るというより刻むという禍々しい出で立ちをしている。さらにいくつもの血を吸ったのか紅く怪しい波紋が浮かび上がっていた。

 対して半蔵はなんの飾りすら無いただただシンプルなデザインで、しょぼい数打ち刀と間違うほど。だがそれゆえに実直さが感じられる。

 風魔は攻撃力アップ、HP吸収。半蔵は防御アップ、忍術アップなど各種ステータスの底上げもある代物だ。


 呼吸を整え冷静に相手を見据え一挙一投足を凝視する。

 瞬きの回数も自然と少なくなった。



「この合戦のおかげで抜けるようになったんだろ。感謝しろよ」


「ええ、お礼に勝ってあげるわ!」



 開幕のゴングは無し。一呼吸の間に両者の距離はゼロになった。

 繰り出すブリッツの二本の腕に嵌った手甲と私の横からの二刀が軋り合う。

 それも一瞬だけだ。すぐさま足元にもぐり込み下からすくい上げる斬撃をお見舞いする。

 


「ふっ!」



 ブリッツはバックステップで躱し、後ろ回し蹴りで対抗。

 私は上半身から倒れ込んで避けつつ地面に手を付き、その態勢で背面蹴り。

 咄嗟にガードされるもまだ攻撃のリズムは終わらない。

 指で地面を思いっきり掴んでクロスさせ回す。

 カポエラみたいな逆さ旋風脚だ。



「ぶはっ!? このっ!!」



 それは予想だにしていなかったようで顎に踵が入った。

 だがダメージを受けたにも関わらずブリッツは無理やり私を蹴り上げてくる。

 何とか後ろに頭と足が逆さまの状態で飛んで威力を殺したが思いっきりお腹にキックを食らってしまい距離が開く。 



「一発で倒れなさいよ筋肉ダルマ!」


「正直、今のは驚いたぜ。格ゲーみたいな動きしやがって!」


「漫画で得た技よ」


「漫画かよ!」



 その受け答えをする間隙の隙間を突いて三本のくないを投げ付ける。



「―【火遁】爆砕符―【解】!」


「―【仏気術】火天かてんの穿ち―」



 小爆発するくないの爆風をブリッツは同じ火属性である炎を纏った拳で迎撃した。

 爆炎がブリッツと私の射線上を遮る。皮膚を焦がす熱が私の肌をピリピリと焼くのを感じた。

 


「おらぁ!!」



 熱波に目を細めていると、まだ消失しきっていない炎の中から強引にブリッツが躍り出てくる。

 お前は野獣か! 炎を恐れない果敢な攻めだ。


 だが負けてはいられない。

 私も疾駆する。

 


「しゃあ!」



 互いにロケットスタートで不意を突く行為は拳と刀で迎え撃たれた。

 


「はあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


「ぬおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」



 二刀と手甲が高速でお互いを弾き合い、ぶつかる斬撃と打撃のメロディーを奏で合う。

 共に相手を挫くために己の主張を貫こうと真正面からの激闘。

 制空権内を侵そうとやっきになって振りまくる。


 ――倒れろ倒れろ倒れろぉぉ!!


 右の袈裟斬りを拳骨で弾かれその反動を利用して回転斬りを叩き込む。

 さらには左右両方から挟むように両断する。

 左で向こうのストレートを滑らせ刺突をお見舞いした。 


 無数の削り侵そうとする攻防は行き着く暇も無く、闘技場の中に小さな嵐が出来上がる。

 やがてキィンと音がして一旦離れた。


 やはり正面からだと差が埋まらない。

 どちらも近接職で大きなダメージを与えるにはそれなりの手順が必要らしい。 


 さて次はどう攻めるかと思案していると――



「ぐあっ!」



 景保さんの苦鳴がした。

 彼の左腕にはすでに痛々しい矢が二本も刺さっていた。



「―【六合符りくごうふ治癒活性ちゆかっせい―」



 片頬を顰めながら無理やり矢を引き抜き符術で回復する。

 しかしまだ一分も経っていないのに景保さんの顔色はもうとっくに悪い。



「ま、しょせんは机上の空論だな。儂をたった一人で止めようなんて片腹痛いわ」



 汗一つ掻いていないジロウさんは身長こそ子供そのものなのに、弓を肩の上に乗せ圧倒的に景保さんよりも上から見下ろしていた。



「爺さんの方はやっぱり問題無さそうだな。俺が言えた立場じゃないが、葵と景保、お前らには気の毒だとは思っているぜ。別に家族でもない人間に肩入れしてしまったせいで勝ち目のない戦いを挑むことになってしまったんだからな」


「そう結論づけるにはまだ早いっての!」


「そうかいそうかい。おっといつの間にか巻物の位置が更新されているな。やはり村のある位置とは離れているか。まぁこれで巻物は村人が持っていることが確定した。今頃は名無しがとっくに別働隊を送っている頃だろうさ」

 

「そうやって上から目線で!」



 ブリッツに感情で言い返す。

 けれど怯みもしなかった。


 この光点が厄介だ。

 隠れるつもりがあまり意味をなさなくなってしまう。

 しかもプレイヤーが持っていたら次の表示までに長距離を移動できるが、一般人では対して距離を稼げない。

 こいつらが馬で移動しているのはモニターで確認していた。おそらく追いつくのにそう時間は掛からないだろう。


 そんなブリッツに景保さんが離れたところから体の埃を落としながら語りかける。



「同情なんて要りませんよ。そんなのどこの世界だっていつだって理不尽なんてものは起きるものです。事故だったり病気だったりね。僕たちは今できることをやっている。やりたいことをやっている。それだけです」



 ブリッツがこの言葉に反応した。



「……格好良いこと言うぜまったく。だがな、それには俺も同意見だ。こっちは悪くもないのに突然不幸はやってくるんだよな。よーく知ってるぜ。だからこうして好きなことやってる」


「違う! だからこそ人に不幸を押し付けちゃいけないんです。独りよがりな幸せはどこかでしわ寄せが来るんですよ! 他人の不幸せの上に築いた幸せなんて幻でしかないんです!」


「なら俺はそれすらも受け入れる。我慢しても理不尽な目に遭うのであれば、好きなことをして遭う方がよっぽどマシだろ」



 二人の意見は交わらない。

 似ているようで対極にあった。



「平行線だな」


「平行線かもしれない。でも僕はいつかきっと交わると思っています」


「ふんっ、夢はベッドの上とゲームの中だけで見な!」



 ブリッツに鼻で笑われ会話が決裂した。

 次はジロウさんの番だった。



「陰陽師よ、お前さん理想を語るのは構わない。平穏な世界であれば良い考えだとも思う。しかしこの状況で相手を説き伏せるにはまず何が必要か知っているか?」 


真摯しんしな気持ちですかね?」



 期待した返しとは少しピントのズレた受け答えにジロウさんの額に筋が浮かぶ。



「とぼけとるのか? さすがに無策で本当に儂の相手ができるとは思ってないだろう? 切り札があるならさっさと出せと言っとるんだ。無いなら針鼠にしてすぐに外へ送ってやるぞ」


「そうですね、それは僕が甘かったです。――ではとっておきをお見せします」



 ジロウさんに説教みたいな物言いをされ景保さんは持ってきた切り札を切った。

 それは戦況を変える可能性がある鬼札だ。


 彼が息を整え緊張した面持ちで地面に手をかざす。

 すると陰陽の文字や図柄が描かれた召喚陣のようなものが浮かび上がり光を持ち始める。



六壬神課りくじんしんかよ、祝詞を進上する! 大和を守護する封じられし十二の天の御柱たちと契約者景保の願いを申したてまつる! 新たなる契約により、その封を解き放ち世界のことわりを捻じ曲げる力を見せ給え! 大地の祝福よあれ、星の導きよあれ。陰陽は森羅万象を司らん! ―【十二天符】二重召喚ダブルサモン 【朱雀符】招来―!!」



 その詠唱によって普段よりも一層強い強烈な光が迸り、地面に緻密に投影された召喚陣のエフェクトにどんどんとまばゆい光が強くなっていく。

 静電気が弾けるみたいにパチパチとした音も生じ、それはどこか強引に扉を開こうとしているようにも見えた。

 

 不吉な音も眩むような光も最大限にまで高まり、やがて景保さんの新しいスキルにより召喚されたのは陰陽師を守る十二天将の一角、炎の化身である『朱雀』だ。  

 数メートルある大鳥は全身を鉄をも溶かす荒々しい炎を身に纏い、魅入るほどの激情の火神がこの世界に猛然と顕現した。


 炎鳥となったのは出現の一瞬だけ。

 即座に人型に変身するとそこに現れたのは十代の長髪をお団子にして背に引っ掛け束ねた真っ赤な赤髪の女の子。

 白と赤を基調とした動きやすそうな服装にピッタリとしたスパッツがふとももを覆っている。



『分不相応な野望を抱いたアンタたちをお姉ちゃんたちに代わって、みんなのスーパーアイドル朱雀ちゃんが火傷するほどけちょんけちょんにしてあげるわ!』



 彼女は奇妙なポーズをささっと取ったあとにビシっと指をブリッツたちに突き付け勢い良く宣言した。

 同時に背後でぼわっと火焔が吹き上がる。


 なんだか日曜日の朝にやってるアニメを想起させられた。

 アイドルというか魔法少女というかそんな衣装と動きだ。


 大和伝では陰陽師の呼び出せる式神は一体のみ。それはこの世界に来ても変わらない同一のルールだった。

 だというのにそれが破られたことに、ジロウさんは身を固くして目を大きく見開きその場を動けない。

 


「は!? 陰陽師は一体召喚が原則ではなかったのか!?」


「裏技を使わせてもらいました。――ではここから反撃開始です!!」

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