2章 7話 商売繁盛カッシーラ

 『カッシーラ』という町は昔はなんでもない火山付近にある村でしかなかった。

 しかし山に眠る遺跡が発見され魔道具が数多く出土したあたりから徐々に注目されるようになったという。

 その頃には学者や正規の採掘屋だけでなく、一攫千金を求めて盗掘屋や運搬する荷物を奪う盗賊などが入り乱れ、混乱を極めたあとはボロボロにされ取り尽くされた遺跡と山を背にした寂しい村へと戻ってしまう。


 けれど、村の住人が幸運なことに温泉を掘り当て、保養地、観光地として加速度的に町として発展し再び脚光を浴びることになる。

 商人が増え、物や人材が流入して住み着いていくと人口が大幅に増加し、貴族たちはここに別荘を持つのをステータスとし、誰もが訪れてみたいと願う観光都市としてどんどんと成長していった。

 死ぬまでにはカッシーラの温泉に浸かりたい、と思う人々は少なくない。



「って感じね」



 短くカッシーラについて語ったオリビアさんがそう締めくくった。

 活気良く行き交う人々を横目に私たちはカッシーラの町を歩いている。

 

 ようやく辿り着いて一度宿まで入り一刻も早く旅の疲れを取りたいために温泉に入りたかったんだけど、アレンが「ギルドに挨拶するのが先だ」と主張して頑なに譲らず温泉は一時保留となってしまった。

 

 ギルドに行く目的は三つある。

 一つはクロリアのギルド長からの手紙を預かっていること。

 ニつ目はランク4以上の高ランク冒険者は町を移動する際に報告が義務付けられていること。(この場合は私がいるせいだ)

 三つ目はアレンたちの顔繋ぎ。(天恵持ちとして期待されているアレンとしてはお偉いさんと顔を売らないといけない)


 カッシーラの印象は観光地だけあってか人々が生き生きとしていて愛想が良い。お店も土産物屋など露天がひしめき合い、それに背が高い建物が多くてクロリアの町ではあまり見かけなかった三階建ての建物もよく立ち並んでいる。

 それと温泉効果からか老若男女問わず肌艶が良い人も多かった。


 ちなみにハイディさんとは泊まる宿が違うのでお別れをした。冒険者ギルドで会うこともあるだろうとややアッサリ目だったのがそれはそれで印象的だったかな。



「オリビアの説明通りだけど、私も一回来てみたかったのよねぇ」


「まぁ元々あと一~ニ年以内には大きな休みを取って来るつもりだったけどな。さすがに往復で二十日はそう簡単に来れる距離じゃねぇし」



 前を歩く二人が話しに乗ってくる。

 大丈夫だとは思うけど人が多いからあんまり後ろ振り向かれてぶつかっても困るし、ちゃんと前を見て歩いて欲しいものだ。



「ふーん、そんな長い旅に着いて来るなんてアレンもミーシャもお人好しよねぇ?」


「お、おう、そうだ。感謝してくれよ?」


「わ、私たちアオイが心配だから!」



 からかうと分かりやすく動揺する二人は面白い。

 ギルド長からの言いつけということを知っているからこそ楽しめる反応だわ。

 私一人なら三日ぐらいに旅程を短縮できたような気はしないでもないけど、旅は道連れ世は情けってね。なんだかんだ楽しかったし、これはこれで良い。



「途中の偽者騒ぎには参ったけどなぁ」



 あれも整理してみるとけっこう薄氷の上のハッピーエンドだったと思う。

 私たちが村に立ち寄らなかったらかなりの悲劇が待っていただろうし、それどころか山小屋に着くのがもうちょっと遅いだけでもまずいことになっていたはずだ。

 結局のところ、大和伝プレイヤーの情報はもらえたし、人助けもできたから単純なタダ働きってことにもならなくて私は納得している。



「さぁさぁ、今話題の聖女グッズはいかがかな? 聖女クッキーに、聖女シャツ、聖女なりきりセットまであるよ!」



 ふぁ!?

 気風の良さそうな客引きの声が飛び込んできて、その言葉に引っ掛かりがあって全員が足を止めた。

 顔を見合わせ円陣を組む。



「おい、今の聞いたか?」


「グッズ販売って、え? 聖女ってそういうものなの? 有名な役者とかなら分かるけど」


「聖女でお金儲けしてはいけないなんて決まりはないけれど……」



 三人も大体私と似たような疑問を抱いて戸惑っている。

 辺りを意識して見回すとけっこう聖女を題材にしたグッズ販売はどこでもやっているみたいだった。

 なんだろ、日本でもこういうのよくあったけど商魂たくましいと言うべきなのか、節操がないと呆れるべきなのか判断に困るよ。



「ちょっと軽く情報収集していい?」


「あぁ、もちろんいいぜ。そのためにここまでやってきたんだしな」


「アオイちゃんがんばっ!」


「生暖かく後ろで見といてあげるわ」



 偽者騒動があったのもあって、聖女に対して複雑な印象を持っているアレンたちも了承してくれた。

 彼らを引き連れとりあえず近くにある露天に向かう。

 露天は建物の軒先を借りているようで、つっかえ棒に日差し避けの布を被せたような簡易のテントみたいな感じだ。


 机や木箱の上には確かに聖女っぽいシルエットが入ったシャツやクッキーが置かれている。

 シャツを見るとさすがに現代のプリント技術ほどは無理でも、オリビアさんみたいにシスター風の女性の顔が色染めしてあった。


 私を客だと思ったのか、中年の店主が声を掛けてくる。



「おう、らっしゃい。観光で来たばかりかい? ってまた小さい犬連れてんだな」



 商品をきょろきょろと物珍しそうに物色するあたりから、地元民ではなく来てまだ日が浅いと推測されたっぽい。

 さらに店主は私の頭の上の豆太郎にやや驚きの視線を送ってくる。


 実は豆太郎、この町に来てから温泉の匂いがきついらしくて少しグロッキー気味。

 送還してあげようかとも考えたんだけど「そのうちなれるとおもうからいっしょにいる」と要望してきたので、頑張ってもらっていた。



「あの、聖女さんについて訊きたいんですけど」


「あぁ、聖女様ね。お客さん驚いたでしょ? つい一ヶ月ちょっと前ぐらいからかな、どんな怪我でも病気でも治せる聖女様ってのがこの町に訪れてね、今カッシーラは聖女の話で持ちきりだよ。是非聖女様にあやかってくれ。今のオススメは幸運と健康が授かる聖女ネックレスだ。金貨ニ枚安いでしょ?」 



 ニコニコと聖女と全く関係の無さそうなネックレスを笑顔で差し出してくるあまりの商売人パワーに圧倒されて「そうですね」と生返事しかできない。

 後ろからミーシャに肩をちょんちょんとされて振り返る。



「(ちょっと、アオイ買うの?)」


「(買わないわよ! 聖女って名前が付いてるだけで単なる綺麗な石だよあれ)」


「(でも健康になるんでしょ?)」


「(絶対聖女のお墨付きももらってないし、効果も無いわよ!)」



 ミーシャ、あんたって子は騙されやすいからそうやって物が増えていくのね。

 無駄遣いが多いという話を聞いてたけど、ちゃんと訳があったか。



「あぁえーと、ネックレスはいいです。それよりその聖女さんってどんな人ですか?」


「じゃあこっちのシャツはどうだい? 銀貨一枚だ。聖女様の話をするなら何か一つぐらいは身につけていた方が舌の滑りも円滑になるってもんさ!」



 要は冷やかしはお断り。物を買わないなら話さないってことだ。

 あぁもうこれ払わないと話進まないやつじゃん。


 チラリと助けを求めて後ろを振り返ると三人とも無言で頷いて買えと暗に促してくる。

 頼りにならないよこの人たち!


 ここで抵抗しても意味がないので購入することにした。

 でもシャツは嫌過ぎる。いや、案外ここに英語とか書かれてあったらアメリカのメーカーのシャツみたいな感じで全然着れそうではあるんだけど、こっちじゃ洋服着ないし、なんか恥ずかしい。

 別に買いたい物はないので一番安そうなものをチョイスするしかないね。



「じゃあそっちのクッキーで」


「えぇ……せめて人数分買ってくれないか? 一つ銅貨三枚なんだが」


「まぁいいけど。五人分ね」


「ほい毎度」



 若干、おじさんは愛想が無くなって不満顔になったので仕方なく人数分おごることになった。日本円にして千五百円……。土蜘蛛姫での報酬があるからそれぐらいいいんだけどさ。

 巾着袋から銀貨を出してクッキーを購入する。包み紙の中には一応女性の形をしていると言われれば分かるような型取りをしたクッキー五枚入っていた。その包みを全員に一つずつ、もちろん豆太郎にも渡す。


 可愛らしい肉球で私の頭の上に食べかすを落とさず食べられるのは豆太郎って相当に器用だと思うわ。



『うまうま』



 その豆太郎も食べて少し元気が出たみたい。ちょっとだけ安心だ。

 小さめなので私もすぐに完食できた。そうなると今度は喉が渇いたけど、『それなら聖女水はいかが?』とか言われたら嫌なんでそこは黙ってよう。

  


「続きをお願いします」


「ええと、聖女様がどんな人かだったっけ?」


「そうそう」


「悪いが知らん」



 ちょっと! 物買わせておいて知らんはないでしょ!



「じゃあ返品、ここで吐いていいですか? クーリングゲロゲロオフで」


「待った待った! おっかねぇお客さんだな。いや直に会ったことがないってのを先に言いたかっただけなんだ。てか、俺だけじゃなくてこの町のほとんどの人間が会ったことがないはずだけどな」



 うぇーと喉を鳴らして口を開けるとおじさんが青い顔をして私の肩を掴んできた。

 その言い方には含みがあったので返品は一旦保留。



「ん? どういうことですか?」


「まず聖女様はドリストルム男爵っていうお屋敷にいる。ただ治療以外では滅多に外に出ないし、重症患者がいるところにしか現れない。それにみんな顔は見てないらしいんだよ」


「なにそれ。見てないってどういうことです?」


「顔はヴェールで隠してるようで見れなくて、なんかよほど魔術が気持ち良いのか治療中にみんな寝てしまうんだとよ。起きたら怪我は治ってるらしい。まぁ背格好から十代ぐらいじゃないかとは言われてるようだけどな」



 うへぇ。外見もそうだけど、魔術の使い方とかそういうのを知りたかったのに、この分だと何も分からないっぽい。

 まぁあえて眠らせて治療方法を隠している風なのはかなり怪しいとも思えるか。

 


「何か他に情報ないんですか? それじゃあ何も分かってないのと一緒なんですけど。ちなみにここにいるアレンっていう男はキレると何をしでかすか分かりませんよ?」


「え? お、おうおう! 俺はキレたら何するか分かんねぇ男だぞぉ!?」



 私の無茶ぶりにアレンが乗ってくれる。

 まぁ顔は変顔みたいになってるし大根芝居だったのはあえて言うまい。



「あぁそう睨まないでくれ! うーん、一応声からは若い女の子らしいんだが……そうそう、男爵家で働くメイドが口を滑らせたみたいで、噂だがイタチだかたぬきだかをペットにしているらしい」



 大和伝プレイヤーなら相方の動物は必ず一匹いる。それが近くにいるとなるとかなり聖女はプレイヤーの信憑性が高い。

 イタチかたぬきはどっちもいるはずだし、これはなかなか良い情報かも。



「よく分からんが動物と一緒にいる、って当たりっぽいな。お前ら大体何かしら連れてるし」


「うん、来たかいがあったね」



 アレンもそう思ったらしい。まだ異世界から来たとまでは事情を話していないけど、武者修行みたいな感じで知り合いが散らばったってことにしている。

 偽者がいたせいでまだ疑り深くなってるけど、けっこう今度は信じていい気がしてきた。



「なんだお客さんたち聖女様に会いに来たのか?」


「えぇ、実はそうなんです。観光と聖女目的って感じで」


「なるほどなぁ。けっこう外にまで有名になってるんだなぁ。しかし残念だったな」


「え?」



 店主のおじさんの最後の言葉は聞き逃せないものだった。



「残念だが普通には会えないんだよ。さっきも言った通り外には出ないし、会えるとしたら患者だけだな。重傷者だけじゃなく他の患者も看ろって騒いでるやつも少しはいるが保護しているのが男爵だから下手なこともできないし、噂じゃ階級が上の貴族の誘いも跳ね除けてるらしいから一般人には会うどころか顔を見るのも無理じゃないかなぁ」


「何か方法ないですか?」


「あったら俺が使ってるって。俺が知ってるのはこれぐらいかな。さ、また買いたくなったら来てくれよ」



 あったら使ってるってそりゃそーだわ。

 しっくりくるお言葉を頂き、暗に商売の邪魔だからそろそろ帰れと促されたので露天を離れる。

 


「貴族に囲われてて会うのも難しいとなるときついね」



 各々考え中で、最初に切り出したのはミーシャだった。

 手を横に広げてお手上げポーズをしてくる。



「現実的な手段としてはメイドにお金を掴ませて手紙でも送るとかかしら? アオイちゃんたち同士で分かる言葉とか符丁ってあるんでしょ?」


「あるにはありますけど……」



 けっこう黒いことを真顔でオリビアさんが提案してくるのに私はびびったよ。

 言葉は日本語で大和伝プレイヤーです。会いたいです。って書けば通じるだろうけどさ。



「やってもいいとは思うが、そんなの商人や他の貴族とかがとっくに先にやってそうだけどなぁ。さっきの話を訊いた感じ、男爵さんの警戒っぷりもすごそうだしすでに通用しなくなってるかもしれないぞ」



 それも一利ある。万病や怪我を治せるのなら順番待ちなんてせずに優先的に治して欲しいだろうし、お近づきになろうとする輩ははいくらでもいそうだ。

 


「可能性は薄いけどここのギルド長に相談してみるのはどう? クロリアのギルド長から手紙を預かってるけど、便宜してやってくれって内容でしょたぶん」


「便宜って言うと悪いことしてるみたいだけど、滞在中は面倒見てやってくれって内容だろうな。紹介状だけ渡して会わないって訳にもいかないし、そのときに確かめてみるのはいいかもな」



 アレンはミーシャに言われて自分のポシェットに目線をやり、軽く叩く。

 そこにはクロリアのあのたぬき親父のギルド長からの紹介状が収められている。

 


「特にこれっていうアテもないし元からの目的地だし、とりあえず冒険者ギルドへ行きましょうか。聖女の話はそっちでも訊けるはずよ」



 オリビアさんのそのまとめにみんな頷いた。

 っていうか、ギルドで話が訊けるならここでお金払ってまで集める必要なかったんじゃ……。



□ ■ □ ■ □



「ではこちらでお待ちください」



 案内された部屋はそこそこの広さのある会議室に使われていそうな部屋だった。

 ギルドに到着し、紹介状を受付に渡すと意外にも手が空いていたらしくほとんど待たされることもなく、カッシーラのギルド長に会える運びとなった。

 アレンたち曰く、忙しいタイミングなら数日待たされることもあるみたいなのでこれはかなり運が良いんだとか。

 最悪、今日は手紙を渡すだけ渡して情報収集だけと考えていたようで少々面食らっていた。



「案外早くて助かったな」


「クロリアほど忙しくないのかな? けっこう大きな町なのに」



 オリビアさんが頬に手を当て顔を傾ける。



「冒険者の数は多かったように思えるけど、全体的な質はそんなでもない感じだったよね」



 ちょっぴり直情径行なところがあるものの、弓使いのミーシャは意外とこの中で目敏いことを指摘することが多い。

 てか、こういう話になってくると私は門外漢なので寡黙気味になってしまう。

 ただミーシャの言う通り、歴戦の猛者って感じの人はぱっと見て少なかった気はする。

 


「まぁ大きい町は大きいなりに人材もいるんだろ。それよりお前ら行儀良くしろよ? 騒ぎでも起こしたら俺らの今後にも響いてくるんだからな」


「なんで私を見て言うのよ?」



 「行儀良くしろよ」まではまだミーシャと私に振ったのに「騒ぎでも」あたりからアレンは私の目を見て訴え掛けるように口を動かしてきた。



「お前が一番危ういからだ」


「アオイがしでかしそうだからでしょ」


「アオイちゃんが大人しくしててね?」



 三人から次々に責められぐうの音も出ない。

 私も自分からどうこうする気はないっての。もしやってたとしたらそれは絡まれての反撃だけだよ。

 


『あーちゃんはいつもよわいひとをたすけて、ひとのためにおこっているのにねー』


「だよねー、私のことを分かってくれるのは豆太郎だけだよ」

 


 私の膝の上で抱かれて丸くなっている豆太郎が慰めてくれる。

 お返しにいつも通り自分では手が届かない背中や後頭部を指で掻いてあげた。 


 それから少し雑談していると、ドアが開く。

 部屋に入ってきたのはくるりと先が丸くなった横に長い髭とでっぷりと太った体型が特徴的なおじさんだ。

 着ているものも上質そうで羽振りが良さそうな印象だった。



「お待たせしたのであーる。我輩がカッシーラのギルド長『モルデア』だ。紹介状は読ませてもらったのである」


「お初にお目に掛かります。アレンと申します。こっちは私のパーティーのオリビアとミーシャ。そしてこっちは臨時でパーティーを組んでいるアオイです」



 さすがに目上の人が入室したのでみんな立ち上がって迎えていた。

 代表で挨拶するアレンに名前を呼ばれ軽く会釈していく。



「宜しくであーる。あぁまずは座ってくれたまえ」



 上座にギルド長も座り、言われるままに私たちも座り、改めてその人となりを見やる。

 品と質の良い服装をしているのは、なるほど確かに上に立つ人間の着こなしと風貌だ。

 年齢は四十代ぐらいか意外と若く、ゆったりと余裕すら感じさせる。 


 ただクロリアのギルド長と比べるとどこか緩いというか、怖さがなくどこにでもいるおじさんでしかない。

 あの人はこちらを探ったり試したりをしてきて雑談ですら気が抜けなかった。この人にはそれが感じられず、拍子抜けは否めない。



「うん、礼を知る者は好ましいね。どうしても強ければそれだけでランクが上がると考えているものが多いし、それどころか粗野と強さを履き違えている痴れ者も後を絶たない。紹介状には天恵持ちで、たった一年でもうランク4間近だと書かれていた。アレン君ね、若いが見込みはありそうだし覚えておくのである」


「ありがとうございます」



 評価されアレンが頭を下げる。

 ちゃんと言葉遣いも態度もTPOに合わせてるあたり新鮮だわ。

 そういや高ランクって戦闘能力だけじゃなくてコミュニケーション力も試されるんだっけ?



「ただ気になることはもう一つ書かれていたのである。一年どころかたった一週間ぐらいでランク4になった存在がいると。君で間違いないね?」


「ええと、そうです」



 急に話を振られて畏まってしまった。

 


「ふーむ。クロリアの町のギルド長は相当な辣腕家だと耳に入ってはいたんだが、我輩にはどうしても職権乱用でもしたか、もうろくでもしたんじゃないかとさえ思うのであるがねぇ」


「はぁ」


「いいかい? 高ランクと呼ばれるランク4からはそれこそ実力だけでなく言動や振る舞いなども認められないといけない。だからこそ厳正に選抜していくのであるが、さすがにこの判断は誤りではないかと疑っている。前代未聞の出来事であるからね」



 ギルド長は髭を触りながら上から目線で冷ややかな視線を向けてくる。

 そんなの知らないっての。私に詰め寄るよりあの狸おやじに問い質して欲しい。



「ちょっと待ってください。アオイ――彼女が化け物みたいな大蜘蛛の魔物を倒したのは事実です。それは俺も確認しましたし、他のパーティーだって見ています」



 びっくりすることに、私よりも横に座っているアレンの方がムキになって反論してきた。

 思わず少し腰を浮かすほどだ。



「大蜘蛛ねぇ。君たちの目を疑うわけではないが、そんな魔物は見たことも聞いたこともないのである。もちろんどの町の記録にも、という意味でだ。手紙にも書かれていたが数百を超える子蜘蛛使役し、高速で動き建物などゴミのように破壊する――ふんっそんなのいるはずがないであろう」



 鼻で笑われてしまった。

 まぁ大和伝の生き物なんでこの世界にはいない、という点は正解だ。訝しがられても無理はない。

 でもあれだけ苦労したのに嘘だろうと端から信じてもらえないのは堪えるし、見当違いの穿った見方である。

 それを正したい気持ちが僅かにあった。しかしながらそうして思考ロックした人物をここで穏便に説得する方法を私は持ち合わせてはいない。

 私は早々に諦めたのだけど、アレンはまだ食い下がった。



「じゃあ嘘だとでも? 実際に村は壊滅し全滅しました。それも虚偽の報告だったとおっしゃりたいのでしょうか?」


「そうは言っとらんのであーる。けれど額面通りに受け取る者はいないということだよ」



 言葉こそは敬語を使っているものの、アレンの口調と目つきが鋭くなって剣呑な雰囲気を漂わせてくる。

 対するギルド長はその反論に肩をすくめて軽く受け流す。

  

 ちょっとなんで本人の私よりもアレンの方が熱くなってんのよ。

 あんたここでコネ作るのが目的でしょ。自分から壊すような真似してんじゃないっての。

 仕方ないのでアレンが変なこと言い出す前に私から空気を変えるために切り出す。



「じゃあランクを下げましょう? 私も身に余るものだと思っていますし」



 別になりたくてなった訳じゃないし、それでもいい。

 横から小さく他のみんなの動揺する小さな声がもれてくる。



「いーやさすがに他の町のギルド長が認めたものをこっちで勝手に弄ることはできまいよ。それこそ職権乱用というものであーる」



 じゃあどうしろってーの。

 ギルド長は私の反応も想定内のような感じで続けてくる。



「可能であれば高難易度の依頼を受けて実力を示して欲しいところではある。『出来るのであれば』であるが」



 試すような挑戦的な物言い。しかもあんまり期待してなさそうな言い方だった。

 まぁでもそういうところに話は落ち着くか。

 でもギルドの依頼を受ける優先度は私にとっては低い。私は別にこの人に疑われても侮られても構わないし。

 


「時間が余ったらそれも構いませんけど、私がこのカッシーラへ来た目的は今注目されている聖女に会うことです。ギルド長のツテで会うことはできませんか?」



 そう尋ねるとギルド長の途端に血色の良い顔が曇る。

 


「ふ……む。それは難しい。なぜなら私ですら会えないのである」


「上の階級の貴族さんたちからの面会も断っているって訊きましたけど、そんなにまでして男爵さんが聖女を守る理由ってなんなんですか?」



 他の権力者たちに会わせずに自分の手元に置いておきたい、という気持ちは理解できる。おそらく聖女という切り札は色んなところで使えるものだろうから。

 一方でそこまで頑なに面会要求を突っぱねても男爵さんとしては敵を作っていくだけの気がしてうまいやり方にも思えない。



「さて、そんな不躾な話をベラベラとしゃべるわけにはいかないのであーる。まぁ多少の心づけがあれば口が滑りやすくなるかもしれないのであるが」



 心づけってなんだっけ?



「(感謝の気持ちよ。お金とかのこと)」



 横に座るオリビアさんに困った目を向けると、両手で口元を覆いながら耳元で小さく教えてくれた。

 なるほど。いやなるほどっていうか、このおっさん、自分の半分以下の年齢の私たちからお金をせびろうっての? クズ過ぎる。

 露天のおじさんとやってることは同じでも、立場も状況が違うよ。



「ちょっと待ってください。さすがにギルド長という立場の人が袖の下を要求するんですか!?」 



 アレンは手の平で机を叩き、お尻を浮かせるほど前のめりになりながら驚き憤りを隠せない様子だ。



「言葉などしょせんどれだけ紡ごうがタダなのである。その点、感謝の気持ちを金銭で表現するのは実に分かりやすいことだと思うがね? もちろん君たちへの覚えも良くなるというものである」



 恥ずかしげもなく胸を反らし自信満々にそう言われれば、この人に何を言っても無駄なんだろうなというのは分かった。



「なら、はい、どうぞ」



 幸いお金はけっこうあるし、アレンたちのこともあるし払うのは構わない。

 私が適当に金貨五枚ほど置くとアレンが「おい」と腕を掴んでくる。

 要はこれ賄賂だしね、納得しづらいのも分かるよ。でも私はクッキーと同じで情報料だと思ってる。だから罪悪感がない。

 というかなんだろ、ギルド長って小悪党っていうイメージがもう付いちゃってるせいで慣れちゃってるのかも。嫌な慣れだなぁ。



「別にアレンたちのことだけじゃないよ。これが目的への最短だと思うからそうしてるだけ」


 

 そう伝えるとアレンの瞳が揺れ手が渋々離れていく。

 どっちかっていうと問題はギルド長のおっさんの方で、五枚じゃ足りないらしく、つーんとした顔をしているのでさらに五枚積むことになった。

 ギルド長はそれを懐に仕舞うと今日一の笑顔を向けてくる。

 こいつのスマイルはゼロ円ではないようだ。



「いやぁ、我輩は魔道具や魔剣など集めるのが趣味でね。この町は比較的そういった逸品が流れやすいのであるが、やはり元手がかなり必要でねぇ。おっと男爵殿が聖女を過剰に守っている件だったね。利権として囲いたいからだとか、恥知らずにも見目麗しい聖女様を後妻に狙っているだとか下種な噂は様々あるがね、本当の理由は分からないのである。が、少し神経質になっているのは確かであると我輩は思うかな」


「神経質?」


「うむ。ドリストルム男爵殿、正確には男爵殿の一人息子殿が聖女と一番最初に出会われたのだが、それは盗賊に襲われた現場でだったのである。盗賊に襲われ母君を亡くされたところに聖女殿が助けにやってきたとか。だから亡くなられた奥方、ひいてはそれに関わった聖女様については過敏になっていると推測する。それにご子息は聖女殿にいたく懐いているらしく、さらにそういう痛ましい背景もあってあまり周りも強く言えない状況であるな。その話は町中が知っているので無理強いをすると町一つ敵に回すのと同義となるので男爵殿より立場が上のお歴々も静観を決め込んでいるのである」



 なーるほどである。思い起こすと私がこの世界に来たときもリズの生死に関わる状況だった。だから何となく懐いてくるっていうのも分かる。

 けれどそうなると正攻法では難しいということが判明しただけで、何も進展がないってことよね。



「聖女さんの使う魔術がどういうものかは知りませんか?」


「基本的に治療の際は患者以外は自分の護衛しか周りに侍らさないようであるが、そこは人間の果てしない欲望が勝ったようで見た者がいるのである。自ら毒物を呷って重症患者の病室へ潜り込み、聖女が治療する時に眠らされることを知っていて気つけ用の薬を噛んで意識を保とうとしたとか。それでも他より少し意識が落ちるのが遅れただけのようであるが、そのおかげで目撃できたみたいである」


「生粋のバカですね」



 一歩間違えれば死ぬんだけど。どこの世界にも行動力のあるおバカはいるようだ。



「そこは否定しないのであるな。我輩もそれを聞かされた時は混じりっ気のないバカはいるのだなぁ~としみじみ思ったのである」



 と言いながら手の平を向けてきた。



「えっと?」


「追加料金であーる。五で構わないのである」



 ぐ、このおっさん。露骨に足元見てくるね……。

 閉口しながら金貨五枚を手渡す。



「思ったより君は話が分かる人間のようであるな。さて聖女の治療法を見た者はこう言ったのであーる。『精霊が降臨した』と」


「精霊?」



 そう反応したのは今まで成り行きを黙って見ていたオリビアさんだった。

 ただこの場にいる全員が怪訝な顔はしている。



「うむ。まぁ精霊なんてものおとぎ話にしか出て来ないのであるが、その者が話すには精霊としか思えない者が呼び出され、すぐに意識が落ちて起きたら治っていたのだとか」



 この世界に精霊は普通にいるものじゃないのか。

 あまりにも荒唐無稽な話でみんな渋い顔をしていたが、私だけは心当たりがあった。けっこう良い話を訊けたと思う。


 話は変わるけどまだ一つ訊かないといけないことがあるのを思い出した。



「あと、ここ最近でめちゃくちゃ強かったり、今まで見たことないような変な魔物の情報とかってありませんが?」



 土蜘蛛姫のような大和伝産の魔物や、もしくはコリンス少年が被害にあった魔物のについて探りを入れる。



「いーや、無いであるな。そもそもカッシーラは金払いが良いので冒険者の数も多く、それに町を守る兵士も精兵揃いで冒険者だけで難しい場合は協力もしてくれる。まぁそのせいで刺激が無いとか腕が鈍るとかで高ランク冒険者はあまり在籍していないのは困りものであるが、多少強い魔物が出ようとも偉大な数の暴力で何とでもなるのであーる」


「そうですか。何かいつもと違うとかでも構わないんですが違和感とかそういうのってないですか?」


「いつもと違う違和感であーるか。あぁでもそういえば……」


「何か心当たりが?」



 記憶に何か引っ掛かったようでギルド長の目線が虚空を見つめる。



「二つ報告が上がっていたである。一つはなぜか魔物の数が減少しているとか。肉や素材の流通が少々滞っているらしいのである。ま、いつもに比べてという感じぐらいではあるが」


「うーん……」



 顎に手を当てて考えてみるもピンとこない。

 そっちは関係無さそうだなぁ。



「もう一つは最近通り魔事件が増えていると報告があったぐらいである。この町は比較的裕福な人間が多いので追い剥ぎや強盗などはたまに湧いてくるのであるが、その分、常駐する兵士が優秀で、こんなにも立て続けに起こっているというのは違和感があーるかな」



 こっちも関連がありそうに思えない。

 夜道に気をつけましょうねってだけだよねこれ。金貨十五枚の価値ないわぁ……。十五万円あったら一体何買えると思ってんのよこのおっさん。


 その後は軽くアレンたちとギルド長との雑談が始まったのだが、数分ほどで挨拶は早々に幕切れとなった。

 どうしてもギルド長への反感をアレンが隠し切れなかったのが少し災いし、会話が弾むはずもない。ミーシャやオリビアさんがフォローしても手放しで今回の挨拶は良いものとは呼べなくなってしまっていた。

 まったく、腹芸の一つでも覚えて欲しいものだよ。

 

 そこそこ情報が出てきて段々と状況が分かってきたけど、聖女さんと直接会うのが難しそうなんだよね。

 さてさて、どうしますかねぇ。

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