2章 8話 くっ、謎の湯気と光が!

「いやー極楽極楽~」



 足に感じるのは熱々のお湯。そこにちょんと足の指先を浸け徐々に体を慣らしながら入れていく。ついには肩まで浸かったところで今のセリフが自然と口から出てしまった。

 この世界に来て、初めて手足が伸ばせるお風呂に入るとその開放感に腰砕けみたいに浸ってしまうのは仕方ないことだよね。



「旅の疲れも癒されるわよねぇ。私たちも温泉は初めてなの。こんなに良いものなんてねぇ」



 オリビアさんが裸体を湯船に沈めながら蕩けた顔で満喫している感想をもらす。

 いつもはローブ服なので体のラインが出ないんだけど、その胸は豊満といって差支えがないサイズで腰もきゅっと引き締まっている。

 また袖などが長いためか、肌は日に焼けておらず惹き込まれるように色白い。湯船に入らないよう髪をまとめてアップしているせいで、その美肌のうなじから出る醸し出すような色気に目がいって離れなかった。

 端的に言ってエロい。


 私もキャラメイクしたときにそれなりに自分の理想の体型を作ったつもりだ。

 胸は大きすぎず小さすぎず、くびれもちゃんとあってこれで良いと思ったんだけど、それでもやっぱりオリビアさんみたいな女性らしい体型には心を動かされてしまう。



「ええと話なんでしたっけ?」


「魔道具よ魔道具」



 頭にタオルを乗せ岩で敷き詰められた浴槽に背を預け、突っ込みを入れて補足してくるのはミーシャだ。

 彼女は私と同じようなスレンダー系のスタイルで、オリビアさんと違い、ところどころ日に焼けた肌と無駄な肉のない健康的に眩しい肢体だった。


 言うまでもなく、私たちはカッシーラ名物の温泉に浸かっている。

 片道十日という長旅の末、ギルドへ寄ったあとは、さっそく汗ばんだ体を自慢の温泉で流し癒している最中なのだった。

 ちなみにアレンは先に馬の世話があるとかで、温泉はあとにするらしい。

 ここのギルド長にはがっかりしてたみたいで気を取り直す時間も必要だろうし、食事時に合流すればいいから好きにさせた。


 熱気で薄く立ち上る白い湯気が辺りを包み込み、大事な部分が見えるような見えないようなそんなじれったさがあった。

  

 温泉のシステムは日本とけっこう似ていて、脱衣所は服などを更衣室にいるスタッフに渡すと、番号が彫られた小さな金属盤を渡されそれと交換に服と貴重品を返却してくれるシステムだった。

 それに輪っかに紐を通して手首に巻いて入るのだがゴムじゃないのでうっかりすると落としてしまうこともあるので気を付けて欲しいと説明された。

 どこぞのスーパー銭湯にでも来ているかのようで楽しい。

 ただ日本のように滝の打たせ湯だとか電気風呂だとかそこまでは取り揃えておらず、あくまで室内オンリー。

 忍術を使えばセルフで電気風呂の再現はやれそうだったけど、そこまで常識外れでもない。今のままでじゅうぶん堪能している。


 ちなみに豆太郎はさすがに入れなかったので部屋でお留守番。あとでどっかで足湯できそうなところがあるか探してあげたいと思ってる。



「あぁそうだった。魔道具ってどういうのがあるんですか? 私が知っているのは通信できるやつだけなんですけど」



 適当な雑談の中で、ここカッシーラは以前は遺跡から魔道具と呼ばれる不可思議な道具が発掘されるスポットだったという話になっていたんだ。



「そうねぇ。基本的に魔石を動力としているものを指すんだけど例えばボタンを押すと火が点くとか、ロウソクよりももっと強い光で照らすものとかかしら。私もその実物は見たことは無いんだけどね」



 火が出るとか光が照らすって、ライターとか懐中電灯?

 脳内にあったファンタジックな空想の物が途端に日常品へと形を変わってしまいロマンチックさが無くなってしまった。「ふーん」と生返事してしまう。

 空飛ぶじゅうたんとか、ランプから魔人が出るとかそういうんじゃないんだね。

 


「あ、全然興味無さそうな反応。火が点くだけでも相当な値が付くのよ? 魔術を使える人は少ないからやっぱり火起こしに時間が掛かるもの」



 オリビアさんが私の反応でむくれてしまう。

 まぁ火打ち石があっても火を点けるのって面倒そうだしなぁ。旅の途中もアレンが竈に火を点けるのに相当苦労してたのは覚えてる。

 確か日本でも江戸時代は埋火うめびとか言って一度起こした火は消さずに種火を残してずっと使い続けるとか聞いたことはあるし、この世界ではライターでも価値が高いんだねぇ。



「それだけじゃないわよ。眉唾物だけど、大昔は勝手に動く人形みたいな魔道具がいたとかいうお話もあるのよ」


「お話?」


「えぇ、アレンが好きそうな昔の物語とかにあるらしいわよ。詳細はアレンに訊いて」



 ミーシャが割り込んできたが、結局アレン任せかい。



「とは言っても最近はもうここら辺の発掘頻度も落ち込んできてるのよね。ここはそういった魔道具も未だに流通していてそれでずっと栄えていたって話よ。もちろん良いことばっかりじゃなくて、人も流れるお金も多くなればそれに比例して面倒ごとも増えるみたいだけどね、犯罪組織もけっこう大きなのがいるって話よ」



 ほーん、どこでもそういうのはいるんだねぇ。

 私は義賊ではあるものの、決して正義の味方ではない。だから私に関わらないのであればそういうのにも興味はない。

 それよりも今関心があるのは……。



「二人とも肌綺麗よねぇ」


「あんたなんか目線がいやらしいよ……」


「ちょっとお湯掛けないでよ」



 二人の体を舐めまわすように見ていたらミーシャから軽くお湯を掛けられた。

 


「だってさ、冒険者って怪我とかよくする職業でしょ? なのに傷一つないからさ」


「あぁそれはオリビアの治療のおかげだよ。さすがに深いのは無理だけど、軽症ぐらいなら跡形もなく治せるからね。というか、旅の途中の着替えとか、あのなんとか風呂で見てなかったの?」



 だらしない顔をしているオリビアさんに一瞥して自慢げにミーシャが胸を反らす。

 うーん、残念、谷間は少ないね。  



「なんとか風呂って五右衛門風呂のことね。いやそんなのいちいち怪我があるかなんて意識して見ないよ」


「そうそう、その途中で出してくれるゴエモン風呂ていうのも最高だと思ってたけど、やっぱり足が伸ばせるのは別格だわ」


「それには同意。悔しいけどさすがにこの大浴場には敵わないよ」



 なんだかんだ、私も窮屈な五右衛門風呂に飽きはきていた。構造上的に仕方ないんだけど、あれお尻を着けて座ろうとすると口まで湯船が来るから座れないんだよね。ずっと足曲げた体勢だからそこが唯一の不満点。

 現代のように浴槽があるっていうだけでこの世界ではなかなかに貴重で、たいていは体を拭くだけだからあれもかなり希少な入浴施設になるのだが、ここの存在は精神の充足感として桁違いに大きい。

 お猿の籠屋で一度訪れた場所ならまたすぐに来れるし、聖女の件が無くてもここに来たことは正解だわ。


 私はぼーっとしながらライオンの彫刻からどばどばと源泉が運ばれ、二十~三十人が一度に入っても大丈夫そうな石張りの浴場を見回す。

 まだ昼頃だというのに私たち以外にも数人ぐらい人はいるし、出入りもある。きっといずれも観光客なんだろう。

 


「誰もが一度は来てみたいと言うのは本当だわ」



 満足そうに言うミーシャの横顔を見つめてみる。それは一切のわだかまりを感じ無いさっぱりとした表情だった。

 

 誘拐事件以来、あれから特にトラブルも無く、ここまで辿り着いた。何にもないのがそりゃ一番いいんだけど、あの小屋での彼女の衝動を見てこっちは忘れたくても忘れられないでいる。

 喧嘩したいわけじゃない。簡単な謝罪もあった。でも一言もあれ依頼、あの件に触れないというのは、それはそれで心にずっと引っ掛かりを残している結果になっている。それは温泉でも洗い落とせていない。

 

 向こうはどうなんだろうね。最初は違和感があったけど、ここ数日ですっかりいつものミーシャに戻っていた。

 私がうじうじ悩んでいるだけなのかな。



「温泉って美容効果もあるし、アレンにアピールしてみたら?」



 軽いジャブを放ってみる。



「え? あぁ、まぁここではそういうのはいいわ。それより聖女に会いにきたんでしょ?」


「まぁそうだけど」



 するりと避けられてしまう。

 照れるぐらいはしてくれると思ったんだけどな。



「一ヶ月半ほど前に馬車で移動しているときに盗賊に襲われて、重症になった男爵の息子の傷を治したのが最初だってね」



 カッシーラのギルド長から仕入れたその情報は、他の職員からも同じ話が訊けた。

 けっこう有名な登場エピソードのようでその助けた貴族にいたく感謝され、それからそのお屋敷に住み込み、治療行為を行っているとか。

 依頼があっても必ず受けるという訳ではなく、重症患者優先でふらっと現れ、いつの間にかふらっと消えているらしい。

 どんな病気も怪我も治すことから町の人々からも感謝され、いつしか聖女と呼ばれるようになったんだとか。 

 

 ネックは個人の依頼はほとんど受けず、病院など複数人がいるようなところにしか出没しない。

 治療については眠ってしまい誰もが覚えていないこと。

 あとヴェールみたいなのをしていてなぜか顔を見せないし、会話もしないみたい。

 それでもどんな大怪我でも不治の病でも治っているし、すでに百人を越える人々を癒してきたという実歴は、町の人からの無条件の信頼を勝ち取っていることが分かる。

 だって、どこのお店行っても聖女関連グッズが置いてあるんだもの。

 


「時期的には合致するし、期待度はかなり高いと思う」



 常識から逸脱した回復能力、そして私と一緒で一ヶ月半前から突然に頭角を現した。

 たった二点でもこれだけハッキリとした条件が揃えばほぼ大和伝プレイヤーで間違いはないと言って良さそう。

 人前に出ようとしないのは私以上に人に注目されたくないからかもしれない。聖女なんて一度でも顔が知られたら外に出た瞬間に芸能人が人の集まる場所でもみくちゃにされるようなことになるだろうしね。

 


「問題はどうやって会うかよね」



 お湯の中でミーシャが腕を組み思案顔になる。

 ここまで積極的に手伝ってくれるとは、負い目でも感じてくれているのだろうか。



「屋敷の周りは観光スポットみたいになってて常に人がいて警備も万全らしいし。こりゃ誘拐するしかないかな」


「そのネタで濡れ衣を着そうになったんだからやめなさいよ」


「じゃあ、あんたの偽者を捕まえたわよ、って恩着せがましく行くとか」


「何言ってんだお前、って可哀想な子を見るような目で見られるだけよ。もしあんたが捕まったら私は赤の他人を演じるのでよろしく」


「真正面からアポイント取って……って何ヶ月待ちなんだっけ?」


「二年半待ちらしいわよ。それも本人に会えることはほとんどないんだって」



 ダメだこりゃ。正攻法でなんとかなる気がしない。

 顔までお湯に浸かってぶくぶくと泡を吹いてピースサインでカニの真似をしてみた。

 


「ねぇねぇ、お姉さんたちも聖女に会いたいってクチ?」



 横から声を掛けてきたのは、私と同じかやや下ぐらいの年齢の二人の女の子たちだった。ばしゃばしゃとお湯と湯気を掻き分けこちらに近付いてくる。

 ただなんだか雰囲気が軽くて肌も焼けて黒いしギャルみたいな印象を受けた。



「そうだけど?」


「キャハハ、マジウケるんですけど~?」



 訂正しよう。みたいじゃなくて、ギャルだ。

 こっちでもこういうのが流行るのか。私だってやれば出来ないことも……。



「ウ、ウケる……」



 相性的に合わなさそうなミーシャは絶句していた。

 オリビアさんも頬を引き攣らせている。

 


「うんうん、だってウチら地元の人間だってずっと会いたくて出待ちとかしてるんだけど全然会えないんだよね~?」


「ね~。買出しに出てくるメイドさんぐらいしか見かけないし。一回無理やり塀を登って侵入したやつがいてボッコボコにやられてたよね~? マジキモかった~」


「それな!」


「「……」」

  


 あれ? これで合ってんじゃないの?

 とりあえず『それな』って同意しとけば良いはずなんだけど。

 何こいつ、って感じで引かれてしまった。



「キ、キモいって言えば教会騎士ジルボワの連中もウザいよね~」


教会騎士ジルボワ?」



 どっかで聞いたなそれ。



「もうこの間も説明したでしょ。教会騎士ジルボワっていうのは教会に所属する、人々を魔物や盗賊のような存在から守る人たちのことよ。本来は薬や魔術で傷を癒し、説法を説いて心を健やかにさせるのが教会のあるべき姿なんだけど、それだけじゃ具体的な力の脅威から守れないから作られた組織なの」



 さすがに自分の担当の話になるとオリビアさんが朗々と話してくれる。

 ただウザいと言われて微かに眉毛が歪んでいた。



「お姉さんじわる~」


「え、じわ?」


「おっぱい大きいねぇ? 触っていい? あ、すっごい肌が超スベスベしてる~ガチじゃんアガるわ~」


「え、ちょ、いいって言ってないのに。ちょっと、アオイちゃんまでどさくさに紛れないで!」


「よいではないか、よいではないかー」



 ギャルたちが一斉にオリビアさんの柔肌を勝手に触って責め上げる。それは腕や足だけに留まらずぼいんぼいんの箇所まで及び、急にオリビアさんの頬が急に紅潮したのは温泉による熱だけではないだろう。私も負けてはいられないとばかりにそれに加わる。

 うわーやっぱり自分のとは違うわ。特にこの下から持ち上げるときの感触がすごい……。



「やめなさい!!」



 やがて私たちの攻勢を一喝して下がらせるとオリビアさんがはぁはぁと荒くなった息を整える。

 ミーシャは黙って手で扇いで風を送ってあげていた。

 うるさかったせいで周りの客たちからも迷惑そうな視線が向けられさすがに反省するよ。



「えーと、そんでキモいって話は?」



 話を戻そう。教会騎士の話をしていたはずだ。



「あぁえぇっと、そうそう。聖女って聖女じゃん?」


「そりゃそうでしょ」


「そうじゃなくって、教会関連っぽい名前だから、教会関係者が毎日会わせろって来てんのよね。鎧着たマッチョが押し寄せてくんの。さすがに乱暴なことはしないけどいるだけでウザいっしょ?」


「まぁウザ……いや、どうだろう」



 危ない危ない。目が据わったオリビアさんの前で危険な発言をするところだった。



教会騎士団ジルボワっていうのは、報酬も受け取らず各地の村を回って人々を守る崇高な方々なのよ? あの人たちがいるどれだけの命が守られていると思ってるの? なのにウザいって」 


「でもウチらには関係ないし~?」


「そうそう、カッシーラは栄えてっから騎士団要らないしね~? っていうか、今まで生まれてから一度も見たこともなかったやつらがなんでいるのって感じだし? 聖女目当てで来たのかなぁ~? ミーハー過ぎてマジウケるんですけど~?」


「あなたたちだって教会に病気や怪我をしたときにお世話になっているでしょう?」


「うちらは専門の病院しか行ったことないし~」


 

 うーん、そういうことではないよなぁ。自分が直接関わってなくても、自分と関わりのある人が利用しているのかもしれないんだからそこに敬意は向けるべき。人生は回り巡ってくるもんなのになぁ。

 まぁ価値観の違う人に何言っても無駄だと思う。この子らも別に悪気があるってわけでもないだろうし。



「そういや教会騎士団ジルボワとは別で、なんか教会には危ないやつらがいるっていう話もあるよね?」


「あぁ女神の使徒だとか名乗ってるって噂でしょ? 引くわ~」


「そんなの根も葉もない噂です!」



 どんどん我慢ができなくなってきたオリビアさんはついに手を水面に叩き付け水飛沫を飛ばしてきた。

 なにやら話が脱線してきたし、ここままバトられても困るしで話を引き戻すしますか。

 って、なんで一番年下の私が取り持たないといけないのやら。

 


「あー、じゃあ聖女に会えた人って患者以外いないんだ?」


「ん~? まぁそうだと思う」



 よし、話題を変えることに成功した。



「あっ、でも一回襲撃事件ってあったよね?」


「襲撃? 襲われたの?」


「あったあったバビったよね。そうなの。半月よりももうちょっとぐらい前かな、夜に屋敷に忍び込んだやつがいたみたいでね。まぁ逃げられたみたいなんだけど、男爵さんガチおこだって」


「あれからだよね、吸血鬼騒動が始まったの」



 また変なキーワードがきたなぁ。

 聖女の次は吸血鬼ねぇ。魔物がそこら中にいるこの世界ではあり得るのかな。



「吸血鬼って血を吸うやつ?」


「そうそう、もう何人も血を吸われた状態で見つかってて、警備もかなり増やしてるみたいなんだけど捕まらないの。しかも相手は冒険者ばっかりだっていうんで、ここでは吸血鬼はナイトウォーカー夜を渡り歩くモノって言われてるわ。まぁ夜に被害が多いってだけではあるんだけどね」


「ガチこわでテンションサガるよね~」



 温かい温泉なのにぶるぶると震える仕草をする二人。

 しかし、夜を渡り歩くモノ、か。名前は格好良いな。



「その襲撃したやつが吸血鬼だったってこと?」


「いや~、それは分かんない。偶然かもだし~。でもお姉さんたちも夜は気をつけた方がいいよ、ウチらもできるだけ夜は出歩かないようにしてるし」


「ふーん。気を付けるわ」


「さって、そろそろ上がろうっか。バイト遅れるとまたてんちょが噴火しちゃうし」


「そだねぇ、じゃあお姉さんたちバイバイ」



 猫のように気ままなギャルたちがそのまま去っていった。

 嵐みたいな子たちだったけどそこそこ情報は訊けたと思う。

 ただ結局のところ、聖女様とどうやって会うかのヒントまでは無かったなぁ。


 そのあとも三人であーだこーだ、のぼせる寸前まで考えたけど良い案が浮かばなくてお風呂を出る。



「だいぶ長風呂しちゃったわね」



 カウンターの人に番号札を渡し、服の入った籠を引き換えにもらう。

 壁際の棚の上に置き、いつものインナーや忍者服に手早く着替える。この世界はドライヤーとか便利なものが無いからちゃんとバスタオルで拭き取らないとまずいんだよねぇ。人目が無ければ火遁と風遁の忍術を上手く使ってもやれなくはないかもだけど。

 


「あれ? オリビアさんどうしたの?」



 私とミーシャはすでに着替え終わったのに、オリビアさんだけはまだタオルを巻いたセクシースタイルな姿のままだった。

 彼女はいつもの柔和な顔つきとは正反対に泣きそうな表情でこちらを振り返ってくる。



「それが、私の番号札が無いっていうのよ」


「え? そんなはずないでしょ」


「この番号のものはお預かりしていないって……」



 どこかで落としたのなら分かるが、オリビアさんはずっと手首に身につけていた。入れ替わるはずがない。

 店員のお姉さんに目を向けても困った様子でこちらを眺めているだけで埒が開かず、ぐるりと脱衣所を見渡すと乱雑に服の入った籠が置かれているのが目に入った。

 


「あ、これじゃない?」



 置き忘れかもしれないので多少抵抗があったけど、籠から取り出して持ってみるといつも見慣れたオリビアさんのローブだった。

 

 

「それだわ!」



 ほっとしたのと同時に疑念が湧き上がる。

 なぜこんなところにある?



「財布調べてみて」



 胸騒ぎがした。すぐにその予感は的中する。



「無いわ。財布が無いわ!」



 口元に手を当てオリビアさんはショックを隠しきれない。

 現代と違ってカードとかは一緒に入れてないから単純に現金だけの盗難だけどけっこう痛い。

 服だけでも置いていってくれたことに感謝すべきか? いやする必要はないか。

  


「ここに籠を置いた人って見てませんか?」


「すみません、私も他の作業をしながら交換受付をしているので誰が置いたかまでは……」


「私たちが入って出るまで一時間ぐらいか。じゃあ一時間以内で番号札を交換した人の顔は覚えてますか?」



 ミーシャが店員を詰問する。



「申し訳ありません。それだと十人を超えるのでさすがに全員の顔を覚えているかどうかと言われると……」



 豆太郎探偵に頼りたいところだけど、この町の薄っすらと漂う硫黄臭に鼻がちょっとやられ気味だった。おそらく追跡は難しい。



「あの二人が怪しいかな」



 ミーシャが顎に手をやりながら、探偵よろしく推理を始める。



「あの二人って?」


「オリビアの体を触った二人だよ」



 言われてみると、湯気やお湯の中にたいてい紛れているので番号札の番号を確認すること自体が赤の他人からするとかなり難しい。

 直接、番号が見えるぐらいまで近くに来て体に接触したのはあの二人だけだ。あぁいや若干一名ここにもいるけど。

 全然気付かなかったが、あのときにすり替えられたか何かをされた可能性は高い。

 


「今から追い掛ける……のは無理か」



 さすがに三十分以上経っている。走って追いつくならするけど居場所が検討もつかない。もうどこかへ消えている頃だろう。

 鼻孔を膨らませ歯軋りをする。今度会ったらとっ捕まえてやるんだから。



「あの、ひょっとしてアレン様のお連れの、アオイ様、オリビア様、ミーシャ様でしょうか?」



 脱衣所の入り口から別の店員がやってきて、剣呑そうな私たちの雰囲気にぎょっとしながらこっちにやってくると名前を尋ねてきた。

 今、ちょっと気が立ってるからごめんなさいね。



「そうだけど?」



 質問に小さく頷くと、言い出しにくそうにその店員はおずおずと話の内容を切り出した。



「そのぉ、詰め所からの連絡なんですが、アレン様が婦女暴行容疑で捕まったそうです」



 はぁ!? 何やってんのあいつ!!

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