2章 4話 ぬ、濡れ衣だー!

「はい到着ー!」



 次の日、ようやく村に立ち寄れた。

 ただ思っていたよりも野営地より本当に近くにあったようで、これなら急いで馬を走らせれば日暮れにギリギリ間に合ったんじゃないかっていう不満はちょっとある。

 まぁもういいんだけどさ。


 大体ニ~五日歩く範囲内に村なり町なりというものは作られているらしい。

 あまり近すぎても意味がないし、遠すぎて辺鄙なところにあっても流通が回らなくなるからだとか。

 

 私たちが使っている馬車はリズの村で借りた馬車よりは良いもので、だいぶストレスの元が軽減されてはいたけど、やっぱり魔物たちがそこら辺にいる外で眠るというのはそうそう疲れが取りきれるものじゃない。

 だから宿屋で寝泊りできるのは本当に嬉しかった。



「どこの村もそんなに代わり映えはしないなぁ」


「そうねぇ。でも特産物の違いがあったりするわよ」



 てくてくと馬なりに走る馬車の中でオリビアさんが相づちを打つように答える。

 


「オリビアさんたちがいた村はどんなのがあったんですか?」


「私たちのところは牧畜が盛んだったから、羊毛がウリだったかな。暴れないように足で挟んで押さえつけたりして皮を剥がすように毛をハサミで切っていくの。けっこう大変なのよ? 外側は泥汚れとかで汚いんだけど、内側は白くてツルツルしていて積み重なっていくとおかしなテンションになっていった覚えがあるわ」


「へぇやったことないなぁ」


「一匹を刈り取るのに一時間ぐらい掛かるから羊たちは涼しそうなのにこっちは汗と毛まみれになってるし、指も引きつるほど筋肉痛になるから進んでやりたいことじゃなかったけど、終わるとご褒美がもらえるし子供たちはみんなお手伝いしてたわね」



 オリビアさんが語る瞳にはそういう過去の風景が映し出されているようだった。

 私は普通に都市部だったし、一度小さい頃に旅行で馬上体験できるところに訪れたことがあるぐらいでそういう動物たちとの触れ合いはほとんどないからちょっと羨ましい気もしている。

 確か旅館の夜のお料理に馬刺しが出てきて、昼間に乗った馬だと思い込んで泣いてしまい食べられなかった思い出がある。妹は何にも考えなくて私の馬刺しを勝手に食べていたけど、あれは子供ながらにはかなり鬼畜な体験だった。



「私はそういうの無かったから憧れますね」


「と言っても私はどうしてもモタついちゃうから小さな子羊しかやらせてもらえなかったけどね。毛刈りならミーちゃんが得意よね」


「ん? あぁ、そうだね」



 話を振られたミーシャだったけど、どこか歯切れが悪かった。

 


「あ、ごめんなさい。そうだ、雑貨屋さんとか覗いてみない? 珍しい物が売っているかもだし」



 ミーシャの反応で言い繕うようにあからさまに話題をオリビアさんが変えてくる。

 何かありそうな感じはしたものの、あえてそこを追求する気にはなれずそのままお茶を濁しながら宿屋まで雑談していた。

 ちなみにアレンは御者役なのでずっと馬を操っている。一番大変なポジションなのでお疲れ様だ。



「ん? あれなんだ? おい、なんか変だぞ?」



 おしゃべりを続ける私たちに前方から緊張感のあるアレンの大きな声が届く。

 前部ののれんのようになっている幌を退けて顔を出すと、宿屋らしき前にはそこそこの人だかりができていた。

 


「なにあれ?」


「さぁ分からん。とりあえず馬車を馬房に止めて様子を見る。あんまり良い気はしねぇけどなぁ。なんだかお前がいるとトラブルにばっか巻き込まれてる気がしてくるわ」


「豪運よね」


「これっぽっちも羨ましくないけどな」



 集団を避けるように馬車を止め、しばらく振りの地面に降り立つ。

 足元が揺れないって素敵だわ。

 そんな乾燥を抱きながら輪の外側に要るおじさんに何があったのか訊いてみた。



「すみません、何かあったんですか?」


「おう、旅人さんか? 実は昨日から聖女様がご宿泊なさっているんだ」


「え? 聖女? カッシーラにいるんじゃないの?」



 後ろにいるアレンに振り向くと手を挙げ「俺に訊くなよ」って感じのジェスチャーをしてくる。

  

 マジか。もう温泉街まで行く必要が無くなったじゃん。

 温泉楽しみにしてたのに、嬉しいやら悲しいやら。



「そうだ。カッシーラにまで行かないと会えない聖女様が来て下さったんだよ。なんでもあそこだと万民を救えないとかでさ。優しい方だぜ」


「へぇ」



 名前のイメージと違って意外とアグレッシブな聖女様らしい。

 手間が省けたからいいんだけどさ。

 ま、問題は大和伝のプレイヤーかどうかだよね。



「その聖女様ってどんな人でした?」


「俺はずっと畑仕事してたから見てねぇんだ。昨日は村の怪我人や病人がいるところををぐるっと訪問されて、骨折してたやつとか腰痛のじいさんとか治していったみたいでよ、それで噂になったからご尊顔ってやつを拝みに来たんだが、今日はほとんど部屋から出られないらしい。こうしてみんな待ってるんだけどな。二十代のべっぴんさんらしいが」 


「そうですか」


 

 黒目黒髪とかだったらほぼ間違いないんだけどなぁ。

 もちろん髪の色は黒以外でもキャラ作成時やアイテムなどで簡単に途中で変えられる。だから見た目だけで確定できないんだけど、世界観的に黒髪率も多かったし、この世界では黒髪は珍しいっぽいので黒髪なら大体は当たりになると思う。

 そういえば金髪の外人が日本の忍者や侍に憧れてきました的な設定のロールプレイしている人とかいたなぁ。

 今から同じ宿に泊まれば聖女さんに会える機会はあるかな?



「んでどうなんだ? お前の探してるやつか?」


「これだけじゃあなんとも言えないねぇ。オリビアさん、回復魔術ってどこまでできるんです?」


「そうねぇ、人によるんだけど、骨折を治すというのは私じゃできない……というよりまだしたくないわね」


「難しいんですか?」


「切り傷とか打撲みたいな身体の表面の傷なら治しやすいんだけど、身体の中や病気になると効きにくいし、変に治療してしまうと後から逆に悪化させることもあるから。だから少なくても二十代でそれができるってことは相当実力はあると思うわね」


「一応補足しておくとオリビアは優秀な方なんだぞ」



 アレンの追加情報も加味するとやや確率が高まった感じかなぁ。

 


「とりあえずチェックインしちゃいましょ。それからでいいでしょ」



 待たされていることにちょっぴりイライラしているミーシャの言葉に私たちは頷き、人をかき分け中に入った。

 受付は二十代半ばぐらいのお姉さんだ。横に赤ん坊が一緒であやしている。きっと親子かな。



「いらっしゃいませ」


「すみません、食事込みで一日泊まりたいんですけど。ニ部屋ありますか?」


「あぁ~ごめんなさい! 今は一部屋しか空いてないんです。あとベッドも予備のがあるけど一つしか余って無い状態で」


「えぇ……」



 なかなか困った状態だ。

 アレン入れて四人で一部屋はさすがにどうかなぁ。ベッドも人数分に足りてないし。

 ここまで野外とは言え、一緒にキャンプしてきたからだいぶ忌避感は薄まってはいるんだけど、建物となるとちょっと男の子と一緒の部屋で寝るのは気になってしまう。



「じゃあ俺は馬車で寝るよ」



 とまどっているとアレンから意外な申し入れが。



「いいの?」


「どっちみちベッドが足りないんじゃ馬車も宿も地べたで寝るのは一緒だろ? それに馬車番は必要だろうし。馬房で寝るのは良いですよね?」


「えぇ、それはこちらの不手際もありますから構いません」



 町とかだと警備込みの馬車を預けるところがあるみたいだけど、村ぐらいの規模だとそういうものがない。

 手癖の悪い人がいると、忍び込んで中の物を盗まれることもたまにあるらしい。そんなことが噂になれば旅人が寄らず死活問題に発展するのでめったにはないっぽいけど。



「まぁそう言ってくれるならいいけど。ベッドも女の子三人ならニつでも何とかなるだろうし」


「本当にすみません。普段はこんなことあんまりないんですけど聖女様が泊まっておられることで出発を延期されたお客様もいらして」


「あぁそういうこと。仕方ないですね」


「すみません、では食事込みで銀貨八枚です。男性の方は食事だけされる場合は銅貨五枚をお支払い下さい」



 申し訳なさそうにするお姉さんにお金を払うと部屋の鍵をくれる。

 どこも一緒のシステムだ。



「じゃあ俺は一旦馬車に戻ってるから。そっち落ち着いたら呼びにきてくれ」


「うん、ごめんね」


「気にすんな」



 アレンと別れ三人と一匹で階段からニ階へ昇る。

 豆太郎のことは足元にいたのでたぶんお姉さん気付いてないだろうし、このまま内緒にしておこうっと。


 昇りきると、階段すぐ前のドアが開いた。現れたのはちょっと目つきの悪いローブ姿の男で、偶然のタイミングだったのか驚いたように立ち止まる。

 ジロリとこっち、特にオリビアさんを上から下まで眺めてくる。いやらしくて気持ち悪い。

 


「なに、あんた?」


「あぁこれはすまない。私は聖女様のお世話係として一緒に旅をしているんだが、いやこんな辺鄙な村にも粒ぞろいがいたのだなと思ってな」



 これが聖女の世話係?

 ローブを着てなかったらどっかの貧相なおやじにしか見えない。 

 


「あたしらは旅の途中の冒険者でここの村の人間じゃないよ」


「そ、そうか、それはすまないな」



 ぐいっとオリビアさんを庇い横から出てきたのミーシャだ。

 御しやすそうなオリビアさんと違い、胸を反らし腰に手を当てた気の強そうな女の子に睨まれてかおじさんはたじろぐ。

 人が変わるところっと態度も変わるその様子に嫌悪感を催すしかない。



「どうした?」


 

 動揺するおじさんのの後ろからから出てきたのは、今度は腹の出た中年のおじさんだ。

 格好は同じローブを身に纏っている。



「これは司祭ペルローニ。いえ、問題はありません、少し行き違いがあっただけですので」


「そうか。お嬢さん方は……旅の方々かな? 我らは聖女様のお部屋に向かうのだ。邪魔はしてくださるな」



 ペルローニと呼ばれた小太りのおっさんはちょっと押しが強い。

 けれど五日も馬車に揺られてこんなところまで来たんだから言うことは言わないと。



「その聖女様に会いたいんですけど」


「なりません。今聖女様は消耗された身体をお安めになられているところです。面会はご遠慮下さい」


「そこをなんとか……知り合いかもしれないんです」


 

 私の発言を受けて眉間にしわを寄せてこちらを値踏みにするような態度になった。



「聖女様と? ですか。はぁ……」



 開けっぴろげに面倒くさそうなため息を吐いてくる。

 なにこいつ。



「あの?」


「私は友人だ。私は親戚だ。昔世話をした。お金を貸した。怪我が悪化した。そう言って近付いてくる輩というのは後が絶たないのでね」


「ちょっと! そういうのと一緒にしないでもらえるかしら」



 瞬時に怒りメーターがMAXになったミーシャに先に言いたいことを言われてしまった。

 私だって不愉快だ。でも彼が言うことも分からないでもない。そんなのばっかりだったら警戒しても当然だと思うし。



「これは失礼。でももしそうでないというのでしたら、なおさら体調の悪いときにそっとして頂けませんか?」


「体調が悪いのなら良い薬持ってますけど」


「結構です」



 すっぱりと断られ、取り付く島もなかった。



「アオイちゃんとりあえず今は引きましょう?」



 そっと優しく諭すようなオリビアさんの囁きと視線の動き。それらに誘導され首を振ると、階下で言い争うこちらに何事かと宿屋のお姉さんが顔を覗かせていた。

 う、これはまずいか。



「……うん、そうだね。じゃあ元気になられたらまた来ます」



 頬を膨らませながら従う。

 あと数メートルの位置だってのにもどかしい。でも廊下で争っても仕方ないしね。



「リィム様の加護がありますように」


「リィム様の恩恵がありますように」



 オリビアさんがシスターっぽくお辞儀をすると向こうもお辞儀で返してきた。

 これ以上廊下にいても進展は無さそうなので、あてがわれた奥の部屋に向かう。

 鍵で扉を開けるとクロリアの町でもお世話なっていたのと同じ間取りのシングル用の部屋だった。

 テーブルを退ければベッドがもう一台ぐらいは入る。



「やー、疲れたね。着いて早々変なおっさんに会っちゃうし。あれで聖女の付き人ってんだから笑っちゃうわ。お金でも眺めてる方が好きそうな顔してた」


「最初の男もいやらしい視線ったらなかったわね。小銭稼いでは娼館に走る小物くささがあったわ。あれで視線を隠してるつもり? バカよねぇ~」



 こういうときは非常に気が合う私とミーシャは手荷物や貴重品を置くと、さっそくあいつらへの嫌味に花を咲かせマシンガンのように途切れない。

 しかし考え込むように椅子に座って話に乗ってこないオリビアさんが気になり声を掛ける。



「どうしました?」


「う~ん、最後別れ際に言ったセリフがあったでしょう?」


「あぁ、なんとかの加護とか?」


「あんたリィム様よ。リィム様。いくら非常識だからって世界を作った女神の名前ぐらい覚えておきなさいよ」



 言われてみると、旅の途中とかたまにオリビアさんからそんな名前を口にしていた気がする。

 ミーシャでも知ってるってことは覚えないとまずいな。かなりの常識問題っぽい。 



「創生の女神の名前を唱えて別れ際の人に幸運が訪れるように加護を祈願する挨拶のようなものなんだけどね、ちょっと違ったでしょう?」


「そうだっけ?」


「私が加護がありますように、であちら恩恵がありますようにだったの。恩恵って言葉を使うのはけっこう古いのよね」


「へぇ」


「それに薬草の匂いもしなかったわ。魔術は万能じゃないから聖職者は最初に戒律と一緒に薬草の煎じ方も教わるの。それで救われる命もあるし、冒険活動が上手くいかなかったりお布施が少なくても調合薬を売ればなんとか食べていけるから」


「オリビアさんの独特の匂いって薬草だったんだ」



 草の青臭さと花っぽい匂いがちょっとしているのは気付いていた。

 薬とか作るんだねぇ、それは知らなかったわ。

 ちなみにミーシャはアレンへのアピール用の柑橘系の香水を薄ーく付けている。



「私は少し香料も振ってるんだけどね。まぁ高位になっていくと調合薬作りは部下に任せる人も多いから匂いがもうしない人もいるんだろうけど」



 折り曲げた白い指を口に当て、やや歯に布着せたようなしゃべり口調だった。



「それで、結局何なの?」



 ミーシャが結論を急かしてくる。



「うーん、ごめんなさい。分からないわ」



 テヘペロって感じで長いブルーマリンのような髪の毛をいじりながらオリビアさんが舌を出した。

 わお可愛い。



「なにそれ」



 ばたんと力を抜いてミーシャがベッドへ後ろ向きに倒れる。


 気持ち良さそうにあくびして、



「もう聖女探しとかどうでもいいわー」


「いやそれがここまで来た目的だからね!」



 そんなことをのたまい出すので突っ込むしかない。

 私もだらりと備え付けの椅子に座る。それを見計らって豆太郎がジャンプしてきたので膝に乗せて背中を掻いてあげる。

 


「ここまできたら温泉ぐらいは入って帰りたいけど、あたしらにとったら聖女がいようがいまいがどうでもいいからさぁ」


「ぶっちゃけるわねぇ」



 そりゃミーシャたちからしたらそうなんだろうけど、私にとったらけっこう重要なのことなんだよね。

 貴重な大和伝プレイヤーで、あっちの世界への帰還アイテムを譲ってくれるかもしれない相手だからこうして遠路はるばるやってきたのに。ミーシャたちに事情が話せないのがもどかしいなぁ。

 

 

「とりあえずさ、部屋に入れないなら夜の食事のときにでも下の食堂で待ってればいいんじゃないの? いくらガードが固いっても顔くらいは見れるでしょ」


「おお、ミーシャの割に賢い」


「割にって余計」


「じゃあそれまでは自由行動ってことにしましょうか」


「「異議なーし」」



 最後のオリビアさんの言葉に同意して、アレンのいないままそんな感じで方針は決まった。




 ――はずだったんだけど、



「いやぁーまったく聖女様来ませんなぁ」


「まさか部屋に食事を運ばすとは思わなかったわ」


「警戒されちゃったのかなぁ」



 時刻はやや進み、夕飯時だ。

 外にいた人たちも各々家に帰り、泊まり客だけで食事をする時間となった。


 予定通りテーブルを一つ占拠してずっと待ってたんだけど、全然現れず、堪りかねて受付にいたあの赤ちゃん連れのお姉さんに訊いてみると食事は部屋で取ったらしいとのこと。

 さらに部屋の前ではあのうざいおっさんたちが交代で見張っている。

 完全に私たち三人の読みは外れてくさっていた。



「お前らの話に乗った俺がバカだったよ」



 事後承諾のような形でアレンにも説明したのだが、テーブルの向かいに座る彼は気だるげに頬杖をついて呆れ顔だった。

 面倒そうなことは後回しにして、この村の観光とか無駄なことに夕飯までの時間を使ったのにご立腹の様子。


 オリビアさんはここら辺で採れる薬草を少しだけ補充し、ミーシャはこれみよがしにイヤリングを付けているし、私は豆太郎と一緒にクッキーみたいに型抜きされたケーキをぱくついている。

 これ薄っすらと砂糖がまぶしてあるし、蜂蜜も入ってて甘くて意外とアリかも。訊いたところによると基本は牛乳と卵と小麦粉を混ぜて作るものらしい。あとは適当に好きな素材や調味料を入れるんだとか。ドイツにこんなお菓子があったかも。

 


「アレンだって食材買ってたじゃん」


「俺のは必需品だろうが。ただ遊びたかったお前らとは違うよ」



 あらやだ一人だけ優等生ぶっちゃって。

 そういえば買い物をしているときに、昨日の夜に会ったあのおじいさんを見掛けた。

 不機嫌そうだったからあえて話そうと思わなかったのでスルーしたけど、お菓子屋さんの人に確認すると今なお現役の腕の良い猟師らしい。

 


「って言ってもさ、あのおっさんの頭を殴って毛をむしり取って強行突破する以外に他に手があった?」


「なんで毛をむしるんだよ! 男性にハゲの話はやめろよ」


「あぁ最近毛が抜けやすいって言ってたもんね」


「あれはクシが痛んでたせいだったって言ったろ! 俺はフサフサだっての」


「何よ急に元気になっちゃって、拍手してあげるわ」



 ぱちぱちぱち、と控えめに祝福してあげた。



「中途半端か! やるかやらないかどっちかちゃんとしろ! じゃなくって、聖女とどうやって会うかの話だろ」



 ハゲの話が気に入らなかったのかこっちとアレンの熱量の差が反比例するかのごとく広がっていく。

 まぁなんか一人だけ勝ち誇ってるのがむかつくからからかってるだけなんだけど。



「そんなの思いつくわけないでしょ。いっそのこと騒ぎ起こしてその隙にさらっちゃう?」



 ピタ、とその場の流れが止まった。



「アオイちゃんそれだけはだめよ!」


「あたしらはあんたとは何の関わりもないからね」


「ちょっと冗談だから。本気にしないでよ」


「お前ならやりかねん」



 こいつらの中での私の評価は一体どうなってるんだろう。最後のアレンなんてわざとらしく目頭を押さえて首を振るし。

 気を取り直し腕を組み、他のことを考える。



「う~ん、万策尽きたわ……」


「早ぇな。いや村長に頼んで後ろ盾になってもらうなり、ここの人に頼み込んで店員に成りすますとかあったんじゃね?」


「――!」


「な、なんだよ?」



 急に目を見開き見つめるとアレンがたじろぐ。



「アレン天才じゃない? 軍師になれるわよ」


「こんなもんでなれるか! ミーシャもなんか言ってやれよ」



 急に話を振られてミーシャは椅子にもたれかかって特徴的な赤毛をいじっている。



「え? なんだっけ? ごめん聞いてなかったわ」

 

「聞けよ! お前らここまで何しに来たんだ!」


「「温泉?」」



 ハモってみた。

 勢いを削がれたようにアレンは呆然とし、はぁ~、と大きくため息を吐いてテーブルに突っ伏す。

 さすがにからかい過ぎたか。ちょっぴり反省。



「ねぇ、君たち、さっきから聴こえてきてるんだけど、聖女に会いたいのかしらぁ?」



 横から声を掛けて近付いてきたのは二十代ぐらいの女性だ。

 顔立ちはややおっとりとしていて踏み出す足や目線、どこか演技じみていて舞踏を踏むような優雅な所作をしているように感じられる。

 服装は足首まである長いロングドレスが基調としてるにも関わらず、チャイナドレスのように腰から下までスリットが入っていて、上は谷間が見えるぐらいまで開いているかなり攻めた格好だった。ぴったりと体のラインが分かるぐらい張り付いているのも扇情的だ。

 身長は女性にしてはやや高く百七十センチぐらいで、腰まで届く目を奪われる髪はすみれのような鮮やかな紫紺がこの場に無い色として一際目立っていた。

 女性としてのふくよかな部分はきちんと主張し、それでいて無駄な肉がない絶妙なスタイルの彼女には、同じ女性であってもこの色香には目を奪われてしまいそうになる。

 

 一瞬、お水系のお姉さんかと勘違いしそうになったが、その手首や足には申しわけなさ程度の防具が付いてあり荒事を専門とする人間の匂いがした。

 


「ええっとそうですね。会わせてもらえるんですか?」


「ごめんなさい期待させちゃったかしらねぇ。その答えには、いいえ、と返すわぁ。お姉さんは『ハイディ』っていうの。私も旅の途中で聖女がいるって聞いて一目拝めないものかとやってきたんだけどまったく会えなくてねぇ。協力できることがないかって思って声を掛けさせてもらったの。なにせ村にある教会にすら顔を出してないみたいでね」


 

「それでぇ」と続ける。



「お姉さんも君たちと同じでここで待ってたら会えるかなって期待してたんだけどね、振られちゃったのぉ」



 手を広げお手上げのポーズをしてくる。なんてことのない仕草なのにそれだけで絵になった。



「やっぱり鉄壁のガードなんですね」


「ちょっとぐらい隙を見せるのも良い女の努めよねぇ?」


「は、はひ……」


「アレン!」



 近寄られアレンが胸の谷間に視線がいってしまう。

 連動してミーシャの機嫌が悪くなる。

 どっちももうちょっと隠せないものかね?

 


「うふふ、ごめんなさい。まぁとにかく聖女様もすぐに旅立つってわけじゃないだろうし、明日も袖にされたら本気で考えましょ? またね」



 彼女――ハイディさんさんは言いたいことだけ言って急に現れて急に去って行った。

 掴みどころが無いというかあれが大人ってやつだろうか。私もあんな大人になってみたいものだ。特に男を転がすお色気方面で。


 それはともかく、



「でも結局、打つ手無しよね。さすがに深夜に起こすのも気が引けるし」


「じゃあ、明日の朝まで待ちます?」


「今やれることはそれしか無さそうよね。それに明日以降もチャンスはあるだろうし」


「さんせ~い」



 女子三人の中ではもう次やることが決まった。

 一人置いていかれたアレンは顔を上げる。



「なんか、お前ら仲良くなるのはいいけど、俺の立場無くなっていってね?」


 

 とにかく、明日に賭けるしかないよね。




 ――はずだったんだけど、 



「ふぅ……まさかのニ度目の予想外展開とは……」



 朝になってまた食堂で待機しても、また聖女様は降りて来ないので、宿の人に事情を訊くと、



「え? まだ日が昇らないうちにもう旅立たれましたよ?」



 とのことだった。まさかの天丼。

 完全にしてやられたわ!



「お前ら嫌われたんじゃね?」


「そういえばミーシャが目でおっさんを脅してたような。あれは人を殺そうと決意したときのみに放てる眼光だったわ」


「なっ!? アオイだって似たようなもんだったでしょ。『なに、あんた?』とか豚を見るような蔑んだ目だったよ。あたしは覚えてる」


「まぁまぁ二人とも、喧嘩はやめましょ。捉え方によってはチャンスかもしれないし」



 オリビアさんの仲裁で罪の擦り付け合いはストップ。

 どうにもこの村に着てからコントみたいなことしてる気がする。



「チャンス?」


「だってヘタに部屋にこもられるよりは、外だったら偶然でもなんでも顔を合わせやすいでしょ? 今から追いかければ追い付くでしょうきっと」


「さっすが。このパーティー唯一の常識人」


「いやたいてい常識無いのはお前だけだぞ」


「うっさい」

 


 ジト目で釘を刺してくるのはアレンだ。

 ここしばらく同行することが多くて気安くなってるのはいいんだけど、舐められる前にまたばしっと一発かましてやろうかしら。

 腕を組みながら制裁方法を考えていると、急に宿の玄関扉が乱暴に開かれた。



「あれぇ? あんた……」



 そこにいたのは例の聖女――のお付きである貧相なおっさんだった。

 体中汗だくで苦しそうに肩を上げ下げしながら呼吸を繰り返していて、どこからか急いで走ってきたことが窺える。

 


「み……みず……」


「はい、ミミズのオーダー入りました」


「いや水だろ」



 お約束のギャグも滑ってしまった。私だってこのいけ好かないおじさんじゃなきゃそんなこと言わないけどさ。

 バタバタと宿屋のお姉さんが走って水を入れたコップを持ってくる。

 それを一気に飲み干し、息を整え何事があったのか知らせを待つ。

 その内容は衝撃的なものだった。



「た、助けてくれ! !」


 

 その発言に全員が私に視線を一斉に向け凍り付いたように固まる。

 


「わ、私じゃないからね!!」



 急に着せられた濡れ衣に手を振り精一杯反論した。

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