3章 9話 ファングの野望

「な、なにを……」


 

 あまりのことに喉が詰まり言葉が紡げなかった。

 張り付いた表情筋は固まって動かせない。

 ジロウさんのこの行動の意味を理解するのを頭が拒んでいる。

 


「なにってそりゃあ、人質だな。悪いとは思ってる。だがまぁ信じ込んで騙された自分たちの不甲斐なさを呪ってくれ」


「そんなの何言ってんのか分からないって言ってんですよ!」


「こうまでされて分からんか……。ならハッキリ言おう。儂はお前たちに会う前からファングの仲間だった。これで理解できたか? 一旦逃したように見せかけたのも気を緩ませて仲間があと何人いるのか知るためだ」


「手加減するのに無駄に神経使っちゃったよ」



 最後の余計な一言は名無しと呼ばれた絡繰師のものだ。


 ありえないありえないありえない。

 だってジロウさんは獣人の村で人助けしている良い人じゃん。なんでいきなり玄武の腕を刺すようなやつの仲間なの!?

 頭の中がぐちゃぐちゃにミキサーされノイズが混じって何も考えられない。

 思考が迷路に入り込み止まってしまった。


 考える時間をくれずファングが頭上から飛び降り両手の平をこちらに向けて近付いてくる。

 景保さんを人質に取られた上に頭が混乱していて微動だにできない。どうすればいいのか思いつかない。



「手荒い歓迎になったのは不幸な事故ってやつだ。まず初めにしっかりと意思表明しとくぜ。俺たちに敵対する意志はない」


「罠にはめといてよく言う!」


「それを言うならそっちこそ不法侵入だろ?」


「ぐっ」



 そこを突っ込まれると弱い。

 いや口で言い負けていられやしないんだから。



「ちゃんと対話をしようぜ。それが人間ってもんだろ?」


「そんな見た目でまともなこと言わないでくれる! こっちは景保さん攫われて、玄武が刺されてそれで話し合いですって!? 出来るわけないわよ!!」



 短時間で色々あって沸騰しそうなほど頭の中も体も熱い。

 ぐつぐつと血が煮えたぎっている。冷静になんて無理だ。

 今すぐにでもぶん殴ってやりたい。



「そんなつんけんしないでくれよ。刺したのは確かにやり過ぎだ。謝るよ。おい名無し、お前からも謝罪しろ」


「はぁ? なんで僕がそんなことしなきゃいけないんだよ。どうせあれぐらいの傷なんてすぐに回復しただろう? ピーピーうるさいんだよ」

 

「ったく、言うことを聞かないやつだな。なら代わりに回復アイテムを差し出せ。誠意ってやつだ。どっちも飲めないってんならパンチが出る」


「ちっ! 分かったよ。僕に命令すんなよな」



 名無しと呼ばれた絡繰師は懐から小さな焼き物の瓶を取り出しそれを玄武の喚び出し主である景保さんに放り投げた。

 振り掛けるだけで治療できる絡繰師専用のこの世界じゃ貴重な回復薬だ。

 それを一つぽんと渡すとは何を考えてんだこいつら。



「まずは自己紹介といこうか、俺はファングと名乗っちゃいるが、あっちでは『ブリッツ』だった。こいつは『NoName』とかいう小賢しい名前だったんで名無しってこっちでは呼ぶことしている。まぁ好きに呼んでいい」



 ファング――いやブリッツが名前を名乗り、手で相方を指し示して紹介してくる。



「……こっちは――」


「知ってるよ。【忍者】の葵と【陰陽師】の景保だろ?」



 こちら側の名前を呼ぶ中ににジロウさんの名前はない。

 そして名前が知られているということは密告されていたということだ。

 やはり仲間なのは確定か。たった二日の付き合いでもどうしても信じたくはなかった。


 ジロウさんは今もこちらに耳を傾けている一方で油断無く照準を景保さんの頭から外さない。

 ライラさんと一緒に食卓を囲み目を細くして私たちを眺めていたり、獣人のおじさんを助けたときのあの献身的な行動。あの顔と今の顔、どちらが本当のジロウさんなんだろうか。


 今はとにかく考えないでおこう。じゃないと気持ちで置いていかれる。

 すでに機先を制されていて気分も状況も良くないのだから。 



「あんたらは何がしたいの? 景保さんを攫ってなんでこんなことをするの?」


「良い質問だ。俺は――お前たちと組みたいんだ」


「は? これだけのことしておいて仲間になりたいってこと? ふざけんじゃないわよ」


「これだけのことって。そうだな、まずは誤解を解いていこうか。景保を攫ったというのは確かにそうだが意見の相違ってやつがあっただけだ。それと怪我をさせたことはすまないが、治したんだからチャラにしてくれ。こっちもそんなに余裕があったわけじゃなかったからよ。なぁそうだろ?」


「全然楽勝だったけどね」


「おい話をややこしくすんな」



 ブリッツから話を振られる名無しは心外だと言わんばかりに顎をしゃくり、それを咎められる。



「あのねたとえそうだったとしても、今も景保さんの頭に武器を突き付けてるのに誤解もなにもないでしょ」



 未だ人質という状況は何ら変化していない。



「あぁそうだったな。爺さん、手を下げてくれ。ただお前らも逃げずに話を聞くっていう約束はしてもらうぞ」



 一方的な物言いな気もしたけど仕方なく私が頷くと、それを確認してからジロウさんはゆっくりと弓を持つ手を下げる。

 彼の表情からは何を考えているのか窺い知ることはできない。

 まんまと騙してやったと喜んでいるのか、もしくはいたいけな少年少女たちを騙して心が傷んでいるのか。

 せめて後者であって欲しいと思う。



「で、景保さんこいつらこんなこと言ってるけどどうなんですか?」


「問答無用で唐突に実力行使をされたよ」


「ほら!」


「いやそれは行き違いだって。いきなり俺の縄張りに入ってきたら驚いてよ。こんなんでも俺はこの街の領主の護衛っていう仕事にも就いてるから先に拘束してから話を聞こうと思ってな。他の領主に雇われた暗殺者って件も無くはないだろ?」



 そうブリッツは弁明はするがやや苦しい言い訳に聞こえる。

 だが当然とばかりにその態度には後ろめたさやよそよそしさは微塵も感じられなかった。

 まだこれだけでどうするか決めるかは判断が難しいか?

 

 

「ブリッツさんいいよ。こんなやつらいても戦力にもならないって。いるだけ無駄無駄。それより僕が鬼丸を量産すればいいんだよ」



 は? 待て待て。あんなの量産できるって!? それやばいんですけど。

 てかあれって大和伝の素材じゃないと作れないんじゃないの?



「んな訳にはいくかよ。量産つってもこっちの超高級素材をふんだんに使ってレベル三十程度だろ。明らかにプレイヤーの方が強いっての」


「三十ってここじゃ一流冒険者を名乗っていいレベルだよ? 気に入らないなぁ。なら好きにしなよ僕はもう口を出さない」



 名無しはふてくされたように壁に背を付けそっぽを向く。

 中身は分からないけど、ちょっと子供っぽいな。小学生か中学生ぐらいか?

 

 量産の方も気になる。

 ただ高い素材を使って三十ぐらいがやっと、となると私たちにとっては驚異ではない。



「待って、全然話が見えてこないんですけど。仲間というか戦力集めてあんたたち何がしたいの?」



 私の質問に待ってましたと言わんばかりにニヤリと笑みを浮かべ腰に手を当てブリッツは不敵にこう口を開いた。



「俺たちプレイヤーによるこの世界の'天下統一’だ。最高にキてるだろ?」



□ ■ □



「ファングさんお疲れ様です! あ、あの握手してもらえませんか?」


「おう、構わないぜ。ほら。自慢になったか?」


「ありがとうございます!! あとあの、今度、子供も生まれるんですが、名前をファングって付けようかと思っているんですがいいですか?」


「そりゃちょっと照れるな。まぁ好きにしてくれていいぜ」


「ありがとうございます!!」



 ブリッツに憧れていますというのが顔の全面に出ている警備の一般兵が彼に握手を求め、子供の名前に許可が出たことに嬉しそうに頬を紅潮させる。

 慣れた手付きで手を差し出すブリッツはまるで芸能人みたいだ。

 いやまぁここでは有名な闘技場のチャンプで領主にスカウトされたほどの腕前ってことになってて立ち居振る舞いも闊達かったつ。そりゃ羨望もされるか。

 すでにこういうやり取りは何度目かとなっていて、見せつけられているようで少々うんざりとしていた。


 私とブリッツ、それに景保さんと名無しとジロウさんはシャンカラの領主宮殿内を闊歩していた。

 この街は砂漠まではいかないものの、乾燥地帯で木材よりも石材を主に建材として使われていることが多い。ここもほとんどが石造りの建物だ。

 ただし少し開けたところや高いところからなら街のどこからでもこの宮殿は見えるような規模の大きさをしており、幾重にも重なる石段や足場は街の民家とは明らかにレベルが違うほど手が込んでいてきちんと平坦に削られ整然としている。 

 ただでかい宮殿が一つぽつんとあるだけではなく、いくつもの建物があってそれを回廊で繋ぎ一つの砦のような様でもあった。

 

 この街の主――アジャフ・ゲノンはここに居を構え執務もこなすらしい。つまりここが居宮だ。

 人の背丈の倍ほどもある石壁を防壁と為し、兵士を昼夜問わず至るところに配置するのは堅牢と評すればそれまでだが、裏を返せば戦争もしていないこのご時世に一体何から守りたいのか不思議ではあった。


 宮殿の中はアーチ状の丸いトンネルのような天井になっていて、廊下の石壁には見事な彫刻が刻まれている。

 それは生き生きとした動物であったり美しげな花々であったりと、精巧な出来栄えは職人の技術の高さと手間暇を物語っていた。



「すまないな。一応、媚を売らないといけない立場でね」


「別にいいけどさ。こんなところに連れてきて何を見せてくれるんだろうってのは分からないままね」



 ブリッツにしかめ面で返す。

 すると彼は思惑がありそうに鼻を鳴らした。

 

 ここにやってきた目的は彼が言う『天下統一』についての詳細が聞けるというものだった。

 無論、私や景保さんはそんなものに興味が無い。ただまずは最後まで話を聞いてくれということだったので渋々従う形になっていた。

 というか、こちらはプレイヤーが二人に対して向こうは三人。私一人だけなら逃げ切れなくもないだろうけど、景保さんが狙われれば追っ手を振り切るのは難しく選択肢は無かった。

 どうにか抜け出す算段を整えないといけず、きょろきょろと忙しなく目だけで辺りを見渡し情報を集める。



「大方、検討は付いてるだろ? 会わせたいのは俺の雇い主、この街の領主様だ。ついでに今は他の街の領主もいるがな」


「お偉い方に紹介でもしてくれるっていうの?」


「お、当たりだよ。残念ながら賞品は出ないが」


「これっぽっちも嬉しくないんですけど? むしろ会った瞬間に殴りそう」



 この街で私が遭遇した獣人のおじさんがされたむかつく出来事はその領主のせいだ。

 ライラさんたちだってあんな森に追いやられている。

 ならその元凶をが目の前にしてじっとしていられるはずがないんだよこっちは。



「それは困ったな。そうなったら俺は立場上、お前を止めないといけない。そんでその後、お前は拘束されて処刑だ。当然だろ、仮にも街のトップに危害を加えたんだから。もしそいつがどんな無能でどんな極悪人な領主であってもな」



 ちっ。釘を刺されてしまった。


 そんなブリッツを景保さんは冷めた目で睨み付け、自分の着物に付いた匂いを取るかのように手で歩きながらはたきながら嫌味を口にする。

 その声にはだいぶイラついているものが含まれていた。

 


「こっちは国盗りゲームに興味は無いんですけどね」


「そうか? 案外、そういうシミュレーション系は好きそうな顔してるけどな」


「僕が好きなのは街作りシミュレーションです。一からそこに住む住人のために整地をし建物を建築していく。与えるのと奪うのとじゃ全然違います」


「あっそ。でもよ、やってみたら実際面白かったってことはあるだろ」


「面白かったとしてもそれはゲームの中での話です。他所様の世界でするものじゃない。恥を知るべきでしょう」


「お~怖。そんなに睨むなよ。まぁあんな臭いところに閉じ込めたのは悪いと思ってるよ。本当なら一流ホテルを用意してやれたんだが、逃げ出すだろ?」


「当たり前です。不当に軟禁されて黙っていられるほど大人じゃない。それにどうせ仲間を釣り出すつりもりだったんでしょうが。だから僕は葵さんには来るなと伝えたんだ」



 二人のプレイヤーに追われながら景保さんはこれはフレンド――つまり私をおびき出すためだと途中で気付いた。

 だから彼は罠だから来るなとあのときに勘付いて通信で知らせてくれた。

 でもさ、だからと言って助けに行かなかったら景保さんの処遇が好転していたとも思えない。



「まぁそこは否定はしないけどな。つーかよ、仲間がいるなら呼んでくれとは真正面から頼んだぜ?」


「こんなことになるのが分かってて呼べるはずがないだろ」


 

 こっちはバチバチだ。

 そりゃ二日もあんな醜悪な場所にいれば普段温厚な人だって文句言いたくなるってもんだよ。

 

 ちなみに景保さんが私に助けを求めてきたときのあらましはこうだ。

 強者の噂を聞きつけた彼はシャンカラにやってきて聞き込みを始めると監視されていることに気付く。

 最初はよそ者狙いの現地の強盗程度だと思っていたのに、半日も泳がせておくとついに現れたのがブリッツと名無しだったらしい。

 私と同じように仲間になれとほざかれて断ると唐突に攻撃し始めてきたんだとか。

 ただその攻めが二人がかりにしては緩く、途中で仲間を呼ばせるためだと気付いたのが通信中。もはや時すでに遅し。

 そして捕まる寸前で相手に悟らせぬようにやや離れた場所に玄武を召喚し、もし私が忠告を聞かずに来た場合は合流してくれるように願ったという顛末。

 一応、青龍と迷ったらしいんだけど性格的にそっちは街を壊したり何をし出かすか責任が持てないのでやめといたみたい。

 


「あ、そだ。それで思い出した。景保さん玄武が召喚できるようになったって連絡もらってないし、記憶が無くなってるみたいなんですがどうなってんですか?」


「それに関してはごめん。がっかりさせたくなかったんだ。ひょっとしたら時間や何かのキッカケで元に戻るかもしれないって思って連絡するのを惜しんでしまった。ごめんね」



 すまなさそうに景保さんが少し頭を下げてくる。

 そういうことかならまぁ仕方ないか。

 


「記憶喪失の原因は……ってまぁあれしかないですよね」


「あれだろうね」



 あれとは玄武の死亡のことだ。

 理由は定かじゃないけど、およそ一ヶ月復活に時間が掛かったことからもそれしか考えられない。



「へぇ、召喚獣の記憶喪失か。俺も興味あるから教えてくれよ?」


「嫌に決まってるでしょ」


「そんなにつんけんすんなって」



 このブリッツという男、馴れ馴れしい。あれだけのことしといて私たちがもう仲間になるって勝手に思い込んでいるっぽい。

 泉の如く溢れてくるその自信はどこから湧いて出てきてんだか。

 ここまでされて首を縦に振るとでも思ってるんだったら病院行った方がいいよ。



「そう言えばあんたたち何歳なの?」



 別にどうでもいい質問だけど何かここから抜け出すとっかかりが欲しかった。



「俺は三十二。名無しは中学二年。爺さんは……知らないな」


「六十四だ」


「そのなりで六十超えてるとか笑っちゃうぜ。つーかじいさんあんまりしゃべってないな。良心でも痛んでるのか?」


「俺はお前と違って一日分、このお嬢ちゃんと付き合いがある。その上で分かったことだが、感情で突っ走るところがあって何をやるか読めないところあるから坊主らの代わりに見張ってるんだよ。感謝しろよ」


「そいつは見た目通りだな。いかにもじゃじゃ馬ですって面してる。それに俺もさっきそれ味わったよ」 



 本人の前で失礼しちゃう会話を繰り広げてくれる。

 こいつらの足でも引っ掛けてやろうかしら。



「三十越えて世界征服って小学生までにしときなさいよ。心は子供のまま大人になっちゃった?」


「別にそんな寝ぼけた話じゃないと思うがな。今の俺たちはまさに一騎当千ってやつだ。ワンパーティ分の人数がいれば国を落とすことだって不可能じゃない」


「ワンパーティーねぇ。確かにこれで人数の上では揃うことになるけど。そっちはその三人だけでいいのね? 実はまだ他にいましたなんてやめてよね」


「嘘は吐いてない。こっちに来てから数ヶ月は経ってるってのに思ったよりも集まりが悪いんだよなぁ」



 ブリッツはボヤいて頭を掻く仕草をした。

 その様子はとぼけてはなさそうに見える。


 しかし困った。せめて美歌ちゃんのことがバレてなかったら伏兵として強力なカードになったのにぺらぺらとこっちのアドバンテージをもらしちゃったのは私だ。やっちゃったぞこれ。



「できればカッシーラにいる【巫女】も呼んで欲しいが――」


「呼ぶはずないでしょ」


「だろうな。まぁとりあえず領主に会ってからでいいぜ」


「そんなに会わせたいの? 逆に怖いんですけど」


「ま、会えば分かる」


 

 そうして雑談している間に目的地に着き足が止まる。


 目の前には人の背丈を超える威風堂々とした宮殿最奥の大扉がお出迎えしてくれていた。

 さすがに扉まで石ってことはなく、浮き彫りが施してある濃淡の素晴らしい文様が入っている木製の大扉だ。

 おそらくブリッツがいなければ兵士の目を盗んでここまで潜り込むのは至難の業だろう。


 左右に控えた大男たちがそれを開くと大広間が姿を現した。

 ずらりと横に立ち並ぶのは壮観な兵士の壁。

 その手には光が反射するほどピカピカと光一目で一級品と分かるような衣装の剣と盾を持ち壮観な列を為している。

 奥には段差幅の小さい石の階段があり、上にはチョビ髭を生やした小太りの卑しい男がいた。

 おそらくこいつがアジャフだろう。


 しかし最も気になるのはアジャフが腰を降ろし座っているもの。

 それは獣人の中年男性だ。四つん這いにさせられ背中にどっぷりと肥えた肉を乗せられ座られていた。

 横に眼鏡を掛けた神経質そうな男もいる。


 あまりにもな光景に私の不快度指数は一気にMAXだ。

 そいつはブリッツの顔を見るとぷるんと脂肪を震わせ満面の笑顔で迎えた。

 


「おー! ファング戻ったんだもん! それがそちが話しておった同郷の士だもん? さぞかし強いんだろうなもん」


「もちろんだよ我が麗しの大将。きっと良い戦力になってくれるぜ!」


「さすがだもん! 頼りにしているだもん」



 手を適当に振りフランクな友人のように領主と接見するブリッツ。



「アジャフ様、あまり新参者を重用なさっては他の者に示しが付きません!」


「ナギルはお固いんだもん」



 アジャフの傍にいる男はナギルというらしく、秘書みたいなもんなんだろうか。

 キリっとはしているが開幕からのこのテンションの高さはあまりお友達にはなりたくないタイプかもしれない。

 今も諫言は言葉通り耳に痛いようでアジァフは眉をひそめていた。



「ナギルはあんたのことを心配してくれてるんだよ。いいやつじゃないか」


「いつまでも子供扱いしてくれては困るんだもん」



 ブリッツが宥めるアジャフはたぶん歳は三十近いはずだが、話し方や仕草から稚気が入り交じるのが見受けられる。

 醜悪な豚だ。こんなのが領主だなんてこの街可哀想過ぎない?



「まぁ土産を持ってきたやったからそうプリプリするなよ」


「プリプリじゃなくてカリカリだもん!」


「アジャフ様、プリプリでも合ってはいます」



 土産とは私たちのことだろう。

 ブリッツがアジャフの傍に行きその肩に手を乗せると彼は嬉しがった。

 兵士たちと同じくまるでヒーローに憧れる少年だ。


 けれどその邪悪な豚の尻の下にはずっと恥辱と苦痛を受け続けている獣人がいて、どう取り繕っても私には和やかになれる気がしない。


 ふと元々アジャフが座っていただろう玉座の裏から黒猫がとことことやってきた。

 その子は一目散にブリッツの体を駆け上がり肩の上に乗ってペロペロと耳を舐め始める。



「その子って……」


「あぁ俺がここを離れる場合はいつもこいつに護衛を任せてるんだ。ほらご挨拶しろ」


『ふんっ! こんな貧相なやつらに名乗る名は持ち合わせてないのよね』



 ブリッツに言われても猫ちゃんはそっぽを向いてしまう。

 人間ならムカっとくるけどこの仕草ですら可愛く見える。

 でも私はやっぱり豆太郎の方がいいな。甘えてくる方が好きだ。

 


「悪いな。あんまり俺以外には懐かなくてよ。名前は『ブラスト』って言うんだ。ほらそんなに無愛想にしないで仲良くしてやってくれよ」


『あなたの頼みなら仕方ないかしら? 気が向いたら相手してあげるわ』



 猫って気ままというイメージがあったけど、そのまんまだわこれ。

 気位の高いお嬢様みたいだ。

 ブリッツの相方との挨拶は手短に済ませ彼はアジャフの方を向いた。



「これで戦力はばっちりだ。ようやく始められるぜ大将」

 

「だもんだもん。我がシャンカラが他の街の日和見主義の老人たちを置き去りにして全土統一を果たすんだもん」



 ブリッツがほざいていた天下統一、こいつも一枚噛んでるのか。

 でも『プレイヤーによる』と確か言っていたはずだ。シャンカラ主導であればそれは為し得ないはず。



「私は反対です。いくら緩みきったこのご時世でもせめて他の街の領主たち過半数以上の協力が不可欠であると愚行致します」



 だが盛り上がる二人に水を差すのはナギルという男だった。

 アジャフは唇を尖らせる。

 


「ナギルは空気が読めない男だもん。すでに半分とはいかないまでも他二つの領主の協力は得ているんだもん」

 


「なぁ大将。こいつらにも俺たちがやろうとしているホットなやつを聞かせてやってくれよ」


「いいだもん。リィム様がこの世界を去られてから数百年。未だ世界は統一はされてないんだもん。ここ数十年は教会主導で交わされた停戦条約のせいで表沙汰にはならない小競り合いぐらいはあってもどこも静観していて、発展しているように見えてもその実は大してなんにも進歩していないんだもん。それじゃあご先祖たちが血を流して切り開いた土地もこれでは意味が無いもん。腰抜けたちに代わりぼっちんが覇を唱え世界を加速させてやるんだもん!」



 だもんに気になりすぎて話が入ってこないが、要するにみんな平和で暮らしているとこに戦争を仕掛けようって魂胆かな。



「なぁ? ホットだろ?」


「いやホットかクールかって言うならフールね。んなことよりも自分の街をなんとかしなさいよ。獣人たちが追いやられて苦しい生活しているのは誰のせいよ」


「獣人だもん? ここにもいるんだもん。でもだーめ。獣人はリィム教でも人の範疇に入ってないんだもん。だからこうして家具として使ってやってるんだもん」


「ぐっ!」



 百キロは越えそうな巨体といっていいアジャフに背中の上で縦に小さく尻でジャンプされその獣人の男が僅かに呻いた。

 彼の身なりはボロを纏っていてお世辞にも良い環境に置かれているとは思えない。

 ただその衣服から垣間見える肌や筋肉はかなり逞しさが見え強そうだった。

 もし自分の命を問わないのであればそのままアジャフの分厚い肉の首でもへし折れそうなほどの力の匂いを感じるんだけど。



「そういうのをやめなさいって言ってんのよ!」


「ファング。ファングのお仲間はなんでこんなに偉そうなんだもん?」


「がっ……ぐっ!」



 私の言葉に苛立ったアジャフがその矛先を獣人に変え暴れる。

 どすんどすんと揺れ動くごとに下敷きになっている彼は筋肉を震わし耐えていた。

 ちっ、余計なことをしゃべるとあの人に負担がいってしまうのか。

 


「控えろ小娘。ご領主様の御前でその物の言いよう看過できんぞ!」


「まぁまぁナギル殿。こいつらには言って聞かせますんで、今日のところは勘弁してやって下さい」


「卿は一度礼儀というものを改めた方がいい」


「はいはい。そのうち学びますんで」


「だからそういう態度が問題だと言っているんだ!」


 

 今度はナギルとブリッツの喧嘩が始まり、話が逸れそうだったところに「ごほん」とわざとらしい咳払いが一つする。

 振り返るとジロウさんだった。

 子供にはっとさせられたのがナギルが恥ずかしそうに顔を背け、ブリッツは片眉を上げヒートアップしそうだった場面が沈静化した。



「あー、まぁということだ」


「いや全然分からないんだけど!?」


「察しろよ」


「せめてその不快なものを目の前から無くしてからにしてくんない?」



 顎をしゃくって指すのは獣人の男性。

 こんなことされている人を放っておいて穏便に話なんてできやしない。



「……仕方ないな。大将、ちぃっとそいつを休ませてやってはくれないか?」

 

「ファングがそう言うならお願い聞いてあげるんだもん」



 アジャフはブリッツに頼まれ渋々といった感じで獣人の背中から降りてそのでっぷりとした体を本来の自分の座るはずだった椅子へと付ける。

 許された彼はゆっくりと立ち上がり、少しだけ頭を下げて横へとはけていった。



「葵さんやるね。こんなときでも主導権は握らせてない。この調子でいこう」



 ぼそっと景保さんの小さな呟きが耳に入ってくる。

 半分地なんですけどね。っていうかあなたも参加して下さいよね!

 ちょっと気の弱いところあるからこれだけ周りに人がいると縮こまっちゃうんだよねぇ景保さんって。



「つまりだここにいるアジャフ様を大将に据えて世界制覇ってことだよ。もちろん主力は俺たちだ。派手に蹴散らせばそう抵抗は激しくならないはずだ。俺たちがやるのが最も血が流れない方法になるんだよ」


「あんた本気で言ってんの? 戦争ってことになればもちろん人を殺すってことよ? どれだけ被害が少なくなろうともそれは避けられないのよ?」


「分かってるよ。だがモンスターを倒したことはお前だってあるだろ? それと何が違うんだ?」


「何って、人間とモンスターの違いがあるでしょ!」


「生き物というカテゴリーでは同じことだ。ならよ、モンスターは良くて人間がダメな理由はなんだ? 人を殺してはいけない理由ってなんだ?」

 

「それは……」


 

 何かを言おうとして言葉が喉から出ずに詰まってしまった。

 人を殺してはいけなり理由? だってそんなの……。



「そうだ。無いだろ。例えば法に触れ捕まるから? そんなもの厭わなければどうとでもなるし、戦争では人殺しは正義だ。殺した数だけ讃えられる。秩序が保てないから? 新しい秩序を作るためにそれに反対する国を潰し正当化するのが戦争だ」


「そうじゃなくって!あんたは同じ人間に刃が向けられるっての?」


「できるさ。確かに元の体のままじゃ不可能だっただろう。でもこの体はそういう精神の惰弱さも克服している。それだってお前らも感じたことはあるだろう? 恐ろしいモンスター相手に怯えたりしなくなっている。それは決して強いからだけじゃないってことにな。心の忌避感を覚えているのはしょせん向こうの常識や理屈をこねくり回しているだけに過ぎないんだよ。人殺しなんてこの体があれば卵を潰すほどに楽なことでしかない」



 確かにモンスターを前にして怖いと思ったことはほとんどない。

 例外は土蜘蛛姫ぐらいだ。

 初めてゴブリンに出会って血が出たのだってちょっと驚いたけどそれぐらいにしか思わなかった。

 あの時は大して何も考え無かったけれど、それはやっぱりおかしいんだ。ブリッツはそれを指摘している。

 だから踏ん切りさえ付けば私だって人を殺めることは可能かもしれない。


 でもね、



「あんたそれは力に溺れてるっていうのよ。例え力が強くなっても心が伴ってなければ意味ないよ! 戦争なんてして無念のまま死んだ人の気持ち。残された遺族の悲痛な想いを考えられないの?」


「お前こそまだ分かってないんだな。何度も言うが殺しも略奪も全てが正当化される。そんな世界なんだよここは。俺たちの世界も百年以上前まではそうだったろ? いやたかが百年前だ。そして俺らがこれからやろうとしていることはこの国と民衆が肯定してくれる!」


「っ! 開き直りには何言っても通じないわね!」



 もうこれは何を言ってもダメなやつだ。

 熱に浮かされてる。病気だよ。



「熱くなっているところ申し訳ありませんが、本当に仲間なんでしょうね? 私にはどう見てもいがみ合っているようにしか思えないですが」



 ナギルが眼鏡をくいっと上げて不審そうにこちらに口を挟んでくる。

 熱く議論を交わす私たちにアジャフもぽかんと口を開けていた。



「偶然街で会って声を掛けたんだが、まだ納得してなくてよ。大丈夫、すぐに説得する。そこは任せてくれ」



 ニカっと歯を見せ胸を反らしながらアジャフにアピールするブリッツ。

 これだけ反発しているのにすごい自信だこと。

 


「フ、ファングがそう言うなら任せるんだもん」


「ま、顔合わせとしてはこんなもんかな。他の領主様方は街を見学中か?」


「そうだもん。田舎からやってきたからきっと珍しいんだもん。好きなだけ観光させて機嫌を取っておくんだもん」


「そうか。じゃあまた後で顔を出すぜ」


「分かっただもん」



 かなりブリッツへの信頼は厚いようで心酔っぷりを見せるアジャフは自分の大きな肉で腹鼓を打った。



「じゃあお前ら俺の部屋に行くぞ。打ち合わせだ」


「そんなもんしたくもないんですけど」


「拒否権は無い。分かってるだろ?」


「ゲス野郎ね」



 ブリッツに促されるまま退室する。

 大きな廊下を何度か曲がり別の部屋に案内されるとそこはベッドもある寝室だった。

 けっこう広く五人入っても手狭感は無い。



「ここが俺の間借りさせてもらっている部屋だ。ま、寛いでくれ」


「んなこと言われてもそんな気分になれるはずがないでしょ」


「まぁまぁ、ここからは内緒の話もさせてもらう。あと聞きたいことがあれば質問を受け付けるぜ?」



 ブリッツの言葉にさっきまで静かだった景保さんが一歩前に出て口を開く。

 唇を真一文字に結び真剣そのものだ。



「じゃあお聞きします。あなたは積み上げられる屍の上に何を望むんですか?」


「改革だ。数百年停滞していたこの世界を俺たちの手で動かす。統一したあとは向こうの知識を寄せ集めて新しい物を作ったり研究や開発をして現代の道具を作るのでもいいな。おそらく後の世では英雄と呼ばれるだろうぜ。ひょっとしたら勇者とか言われたりしてな」


「RPG脳はそこまでにしときなさいよ。いくら言い繕っても平和な世の中を壊す悪党でしかないわ」


  

 私の辛辣な突っ込みにもブリッツは肩を竦めるだけの反応しかしない。

 完全に居直ってやがる。



「平和だと言っても統一されていないせいで隠れた小競り合い程度は実はある。それになんだかんだアジャフみたいな無能なやつは他の国にもいるだろうから俺らがそいつらをぶっ潰して失脚させてやってもいい。今なら単なる暴力だが、権限を持ってからならそれこそこっちが正義だ。真の平和にしてやるんだよ。私利私欲も無くはないが、この世界がより良くなるための行動でもあるんだぜ?」



 ブリッツは耳障りの良いことを並べてくる。

 だからと言って私たちが介入していい話なのだろうか。それはよそ者じゃなく、この世界の人が解決すべき話なはずだ。

 もちろん目の前で不幸があるのに見て見ぬ振りをしろということでもない。



「……うん、一理あるのかもしれない」


「景保さん!?」



 しかし顎に手を当て思案顔の景保さんがまさかの肯定をしてしまう。



「ほらな。分かるやつには分かるんだよ」


「あくまで一理だよ。見方を変えればありかもしれないとは確かに思った。大局的な意味では最低限の犠牲でもっと便利な世の中になるのかもしれない。救われる人がいるのかもしれない。でも僕はそれには乗れない」



 信じてましたよ! きっとそう言ってくれるって!



「あーあ、振られちゃったね。ま、そんな感じはしてたよ。この人あんまり覇気が無い草食系っぽいし」



 皮肉たっぷりに名無しが横から毒を吐き、それに「うるせぇ、お前は絶食だろ」とブリッツが返した。

 あっちの陣営はお世辞にもあんまり仲が良いとは言えないなぁ。

 

 景保さんが問い説得を試みる。



「ただ気になることがある。あなたはあのアジャフとかいう男を神輿に担ぐ気なんですよね? でもちょっと会っただけの印象ですが、あんなのがまともに統治できるはずがない。この街が回っているのだって長年築き上げたここに住む人々のおかげなはずです。いくら地方領主を改めさせたところで大本のあれが王様になんてなったら終わりですよ」

 

「そこは考えがある。俺もあんなのがまともな政治をできるとは思ってないって。むしろ統一したあとは反感を買って暴君として名を落として転落するのがオチだと読んでいる」


「ならなぜあれを選んだんです? ここには七人の領主がいると聞く。他に良い人だっていただろうに」


「――あれだからいいんだよ」



 は? どういうこと?

 言いたいことがよく分からない。



「いくら俺たちだけで国を落とせる戦力があって、その後に良くなったとしても戦争を仕掛けたのならそれは悪だ。当然、支配される側からしたら受け入れられるものじゃない。そこでだ。統一した後にあいつの才の無さや悪行が知れ渡ったところで満を持して俺たちが大々的に討ち取るって寸法だ。今までアジャフに騙されていましたとな。なんだったら魔道具で操られていましたと言ってもいい。すると悪を成敗した英雄の誕生ってことになる。異世界からやって来たっていうのもきっとみんな歓迎して受け入れられるだろうさ」


「呆れた。最初からあなたはあれを捨て駒にする気だったんですか。被害者たちの無念を全てアジャフ一人に背負わせ自分はおいしいところだけを掻っ攫い簒奪する計画を立てている」


「そりゃそうだ、あんな屁みたいなのにいくら金を積まれようが下に付くかよ。ちなみに俺は同郷の人間には甘いぜ? 全員の面倒を見てやるつもりだ。何かを為そうとするなら援助してやるし、引きこもりたいならその生活費だって出してやる。女が欲しければ……おっとこれは女の子の前でする話じゃないか。まぁ敵対しなければ、と但し書きが付くがそういうことだ」



 ハッキリと答えるブリッツに臆するところは無かった。

 彼は本気そう思っている。確かに景保さんが口にした通り、人と人との傷付け合いを考慮しなければこのブリッツという男は案外良いやつなのかもしれない。

 数十年後、数百年後を考えた場合、ひょっとしたらそっちの方がより発展し豊かな暮らしになっている可能性もある。

 でもそこには戦争によって死んでしまった人は含まれないんだよ!



「話はそれで終わり?」


「ま、そうだな。こんなところか。俺の腹の中はさらけ出したつもりだぜ。今度はおまえたちの返答を聞こうか」


 

 私と景保さんは目を合わせ、それからブリッツに向き直りその目をきちんと見据えて同時に答えを返した。



「「いやだ(よ)」」



 ブリッツは面食らった顔を一瞬して、そして俯きながら長いため息をゆっくりと吐く。

 その表情はさっきまでと違って覚悟を決めたような微妙な差異が現れていた。

 


「仕方ない。なら『果し合い』といこうじゃないか」


「遊んでる場合じゃないのよ? 『果し合い』ってあれでしょ、PvPいわゆるプレイヤー対プレイヤーの戦うシステムのこと。そんなのしてどうなるっていうのよ?」



 『果し合い』は大和伝に組み込まれているプレイヤー間の模擬戦ができるシステムのことだ。

 模擬戦といっても個人間でどちらかが倒れるまでやる普通のデスマッチから、チームなら殲滅戦やフラッグ戦などもある。

 メニューにあるのでやれるかもしれないのは知っていたが、今まで試す機会は無かった。

 一度果し合いが開始されれば、お互いのHPの削り合いが始まる。ただそれだけの代物だ。

 アイテムを賭けられるのがせいぜいで、それで帰還できるポーションでも掠め取ろうというつもりだろうか?



「こっちの世界で色々仕様が変わったのは知っていると思うが、その中で果し合いも変化があったんだよ。アイテムだけじゃなく、行動の制限や命令も含まれるようにな。しかも都合のいいようにプレイヤー以外もゲスト参戦できる」


「行動の制限? よく分からないわ」


「例えば『俺に従え』とか『仲間になれ』という曖昧なものでも両者の合意があればOKになったっていうことだよ」


「そんな無茶苦茶な!」



 それが本当ならかなりやばいシステムになっちゃうよこれ!

 


「もちろん俺は無理な願いはしないさ。こっちの要求は『世界制覇まで仲間になれ』ってところだな。そっちは好きにしたらいい」


「その期限付きなところは一見、優しそうに見えて実は釣り糸ですね。ずっと命令を聞かすような内容であれば僕らはポーションを使ってこの世界から逃げてしまう。わざと制限を付け、終わったあとに自由になるというチャンスを設けることによって逃げるのを少しでも防ごうとしている。違いますか?」


「さてな。好きに受け取ればいいさ」



 景保さんの突っ込みにブリッツが鼻から笑う。


 もし私たちがポーションで逃げたらおそらく二度とこの世界にやってくることはできない。

 それならば戦争に加担し悪評を買おうとも、同じプレイヤーとしてブリッツたちを元の世界へ還す責任を取るため甘んじて耐えることもアリだとブリッツはほのめかしている。

 

 ただなんにせよ、私にはもうそのポーションが無い。

 負けたけど嫌だと突っぱねて逃げることも無理だ。



「それは負けたあとに拒否したらどうなるの? どこまで制約が付くの?」


「一度決めたことを反故にしようとすると全身に激しい痛みが走るようになる。実験済みだ。それと葵、お前には朗報だが果し合い中に負った傷でHPを全損しても殺しにはならない。設定したフィールドから弾かれるだけでちゃんと生きている」



 私の質問にチラリと名無しに視線を向けるブリッツ。

 おそらくこの二人で挑戦したんだろうけど、危ないことするなぁ。

 もしそれで一発で強制送還されることだってあり得ただろうに。


 ただ死なないのであれば私も思いっきりやれる。それは確かに嬉しい報せではあった。

 果し合いシステムを使わなければ向こうの必勝であるけどその代わり私たちを従わすことができない。

 だからこそ確実ではなくとも私たちに命令を強制できる方法をこいつは選んだのか。



「それはともかく馴れ馴れしく呼び捨てで呼ばないでくれる?」


「まぁそう言うなって。もうすぐ仲間になるんだからさ」


「あんたの自信はそこからきてたのね。納得したわ。でもそんなの了承しなかったらいいだけじゃない。送られてくるウィンドウを押さなかったらそれで済む話でしょ」


「これはあんまり使いたくなかったが、そこでようやく撒かれた種が生きてくる。葵、お前が関わった獣人の村があるだろ? ――逆らうならあれを住民ごと潰す」

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