3話 怪盗白レッド

 ある資産家の家には、公園が隣接していた。

 この公園は、その資産家の敷地を利用した私設公園であり、公園には池があった。

 

 直径30メートルの人工池の中央には、3メートルほどの島があり、その島には6つの高い柱が立ち、上には屋根が乗っている。

 中央には、高さ1メートル前後の少女の石像がある。


 像の名前は「小鳥と戯れる少女」。150年前、ある欧州の田舎町から忽然と消えた、町のシンボル的なものであった。

 この町出身の美術家が彫ったものなのだが、なかなかややこしい品物である。

 一説によると、金に困った町長或いは当の彫刻家の子孫が、こっそり売ったのではないかとも言われており、当時の記録がないため正確な所有者が不明なのだ。

 とりあえず今は、自らのセキュリティを満足そうに眺めている、薄くなった頭をバーコードのようにしているセコそうな男のものとなっている。


 島へ行くには、細い一本の橋を渡るしかない。池にはいかにもやばそうな生物がたくさん蠢いており、間違ってでも落ちたくはない。

 とはいえ池は高さ3メートルのフェンスに囲われており、入るためにはある程度自らの意思が必要になるわけだが。


 橋のかかっている池のほとりのフェンスには唯一扉があるが、そこは警備員が数人ガードをしている。

 空から入るにも、屋根の幅は島より大きい6メートルほど。そして角がないためフックなどをひっかけられない。高さも5メートルはあり、屋根から下へ降りるのは至難の業である。


 そして今回もまた、たくさんの観衆ギャラリーと報道陣に囲まれている。

 怪盗に狙われたとき、観衆や報道陣を招くケースはとても多い。理由は単純で、ひとの目が多いところで盗み出すのはとても難しいからだ。

 怪盗の仲間が紛れ込む可能性もあるが、人混みのなかで動くのは大変だし、テレビ局などは検証番組を行ったりして、どうやって盗まれたのか暴くことがある。

 実際、それで手口がバレて犯人を割り出され、盗難品が戻ってきたことが何度かある。だからセキュリティのひとつとして呼んでいる。


 今回の怪盗の予告時間は23時丁度。今、22時59分である。


『ごー! よーん! さーん! にー! いーち!』

 時間直前、池を囲っているフェンス越しに、たくさんの男たちがコールを始める。まるでお祭り……というより、アイドルのライブのようだ。ほとんどのひとが赤いサイリウムを握りしめ、今か今かと待ち構えている。


「ワタシ! 参上!」

『うおおおおおぉぉ!!!』

 空から飛び降りたわけでもなく、突然にひとりの少女が屋根の上に現れ、右手を大きく突き上げ叫ぶ。周囲の男たちは大興奮でサイリウムを振りだした。


「現れました! 怪盗白レッドです!」

 リポーターが周囲の声援に負けじと、カメラに向かって叫ぶ。

 怪盗白レッドと呼ばれた少女は、赤の上着に白いスカートというマーチングバンドのような衣装を纏い、赤いアイマスクで顔を隠した姿をスポットライトに照らされていた。


「白レッド! 一曲! 歌い、踊ります!」

『うおおおおおぉぉ!!』

 再び少女が叫ぶと、男たちが雄叫びを上げる。そしてどこからともなく大音量で曲が流れた。周囲にこれほどの音を出せるスピーカーは見当たらない。

 唖然としている関係者をよそに、白レッドは観衆の声援のなか、歌い始めた。


「な、なにをしている! さっさと捕まえんか!」

 我に返ったバーコードが叫ぶと、警備員たちは慌てて島へ向かおうとする。

 しかし橋の幅は50センチ。落ちたら謎の水棲生物の餌食。島についたところで、相手は屋根の上。長梯子を数人がかりで恐る恐る運び、屋根にかけて登らねばならない。


「もぉ、青いひとたちはせっかちだなぁ」

 曲の途中だというのにやってこられた。白レッドは腰に手を当て、警備員に文句を言う。警備は仕事なのだが、周囲は迷惑そうに警備員たちを睨む。


 一瞬足を止めた警備員だったが、梯子をかけ、登り出す。そして屋根の縁に手が届いたところで、白レッドはひょいと飛び、屋根の中央へ立った。

「白レッド、帰ります! ばいばーい! ────ていっ」

 白レッドが足元になにかを投げつけると、バァンという破裂音とともに、おぞましいほどの量の煙が一瞬にして辺りを覆った。フェンスの先までもが真っ白になり、なにも見えなくなっている。

 だがそれだけの煙だというのに、強風もないまま、数秒で全て消え去ってしまった。もちろん白レッドと、小鳥と戯れる少女も共に。


「し……信じられません! 像が、白レッドもろとも消えてしまいました!」

 像の重さは台座を含めて50キロ以上はあっただろうか。白レッドと名乗る少女がこの短時間で運べる代物ではない。

 もちろんマルチローターで吊り上げることもできないし、ヘリの音もしなかった。


 フェンスを囲っていた男たちは、もう終わったからと言わんばかりに撤収していく。あれだけの大きさの像だ。隠し持つのは不可能である。彼らの中に持っている人物はいないだろう。

 それに共犯者がいたとして、これだけの人数から探し出すのは困難だし、入るときにセキュリティチェックをしている。現物を所持している可能性がないのだから、帰りに調べるのは無駄というものだ。



 これで白レッドは今年に入って3品3奪。去年から換算すると6連奪。初品を

奪取し、2回目は現れなかった。現在の戦果は8品7奪となる。

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