幕間 人の話はちゃんと聞きましょう
「それにしても、あんまり私向きの依頼ってホント無いね」
アレンたちが息つく暇もなく新しい依頼があるというので別れてから、今日も今日とて冒険者ギルドで掲示板を眺めてみたがこれというものはない。
たいてい良い依頼というのは、ギルドの扉が朝に開く時刻までに建物の前で並んでいて、スタートダッシュで取られるのだそうだ。
まぁ少なくないお金が絡んでくるからそういう努力もおかしくないんだろうね。
私はそこまで切羽詰って無いので今のところそれを真似する気はさらさらない。
「アオイさん」
声を掛けやってきたのは、私を庇ってくれたメガネの女子職員だった。
名前は『ジェシカ』さんというらしい。
「おはようございます」
「おはようございます。依頼をお探しですか?」
「えぇ、そうなんです。でもなかなか良さそうなのが無くて。何か私向きの依頼とかってありませんか? どうもこのあたりの地形とか植物の名前とかあんまり分からなくて」
「一応、訊いて頂ければお答えはしますよ? 普通、新人さんは採取系をしながら土地を覚えていくんです。みなさん真っ先に狩猟をされたいお気持ちは分かるんですが、森や草原など広くて一日探してやっと目的の魔物が見つかるかどうかなのに、生息地も知らないでできるはずないんですよ」
「耳が痛いなぁ。うーん、でも採取か」
もっともな言い分だし簡単そうだけど、だからこそ採取ってあんまり稼げなさそうなんだよねぇ。けっこう不器用だから雑に扱ってしまいそうだし。
かと言って稼げるらしい護衛旅はもう馬車が嫌だし絶対やりたくない。私と豆太郎のコンビなら護衛が一番適しているんだけどね。
「あ、もし頭の上のワンちゃんが匂いを嗅ぎ分けられるなら『フツノキタケ』を探してみるのもアリかもしれませんよ」
「なんですかそれ?」
「木の根に生えるキノコなんですけど、珍味で高値で取引されるんです。大きさにもよりますが片手で持てるサイズで、一本が大体金貨一枚ぐらいの相場です。ちょっと待っててください」
ジェシカさんが買い取りカウンターの方へ向かうと、そこの職員と話して手に何か持って戻ってきた。
「これがフツノキタケです。見た目は特徴的ですが匂いは人には分からないとは思うんですけど」
それは赤い傘に白い斑点が付いたいかにも毒キノコですと主張してくるごてごてとした色合いの小さなキノコだった。
私が匂いを嗅ぐと確かにほとんど無臭に思える。
さっそく豆太郎に試してもらった。
鼻をくんくんと色んな角度から嗅いでいく。満足したのか最後に私の相棒はぺろりと自分の鼻を舐めた。
「どう? 分かりそう?」
『たぶんー? なるとかなるかなぁ』
さすが相棒、頼りになる!
でかしたと胸のあたりをわしゃわしゃと掻いてあげた。
「おりゃおりゃおりゃー」
『わふふー、こうふくー』
とろんと至福のリアクション。
私にとってもご褒美だ。
「それで大体どの辺りで採れるんですか?」
「町から北西にいった森の中ですね。山に近い斜面とかに多いです。けっこう距離があって徒歩だと半日ぐらい掛かるので日の出前に出発するか、あっちで野宿しないといけないですが」
それぐらいの距離なら大したことはない。
よし、金欠脱出作戦スタートだ。
「ありがとう! じゃあ行ってきます!」
「あ、ちょっと待って……」
ジェシカさんがまだ何か言いかけてたけど、ぐずぐずしてはいられない。
早速目的地に向かって出発だ。
□ ■ □
というわけでやってきました、北西の森。
テレビのロケみたいなワープの仕方だけど、きちんと真面目に走ってきたよ。
街道だと人に見つかって不審に思われると困るので、人目につかないよう遠回りしながら突っ切って大体一時間も掛かってないぐらい。
自分でもびっくりだけどこれでも障害物も色々あったし豆太郎のためにペースを合わせたりでの走行だ。
本気出したら車ぐらいの速度が簡単に出ちゃうので爽快ではある。
私は風と一つになったね。
森は広く、その表面は遠くから見ても背の高い針葉樹にびっしりと覆われていた。
さわさわと風になびく葉から鳥が飛び立ち、静かに佇む隙間から動物たちの吠え声がたまに木霊してくる。
それに十分な間隔を空けて立つ樹木たちのおかげで木漏れ日が差して暖かく、豊かな色合いもある。
そんなところだった。
「さて豆太郎先生どうですか?」
『う~ん、こっちー』
目的のキノコを探してくれる超頼りになる相棒は、地面に鼻を擦り付けながら森の奥にその黒い相貌を覗かせた。
落ち葉を踏み先導されるまま進むと一本の木に辿り着く。
顔を傾けその下に視線を移してみると、
「あった!」
さっき見せてもらった赤いキノコだ。しかもサンプルで見せてもらったのより大きい。
早いね早いね。これで金貨一枚とかボロ儲けじゃない?
『たぶんこれだとおもうんだけどー、むずいー』
豆太郎は眉をひそめる。
私はほとんど匂いが分からなかったけど豆太郎でも難しいのかな。
とりあえず、素手で土に指を入れ根元を傷つけないように掘り起こしてみる。
根は張らないのか気が抜けるほど楽に収穫できた。
それを取り出した『鑑定眼鏡』で鑑定をささっとやってウィンドウに納めると『フツノキタケ×1』と表示された。
間違いはないみたいだ。それにしてもマツタケみたいにいくつか一緒にあれば良いのに一つだけなんだね。
「よしじゃあ、ダメ押ししようかな」
装備品の中のリストを弄って敏捷が上がる耳飾りを変更し、運が上がる装備に変更する。
タップすると胸に七福神の絵柄が描かれたバッジが現れた。
『七福神バッジ』と言って単純にドロップなどの運が上がるものだ。効果があるかどうかは分からないけど、試してみるのも面白いよね。
「さて次行きましょうか」
『わかったー』
またくんくんと地面や空気の匂いから進み出す。
最初こそなだらかだった斜面は歩くごとに急勾配になってきた。
滑らないように登ったりしながらの採取は、なかなかに骨が折れそうな仕事で値段が高いのも頷ける。
ただ私の豪運がついに花開いたのか、見つけるキノコは全てビッグサイズだった。
ほくほく顔で風呂敷を背中に背負う。この重みは黄金の重みだ。
そして四箇所目の赤いキノコを回収し終わった時、そいつはマップに赤点で現れた。
『あーちゃんなんかくるー』
豆太郎の緊張感の無い警告にはっと顔を上げると、そこには私たちが探している赤いキノコを背中に付けた猪がいた。
なにあれ? あれもキノコなの? しかも大きいし。
猪を養分としているのか、背中にとうとうとそびえるそのキノコは今まで見たやつよりさらに倍以上でかい。
いやそもそも猪自体も普通のより一回り大きく、背中が私の腰ぐらいの位置にあるし、キノコまで含めたら胸ぐらいまで体高があった。
その上、下顎から伸びた牙は鋭く生え揃っている。
「あれって、このキノコだよね?」
『う~ん、においはおんなじかなー』
ということは、まさかのビッグチャンス!?
私にもついにお金の神様が宝船に乗って降りてきたのね。大黒様万歳!!
そいつは何の因果か雄たけびを上げながら私たちに狙いを定めて突撃を敢行してきた。
地を蹴り重厚な体格での体当たりはもはや車の衝突に等しく人間には止められない。さらには巨大で恐ろしげな牙を槍のように前立てて襲ってくる。
猪なんて横に飛べば楽勝、と考える人もいると思う。
でも実際に面と向かうと心臓が早鐘を打ち、足が竦むものだ。
人間は想像してしまうのだ、一度でもミスをすればあの牙で容易く肉や骨を突き破られ無残な結果を晒してしまうことを。
だからあの圧力を前に十全の力が発揮できない。
「ほいっと」
とは言えこっちは忍者ウーマンくの一だ。
豆太郎を拾い軽く跳躍して木に登ると、高みの見物とばかりに安全圏に回避した。
あの体型じゃ枝葉が生えている高さまで届くわけがない。
突然いなくなった私たちを顔を振って探すキノコ猪は鼻をブヒブヒと鳴らし、ようやく上にいることを探し当てた。
悔しそうに前足で地面を掘る仕草をする。
くないでも投げて弱らせようかと算段していると、キノコ猪はゆっくりとバックしていった。
帰るならお尻を向けるはずなのに、未だこちらを睨んだままだ。
ふいに、そこから放たれた矢のように再び突進してきた。
まさか、と思うと足場にしていた木が盛大に揺れメキメキと割れる音がしながら空が傾く。
『そらがまわるー』
すぐさま飛び出し逃げ出したが、私たちがいた木は幹から土煙を撒き散らし真っ二つに折れていた。
とんでもない威力だ。
他と比べるとやや細身で若い木だったが、一撃で倒すとかやり過ぎでしょ。
ブッヒブッヒと、ふてぶてしい笑い顔をするキノコ猪。
むかつくなぁ。
「こりゃお仕置きですな、豆太郎離れていて」
『わかったー』
豆太郎が離れるのを確認し向き直る。
忍刀を構えるとあっちもやる気満々のようで目と牙をギラつかせてきた。そして足で地面を何度も掻き、威嚇行為をする。
言葉が通じなくても分かる。これはキノコを狙う私とそれを守るあいつとの決闘だ。
しばし睨み合いが続き、風が吹くと巻かれるように頭上の枝から葉がゆらりと地面に落ちた――それを合図に同時に飛び出した。
どちらも一直線で彼我の距離は一瞬で消失する。
下から掬い上げるように突き上げる牙は必殺の勢いで私に迫った。
直撃を避けられてもどこか衣服に引っ掛かるだけで振り回され木や地面に叩きつけられてしまうだろう。
しかし――
悪いけどお見通しなのよね。
私は走る勢いのままジャンプし、捻りを加えながらくるりと宙返りをし、頭を下に回転させハッキリと体は伸ばしたまま上下逆さまになった。
空中で反動のままスピンし、そのまま忍刀を振り切る。
すぱっと良い手応えがあった。
宙返り状態から着地し、私たちが交差した場所に‘赤キノコ’が転がる。
それを手に取り、どやぁ、と猪を見下ろした。
もはやキノコが無くなったただのでかい猪はそれを見てプギィィィと絶望を呻いた。
「ふはははは、私の勝ちのようね。さぁ二回戦を――あるぇ?」
天下御免の印籠のようにキノコを見せつけ胸を反り返りながら勝利の高笑いをしたのに、血の気の多かった猪はまるで去勢されたみたいに大人しくなる。
彼にとって背中のキノコとは何なのか。
知ったことではないが、すっかり争う気はなくなったようで、とぼとぼと哀愁を漂わせつつ逃げて行った。
□ ■ □
そこからニキロほど離れた場所、山肌にぽっかりと開いた穴に、『俺』の家族はいた。
屈辱感に打ちのめされどういう顔をして会えばいいか分からない。
しかし背中の‘キノコ’が無いことは隠しようがなくすぐにバレてしまう。
いっそ旅にでも出ようかと思ったが、まだ小さい我が子がいるのにそんな勝手は許されなかった。
我が家へ帰ると穴倉から息子が駆け寄ってくる。
『お父ちゃーん』
一年前に生まれた初めての息子はもう野山を駆け回るほどに成長していた。
まだまだその体躯に生える背中のキノコも小さく、踏んづけてしまわないかと心配になるほどだがすくすくと育っている。
『あら、あなたもう帰ったのね。今日の獲物は何かしら』
毛並みが綺麗で丸々と肥えたお尻なんて最高だった。
なのに息子が生まれてからは雌よりも母としての色合いが濃く、最近では俺が帰ってもろくに出迎えず、餌を運んでくる生き物か何かのようにしか思っていない。
『あ、ああ……』
うまく説明できず、口が回らない。
俺たちと背中に生えてい赤いキノコは共生関係にあった。
栄養を多少吸われる代わりに、冬が長く続いた時に、その蓄えた栄養を返してもらい生き延びる。
そしてそのお礼に俺たちが山を動き回り撒き散らした胞子でキノコが増える。地面に生えたキノコは食料源にだってなる素晴らしい関係で、種の繁栄としてお互いに切ってもきれない仲なのだ。
だから赤いキノコには特別な想い入れがあって、他の動物に食われるぐらいなら自分たちで食いたい、という執着がある。
なのにどういうわけか人間という種はその赤キノコを執拗に乱獲してくる。しかもわざわざ育ってもいない小さいものを狙う。
多少は残さないと絶滅してしまうという簡単なことも理解していない愚かで強欲なやつらだ。
それが今日も赤キノコを狙っている場面に遭遇した。
俺は一際大きいこの巨躯から『森の掃除屋』という異名がある。
事実、ゴミのような人間どもを幾人も森の肥やしにしてきた。
だが、今回ばかりは少し相手が悪かったらしい。
その身のこなしは人間のレベルを遥かに越えていた。
自慢の突進すらも余裕で避けられ、今まで築いた自信を一片に失ってしまった。
もはや戦う気力はなく為す術なく逃げ出すしまつ。
『お父ちゃん大丈夫? どこか怪我した?』
無邪気な瞳で見つめてくる息子にどう言えばいいのだろうか。
頭を抱えてしまう。
『あ! あなた! 背中のキノコはどうしたの!? あの大きくそそり立つような立派なキノコは!?』
妻が先に気付いてしまった。
『人間に……取られてしまった……』
喉から振り絞って出たのは絶望的な告白だ。
雄としてのプライドも尊厳もすべてを失う覚悟だった。
今の彼女なら息子と一緒に実家に帰るとでも言い出すのだろうか。
『あなた……そんな……あぁぁぁ……』
あまりのショックに言葉にすらならないらしい。
『お父ちゃん! お父ちゃんは一番強いんだ! 人間なんかに負けないんだぁぁぁぁぁ! うぇぇぇぇん!!』
泣き崩れる妻に息子が共感したのか泣きべそをかいてしまう。
すべて俺が悪いのだ。俺の責任だ。
家族を勇気付ける言葉を持たない俺は、居た堪れない二頭の涙を黙って受けるしかない。
『すまない……』
『あなた! どこへ行くの!?』
『リベンジしてくる』
『そんな!? もし負けたら残された私たちはどうなるのよ?』
『……実家へ帰れ』
『嫌よ! 絶対に嫌!!』
『なに!?』
まさか否定されるとは思わなかった。
巨大なキノコを失った甲斐性なしにもはや魅力など無い。子供がいてもまだ美しい妻は新しい雄を探すことも可能だろう。なのになぜ?
『私はあなたのキノコが好きで番になったんじゃないわ! あなた自身を愛しているのよ! それに、まだ確実じゃないから言うつもりなかったんだけど……お腹に二頭目がいるのよ!』
『お前、そうだったのか!? ……すまない勘違いしていた』
『だから私も行くわ!』
『馬鹿野郎! それこそ駄目だ! こいつの弟か妹ができるのに巣穴から出るんじゃない!』
妻は俺への愛情が無くなったわけじゃなかった。
身重の体に無理をせず、またそれを打ち明けるかどうか迷っていただけだったのだ。
さっきまでの無気力だった四肢に力が湧いてくるようだった。
背中のキノコなんて要らない。なぜなら妻と二人の子供たちの重みをすでに俺は背負っているからだ。
『わぁ! 僕の弟か妹ができるの? やったー』
息子もその幸せな報告に泣き顔が笑顔に戻っている。
そうだ、お前はお兄ちゃんになるんだぞ。兄は弱いところは見せてはいけない。強く誇り高く育つんだ。
『これから四人家族となるんだ、へこたれていられないな』
『そうよ、頑張ってもらわないと』
『お父ちゃん大好きー!』
心温まる一家の団欒だった。
なのに、悪魔は俺を見逃さなかった。
「悪い猪はいねーがー! キノコ持ちの猪はいねーがー!」
気配を感じ、振り返るとそこにいたのは、さっき俺のキノコを奪ったあの悪魔だ。
その目は欲深に輝き、忙しなく動く指は怖気すら感じさせる。
「キ~ノ~コ~よ~こ~せ~」
『『『プギィィィィィィィ!!!』』』
山中に猪の悲鳴が重なった。
□ ■ □
「あら、アオイさんどうされました? そんな暗い顔して」
「あぁ、ジェシカさんひどいですよ! キノコ全然売れなかったじゃないですか!」
あれから日が暮れる前に町へ帰ってきて、言われた通りキノコを納品したのだが、かなり安くで買い叩かれてしまった。
手元に入ったのは銀貨二枚程度。一日の報酬としては宿代にもならない。
「え、どこで手に入れたんですか? というかちゃんと説明聞いてくださいよ。あのキノコは毒があってその味が珍味とされているんですが、大きくなると毒が強くなって食べた人が死んじゃうので価値がありません。だから‘小さいほど値段が高くなる’んですよ。あと
「それを先に言って欲しかった……」
持ち込んだ町の入り口にある買い取り所でも同じことを言われた。
あの猪、子供までいたからキノコだけで見逃してしまったけど、せめて牙も折っておけば良かったよ。
そうしたら金貨十枚、つまり十万円相当が……。
さめざめしく脱力状態になる私の頭で豆太郎がぽんと肉球で慰めてくれた。
『そんなときもあるある。じんせい、やまありたにありだよ、あーちゃん』
後日、牙を求めにもう一度あの巣穴に訪れると、猪一家は引っ越したようでもぬけの殻となっていた。
ちくせう。
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