2章 26話 町の空に大輪の紅花が咲いた

「このぉ! よっとぉ!」


 

 私を踏み潰そうとする足を避けると、今度は地上二十メートル以上の頭上から振り下ろされるゴーレムの必殺の意志がこもった拳が振るわれる。

 逆巻く風に逆らいそれも体を捻ってやり過ごし、止まっている足元に向かった。

 振りかぶって打撃を叩き込もうとしたら、横の角度からさらに別の手が私を狙って急接近。

 仕方ないのでバク転して一度距離を取ると、ゴーレムは近くにあった建物をむんずと掴み無理やり引っこ抜こうとしてきた。


 もちろん野菜じゃないので抜けば取れるわけもなく、建物の方がボロボロと崩れていく。それでもぐしゃぐしゃになった土壁や煉瓦の屋根ごと強引にこちらに投げつけてくる。

 どれでも当たれば普通の人間なら致命傷クラスの破片の雨だ。

 いくら私でも全てをかい潜る自信はない。


 だから手を地面に付けて叫ぶ。



『―【土遁】土畳返つちだたみがえし―』



 即座に地面が隆起し、私の目の前にニメートル半ほどの壁を形成した。

 その壁にバラバラと投げ付けられた素材が盛大に衝突する音が聴こえてきて、左右には地面と当たって粉々になった建材が散らばっていく。

 数秒で静かになったのを確認し、壁を解除すると無表情だが低く唸りを上げて苛立っているような気さえするゴーレムがいた。 


 

「完全に想定外だよもう!」



 さっきまでかなり遅かったので付け入る隙がいくらでもあったのに、軽くなったおかげか相手の反応速度がかなり増している。

 それに今までに与えたダメージもパージしたおかげでほぼ無傷でやり直し。何が何でも私を倒そうとする意志も固くなっていた。

 ぶっちゃけこれ大和伝で評価するなら決闘級シングルボスぐらいの強さはあるよこいつ。

 決して初見でも勝てない相手ではないけれど、かと言って数分で倒せるほどの雑魚でもない。


 問題はやはりこの大きさだ。

 大きいというだけで武器になる。

 単純な話、質量と速度が生み出すその一撃は土蜘蛛姫の地上百メートルからのジャンピングプレスに匹敵し、その副次効果として強風を生みこちらの動きを制限させてくる。

 回避により専念しなければならず。攻撃チャンスは少ない。

 

 そんな折、離れた場所で何かが爆発する大きな音が飛び込んできた。

 ここまで肌がビリビリするほどの大爆発。



「何!? さっきのプチゴーレムが爆発したの?」



 道端での自爆ではなく煉瓦片などが大きく空に巻き上げられているので、建物の中で爆散したようだ。

 ただ小さいやつ一体であそこまでの火力にはならない。おそらく数体以上を一気に巻き込まないとあそこまでの威力にはならないと思う。

 きっと建物に追い込んで何とかしたんだろうけど……彼らは大丈夫だろうか?

 あっちの状況がどうなっているのかが分からず、なんだか胸がざわざわとしてとてつもなく嫌な予感がした。



「本気で時間を掛けている場合じゃないってことよね」


 

 唇をきゅっと結んで気を引き締める。

 もはや町の被害とか考えている段階ではないようだ。

 多少の損害が出ようともダラダラとやっているわけにはいかない。

 さっきから周りも気にしながら戦っているが、この一帯に人の気配は感じられず、さすがに全員逃げてくれているはず。


 よし、やるか。

 ウィンドウに指を伸ばしタップする。

 ぼわんと私の手に巻物が現れそれを投げ付ける。



「―【風遁】芭蕉風ばしょうふう―!」

 


 私の宣言コールで巻物が一気に巨大な竜巻に変化した。

 味方への影響が大きくてほぼ中・遠距離戦時にしか使えない風の大規模忍術。

 あまりの突風に大型台風が直撃しているかのような被害を周りにも与え、渦を巻き、地面に散乱している木くずや土を吸い取り巻き上げながらそれはゴーレムへと牙を向いた。

 


『――ォォオオオオオオ!!』



 ゴーレムは真正面から対峙した。

 頭を落とし腕をクロスさせ竜巻から固く身を護り、そこに太い腕に風の刃がヤスリのように切り刻んでいく。

 吹き上げられた石や木もぶつかるのだが、風の上級忍術を持ってしてもやはり表面程度が傷付くのが関の山だった。

 やがて効力を失った竜巻が嘘のようにかき消える。



『ガアアアァァァッァァァ!!』



 まるで勝鬨かちどきだ。

 防御していた腕を解き、どうだお前の攻撃など効かないぞ、と言わんばかりにゴーレムが吠えた。



「でもね、んなことは最初から分かってんのよ!」



 当然、この結果は予想済み。竜巻は目くらましに過ぎない。

 その間に私は近くの建物に登り、ゴーレムの顔面へと疾風のごとく跳躍していた。

 空中で拳を振りかぶり拳技の名前を宣言コールする。



「―【拳闘術】浄火焔の穿ち―!!」



 ぼわっと手に不浄を浄化する烈火が宿り――それを思い切り叩きつける!

 一際大きい衝突音と手応えがした。

 彼我のサイズ差は人間とネズミほどの隔たれている。

 しかし、この人外レベルの身体能力と拳技、さらに装備品に後押しされてパンチの威力は足し算ではなく掛け算になった。



『グアアァァァァッァァ!!』



 巨体が冗談のように仰け反り、顔面にも亀裂がついに生まれかなり良い一撃が入ったのを確信する。

 たたらを踏んで後ろに下がるゴーレムはその背に他の建物を巻き添えにして倒れようとした。

 だが、その倒れる際に指が私にカスる。



「うわっ!?」



 今まで体を伝ってできるだけ足場を確保して戦っていたのはこれが怖かったからだ。

 行き場のない空中では狙われると避けるのが難しく、ちょっとした風で煽られる。


 きりもみ回転を余儀なくされそのままどこかの建物の二階にある窓へと突っ込まされた。

 窓や壁が壊れる鈍い音と同時に、衝突する痛みがやってきてそのまま民家の木の床に放り出される。



「痛たた……」



 玄関からじゃなく二階から壁をぶっ壊しワイルドにお宅にお邪魔してしまった。

 壁よりも固い頑丈な体のおかげで何ともないけど普通は死んでるっての。

 この町に来てからこんなんばっかだわ。



「――誰か……助け……て……」



 ふいに後ろでか細い声がし、そっちに振り向くと本棚の下敷きになって人が倒れていた。

 三十代ぐらいの女性。その横にはこんな騒動の真っ最中だというのにベッドで寝ているその息子らしい寝間着を着た少年もいる。

 女性は倒れた本棚と床に挟まった際に負ったのか額から血が流れていた。


 私のせいで下敷きになったというより、もう少し前からこうなっていたっぽい。

 ゴーレムとの戦闘では揺れまくっていたからきっとそれの巻き添えだろう。


 ただしその女性の顔には見覚えがあって目を見開いた。

 彼女は数日前に詰め所まで抗議をしに来たお母さんだった。

 もうこの辺に人はいないと思っていたけれど、そうか逃げ遅れていたのか。

  


「今助けます!」



 すかさず立ち上がり本棚を無理やり横に押しのけ救う。

 覆いかぶさっていたものが無くなっても、彼女は自力では起き上がれないほど衰弱していた。

 命に別状は無さそうだけど、少なくても骨折ぐらいはしているかもしれない。



「う……」


「大丈夫ですか? ここから避難しないと!」


「私は……いいから……その子をお願い……」



 耳元で意識確認をすると、弱々しく途切れ途切れの声で自分も大変なのにそれでも息子を守って欲しいと願ってくる。

 こんな状態でも子供を優先するそんな母親の愛情に胸がいっぱいになって打たれた。



「大丈夫、どっちも助けますから!」



 この人たちを見捨てるわけにはいかないし、このままここにいればたぶん巻き込まれる。

 怪我に響くかもしれないけど、ベッドからパジャマのままの少年を降ろし無理やり母子を脇に抱えた。 



『――ゴアァァァァァ!!』



 それと同時にビリビリと肌が泡立つ最悪の咆哮が伝わってくる。

 私が開けた壁から外に目を向けたら、このタイミングですでに起き上がっていたゴーレムが右手を振りかぶっているのが見えた。

 

 足袋型ブーツで木の床を踏み込みその穴から一気に三人で外に脱出する。

 それと交代にただただ乱暴なだけの暴力が今私たちがいた民家を粉砕した。

 ぞっとする。コンマ数秒遅かったら私たちもミンチになっていたに違いない。

 交錯する腕から紡がれる風は髪を大きく乱れさせ、鼓膜を狂わせるほどの空気を裂く音を発生させて通り過ぎていく。



「うぅ!」



 地面に着地したと同時に母親が痛みに呻いた。

 やっぱり外側からは見えない部分がかなり傷んでいる。



「ごめんなさい、今は我慢してもらうしか……」 


『――グルァ!!』



 私が言い終わる前にゴーレムはさらなる追撃をし掛けてくる。

 なんと自分の体を千切ってこっちに投げ付けてきたのだ。

 人間の反応できる速度の限界を越えた剛速でやってくるその凶弾をバックステップで避ける。

 まだ反応できるレベルだ。


 しかし、そいつの狙いは単なる投擲ではなかった。



「ちょっ!!」



 投げられた装甲が地面と衝突した瞬間に爆発したのだ。

 そりゃそうだ。この装甲がプチゴーレムになって自爆しているところを見ていたのに、迂闊うかつだった。

 てっきり全てを出し尽くしたと思い込んでいた私のミス。

 

 咄嗟に親子をかばうために背中を向けた。

 そうして私たちは数メートルを吹き飛ばれる。


 爆風に意識を持っていかれそうになるのを必死で繋ぎ止めながら宙を舞う。

 実質は数秒も無かったろう。でもとんでもなく長い時間を過ごしたように感じた。

 二人を抱きかかえた姿勢で地面に不時着すると無様にゴロゴロと転がる。


 どちらも瞑目しているが肌に触れる手から伝わってくる体温と小さな息遣いに何とか無事であることが分かりほっとした。



「ごほっ!」



 いや無事じゃない。

 母親の方が口から血を吐き出した。

 直接的なダメージは無かったはず。考えられるとすれば本棚に押し潰されたときに折った骨とかがこの吹き飛ばしで内蔵に刺さったのかもしれない。

 もはや一刻の猶予もなかった。でもこの人をこれ以上強引に動かすと悪化して命に関わりそうだった。



「大丈夫ですか!? しっかり!!」



 大丈夫じゃないのは分かっている。それでも母親の口から垂れるどろりとした生々しい血塊に刺激されてそう叫ばずにはいられなかった。



『――!!』



 ふいにあの聞き慣れたキィーンという最低の音が耳に飛び込んでくる。

 顔を上げるとゴーレムは口を開け、すでに放電現象を始めていた。



「そこまでする……」



 ダメージを負ってすぐに動けない私たちに、あの町の外壁を壊した雷撃を撃ってくる気だ。

 私と二人きりの応酬を繰り広げている間はそんな当たらない切り札なぞエネルギーの無駄と言わんばかりに使用しなかった。

 なのに今発動させるということは、きっと現状の私の状況をあいつは理解しているんだ。

 この人たちを見捨てて逃げられないっていうことを!


 無慈悲な見上げる怪物の残酷なまでの仕打ちに全身に悪寒が走り慄いた。



「私は……いぃから……ごほっ……この子を……」


 

 母親からの悲痛な申し出に深く逡巡する。

 この人はこれ以上動かすと本当に致命傷になるだろう。対して少年のみならば確かに離脱できる。

 だけど母親だけを見捨てるなんてことしていいの? 全員が助かる方法はないの? ここで全滅を避けるのがベストでなくてもベターではないの? 私が取るべき手段はなに?

 頭に葛藤が次々と湧いては消えていく中、抱えた二人の命が重くのしかかった。

 

 母親の望み通りするなら、子供だけなら抱えて逃げ切れる。

 それが最も合理的な判断だ。

 

 それでも――やっぱりそれでもだ。一人だけ置いて行くなんて真似したくない! たとえこの子が今助かっても一人だけ残された悲しみなど背負って欲しくない!


 どうする? 私はどうすればいい? 変わり身の術も対象は自分のみで二人を運べないんだ。

 脳が高速で最善手を模索する。制限時間はおおよそ二呼吸ほどの僅か数秒。

 漫画の主人公ならこんな場合でもここで画期的なアイディアが浮かぶのだろう。でもこの土壇場で都合良くそんなものが出てくるはずがなかった。


 絡みつく思考はぐちゃぐちゃになった毛糸みたいに解けない。

 だから愚直に泥臭く、力技しか私には見い出せなかった。



『―【土遁】土畳返つちだたみがえし―×10』



 十メートルほど先から連続で十枚の土壁を出現させる。

 すると全SPを一気に使ったせいか軽い車酔いのような気持ち悪い倦怠感が体を支配した。

 SPを全回復していなかったのもあり、この数が今出せる最高数。

 

 でも全て重なれば外壁よりも分厚くそびえ立つ壁となる。不安はあるけれどこれが今私が思い付くことの限界。根比べだ。



「さぁ来なさいよ!」 


『――!!!』



 チャージが貯まったゴーレムは私の行動におくびも反応せず、特大の電撃を発射する。

 真っ白く発光する凶悪なまでの稲妻が空気を伝わり真っ直ぐこちらに迸ってきた。

 まさしく迅雷の速度で私が生み出した壁に到達し、一瞬でそれらが破壊されていく。いやもはや蒸発と言った方が正しいか。

 凄まじいまでのエネルギーの奔流に土壁など歯牙にもかからない。


 一枚、二枚、三枚、四枚……。



「嘘っ!?」



 ほぼノータイムだ。

 高い身体能力と五感のおかげで時間を超越した刹那の世界の中、私はことを悟った。


 ……七枚、八枚、九枚……。


 雷の作り出す光の波に飲み込まれて私の抵抗は脆くもその全てが崩れ去っていく。


 ……失敗した。……誤った。……間違った。……し損じた。……ミスった。……しくじった。……とちった。……やらかした。


 本当に僅かな時間の隙間に濁流のような後悔の言葉と念が押し寄せる。

 そして最後の一枚が破れ、目を灼く光が土壁のヒビから見えて咄嗟に親子を抱いて目を瞑った。

 

 ぎゅっと亀のように身を縮こまらせ、絶望なまでの衝撃に備える。

 けれど、数秒経ってもまったくそれがこないことに驚く。



「――え?」



 何事かと見上げるとそこには『八枚の赤い盾』が私たちを守るように浮かんでいた。

 一撃で町の区画を灰燼に帰すとんでもない威力の雷撃を、手で持てそうなただの盾が宙に浮かび静電気すら通さず完璧に阻んでいたのだ。


 いや私はこれに見覚えがある――それは大和伝の【巫女】が使う術で一日に一度だけどんな攻撃をも防ぐことができる――【墨坂神スミサカノカミの赤盾】だ。

 

 なんでここに!?

 考えている間にようやく雷は収まり、それと共に赤盾も消失する。



「遅れてごめん! 今から参加するで!」


「美歌ちゃん!?」



 小さな巫女が屋根の上にいた。

 無邪気に笑顔と手をこちらに向け振ってくる。

 どうやら救援に来てくれたらしい。どういった心変わりがあったのかは知らないが、心強い増援だ。


 送られてきたパーティー申請にボタンを押して、彼女のHPバーなどが表示され共闘を開始する。

 


「まずはバフや! ―【降神術】天手力男神あめのたぢからお 豪力の加護―」



 美歌ちゃんの背中に筋骨隆々でもさもさとヒゲを生やしたおじさんが現れた。

 上半身は裸で、下半身は白い布を巻いただけの簡素な格好だが、その全身の筋肉を見せつけるにはそれでいいのだろう。

 彼はニカっと笑いながら肘の筋肉を主張するかのように両手を振り上げサムズアップすると、後光が差す光のエフェクトが私を照らす。

 そうしたら急に体が熱くなりぐっと力が湧いてきた。

 【巫女】による筋力ステータスアップの術だ。効果時間はニ分。

 【歌舞】と違って効果時間が短く、切れるたびにいちいち掛け直しをしないといけないが、今の私にはこれでじゅうぶん。


 そして彼女は小さな物をこちらに放り投げてきた。

 それを受け取り眺めるとどこかで見たことがあるなと記憶を探る。



「これって――ダルフォールさんの魔剣?」


「預かってきた! それ使ってって!」



 ゴーレム討伐を開始する前に見た刀身の無い柄だ。

 改めて間近で観察すると、なぜだか今までに登場した魔道具とかとは何か一線を画すような印象を受ける。

 でもそれがなぜこれがここに?


 その疑問を解消できないまま意識の無い親子を地面に置いてナックルを外して手に取ると、途端に柄から長大な光が生まれる。

 確かダルフォールさんの時は一メートルもないショートソードの長さだった。

 しかし私が握ると同時にこれは剣というよりももはや噴水のように刀身がそそり立つ。


 それと引き換えにかなりの虚脱感が襲う。

 視界の端に映るSPゲージに目をやると土畳返しで余った残り少ない端数のSPが目減りし始めていた。

 これは魔力SPを吸い取る剣か!



『――!!』



 光の柱を脅威と認識したのかゴーレムが動いた。

 ただし性懲りもなく、再び口を開け放電を始める。今度こそ私たちを消滅させる気だ!

 赤盾のクールタイムは変わり身の術と同じで一日掛かる。だから二度目の奇跡は期待できない。

 けれど追い詰められていると感じるのと同時に高揚感も生まれてきた。



「この剣ならあの装甲ごと本体も斬れるよね! 雷を撃たれる前に斬れば問題ナッシング!」



 防御は不可能。再びSP回復アイテムを食べている時間もない。ならあれの発動前に斬るのみ。ただ前のめりに進め!


 そうと決めたら私の行動は早い。SP回復をする時間も惜しんで地面が陥没するほどの踏み込みをもってして神速の勢いでゴーレムに突っ込む。

 全力の疾走は残像を生み出し、手に持った光の柱はその輝きの軌跡を作り出していく。

 数十メートル以上の距離があろうとも瞬き一つの間に詰められるはずだ。

 必勝の前兆を感じ勇み体に熱が入る。


 だが、それに冷水を浴びせるかのごとくゴーレムが呼応した。



『――!!』



 高まった集中力で時が緩慢に流れる。その世界の中で最悪なものを網膜に捉えた。

 ――命を焼き尽くす稲妻が発射されたのだ。


 ただし威力はさっきよりは弱い。おそらくフルチャージ前に無理やり解放したんじゃないだろうか。

 それでも人間ぐらい丸焦げどころか塵にするエネルギーは内包していた。


 斬れ! 断て! 千切れ! 

 保証などない。でも半信半疑で打開できるほど甘くない。

 足を止めるな! 反撃など許さず追い詰めろ!!!


 突き進んでくるその雷光に手にした魔剣の光の塊を上段から斜めに振り下ろす!!



「――ぉぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 

 拮抗し相殺する不思議な手応えを感じながら力任せに振り抜き――

 雷のエネルギーは真っ二つに別れ、道の端に余波が逸れて左右に着弾し爆発する。それを後ろに置き去りにして、余韻を感じる間も捨て一気に駆け抜ける。


 次弾がまた来る。ただそれは私を狙っていなかった。

 あろうことか後ろの親子に向けて発射される。



「させるかぁ!! ―【降神術】伊斯許理度売命イシコリドメ 八咫やたの鏡―」



 美歌ちゃんが親子の前に飛び出し、喚び出したのはあの三種の神器の八咫やたの鏡を作り出した鏡の女神様。

 ゲームとしての効能は雷や炎、光など質量が無い属性攻撃を鏡の耐久がゼロになるまで弾いてくれるものだ。

 

 彼女の背中に現出した伊斯許理度売命イシコリドメは鏡を盾みたいに操り、その雷撃を上空へと反らし、空に稲光いなびかりが走る。



「こっちは任せてや!」


 

 仲間のおかげでもはや背中の憂いは無くなった。

 走れ走れ走れぇぇぇぇぇ!!


 度重なる攻撃に私の髪を括っていた紐が切れた。

 魔剣の白光に添えて彗星の尾のように黒装束とほどけた髪の黒の幻影が二色のコントラストとして生まれる。



『――ガアアアアァァァァァッァァァ!!!』


 

 空気が張り裂けそうなほど奮い立つ雄叫びでゴーレムは攻撃を繰り出してきた。

 だがここにきてそれに当たるというヘマはしない。

 猛然と迫る足をすり抜けで膝の部分を足場に最後の跳躍をし、私はゴーレムの眼前へとこの身を躍らせた。


 そこに横合いから最後の抵抗がくる。

 太い腕を寸でで避けた。


 けれど――



「きゃあっ!?」



 突如、躱したはずのゴーレムの腕が炸裂した。

 爆発反応装甲リアクティブアーマーという攻撃に反応して爆発するものがあるがそれを連想させられる。

 ただしどちらかというとこの場合は、自爆に近い。私へ爆破ダメージを与えるのと同じく、ゴーレム自身も腕が崩れるほどの損傷をしていた。

 向こうも必死だ。



『――ゴアアアアアァァァァァッァァァ!!!』



 それはまさに身を切る必殺のプランだったんだろう。

 一際大きな歓声をゴーレムが上げる。


 だが、吹き上がる爆煙から抜け出し私は柄を逆手で構えた。



「このおおおおおぉぉぉ止まれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


 

 これ以上の邪魔はさせない。

 もはや反応すら不可能な電光石火の俊足をもってして腕を伝って首に辿り着き、肩と平行に光の剣身を喉に斬り入れた。

 僅かな抵抗。それはゴーレムの反逆の感触だ。


 ずぶり、とさらに剣の光は確かにゴーレムを喉を焼き切り侵食していく。

 力がそれほど必要だったわけではない。技術を用いるべきことでもない。けれどまるで押し返そうとされる圧力に剣が半ばで止まりそうになる。



『ガガガガァァ!!!!』



 その一瞬の余白の間に損傷した腕が迫ってきた。

 もはや崩れ落ちそうなその手は私ごと押し潰す勢いで突っ込んくる。

 

 どうする? もうSPは底を尽く寸前でこのままゴリ押しで斬るか? いや斬れるのか? それでも一度退いてSP回復し直しか?

 

 まとまらない思考の最中、しかし一条の矢が弾丸の如く射出され、ゴーレムの腕の取れかかっている部位を貫く。

 


「―【弓術】金剛破砕こんごうはさい― やらせるかって!」



 固くダメージが通りにくい敵用の貫通弓術だ。

 離れた位置から放った美歌ちゃんの弓術がボロボロになったゴーレムの腕をついに破壊し、崩壊させ地面に落とした。

 ちなみに彼女が持つのは天鹿児弓あめのまかこゆみという日本書紀に登場する弓で、威力は巫女が使う弓の中で五本の指に入るガチ装備。

 本当に仲間の存在に胸が熱くなる。



「いけえぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」



 だから再度叫ぶ。

 それに呼応してかSPが剣にさらに注ぎ込まれ光は強くなる。

 心が猛り想いが膨れ上がり最大にまで達すると同時に純白の光の刀身がゴーレムの首を侵食していく。

 今まで以上の手応えを感じ、そして真一文字に斬り裂いた。   


 振り抜いた先に見えたのは太陽だ。

 いつもよりちょっぴりだけ空に近くなった燦々さんさんと輝く太陽が祝福するように私を照らしていた。

 暖かな光が心地良く感じながら残心を残す。


 そして背後では巨大なゴーレムの首が地面に落下した。

 ドスンと一際大きな音がして地面にめり込み、それを皮切りにグラリと胴体部分が力を失っていくつもの家屋を巻き込みながら倒れていく。


 私は間一髪、地面に飛び降りそこから回避するが、足を着いた途端に全身を虚脱感がめまぐるしく流れる。

 SPが枯渇したせいだ。すでに魔剣に光はない。

 さっき感じた車酔いの数倍気持ちが悪く、平衡感覚もむちゃくちゃで今にも倒れ込んで吐きたい気分になった。



「きっつ~。今はとにかく休みたい……」



 頭を抑えとりあえず座りながらウィンドウを滑らせ、SP回復用のこんぺいとうを出して一舐めした瞬間だった。

 何度私はこの最低な音を耳にしたのだろう。


 ――キュイーン

 

 甲高い悪夢のような音だ。

 ゴーレムの頭はまだ生きていた。

 地面に刺さり動くことは叶わなくてもその口に放電現象が発露しエネルギーが溜められていくのが分かる。

  

 

「今更そんなのしたからって……」



 何かがおかしかった。

 どこかいつもの音と一オクターブ違っていたからだろうか、美歌ちゃんの術で効かないのを分かっているに無駄なことをしているせいだろうか。

 違和感があって言葉を途中で切る。


 角度調整すら不可能な砲台。そんなものは脅威ですらない。ちょっと移動すれば避けられるし、町の被害を抑えるのなら美歌ちゃんがその前に立ってさっきの反射する術を使えばいいだけだ。

 なのになぜ?


 蓄電されていく雷は口の中だけに収まらず、ヒビの入った外殻がパラパラと崩れていき、周囲の空気すらも帯電していく。

 浮かんだ疑問はオーバーフローするかのごとく、自身すらもその影響で自壊していくその姿を見て氷解した。そして気付いてしまった。

 ここで一番私たちがして欲しくない最悪の手段を。


 ――


 顔の近くには胴体もある。

 プチゴーレムだけであの威力だ。体全てが爆発すればここら辺一帯は吹き飛ぶ未来が容易く脳裏に映し出された。

 そしてこれは直感だけど、ほとんど時間は無い。


 信じがたい最低最悪の予感に心が折れそうになる。

 イタチの最後っ屁にしては笑えない、執念深い悪夢の最後の一手だった。せっかく守ったのにそんな結末は選ばさせてなるものか!

 ただ下手に破壊したら誘爆する恐れもあった。もはや手段はあまり残されていない。


 一度だけ美歌ちゃんに振り返ると、彼女は変に思いながらもきょとんとしていて事態がまだ飲み込めていない様子だった。

 たぶん説明している時間も無い。ここは一番近い私が何とかしないと。


 無意識が意識に変わる刹那の間に覚悟を決め、地を蹴った。



「はああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

  


 あっちが速いか私が速いか、勝負だ!!

 

 加速する。

 うまく力が入らずまるで酩酊状態のようなフラフラの体で、世界の色も鮮明さも虚ろになった視界で眼前の敵を見据えて走った。

 SPは少し回復したもののほとんど口に入れられなかったのが原因か。

 気だるく思わず倒れそうになる足を気合で踏み込み距離を詰める。

 

 大型トラックの半分ほどの大きさのゴーレムの顔までいくら消耗し切っていてもすぐに顔の前まで辿り着けた。

 凝縮されていく恐ろしい雷撃がもう手の届く位置にあり、近付いただけで余波が私の忍者服を焦がし焼ける音と匂いが発生した。

 それを思い切ってと、おびただしい電気の嵐が私を襲う。



「あああああああああああああああああああああああああああ!!」


 

 手の血管が奇妙なほどに浮き上がって血が沸騰しているかのごとく熱くなり、意識していないのに勝手に腕が震えた。

 物理的な干渉はほとんど感じないのに肉と血流を食い破り私の腕は咀嚼されている。

 奥歯がガタガタと小刻みに噛み合い抑えられない。

 心臓の鼓動はパンクしそうなぐらいのリズムを刻んでいて、脂汗などすでに出し切った。代わりに鼻から血が垂れる。

 電撃耐性装備があってすらこの激痛。



「こ、このおおおおおぉぉぉぉ!!」 



 痛みに耐える指がゴーレムの外殻を割れんばかりに掴み口からは唾が飛ぶ。

 そして思いっきりその頭を上空へぶん投げた。


 もう爆発させるなら空しかないと思った。超脳筋プレイだ。 

 と言っても重さが重さだけにそれほど高くへは飛ばない。

 二十メートルか三十メートルそこら。もう一声欲しい。

 だから跳んだ。


 

「どっせぇぇぇぇいいいいい!!」



 空中でゴーレムの口の部分にもう一度手を掛ける。

 再度、神経が焼き切れ頭が狂いそうなほどの熱を受け、灼かれる衝撃は緩慢なミキサーの中に手を突っ込んでいるかのよう。

 それに耐えさらに上へと放り投げた。

 そしてすかさず、落ちるまでの間にぽんっと出した巻物を万感の思いを込めて投げつけ、ゴーレムの口に入ったのを確認してから宣言コールする。



「いい加減しつこい男は嫌われるって分かれよ! ―【火遁】紅梅べにうめ―」



 刹那、カッシーラの町の上空で真っ赤な火線が花開き大爆発が起こった。 

 町のどこにいてもその光と音が届くほどの大爆音が轟いたのだ。


 これが終結を意味するかどうかは分からなくても、きっと住民たちは全員がこの光景を見ているに違いない。

 そしてすぐに戦う音がもうしなくなったことにきっと胸を撫で下ろすだろう。

 今際いまわきわまで手こずらせた岩の怪物ゴーレムがやっとその活動の全てを停止したのだと。

 


「はぁ……はぁ……はぁ……」



 着地し、手を突いて四つん這いの姿勢からそのまま崩れて倒れた。


 息が整えられなくて荒い。

 全身が脂汗がびっしょりでマラソンを走り終えた後のようにもうどこにも力が入らず、その場で大の字で仰向けになり放心状態。

 もう一歩も動けない。色々疲れたよ……。


 手から焦げた鼻につく嫌な匂いが漂ってくるが、見るのも怖い。

 


「―【降神術】少彦名命すくなびこなのみこと 薬泉の霧―」



 そこに【巫女】の回復術が降り注ぎ、すかさず活力が蘇る。

 美歌ちゃんの術だ。ありがたい。

 でも気力までは戻らず、このまま倒れていたい欲求が勝った。



「へ、平気? すごいことになってたし、やってたみたいやけど」



 美歌ちゃんがおっかなびっくり駆け寄ってくる。



「何とかね。あの親子は無事?」


「うん、それは大丈夫。ついでに怪我も治しといたし」



 良かった。意地を通したかいがあるってもんだ。

 それにしてもあのゴーレムは思ったよりも厄介だった。もしこんなのがまだいたとしたらぞっとするよ。さすがに無いと思うけどさ。

 

 あれ? 私、何か忘れてないかな? 何だっけ? 喉まで出かかっててモヤモヤする。

 ずっと意識がこのゴーレムに掛かりっきりだったけど、まだ何か残ってるような?


 大空に視線を這わせ考える。でも出て来なかった。

 これだけ思い出そうとしても分からないなら大したことじゃないのかな。うん、まぁそれでいいや疲れたし。


 そう思ったのもつかの間、美歌ちゃんの紡いだ言葉がその答えだった。



「そういや吸血鬼ってどこにおるん?」



 あ、それだ!! あいつどこに行った!?

 


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