集うは激突する拳と思惑
3章 1話 控えおろう! この冒険者タグが目に入らぬかー!
「控えおろう! この冒険者タグが目に入らぬかーー!!」
大勢の人たちの前で銅片の冒険者タグを高らかに掲げ私が高らかに宣言する。
見れば一発でランク4だと分かる代物だ。
つまり『私は強いんだから抵抗するな』。こういう意図を明確に打ち出した。
「な、なんだってーー!?」
それはちゃんと伝わったみたいで周りの男たちは戦々恐々とし、まるで世界の終わりだというふうに頭を抱えて青ざめていった。
ぬっふっふ、意外と気持ち良いねこれ。
「そ、そのタグは……もはやここまでか……」
「村長。構うことはねぇだ。口封じすればいいだ。オラたちがやっていることは正しいことだべ」
「んだんだ、こんな小娘たちに頭を下げることはねぇだ」
「お前たち……。よし、やるか」
てっきり振り上げた印籠――もといタグで諦めてくれるかと思いきや、悪党たちは悪あがきをするらしい。
私たちを取り囲むように村人たちが唇をぎゅっと結び剣呑な雰囲気を漂わせてくる。
素手ではなくその辺に転がっていた棒きれやクワなどを手に持ち、じりじりと包囲網を詰めてきた。
人数比はざっと十倍。
でも悪党は正義には敵わないってことを教えてあげるわ!
「ほほぅ、やる気なのね! いいわ、そうこなくっちゃ! 悪代官――じゃなくって悪村長が本性を現したわね。アレンさん、ミーシャさん、懲らしめてあげなさい!」
脳内にここでバトルシーンの血湧き肉躍るようなBGMが掛かる。
しかし私の手下たちは警戒の姿勢のまま動こうとしなかった。
「いやお前なんだよ、急にキャラ変わりやがって。てか、お前が働け!」
「私が弓使いっての分かってる? しかも今、弓も矢も無いの見たら分かるでしょ! なんで武器を持ってくるまで待てなかったの!? あと寒気がするからさん付けやめて!」
ええい、お供の護衛がうるさい。
懲らしめてあげなさい、と言われたら「はっ!!」とか頷いて乱闘してくれないと。
どっちも今は丸腰で、特にミーシャは素手の格闘戦に自信がないからか腰が引け気味だった。
「アオイちゃん、せめて武器とか取りに戻った方が良かったんじゃ……」
「大丈夫ですってこんなの一捻りですから!」
一番後ろにいて正論を吐いてくるオリビアさんに親指をぐっと立てて安心アピール。
『あーちゃん、まーがやる?』
「豆太郎は適当にオリビアさんを守ってて。気が向いたらミーシャもね」
「あたしはおまけかい!」
なかなかミーシャの突っ込みも鋭くなってきた。
まぁいくら素手でも一対一じゃさすがにただの村人には負けないでしょ。
私たちは今、カッシーラからクロリアの町へ帰る途中に仕入れた情報で、とある村の調査に出向いていた。
旅人が姿を消すという噂がある曰くありげな村に赴き、それが本当なのか原因は何なのかを探っていたのだ。
冒険者だと警戒されるので、友人同士の旅行中という設定で村に滞在すること三日目。
着いた最初こそは遠回しに話を訊いて調べたりしていくと、村の人たちから旅人はちゃんと旅立ったと言われたので山に山賊でも住み着いたのかと思ったけれど、結局は村ぐるみでの人攫いだったらしい。
ついに悪事の全容を把握し問い詰めたのだが、すんなりと降参する気はこのように無いようだった。
ちなみに服装もこういう時のために買った町娘風の衣装を着ている。
スカートとか久しぶりだわ。
あと旅行者を装ってるので武器や防具類は全部馬車の中。それを取りに行く前に私がペラペラと語っちゃったのよね。
緊張感があるのか無いのかやる気満々の村人たちを無視して会話し始めたものだから周りの男たちは青筋を立てていく。
「お、お前ら余裕こきやがって! いい加減にするべ、この数に勝てるはずがないべ!」
「はいフラグ頂きましたー! そんじゃあ役に立たないお供の代わりにやりますかー!」
よーいドン! で駆け出す。
その予想以上の速度に彼らは目を丸くして体を硬直させた。
村人たちは野良仕事が多いようで町で暮らす人よりはたぶん足腰とかは強いんだろうけど、やっぱり荒事に慣れていないのでへっぴり腰だ。
相手が反応できない速度で腹パンを決めていく。今の私は人がいたら腹部を殴る腹パンチ妖怪だ。
「ぐぅっ!」
「ぎゃあ!」
「あはーん!」
よく分からない悲鳴も混じっていたけど、次々と殲滅していく。
美歌ちゃんと数日稽古したおかげでけっこう手加減とかも慣れてきた。
彼女はかなり嫌がっていたけど、体を動かすのを慣れておかないと後で何かあったときに困るからと無理やりお願いした。
横目で見ると私に続いてアレンも徒手空拳で頑張っている。
「うぉぉぉぉ!!」
さすがに近接職だけあって間合いの取り方はちゃんとしていて、木の棒を持った相手でも危なげなく拳や蹴りで地面に転がせていく。
ばたばたと頼みの村人たちが倒れるごとに村長の顔の血色は悪くなっていった。
そして僅かの間に村長以外の全てがお腹やそこかしこを抑えて蹲る結果となった。
「さぁ、まだ続ける?」
「ぬぅぅぅぅ!! お覚悟ーーーー!!!」
手にした木の杖を振り上げ、村長がやけになって襲いかかってくる。
動きは素人で、さらに年齢も加味してかなり遅い。
でも私はそんなところで甘くしないからね!
目にも留まらぬ速さで疾駆し、拳を振り抜く。
「む、無念……」
通り過ぎた私の後ろで、ばたり、と村長が苦しそうに膝を折って倒れた。
それを聞き届けて右手を大きく天に掲げ宣言する。
「成敗!!」
『いっけんらくちゃーく』
豆太郎の囃し立てる声でこの村の事件は終わりを迎えた。
しかし忘れてはならない。私たちが安穏と暮せば、第二、第三の村長が現れるかもしれないことを……。
□ ■ □
「お前さん、馬鹿か……」
事件のあらましをクロリアのギルド長の部屋ですることになった私たちが報告を終えた途端にもらったのはそんな言葉だった。
心底疲れたと深い溜め息を吐かれ指で額を強く揉みほぐしながら罵倒される。
こんなこと許されていいの!? いやいけないわ! 断固抗議するべし!
「待って待って、いくらなんでもひどくない? 村ぐるみの事件を解決してきたんだよ?」
不当な評価には私も黙っていられないよ。
机の上に手の平をばしんと置き前のめりに物申すと、ジト目で返される。
「確かに、村ぐるみの隠蔽工作をしていたのは分かった。しかしその内容が誘拐ではなく『駆け落ち』の斡旋だったんだろ? 俺はそんなことより働き手が全員負傷した村の方が心配だ」
「あぁそれならオリビアさんに動ける程度には治してもらったから大丈夫」
「正直、やり過ぎたと私も思ったので……」
オリビアさんが後ろめたそうな愛想笑いで反応した。
手加減はしたんだけど、やっぱり多少は骨にヒビがいっちゃった人などが出たのでアフターケアはしておいた。
うん、まぁ私も人攫い村だと思ったら、親に反対されて一緒になれない男女を逃がすための村だとは知らなかったよ。
近くの洞窟に抜け道があって、そこから北の帝国方面へと出られるらしい。
関所を通らなくていいので駆け落ちには最適な村として一部には知られてるんだとか。
「まぁ関所以外の抜け道が見つかって、それを商売にしていたのはかなり大事ではあるがな」
「ほらー。鞭ばっかりじゃ人は育たないのよ、飴もなくちゃだめなの。だからもうちょっと褒めていいのよ」
「お前さんを褒めると際限なくやらかしそうで怖いんだ……」
肝っ玉の小さいおじさんだねぇ。
初めて会ったときの小悪党っぷりはどこへ行ったのやら。
まぁここしばらくだいぶ仕事に忙殺されて一目で分かるぐらい痩せてきてるから、心が貧しくなっているのよきっと。
「それでギルド長、そろそろだと思うんだけど期待していいんですよね?」
「あぁまぁ、一応解決はしてるし、カッシーラでも活躍があったようだし、アレン、ミーシャ、オリビア、三名をランク4に昇格させよう」
ギルド長のその言葉を聞いて三人が顔を見合わせ、
「よっしゃー!」「やったー!」「やったね!」
彼らはハイタッチしながら同時に綻んだ。
豆太郎も肉球で拍手しているし、私も我が事とまではいかないまでもやっぱりちょっと嬉しい。
なんだかんだアレンたちとはもう三ヶ月以上の付き合いになる。
学校で言えば四月に入学してそろそろ夏休みが始まり、じゃあ一緒に海でも行ってみる? ぐらいのノリになっていてもおかしくない。
旅して戦って喧嘩もして、仲直りもした。
だから私の口元も緩くなるのも当然だった。
「これでお前に並んだぜ! 次はこっちが抜かしてやるからな」
「あらま~どうぞどうぞご勝手に~」
挑戦的に笑みを深め指を向けてくるアレンにノってこっちも応じてやる。
張り合う意味もないのにまったく男というのはどうしてこうかね?
「今日はみんなでお祝いしましょ!」
「宿屋の近くにちょっと高いけど個室を借りられるお店あったよね、あそこ予約しようよ! 今ならアオイがお祝いで料金出してくれるわよ」
「年下からたからないでよ……」
女性陣二人も浮かれていた。
まぁ一食ぐらいいいけどさ、私もなんだかんだお世話になってるしそれぐらいは構わない。
「アレンの二つ名はおそらく『飛剣』になるだろうな。天恵持ちはそれで能力が知られてしまうからあんまり良い顔はしないかもしれないが、嫌だったら他のを考えるぞ?」
「……いえ、それでいいです」
一瞬、間があったもののそれで納得しているようだった。
きっと最近は剣を飛ばすことだけじゃない使い方を模索し始めているからかな。
カッシーラから帰ってきてそう時間は経っていないけれど、あそこで得た経験は大きかったようだ。
しばらく会わない間に身に着けようとした新しい天恵を使った剣技は、ただ剣が飛ぶだけと考えている相手には有効かもしれない。
この頃は二刀流じゃないけど、それっぽい真似事も剣術に取り入れているようだし、身を入れて修行をしているのは知っている。
「ランク4になればギルド関連の施設の割引などが受けられるし、高額の指名依頼も来るようになるだろう」
「私にはほとんど来たことないけど?」
「お前さんは実績が少なすぎて信用がないから依頼なんて無い。あっても面白半分の誰でもできそうなものなので、他の人間にやらせている」
「えー? まぁいいけどさ」
別に依頼がしたい訳じゃないのでそれでいい。
お金はそこそこあるしさ。ただ忘れがちだけど魔石を奉納して追加スキルもらうためにちょこちょことモンスター狩りはしないといけないんだよね。
別に優先的にやらなくても不自由はしていないし、ここしばらくはそんな余裕も無いことが多かったから止まっている。
「というか、今回みたいな共同ではなくお前さんがアレンのパーティーに入れば引く手あまたでばんばん依頼が来ることになると思うがな。アレンたちなら短いながらも実績もあるし、二つ名が二人いるパーティーなんて少ないからツバを付ける意味でも消化し切れないほど舞い込んでくるだろう」
「んー、まぁたぶん私は色々フラフラすることも多くなるだろうからやっぱりまだこのまま一人でいいよ」
カッシーラへはギルドの思惑もあってアレンたちが着いてきたけど、結局私の優先順位はプレイヤーとの接触だ。プレイヤーの噂があったら私は依頼よりもそっちを優先したくなるしね。
気心は知れてきているんで仮パーティーとか共同なら全然オッケーでも、正式に入るとなると迷惑が掛かるのは目に見えてる。
それに本当に今更だけど、私のようなこの世界の住人じゃない人間が表立って活躍するのも躊躇われる。少なくてもこの世界に骨を埋めようと決心しない限りは踏ん切りがつかないかな。
「そうか、アレンたちの中に入ればお前さんの無茶も多少は抑えられると思ったんだが。……って実際、カッシーラで起こったことや、わざわざ帰路を遠回して村人たちに暴行したりとか考えるとあんまり抑えられてないな」
「すみません……これでも努力はしているんですが、こいつの暴走っぷりは手に負えず」
「はー! アレンがそれ言う? 何の説明も無しにみんなを遠ざけて、勝手に一騎打ちを気取って死にそうになってた人が!」
「そこはあたしも乗っかりたいところだわ」
「私もよ」
「ぐぬぬぬ……それを言われるとぐうの音も出ねぇ! すまなかった!」
ミーシャとオリビアさんからの援護射撃も飛んできて、素直にアレンが頭を下げて白旗を掲げる。
カッシーラでは自分一人で全部背負込もうとして潰されそうになってくせに、むしろ今回一番暴走してたのはアレンだよ。
我、暴走勝負ニ勝利セリ。
アレンが反論せずに素直に謝ったのは、川の近くで虫の息で発見されたときの二人の取り乱し様がすごかったからによるものだ。
土蜘蛛姫を倒して意識が無くなった際を彷彿とさせるほど。
あれはまだ外傷は無くて寝ているだけだったけど、今回のは血だらけだし腕の刺創は後遺症が残るのではと思うほど深いことがすぐに見て取れ、二人共すごい心配で動揺してた。
美歌ちゃんがいなかったら間違いなくまだベッドの上だったね。
それに目を覚ましてアレンが経緯を語ったあとの二人の剣幕も横で見ているこっちが辛いほどだった。
自分たちを庇おうとしていたという理由から冷たく遠ざけようとした行動に納得がいったものの、自分勝手な真似をして死に掛けたことへの憤り、事情を話してくれなかったことへの悲痛な思い、それらがミックスされて泣きながら怒っていたんだもの。
ホント、女の子を泣かせてばっかりだよこの朴念仁は。
「豆太郎はこんな男になっちゃダメだからね?」
『まーはあーちゃんをなかせないよー』
ヤダ、イケメン!
胸がきゅんときた。
顔をすりすりと擦り付けてくるので優しく私の相方の毛並みを撫でてあげる。
「それでカッシーラでとんでもない騒動に巻き込まれたみたいだが……あぁ後で報告書は書いて欲しい。概要は伝わってはきているが当事者のお前さんたちからの詳細は俺も知りたいからな。それとは別に当初の目的の捜し人だったか? それは見つかったのか?」
「ええ何とかね」
【巫女】の美歌ちゃんがフレンド登録をして仲間になってくれたので、土蜘蛛姫レベルの敵が現れても目処は立ちそうではあった。
アタッカーの【忍者】、支援の【陰陽師】、ヒーラーの【巫女】でバランスは取れてきてはいる。
まぁ本当はここにタンク役の【傾奇者】が欲しい。
玄武も渾身の働きで頑張ってくれたけど、本来なら他のタンク役の負担軽減をするぐらいでしか期待しちゃいけなかった。それを奇跡的な腕前で苛烈な攻撃をいっぺんに引き受けて弾き返してくれたんだ。
あのときのことを思い返すと久々に会いたくなったが、未だ景保さんからの復活したという連絡はない。
「そうそう、それでお願いがあったのよ」
「何だ?」
「『依頼』を出したいの」
私たち冒険者は依頼を受ける側であって、出すケースは少ない。
だから少々意外だったのかギルド長は目を丸くした。
「内容を聞こうか」
「うん、私の捜し人の一人でね、外見はたぶん十歳ぐらいの小さな男の子なんだけど口調や中身はお爺さんっぽくて、白蛇を連れてる子の足取りを追いたいの」
「けっこう特徴的だなそれ……」
まぁ中身の話はともかく、白蛇と一緒ってだけで記憶には残るだろうね。
むしろ町中じゃ目立ち過ぎて一人で行動してるかな?
そうなると目立つのは話し方ぐらいになっちゃうんだけど。
「カッシーラの近くの村からどっかに行ったみたいなのよね。せめてどっち方面に向かったかだけでも情報が欲しい」
「まぁその周辺の村や町の宿屋を当たっていけば可能だろうな。だが早くても一ヶ月。長ければ二ヶ月ぐらいは掛かると思うぞ」
「構わないわ。自分が向かうのが一番手っ取り早いのも分かるんだけど、そっち以外も探ってみたいし、人に任せられるところは任せるわ」
「となると相場は金貨八十枚ぐらいからか。細かい打ち合わせは下でやってくれ。それなりに優秀なやつを付けるよう俺から口添えはしておこう」
「……ええ、お願いするわ」
澄ました顔でお願いするって言っちゃったけど、内心では鼻水出そうなほどかなりびっくりしていた。
高っ! やっばいわ、これ稼いだお金の何割か吹っ飛ぶんですけど!
あれ? やっぱり私が自分の足でやった方が良くない? 今から格好悪くても撤回していいかな?
「どうした? 顔色が悪いようだが」
「……いや何でもないわよ?」
私の僅かな動揺を見逃さずにギルド長が突っ込んできたが、正直に話せずに見栄を張ってしまった。
もうお金は魔物ガンガン倒して稼ぐよ。
開き直るしかないわ。
「あとさ――あれ?」
「ん? どうした?」
「あぁえっと、ごめん、ちょっとだけ待っててもらえる?」
視界の端にウィンドウの点滅を確認した。
ビデオチャットの受信のようだ。フレンドやクランの間でしかできないから、きっと相手は景保さんか美歌ちゃんのどっちかに違いない。
景保さんは今、北の帝国に向かうのを止め、南で強者の情報を聞き付けたので南下していたはずだ。
彼は進展が無いとビデオチャットは送って来ないのでたぶん美歌ちゃんの方じゃないかな。
彼女はゲームでもソロが多かったせいか今更ビデオチャットにハマっていて、どうでもいい話題でよく連絡してくる。
あとでこっちから送信し直すように伝えるために席を立ち、部屋から出て廊下に出た。
トントンと指でクリックすると画面が広がる。
『はぁ……はぁ……葵さん……』
そこに映ったのは景保さんだった。
ただしその姿は腕を抑え息は荒く、顔は緊張に強ばり油汗が浮いている。
血などのあからさまな外傷は見て取れないものの、何かしらの戦闘や厄介事に巻き込まれたことはすぐさま分かった。
背に映るのは日に焼けた土の壁でどこかの裏路地にいるようだ。
「景保さん!? どうしたんですか?」
彼は苦しげにゴホっと咳を吐き、その歪んだ顔のまま言葉を紡ぐ。
『今、僕はエル・ファティマ部族連合の『シャンカラ』という街にいる。そこで襲撃を受けた!』
「襲撃!?」
『そう、敵は――くっ! ―【玄武符】―
視界が猛スピードで移動する。
符術を景保さんが使い、機敏に駆け出した。
もちろん私よりは遅いが、彼の身体能力は当然そこら辺にいる人を確実に超えている。
ただそうなるとレベル制限を解いていることになる。レベル百で相対しないといけない相手なのか。
この連絡が冗談やドッキリであったらいいと思う。でも景保さんがそんなつまらないことをするとも思えないし、この様子は緊迫に満ちてただごとではないのは画面越しでも伝わってきた。
『だから救援を頼み……いやおかしい……』
一般人を巻き込むことを避けたいのか画面の向こうの景色はどちらかというと人気が少なく寂しくなっていく。
走りながら言葉の途中で彼は何かに気付いたようで、視線をやや下に傾け虚空に向けぶつぶつと呟く。
「おかしいって何がですか?」
私の声すらも無視して景保さんは思考を深めていく。
なに? 一体何を今考えているの?
全く分からずにこっちの方がやきもきする間が訪れた。
やがて彼は一人で納得したようで画面に目を合わせてくる。
『やっぱり来なくていい。おそらくこれは罠――』
そして言い掛けた途中で通信はぷっつりと強制終了された。
原因は分からない。景保さんが不自然な切り方をしたのでなければ、たぶん試したことはないが誰かの攻撃を受けたからだろう。それぐらいは容易に想像が付く。
しかも聞き間違いでなければ途切れる瞬間、爆発音のようなものが聞こえた気がした。
その冷酷なまでの現実に身が震える。
何だこれは。どうなっている!?
彼をここまで追い詰められる存在なんてそうはいないはずだ。
私たちに匹敵する魔剣やゴーレムの存在もあったが、都合良くまたあんなものが出てくるのだろうか?
どれだけ頭を捻っても今ここで何一つ答えは導き出せそうになかった。
念の為、私の方からビデオチャットを送ってみるが反応は無い。
確かエル・ファティマ部族連合の『シャンカラ』と言っていた。
何があったのかそれを知るには行くしかないだろう。
彼は来なくていいと言ったけれど、無視するなんて選択肢は私にはない。
忍び寄る脅威に不安を感じ奥歯の根をしっかりと噛み締めながらギルド長の部屋の扉を開け、急に雰囲気が変わった私に訝しげな視線を向けてくるアレンたちに頭を下げる。
「ごめん、今日のパーティーには行けなくなったわ」
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