3章 2話 南の国で出会ったのは――
大きな雲が風に流され、カンカン照りの太陽光が頭上から容赦なく降り注ぎ、思わず眩しくて目を細めた。
アクセルを全力で吹かした車の速度に負けない速さで旅路を急ぐ私の鼻には熱せられ乾いた砂の臭気が無遠慮に入ってくる。
踏みしめる足の裏は緑も少しはあるが、半分ぐらいは砂ばかりの見渡すばかりの荒野。
エル・ファティマ部族連合というのはクロリアから南にあり、どうやらオーストラリアのエアーズロックやアメリカのモニュメントバレーのような原風景の環境が近いらしい。
クロリアから目的の『シャンカラ』までは馬車で最短で十日。
最も王国との国境に近いその街への道程を私は二日で踏破しようとしていた。
食事や水はウィンドウに収めたものを取り出し、就寝時は背の高い木を探してそれに『みの虫寝袋』を吊り下げる。
寝袋の頭部分の先に紐みたいなのが付いていて、それを枝に吸着させるだけ。あとはぶら下がりながら寝られるという優れもの。
普通なら寝にくいことこの上ないけれど、この体なら気になることはなかった。
それも大和伝の『インテリア家具』の一つだ。江戸よりは現代色が強いけれど、そういうミスマッチなアイテムはそこそこあるし、かなり助かっている。
『あーちゃん、ちょっとみぎのほうになにかいるっぽい』
「おーけー、じゃあ右は避けて左寄りで行きましょう」
頭の上の豆太郎の索敵を駆使しつつ、無駄な戦闘は避け最速を目指していた。
すでに二日が経っていて、この時点で襲撃者が景保さんに殺意があったのなら間に合わないことは自覚している。
ただフレンドリストから彼の名前は消えていない。死んだら消えるかどうかは確認したことがないから完全に安心できるってわけじゃないけどたぶん生きていると思うし、思いたい。
何らかの理由で生かされていることを願って今は急ぐしかなかった。
途中、道行く人や馬車とも何度もすれ違った。
私は街道から外れたところをひた走っているので顔まではバレていないと思うが、砂を巻き上げ高速で移動する何かがいるというのは見られていると思う。
もうそこは気にしても仕方ない。
ウィンドウの自動書き込みされるマップがあるので道を逸れても方角は絶対に迷うことはないのがありがたかった。
アレンたちはたまに太陽の位置とかでおおよその方角を判断したりしていたけれど、それをしなくていいのは楽だ。
日本と違ってアナログで北極星を探すなんてことできないしね。あとは木の年輪を見ても方角が分かるんだっけ?
ただ途中で村とかに寄れていないのでお猿の籠屋で移動できる拠点が増えていない。
そこはちょっと不安が残るけど、何事も無ければ帰り道に登録していけばいいと思って真っ直ぐに向かっている。
「アレンたちには悪いことしちゃったなぁ」
景保さんから連絡があったあの日、彼のピンチを知った私はすぐにクロリアの町を出立することを告げた。
少し悩んだアレンたちは一緒に行くと言ってくれたがそれは私が断った。
気持ちは嬉しい。でも単純に同道すると時間が掛かり過ぎるからだ。
カッシーラへまでは半分観光気分もあったけど、今回はのっぴきならない事態が知れていて一刻も早くシャンカラに到着せねばならなかった。
簡単な旅の道のりを教えてもらって即座に豆太郎とクロリアを飛び出し今に至る。
ともかく、そんなことでアレンたちのランク4昇進のお祝いムードが吹き飛んでしまったのは申し訳なかった。
戻ったら全部私のおごりでやり直すしかないかな。いや、景保さんに払ってもらうか。
『あーちゃん、あっちからちのにおいがする』
全速力だとさすがに数時間も走れないので余力は残しつつ駆ける速度の中、豆太郎の鼻は敏感にそれを感じ取った。
「魔物同士とかかな?」
『うーんわかんない』
本当なら無視したい。でも人間が襲われているなら……。
そう思うとここで素通りはできない。距離的にはもうそろそろシャンカラに着いてもいいところなのに邪魔してくれるねぇ。
逡巡し、そっちに進路を変更する。
あっという間に数百メートルを詰め人影がいるのが見えた。
人数は武器を持った男が四人、あともう一人そいつらに襲われている女性がいる。
「よし女性を助けよう。男は悪党で間違いない!」
『りょーかーい!」
ワンチャン、女の子の方が悪いという展開もあるかもだけど、刃物を持った男が数人で女性に凄んでいたら十中八九、そいつらが悪者だ。
女性の見た目も盗賊風とかじゃなくて普通の村娘風なので合ってるはず。違ったらスタコラサッサと逃げることにするわ。こう見えて逃げるのは得意なんだから。
「その人から離れろおおおおおおおぉぉぉぉーー!!」
「ぐはぁっ!」
「え? ぎゃぁ!!」
「ぬわぁっ!!」
超速度で男の一人にドロップキックをかました。
反応できなかったその男は背中を蹴られ頭から吹き飛び、対策線上にいた仲間二人に当たり一塊になって転がっていく。
いきなり残りは一人だ。
「はぁ? な、な、な、お前、な……」
「通りすがりの正義の味方よ。あんたたち悪党よね? そうでしょ? そんな顔して違う訳ないよね? そうだと言って!」
唖然と言葉も紡げない男に向かってビシっと指を指して問い詰める。
こっちも急いでるからもう色々と雑だ。最後は願望が入ってたのは気にしてはいけない。
「な、くそ、獣人をどうしようが自由だろうがよ! 邪魔すんな! 金だけのつもりだったがもう洒落にならねぇからな!」
獣人、という単語が出たので怯えている被害者の女の子に目をやると、確かに頭の上にぴょこんと可愛らしい丸い獣耳があった。
その傍にはターバンが落ちていてそれで耳を隠していたのかもしれない。
腕は脅しで斬りつけられたのか浅く服が破れそこが赤く滲んでいた。
「あー良かった。そういう分かりやすいセリフ待ってたのよ。はいギルティね。全員雑草の肥料になってもらうわ」
「調子に乗るな!」
用意していたらしい短剣を前に突き出してくる。
少なくても人質を取るという頭が回らなかったのは助かったわ。
まぁそのための挑発でもあるんだけどね。
男の武器の扱い方はかなり素人くさい。
まず私のどこを狙うのかも決めていなくて切っ先がブレブレだった。
街の粋がったチンピラってところが相場か。こんなもの瞬殺だ。
「どっかで十年ぐらい修行して出直してこい!」
「ぶるぁっ!?」
刃物を掲げてやってくるそいつに、反応できない速度で一歩踏み出し綺麗な姿勢の横蹴りをお腹にぶち当て、他の仲間が昏倒しているところに吹っ飛ばす。
みんな仲良くそこで寝てなさいっての。
一息の間に戦闘終了。
今までで一番最速かもしれない。まぁ雑魚に時間なんて掛けてらんないわ。
「大丈夫ですか? 立てます?」
襲われていた女性は二十代ぐらいかなぁ。
頭にはさっきも確認した丸い獣耳があって恐怖からか萎れている。
気になってお尻を見たがどうやら尻尾は無いらしい。ジ・ジャジさんもだけど彼らの人間との違いは獣耳があるなしと身体能力や五感が高いぐらいだそうだ。
助けたこともあり、同じ女性でもあったのも幸いして私が味方だというのは早めに理解してくれた。
「あ、ありがとうございますぅぅぅ!!」
手を取り立ち上がったところでそのまま強く握られ何度も腰を曲げてお礼を述べられた。
うんまぁ同じ女性としても道徳心からも助けるのに躊躇は無かったよ。
「怪我は大丈夫ですか?」
「い、痛いですが、これぐらいなら村に帰れば薬草とかあるので大丈夫です。えへへ」
負傷した箇所を押さえ、顔を引きつらせながら無理矢理にでも笑って答えてくる。
正直、回復アイテムを出そうか迷った。
人助けとしてはあげたい気持ちはあるんだけど、個数が限られている消耗品だから何でもかんでもあげられるものじゃないんだよね。
ホント、こういうときは【忍者】というクラスが恨めしい。
彼女について他に気になるのは革のリュックみたいなのを背負っているが、旅人には見えないことだ。服装はスカートを履いていて村娘のそれ。
こんなところで何をしていたのだろうか?
「あの何でこんな荒野に一人でいたんですか? 旅をしている人にも見えないんですけど」
不自然さを感じて失礼かもしれないけれど質問をすることにした。
「実はこの先にある村からシャンカラへ薬を買いに行った帰りなんです。いつもはみんなとこういうことがないよう集団で買い物に行くんですが、弟が熱を出しちゃって薬の材料を買うために一人で来たのは失敗でした。たぶんシャンカラから後を付けられたみたいです……。がっくりです」
反省している心情と獣耳が連動しているのかしゅんと折れている。
ほーん。近くに村があるのなら筋は通るか。
疑うまではいかなくてもやっぱり腑に落ちないことをそのままにするのは気持ちが悪いしね。
それが聞けたなら問題なしよ。
「そうですか。どこにも悪いやつはいますからね。あ、あとすみませんシャンカラはもう近いんですか?」
「ええこの先を一時間も歩かないうちに到着しますよ」
「お、意外と近かったか。ありがとうございます」
マップで確認はしているけど道が間違ってなくて良かった。
それぐらいなら私の抑えた速度でもすぐに着くわ。
「あのその……すみません……助けて頂いてさらにお願いがあるんですが、実は腰が抜けてしまってさっきから足が生まれたての子鹿のように震えちゃって……そのお礼もそんなに払えないんですが……いや決してあなたを利用とかしようと思ってるんじゃないですよ! でも一人だと心細いというか……」
「いちいちそこまで言わなくても……」
「すみません! よく一言多いって言われます!」
セリフはふざけてる気もするけど、よく見ると小刻みに手とかが震えているし、顔も真っ青で唇も色を失ったままだ。
まぁ仕方ないか。普通の女性が強盗にこんなところで狙われたらこうなるよ。
言いたいことは分かる。帰るまで護衛して欲しいってことよね。
「ええと、村までどれくらいで着きますか?」
「ここからだと大体、歩いて五時間ぐらいなんですが……。でもでも数十年生きる人生に比べたら五時間はあっという間だと思いませんか? そう時には回り道も必要なこともあります! 私なんかはいつだって回り道! 何が正しい道なのか分からず自分探しの真っ最中です! だからお願いしますぅぅぅ!!」
この人なりに上手いこと私を説得しようとしたみたいだけど、最後は結局情に訴えてるだけじゃん。
最初からそうすればいいのに、ホント口で損してそうだなぁ。
ともかく普通に送るだけで五時間ってのは洒落にならないし、そんなことしてたらシャンカラに着く頃にはとっくに夜って感じになってそうだ。
でもこの人を置いて行く気にもなれない。
だから折衷案と行こう。
「分かりました。村まで送りますよ」
「あ、ありがとうございます!! あなたと会えた今日を記念日にしたいです! 『強盗に遭ったけど助かっちゃったよラッキー記念日』どうですか? それとも死んでおかしくなかったから私の第二の誕生日にしましょうか? そうなると一年に二回誕生日が来てプレゼントもらい放題ですね! グヘヘヘ。あれ? でもそうなると二倍の早さで歳を取ることになる? やっぱり誕生日やめます!」
「本当に怖いんですよね? 言葉だけならめちゃくちゃ元気でやっぱり置いていきたくなったんですけど……」
「ぎゃー! やめてくださいぃぃぃぃ。こんなところで置いて行かれたら夜までに帰れないかもしれませぇぇん。意識が戻ったあの人たちにまた襲われるかもしれませぇぇん!」
必死で私の腰に手を回し捨てられないようにプルプルと震えて懇願してくるんだけど、一言どころか二言以上に余計なことをペラパラとしゃべる軽薄さのせいで、全然可哀想に見えなくなってきた。
まぁでもさすがにやっぱりやめまーす、なんてそんな鬼畜な真似はしないって。
「大丈夫、ちゃんと送りますから。約束します。ほら立って下さい。さっさとしないと心変わりしますよ?」
「ぴゃー! 立ちます立ちます。でも自力じゃ立ち上がれなくて、すみませんもう一度立たせてもらえませんか?」
「この人……」
「本当にごめんなさい……」
話せば話すほど頭が痛くなってきた。
明らかに私より年上なのにこの落ち着きようの無さは幼稚園児クラスだよ。
彼女の脇に手を回し立たせると、背を向いて手の平を突き出す。
「じゃーおんぶして行きますんで」
「え?」
というのが私の折衷案だった。
本当に申し訳ないけど五時間もモタモタと歩いていられないし、この人も血が出てるのにそれだけの時間をずっと処置せず放置ってのも可哀想だし、早く帰れることに越したことはない。
まぁスカートだったんでおんぶは見た目的に宜しくないということで、ファイヤーマンズキャリー(消防夫搬送)に変更することにはなった。
緊急時の人の運び方で、首の後ろに人を担ぎ右手で対象の足をしっかりと掴んで運ぶやり方だ。
傷がある腕は手ぬぐいを渡してきつく縛り血があまり出ないようにした。
意識があると地面を見下ろす感じで頭が固定されるので怖いだろうけどそこは我慢してもらいたいんだけど、
「きゃああああああああああ!!」
実は現在進行系で我慢できていなかった……。
彼女に負担を掛けないよう気を遣う速度でその村への道を疾駆する。
けれど担がれての超スピードはよほど恐怖なのか叫んでばかりだった。
ほぼ休憩なしのノータイムでずっと走り抜け三十分ぐらいでようやく大きな森が見える。
ここら辺一帯は荒れ地が多かったからこれだけ背の高い森はなかなか珍しいとちょっと感心するほどに深い森だ。
しかも木々の間が広くて走りやすい。
あぁちなみにこのお姉さんの名前は『ライラ』さんと言う。
「でっかい森ですねぇ」
「……」
「あれ? ライラさん?」
ちょっと前から悲鳴が聞こえなくなっていたと思ったら光を失った目をしているわ。
だ、誰がこんな仕打ちを!?
「ライラさん大丈夫ですか?」
「私なんかが生きていてごめんなさい。こんなことになったのは私が先走ったのが原因なんです。こんな地獄を味わったのは自分の責任なんです。ごめんなさいもうしませんお願いですから助けてください。お母さんこんな不幸な私を許して。過ぎ去る景色が速すぎて揺れるし怖いし何度止まってって言っても聞いてくれないし私なんてそんな価値もないんですごめんなさい」
おうふ、何やらブツブツと呪詛のような後悔の念がだだ漏れだよ。
顔は担いで逆さになってるからホラー映画に出てくる呪い霊みたいになってて怖いわ。
『あーちゃん、ちょっとやりすぎかも……』
豆太郎にまで諭される。
目的地の目前で遠回りすることになっちゃったからちょっと気が
「すみません、傷は考慮したんですが乗り心地は考えてませんでした。それよりここでいいんですよね? おーい!」
「はっ……! あれもう森に着いたんですか? あれ? 時間が飛んでる!?」
いやー残念ながら私は時間系能力者じゃないんでそんなの使えません。
単純にあなたの意識が飛んでただけです、とは気まずくて言えなかった。
まぁ時間は短縮できたんで結果良しと思ってもらおう。
「寝てたんじゃないですか? それでここでいいんですよね?」
「あ、そうです。ここです、この森の奥に村があります」
「そうですか。じゃあちゃっちゃか行きましょうか」
「あ! ちょっと待って! 休憩させて! っていうか歩かせて! 待ってってばぁ! うわぁぁぁぁぁぁん!! 待ってって言ったのにぃぃぃぃぃ!!」
容赦なく彼女を担いだまま森へ足を踏み入れる。
よっぽどトラウマなのか半べそかき年上の女性の貫禄がもうゼロだ。
元凶は私なのであえて突っ込まないし、見なかったことにするが。
この森は背の高い木が多くて上の方に葉が付いており、足元は茂みは少なく、全体的に見通しはそこそこ良い印象だ。
坂も少ない平地なのもそういう景色になっている要因だろうか。
大体今までに入った森は山地が多かったからね。そういうのとはまた違う感じだ。
おかげでライラさんが枝や葉っぱに引っかかるということはなく、人を運ぶのも楽だった。
ただびゅんびゅん過ぎていく風景にまた無言になっていて後が心配だわ。
私が言うことじゃないけど、この人の今日の運勢最悪だろうなぁ。
途中で魔物ともすれ違ったりしていて、よくこんな森の中に村を作って暮らせな、とも思った。
『あー、なんとなくひとのにおいがしてきたかもー? おいしそうなごはんとかのー』
「真っ直ぐでいい感じ?」
『んー? もうちょっとみぎかなぁ』
「おっけー! 着いたら休憩がてらにご飯にしようか」
『やったー!』
本当はライラさんに道案内をお願いするべきだろうけど、ちょっと今話せる状況じゃないので豆太郎の鼻に頼って進んでいた。
相当広い森ではあるものの、風が通りやすく、その分、豆太郎の鼻センサーが感知しやすい。
カッシーラではあんまり効果が発揮されなかったから助かるわ。
「と、止まれ!」
「はいはい止まりますよー」
木々を通り抜けていくとようやく開けた場所が目に入った。
木を伐採したのか森の中に割と広い空間ができていて、そこにログハウス風の家が何十とある。
畑もあったりで、隠れ里みたいな雰囲気だ。
たぶんそこの見張りかな? に止められた。
「ラ、ライラじゃないか! 怪我もしてる? お前何をしたんだ!?」
手に持った槍を油断なくこちらに向けてくる。
見張りはライラさんと知り合いなのか、この醜態にびっくりしていて明らかに冷静さを欠いていた。
「いや驚くのは分かるけど、救助してるの察して欲しいなぁ」
「救助だって!? ライラの顔は真っ青だし目は虚ろになって泣いてるじゃないか!」
「もうゆるじでぐだざいぃぃぃぃわだじがずべでわるいんでずぅぅぅぅぅ」
あ、しまった。
これこのままにしてたら印象悪くなるの忘れてた。てへぺろっ!
「あー、置きますからそんなに興奮しないで。ちょっと急いで走ってきちゃっただけなんで。ほらライラさん降ろすよー?」
ゆっくりと彼女を地面に一旦降ろす。
なぜか立たずにそのまま腰から力が抜けて尻もちを着いてしまい、そして顔と手を土に付けて頬ずりし始めた。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁん!! 地面さーーーーん!!! 地面最高ですぅぅぅぅ!!! もう一生離しませぇぇぇぇぇんん!!」
その奇怪な様子に見張りがドン引きする。
いや私もぶっちゃけ引いている。
見ているだけで嫌悪感を抱く、名状し難く冒涜的な狂気がここにあった!
「お、おい、ライラが戻ってきたらしいぞ?」
「ひぃ! 土に顔を付けて陶酔しきっているわ! 一体街でどんな目に合わされたっていうの!?」
「しょ、正気じゃねぇ!! どれほどの恐怖体験をすればこんな壊れ方をするんだ!」
何やらこの狂乱にどんどんと人が集まってくる。
そのほとんどはライラさんを一瞥して見てはいけないものを見てしまったかのようにすぐに目を逸していく。
それはともかく見張りも含めてその全てが獣耳があることに私は驚いた。
今までも獣人の人はいたけど、かなり割合としては少ない。ざっくり全体の一割もいないってぐらいだったのに、ここは百パーセントだ。
何か特殊な事情がありそうなことが窺える村だねここ。
まぁそれはそれとしてライラさんこのままにするべきじゃないよねぇ。さすがに責任感じるわ。
「てい!」
「ぐぇっ!」
額や頬に土化粧しようとしているところに首をチョップして意識を失わせた。
適当にやったけど本当に気絶するんだねこれ。
「みなさん、ライラさんは……えーと、実は……そう、毒キノコを食べてしまって錯乱してしまったんです!」
苦しい言い訳だった。
でも彼女の名誉を守るためにはこれしかない。
起きたら『土塗れのライラ』とかあだ名付けられてたら最悪だもんね。
「あー、なら仕方ないか」
「そういえば前にもライラは毒キノコ食ってこんなことしてたんじゃなかったっけ? 自分は猿だと思い込んで木の上に登って降りて来なくなったりとか。あれ降ろすの苦労したって誰かが言ってたな」
「大体騒ぎ起こすのいつもライラだもんな」
あれー? かなり強引だと思ったら信じられてしまった。
ていうか、この人は前も似たようなことしてたのかい!
まぁまぁ綺麗な人なのになんて残念美人なんだ。
集まっていた人たちはいつものことかと、こんな姿のライラさんに心配するわけではなく納得していった。
なんだろ、私の常識がおかしいのだろうか……。
「ライラの件は分かった。ただこの森に何の用も無しに人が近付くなんて俺には信じられない。今色々ゴタついててな、悪いが先生を呼ばせてもらう」
「先生?」
見張りの警戒は少しだけ緩んだが、でもまだ無条件で納得するほどではないらしい。
職務に忠実で責任感がある良い見張りだ。上級見張りの称号をプレゼントしてあげよう。
でも私からしたら面倒くさいことこの上なかったが。
彼の口から発せられた先生という敬称から推測されるのは、学校の教師や医者、政治家などなど。
何かを教えたり指導者だったり、深く知識を持っている人を指す。
ただこの人たちの先生と言われてもいまいちピンと来なかった。これなら『長老』とか『村長』の方がマシだ。
「もう来とるよ」
人混みの後ろから声がする。
しかしそれは先生という呼ばれ方とは裏腹に甲高い声だった。
女性……というよりも、少年特有のボーイ・ソプラノ。
振り向くとひしめき合っていた集団がモーゼの奇跡のように二つに割れていく。
道を譲る彼ら彼女らからは小さく「先生」と同じような単語がもれ、それにはその人を信頼しているような含みが感じ取れる。
その空いた隙間を練り歩いてくるのは全身を白い大蛇に巻かれた銀髪の少年だった。
「え? 嘘?」
カッシーラの町に向かう途中で仕入れた情報が脳裏に蘇る。
見た目は少年で、中身は壮年の男性。そしてお供に白蛇がいた。
間違いないこれは私の捜し人――
「ピリ辛味さん!」
「誰がだ! 『ジロウ』と呼べ!」
ちょっぴり不機嫌そうな感情が打てば響いて返ってくる。
彼との邂逅はそんなすれ違いで始まった。
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