2章 3話 アレンの本気(料理)

「そいやっ!」



 上段から出された剣を右手に掴んだ小刀で受け、すかさず左足を一歩前進して空いている左手を下から蛇のようにアレンの腕の中へ手を突っ込む。密着状態から鎌首をもたげるようにそのままアレンの左手の手首を掴み一気に下方向に力を込めた。ちょうど左手がアレンの右手と交差して、てこの原理みたいになる。

 急な力の入れられようにアレンは真正面から我慢して耐えようとするが、力で対抗しようとするほど私の作用する力は強くなった。



「ぬぐぐぐ……」



 均衡したのは瞬きするほどの時間だけ。すぐにアレンが両手で掴んでいた剣の柄から右手が外れる。

 そして左手もツボを強く握ったので力が伝わりにくくなっていた。

 今度はそのまま握っている手首を内側に捻り、小刀を外側に弾くと剣は弾かれたように側面に飛び地面に落ちる。


 それでも諦めないアレンは徒手空拳のまま私の襟を掴もうとしてくるが、さらにその外側から左手を回し手の甲で顔を払うように当ててやった。



「ぶっ!」



 大した打撃ではないといえ、鼻も急所の一つだ。

 予め予測して耐える準備でもしない限り、衝撃がくれば、つーんとする痛みで仰け反り、せっかく掴んでいた襟から手は離れる。

 たたらを踏んで逃げようとする足の後ろには私の足を絡ませ、左手をくるりと反転させアレンの顔をむんずとわし掴みにして地面に押し倒しひっくり返した。

 下は柔らかい土だから大丈夫だけど、念のため衝突する寸前にアレンの後頭部を軽く支えてあげた。ただしおまけは忘れない。



「ぐぇっ!」



 コンパクトに鳩尾にパンチを入れてトドメを刺すと、アレンからはカエルみたいな鳴き声がした。

 またつまらぬものを殴ってしまったようだ。


 それはともかく、



「はい、私の勝ち。アレン君まだまだだね」



 横たわるアレンを見下ろして私は勝利宣言をした。

 


『あーちゃんいちばーん!』



 私とアレンの模擬戦を見ていた豆太郎が祝福してくれる。 

 オリビアさんは怪我が無いかとはらはら心配そうで、ミーシャはアレンいつまで経っても勝てねぇなぁって冷めた感じで頬杖付きながら観戦していた。 


 アレンは鼻にしわを寄せて不満そうな顔を浮かべながらのっそりと起き上がる。



「納得いかねぇ。お前の技、無茶苦茶じゃねぇか」


「いや理にかなってるはずだけど」



 これでも大和伝で使えるんじゃないかとネットの格闘技動画とか漫画とか見まくったんだよ。漫画は意味無さそうに思えて、似たような動きができちゃうから意外と参考になったりした。

 まぁ反復して体に覚えさせるまでが大変だったけれども、それが成立してしまうのがゲームの体ってすごいってことだよね。



「そういうことじゃなくて、なんつーか、普通の技じゃない。そもそも小剣で戦ったり素手の技術を磨いてるやつなんてほとんどいないんだよ」



 基本は魔物退治が主な仕事になる冒険者からすれば、そりゃ人間より強い力や固い外皮の魔物相手に格闘技で挑むやつは馬鹿でしかないよねぇ。素手で倒せる魔物ってゴブリンぐらいまでだろうし。

 小剣も護身用ぐらいで、わざわざリーチの短いそれを軸にする戦いなんて必要無さそう。

 完全に対人戦向けのスタイルであることは認める。



「だからって組まれたときの想定をしていない人に言われてもねぇ。実戦で負けたときに敵にそう言って許してもらえるなら言えばいいじゃん」


「ぐ……」


「アレンの訓練に一方的に付き合わされてるこっちの身にもなって欲しいんだけどね」


「ぐぬぬぬぬ……」


「言うことは?」


「……すまん」



 言い負かされたアレンはしょんぼりしながら頭を下げてくる。


 今、私たちは『カッシーラ』へ向かう途中の道のりだ。

 今日の野営地に思ったより早く着いてしまったので、アレンから訓練を頼まれ一区切り着いたところだった。

 レベルアップしたアレンは、おそらくLv三十台ぐらいかな。まだランクトップの人たちに会ったことが無いけど、単純な身体能力はこの世界の上位に入るんじゃないかと思う。

 ただ少しずつ改善はされてきているも、いかんせん急激な変化に心と体がついていけておらず、ちょいちょい凡ミスをすることがあった。

 だから全力で動ける相手として頼まれたんだけど、プライドが邪魔するのか私の三人の弟子たちと違って感謝が薄いからこっちもやる気が出ないんだよねぇ。



「体の方はだいぶ慣れてきたみたいだけど、問題は天恵の方よね」


「そっちも徐々に制御はできてきている。簡単に言うと力の出力が上がって加減がバカになってるから人間相手にはまだ使えないんだが」


「出力ねぇ」


「何だ? 何か言いたいことはあるのか?」


「いやまぁ、色々できそうだなって」


「色々?」



 頭を傾げてくる。

 本当にどこまでできるのかは本人にしか分からないけど、こういう発想力は漫画とかゲームとか発達した私の世界の方が有利だよね。



「他の天恵をよく知らないけどさ、アレンはさ、もっと頭柔らかくしたらいいと思うよ」


「言ってることが分からん」


「戦いもそうだけど、自由な発想が物を言うってこと。自信を持てばいい。私だったら……いややめとこ」


「なんだよ、もったいぶらず言えよ」


「こういうのって自分で気付くから意味あるのよたぶん」



 私の意見に口をへの字に曲げて、アレンはまだ腑に落ちさそうな顔つきで考え出した。

 



□ ■ □



「見よ、これが私たちのツープラトン技! 『地獄の猟犬ワイルドハント』だあぁぁぁぁぁ!!」



 野球選手よろしく適当な投球フォームで振りかぶって、私は右手に掴んだ豆太郎を思いっきり頭上へ投げた。

  


『とーーーーう!』



 間延びした掛け声でドッジボールぐらいの大きさの豆太郎が宙を一直線に飛ぶ。

 その先には優雅に空を飛行する鳥がいた。弓矢でもちょっと難しい高さだ。まさか真下から子犬が襲撃してくるなんて夢にも思っていなかったに違いない。

 気付く間もなく、私の可愛い相棒がまっしぐらに飛びつき見事射止めることに成功した。

 そして獲物をGETしてシュタっと着地する。

 ちなみに『地獄の猟犬ワイルドハント』なんてスキルはシステムには無い。今適当に投げて名付けただけだ。



「わぁーーー!」



 パチパチと拍手で喝采するのはオリビアさん。

 アレンとミーシャはなんとも言えない複雑そうな顔で見ていた。



「いや、もう今更だけどお前ら規格外だよな。それ何気にランク3パーティーが狩る魔物だぞ。爪に毒があってなかなか低空にやって来ないから捕まえるのが難しいんだが」


「常識とか何なんだろうって。もう突っ込む気も無くなってるわ」



 そこまで能力をもうひた隠しにするつもりが無くなっているので、アレンもミーシャも私たちのスゴテクに呆れっぱなしのようだ。

 素直にオリビアさんみたいに喜んでくれればいいのに、まだ葛藤するものがあるんだろうね。



「賢いし、狩りのお手伝いもできるし、マメタロウちゃんってすごいね。これでお夕飯が豪華になるね」


『よるめしまえ~?』



 豆太郎はオリビアさんに頭を撫でられすっかり上機嫌の様子。

 

 そろそろ日も傾き始めて今日の野営をする準備を私たちはしていたところだった。

 キャンプなんてしたことなかったんだけど、こっちに来てからは色々と覚えた。

 夕日になってから準備していたら遅い。ある程度の明かりがあっても旅の途中で外灯なんてものはなく、その前に寝床や食事の準備をしないといけないのだ。

 

 

「まぁ飯の調達がはかどるのは間違いないけどな」



 仏頂面で豆太郎が落としてきたすでに絶命している鳥を持ち上げるアレン。

 名犬豆太郎さんはこのようにお肉を狩ることもできるし、匂いを覚えさせたら薬草や食べられる草や実を見つけるのにも非常に力を発揮した。

 若干、子犬に強さで負けているのがプライドを傷付けられた感があって素直になれていないアレンも、この旅の調理担当として敏腕素材調達の豆太郎さんを褒めないわけにはいかないのが彼の辛い立場だろうか。

 

 そう、リズの村から出たときもそうだったけど、旅の間の料理はほとんどがアレンがやっている。

 どうも故郷の村では宿屋の息子だったらしく、家事に関してはこの中で最も女子力が高い。

 ミーシャは大雑把だし、オリビアさんは質素というか薄めの味付けになってしまう。私に至ってはせっかく狩猟した鳥をどうやってさばけばいいのか、というところから始まる。

 羽をむしりとるとか気持ち悪いじゃん。



「素直じゃないねぇ」


「うっせ」



 手際良く調理道具を並べ準備していくアレンに対し、私たちは近くの森から食材の他、乾いた木を集めたり川から水を運んでくる役目だ。

 目的地まで片道十日の距離で、すでに半分ぐらい進んでいるので私ももうこうした作業はお手の物。

 それにアイテムを使えばたいていのことは解決できる。火を起こすのには『火打ち石』があるし、外でもお風呂が入れる『五右衛門風呂』はミーシャとオリビアさんにも大好評だった。

 

 無闇やたらと人に喧伝するつもりはないけど、このパーティーには大和伝のグッズやアイテムをウィンドウに出し入れできることはもはや隠していない。今更感もするし、古代の魔道具があるってことで無理やり納得させた。

 実際、遺物のようなものはたまに発見されるらしい。最近は少なくなってきたけど、今から行くカッシーラも昔はちょくちょく発掘されていたんだそうだ。

 まぁもういちいち私のすることに説明を求めても、まともな答えが返ってこないので三人とも諦めてしまったんだろうね。



「だいぶ暗くなってきたね」



 しばらく野営の準備に勤しんでいると木の枝にカンテラを吊り掛けてミーシャが一息入れた。

 太陽は西の山々に沈み掛け日没寸前といったところだ。

 正直、こっちの方はもう手持ちぶさたで暇しているぐらい。いつまでも時間を掛けているのはアレン一人だけだ。



「まだ時間掛かりそうね……。もう半分経ってますけどちなみに順調な感じなんですか?」


「えぇ、概ね予定通りね。カッシーラは王国の端の方にあるからちょっと遠いのよね」



 人差し指を頬に付けてオリビアさんが答えてくれた。



「王国ですか。そういや地理あんまり知らないんですけど、どんな感じなんです?」


「ええとね、簡単に説明するなら私たちが住むこの世界がこうちょっぴり横長で、北に『ノーリンガム帝国』、それで私たちがいるのが真ん中の『ディス王国』、南に『エル・ファティマ部族連合』ね。あと帝国の北西に国とは言い辛いけど『リィム神都』。小さく中立を宣言している国もあるけど、大体この四つを覚えればいいわよ」



 地面に薪用の木の棒を使って描いてくれる。

 オーストラリアみたいなちょっと横長の大陸に三つの大きな国があるらしい。その真中に位置するディス王国に私たちがいて、カッシーラはそこからかなり南東寄り。連邦にかなり近めの場所だった。ちなみにディス王国の左の方は北と南に領地が取られていて、一番面積としては小さめ。

 というか、大陸自体が思ったよりもけっこう小さい。単純な縮尺だと端から端まで最短でもこの馬車のペースで三ヶ月ぐらいは掛かりそうだけど。

 


「大陸ってことなんですね」


「えぇそうね」


「他に大陸ってあるんですか?」


「え? 無いわよ?」


「え?」


「え?」



 何だろ、今、話が噛み合ってなかった。

 


「他に大陸って無いんですか?」


「無いわよ?」


「えぇと、見つかってないだけとかの可能性は?」


「うーん、あるのかもしれないけど、外海に出るとね、船が沈むのよ。だから他に大陸なんて無いとされているわ。他から来たこともないしね」


「なにそれ怖い」



 今の話ってファンタジーなのかホラーなのか分からないよ。

  


「海にも魔物がいるから襲われるのも無理ないけど、数百年以上、こっちからも他からも一隻も船が往来していないんだから無いってことよ。自分から死にに行く酔狂な人ってあんまりいないからそっち方面はもうしばらく誰も挑戦してないんじゃないかしら。昔は開拓を目指した人も多かったみたいなんだけどね」 

 


 ファンタジー定番のクラーケンとかいたらそりゃ海の上で敵わないだろうし、海なんて進路がちょっと狂うだけで大幅にズレていくものだからそうそう新大陸なんて発見できないのは分かる。

 だからミーシャの発言には一定の信憑性はあるけど、でもなーんかモヤモヤするなぁ。

 まぁ私の違和感は地球基準だから、本当に大陸がここ一つだけってこともあるんだろうけどね。

 


「それにしたらまだ三つも国があるのね? どこかが統一とかまだしていないの?」


「三つになってからは睨み合いらしいわよ。それと小競り合いぐらいならまだしも、大きな戦いをすると魔物がやってくるのよ」


「え? なんで?」


「さぁ? 血に寄ってくるとか、人の怨念に寄ってくるとか言われてるけど、それで何度も大きな戦が潰れてるらしいわ。だから三つになってからは膠着状態。庶民からしたら戦争なんて無いほうがいいから今の状態の方がいいんだけどね」



 魔物の生態とか知らないから、ふーん、としか言えない。

 実際、魔物は人間を襲ってきやすいのはこれまでの経験から学んでいる。食べたい匂いでも発しているんだろうか?


 頭を捻って考えていると、



「もう少しだ。今回は前と違って色々用意してきたからな」



 アレンガぐつぐつと煮える鍋の灰汁を神経質そうに掬い取り捨てていきながら、こっちにそろそろ出来上がるのを示唆してくる。

 その様子は普段あまり見られない真剣なものだった。


 なんでこんなことになっているかというと、私が前回のリズの村からクロリアの町に向かう途中で食べ物に対して不満そうにしていたのが原因らしい。

 どうやらそれなりに料理にプライドのあるアレンは、私があんまり食事に満足していないのに悔しい思いをしたようで、何やら今回は調味料だけでなく他にも器具やら買い込んだんだとか。



「いやもうそれはわかってはいるんだけど」



 そんな旅も五日目なので、手の込んだことをしようとしているのは分かっている。

 今日も、野菜と鶏肉で簡単な鍋になるのかと思いきや、馬車の中で急に白い粉を取り出し塩を入れた水とかき混ぜこねくり回し始めたのだ。

 伸ばしたり叩いたりしておまんじゅうのような形にしていくから最初パンでも作るのかと勘違いしていたら、寝かせた後にわざわざ持ち込んだ棒で薄く伸ばし、数ミリ単位で切り始めた。

 できあがったのは麺だ。

 粉の正体を知らないのでうどんなのかパスタなのか不明だけどなかなかに意表を突かれた。


 さらに平行して鍋の方も解体した鳥の鶏ガラを使いスープを作るところからやっていた。

 少し赤味の肉が残る骨を用意してあった匂いのある野菜と一緒に鍋に入れひたすら煮込む。

 私たちが集めた薪を燃料とし、火を調節しながら真剣な表情で灰汁を除去することたぶんニ時間ぐらい。

 うっとりするほどの澄んだスープに食欲をそそるキラキラとした宝石のような油が浮き、そこでやっとスープが完成。

 そこからようやく鳥肉や野菜を別鍋に投入して、火が通ったら鶏ガラの方に合流させて今となる。

 ちなみに麺はシメらしい。



「こういうところこだわるのよね。状況さえ合っていれば悪いことじゃないんだけど」


「焚き付けた私が言うことじゃないけど、毎回時間が掛かるよね」


「美味しいのは美味しいんだけどねぇ」


 

 ミーシャがやれやれと言った感じ小さく息を吐き呆れた仕草をする。でも口元がニヤけているのは隠しきれていない。

 なんだかんだアレンが料理に打ち込んでいる姿を見るのが好きらしい。

 

料理が趣味の男子はモテそうだけど、ここまで本格的だと逆に引かれる要因になりそうだ。

 こっちはもう鍋からのおいしそうな香りをずっと嗅いで、何度も腹の虫が鳴っているんだから。


 ちなみにスープの出汁になった鶏ガラは豆太郎スタッフが全部おいしく頂きました。

 自分の体より大きい分量を食べて今は幸せそうにお腹を押さえて食休みしている。



「ちなみにミーシャが作ろうとは思わないの?」


「あたしは食べる専門だもーん。アオイこそどうなのよ?」


「私は……切って焼くぐらいなら?」



 フライパンで炒めるぐらいならやれないことはないけど、手間の込んだのは無理だわ。お母さんにやれやれと言われながらも全部スルーしてた。

 


「そんなの誰にだってできるわよ」


「食べる専門の人に言われても……」


「よしできたぞ!」



 ミーシャと他愛もない話をしていると、それを遮るように額に浮かんだ汗を拭いながら良い笑顔をしたアレンが声を上げた。

 もう冒険者辞めて料理人になったらいいと思う。


 木製のお椀に注がれた汁はちょっぴり琥珀色で煌く油が胃袋を刺激してきた。

 とりあえず待ちかねて一口すすってみると、野菜や鳥の旨味が十分に染込んで深い。それを飲むと胃にまですとんと流れ落ちて体の中から滋味が広がるようだった。

 次に渡されたフォークで良い感じにほんのりピンクが残る鶏肉を口に入れると、柔らか過ぎて一噛みでほろほろに溶けていくよう。それでいて鳥のジューシーな味わいと風味が口を支配する。ほとんど噛んだ記憶が無いままゴクリと飲み込んだ。

 スープの革命児やー。違うか。



「ホント、びっくりするぐらいおいしいわね」



 私の言葉を聞いてアレンがドヤァ顔し始める。

 それをしても許されるぐらいの労力を払ってるんだから好きにはさせるけど、夜は毎食これだからいい加減うざい。



「本気出したらすごいってところを見せたかったんだよねぇ」


「あれだけ文句ばっかり言われちゃ宿屋の息子として沽券に関わるからな。普通は護衛や討伐依頼なんかで急いでることが多いから食事に時間取れないが、旅先でもまともなものを作れるってことだ」


「いやもうおみそれしておりますって」



 アレンはオリビアさんの言葉に腕を組みながら頷く。

 この世界はやっぱり現代と比べて食も文化も科学も遅れている。そこは間違いが無い。

 けれどやりようでは負けないぐらいにはなるんだぜ、というところを教えてもらった。

 そこは素直に認めないといけない。



「あたしの嫌いな野菜もアレンが真面目に作ったらちゃんと食べられるのよね不思議だわ」


「苦手なのって大体が苦味とかえぐ味だからな、そういうのはちゃんと繊維に沿って切るとか油に軽く通すとか水に浸けるとかそういうのでなんとでもなるんだ」



 嫌いなものが多いミーシャのために色々と工夫は考えているらしい。

 いやマジでなんで冒険者やってるんだろうこの人。



「確かに野菜も味が染み出つつそこまで嫌味は無いわね」



 私も生のサラダにあるタマネギの辛味とか苦手な方で好き好んで野菜を食べる方ではないんだけど、このスープの野菜にはまったく嫌なところがなかった。

 むしろこれ限定で言うなら好きと言ってもいいかもしれない。

 あっという間にお椀の中は空になり、全員がおかわりをしてから麺が追加される。


 残ったスープの中で踊るように茹でられていくのを見ていると、お鍋の最後にやる雑炊やうどんを思い出した。

 雑炊食べてみたいなぁこっちにお米って無いのかなぁジュルリ。

 いけないいけない、見ているだけでよだれが。



「もちろん乾燥させた旅先用の麺もあるんだが、作りたてとはやっぱり全然違うからせっかくだし作ってみたんだ」



 麺はそれほど長く煮えさせなくてもいいらしい。話しているうちにすぐによそって良い許可が出た。

 見た感じはぶっちゃけパスタの生麺のようだ。


 まだ鍋に少々残っていた野菜や肉片も一緒にフォークでくるくると巻き取り口に入れ咀嚼する。

 表面は柔らかく中はコシがあってモチモチっとしていた。

 スープの味わいから、うどんのお汁にラーメンの麺を入れているのに近くなかなかに新感覚だった。

 つるりとこれも完食。


 周りを見てみるとほとんどみんな同時ぐらいのタイミングで無くなっていた。

 ミーシャなんかはまだ物足りないぐらいの顔をしている。



「今日もごちそうさまでした」


「明日は昼には村に着く予定だし、そこで仕入れられる食材次第でまた何を作るか考えないといけないな」



 冷蔵庫なんて無い世界だから、日持ちするもの以外は数日で使いきれるペースを考えないといけない。

 人数と献立選びに食事を作るのってなかなかに大変そうだよね。もちろん私は自分一人になった場合にも備えて余ってるお金で【荷物】に食べ物を詰め込んでいる。

 

 それから食器も洗いそろそろ人気の五右衛門風呂を出そうかと思っていたら、視界の端にあるウィンドウが光った。

 それを指で大きくすると点滅しているのはフレンド欄で、タップする。



『やぁ、今大丈夫かな? 葵さん』



 ウィンドウ越しに挨拶してきたのは‘景保’さんだった。

 クロリアの町で土蜘蛛姫退治(名目上は撃退ではなく退治)の宴会をやって別れてから半月以上は経っている。向こうは室内でベッドに座っていて、横にちょこんと彼のお供である愛らしい狐のタマちゃんもいた。

 彼とはたまに連絡を取り合っている。

 私は携帯電話で話す人みたいにちょっとみんなから離れた。 



「えぇ、大丈夫です。そっちはお変わりなく?」


『元気なの~!』



 タマちゃんの元気な声に耳をピクピクと反応させ、豆太郎が私の体を登ってきて肩に止まる。

 


『おひさ~』


『おひさなの~』



 私の肩の後ろでは短い尻尾はちぎれんばかりに左右に振られていた。

 種族は異なるけど豆太郎からすると同じ出生の仲間のようなものだ。私とはまた違った仲間意識や感情があるんだと思う。

 ほころぶ笑顔がまた可愛い。


 あれ、待てよ? まさか恋だったりしたら?

 最近の幼児はマせているというし、もし二人の間に恋愛が芽生えていたとしたら私はどうすりゃいいの? 心から祝福できるかなぁ?

 でも豆太郎が幸せなら私は何でも耐えてみせるよ!



『……さん、葵さん』


「へ?」


『大丈夫? 何か考え事?』


「あぁいやいや全然。こっちは良好オールグリーンです」



 危ない危ない。妄想してたら意識が飛んでしまったようだ。

 頭を切り替えないと。



『とりあえずこっちは予定通りのコースを進んでるよ。西にいってぐるっとそこから北に向かうつもり。今のところプレイヤーの噂は無いね。思ったよりは少ないのかもしれない』


「じゃあ十人以下ぐらいですかねぇ?」


『まだ分からないけど、多くても十数人以下だと思うね。もっといるなら色んなところで騒ぎになっているはずだし』

 


 一体プレイヤーが何人いるのか、というのはやはり興味の引く事柄で話し合ったことがある。

 この大陸もかなり大きいけど、もし数十人以上もいるならすでに一ヶ月以上経っている状態でもっと情報が入って来ないはずがなかった。

 とはいえ、こっちは『聖女』の情報が入ってきたんだけど。



「こっちはまだ噂の聖女のいる町に着いていません。順調にいってあと五日ぐらいだそうです」


『聖女なぁ。やっぱり【巫女】っぽいよね』


「ですよねぇ、ただこの世界には『天恵』ってものもありますから」



 天恵は発動者は極少数だそうだけど様々なものがあり、アレンの『英雄の剣ガルトムント』のようにこの世界の魔術概念とは一線を画す能力だ。天恵の概念はむしろこっち側大和伝に近いような気さえする。

 だからとんでもない回復系の天恵が目覚めた一般人ということもありえるので、今の段階では実際見るまで判断しようがなかった。



『まぁ分かったらまた教えてよ。こっちは接待しながらの旅だからスピードもあんまり出せないし申し訳ないんだけど』



 景保さんが旅に出ると宣言すると、所属していた魔術師ギルドのお偉いさんが途中まで同行させて欲しいと願い出てきたらしい。

 アテが無かったせいもあるけど、他の支部にも景保さんのことを宣伝したかったみたいで、彼の旅は半分魔術師ギルドの挨拶行脚して回る旅になってしまったとか。

 あとあっちではタマちゃんが人気者らしく、おじいちゃん連中に大人気で孫離れできないみたいな関係になってるんだそうな。



「もちろん。あ、そういえば玄武はどうですか?」



 あの戦いで『死亡』してしまった玄武。通常ならそれでも二十四時間のクールタイムのあとに復活できるはずだが――それは叶わなかった。

 私の魔雷蛇も使用不可能になっていて間違いなく土蜘蛛姫にやられたのが原因だと思う。



『まだ再召喚はできていないよ。ただ、青龍たちが言うには今は傷ついた身体を癒している段階で死んだわけじゃないってさ。復帰は近いらしいよ』


「それは良かった」


 

 召喚獣がやられてしまうとクール時間が長くなるというのは困る事実だったけれども、また会えるというのならグッドニュースだ。

 玄武といた時間は短くても、あの死闘をくぐり抜けた仲間だ。また会えるというのなら心から嬉しい。それに一緒に宴会をするっていう約束は、まだ彼女とは果たせていないしね。



『あれ、豆太郎君どうかしたの?』

 


 画面の向こう側にいる景保さんが豆太郎の異変を教えてくれた。首を捻り見ると、豆太郎センターに反応があったようだ。

 ひげをピンと張り、あらぬ方向へ顔を向けていた。



『あーちゃん、あっちになにかいるよ~?』 



 短い前足が指し示す方向は林の中だ。

 一長一短あるけど、こうした野営地は林の中や大木がある場所など雨風が凌げる場所に作られやすい。

 そのおかげで見通しが悪く、月明かりだけが頼りとなる夜には遠くまでは判別できなかった。



「魔物?」


『ん~ひとかなぁ』


「ふーん?」



 こんな真っ暗な夜に村からも外れた場所を好き好んで出歩く人もいるまい。

 不自然さしか感じず、これは確かめてみる必要が出たかな。



「すみません、何かいるっぽいので確認してきます」


『あぁごめんね、じゃあまた』



 とりあえずビデオチャットは切った。

 念のためアレンたちにも言っておくか。ほうれんそう報告・連絡・相談大事だよね。

 たき火に照らされる三人の元へ戻る。



「どうしたの?」


「豆太郎があっちに人がいるかもって。ちょっと見てきます」


「あ、ちょっと!」



 オリビアさんに説明するなり『夜目』をオンにして駆け出した。

 気付かれずに背後に回るため、遠回りをしながら暗闇の中でありえないスピードを出して迫る。

 後ろから豆太郎も着いてきていた。

 そしてすぐに件の人物のところまで距離を詰める。



「こんばんは!」


「うあぁぁ!」



 突然現れた私に驚いて腰を抜かしてしまったようで、ひっくり返る男性。

 年齢は六十代前半ぐらいで髪と髭は健在だけど全部真っ白。身なりはあまり上等じゃないけど普通の村人っぽい感じ。

 手には弓があり腰にはショートソードを帯びている。



「こんばんは。何してるんです?」


「お、おう、こんばんは。あー驚いた、なんだ人間か。いきなり声を掛けられたから幽霊かと思ってびっくりしたぞ」



 まさに心臓が飛び出るって感じで胸を押さえている。

 おじいさんに悪いことしちゃったかな? これでもしショック死とかされたら背負わないでいい業を背負ってしまうことになったねこれ。



「私はあっちで野営しているんですけど。ほら、薄っすらと光見えますよね。人の気配がしたから来てみたんです」


「あぁ見えているな。あそこから来たのか? 全然見えなかった」



 わざと気付かれないように回り道してきたからね。

 さすがに気まずいので起き上がるのに手を貸す。

 手を取り立ち上がるとパンパンと自分のお尻に付いた泥を落とすおじいさん。



「それで何してるんです?」


「ん? あぁ、俺はこの近くの村の猟師でな、猟師小屋がそこにあって適当に散歩してたら灯りが見えたから何となくぼうっと見てただけさ。旅人か?」


「えぇカッシーラに行く途中です」

 

「そうか、温泉目的か?」


「それもあるんですけど、聖女ってのに会いたくて」


「……らに」



 私でも聞き取れないほど小さな声で何かを呟いた。



「え?」



 あれ? 今一瞬空気が変わった?

 聖女という単語を出したときにおじいさんからピリっとした感じがして陰りを見せた。



「いや何でもない。悪いが俺はもう行く。この辺りは魔物が少ないが警戒はきちんとしておけよ」


「あ、はい。 あ、あと最後に一つだけ。たぶん明日の昼前には村に着くだろうって話してたんですけど、おじいさんはその村の人ですか??」


「そうだ。だがここから一~二時間の距離だがな……」



 それだけ言い残してそそくさと闇に消えていってしまう。

 月明かりすらわずかにしか差し込まない林の中でゆっくりながらもしっかりとした足取りは、確かに山で暮らす人のものだった。



「変な人だね」


『いろんなひとがいるよ~』


「てか一~ニ時間って野営せずに行ったら村に着けたんじゃないの?」



 まぁこの世界、そんなに詳細な地図って無いようだし、アレンたちもこっち方面は来たことないから致し方ないか。

 戻ってアレンたちに報告だけしてその日は終わった。


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