3章 4話 思いがけない再会

「街の中は普通ですね」


「ま、そりゃな。新参者が感じるほどの異常があったらそれこそ本格的にやばいってことだな。もう完全に取り返しが付かないところまできている証拠だ。おかしなことはゆっくりと水面下で起こるから気付きにくいんだ」



 先導して歩く私よりもさらに頭一つ分小さいジロウさんが肩を竦める。

 

 すでに私たちはシャンカラの中に潜入をしていた。

 景保さんと戦ったやつといつ出くわすとも限らないので、可能な限り目立たないように、というコンセプトの元でターバンで黒の髪色を隠し外套で忍者服も分からないようにしている。

 ついでに豆太郎と蛇五郎にも一旦帰還してもらっていた。

 豆太郎の鼻は景保さん探しの頼りにはなるけど、すでに二日経っており匂いは期待しづらく、それよりは豆柴と白蛇というぱっと見の大和伝を連想させる痕跡を消す方を優先した。

 そうじゃなくても普通に目立つしね。


 ジロウさん曰く「見つかった瞬間に即座に攻撃されるかもしれないんだから用心に越したことはない」らしい。

 ちなみに彼とはすでにフレンド登録済みなので、万が一に迷子になっても連絡は取り合える。



「外套なんて着てたら目立つんじゃないかって思ってたけど、そうでもないんですね」


「違和感ないだろ?」



 やや乾燥している地域なので服を砂から守るよう外套を羽織っている住人もチラホラといた。

 日差しも高いせいか、頭に布を巻いていたり帽子を被っている人はよく目についている。

 服装はゆったりとしたものが目立ち、半袖の人も長袖の人もどちらもいたが肌はクロリアとかよりも小麦色に焼けている人が多い。

  


「前情報が無ければもっと楽しい目で見れたのになぁ」



 街の雰囲気はそう悪いものではない。

 クロリアやカッシーラと比べこの土地独特の気風があっても、道行く人たちの活気や表情は負けてはいなかった。

 おそらく何も知らなければちょっとオリエンタルなこの景観に素直に感動していたことだろう。

 でも一部とは言え、獣人を虐げ食い物にしている街なのは決して忘れてはいけない。



「嬢ちゃん、そうやって警戒することは良いことだ。だがやり過ぎて目をつけられんようにな」


「はーい」



 人混みをかき分けて進んで行く。

 とりあえずの目的地は闘技場周辺。その近く酒場か冒険者ギルドに寄って情報収集ってところか。

 今日一日で終わるとも思えない。数日掛かることも想定済みだった。



「それにしてもありがたいんですけど、本当に付いてきてもらって良かったんですか? 魔物から村を守る用心棒みたいなことしているんですよね?」


「ん? あぁ、言うて獣人ってのは人よりも身体能力が高いからちょっと空けるぐらい問題ない。そもそも儂が来る前から自立していたんだぞ?」


「そう言われたらそうですね」



 あれ? じゃあなんで用心棒になってあそこで暮らしているんだろ?

 ふとそんな疑問を胸に抱く。



「ライラも本気になればチンピラの数人ぐらい自分で倒せると思うんだがなぁ。むしろあれは村の中でも群を抜いて素質があると見ている。ただ性格が全く戦いに向いてなければ子供と変わらんという可哀想な例だな。そのくせ他人のためになら無鉄砲に体を張ろうとするから始末に終えん。何度言い聞かしても耳から耳へと抜けていくようだ」



 ぶつくさとボヤくジロウさんだけどけっこう仲が良いように見えた。

 だから悪態を吐くというよりかは、娘を心配する親のようだ。

 まぁあの人が戦いに向いているなんて想像できやしないので、そっちは親の贔屓目ってところかしら。



「手間が掛かる子ほど可愛いって感じですか?」


「あー、かもなぁ。この歳で、しかも二十はたちを越えてる女の子育てなんてもうしたくないんだが。ありゃー婚期が遅れるタイプだ」


「そのうち地面に頬ずりしててもお嫁にもらってくれる度量の広い人が現れて……くれるかなぁ? 私かなりひどいことしちゃったような……」


「あんなのあいつの中では日常茶飯事だ。気にするな」


「あの人の日常どうなってんの!?」



 残念美人なのは察していたけど、あれがいつものことって相当ひどいんですけど……。

 不幸の星の元に生まれてそう。お土産でも買って今度会ったら渡そうかしら。



「やめろ! 返してくれ!!」



 そのまま周りを眺めて歩いているとふいに男性の叫び声が飛び込んできた。

 前方を見ると誰かと揉めているらしい。包みを取り合っているようだった。

 人の流れがそれで止まり、彼らを中心に輪を作るようにみんな距離を取り出している。

 


「うるせぇよ、獣人が昼間からこんなところ歩いているのが悪いんじゃねぇか!」


「そんな無茶苦茶な! これは家賃を納める金が入っているんだ! 誰か、助けてくれ!」



 騒ぎの中心にいるのは一人は中年ぐらいの頭に獣耳が生えた獣人の男性、

 そしてもう一人はもう少し若いが普通の人間だった。おそらく彼の荷物を取ろうとしているこっちが窃盗犯だろう。

 そいつはジャラジャラとお金が入っている金貨袋を頭上高く持ち上げ、必死に足に縋り付いている獣人を足蹴にして抵抗していた。


 さすがにお馬鹿過ぎない? こんな往来のど真ん中でよくもまぁ目立つことしている。

 ガチャガチャと鎧の擦れる金属音がして街の兵士たちもすぐにやってきた。

 そりゃそうだよ。遠くからでも異変があることはすぐに分かるもの。

 彼らはこの街特有の日差し用の首まで覆う頭巾を被っていてどこか精強そうだ。


 しかし彼らの取った言動は私には考えられないものだった。



「何だ獣人か。他に怪我人が出ないかだけ注意しろ」


「はっ!」


「ったくこっちは各領主様方の警備だけで精一杯だってのによ。仕事を増やすんじゃねぇよ」



 なんとこの犯行現場を目撃したにも関わらず、止めようとしなかった。

 それどころか憎々しげに眉を寄せ愚痴をこぼすまでする。

 あまりのことに口を開けて呆然としてしまう。



「誰か助けてくれ! うっ!」



 その間にも二人の争いは続き、次第に盗人の方が手を出し獣人に殴り掛かっていく。

 もはや強盗どころの話じゃない。馬乗りになって獣人の顔を滅多打ちにしている暴行犯だ。

 殴り返されないのをいいことにその凶行はエスカレートしていった。



「え、嘘。何で誰も止めないの?」



 それでも兵士は動かないし、住民たちもただ周りから見ているだけ。助けようとする人は誰もいなかった。

 まるで公開処刑だ。

 いやそれどころか興味無さそうに一瞥だけして歩き去って行く人もけっこういる。


 肝が底冷えするような異様な気持ち悪さに気分が悪くなり吐き気がしそうだった。

 こんなの見ていられるはずがない。

 

 だというのに動こうとした私の手首を掴む者がいた。



「お嬢ちゃん、何をするつもりだ? いや聞かなくても分かるがよ」



 その小さく華奢な手はジロウさんだ。

 彼は冷めた目で下から私を睨み付けてくる。



「そりゃ助けるに決まってます! こんな無法が許されていいはずがないでしょ!」


「隠密中だということをもう忘れたのか? ここで助けに入ってみろ、どれだけの人間の目に入るか分かったもんじゃない。やめとけ。これがここの日常だ。理由までは知らないが、獣人なのにこの街にまだ残っているということはそれはあいつが選んだことだ。関わるな」


「そんな!?」



 話では聞いていた。

 けれど実際に目にするとここまでひどいとは思いもしなかった。

 こんな理不尽がまかり通り、それをおかしいと誰も声高に叫ばない。そんなゲスなところなのかここは!



「おらよ! 獣くせぇ匂いさせやがって、獣人が人様に逆らうんじゃねぇよ!」



 もはやぐったりとして動かない獣人のおじさんを殴り過ぎて荒く肩で息をする男は、ゆっくりと腰を上げとどめとばかりに顔に唾を吐き捨てる。

 それから地面に転がっている持ち物を堂々と盗み取った。



「あいつ!」


「だからやめとけと言っている。優先順位を履き違えるな。お嬢ちゃんは仲間を助けに来たんだろうが。見ず知らずのやつのことなど放っておけ」


「でも!」


「それで成功率が下がって致命的なことになったらどうするよ? 少なくてもあの獣人の男は死にはしていない。盗人の方もさすがにこんな往来で殺すところまではしないだろうさ」



 言われて倒れてほとんど意識が無い彼に目をやると、胸は息を吸い込んで上下に動いているし小さく呻きもしているから確かに死んではいない。

 でもそういう問題なの?

 私の心は納得ができないでいる。

 

 ギロリと荷物を掠め盗った男は周囲に睨みを効かせると壁になっていた人が退いて道ができ、悠々とその場を立ち去ろうとする。

 もちろん兵士もそれを見ているがそれ以上どうこうするつもりはないらしく、むしろ早く行けとばかりに手をヒラヒラと振っていた。


 私との距離わずか一メートルほどのところを悪びれもせずにすれ違おうとする。

 視線で人を殴れたらどれほど気持ちが良いだろうか。ムカムカしてこの気持を抑える方法が思いつかなかった。



「おっと!」



 突然、男にぶつかる小さな影があった。

 それはジロウさんだ。


 彼はすっと半歩横に出ると、彼の腕と接触を起こした。

 明らかにわざとの行動。



「痛ぁい!」


「クソガキが! ちゃんと前見て歩け!」



 男がジロウさんに投げかける言葉は辛辣だ。

 だがそのまま立ち止まることもせずに人ごみの中に消えていった。


 いやっていうかそれより、今ジロウさん、子供みたいな声を出さなかった?

 思わず鳥肌が立ちそうになったよ。



「さぁ、揉め事は終わったからみんないつも通り生活してくれ!」



 大きく手を叩く警備の男たちの声にそれまでただ傍観していた人々は何も無かったかのように動き出し、それを皮切りに人の波が騒動前へとすぐに戻っていく。

 僅かに男性が倒れている箇所だけは空間ができてはいるが、誰も関わり合いになりたくないのか見ようともしない。

 

 そんなジロウさんは黙ったまま倒れている獣人男性に近付いていって肩を貸し、

人目が無さそうな路地に連れて行き私も後を付いていく。

 獣人のおじさんは服はボロボロで土に汚れ、全身が打ち据えられ目蓋まで腫れてはいるが、一応意識は戻ったらしい。

 


「大丈夫ですか? おじさん」


「あ……ありがとう坊や。……で、でも、も……もうダメだ……。金を盗られちまって……痛てて……俺はこれからどうやって生きていけば……」



 見た目相応に見える少年の表情と口調をしたジロウさんにおじさんは虚ろ気な瞳で悲惨さを呻く。

 この街での獣人の差別を今目の当たりにしたところだ。

 裕福そうにも見えないこの人があのお金を稼ぐのにどれだけ努力を積み重ねたのかそれぐらいは察せられる。

 まさに絶望と言っていい状況。私は何もしてあげられない。

 なんて無力なんだろうか。

 

 

「それより今そこでこれ拾ったんですけど、ひょっとしたらおじさんのじゃないですか?」



 だというのにひょっこりとジロウさんが手から出したのは財布などに使う紐で縛ってある布袋。

 というかそれさっき見たやつだ。



「そ、それ!?」


「やっぱりおじさんのだった? じゃあ返すよ」



 ニコリと天使のようなスマイルをして袋を渡すジロウさん。

 何だか顔の周りがキラキラと輝いてすら見える。



「あ、ありがとう……ありがとう……本当にありがとう……」



 おじさんはそれを受け取ると目を瞑って袋を握りしめ、涙を零れ落としながら何度も何度も感謝を口にする。

 あれだけ人がいて誰も味方がいない中、ジロウさんだけが彼を救った。

 止められたせいもあるけど結局私は何にもしていない。なんだか悔しかった。


 獣人だから回復力が高いのかしばらくすると歩けるぐらいには回復したおじさんは顔をくしゃくしゃにしながら去って行った。

 また襲われるんじゃ? と懸念を口にしたら「こんな姿で金目の物を持っているとは思わないさ」と苦笑いを浮かべていたのが印象的だった。

  


「何してんだ行くぞ?」



 おじさんが見えなくなるまで見送ると、途端に天使の微笑みは消え、誰にもはばかることのないいつものジロウさんが戻ってくる。

 そしたらつんとした顔で私を待たずに先に歩き出そうとするので慌てて付いていく。

 何だこれギャップがあり過ぎる。 



「あー、ひょっとしてさっきの肩当てって強盗からスってお財布を取り戻してあげたってやつですか?」


「そうだ」


「足を引っ掛けて転ばせたら良かったんじゃ?」


「そんなことしたら大騒ぎになるだろうが。あの場であの男を窃盗犯として吊し上げたら抵抗もする。その相手をするのは儂らか? 目立つだけだろう」


「いやまぁそうなんですけどね……。あまりにも子供の演技が上手かったんで驚いています」


「あのなー、儂だって子供の時分はあったんだぞ? というか揉めないための腹芸の一つぐらいできるわい。何年生きていると思ってるんだ」



 何年生きてるって言われても歳知らないし、見た目は十歳ぐらいなんだもん。

 でもちゃんと考えて立ち回りしているのはさすがに年の功だよ。

 


「おみそれしました」


「この体を武器と思うのか、ペナルティと思うかは自分次第だな。見上げることが多くなったのは面倒だが、目線が変わって新鮮でもある。この街に初めてやって来た頃は子供だと思って舐めた連中もいてな、全部の服とズボン破いて道端に転がしてやった。後悔はしてない」



 最後に不穏なことを言った気がするけど、この人もけっこう好き勝手にやらかしてるんだなぁ。

 まぁ悪党を成敗するのには何の文句もない。



「過激ッスねぇ。そういや何でこの街に来たんでしたっけ?」


「元々はカッシーラの温泉に長期滞在するための資金稼ぎだな。ここにはオークションとかあってな、魔物退治よりも手持ちのアイテムを売った方が手っ取り早く稼げるんじゃないかと思ったんだよ」


「へぇ、何か出品したんですか?」


「焙烙玉とかな」


「ぶっーーーーー!!」



 嫌な思い出しかないその名前を聞いて吹き出してしまった。

 そういや私、この人が狩人のお爺さんにプレゼントした焙烙玉に直撃しそうになったんだったわ。



「てっきり丸薬系とかインテリアだと思ってましたけど、そんなにポンポンと危険なアイテムを放出しないで下さいよ! ってか私それで苦戦したんですからね!」


「ってのは冗談だ。売ったのは適当な弓とか刀だよ。さすがに儂も焙烙玉を知らないやつに渡す気はない」


「いやいや知ってる人でもダメですってば。危なかったんですって」


「あの爺さんには泊めてもらった恩があったらかなぁ。お返しに金も何もなかったから狩りに使えそうなものを宿代の代わりに渡しただけだって。モンスターがそこら辺にいる世界だから護身用にってな。本当なら孫想いの気の良い爺さんなんだ。それが回り回って同じプレイヤーに使われるなんて思いもしなかった。その節はまぁすまなかったがな」 



 いや確かにあの人だってあんな切羽詰まった状況に追い込まれなかったら、きっと人に向けて使ったりはしなかったと思う。

 そこまで予想してあげたんじゃないのは分かるけどさ、私からしたら文句の一つくらいは出ちゃうのよ。

 


「ちなみにその弓とかって誰が競り落としたんですか?」


「さぁ? 買ったやつのことまでは知らん。ただかなり良い値で売れたから相当な金持ちなんじゃないのか?」


「えぇ……。悪そうなやつに買われてたらどうするんですか」


「んなこと言うが、この世界は元々魔法みたいなものもあるし、武器なんて腐るほどあるだろ? 今更だぞ。それに出品したのは本当に大したことがないやつばっかりだ。この世界の基準では最高品質になるんだろうけどな。あんまり細かく考えない方がいい。メールにもあったろう、好きにしたらいいと思うぞ」



 んー、割り切ってるなぁこの人。

 でも私はそこまでドライにはなれない。



「もし、そのせいで自分の知っている人が傷付いたりしたら?」


「そんときゃ取れるだけの責任を取るさ。儂らは神様じゃない。何したって完璧なんてできないんだからそんなに怯える必要などないんだよ。人生なるようにしかならん」



 むー、この人とは人生経験値の差がハッキリしてて口喧嘩では勝てそうにないなぁ。

 何というか、行き当たりばったりの私と違って最初から着地点を見据えながら行動している感じがする。

 それが大人だと言われればそうなのかなぁ。


 そこまで話してジロウさんが一段小さな言葉で問い掛けてくる。



「それより――尾けられているのは気付いているか?」


「えぇまぁ」



 ちょっと前から後ろを数人の男たちが付かず離れずといったペースで付いてきていた。

 こっちを見た目通りのローティーン姉弟とでも勘違いしているのかぶっちゃけ隠している風でもないので丸わかりだ。



「ならそこの道を曲がろうか、奥に行くと人気の少ない場所がある。そこでなら多少暴れても人の目に触れることは少ないだろう」


「倒していいんですか?」


「逃げてもいいが、正体も知りたいしついでに情報ももらっとこう。放っておいて面倒事が拡大するのも難点だ。憂いは断つ方が賢明だな。全裸に剥いたら歯向かう気も失せるだろ」


「レディの前ではそれ自重して欲しいんですけど」


「レディー? あっはっはっはっは、笑えるな。いやー久しぶりに笑えた」


「プンスコ怒りますよ!」


「すまんすまん、ならスマートにやるか」



 緊張感の欠片も持たないまま私たちは裏通りに入った。


 昼間なのに人気が無くて本当にこういうところはどこにでもあるんだなぁって感じ。

 ここまできたら雑音も少なくなっていてもう後ろからの足音だけでも追跡者がいるのが分かる。 


 ある程度進んでからジロウさんとここら辺でいいかと顔を見合わせた。



「さて、あんたたち何か用?」



 同時に後ろを振り返る。

 ざっくりと二十~三十代の男たちが雁首を並べており、私に声を掛けられて止まった。

 ほとんどはこちらをただの少年と少女だと見くびっているらしく、侮蔑と嘲弄が籠もった視線で眺め口元はだらしなくニヤけている。

 どう見たって道案内でもしてくれる気の良いお兄さんって感じではない。


 その中の一人だけは他とは違い眉間に皺寄せ鼻息荒く前に出てきた。



「俺の顔を覚えているか? お前らのせいで儲けそこなっただんだぞ!」



 ブサイクな顔で興奮するそいつはさっきの強盗だ。

 あー、なんか早くも分かってきた。



「単なる腹いせね」


「期待外れだな」



 ため息混じりで肩を落とす私たちを見て、男の感情に油が注がれ燃え上がる。

 悪いけど、彼我の戦力差があり過ぎて真剣になれないんだよね。私たち二人を相手にしたいなら最低でも千人ぐらいは連れて来てから粋がってもらわないと。

 


「ふざけんなよ! あの男の財布の中身がいくらかで賭けてたんだよ! お前らのせいで丸損しちまった。その責任はお前らで取ってもらうからな!」



 わーお、すごい理屈だわ。そこに何一つ納得できるものがない。

 でも力で強引に言い聞かす自信はあるんだろう。そのための仲間と暴力だ。

 


「そんなことより、黒髪の男か、闘技場のチャンプについて知らないか? ちゃんとしゃべれる内に聞いておきたい」


「そんなことだと! このクソガキが! ビービー泣いて謝っても許してやらねぇ!」


「話が通じないな。これは口の滑りを良くしてもらうためにお仕置きが必要なようだ。数十年振りに尻叩きでもやってみるか。息子じゃないから足でやることになるが構わんよな?」


「もちろん私もいるのをお忘れなく」



 私は忍刀、ジロウさんは弓を出すまでもない。

 二人で腰を落とし素手で構え、睨み合う形になった。


 だが、男たちの真後ろに突然、外套を被った影が現れる。



「そこな痴れ者共、全て聞かせてもらった。子供を虐めるなど不届き千万! そんな輩はせつが葬ってやる!」



 ややハスキーボイスだけどそれは確かに女性だった。

 体を覆う外套から垣間見えるのはホットパンツとスラリとした肢体のふとももやおへそ。思わず頬ずりしたくなる均整の取れたモデルのようなプロポーション。

 いやというかこの声、そしてその姿、私の脳に刺激されるものがある。



「な、なんだてめぇ!」


「中途半端にしゃしゃり出てきやがって」



 いきなり知らない女性に葬ってやるとまで言われた彼らは鼻白んで警戒した。

 けれど、そんなもので一ミリも結果にも過程も変化は与えられない。

 凄まれてもその女性はすっと良い姿勢を崩さず凛と最後通告を与える。



「これが最後の警告だ。改心する気があるならここは見逃してやる。どちらかを選べ」


「この人数を見てよく吠えるぜ! 一緒に片付けるぞ!」


「おおよ!」



 やはりそんな程度の言葉で諌められるのであれば端からこいつらは悪事を働いていない。

 助けに入ってきた女性に対して男たちは敵意をさらに強め踊りかかった。


 しかし、



「ならば土の上で反省してもらおう! ふんっ!!」


「うわっ!」


「ぎゃっ!」


「むぎゅっ!」



 その女性が右手に持ったのは私の腕より太い'豪槍’。

 それで右半分の男たちを豪快に壁へ吹き飛ばし、左手に持った'大盾’で事もなげに側面から弾き飛ばした。

 鈍い音がして一発で男たちは気を失う。

 ほぼ一呼吸ほどの間に戦闘が終わった。瞬殺だ。



「君たちは――怪我は無いようだな。こんな危ない場所をうろつくのはもうよしなさい。気を付けて帰るんだぞ」



 彼女は私たちの姿を確認して小さく安堵し、それだけ言い残して颯爽と踵を返し去って行った。

 ヒーローはいきなりやってきて嵐のように過ぎ去るって感じ。

 私たちは唖然として固まったまま。



「いや、っていうか『玄武』じゃん! なんで私をスルーしてんの!?」



 そう今のはどう見ても玄武だった。

 あの激闘だった土蜘蛛姫戦で一緒に戦った【陰陽師】の使役する召喚獣。

 十二体いる中で、唯一の純前衛タンクだ。

 彼女の献身的な防護に助けられたのは記憶に新しい。


 ただし玄武はその戦いの最中に命を落としてしまっていた。

 そして再召喚まで一日のクールタイムのはずが、一ヶ月を経ってもそれが叶わなかったはずだ。

 今その彼女が目の前にいたことが夢だったのではないかと呆然とする。


 他の陰陽師の玄武か? という可能性も無くはないが召喚獣は見た目などがカスタマイズできるので、デフォルト以外では同じ見た目になる確率は限りなく少ない。

 やはりあれは景保さんが作り上げた玄武でしか有り得ないはずだ。

 だけど、私の顔を見ても何のリアクションも無かったというのは解せないし、景保さんからは復活したという話は聞いていない。

 別の個体か? 一体何がどうなっているのか判然としなかった。



「知り合いか?」


「景保さんの喚び出した玄武です! たぶん!」


「確か一緒に戦った陰陽師が土蜘蛛姫戦で召喚したのが玄武だったんだな? ならなんであいつは嬢ちゃんの顔を見たはずなのにどっかへ行ったんだ?」


「それが分からないんです」



 こんな事態初めてで頭が混乱するし、会いたかった人に会えた興奮とそれがやっぱり違っているかもしれないという怖れが入り混じって、胸もちょっぴりドキドキしている。

 まさかこっちも外套を着ているから分からなかったとかそんなオチではないよね? 忍者服は隠れていたけどちゃんと顔は見たはずだ。

 


「案外、会っても口を利くなと命令されていたりしてな」


「なぜです?」


「さぁ? でもお嬢ちゃんはその陰陽師から『来るな』と言われてたんだろ? なら何かあえて無視する理由があるのかもな」



 それを言われると反論の仕様もなかったが、ここで憶測を重ねるにしても情報が無さ過ぎだ。

 とりま今やれることは一つ。



「とにかく、玄武を追い掛けます。まだ追い付けるでしょうし」


「そうだな。直接聞くのが手っ取り早いか」



 二人で玄武の向かった方向へ雑踏を駆け抜けていった。

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