2章 27話 エピローグ

 あれから五日が経っていた。

 町はゴーレムに破壊された外壁や建物の修理に大忙しで、住人たちは昼も夜も心休まることなく生活を続けている。

 またあんなのが来るのでは? とみんなが戦々恐々としていて、あれだけごった返していたメインストリートも復興の音だけが虚しく響き若干のお通夜ムードだ。

 今回、死傷者数もあの規模の危機にしては奇跡的な数に収まっているけど、それでも三桁以上は出ているからこればっかりは仕方ない。

 

 直接ゴーレムと戦って散った冒険者たち、外壁で雷の直撃を食らった兵士やギルド長たち、その余波や避難の際に怪我をした一般の人たち。挙げるとキリがないほどに傷付いている。

 唯一の救いは一般人に死者がいないことぐらいだろうか。

 私の手では全てを助けるなんてことはどだい無理だった。しょせん私は超人であっても万能ではないのだから。それでもその点はとてつもなく口惜しい。

 ああぁすれば良かった、こうすれば良かったという後悔や反省は未だ湧き出てくる。

 だからいくら終わったあとに「君は英雄だ」とダルフォールさんたちにもてはやされてもすんなりと受け入れられなかった。


 ただ晴れない私の心とは別に、徐々に町の気運は戻ってきてはいるようにも思える。

 それはあれを倒したのがダルフォールさんだということになっているおかげだろうか。

 再びあのゴーレムがやってきても我らの兵士長様がいれば何とかしてくれるという期待が、ギリギリのところで平静を保つ材料になっていた。


 これは私から提案した。

 目立ちたいわけじゃないし、それに土蜘蛛姫の場合と一緒で、もし私一人で倒したみたいな話になったら私がこの町からしばらく離れられなくなる。

 だから彼が倒したことにしてもらった。

 ダルフォールさんはかなり驚いていたけれど、説明すると納得してもらえたし、ガルシア商会の方でも噂を流すのに協力してくれた。

 まぁ裏で一年以上は働かなくて済むぐらいの報奨金はたっぷり頂いたけどね。


 

「ほんでー? うちが働いて帰ってきたのに葵姉ちゃんはこんなところで何をのんびりしてんの?」



 男爵様のお屋敷の屋根の上で寝そべり日光浴をしながら豆太郎と建て直しされていく町並みを眺めていると、光を遮るように突然頭上から声が掛けられる。

 そこにいたのは頬をぷっくりと膨らませた【巫女】の『相川美歌あいかわみか』ちゃんだった。

 足元には彼女の相棒のハクビシンの『テン』もいる。



「見ての通り、太陽の光を浴びてビタミンDを作ってるの。血行促進、脂肪燃焼でダイエットにもいいのよ?」


「回りくどい理屈こねてるけど、要はただのサボっての日向ぼっこやろ……」


「ま、そんなところよね。美歌ちゃんもどう?」



 彼女はむすっとした表情でスカートを抑えながら私の横に座る。


 照れ隠しでそんなことを言ったけど、ここにいたら照らしてくる太陽の暖かさや風が運ぶ自然の匂いで自分自身が世界と調和し、響いてくる町の喧騒で人の息遣いを感じ取れた。

 一言で言うなら……あーやっぱり単なる日向ぼっこに丁度良い場所だわ。


 ぐっと上半身を起こして町並みを眺め、視線はそのままあのぶち壊された外壁で止まる。

 そこにはゴーレムの残骸が積まれていて、応急処置的に壁の役目をしていた。

 私が潰したのはやはり核のようで、砕いた瞬間に全ての活動を停止し、瓦礫となり果てた体は今は大穴の開いた壁を無理やり塞いでいる。

 復興が進めば壊すか埋めるかしたいとダルフォールさんは話していたが、一部鍛冶屋方面からあれほど固い石材を武具にしないでどうするのか、という意見もあったらしい。

 魔物の甲羅や鱗を元々使うのが当たり前の世界だからそういう発想がでてくるのも分かるけど、なかなかにタフというか転んでも起きないというか。

 


「言われた通り、吸血鬼にやられて魔力欠乏症ってやつで寝込んでた人たちの全員の治療は終わったよ。ここだけじゃなくて、周辺の村をほぼ一日で走り回ったんやから、もうクタクタやで」


「そう。ありがとう。美歌ちゃんがいなかったら本当に危なかったわ。本当にありがとうね」


「いやまぁそれはいいんやけどね。めちゃくちゃ感謝されたし、恩を売るって意味ではうちにもメリットはあるし」



 嫌味のつもりだったのに素直にお礼を述べられて美歌は指で鼻の頭を掻く。



『なんや美歌ちゃん照れとんのか?』


「うっさいわ!」



 相方のテンのからかいに良い反応で返す彼女たちを見ていると面白く、鬱屈とした感情もいくらか晴れるみたいだった。

 関西人ってみんなこんな感じなのかしら? と思ってしまう。


 最初こそ余所余所しかったんだけど、異世界で知らない人ばかりで寂しかったらしくすぐに打ち解けた。

 やっぱり同じ釜の飯を食う、じゃないけど一緒に戦ったら仲良くなるものみたいだ。



「それと戦いに来てくれてありがとう。あなたがいなかったら死んでいたわ」


「いや、それはむしろうちの方がごめんやわ。だってもっと早くに決断してたら被害は少なくなったやろうし」



 戦闘後に傷付いた人たちや魔力欠乏症に罹っていた人たちの治療を請け負ってくれたのは美歌ちゃんで、彼女のおかげで苦しむ人が大勢助かったのは事実。

 けれど私が男爵家に訪れたタイミングで共闘していたら被害はもっと少なくなったはずだった。

 でも十三歳の美歌ちゃんにその責任を負わせるのは違うとも思う。

 彼女には彼女の都合もあるし、強いから弱い人を救わなければならないなんて理屈もない。


 それに途中から思い直して援護しに来てくれた。それだけでも十分ありがたい。

 もし彼女が【墨坂神スミサカノカミの赤盾】を使ってくれなかったら私は今頃ここにいないのだから。


 ちなみに私のところに来る前に、最初にダルフォールさんたちのところへ行ってたみたいで、倉庫で一人残ってプチゴーレムたちを道連れにしようとしたバータルさんを助けたのも彼女だ。

 そう、バータルさんはピンピンしている。

 一度会いに行ったら、死ぬつもりだったのに生き残ってしまい気恥ずかしいと冗談をもらしてた。


 ツォンは自分の力不足を実感して復興の合間を使って早くも鍛錬に明け暮れているらしい。バータルさんを真正面から倒して一族を率いるのが目標だとか。

 「あんなクソ情けない思いはもうしたくない。いつか爺さんを倒すと思っていたが、いつかじゃねぇ、今すぐぶっ潰してやる」と息巻いていた。

 相当にプライドを刺激されることがあったようだ。

 

 バータルさんを倉庫で助けた際に美歌ちゃんはダルフォールさんから魔剣を託されたんだとか。

 あれのおかげで私もだいぶ助かった。今は返却したんだけどあれ欲しかったなぁ。あぁいうのがあるならちょっとお金貯めて魔剣ってやつを買いたくなってくるってものよね、売ってるのかどうか知らないけどさ。

  


『美歌ちゃんを叱らんとって。ワイがいらんこと言ったからや。でもみんながみんな友好的やとは思えんやろ? もし戦いにでもなったらたぶんやられるのは美歌ちゃんの方やし』



 テンがしょんぼりと頭を下げる。

 ただどうにも芝居くさくてわざと会話の内容をズラそうとしているような含みを感じた。

 たぶんこのハクビシンは彼女が傷付かないよう庇っている。

 主人を守ろうとする姿勢に好印象を抱いたのと同時に、この子はたぶん美歌ちゃんを守るためなら他や自分すらも切り捨てることができる油断ならない狸だとも思った。



「豆太郎はこんなのになっちゃだめよー?」


『うーん?』



 指でお腹を掻いてあげると、何のことを言ってるのか分からずきょとんとする。

 太陽の熱がたっぷりと蓄えられて毛がめちゃくちゃ暖かくふんわりとしていた。



「いーなー。うちにも触らせてーや」


「豆太郎がいいならいいよ」


『いーよー!』


「わー、暖かいな。パルファが触ってたけど、うちもずっと触りたいと思ってたんやわ」



 許可を得て美歌ちゃんが背中を擦り、どんどんと目がとろんと蕩けていく豆太郎。

 


『な、なにしとんねん美歌ちゃん! ワイやってふっわふわでもっこもこやで! 触るならこっちにしとき! ほらーアイラブユーや』



 その仕草に嫉妬したのか二本足で立ち上がりテンが手を広げてハグを待つ。

 けれど冷たい視線が返ってくる。



「嫌や!」


『なんでや! 大差ないやろ!』


「テンには純真さが足りん」


『ガーン!!』



 子供の言うことは真っ直ぐ過ぎて鋭いナイフのようだ。

 項垂れて元気を失くしたテンは仰向けになって屋根の上に倒れた。

 口を開けてぴくぴくとしているが、まぁ放っておいて大丈夫だろう。



「あぁそれでうちが治したんは良いとして、吸血鬼は結局見つからず仕舞いなんやって?」


「そうなんだよね。アレンって私の冒険者仲間がが追い詰めたみたいなんだけど……惜しい人を亡くしたわ……」



 私の双眸が見つめる青い空にはアレンのはにかむような顔が映った。

 もう彼は帰って来ない。からかえないとなると寂しいものだ。死力を尽くして戦った彼のことは忘れない。



「せやな。って、いや生きてるし。うちが治療したやん」


「てへぺろ」



 私がゴーレムを倒しみんなと合流したあと、アレンは岸で倒れているのを発見された。

 血だらけで死んでいるんじゃないかというほど息も浅く生命力も弱かったみたい。


 彼を助けたのは私の頼れる相棒、豆太郎君だ。

 逃げ遅れがいないか町を回っていたところ、重傷で動くこともできないアレンが川の温泉に巻き込まれる寸前で見つけたんだとか。

 迫ってくる熱湯の濁流から服を噛んで急いで川岸にまで避難させてあげたらしい。

 もうマジでアレンは豆太郎に足を向けて寝れないんじゃない?


 その後、駆け付けたオリビアさんの必死の治療で一命を取り留め即入院。

 さらに美歌ちゃんの術のおかげで今は動けるようになったけど、なんとも無茶をしたよあいつは。

 でもアレンがいなければ美歌ちゃんが屋敷にいない間にパルファさんが襲われていたと考えると、よくやったと褒めてあげるべきなのかなぁ。テンとの一騎打ちも絶対にテンが勝てるとも思えないし。

 今はオリビアさんとミーシャの二人に挟まれて、わざと引き離そうとした理由も暴露させられ、お説教を食らっているみたい。


 それとは別に気になるのはそこに現れたミーシャの顔をした女のことだ。

 一応、ミーシャに双子の姉か妹はいるのかと尋ねたけど「あんた馬鹿なの?」と言われてしまった。

 そいつが何者で一体何のためにあの吸血鬼――いやアレンの話しだと人造人形レプリカンドールだったか。それをさらっていったのは謎のままだ。

 ただ放っておいてもあんまり良い展開になるような気はしていない。



「そういやゴーレムが出現したっぽい場所周辺を調べてみたら新しい遺跡が見つかったらしいわ。でもほとんどが土に埋もれてて掘り返すのは数ヶ月とかじゃ無理そうなんだって」



 アレンが語るには、大昔にもあの吸血鬼もどきの人形はいたらしい。

 吟遊詩人が詠う伝承ではすでに駆逐されたと伝えられているから、その生き残りじゃないかとか。

 まぁあんなのがまだまだいるならもっと話題になってるだろうから、そうなのかなぁと納得するしかない。


 整理しながら思い起こすと色々と謎が残る騒動だったなぁという感想が残る。

 あんな危険な人形がいた昔ってどうなってたんだとか、この世界のほとんどの人が信奉する女神様をなぜ憎むような立ち位置だったのかとか、バータルさんの一族とあの人形の関係ってなんだったのとか、ミーシャの偽物はなんだったのかとか。

 あぁそういえば、途中で四人組に襲われたのはあれも謎のままだったか。豆太郎があしらってくれたあとはすっかり忘れていた。

 黒幕が現れて懇切丁寧に説明してくれたらいいんだけど、そういうこともなかったしなぁ、モヤモヤするだけだわ。



「あの時、うちが逃さずに倒せてたらこんなことにはならへんかったんやろうなぁ」


「一回、夜に襲われたことがあったんだっけ?」


「うん、うちを一般人かなんかと間違えて完璧に油断しとったからきっついの一発入れて追い返したったんやけどね。けっこう聖女に近付こうと過激なことする輩っておったからそういうのやと思ってあえて追わんかったんよ。危ないからってうちの部屋とパルファさんの部屋交換させられて、二度目の時に葵姉ちゃんが助けてくれて良かったわ」


「私も遭遇した日に捕まえられていたら良かったんだけどねぇ」



 たらればを話したら話題が尽きない。

 どうしても事件のことを考えるとそこに思考がいってしまう。


 暖かい風が吹き、私たちの髪を揺らす。



「葵姉ちゃんはいつまでここにいるん?」


「そうねぇ。あと数日はいるだろうけど、一旦はアレンたちと一緒にクロリアに戻ろうかなと思ってるよ。ここにはお猿の籠屋でまたすぐに来れるからね」 

  

「ふーん、そっか」


「そっちこそどうするの? ずっとここにいる気なの?」


「まぁそっちがクロリアに思い入れがあるように、うちもここがホームグラウンドみたいになってるからなぁ。ムカツクやつも多いけど、それ以上に好きな人もいっぱいいるし。でも前ほど執着はしてないかなぁ。落ち着いたら旅に出るのも悪くないと思ってるよ」



 美歌ちゃんがゴーレム戦に駆け付けてくれる前に住人たちと一悶着あったらしいことは聞いている。

 彼女が援軍で来てくれた最初こそは戦闘の興奮のせいかと考えていたが、それをキッカケに前と後では別人のように印象がガラリと変わっていた。

 目を合わさずにおどおどとした美歌ちゃんはもういない。

 きっとわだかまってたものが吹っ切れて今のイキイキとしているのが本来の姿なんだろうね。

 


「本当は一緒に来て欲しいんだけどね。土蜘蛛姫みたいなのと会うこともあるから」


「それなぁ信じられんわ。いや疑ってるわけじゃないんやけど、あっちのモンスターがこっちにまでいるってのがさぁ」



 一応、すでに土蜘蛛姫や景保さんのことなどは伝えてある。

 ここら辺では大和伝産のモンスターの情報は全く無いようで、半信半疑という反応をしてきた。



「戦うのは大丈夫?」


「まぁそこは何とか。見た目グロいのはきついけどやれると思うよ」

 


 もしあんな驚異が再び出現した折には加勢に来てもらう約束は取り付けている。

 問題はそこにすぐに辿り着けるかで、私としてはお猿の籠屋を使ってすぐに移動できるよう彼女にも色々なところを旅して欲しいんだけどね。


 ちょっと心配なのは、彼女はこの世界に来てからまだほとんど戦ったことがないということ。

 男爵家の客人として過ごしていたからお金を稼ぐ必要がなくて、魔物退治とかはやってこなかったらしい。

 これからは積極的にやってみることにするようだった。



「ならまぁ期待させてもらうわ。できれば四人集まればだいぶ安定するんだけどね」



 土蜘蛛姫レベルでもレベル百が四人もいれば、正攻法でも短時間で押し切ればまだ何とかなったと思う。

 だからせめてあと一人は欲しい。

 手がかりとしてはピリ辛味――もといおそらく【猟師】のジロウさんだ。

 彼の足取りさえ掴めればだいぶ安心できる。

 子供一人の旅路で白蛇を連れてるなんてけっこう目立つから、目撃情報があることにかなり期待しているんだよね。



「葵姉ちゃんは良い人そうやし協力は惜しまんで」


『わいらがいれば百人力や』


「宜しくお願いね」



 差し出された手を取り立ち上がる。

 風が暖かく吹き込み、空へと流れていく。まるで出会いを祝福しているかのようだった。


 こうしてカッシーラの旅は景保さんに続き、二人目の仲間が加わった。

 一緒にパーティーを組んで行動するということにはならなかったけど、かなり頼れる味方となると思う。

 

 ただし逆にこの世界の謎というかよく分からないことは増えた。

 平穏無事に元の世界に帰れたらいいんだけど、さてさてどうなることやら。


 まぁまた何があっても自重せずに乗り切ってやるさ。



 

□ ■ □



 きぃ、と扉がほんの少し錆びついた音を発しながら開かれた。

 

 扉が開かれた建物の内部は大広間のようになっており、通路が真っ直ぐに伸びている。その横には長椅子がいくつもあって、一番奥には分厚いテーブルと女神の像が置かれていた。

 ここは教会だ。どこの町にもあるリィム教の教えを学び祈る場所。

 人が祈りを捧げるために訪れたり、神父に悩み事の相談をしにやって来る神聖で厳かな建物ではあるが、決まった日には外で炊き出しも行われ、その時は列ができるほどごった返す。

 そんなこの世界のどこにでもあってありふれた場の一つだが、しかし現在はゴーレムのせいで建物が傷んでいて崩落の危険性もあるかもしれないという理由を付けて数日の間、立ち入り禁止にされていた。


 敬虔な信徒ですら足を踏み入れることを拒まれるのに侵入者は扉を閉め、ずかずかと無遠慮に建物の中に歩を進める。


 その奥で一人片膝を突いて祈りを捧げる男がいた。

 彼――グレーは近付く気配に気付いて祈りを止め立ち上がって振り向く。

 

 顔を合わせたのはミーシャ――の顔をした女だった。

 彼女を見てグレーは驚くことなく会釈をする。

 


「お帰りなさいませ」


「あら、お祈りの邪魔をしてしまったかしら? それは悪いことをしたわね」


「いえ、今のはリィム様への祈りではなく、この町の死者への黙祷でしたから」



 女はわずかにその言葉にトゲを感じる。

 無骨なグレーが自分に意見することは珍しく、興味がそそられそれを促した。



「へぇ? 不満があったのなら教えて欲しいわ」


「いえ、不満などはありません」


「嘘ね。女と騙し合いをするには経験が足りないわよ、あなた。ほら怒らないから言ってみなさい」



 目が二度三度、左右に振られ、それから彼の重い口が開く。 



「……一つだけ差し出がましいことを承知で言わせて頂けるのなら、あなたからの『今回のゴーレム騒動で積極的な戦闘は避けること』という命令を遵守しましたが、我らがもっと介入できていれば死者は減ったかもしれなかったかと。そう思っただけです」


「あなたは冒険者たちのことは嫌いだと思っていたけれど?」


「確かに冒険者たちは信用できる者ではないという認識は変わっておりません。しかしあれらも弱者である民と等しく守るべき存在であるとも思っています」


「お優しいのね?」


「それが教会騎士ジルボワのあり方であると信じています」



 グレーの考え方は教会騎士としては正統な思考だった。

 おそらくほとんどの教会騎士は似たような言の葉を紡ぐだろう。

 けれど、目の前のミーシャに化けた女はそれとは立ち位置が違うらしい。

 それはグレーがずっと丁寧語で話していることから立場が上の存在であるのも窺える。まるで軍人が年齢は下であっても階級が上のものには絶対服従するのに似ているだろうか。



「あなたたちがでしゃばっても逆に被害が増えた可能性もあると私は見ているんだけどね。それに――あの子アオイ、すごかったでしょう?」


「ええ、話には聞いておりましたが、まさかあそこまでとは思いもよりませんでした。牢屋で接触したときはただの娘にしか見えませんでしたが、それがほぼ一人であの巨大ゴーレムを打ち倒すとは。安直な意見ですが、あのゴーレムよりも厄介な存在でしょう。まさに個が軍に相当する。報告にあった『』ですか。、話し半分に聞いていたことを猛省しています。そしてあれがあまりにも危うい存在だとも痛感しました。あれが味方になれば頼もしい限りですが、敵となるならばぞっとすることになるかと……」


「ふふ、私も驚いたし確かに力は信じられないものがあるけどね、弱点だってあるわ」


「弱点……ですか? 私の部隊にいる連携特化させた四人組ですら彼女のペットである子犬に負けたのにですか?」



 あのような超人に付け入る隙があるとは思えず、グレーが目をぱちくりとする。

 

 葵がヴラドを追い掛けた夜、いきなり現れた四人は実は教会騎士だった。

 目的は実力を測るためと、ヴラドを横取りするため。

 されど結果は子犬にボコボコにされてしまうという屈辱を味わうもので終わった。

 打ちのめされた四人はまだ精神的ショックから立ち直っていない。



「そうよ、ふふ。でも教えてあげない。自分でそれは考えなさいな。何でも訊いたからって教えてもらえるわけじゃないわ」



 どこか遊んでいるというか、玩具を見つけたように楽しそうに嗤う。

 それをグレーはおちょくられたのではなく、彼女から出された課題だと受け取って飲み込む。



「分かりました。しかし宜しいのですか?」


「何が?」


「ずいぶんと仲が良かったように見えましたから」


「そう見えたのなら私も大したものね。それに本当に親しかったとしても私たちの目的に何ら変わりがないのではなくて?」


「それは……そうです。出過ぎたことを申しました」



 グレーが頭を下げる。

 もしこの場に葵たちがいれば彼が謝るということが想像できなくてぎょっと驚愕したことだろう。

 彼の葵たちに対する居丈高な態度は不器用ながらも任務との間で冒険者であるアレンたちを危険から守ろうとしたのだが、それは残念ながら分かりづらすぎて誤解を生む結果にしかなっていなかった。



「それで、彼は起きているのかしら?」


「ほとんど物を言いませんが、そちらに」



 グレーが手の平を向ける先は最前列の長椅子で、そこには鉄の鎖でぐるぐる巻にされたヴラドが横たわっている。

 もはや顔を隠していた布は無くなって真っ白で無機質なボディが見えており、人間ではないのは誰の目にも明らかだった。

 ただしぐったりとしていて目は開いているがぼんやりと虚ろを眺めているだけだ。

 その顔の横に女は座り無造作に手を頬に付ける。

 グレーが危険だと狼狽える動きをするが、それも手で制す。



「少しは休めたかしら? お返事してくれるとありがたいんだけど?」


「……早く殺せ。拷問をして情報を吐かせるのも無駄だ。私は死を恐れない。恥を晒しているのは妄執がまだこの身に残っているからに過ぎないのだ」


「協力して欲しいのよ」


「協力? よくは知らないがお前たちは女神と名乗るあの女の信奉者だろう? そのような者に協力などできない」

 

 

 それがそういうふうに反発することは知っていた。なぜならこのヴラドが人造人形レプリカンドールと大昔に呼ばれ、大勢の人間が殺害されたとされる事実は教会内の限られた者に伝わる知識としてあったからだ。

 彼らはすべからく女神を憎み、その恩恵を受けている『魔術の素養がある者』、『天恵持ち』を優先的に狙って殺害する。

 その行動原理の元となった理由までは失伝しているが、存在が未だ失われていなかったことに彼女はほくそ笑んだ。

 

 女は無造作に自分のミーシャの顔を手で覆う。

 特に何の変哲もない流れる自然な動作だった。


 しかしながら、手を払い去った瞬間――それはミーシャではなくなっていた。

 菫色の腰まで届く長い髪を手で掻き分ける。



「――改めてご挨拶するわぁ。教会騎士ジルボワから独立しそれに命令できる権限を有する『女神の使徒リィムズアポストル・序列第四位『人の横に潜むモノ』――ハイディよ。宜しくねぇ?」


 

 まるで手品でも見せられたみたいな早変わりだ。

 さっきまでミーシャだった女が、身長も髪も体型も全てが入れ替わりそこにいた。

 これにはヴラドも目を剥き、これが『天恵』によるものだと推測して明確な拒絶を示す。 



使徒アポストル――女神の呪いを色濃く受け、特異な能力を有する者などとは余計に協力できるはずがないだろう! ふざけているのか!?」



 アレンに見せたのと同じ種類の敵意だ。

 ハイディはしかしおくびにも怯えず、手を焼かす子供をあやすような顔をして、ヴラドの耳元まで口を近付け何事かを囁く。

 言い終わった瞬間に、ヴラドの目は最大限に見開いた。

 


「それは……本当なのか?」


「ええ。あなたにもメリットがあるお話ではなくてぇ?」



 先程まで敵対する意思を見せていた相手をたった数言で黙らせる。

 それこそ悪魔の囁きのようではないかとグレーはその光景をじっと黙って見つめていた。



「……それが本当であれば検討する余地はあると判断する」


「それは良かったわぁ。今すぐは無理だけどその拘束が解ける日もあるかもねぇ」



 自分がハイディーに手玉に取られているように感じたヴラドは忌々しそうに目を背ける。

 


「でも本当に運が良かったわぁ。南からの出回った品を追ってやってきたらあの子アオイあなたヴラドに出会えることになるなんてねぇ。ついでに言うならあたたたちジルボワにもかしら?」


「結局、その最初の目的の物はどうなったのですか?」



 彼らがカッシーラにて合流したのは単なる偶然に過ぎない。

 グレーにはグレーのこの町に寄る目的があって、ハイディーには別の任務があったのだ。

 ハイディーの要件は聞かされていたが、その結果はまだどうなったのか知らなかったのでグレーが尋ねる。



「この町のギルド長が買い取ってたんだけど、どうやらゴーレム戦に全部持っていったみたいでねぇ、あの雷撃で全てが消し炭となったわ。おかげで今回は暗殺も盗みも必要無いわぁ。あなたの方はどうなのぉ?」



 まるで普段から暗殺や盗みをしているかのごとく平然と言い切った。

 ただしグレーの眉は一つも動かない。

 堅物の彼が異を唱えないということはすでにそのことを承知しており、しかも承服しているということに他ならなかった。



「先を越されていました。口惜しいですがここにもう用はありません」



 彼も彼とて、とある目的があってこの地に赴いており、聖女に関しては行き掛けの駄賃のようなものに過ぎない。

 


「そう? 聖女様はどうするの?」


「あれも要観察対象として情報収集は続けますが、子供のお守りに精一杯のようですしこれ以上突いても何も進展しないので、接触は一旦打ち切りたいと思っています。私共がいない方がむしろ尻尾は掴みやすくなるかと」


「そうね。なら手土産としては彼だけでもじゅうぶんでしょう」


「では戻られますか?」


「えぇ、久々に『神都リィム』に帰還するわぁ」



 こうして葵たちの知らない水面下で粛々と物事は進んでいく。

 解明されるどころか謎が増えたまま、さらに深くこの世界へと関わっていくことになるのだった。

 

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