4話 春音の話

「白レッド、6連勝だってよ」

「また怪盗の話?」

 昨日の今日でまた稔はスマホで怪盗の情報を見ている。


「ああー白レッドかわいいよなぁ」

「顔半分見えないじゃん」

「いいや、俺にはわかる! この子は絶対にかわいい! よく見てみろよ!」

「はいはい」

 稔が見せてきたスマホの画面には、昨日撮ってきた白レッドの画像が表示されていた。踊っているところを撮影したせいか、若干ぶれている。

 距離も遠いため、拡大したところでかわいいのかどうか不明だ。


「やっぱよくわからないや」

「よく見ろよ! この細すぎず太すぎない、いい感じに肉の乗った健康的なふともも! 慎まやかだけどしっかり主張する胸! 弾ける笑顔! あとな……」

「うーん……」

 顔をしかめながらスマホの画面を見る弥一に、少しイラついた感じでああだこうだと説明する稔。普通のひとには理解できない内容だらけだ。


「────それにパンチラ!」

「アンスコじゃない?」

 こんな高い位置でミニスカートを履いて踊っているのだ。かなり見えてしまう。ならば見られてもいいものを装着しているのが当然である。


「ばっかか? お前」

「は?」

 稔から馬鹿にされる覚えはない。むしろ彼のほうがアレである。

 そんな感じに若干イラッとしつつ、稔の言い分は聞く。


「いいか素人。アンスコも念じればパンツなんだよ」

「いやアンスコはアンスコだから」

 どういうことかよくわからない。彼はなにを言っているのだろうか。

 念じようが信じようが、物質が変わるわけではない。アンスコは永遠にアンスコだ。それが素人だというのなら、一生玄人になれなくてもいいのではないか。


「なんでアンスコと断言できる? 実際本当にパンツかもしれないだろ!」

「大声で話す内容じゃないよそれ」

 校舎の出入り口なため、ほとんどの生徒がここを通る。女子が数名、しかめた顔で横を通り過ぎている。

 ふたりは暫し黙りつつ、スマホの画面を見つめる。白レッドのほかにも、コロネ、ハーブティー、桃牡丹……少女怪盗の画像ばかりが集められている。彼の趣味が全開だ。


「それにしても怪盗ねぇ」

「なんだ? 興味でもわいたか?」

「そういうわけじゃないよ。ただ、なんでもっと頑丈なところに隠したりしないでそのままにしているのかなって」

「あー、それはだな……」

 弥一の疑問に稔は言葉を詰まらせる。彼も知らないのだ。


「移動させるのが難しいからよ」

 つまらない話に渋々答えてやる感じで通りがかりの春音が言う。

「なんだよ利賀。お前も付き合いいいな」

「あなたたちをさっさとここから追い出したいからよ。いっつもいっつも玄関先で下らない話しないでくれない?」

 答えがわかったのだからさっさと行けと言わんばかりに手の甲を振る。

「仕方ねえだろ。こいつの掃除終わるの待ってんだから」

 今週掃除当番である弥一を待っている辺り、稔も弥一を友人として見ているのだろう。廊下や階段も清掃するため、待つのはここか校門になる。


「だったら合流した時点で帰りなさいよ」

「まあそうだわな」

 意見があったところで、互いに挨拶することなく離れようとする。そのとき弥一が春音に話しかけた。

「ちょっと待って、利賀さん」

「なにかしら深盛君」

 本当に覚えていたようだ。弥一は少し嬉しく思う。だが呼び止めたのはそれを確認するためではない。


「さっきの話だけど、移動させるのが難しいってどういうこと? 小さいものとかなら簡単に運べそうな気がするんだけど」

「物理的に難しいというわけじゃないわ」

 更に話がややこしくなる。物理的にというのは、先日白レッドに盗まれた像などだろうが、運べるものならば難しくないのではないか。


「ならさ、予告状が来てるんだったらどっか船とか飛行機で、手の届かない場所へ隠すとかできるんじゃ……」

「そんなあちこち動かしたら保険が下りないわよ。わざと隠して盗まれましたなんて言って保険金を騙し取られたくないでしょうし」


 高額美術品であれば、保険会社でその保管場所を把握しているのは当然だ。

 保険会社は如何に保険金を支払わないようにするか考えてある。勝手に移動されて、あるとき「紛失しました。保険を下ろして下さい」なんてことを言われ、はいはいと金を出すわけがない。だから移動には申請が必要で、その際にはエージェントが付き添うことになっている。

 そして申請が通るには早くとも2週間はかかる。予告状が来てからでは遅いのだ。


 自分の持ち物を動かすのに他人の許可が必要なのかと言われると、ない。ただ保険が下りなくなるだけだ。どちらを選ぶかは本人次第。


「そっか保険か。そう考えると保険会社も大変だな」

「そうでもないわよ。どういった保険契約しているかにもよるけど、保険で支払われる金額以上に所有者が払っているケースは多いのよ」


 保険で戻る金額以上に保険金が支払われている美術品は多い。1年やそこら所有しているだけならそんなことにはならないが、20年、30年と所有するとどうしても越えてしまう。生命保険などとは違うのだ。


「つまり、今まで支払った分の保険金が返す金額を上回っている場合、保険屋にそれほどの損害がないってわけ」

「なるほど。所有者にはこれ以上の負担がかからなくなるうえ、保険で降りる分は戻ってくるから思ったほど痛手はないと」

「そういうことよ。まあ払った分しか戻らないからマイナスなのは確かだけど、こうやって大々的に発表しているんだから、以前こういったものを所有していたんだぞっていう自慢くらいはできるわ」

 それに、保険が下りてから盗難されたものが見つかった場合、保険金は返さねばならない。返却を渋り、品物を受け取るのを拒否することもぼちぼちある。


「あとは普段は保険に入らず、移動させるときだけ保険に入るひととかも多いわね。所有者は自分のセキュリティに自信をもっているケースが多いから、怪盗ではどうにもできないと高を括っているのよ」

 以前ならばそれで問題なかった。しかし昨今の怪盗騒ぎにより、保険に入るひとが増加している。


 高額保険は自慢のために入るケースもそれなりにある。昔のアイドルが「脚に1億円の保険をかけている」みたいなものを売りにしていたようなものだ。


「なるほど……てか詳しすぎだろ」

「えっ!? そ、そう? こんなの一般常識じゃない」

 稔の突っ込みに春音は慌てたように答える。


 全く一般常識ではない。だからこその裏八法なのだ。これが表に出てしまったら裏ではなくなる。

 特に保険のことに関しては、怪盗フリークの稔でさえ全くの初耳である。この少女は一体どこまで知っているのだろうか。

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