2章 6話 御用だ御用だ!お縄頂戴!



 まずこの現状が意味不明過ぎて声すら失い思考が停止しかけた。

 なんで助けるはずの聖女が子供を殺そうとしているの?

 頭の中はクエスチョンマークが大量生産され続け、消すのに労力が必要だった。


 でもそれは私だけではなかったようだ。

 捕まえているおじいさんも、仰天し血の気が失せて卒倒しそうになっていた。

 寸でのところで意識を回復して口から唾を吹きながら叫ぶ。



「コリンス!!」



 それは少年の名前だろう。

 ところが狭い室内に轟くどんな寝ぼすけでも一発で起きそうな大声にも少年の瞼はピクリとも動かず、目覚める気配はなかった。

 その代わりはっと聖女らしき女性がこっちに気付いて顔を向けてくる。

 それでも尚、手に持つ狂刃は少年の首から離れない。



「こっちに来ないで!」



 むしろナイフはピタリと首に当たり、彼女の顔は悲壮感に満ちている。

 渦中の女性を観察すると、ややくせっ毛のブロンドの髪に、司祭とかいうおじさんたちが着ていたのと同じローブ。見た目は二十歳前後という感じ。

 感情は恐怖一択で怯えている。

 震える手のせいで今にもナイフが柔らかな首筋を切り裂きそうになっており、こっちもそれが怖い。



「ぬうううう、離せっ! 孫がっ!!」



 拘束された両腕を解いてすぐに少年の下へ駆けつけようとおじいさんが暴れるが、私の腕力は無情にもそれを許さず力を緩めることはない。

 ここで離したらさらにカオスな展開になりそうなのは目に見えているんだよ。大人しくしてほしい。

 てかあの少年は孫なのか。この人が守りたかったものはあの子ってこと?



「私たちは味方です。助けに来ました。まずはそのナイフを置いてもらえませんか?」


「味方……?」



 聖女に向けて刺激しない言葉を選んだつもりだ。

 とりあえず彼女をさらったっぽいこのおじいさんを無力化させているこの光景と、味方発言で事態は収束すると思う。

 何だかよく分からないけど、逃げるためにたぶん子供を人質に取っているんじゃないだろうか。

 

 聖女が呆けている間にぐるりと部屋の中を見渡すと、ここはみすぼらしい掘っ立て小屋のようなものだった。

 部屋の隅にはスコップのようなものや縄などが置かれており床は砂っぽい。窓もないので夏は暑いだろうし、冬は暖房器具のようなものが見当たらないので中にいても凍え死にそうなぐらい寒くなりそうなことが窺える。

 そんな場所で唯一清潔そうなのが奥の小さ目のシングルベッドぐらいだが、そこが少年と聖女らしき女性のこの凶行の現場だ。

 


「司祭さんに頼まれてさらわれたあなたを助けにきたの。聖女さんですよね?」


「……ゃよ」



 か細くて何を言っているのか聞き取れない。



「は?」


「嫌よ!! 戻らない。戻ってなんてやるもんか!」



 半狂乱になりながらもこちらをキっと睨んでくる。

 いやちょっとこれ話違うくない? 何で戻りたくないのよ。あなた誘拐されたんだよね?


 会話している間に他のみんなも部屋に入ってきて入り口付近はもうぎゅうぎゅう詰めだ。なぜかみんな無理やりにでも入り口から入って右側に立ってく。

 一応、何かタイミングがあったら飛び出せる準備はしてくれているけど、今は動けずにいた。

 部屋に簡単に入りきらない槍を持つハイディさんだけは外にいて、隙間から覗いている。

 


「あなたはこの人に無理やりさらわれたんですよね?」


「そうよ」


「だったらこの通り捕まえたから、戻りましょうよ?」


「戻らないって言ってるの! あなたたちも出て行って!」



 ダメだこりゃ、興奮しきっていて会話にならないな。

 強硬手段も考えたが、いくら私が最速で瞬発しても首にナイフが直面している以上、両者とも無傷で済ませられる保証がない。

 多少の傷ならオリビアさんの魔術で治るだろうけど、それだって保険の意味合いでしかなく、やはりここは説得の一手だ。

 


「じゃあ、こうしましょう。別に戻れなんて言わないからせめてそのナイフを引っ込めて。その後はあなたの好きにすればいい。どう考えてもその子は関係ないでしょ」


「……あなたたちベルローニから依頼を受けてきたんでしょ。だったら私を渡さなかったらお金をもらえないじゃない。そんな話、信じられないわ」


「別にお金とかどうでもいいし」


「嘘よっ!」



 このメンヘラ聖女ムカつくなぁ。何がしたいのか知らないけど交渉の余地が無い。

 


「いいから孫を解放しろ。そうか、分かったぞ、お前偽者だな! この偽聖女めっ!!」



 体は動かせなくても口は動かせるおじいさんが敵意を持って侮蔑の言葉を吐き出した。

 

 この人はこの人でまた事態をややこしくしてくれるなぁ。

 って、偽聖女?



「……さい。うるさいうるさいうるさい!!! 何なのよ無理やり連れてきて病気治せって言ったり、外ですごい音するし! 訳分かんないのよ! それに私だって好きで騙ってんじゃないわよ!!」



 おおう、偽者確定だったか。まぁ薄っすらとそんな気はしていた。 

 そもそもプレイヤーならいくら後衛職で相手がそれなりに動けるおじいさんでも、タイマンで負けるはずがないからね。

 この世界にきたプレイヤーが私や景保さんみたいに全員がレベル百じゃなく、大和伝始めたてでレベル二十未満しかないっていう可能性も微かにあったから確定まではしなかったけど。



「何が孫の病気を治すのに時間が掛かるだ。嘘ばっかり言いやがって! 嘘で塗り固められた汚い手でその子を触るんじゃない! この詐欺師がっ! ぐあっ!」



 頭に血が上ってるのは分かるけど、今逆上させたら自分の孫が危ないだろうに。

 ちょっとうるさいから腹パンしておじいさんを気絶させ、後ろにいるハイディさんに預ける。



「別にあんたが何者かなんて今更どうでもいいし、私らを信じないならそれでもいいけどさ、ここから逃げ切れると思ってるの? その子を刺したら言っとくけど一秒であんたを壁に叩き付けてやるからね。それに人質にしようにも子供を背負って山から逃げられんの? 冷静になって考えてみなよ」


「そんなこと言われたって……」



 偽聖女がためらいがちに子供に視線を移し、ほんの少しだけ手を緩めたのを見計らい――



「豆太郎!」


『あいさー!』



 偽聖女の死角にすでに配置していた豆太郎が床を蹴り飛びついた。



「きゃっ!」



 かぷっと手を噛み、シーツの上に落ちるナイフをすかさず短い足で蹴飛ばしてくれる。

 ナイフが木の床に転がってそれを迅速に私が拾い、その間にアレンが偽聖女を取り押さえていた。

 ナイス連携! 特に豆太郎グッジョブだよ!


 実は会話をしている最中に、豆太郎が私たちの背中を壁にして伝い、部屋の端へと隠密行動をしていたのだ。

 ゆっくりと動き、体から降りたあとは、視線から外れるときを狙ってだるまさんが転んだの要領で距離を詰めていた。


 気付かれてはいけないので視線がいかないようにするのが大変だったよ。

 たぶんこれを考え付いたのはオリビアさんかな。最初、不自然に部屋の右の方へ立っていくから何事かと思った。私の背にぴょんとしがみ付く豆太郎の感触に、何かするのだろうと黙って放っておいたらこんな按配になっていたのだ。


 とりあえず物騒な人たちは揃って動けなくしたけど、この騒動の間も青白い肌をして眠っている少年は覚醒せず、そのおかしさが一層際立ってくる。

 息はしていて胸が上下しているから死んでいるわけではなさそうなんだけどね。



「結局、この子はなんなの?」


「それはたぶん『魔力欠乏症』よ」



 私の疑問にいち早く答えたのは、意外にもミーシャだった。

 眉間に皺を寄せ、機嫌が悪そうにしかめっ面をしている。



「魔力欠乏症? なにそれ?」


「名前の通り、魔力が体から少しずつ失われていくのよ。原因は不明で百年以上前からそういう患者が徐々に増えてきているわ。一度発症すると徐々に起きている時間が少なくなっていき、大体一ヶ月ほどで死に至る不治の病とされているわ。魔力回復の薬を使っても気休めぐらいにしかならなくて、寝ている間にどんどん消耗して結局は助からない。たぶんその子はもう末期。立ち上がることも難しいんじゃないかしら」



 なるほど。意外と流暢に説明してくれるミーシャのおかげでだんだんと話の筋が見えてきた気がする。



「つまり、そのおじいさんは孫がその病気になって、その治療をさせるために聖女をさらったってこと?」


「そうよ。私はそのために連れて来られた」



 ちょうど良く山小屋の備品としてあったロープを使い、手首を縛られた聖女がうな垂れながらも答えてきた。

 被害者のはずなのに犯人みたいな扱いだなこれ。



「でもそれなら普通に治してあげれば良かったんじゃないの?」


「治せるわけないじゃないのよ!」


「逆ギレされても……」


「私ができるのは軽い怪我の治療だけよ。それを餌に難病で困っている人に大金を積ませるだけ積ませて逃げるの。私は元々普通より少し上ぐらいの治療しかできないっていうのに、それをあいつら――ペルローニにいいように利用されて最近は聖女ってやつの真似をさせられてただけ。人の不幸に付け込むのはもうまっぴらよ」

   

 

 あぁ、こっちの事情も薄っすらと判明してきた。

 要するに本当に偽者だったわけか。詐欺と言い換えてもいいかもしれない。

 あのおっさんたち怪しかったもんね。



「何がまっぴらだ! 大金を要求して逃げておいて、その挙句が治せないだと!? お前のせいで貴重な時間を無駄にしたんだ! コリンスが助からなかったらお前を呪ってやる!!」



 いつの間にか意識が回復したおじいさんは、血管を浮かせ呪詛を吐く。

 この人も孫のために必死なんだ。それを知れば知るほど痛ましい。



「魔力欠乏症が治らない病だってのは誰でも知ってることじゃない! それを何とかできるって思う方がおかしいのよ!」


「煩いこの詐欺師が! 被害者面してるが、お前らに用意する大金を集めるためにその子の親は今、一緒にいたいのにその時間も惜しんで方々ほうぼうを駆けずり回っているんだぞ!! 申し訳ないとは思わないのか!」


「そんなの知るもんか! 私じゃなくても誰でも治せないわよ! 私にばかり責任を押し付けないで!」


 

 これは駄目だ。この口論をさせても良い展開になるとはまったく思えない。

 義賊の【くノ一】として取る行動は一つしかないか。


 ウィンドウからリズの母親にも贈った『紫金丹しきんたん』という全状態異常回復の丸薬と、SPを回復するこんぺいとうを具現化させた。それをさもポケットから取り出したふうに装う。



「これ、試してみようか」



 豆粒ぐらいの大きさの丸薬を見せつけコリンス少年の口元に持っていく。

 怪訝な顔をしたおじいさんは見る間に顔が青くなっていった。



「やめろ、得たいの知れないものを口に入れるな!」


「どっちにしろもう時間が無くて八方塞がりなんでしょ。だったら私の故郷で病気に効く薬を試してもいいんじゃない? もちろん薬で毒じゃないから大丈夫」


「そんなの……無駄だろう……すでに薬師が知っている物や近くの薬草は全て試した。それでも駄目だったんだ」


「それでもダメ元で信じてみてよ?」

 


 乱暴な言い方をしたと思う。でも治らなくても、さすがに悪化はしないはずだ。


 おじいさんの返答を聞く前に少年の口を開いてまずSP回復のこんぺいとうを一粒指で砕いて入れる。

 小さな体には少々大きくて咳き込むかと思ったが、喉がごくりと鳴るのを見るところ、その心配はなくするりと無事に胃に落ちていったようだ。



「ぁ……お姉ちゃん誰?」


「まず魔力回復の方はこれで良かったみたいね」



 即座に効果は効いたようで、それで目を覚ました。

 SPと魔力は同じか、かなり似たものらしい。


 優しく微笑み掛け丸薬を見せる。



「これ、あなたの病気を治すお薬なの、ちょっと大きいけど飲めるかしら?」


「お薬? 苦いのは嫌だよ……」


「男の子でしょ、そこは我慢しなさい。君の病気が長引いて、おじいちゃんたちが心配してもいいの?」


「それは……もっと嫌だ」


「ならぐいっといって。ちょっと大きいから唾を貯めて一気に飲むのよ」


「分かった」



 少年に丸薬を渡すと口をもごもごして、それから飴玉でも食べるように放り込んだ。

 


「どう?」


「あれ? 体の熱いのが消えてる? 僕、立てるよ!」



 さすが大和伝印の万能薬。万能の名前は伊達じゃないね。

 ややふらつきながらも彼はしっかりと自分の足でベッドから立ち上がる。

 振り返るとみんなが呆気に取られた顔をしてこっちを見入っていた。

 立つことも難しいと言われた少年がそこそこ元気に復帰したんだから多少はね。

 


「アオイちゃん……あなた……」



 オリビアさんは初めて忍術を見たときぐらいの衝撃に口を震わせ名を呼んでくる。

 不治の病を治しちゃったからね。もちろん個数に限りがあるから全員を助けられるわけじゃない。それでも偽善と言われても、放っておくことなんてできないじゃない。



「ぁぁぁあああ、コリンス! コリンス!!」



 ハイディさんに視線を送っておじいさんを解放してあげるように促した。彼女も呆けてはいたが、はっと気が付き頷く。

 手を解かれると彼は無我夢中で駆け寄り、感極まって胸を震わし跳ねるように孫を力いっぱい抱きしめる。



「おじいちゃん、おヒゲが痛いよ……」


「すまん、でも良かった。あぁ、お前が治るなんて。本当に夢を見ているようで……」


「おじいちゃん泣いてるの?」


「あぁそうだ。嬉しくて、嬉しくてな」



 最愛の孫が助かったおかげで感情が刺激され、年甲斐もなく目から口から鼻からおじいさんは水を垂れ流す。

 コリンス少年を愛おしそうに抱擁するこの場面を見れただけでもお節介した価値はあったかな。

 彼の無事を満足いくまで確認して離すと、おじいさんはこちらに向き直って腰を深々と曲げてくる。



「本当にありがとう。あんたは。あなたは孫の恩人だ!!」


「まぁそれほどでもあるけど」



 こういうときに謙遜しないのが私という人間だ。感謝はありがたく受け入れよう。 


 

「ちょ、ちょっと待って、本当に治ったの? 誰も治せない不治の難病よ!? それの製造法は!?」


「私の地元の万能薬。ただ素材もレシピも失われているからもう新しくは作れないんだけどね」


「そんな、それさえあれば……」



 曲がりなりにも治療師ヒーラーとしての矜持があるオリビアさんは血相を変えて食い下がってくるも、すでに生産できないと知るとがっくりと肩を落とした。

 残念だけどこっちでこれを作成することはできないんだよね。だからそういう嘘を吐くしかない。



「お前、規格外だとは思ってたけど病気まで治すなんて……」


「私がすごいんじゃなくて、昔に故郷で薬を作った人がすごいだけなんだけどね」


「それでもお前にしか救えなかった。それは誇っていいことだと思うぜ」


「そう? ありがと」



 アレンに真面目に褒められるとくすぐったい。 

 


「……ざけんな!」



 急に和やかなムードをぶち壊し、どん、と小屋の壁を勢い任せに叩かれる。

 その犯人はミーシャだった。

 突然の激高に目を白黒させてきょどるしかない。

 

 そうこうしているうちに彼女はバツが悪そうに乱暴に扉から外へ出て、どこかへ走り去ってしまう。

 「ミーシャ!」とアレンたちに名前を呼ばれても振り向かずに行ってしまった。



「何なの?」



 あまりの急変ぶりに理解が追いつかない。



「その……たぶんなんだけど、両親のことを思い出したんだと思う」


「どういうこと?」



 言いにくそうに話すオリビアさんに尋ねてみるが、目を泳がせ言うことを躊躇される。

 代わりにアレンが口を開いた。



「あいつは……あいつが小さいときに両親が魔力欠乏症になったんだ。町でも数年に一人出るかどうかぐらいの確率の病気が二人揃ってだ。信じられるか? 町のやつらは両親を失ったばかりの五歳の幼いあいつを励ますどころか疫病神扱いして追い出そうとしたんだぜ? 孤児院すら引き取りを拒否して、それで親戚の住む俺らの村に引き取られて来たんだ。今でこそああだけど最初の数週間は外にも出ず、話しかけても何の反応もしない置き物の人形のようだった」



 いつも真っ直ぐでひたむきなミーシャにそんな暗くて重い過去があったなんて思いもしなかった。

 言われてみると私はアレンたちの過去や家族構成なんて知らないし、気にしたこともない。



「それでも何となく気になって、できる限り毎日声を掛け続けたんだ。その内に可哀想からだんだん腹が立ってくるようになった。俺のことを無視するからじゃない、両親の思いを無駄にするのかってな。『進んで死にたかったわけじゃない。お前を独りにしたかったわけじゃないだろ。お前が元気に生きることを願って逝ったのにお前はそれを無視するのか』ってな」



 アレンの目は遠いその日を思い出しているようだった。



「それでどうなったの?」


「喧嘩になったさ。会ったこともないお前に何が分かるんだって。まぁそりゃそうなんだけど、あのときの俺は『そんなの俺ですら分かる。分からないお前は大バカだ』って言って譲らなかった。しこたま服が破れるぐらい殴りあって泣きまくってそれからあいつは人形から人間に戻ったんだよ」



 ミーシャがアレンのことを好きになった理由が手に取るように分かる。そこまで真正面に向き合って感情を取り戻してくれたんだ。ほだされて当然だよね。

 アレンは顔を背けながら語り、そして視線を合わせてくる。



「だから、こう思ったんだと思う。『なんで私のときに来てくれなかったの』ってな」


「それは……」



 言葉を呑んだ。

 さすがにそんなリアクションは想定外だ。良いことをしたはずなのに恨まれる? 逆恨みのようなものでしょそれは。

 でも自分がその立場だったらどうだろう。理屈と感情が一致しないことなんてよくあることだ。私がその立場なら同じことを思わない保証はない。 



「そうだ。そんなの八つ当たりだ。それでも考えられずにはいられなかったんだろうさ。もしその薬を持っているやつが来てくれていたら親は助かって今頃は町で平和に暮らしていたってな。あいつとは十年以上の付き合いだ。分かっちまう」


「お門違いな考えだと思うの。でも今のやりとりを目の前で見せ付けられて、子供の頃に感じた理不尽や、やるせない感情を思い出してしまったのよ。だから少しだけ時間をあげて欲しいの。心の整理が付いたらきっと戻ってくるから」


「もちろんそれは別にいいけど」 

 

 

 アレンとオリビアさんの話に肯定する。

 詐欺を働いていた偽者の司祭たちを捕まえる一仕事はまだ残ってるけど、今急いで下山する必要は無いしそもそもまだ昼前だ。

 それぐらいの時間をあげるのは構わないし、それに私だってこう見えて戸惑っている。時間が欲しいのはお互い様だからね。


 さて、とりあえずもう一つ処理しないといけない重要なことがある。

 私は再びおじいさんに向き直った。



「まだ訊きたいことがあるんです。教えてもらっていいですか?」


「あぁ、何でも答えよう」



 さっきまでとはがらりと変わってその態度は素直というか、いきなり好感度MAXで従順そのものだ。

 むしろ役に立てるのが嬉しいって感じ。孫の命を救った相手ならそうなるか。



「使ってた‘矢’について訊きたいんです。それに爆弾も。あれはおそらく私の故郷で使われていたものです。どうやって手に入れたんですか?」


「あれが君の? そうか、そう言われれば何となく雰囲気が似ているかもしれない。あれはもらったんだ」


「もらった?」



 おじいさんは大きく首を縦に振る。

 


「もう一ヶ月半も前になる。ふらっと現れた‘猟師’姿をした少年にだ。見た目の年齢はコリンスと変わらないぐらい。だというのに話し方やその物腰は俺とそう変わらないものを感じさせた奇妙なやつだった」

 


 ぶるりと高揚に体が震える。

 おそらく当たりだ。まさか聖女探しにきて偽者だったところに逆転ホームランが来るとは予想外過ぎた。

 たぶん、アバターは少年風で中身は大人の男性なんだろう。ゲームじゃよくある話だ。



「少しの間、この山小屋で泊まらせてくれと言われ了承した。そのお礼にと矢と爆弾を渡されたんだ。罠もそいつが仕掛けていった。もう残りは無いがね。弓の腕は数十年猟師をしてきた俺を遥かに凌駕していたよ」


「名前って分かります?」


「確か『ピリ辛味』だったと」


「ぴ、ぴりからっ!?」



 仰天しながらちょっと笑ってしまった。いや確かにオンラインゲームに変な名前のプレイヤーは多いし、そもそも本名の方が少ない。

 『†殺撃天使†』とか『↓こいつホモ』とか。しかもおかしい名前に限ってガチ勢だったり強かったりするのがまた謎なところなんだけど。

 


「あぁただ、名前を聞いて爆笑してしまった俺を見て、慌ててその後に『ジロウ』と呼んでくれと名乗り直されたな。まぁ俺も最初の名前が面白くてピリ辛としか呼ばなかったんだが」



 完全にネタにしてるよねこのおじいさん。初対面の相手をよくいじるね。

 きっとついアバター名を口にしてしまって、そこから本名に言い直したんだろう。



「それでその人は今どこにいるんです?」


「三日ほどこの辺りで狩りをして、お礼にとさっきの特殊な矢とかを渡してくれてからどこかに旅立ったんだが、行き先はすまない訊いてないんだ」



 ふーむ。ここから移動したか。しかも一ヶ月半も前となると今はもうかなりの距離を移動してそうだ。

 しかし日数から考慮してみると、このおじいさんかなり運が悪かったなぁ。おそらくコリンス少年が魔力欠乏症にかかったのって、そのピリ辛ジロウさんが旅立った後だろうし、もしいたら私の代わりに丸薬をあげていたんじゃないかな。そうしたら誘拐事件なんてそもそも起こらなかったはずだ。

 あ、そういえば一つだけ忘れてた。



「その人って動物かなにか連れてませんでした? お供みたいな感じで」


「あぁ、いたな。ただ動物じゃなくてあいつの身長よりも大きくて真っ白い『ヘビ』だったが」



 うわ、爬虫類か。お供は基本、日本に生息するノーマルタイプな四速歩行の動物になる。それ以外となるとレア系だね。

 レアお供を出すために五百円するアカウントをリセマラリセットマラソンする人もいたなぁ。 

 


「そっか。居場所が分からない人よりもまだ分かってる本物の聖女さんをこのまま追うしかないかな」


「あぁ、聖女に会いたいんだったな。カッシーラから噂は聴こえてくるよ」


「本当に何でも治せる人だと思います?」


「さぁてな。もうコリンスが治ったから興味が失せたが、少なくてもそこにいる女と違って町から逃げてないだけ信憑性はあるんじゃないかな」



 手を縛られた偽聖女に向けると、彼女はふんと鼻を鳴らしながら顔を逸らした。

 たぶん主犯格はあの司祭ってやつで、この人は加害者であると同時に被害者なんだよね。情状酌量はちょっとあげて欲しい気はする。



「なら行く価値はまだあるかな」


「まぁ俺も直に見たことはないが、カッシーラにいるのが本物だからこそ詐欺がしやすくなるんだと思う。ここに来たのは全国行脚の途中だと言われてな。追い詰められている人間ほど正常な判断を無くして縋りついてしまう。それが自分のことになるとは思いも寄らなかったが。だがこいつらが詐欺師だろうが俺のしたことは突き出されても仕方ないことだ。ただ孫は関係ない。勝手な話かもしれないが、それだけは分かって欲しい」



 おじいさんはさっきと同じように深く頭を下げてくる。

 さっきのは感謝で今回のは謝罪だ。


 怪我も無かったし、孫のためにやったおじいさんをこれ以上責める気はない。

 でもこっちのルールで裁かれないといけないのならそれに異を唱えるつもりもない。そこは村の人に話して決めてもらおうと思う。



「おじいちゃんは悪くないんだよ!」



 また頭を上げないおじいさんの横で、コリンス少年が服の襟をぎゅっと掴みながら、純粋な瞳をこちらに向けてくる。

 


「分かってるわ、君のためにしたんだよね」


「違うんだ。そうじゃないんだ。あいつが悪いんだ!」


「あいつ? どういうこと?」



 ここで第三者が出てくるのが気になった。おじいちゃんのために吐いた子供の可愛い嘘っていう感じにも見えないし。

 コリンス君が俯きながら語りだす。



「その、一人で行っちゃいけないって言われてた森へ入っちゃったんだけど、そこで怪物に襲われたんだ」


「怪物? どんな?」


「分からない。もう一ヶ月も前だしよく思い出せない。でもそいつにやられて、それから病気が始まっちゃったんだ……」


「何!? そうだったのか?」


「ごめんなさい、怖くて言い出せなくて」



 叱られると思ったんだろうか、小さな肩をビクビクさせながらもそれでも勇気を振り絞って告白してくれた。

 しかし、それってつまり――



「魔力欠乏症を引き起こす魔物がいるってこと?」



 私のセリフに横で訊いていたオリビアさんが慄くような反応をする。

 


「ありえないわ! そんなの、そんな魔物がいるなんて」


「嘘じゃないよ!」


「ご、ごめんなさい。決して嘘だって疑ってるわけじゃないの。ただ、すぐには信じられなくて」



 少年が嘘を吐いているとも思えない。その言葉を信じた上でオリビアさんが知らないってことは新種の魔物か。

 一瞬、大和伝絡みかという嫌な予感が過ぎったが、そんな魔力障害を引き起こすモンスターはいなかったように思える。

 まぁ全部網羅しているわけじゃないし、こっちにきて変化している可能性は十分にあるし、気を付けるべき案件かもしれない。 



「ちなみにそいつがどこにいるとか、見た目とかは……」


「ごめんなさい、分からない。すぐに気絶しちゃって。それから家に帰ったんだけど、どんどんと眠たくなっちゃって……」



 これ以上、少年から得られる情報は無さそうだった。

 さすがに私たちだけで山狩りして捜索というのは現実的でない。

 モヤモヤと後ろ髪引かれる思いはあれど、何の手掛かりもない状態で今はその魔力欠乏症を作ったやつを放置しておくしかなかった。



「あ、そうだ。できればこの薬のこととか騒ぎになるかもなんで色々内緒にして欲しいんですけど。いいですか?」



 周りを見渡して、アレンたち以外の三人にお願いをする。


 紫金丹の残り個数は八個。できれば自分用に持っておきたいからそんな薬を持ってるなんて噂は広まってもらいたくない。

 リズのお母さんの病気は不治の病ってほどじゃなかったので口止めなんて考えなかったけれど、これが知られるとまずいことになりそうだもんね。



「色々ねぇ? そのお薬もそうだけど馬に食べさせていたものとかぁ、爆発から逃れられる身体能力とかぁ、そもそもあのよく分からない爆発物や煩い音の鳴る矢をこのお爺さんにあげた人を追っているとか諸々のことよねぇ?」



 ハイディ姉さんの指摘はけっこうあった。

 しまったな、自分でもけっこう情報をもらしまくっていたなぁ。



「えーと、そうです。よく見ていますね」

   

「そりゃあねぇ? まぁ私はもちろん構わないわよ。聖女以上にあなたに恩を売るのもメリットありそうだし、今回私なーんにもやってないからねぇ。これで年下のあなたたちを困らせるほど性悪のつもりはないの」



 話の分かるお姉さんで良かった。

 気を付けないといけないとは思うんだけど、私を利用しようとする悪どいやつがいるなら正面から叩き潰してやればいいって安直な考えがあるせいで警戒心が弱い自覚はある。



「もちろん俺らも言いふらすつもりはない。コリンスはぽろっと口に出すかもしれんが」


「そんなことしないよ! おじいちゃんの意地悪!」


「ははは、そうだな。お前は約束が守れる子だもんな。だったら森へももう許可がないのに行くなよ?」


「うぅ……ごめんなさい」


  

 微笑ましいやり取りを見ていると本当に助けて良かったと思えるよ。



「そうだ、役立たずの汚名返上に、お姉さんがミーシャちゃんを慰めに行ってもいいかしらぁ? まったく知らない赤の他人にこそ、弱音や愚痴が吐けることもあると思うし」



 別に役に立つとか立たないとかそんなことを言うつもりはないけれど、その役目を買って出てくれるならありがたい。

 ハイディさんに任せてみようかな。

 


「いいんですか?」


「えぇいいわよぉ。ここまで勢い込んで来たのはいいけど実質空気だもの。それぐらいはさせてほしいわ」



 アレンとオリビアさんも特に反対する気はないようで納得したように頷き、それを確認してから彼女はミーシャが消えて行った方角に歩いていった。



 それから少ししてハイディさんと戻ってきたミーシャはけろっとしていた。

 どういう話をしたのかは気になったが、さすがにそれを尋ねることは難しい。

 一応、一度だけ「ごめんなさい」と謝ってくれた。

 きっと自分なりに折り合いが付いたんだろうね。

 

 そして壊れた馬車の近くでのんびりしている司祭たちをとっ捕まえて村に戻り、不審な目を向けてくる村人たちに事情を説明した。

 要は彼らは聖女を騙った詐欺師グループで、カッシーラから微妙に距離があって噂だけはみんな知っているけど顔は見た人はいない、みたいな村々からお金を巻き上げて逃げるやつらだった。

 偽司祭たちは本当はもっと村に滞在するつもりだったらしいんだけど、オリビアさんのような教会関係者と出会ったことですぐにでも遠ざかりたくて宿を引き払ったそうだ。


 ちなみに、偽司祭は昔は本当に司祭だったようで、汚職で籍を追われたあとに、アレンが昔いたと言っていた集団催眠の聖女と結託して詐欺を行っていたらしい。

 それが解散して十数年経った今、なんと偽聖女の娘だった彼女に偶然再会し、奇妙な縁から今回のような詐欺をするに至ったんだとか。

 ただ偽聖女自体は母親よりも肝が細く、もうやりたくないと普段から愚痴をこぼしていたようだ。

 

 この村では大金を騙し取られた人がいなかったようだけど、お布施として小額を寄付した人はかなりいてお怒りムードだった。

 信じる心を利用されるって裏切りみたいなもんだしそれはしょうがないね。

 コリンス少年の両親は近くの村の親戚にまでお布施治療費用の借金を作りに行っているようで、すぐに呼び戻すように手配された。

 

 あと、実はおじいさんと初めて会った晩、おじいさんはお金を工面するため私たちを襲撃しようとしていたらしい。

 他人を巻き込むことに良心が咎めたようで、途中で止めて帰ろうとしてたんだとか。

 もし本当にそんなことになってたら私も容赦しなかったから、ひょっとしたらコリンス少年は助からなかったかもしれない。そう考えるとギリギリで留まって良かったと思う。


 最後におじいさんの処遇は無罪放免になりそうだとか。

 結果的には詐欺師を捕まえたってことになるし、被害者がいないからね。丸く収まるならそれでいい。

 

 事の顛末はそんなところだ。



「なんだかんだで、別の探し人の情報が入ったからむしろプラスかも?」



 馬車の荷台に腰掛けそう結論づけた。



「お前にとってはな。俺たちにとってはタダ働きだ。まさか詐欺で盗った金を後から寄越せって言えないしな」


「報酬なんて要らないとか言ってなかったっけ?」


「ぐっ。あんまり感情に任せて勢いで言うのはよくねぇってことだな。せめて前払いさせとくんだったぜ」


「高い授業料になったわね」


「ぬぐぐぐ……」



 器用に手綱を握りながら口をへの字にして押し黙るアレン。

 隅でぼうっとしているミーシャに向かって私は話題を投げかける。

 


「あと数日でカッシーラでしょ? 楽しみよね」


「えぇそうね」



 あれからミーシャは心もち大人しくなっていた。

 恨みとか苛立ちとかそういうのは完全に無くなっていると思うんだけど、やっぱりお互いに解消し切れないわだかまりはある。それは私よりも長くいるアレンやオリビアさんも間違いなく感じているだろう。

 しばらくはそっとしておいてやってくれと言われているので、まぁいいさ。



「お姉さんも行くの初めてだから楽しみだわぁ」



 足を崩し話すのはハイディさんだ。そう、いつの間にかちゃっかり彼女もカッシーラに付いてくることになっていた。

 元から噂の聖女に会うのが目的だったらしく、袖振り合うも多生の縁とばかりに旅の道連れに。

 悪い人じゃないと思うんだけど、さすがに簡単に彼女の前で忍術やアイテムを使うのは憚られるし、ちょっと厄介な同行者ではある。

 毎日、お風呂に入れないのは辛いなぁ。


 とにかく、次はようやく目的地のカッシーラだ。

 聖女め、待っていろよ。偽者退治させられることになった愚痴を聞かせてやるんだから!

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