2章 10話 ひび割れた関係

「ってことがあったんだ」



 鉄格子の向こう側でアレンが頬を指で掻きながら、所在なさげにいない間の説明を終えた。

 威張れることでもないので目を合わせようとはせず、冷たい地面を見つめている。

 


「あら~良い物件よね、お家賃おいくらかしら? え? 数人で入る部屋を一人で使わせて頂いてる? 個室なんて特別待遇で良いですね~! ……って普段なら煽るところだけど、財布を取り戻そうとしてくれたから言い辛いわ」


「いやそもそも仲間が捕まったのに煽るなよ!」



 ガシガシとアレンが鉄格子を掴んで抗議してきた。

 ようやく目を合わせてきたので半眼になって責めるような視線を解除する。

 動物園のゴリラみたいだけどウンチは投げないでよ。


 ここは兵士宿舎にくっ付いた牢屋の中だ。

 位置的には地下で、ギリギリ天井近くの格子から太陽の光と風が入ってきているもまだ薄暗い。排水がきっちりしていないのかどこかじめじめしていているだけで鬱陶しくなりそうな空間だった。そんな場所にアレンは収容されている。

 他に牢に入れられている人はいないようで、今やアレンがここの牢名主。


 ここに連れて来られたときのあらましは警備兵の人からすでに聞いていて、発見した際のアレンは心ここにあらずといった感じだったらしいけど、なんだ意外と元気じゃん。これなら冗談言って奮い立たせる必要なかったかな。



「大体の経緯は分かったわ。あとその最後に出てきた黒髪の男のこともね」



 見た目からすると大和伝プレイヤー説がやや匂うけど、女神がどうとか使徒とかペランなんたらとかそこがよく分からない。この一ヶ月間に私とは違う経験をしたのかもしれないが、個人的には市民を襲う人物が同じ大和伝プレイヤーだとは信じたくないかな。

 


「強かった。浮かれていた自分が情けなるぐらいにやばいやつだった……」



 鉄格子を掴んだまま俯いて呟くアレン。

 しょぼくれてる感じからしてついさっき体験した恐怖を思い出しているようだ。

 レベルアップしたおかげでアレンもこれでけっこう上位の方にいるはずなんだけどね。それで対応できないというのはどちらにせよ危険ではある。

 ただ女の子を噛むというのが謎だ。その場面を見てないから憶測になるけど、おそらく十中八九、今この町を騒がしているらしい吸血鬼なんだろう。

 けれどいくら記憶を思い起こしても吸血に起因するスキルは無い。もしプレイヤーならそれに何の意味もないはずなんだけど……。



「きっと、彼が見たのは我々が追っている連続暴行魔だと思う」


「それって吸血鬼って言われているやつですよね?」


「そうだ。あまりに素早すぎて誰も顔や風貌すらも分かっていなかったのだけど、今のところ唯一の目撃者が彼になる」



 看守の警備兵が横から口を出してきた。

 まーたレアケース引いたんだね。実は私じゃなくってアレンがトラブルに巻き込まれやすい主人公体質なんじゃない?

 土蜘蛛姫もアレンたちの方が先に出会ってる訳だし、私の方が巻き込まれてる説ありそう。



「それでアレンの釈放はいつになるんですか?」


「それがだな、最初こそは婦女暴行容疑で捕まえて――まぁそれは誤解だったのは分かったのだが、ここに留置されているのはそれ以外の一般人に危害を加えた罪、町中で抜剣した罪、建物を壊した罪で捕らえられている。そのどれも事情があったとしても普通は違反金を払って数日反省してもらうところだが、吸血鬼の目撃者とあって実は上で我々の協力者として雇えないかと相談しているところなんだ。ランク3の冒険者だから人手としても助かる話だし」


「吸血鬼捜索のお仕事依頼ねぇ」



 ぶっちゃけ、アレンたちが捜索に参加すること自体は構わない。でも聞く限りじゃ強さ的に私がいないといけない案件だよねこれ。

 まぁた厄介ごとにぶち当たってくれちゃって、本命の聖女がどうこうって話は後回しになりそうで頭が痛い。

 


「その……それは強制ですか?」


「いや強制ではないが、出来れば受けてくれるとありがたい。カッシーラに暮らす人々の平穏を守る我々からすると、不甲斐ないことだがプライドを捨ててでも早期解決を願わなければならないんだ」


「……そうですか」



 そのことに気付いたのかチラチラとオリビアさんは私に視線を向けながら質問をする。

 そんなご機嫌伺いみたいに見ないでも協力するよ。


 当の本人のアレンはそういう話の展開になっても何か別のことを考えているふうだった。

 言いにくそうに唇を震わせると、



「……それよりあいつらどうなりました?」


「あいつら? あぁ少女たちか。目が覚めたよ。多少の気だるさはあるようだけど特に体に支障もないみたいだ。今までの被害者と同じならすぐに退院できるだろう。ただ置き引きの罪や余罪があるから家に帰るのはまだ無理だろうけどね」


「そっか」



 檻の向こうでアレンがほっと安堵の息をもらす。

 それからゆっくりと壁に背を預けて一仕事終わったようにリラックスして地面に尻を着ける。


 そういうことね。自分のことより襲われた少女の方を心配なんてアレンのくせに男前じゃない。



「ま、仕方ないよね。なら私も手伝う――」


「――結構だ」



 私が言い終わる前に横から有無を言わせない低い声音の言葉が飛んできた。

 振り向くと、胸鎧をしていて堅物そうな顔したこの町の警備兵とはまたちょっと違う格好の男が入り口からやって来る。



「どちらさんですかね?」



 途中で話が切られたもんだから、私のちょっぴり誰何する声に苛立ちがブレンドされてしまう。

 男は背が高く百八十センチぐらいだろうか、私よりも二回り大きく見上げるほどだ。頬に大きな傷があった。

 


「私は教会騎士団ジルボワ所属、第十二分隊隊長の『グレー』だ。ここに騒ぎを起こした輩が捕まっていると聞いてやってきた」


「な、なんだよ……」



 怖い顔面で睨まれたもんだからアレンが小動物みたいに怯える。

 


「警備兵の間ではこの男を釈放して使おうとしているようだが、私たちが動くから不要だ。お前はこのまま通常通りこのカビ臭い牢の中で反省するがいい」


「ちょっと待ちなさいよ。そんな横暴な。あんたにそんな権限あんの?」



 なにこいつ、いきなりやってきて偉そうに勝手なこと言うじゃない。

 解放されるかもという話をしているところだったのに、水を差してくれちゃって。



「権限はないが、一介の冒険者に頼るよりは私たちに頼ってもらった方が良いと言っているのだ。それにそいつは建物破壊だけでなく、一般人にも危害を加えている。看過できん」


「むむむ、何で一般人を殴ったのよ」


「いや、勘違いして先に手を出してきたのはあっちだぜ? 俺は応戦したまでだ」


「って言ってるけど?」


「いなしてどうとでもできたはずだ。それをしなかったのは落ち度であるし、できない程度の実力しかないのであれば尚更手を借りる必要はない」

 


 あまりに正論で言い返せず警備兵の人に助太刀を期待してチラ見したら手を合わせて頭を下げた動作で返される。

 えー、なにこれ助けられてないってこと? 弱腰過ぎない?


 言葉に詰まっているとオリビアさんが前に出てきた。



「あの、教会騎士団の方々が有能だというのは分かるのですが、こちらも協力した方がより人手も増えて良いのではないでしょうか?」


「その格好は修道女上がりか。なら我々のことは聞かされているはずだな? 報酬が無ければ動かない冒険者は信用が置けないと言っているのだ」


「――俺たちはそんなことはしない!」



 からかうと面白いぐらいアレンというのは感情豊かな人間だ。さっきみたいに窃盗犯の女の子ですら気を遣えるほど情に厚いところもある。

 けれど本気で怒るということはめったにない。そんな彼が珍しく敵意を剥き出しにして大男に食って掛かる。



「そうよ、そんな三流の冒険者と一緒にされちゃ困るわ!」



 ミーシャもカチンときたのか一歩前に出て抗議し、オリビアさんも無言で睨みつけた。

 対するグレーは失笑とばかりに鼻を鳴らす。



「ふんっ。ならば問うが、一度目は確かに牙を向こうとしたようだがそこの男に再び立ち上がる覚悟はあるのか? 勝てる算段はあるのか? 聞けば手も足も出なかったようだが、今度はおそらく命の保証はできないぞ」


「俺は! ……くそっ!」



 やり玉に上げられたアレンは葛藤の末に壁を拳で叩いた。

 きっと今、頭の中でもう一回その吸血鬼と対峙したときのことを想像したんだろうね。足が竦むのは仕方ない。勝つ見込みがなかったのも仕方ない。嘘でも「ある」と言えなかったのはアレンの素直なとこか。


 グレーは何の感情も湧かなさそうな眼差しでその様子を眺めていた。いやどちらかというと諦めが入っているような気もする。



「冒険者というのは金のために動き、危機が迫れば自分の命が第一で依頼主を平気で置いて逃げる。そういう輩たちを指す。それを悪いこととは言わない。誰だって命は惜しいからな。だがそのような者をアテにして痛い目をみることの方が厄介なのだ」


「ならあんたは敵わない敵にも臆することなく向えるの? 部下に死んでこいって言えるの?」


「当然だ。教会騎士団は護民のために存在している。仮に死兵となろうとも傷の一つでも付けて次に繋げそれを積み重ねて打倒すればいい」


「……狂ってるわ。そういうのを狂信者と呼ぶのよ」


「何とでも呼べばいい。それでも正しいのは我々で、民は我々を選ぶし、我々は裏切らない」



 自分の命も部下の命も全ては守るべき人々のため。命を懸けて弱者を助ける。

 その理想はもちろん素晴らしいことを言っている。しかしながらそんな人間が本当にいるのだろうか? それがまともか? 私には分からない。


 ミーシャはそれを常人の発想ではなく狂ってると断じた。

 なら次は私の番だね。



「吸血鬼だろうとなんとでもなるわよ」


「アオイちゃん!?」


「仮にアレンが駄目だったとしても私たちが何とかする。それが仲間ってもんでしょ。それに直面したらちゃんと動ける男だと思うよアレンは」



 土蜘蛛姫戦でも最終的にアレンの援護が無ければ終わっていたのはこちらだった。アレンからしたらとんでもない化物相手だったのにちょっかいを出しただけでもその勇気は賞賛に値すると思う。

 例えになってないかもだけど、日本で熊とか猛獣に襲われている人が目の前にいたとしてその場で体を張って助けられるか? 普通は無理だ。でも彼はそれを成し遂げた。

 何の情報もなく、生物的本能では絶対に敵わない相手に一撃を入れる、これがどれほどすごいことか。だから次もそいつに会っても剣を振るえると私は信頼している。いつもイジってばっかりだけど、それで評価を間違えたりはしない。



「腰抜け一人に女三人が集まったからといって何ができる。暴漢のエサになるだけではないのか?」


「そりゃあやってみないと分からないよね? ひょっとしたら私はあんたの百倍強いかもしれないわよ?」


「話にならん」



 小さく鼻で笑われてそっぽを向かれてしまう。

 そりゃあ見た目だけなら信用はないだろうけどさ、でもなんだかムカつくわ。ちょっぴり本気でも見せて意識改革させてやろうかしら。



「そんなに彼らをイジメないで頂きましょうか」



 平行線を辿るやり取りの隙間にまた別の声が割り込んできた。



「ダルフォール兵士長!? お疲れ様です!」



 一人蚊帳の外だった兵士が慌ててその四十代ぐらいのおじさんに挨拶をする。

 兵士長? ってことはここのお偉いさんか。



「ようこそ私が『カッシーラ』の全兵士を束ねている『ダルフォール』という以後お見知りおきを」



 ダルフォールと名乗ったおじさんは、軽く頭を下げてくるちょっぴりロン毛気味の清潔そうな人だ。

 ただまぶたの下には薄っすらと隈ができていて、ここしばらくの忙しさが見て取れた。それに思ったより若くてやり手の印象が窺える。



「それで、兵士長様がこんなところにいらした理由はなんでしょうかな?」



 すっと一本筋を通したような姿勢の良いグレーがまず口を開いた。

 一応へりくだっているからダルフォールさんの方が立場的に上という認識で間違いないだろう。

 ただどうにもここにダルフォールさんがやってきたのが納得いっていない様子で不満げだった。 



「そう目の敵にされないで頂きたい。私は彼らに話をしに来たんですよ。事情を訊けば今度の彼の行動はやむを得ない箇所もあったと私たちは判断しています」


「やはり彼を釈放なさるおつもりか。しかしながらこのような無頼漢を加えるとなると規律に乱れが生じますぞ?」


「今すぐ出られるかは返答次第ですがね。意見としてはありがたいが、これはこちらでもう決めたことです。教会騎士団の方に口を挟まれる問題ではありません」


「ぬぅ……」



 兵士側の方針としてはやはりアレンや私たちを引き入れたいようだ。

 舎弟が可愛がられたようなもんだからね、私としてもその吸血鬼相手に暴れるのには異論はないけど。



「まだ得心頂けないようですね。もちろんこちらにものっぴきならない事情があると察して頂きたい。私たちも教会騎士団の方々のお力も借りしたいのです。できればそれを考慮してもらいたいですな」


「のっぴきならない事情、とおっしゃると?」


「少々お待ちを。すまないが君は席を外して欲しい」


「は? はっ! 了解いたしました」



 兵士の人が戸惑いながら敬礼をして足早に去って行く。

 今ここに牢屋に入っているのはアレンだけだから、いるのは私たちだけだ。

 案外この町って治安良いのかな?


 足音が消えるまで待ってからダルフォールさんが言いにくそうに、一瞬顔を伏せてから一段階トーンと声量を落として話し始める。



「……これは極秘でお願いします。吸血鬼――巷ではナイトウォーカーなどと呼ばれている存在ですが、その最初の被害者が意識を失う事態となりました」



 その言葉で部屋に漂う空気が変わった気がした。

 明らかにグレーも訊く姿勢に入る。



「それはどういうことですか?」



 意外にも一番早く反応したのはオリビアさんだ。

 いつもは微笑んでいるイメージが多いけど、今は険しい顔をして手をぎゅっと固く握っている。



「完全に意識を失ったわけではなく、一日のうちに眠る時間が増えたという感じですね。皆さんもご存知ありませんか? 医者の見立てでは手を尽くしても治る見込みのない、いわゆるしているということです」


 

 それは聞き覚えのある病名だ。

 ここに来るまでにそれと似た患者をすでに私たちは見てきている。

 だから二重の意味で驚いた。



「そんな……」


「ちょっと待ってくれ! いや、ください。吸血鬼の被害に遭ったやつが魔力欠乏症になったということですか?」


「端的に言うとその通りです。だから我々も形振り構っていられなくなりました。このままでは半月以内に数人が死に、一ヶ月以内には十数人以上、そして犯行自体の頻度が上がっているのでこれを即座に解決できないままでいると数ヶ月後には数十人単位の死亡者が出て、町全体がパニックに陥り壊滅的な打撃を受けることになります」


「十数人以上って、そんなに被害が拡大してたのかよ」


「元々、あまりにも特異な事件のため緘口令は敷いていました。もし魔力欠乏症を引き起こせる悪漢が町に潜んでいると知られればどんな事態になるかは想像できません。可能であれば捕縛し、その解決法を探りたいのです。魔術的な呪いや毒か何かなら自分に被害が及んだとき用に、おそらく薬などの対抗手段も用意しているはずですから」



 横にいるオリビアさんに視線をやると彼女もこっちを見てきて同時に頷く。

 今私が考えていることとオリビアさんの言いたそうなことは同じものだろう。


 これは――コリンス少年の事件と似ているのだ。

 あのときは犯人は魔物を連想していた。まさか人だったとは思いもよらなかったけど。



「すみません、ちょっといいですか? それについて関連してそうな情報があります」


「どうぞ」



 手を挙げ促されたので、あの村であった偽聖女騒動を簡単に説明する。

 ただし彼をアイテムで治したというところは伏せておいた。悪いけど状態異常回復アイテムはあと八個で全く数が足りない。ここは変な期待を持たせるよりは捕獲を優先したい。

 ものの数分で話し終えるとダルフォールさんは顎に手をあて考え込む。



「それは、確かに似ていますね。断定はできないですが、その村で少年を襲った犯人と吸血鬼は同一犯である可能性が高いと思います。……となると厄介だな。周辺の村にも被害者がいるかもしれないのか」



 コリンス少年の村からカッシーラまでやってきて潜伏しているという線は実際にありそうだった。

 ただなぜ他の村の人を襲わず、カッシーラまでやってきたのかというのは分からない。より人が多いところを目指した結果だろうか? 行動原理が謎だ。 



「でもなんでカッシーラーに留まっているのかしら? もちろん人が多いからだとは思うんだけど」


「それは確定ではないですがおおよそ予想はついています」


「そうなんですか?」



 私の代わりにオリビアさんが疑問を正直にこぼすとダルフォールさんが答えてくれる。



「被害者は全員、魔術的素養がある人物ばかりなんです。幼い子供から始まり、引退した冒険者に治療員や魔術を使って働く一般人や、実は現役の名のある冒険者チームの魔術師も狙われています。今日襲われた彼女たちも素養があることは確認しています」


「つまり、吸血行為は魔力摂取も兼ねているってことに?」


「というよりか血よりも魔力がメインかと。ただの血であれば誰でもいいのですから。村よりカッシーラにいるのは圧倒的に魔力持ちの人口が多いからでしょう。そして理由は分かりませんが吸血をされると魔力欠乏症を引き起こす原因になっている、そう考えています」



 コリンス少年がその魔術的素養ってやつがあったかどうか知らないけど、この分だとあったんだろうね。

 ある程度は合点がいってくる。

 


「あと、これは伝えるべきか判断に迷いましたが、実はカッシーラでは昔から血を吸われるという事件にもならない怪談のような話があります。だからナイトウォーカー夜を渡り歩くモノだなんて囃し立てて言う者も現れて困っているのですが」


「めちゃくちゃ関係ありそうですけどそれ」


「要点だけ説明すると、毎日記憶を失うほどお酒を飲んでいたどうしようもない酔っ払いがいつものように路上で寝ていたら、いつの間にか傍らに誰かがいて首筋を噛まれて血を吸われるものの、朝に目が覚めたら傷などはなく夢か現か幻か分からず仕舞い。それから気味が悪くなって酔っ払いは深酒を止めた。という過度な飲酒をやめるよう教訓として促す単なる昔話の一種なんですがね。もちろん実際に事件になったとかいうケースはありません。ただこれ自体はどこにでもある都市伝説のようなものですが、血を吸うというのはカッシーラぐらいでしか聞いたことがないので関連性はあるのかもしれません」



 なるほど、元から吸血鬼という存在が怪談にせよ根付いている町なのか。 



「ちなみに魔力があるかどうかってどうやって分かるんです?」



 よく異世界ものにある『アナライズ分析』のような魔法があれば一発で分かる。

 でも私には、というか大和伝にはそういうスキルが無かった。敵であれば倒すと次回からHPなどは分かるし、攻略サイトを見ればステータスは把握できたんだけど。



「魔力持ち同士は体に触れ合うと分かります。あと見た目もそちらのオリビアさんのように魔術師然とした格好をする人が多いです。ただ吸血鬼は狙い済ましているのでそれ以外に見つける手段がある可能性は否定できません。例えば魔道具とかでしょうか」


「魔道具ですか」


「古代の遺産ならばそうしたものを判別することは可能だと思います。そういうものがあると確認したわけじゃありませんし、あくまで推測の域を出ませんが」



 そこまでいくと会話が止まってしまう。全員が今もらった情報を頭の中で精査してまとめているからだだろう。



「現状は把握しました。報酬次第ではお受けしていいと考えています」

 


 思いのほか驚いたのは了承の話を切り出したのがオリビアさんだったことだ。

 この三人のチームのリーダーはアレンで、何かを決めるのは彼の役目になる。

 ミーシャがはやし立て、オリビアさんが現実的に修正し、最後にアレンが決断する。そういうパーティーだったはずだ。

 なのにいつも立ち位置としては一歩引いているはずのオリビアさんが相談もせず勝手に話を進めるのはあっけに取られてしまうほど意外だった。  



「オリビア!?」



 当然、アレンは真意を確かめるように顔を覗かせる。

 

 アレンの困惑する理由はきっと二つだ。

 一つはいきなり依頼を受けようとしていること。

 もう一つはアレン自身がまだその吸血鬼と相対する気持ちが固まっていないことだろう。

 

 オリビアさんは尋ねるように顔を傾け口を開く。

 その表情は懸念や疑念が見て取れた。



「アレンはどうして受けようとしないの? 実績も重ねられて人助けもできて、良い話じゃない。報酬の話は後ですればいいし」


「そういうことじゃない! お前らはあいつと戦ってないから分かってないんだ。いや俺のだって戦いにすらなっちゃいない。死ぬかもしれないんだぞ!?」


「今ならアオイちゃんもいる。頼り切ることになるかもしれないけれどきっと大丈夫。さっきの威勢の良い啖呵はどこへ行っちゃったのアレン? 依頼主を置いて逃げないんじゃなかったの?」


「まだ依頼は受けていない。それとは状況が違うだろ!」


「一緒よ! 辛いものから逃げてあなたは前に進めるの? 英雄みたいになりたいって決意して村を出たんじゃない。ここで町の人を見捨てて逃げるぐらいなら冒険者を辞めた方がいいわ!」



 決して交わらない二人の平行線が続く。

 私とミーシャは成り行きを見守っているが、ダルフォールさんとグレーはいきなり始まった言い争いにいささかうんざりのようで冷ややかに見ていた。

 どちらもお互いがお互いにいつもと違う雰囲気を感じてか困惑しながらも険の強い声音になっている。

 


「俺はお前らのことを心配して……」


「いつものアレンならその心配を他の人にも向けているわ」


「オリビア……」


「私たちはアレンがやらなくてもやるわ。そうでしょ?」



 その剣幕に思わずミーシャと一緒に頷いてしまう。

 てかこれオリビアさん相当頭に血が上ってるね。そもそも唯一の犯人の目撃者であるアレンがいるから雇いたいって話しだったのに私たちだけが参加しても意味がない。

 ダルフォールさんも困った表情を浮かべ目が泳いでいた。



「分かった。分かったよ。やるよ」


「アレン!」



 自分の叱咤するような説得に納得してくれたと思ってアレンに笑みを浮かべるオリビアさんだったが、次の瞬間に凍りつく。


 

「――ただ条件がある」


「なんでしょう?」



 ほっとしたダルフォールさんにアレンはこう続けた。



「俺はこいつらとはパーティーを組まない。別行動にさせてもらう」



 何かがひび割れる音が聞こえた気がした。


 

□ ■ □ ■ □ ■



「いや若さっていいですね。青臭さを見ているだけで若返った気分になりました」


「ふんっ、悪趣味と申し上げておく」



 一応は依頼を引き受けた葵たちは会議室に場所を移し、これからのことについて簡単なミーティングをした後に一旦宿に戻ることになり、会議室にはダルフォールとグレーだけが残っていた。

 わだかまりが残るアレンたちのやり取りを見て二人の顔色は両極端だ。

 一人は薄く笑い、もう一人は不機嫌そのもの。

 余裕があった方――兵士長であるダルフォールがその仏頂面に苦笑しながら尋ねる。



「そんなに不満ですか?」

  

「パーティー内でいざこざを起こしているような未熟な人間を起用する気持ちが私には分かりかねます」


「聞くところによるとたった一年でランク3に駆け上り天恵持ちということ。そこら辺の冒険者パーティーと同じと侮る方が私には理解できませんね」



 両者の意見は真っ向から対立していた。

 そこに別の切り口が入る。



「本当にあの者たちに期待しておられるのですかな?」


「どういうことです?」


「元々、犯人の外見的特長を聞けばお役御免でしょう。仮に人手を増やそうにも数人増えた程度では焼け石に水。違いますか?」



 それはそうだった。

 髪を染められればお終いだが、黒髪というだけでもかなり特徴的。

 アレンを雇い入れる必然性は客観的にはあまりないはずだ。



「緘口令を敷くほどの事件ですから、そう易々と事情を話していたずらに人を増やせるというものではないんですよ。もし事がもれてしまえば町は大混乱です。実際に魔力欠乏症のことを知っているのはこちらでも一部のものだけですし。しかしながら彼らはすでに事件に関わって知ってしまった。だから手を貸してもらう。自然な流れだと思いますがね」



 言っていることは間違いではないが、意図的にアレンたちを巻き込もうとしていて、しかもそれをはぐらかそうとしているようにしか見えず、グレーは目を細める。

 彼を知らない者がいたら、ぱっと見てイラついている肉食獣がそこにいるように錯覚するぐらい近寄り難いオーラが滲み出ていた。

 剣こそ使っていないがこれは二人の腹の探りあい――舌戦だ。

 

 その隠された理由を探るべくグレーが切り込んでいく。


 

「それでも道理としては冒険者ギルドに応援を要請するのが筋では?」


「残念ながらこの町のギルド長は自己顕示と金にしか興味が無い俗物なのです。何もしないのならまだいい。しかしあれに現状を知られたら混乱を助長させるだけだと断言できます。ですのでギルドは頼れない。決して彼自身が悪人とまでは言いませんが、上に立つものが無能であればそれは罪ですよ。一体どれだけの有能な冒険者たちがこの町を去っていったのか。今残っているのは金に目が眩んだ三下が大半です」



 ダルフォールは分かりやすく肩を落とし小さく息を吐く、それは芝居掛かっているように感じた。

 つまり彼の中ではこの程度の質問は想定内ということだ。


 埒が明かなさそうな按配を察してグレーは小さく舌打ちをした。

 そして彼は手札を切る。



「では――今日襲われた少女たちの身元、なぜ伝えなかったのですかな?」



 ぴくりとダルフォールの口元に反応があった。

 ここまでのらりくらりとしていた顔に初めて亀裂が入り、それをグレーは見逃さない。



「すでに耳に入っておられましたか。これは感服しました」


「教会のシンパ共鳴者、いや理解者はどこにでもいることを忘れない方が宜しいですな」


「どこにでもいて、どれほどいるかも分からず、悪意がない。信者というのは恐ろしいですね。目的が金銭であれば目立ち特定することもできるというのに、善意でやっているから性質が悪い。兵士の中にもきっと熱心なリィム教徒が幾人もいるんでしょうね」



 教会の炊き出しや支援、その精神的な教えに助けられるものは多い。特に貧しい庶民の間では必然的に関わり合いになることがあり、純粋な恩返しとして頼みを聞く人間はいくらでもいる。

そのネットワークは強大で、ちょっとした手伝いをするぐらいならどこの町でも過半数以上が手を貸すほど。


 ダルフォールが参ったとばかりに頭を振り両手を広げる。

 ただしその動作はまだどこか演技掛かっていた。

 その様子からある程度の情報が筒抜けなのは予想の範囲内だったのが窺え、切ったカードがあまり手応えがなかったことにグレーが小さく鼻を鳴らす。



「少女たちの素性は『ガルシア商会』の一人娘と幹部の娘。以前から遊び半分で窃盗を繰り返していたようでわざと見逃していたこともあったとか。そして『ガルシア商会』は表向きは建築屋だが、裏では暴力、女、賭博、そういったカッシーラの夜を取り仕切る闇の商会。間違いありませんな?」


「ええ、その通りです。付け加えるなら最近は競売もやり始めていますね」


「そんな立場にある男たちの娘が襲われた。黙ってはいられないでしょうな」


「報復に出てもおかしくはありませんね」 


 

 そこまで捲くし立ててからやや怖いほどの静寂が広がる。

 決してダルフォールからはヒントは与えてくれない。そういう意思表示だ。

 そしてグレーがムスっとした表情でアレンをわざわざ牢屋から外に出すという不自然な理由の結論を出す。



「――二重の囮、ですか」


「ほう、二重とは? 興味をそそられますね」


「一つ目は、あのアレンという冒険者を犯人を釣り上げる餌にしたいのでしょう? 顔を唯一見ている人間で犯人が彼を殺害しにきてもおかしくはない。牢の中にいさせるよりはよっぽど有意義な使い道だ。二つ目はガルシア商会への囮。話を聞いている限りでは間違いなく犯人の情報を求めて彼をターゲットに動き出すのは明白だ。彼を問い詰め、最悪拷問でもさせて犯人を追うでしょう。しかしながら協力者を拉致なんてあなたからすれば格好のガルシア商会を揺さぶれる材料になる。商会へのダメージを与えるためにその現場をあなたは掴みたいわけだ。さらに利益を求めるならば一つ目の人間を餌にするという卑劣で悪辣な手段を兵士側ではなくガルシアにさせたいのではないですか? これは人道的見地からのバッシングを嫌ってですかな。全てをガルシア商会に擦り付け、犯人が見つかった段階で最後においしいところだけはもらう。彼女らの身元を明らかにしなかったのはそんなところに繋がりますか」



 ここまでの情報を整理して彼の出した答えはこれだった。

 自信はあるようなないような。かなり突拍子もない気もしないでもなかった。

 しかしながら、どうやら正解らしい。

 ダルフォールが満面の笑みを浮かべていたからだ。



「素晴らしい! これは煽りではありませんよ。素直な賞賛です。もちろん肯定はしませんがね。ただもしそうなった場合、犯人捜しのボランティアも増えて助かりますね。そして事件が終わったあとに町の掃除も捗ることになるかもしれません」



 ダルフォールのニコニコとした笑顔はもはや薄っぺらな仮面にしか見えなかった。 



「悪漢たちを即席の自警団に仕立て上げる、そんなことが上手くいくと? しょせんはゴロツキでしょう?」



 グレーの懸念はそこにあった。

 いくら兵士たちの間で魔力欠乏症を引き起こす犯人の存在を隠しても、ならず者に知られたら即日カッシーラの町が大混乱になるのは容易く想像が出来る。

 なぜならこの病は『不治の病』。人間は刃物で斬られただけでも死ぬが、そのような得体の知れないものが背中にいるかもしれないという恐怖は、決して耐えられるものではない。特に自分本意な悪党というものたちは。

 それをダルフォールが考えていないとは思えなかった。

 だから怖い顔をさらにしかめる。



「問題はありません。ガルシアならちゃんとやり切るでしょう」



 難問だと思われたのに、あっさりとした答えでグレーの額の皺がこれでもかと隆起した。



「それほどまでゴロツキを信用しているのですか?」


「もちろん。ただ腕っ節が強い、金回りが良い、そんな男であればとっくに私が壊滅させています。そうでないからまだカッシーラの裏の顔として君臨している。変な話ですが私は敵に一定の信用をしています。それに……」


「それに?」


「いえ。何も。……一つ言えることは私たちはカッシーラを危険から守るために存在しています。その際に、悪党や他の町の流れ者がどれだけ犠牲になろうと心は痛みません。ただ早期解決を望むだけです。ご不満でも?」



 カッシーラの兵士長としては間違っていない。

 言葉通り、裏の世界を牛耳る悪党がどれだけ被害が被ろうとも、他の町の冒険者がどうなろうとも、彼の立場では問題はなかった。



「選んだのは彼ら自身です。どうなろうと知ったことではない。賢い者であれば解決するまで牢に留まるか、今すぐ町を出るべきだった」


「でしょうね」



 仮に教会側がこの情報を知りえたとしてもいちいち彼らに教えるような組織ではないことをダルフォールは把握している。

 昔から弱者を救済するという名目を掲げながら少数を切り捨て多数を生かす選択を教会がしてきたことは、士官以上が閲覧できる調査書によって推測はできていた。

 だからカッシーラの住人たちを守るために、冒険者に真実を吹聴する偽善など持ち合わせてないことは予想通り。ここまで露見することも規定路線内。

 犯人がどれだけ潜伏しようとも人海戦術で見つけ出し、多数で攻めれば負けるはずがないと確信していた。


 ただダルフォールが一つ心配事があるとすれば、犯人が発したという『女神の呪い』と『使徒』について。

 ペランカランというのは初耳だが、女神とはおそらく教会が崇める女神リィムのことに違いない。自らが信奉する神が呪いを出す悪神のようにのたまわれたことについてはすでに耳に入っているはず。なのにそれにグレーが一切触れず、また憤りもしないというのは違和感を通り越して疑念になっていた。

 それに使徒というのも不明。ダルフォールの知っている範囲ではリィム教の教義や内容にはそのようなものは存在しなかった。もしアレンがそうだというのならもう少しグレーが庇う姿勢を見せても良いはずだが、と頭の片隅で考察していく。



「されど全てが思惑通りに進むとは思わない方がいいでしょうな」



 グレーの思わせぶりなセリフに、ダルフォールの思考にノイズが走る。

 

 四十代前半という若さで数百人規模のカッシーラの兵士長を任されている彼はかなり優秀な人物だった。

 文武に優れ町を愛し、不正を憎み仕事への誇りもある。住人からすれば理想的な人間だ。

 そんな彼でも抑え切れなかったのがガルシア商会だった。当初はいくつも小さな組織ばかりで、そこに突然現れ次々と敵対する人間を排除していった。

 ダルフォールが要職に就き警戒をした頃には、顧客に貴族を抱き込まれそう簡単に手出しができないほどの規模に膨れ上がっていたのだ。

 表向きに取り締まれないのなら、自滅させればいい。襲われた少女たちがガルシア商会の娘だと分かってダルフォールは急遽プランを考えた。町を守りつつ仇敵の戦力も削れる方法を。


 だというのに、グレーのその発言はここまで順調にきていたストーリーに綻びがあるのでは? と思わせるのに十分な『何か』があった。



「……それはどういうことでしょうか?」



 失敗は許されない。だから質問してしまう。



「いや、これは失言をしました。ご容赦願いたい」



 あからさまな逃げ方にダルフォールは片眉を吊り上げる。

 今度は攻守が逆になった。厳つい顔の戦士は交渉術もそれなりに供えているらしい。

 なのでダルフォールも隠していたカードを一枚出す。



「そう言えば一~二週間ほど前から教会騎士団の方々はこちらに逗留とうりゅうされているようですが、何が目的なんでしょうね? 最初は聖女に会うためかと思っていましたが、調査したところ聖女の噂が広がる前からカッシーラに向われていたようだとか。村々を回って魔物や盗賊退治をするあなた方が防衛力の高いこの町に近づく理由は本来ないはず。少し、気になりますね?」



 教会騎士団とは村々を回って人々を盗賊や魔物の脅威から守るのが目的であり、言い換えれば警備兵がしっかりと常駐しているカッシーラのような町には立ち入る必要がない。聖女以外に他にどういう目的があるのかはさすがにこの段階では見当がつかなかった。

 だからダルフォールはそれを指摘して、このまま煙に巻くつもりなら調査や妨害をする意思をほのめかせる。



「ここへは近くの村で盗賊退治の依頼をされ、その折に聖女様のお話を耳にして寄ったに過ぎませんよ」


「ほう、それなら騎士団丸ごとではなく、神父などを派遣されるだけでも良かったのでは?」


「怪我をした者もいたので……私たちも俗物ですから、ついでに少々湯治をしたかったこともあります」


「そうですか。ここの湯は怪我にも効くでしょうからね。ただそれにしては長い滞在ですね?」



 おじさん二人はしばし視線を合わせた。それは静かな攻防だった。それなりに場数を踏んできた相手同士でしか発生しない戦場。

 やがてグレーが先に言葉を発した。



「……では、少しだけ。世の中にはあなたの常識を超えたものがいるかもしれないということです」


「何かご存知で? 重要なことであれば教えて頂きたいのですが」


「この件とは直接的に関わり合いのないことです。ただ‘あなたよりは知っている’ことがある。そう、それを‘知っているかどうか’で差が出てくるのかもしれない」



 抽象的な言葉に意味を図りかねていると、話はここまでだとばかりにグレーが立ち上がり「ちょ、ちょっと待って頂きたい」とダルフォールが慌てて制動する。



「いずれ、お分かりになります。教会騎士団も全力を上げて吸血鬼とやらの捕縛に邁進して協力致します。これにて失礼」


 

 グレーは躊躇することなく扉を開け退室していく。

 中には頭を捻るダルフォールだけが取り残されていた。

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