3章 11話 急募!領主と戦ってくれる人募集中!

 ブリッツこと――大島真司おおしましんじは大和伝と出会う前は順風満帆な人生を歩んでいると思っていた。

 百八十センチ近くある筋肉質な恵まれた体型を持って生まれた彼は中学は柔道、高校はラグビーとその持ち前の体を活かしてスポーツに励んだ。

 やればやるほど結果が付いてくることに楽しくてしょうがなかったし、そんな彼を周りも応援していく。

 

 高校の県大会では真司の活躍がめざましく、惜しくも優勝は逃したものの初めて決勝までいけたことに家族も友人もみんなで祝福してくれ、彼もそれに応えた。

 良い結果を残せたことでモテ期が訪れ彼女も出来、大学の推薦もとんとん拍子で決まる。

 

 大学生活もラグビーを続けそれなりの成績を残し、彼なりに監督に気に入られる努力もしたし真面目に打ち込んだ成果が実り、監督のコネで大手ゼネコンではないがその下請けには特に苦労することもなく入社できた。

 周りが就職活動にやっきになっている中、悠々と四回生という日々を満喫したというのは彼の武勇伝のような話の一つでもある。

 

 新入社員となってからはスポーツとは違う汗を掻く場面もちらほらとあり、今までとは違った苦労があったもののここでも社長に気に入られたおかげである程度の地位は確立する。

 気付けば三十を越え上司から見合いを勧められるようになり、そろそろ結婚も視野に入れないといけないと考えていた矢先――真司は事故に遭った。


 夜に帰宅途中、車を運転中しているとふいに植え込みが生えている中央分離帯から酔っぱらいが飛び出してくるという理不尽極まりないアクシデントだった。

 

 保険は出たものの相手方は死亡し人身事故扱い。明らかに相手が悪いのに遺族からは罵倒され罵られる。

 そしてこちらは急ハンドルを切ったせいで植え込みに乗り上げ一回転した挙げ句、下半身不随となった。



「私は医者ですから安易に期待させるようなことは言えません。ですので気をしっかりと持って事実としてお聞き下さい。大島さん――おそらくあなたの足はもう動かすことは叶わないでしょう」



 医者の伏目がちな死刑宣告だった。

 しかしそれはしょせん他人事だとすら感じる事務的な態度だ。

 同情している振りをすればこちらのやりきれない想いの溜飲が少しでも下がるだろうという計算づくの、医者にとっては何百何千と見てきた患者へのテンプレ通りの行動なのはすぐに見透かせた。


 ――そんな言葉が聞きたいんじゃねぇ!!!!


 本来なら何も考えられなくなるほどの残酷な事実に、真司は他者へ怒りをぶつけることで現実を受け止めようとするのをスライドさせる。

 彼が本当に聞きたいのは『治る見込み』のある言葉だ。『治らない』言葉などに耳を貸したくはなかった。


 本当に努力しているのか? 通り一遍の検査しかしてないんじゃないのか? お前が無能なだけなんじゃないのか?

 次々と文句が浮かんできてはそれがストレスを生じ、憎しみへと転化されていく。


 ついにはカッとなって殴ろうとしたが足が動かずにそれはできなかった。むしろ今暴行しようとした相手の前で無様に顔から床に倒れ込むという失態を演じてしまう。

 

 医者の言う通り、ベッドの上ででいくら試そうが腰から下が自分の体なのに一ミリたりとも微動だにしない日々が始まる。

 寝て起きるごとに肉が痩せ骨が角ばって浮き出て枯れ木のよう。ずっと鍛えてきた太くて強靭な足が日に日に衰え細くなっていくのが恐怖だった。

 こんな理不尽なことがあっていいのかと癇癪を起こして病室の備品をいくつ壊したかは覚えていない。

 

 明日になれば奇跡的に回復して治るんじゃないかと願い続け――やがて二年が経った。

 

 言葉にすると一言だが、その間ずっと苦痛が彼を苛む。その頃を思い起こすとまるで地獄だったという感想しか浮かばない。

 最初こそは見舞いに訪れてくれた友人たちも二ヶ月を過ぎる頃にはもう顔を見せるどころかメールすら来なくなり、会社もとっくにクビを切られ、ベッドの上で横になり毎日看護婦に下の世話をしてもらう屈辱を味わう。


 だというのに半年も経てばもはやそんな感情は風化していた。

 寝て食べて排出するだけの無為な人形にそのような感情は不要だと自嘲する日々。

 もはやこの人生に何の生きる意味もなく早く死にたいと願うようになる。


 そんな折、手慰みにと母が持ってきてくれたのがVRゲーム『大和伝』。

 元々ゲームにはスポーツに打ち込んでからは疎遠になっていた真司はその世界にどっぷりとハマった。

 何よりも仮想世界であっても自由自在に走り回れることがどれほど嬉しかったか。



「あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! お、俺はまた、また歩けるんだぁぁぁ……ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」



 初回ログイン時は膝を突き涙を流してむせび泣いたことを真司は未だに覚えている。

 歩くという行為がどれだけ尊いものだったのかを噛みしめるようにその世界を満喫した。


 クランだって作った。

 ここには自分のリアルを知るものはおらず、ゲームの中でなら体育会系の頼れる男である大島真司――いやブリッツとして蘇った。

 仲間が増え、クエストを共にこなし、笑い合って謳歌する。

 時にはゲーム内での恋愛の手助けもした。そのカップルは大和伝がきっかけで結婚までしたのだ。



「ブリッツさん、どうかお願いします!」



 交通費は出すからと二人のキューピッド役として是非結婚式に参加して欲しいという頼みを断腸の思いで断るのは辛かった。

 それだけはどうしても譲れない。きっといつも偉そうなことを言っている自分が車椅子であるなど知られればガッカリさせてしまうから。失望されるのが、本当の自分を知られるのが何よりも怖かった。


 もしここで真司が打ち明けていたら――


 自らの弱さを肯定し受け入れられれば、この世界に放り出されたその後の展開は変わったかもしれない。

 だが、そのもしもは訪れなかった。 



「……結局、運命ってやつは残酷で無情、人のことなんて気にしてたら自分がワリを食うだけなんだよな」


「ん? 何か言っただもん?」


「いや、別に何も。大将」



 ブリッツとアジャフは宮殿の中にある広場にいる。

 太陽はいつものように主張激しく輝いており立っているだけで汗ばむ陽気なのだが、それとは対象的に常軌を逸している寒気がするような光景が目の前で繰り広げられていた。


 ブリッツはこの乾燥した暑い国で目覚めた。

 見渡すばかりの砂の荒野で人など皆無。食料などはアイテムから持ち出せたが一体何が起ったのか丸一日把握できずにいた。

 そんな折、ようやく村を見つけられる。

 それは移動式のモンゴルの遊牧民のような人たちで、行商を村ぐるみで生業としているキャラバン一行だった。

 彼らの助けがあって何とか事態を把握するに至り、街を案内されたのが数ヶ月前になる。



「ジャガナ殿、もっとちゃんと狙って撃つんだもん!」


「分かっている分かっている。しかし弓なんて滅多に持たないからなかなか難しいんですぞ」


「私はもう三発も当てましたよ。しかも高得点です!」



 アジャフが話すのは仕立ての良い高そうな衣装を着た彼と同年代の男たち。

 名前を『ジャガナ・バーヘル』。もう一人は『ド・ドラク』。

 二人とも別の街の領主だ。

 そして『戦争』という甘美な響きに同意して集まったアジャフの支持者でもある。


 七つの街には順位があり、それは数十年前に行われた最後の大戦で活躍した順に語られている。

 おおよそ街の規模と比例しているこっともあって表立って異論を唱える者はいないが、もはやその戦争当時の当主は息絶えており、参加していない現在の領主たちからすればなぜ自分の街がこの順位なのかと不満が渦巻いていた。

 だからと言っても停戦条約が結ばれているのにそれを破るという愚かな行為をする領主は今までいなかった。

 しかしここにいる彼らはもう世代が代わり、不幸にもそうした過去を知らないまま育ち新しい価値観を持った領主の中でも比較的若い部類の人間たちだ。

 恐れを知らないと評すれば聞こえは良いが、単に甘やかされて育ったボンボンでしかない。


 その彼らが手にしているのは弓と矢で、狙われているのは数字の書かれた木製のプラカードを首から提げている獣人たちだ。

 彼らの顔はすべからく怯えきっていてやせ細っている。最低限の食事しか与えられず体力が低下しており動きが鈍い。

 涙を流しひきつる顔で必死にこの理不尽な行為に耐えていた。 


 その行為とは飛んでくる矢から逃げること。それが彼らに課せられた命令である。

 つまりアジャフたちは獣人を的にした射的ゲームマンハントの真っ最中だった。



「……さすがにこれはあいつら葵たちには見せられないな。悪趣味過ぎる」



 護衛対象の無邪気なまでの残忍さにブリッツがため息を吐いた。


 彼としても常識は日本人としてのもので、こうまで価値観が違う様を見せつけられるのは反吐が出そうだった。好き好んでこんなことをする思考が理解ができず自然と眉が険しくなる。

 すでにジロウは何も言わず退出し、名無しはつまらないとぼやきどこかへ行ってしまっている。


 一人残されたブリッツはご機嫌取りのためにこうして付き合っているものの、当然彼の倫理観からはかけ離れた行為に表では努めて涼しい顔をしながら内心はドロドロとした嫌なものがわだかまっていた。

 さらに仲間たちの自分勝手な行動への失望も追い打ちを掛けている。

 本当の仲間であれば気を遣って一緒にいてくれたはずだ。


 ――まぁしょせん利害が一致しているだけの関係だからな。それに現実にゲームでの仲良しこよしを期待する方が馬鹿だ。ただあいつら葵と景保はあんまり変わらなかったが……。


 こういう出会いでなければあっちではフレンドになれたかもな、ともブリッツは思ったが、ここまできた以上引き返せないしそのつもりもない。  

 彼にはここしかないのだ。元の世界へ戻れば人の手を借りなければ何もできないあの不自由な人形であった自分が再び現実となる。

 そんなのはまっぴらごめんだった。


 そして彼には野望がある。

 ここに魔術という新しい技術がありモンスターという未知の素材、そして女神というものがいるのかもしれないのならば、研究次第では数百年の寿命が手に入るような延命手段の構築もありえる。

 全ての国が統一されればそうした動きはやりやすくなるだろう。

 そうして永らえた寿命で魔術の解明をして元の世界に戻った時に自分が魔術を使えるようになっていれば怪我を治せられるかもしれない。

 それが無理なら人生数度を繰り返すほどの長寿を手にし、気の向くまま生きるのが嫌になるぐらい好きに遊んで生きて死にたい。そうすれば再びあのベッドの上に戻ってももう生に未練などなくすぐさま自殺出来る。

 そのためならばこの世界の住人を蹴落とすのを厭わない。


 表向きは葵たちに英雄として讃えられるだの、人々を幸福にする知識と技術を提供するだのお題目を並べていたが、そんなものにさほど興味は持っていない。

 副次的にそうなればいいし、生活を快適にするためにもそうなっていくだろうなと漠然と思っているだけに過ぎなかった。 


 これが戦争などという行為に手を貸す彼の本当の目的。偽らざる本心だった。


 ひとしきり堪能したアジャフたちは冷たい飲み物を飲み、用意させた椅子に座る。

 日傘を差し大きな扇で風を送る見目麗しい美女の係りなども横に健在だ。


 奴隷となっている獣人たちはもう用は無いとばかりにはけさせられていた。

 後で治療行為がなされる。

 しかしそれは優しさではない。簡単に潰れてしまわないように治されているだけ。

 彼らには安息の日はなく、捕まってからこうした玩具にされるのが日常だった。


 ――行動を起こさなければ弱者は弱者のまま。シンプルだがここでは毎日それを見せられる。だから俺は間違っちゃいないはずだ。


 もう何度目だろうか。ブリッツはこの悲惨な行為を見せつけられるたびに自分が間違っていないと言い聞かすようになっていた。今回も固く決意し直す。


 アジャフの獣人嫌いは些細なことが原因だとブリッツは兵士たちから聞いたことがあった。

 彼の父親は豪快で戦うことが好きな男で、溺愛するその父を見て育ったアジャフはたるんだお腹の自分の代わりに強い人間を求めるようになる。

 そうして目を掛けた戦士を闘技場へ送って強さの代理行為をさせることを彼は楽しんでいたのだが、何度トライしても当時闘技場のチャンピオンであった獣人に阻まれていた。

 結局、父親が病死するまでに一度として子飼いの戦士が優勝したことがなく、彼の『強い自分』を父に見せることが果たせなくなってしまった。

 それがこじれにこじれていったのではないかという話だった。


 ――気の毒ではあるが、俺にとってはチャンスだったんだよな。


 だからこそ、そのチャンピオンを倒したブリッツをアジャフは大のお気に入りとして宮殿に招き入れたのだ。

 代わりにそれがキッカケで獣人への当たりはより一層増したが、それを庇ってやる道理も浮かばなかった。



「さてそろそろ本題に入るんだもん。明日の抗争、『合戦』というんだもん? それについてと、今後のことについてだもん」


「然り然り。ファングと肩を並べるという強者との一戦はそそるものがありますぞ。闘技場で観戦した以上のものを期待しておりますぞ」


「残りの枠はアジャフ殿の兵から出されるので?」


「そのつもりだったけれど少しだけ変えようと思っているんだもん」



 この三人にとっては葵たちが頭を悩ませている明日の合戦も、いつも闘技場で開催されているバトルの延長程度のものだった。

 差し出されたタオルで汗を拭きながらまるで旅行に行く相談でもしているかのように気楽に語る。



「まぁファングがいればどんなやつが相手だろうがなんとでもなりましょうぞ。それに昨日のサンドサーペントを豪快に倒したのは感動しましたぞ。こんな剛の者を配下に収められてアジャフ殿は幸運ですぞ」


「有能な者の元に有能な者が集まっているだけだもん。今はいないけど名無しもすごい兵器を作ってくれているんだもん! 素材さえあればいくらでも造り出せる死なない鉄の兵団。まだ数は少ないけれどあれは兵士の代わりとして運用することも可能だもん。出兵までにはもっと量産できるはずだもん」 


「ほうほうそれはすごそうですぞ!」


「一体造るのにかなり費用がかさむのが短所だもん。でも民たちから取り立てているので問題ないんだもん。多少それで街がざわついているようだけど、どうせ獣人がやられているだけだもん。それにいざ戦いが始まれば占領した街から財を根こそぎ奪い尽くせばもっともっと増えていくんだもん!」


「それは素晴らしいアイディアですぞ! さすがアジャフ殿ですぞ」


「これも日頃の行いのおかげだもん」



 無能たちが喚くのを横でブリッツは冷ややかに眺めていた。

 そこにナギルが横目で逃さずに見つける。



「どうされましたファング殿? このような場はあまりお好きではありませんか?」


「まぁ好きかどうかで言えば好きではないな。明らかに弱いやつをイジメるのも堅苦しい場もな」


「それはアジャフ様への抗議ですか?」


「そこまでは言ってない。単なる個人の好き嫌いとか価値観の問題だ」


「……もしアジャフ様を裏切るような真似をすれば私が許しませんよ」



 過度な追求にブリッツの胸の内ではややおっかなびっくりだった。

 自分がアジャフに絶対の忠誠を誓っていないのはきちんと見れば分かるが、まさか裏切りを企んでいるとはこの段階で気付かれるわけにはいかない。

 アジャフのこととなるとこのお付きはなかなかに鋭く、またブリッツのことが気に入らないようでいつもこうしてアラを探しては噛み付いてくるのを彼は苦々しく思っていた。

 


「明日のことは楽しみだもん。でも問題はその後だもん。両領主からの派兵を待って一気に国境を越え王国へと入り込むんだもん。襲われないと平和ボケしている連中に一泡吹かせる電撃作戦ってやつだもん」


「楽しみですぞ。現在準備を進めているので一月半ほどあればここに大軍をもって馳せ参じますぞ」


「……しかし、他の部族連合の意志を無視して本当に良いものなのでしょうか?」


「あんな腰抜けどものことなど気にするだけ無駄だもん。ここに二位と三位と四位が集まっていて文句は言わせないんだもん。一位の『ハーディーバ』なんて恒久和平を結びたいなんて言うほどの弱腰で、むしろあんなのに我らが部族連合の舵取りを任せる方がダメになっていくんだもん」



 順位が上であるほどやはり発言権が高くなる。

 そこに上位三人が集まれば最も順位が高い一位と言えども頭ごなしに抑えることは難しく、また現領主が温和な性格のためこうして強硬されてしまう形となっていた。


 ただ彼らも大きな口を叩いているが実戦を知るものは誰もいない。

 あくまで想像上で考えているだけで机上の空論に過ぎないのを推し進めようとしており、敵だけでなく自分たちの部下の命さえも慮ることはなかった。

 普通なら家臣たちが諌め止めるものなのだが、やはりこの大陸が統一されていないという閉塞感が兵士や部下たちにも蔓延していた。

 そのせいもあって無謀とも言える挑戦をどこか肯定する雰囲気が形作られてしまっていたのは不幸なことだった。

 


「そのためにはまずは明日ですぞ。ワクワクして血が滾りますぞ」


「全てはファングに懸かってるだもん。計画を立ててみたけれど、少なくてもあと一人は賛同を得ないといけないと悩んでいたところに現れてくれたんだもん。一人で一軍に匹敵する男だもん」


「おう、俺がいれば間違いなしだ。大将たちも大船に乗った気でいてくれよ」



 ここまで馬鹿ではなかったが、上司たちの機嫌取りは社会人経験で培っていてブリッツは歯を見せて胸を叩いた。

 



□ ■ □



 猛スピードで森の樹木を駆け巡る。

 木が密集しておらず木々の間隔が広い森だからこそ出せる速度だ。

 それでもコンマ数秒もあればすぐに激突するので気は抜けない。


 私が通った後には風が逆巻き葉っぱが飛び散る。 

 葉や草を踏みしめる音と重なり、何事かと轍から顔を出した小動物たちが呆気にとられて固まっていくのはちょっと面白い。


 最後に小ジャンプして、ずさささと地面に滑りながら着地してフィニッシュ。

 ちょうど合戦について村人たちと相談している景保さんの元へたどり着けた。


 日付的にはあれから一日経っていた。

 合戦は明日でそのための準備を進めている。



「おかえり、やっぱり忍者は速いね。どうだった?」


「全然ダメです。今日の明日っていうのもあるけど、領主と戦うっていうのに手を貸してくれる冒険者なんていませんでした」


「そっか。まぁ普通そうだよね」



 どうしても空振りだったことに声が暗くなってしまう。


 私はさっきまでシャンカラの冒険者ギルドに寄っていた。

 目的は明日の合戦に参加してくれる人を募ることだ。

 しかし受付ですげなく断られ、一応強そうな人に声掛けもしてみたんだけど取り付く島も無かった。

 いくらランク4のタグをチラつかせたところで、シャンカラでは私は流れの新参者でしかも相手は領主となれば協力する人はいない。

 

 もちろんそれは予想済みではあった。

 でもこっちの戦力は村人の男手と一部女性を加えても、私と景保さんを入れて四十七人。

 数の上でも圧倒的に足りなく、一縷の望みを賭けてみたものの外れてしまった。

 こうなるともうアテが無い。今、村人総出で何とか罠を森の中に仕掛ける努力はしているがそれで一体どこまで縮まるのやら。

 ギルドの公平性を訴えたらなんとか依頼を貼り出すことは許してもらえたけど、それが精一杯だった。



『あーちゃんおかえりー!』


『葵ー! こんぺいとうちょうだーい!』



 豆太郎と景保さん家のタマちゃんの二人のチビちゃんズがトコトコとこっちに向かってお出迎えしてくれる。

 久々に会ったから村で遊ばせてあげたんだけど、充分に満足してくれているようだ。



「豆太郎ただいまー。タマちゃん、こんぺいとうは景保さんにもらってねー。あ、でもお土産はあるよ」



 屈んで二人の小さな頭を撫でてからシャンカラの出店で買った物を取り出す。

 ピーナッツにハチミツが塗ってあるみたいなやつだ。


 二人は「やったー!」と言いながら袋からパリパリと小気味良い音を立てて口に入れていく。

 手や口元にハチミツがちょっぴり付いていくのもご愛嬌。

 はー、本当ならこの子たちとのんびりしたいってのに、人生ままならないものだ。



「ぶっちゃけ、勝てると思います?」


「さぁ? 不利なことは確かだね。でも勝負に絶対は無いと僕は思ってる。特に油断しているなら足を掬えることもあるはずだ。そういうことは経験あるでしょう? 十回に一回あるか無いかにしてもその一回目を持ってくればいいのさ。十パーセントの確率はガチャなら良心的だよね」



 私の不安は見透かされていたようで景保さんには冗談混じりで返答される。

 この人のこういうみんなを引っ張るというよりは背中を押すような性格には助けられてるなぁ。

 


「了解です。景保さんはこれからまた出掛けますか?」


「うん、朝も行ったけど、もう一度行ってみるよ。上手くいくと彼らが躓ける小石くらいにはなってくれるだろうからね」



 目下、美歌ちゃんの言う裏技に頼るしかない。あいつらを出し抜ける望みがあるとすればそれぐらいだ。そのために景保さんは外出で忙しい。


 それにしても寂しいなぁ。まだこの世界に来て数ヶ月しか経ってないっていうのもあるけど、一緒に理不尽に抗ってくれる協力者がこんなに少ないなんて。

 評判悪そうな領主だからいけるかなと希望的観測を胸に向かったんだけどなぁ。

 しかも相手にはあのファングがいるっていうのでビビっている人もいた。


 あいつは私がなんとかするしかないだろう。名無しは景保さん。

 となるとジロウさんの相手がいないわけだ。


 いくら獣人が普通の人よりも強いとはいえ、凡百の兵ではあの人を止められないことは分かっている、

 数十人の村人に二百人弱の本職の兵士とジロウさんの相手なんて不可能だ。

 私か景保さんのどちらかが速攻で決めるしかないかな?



「そういえば美歌ちゃん本当にギリギリになりそうですね」


「ちょっと試したいこともあるからできれば開始前に着いて欲しいんだけどね」



 昨日の夜に連絡があった。

 速度を計算するとたぶん開始時刻よりちょい早めの到着になるだろうって感じ。

 


「あの、アオイさんカゲヤスさん」



 そこへ私たちに声を掛けてきたのはライラさんだった。

 少し思いつめた表情をしている。



「なんですか? 作業のことなら他の方にお伝えしましたが」


「いえ、実はその奪い合いになるという巻物についてなんですが。――それを私が持ってはいけませんか?」



 なかなかの大胆発言だった。

 巻物フラッグを持つということは大勢に狙われるというのと同義だ。

 それをただの女の人が持ち運ぶなんて無茶が過ぎる。

 所在がバレないのであればそうした奇策もアリかもだけど、時間がくれば場所が特定され逃げるのは困難だ。

 無難なところで私か景保さんが保持するしかない。ただそうすればどちらか一人は森から出られなくなっちゃうんだけど。


 景保さんがその真意を問い質そうとする。



「それは何か考えがあるんですか?」


「いえ、そういうものは無いんですが、私たちが関わることなのに何もしないでいるなんてできないんです」


「と言っても趨勢を決める役目を簡単に負わせるわけにはいかないですよ。これは女性だからということじゃなくて、能力的にです。もしみなさんの内の誰かから選ぶとしても他の方にすると思いますよ」


「そんな……。でも、私だって何かこの村のためにしたいんです!」


「うわっ!」



 ライラさんの無鉄砲なところが出ちゃったようで折れないし退かず、キスでもするんじゃないかってぐらい景保さんに顔を近づけ訴える。

 そのせいで顔を赤らめて景保さんがぎょっと後退したのにちょっと吹いてしまい綻んだ。


 ふいに脳裏に思い出すものがあった。



「あぁでもそういやジロウさんがライラさんってそこら辺の獣人の人たちよりも素質があるって言ってたっけ」


「ライラの父は闘技場のチャンピオンですからな」



 そこに入ってきたのは手拭いで首回りを吹いている村長さん。

 昔は冒険者をやっていたというので歳を押してトレーニングに励んでいるらしい。

 


「チャンピオン!? そりゃすごいですね」


「ファングが現れる前まで、ですがね。強く誠実な男でした」


「父はまだ生きています!」



 でした、という村長さんの言葉に過敏にライラさんが反応する。

 


「す、すまん。軽率な発言をしてしもうた。許しておくれ」


「あ、いや、その。こちらこそすみません」



 気まずそうに頭を下げ合う二人。

 まぁ肉親の生死についてはそうなっても仕方ないよね。



「それに、まだ先生が私たちを騙していたなんて信じられません。それを直接会って確かめたいんです。何か考えがあるはずなんだって」


「考えねぇ……」



 何かあったとしてもあそこで裏切る必要が無かったはずだ。

 私も違和感を持ちつつも、昨日今日会ったばかりの彼のことをライラさんほどは信用できやしない。



「仮にあったとしても訊いて話してくれるものではないんじゃないでしょうか?」


「それはそうかもしれませんけど……」



 景保さんのたしなめる台詞にライラさんが言い淀む。

 それを見かねた景保さんが助け舟を出した。



「まぁかなり危ない方法だけど確かめることはできるかもですが」


「そんなことが?」


「ちょっと時間を下さい。実証しないといけないことがあります。それにこのやり方は非常にライラさんの身に危険があります」


「それでいいです! お願いします!」


「え、ええ。分かりましたっ! 分かりましたからっ!」


 

 ぐいっとまた顔が近付き今度は予め予期していたのか景保さんが両手をライラさんの肩に押し当て距離を取らせる。

 和むわ~。見た目は美人だから余計にギャップで景保さんの免疫力の無さが浮き彫りになっちゃってるなぁ。


 そこまでされてようやくライラさんははっと気付いたかの反応を見せる。



「ご、ごめんなさい! ……私、頭冷やしてきます」



 自分でも頭に血が上っているのを察したのか反省するために彼女は小走りで去って行った。

 思うところがあるのかだいぶ元気がなく所在なさげだ。



「ええと、何の話だったか……。あぁそうだ。話を戻しますと、小さい頃はライラも格闘の手ほどきを受けていたはずです。弟が病気がちになってからはすっぱりと止めたようですが」


「なるほど。ジロウさんの意見を参考にするのは奇妙な感じがしますが、村長さんのお言葉であれば信用したいですね。視野には入れておこうと思います」



 一応、作戦は立てつつあった。

 ただどうしても穴というか賭けにならざるを得ない部分はあるし、そもそも賭けにすらなっていないかもしれない。

 消化不良みたいなお腹がもやもやする感じはまだ治らない。



「とりあえず僕はそろそろ出るよ――あれ? 騒々しいな。何かあったんだろうか」



 私の耳にも人の揉めるような声が入ってくる。

 これは鍛錬しているとかそういうんじゃないね。



「だからスパイなんかじゃないって! こんな堂々としたやつがいるかよ!」


「そうよ、アオイって子に会わせてよ。妙に偉そうで厄介事に顔突っ込む馬鹿がいるでしょ。それで解決するから!」



 すぐさま騒動の元へ向かう。

 私が称号をあげた上級見張りの村人と誰かが睨み合いをしているようだった。

 それは――



「アレン! ミーシャ! オリビアさん!」



 だった。



「ははっ、いやがったなこの竜巻女。どこでも荒らしまくってやがる」


「あんた今度は領主とやり合うんだってね。どこまで馬鹿すりゃ気が済むの? そのうち国に喧嘩売っちゃうんじゃない?」



 おおなんだ、いきなり過ぎて頭がついてこない。

 情報量が多すぎだっての。



「えええっっと、こんなところで何してんの?」

 

「お前がそれ言っちゃいけねぇよ!? めちゃくちゃ尻痛くなるのを魔術で回復しながら強行軍で来てやったんだぞ!」


「あんたにまだディナーを奢ってもらってないからよ! ふんっ!」



 何? 何? どっちもえらくテンション高いなぁ。ミーシャはツンデレまで発動しちゃってるし。

 今なら何を言っても三倍返しで返ってきそうだ。



「こんなこと言ってるけど、二人ともアオイちゃんがものすごく深刻そうにしてたから一度断られたけど心配でここまでやって来たのよ?」



 二人の横からずいっと出てきて苦笑いしているオリビアさんの説明でようやく納得がいった。

 あぁなんだ、そういうこと。

 わざわざ来たから労って欲しいんだね。


 私は大きく両手を開いてハグの姿勢を取った。



「うむ、苦しぅない。近うへ寄りなさい」


「何やってんだ、それさば折りか!? 俺の背骨折って何が楽しいんだ!?」


「は? 馬鹿なの? 気持ち悪いからやめてよね!」


「ちょ、なんなのそのツンデレ! 上級過ぎて伝わりにくいから泣いちゃうわよ!」



 豆太郎やタマちゃんなら喜んで飛び込んで来るってのに失礼しちゃうわ!

 豆太郎成分がここ最近足りないのよ。お供は合戦にはもちろん参加できないし、今日の夜はめいっぱい撫で回してあげるんだから。



「ごめんねアオイちゃん。二人ともけっこう疲れが溜まってて気が立ってるっていうか変なテンションになっているみたい」



 横で申し訳無さそうに謝るオリビアさんだが、確かに髪は埃っぽいし服装も砂塗れでちょっとやつれている感じがする。



「そういやここまでどうやって来たの? 馬車で十日は掛かるのよね?」



 クロリアを出る前にアレンたちからそれぐらい掛かると聞いたのだ。

 嘘ってわけじゃないだろうけど、私を追い掛けてきたにしては早すぎる。

 まさかブリッツからの偽物の刺客なんてことはないよね?



「早馬ってのがあるんだよ。街と街を乗り継いで行くやつな。馬が盗まれるかもしれないからかなり信用のある人間か冒険者でもランク4以上じゃないと使えないんだが、まぁそれにはおかげさまでなれたしな。ただずっと乗りっぱなしだったからとんでもなく股と尻が痛ぇんだ! それにめちゃくちゃ疲れた。もう二度とご免だ」


「はえー、そこまでしてくれたんだ?」


「あんな財布落としたのに気付いた直後みたいな顔されちゃあ行かないわけにはいかないでしょ。何を訊いても上の空だったし」


「そ、そんな顔してたかな……」



 両手で自分のほっぺたを触りぷにぷにする。

 私にとって景保さんは財布だったかー。まぁ似たようなもんか。



「シャンカラにようやく着いてギルドに寄って受付の待ち時間に依頼を眺めていたら、アオイちゃんがいないどころか領主と戦う人募集しているっていう依頼を見つけてね。ミーちゃんなんて卒倒しかけちゃったのよ?」


「あ、頭に血が上っただけよ! まーた馬鹿やってんのねって」



 ほんのりほっぺが赤くなるミーシャ。

 可愛いんだから。


 あぁでも念のために貼っておいた依頼がまさかこんな形で役に立つとは思わなかった。

 受付の人を困らせてもやっておいて良かったわ。



「ま、とにかくだ。詳しい訳は聞いてからになるが、俺たちも混ぜろよ」



 さっきまで私たちって孤独なんだと勘違いしてた。

 まだこの世界に来てから日が浅いからどうしようもなく独りで外から来た異邦人なんだと誤解していた。

 もう私には培った仲間がいたんだね。


 恥ずかしいから絶対表には出さないけど胸の中がじんわりとした気持ちで広がっていく。



「これでようやく土俵に立てる算段が付いたね。君のおかげだよ」



 景保さんが口の端を上げてこちらを励ますように声を掛けてくれた。

 見回すと悲壮な顔をしている人は誰もいなかった。負けることなんて誰も考えていないようだった。


 主力である私が後ろ向きじゃダメだよね。

 美歌ちゃんはいないけど明日はついに総力戦だ。

 あいつらに吠え面かかせてやる!

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