2話 怪盗ショーの影響

「今年に入ってから5品5奪か」

 午後────授業が終わり、皆が下校していく天が丘学園高等部。

 その下駄箱で、眼鏡をかけた少し目つきの悪い少年、桶狭間おけはざまみのるがスマホをいじりながら呟いた。

 待ち合わせをしていたのか、靴を履き替えた、小柄で色黒の少年、深盛ふかもり弥一やいちが駆け寄っていった。


「お待たせ」

「いいよなー、ファントム・ティアーズ。女子にモテモテじゃん」

 弥一の言葉に返事をせず、自分の言いたいことで返す稔。いつものことだが、弥一はつい顔をしかめてしまう。

 自分勝手な奴ではあるが、田舎から出てきたばかりなうえ、エスカレーター式で中学から上がってくる生徒だらけのこの学校で、他に友人がいない弥一の唯一の話し相手である。


「モテモテってお前……」

 ファントム・ティアーズにはファンクラブが複数存在し、連日女性ファンによってサイトの掲示板が賑わっている。


 実際のところ不明だが、ファントム・ティアーズは4人いると言われている。容姿は全てほぼ一緒で、違いは仮面に描かれた涙の色くらいだ。

 黒い雫のティア・ダーク。黄色い雫のティア・ムーン。水色の雫のティア・スカイ。そして先日現れた桃色の雫のティア・ラブ。

 これは通称であり、実際に彼らがそう名乗ったわけではない。誰ともなくそう呼びはじめ、それが定着したというわけだ。本当はひとりの人物で、ただ仮面を付け替えているかもしれないのだが。


「ほらこれ見てみろよ」

 稔が突き付けたスマホには、昨日のファントムティアーズのことでひっきりなしに新着が表示されるSNSが表示されていた。

 月に一度現れて、現在12品12奪。今のところ負けなしの、怪盗のエースだ。


「よくわからないけど、宝石泥棒だろ?」

「宝石ばかりじゃねえよ。まぁファントム・ティアーズが狙うのは小さいものが多いけどな」


 宝石美術品を狙う怪盗は多い。理由は簡単で、巨大とはいってもたかが知れているサイズでしかないからだ。

 例えば今回盗まれた80カラットダイヤ。グラム換算だと16グラムで、大体500円玉2枚と1円玉2枚分くらいしかない。

 隠し持つのも容易いし、1002円を犠牲にすれば重量センサーにもひっかからず屋敷を出ることができる。


 しかしファントム・ティアーズはただ盗んだだけではない。方法が完全に謎である。いつどうやって入れ替え持ち去ったのか誰にもわからない。


「大きかろうと小さかろうと、結局のところ犯罪者でしょ。なんでそんなに人気が出るのかな」

「ばっか野郎。怪盗は犯罪じゃねーよ。だって捕まっても裁判にならないんだぜ。てことは罪じゃない。だから結構なりたいって奴は多いんだぜ?」

「だけどほとんど犯罪者として収監されてるんでしょ?」

「うっ」

 稔は言葉に詰まる。


 大きくなったら怪盗になりたいなんて子供もいるが、一応犯罪行為であり、表の法としては認められているわけじゃない。

 ただルールに則っていれば命は保証されるし、処罰もされにくい。そんな程度だ。未成年ならまだしも、成年であれば前科がつく可能性がある。まだまだわからないことだらけなのだ。


 大体、怪盗のルール通りに行ったら間違いなく怪盗側が不利なのだ。いつなにを盗むか伝えているのだから。

 ここ1年で現れた怪盗の数は79組。そのうち65組は逮捕され、裁判もなく釈放されたのは7組だけだ。今は検証サイトでその7組と、犯罪者として裁かれた58組の違いを考察されている。


「でもよー、短時間で10億円儲かるんだぜ。4人でやってもひとり2億5千万。そりゃやりたくなるよな」

「うーん、それだけもらえるなら……」

 ハイリスクハイリターンとでも言いたいのだろうか。


「きみたちはバカなのかしら」

「あん?」

 突然声をかけられ振り向くと──同じクラスの女子、利賀とが春音はるねがいた。眼鏡越しにあるじと目で見下すようにふたりを見ている。


「盗品なんて二束三文の値でしか売買できないわ。表のオークションで10憶だからって、10憶で売れるはずないじゃない」

「あー、そっか」


 盗品は足元を見られやすい。8割落ちで取引されれば儲けものくらいなものだ。

 9割落ちとして計算したら1億。もし4人で組んだらひとり2500万円。リスクや準備などを考えると高いのか安いのか。


 それでもファントム・ティアーズならばもう既に10億以上は得ている計算になり、仲間で分けても億を下ることはないと思われる。


「そうだ! お前さ、俺と組んで怪盗やらねーか?」

 突然稔が思いついた言葉を発する。

「なっ、なんで僕が?」

「だってお前、山猿じゃん」

「その言い方やめてよ」

 弥一は山奥の村で生まれ育ち、幼いころから山を駆けていた。

 木や崖を登るのも遊びの一環。都会へ来た今でもボルダリングなどを楽しんでいる。

「俺が何を盗むか選んでお前が──」

「どうせ僕にだけやらせて自分の取り分を高くするんでしょ? 嫌だよ」

 どこにでもこういう調子のいいひとはおり、弥一は田舎にいた2つ上のガキ大将を思い出していた。

 考えが読まれていたのが面白くなかったのか、稔は舌打ちをする。


「ふぅん。きみ、運動神経いいんだ」

「いいかどうかはわからないけど、崖登りとかは得意だよ」

 春音は弥一のことを、つま先から頭までじっくりと見回す。


「あ、あの?」

「覚えておいてあげるわ。あなた、名前は?」

「クラスメイトじゃないか。深盛弥一だよ」

「そう。じゃあ」

 それだけ言って春音は去っていった。


「なんだあいつ。可愛げねえな」

「女の子好きな稔にしては珍しいね」

「俺は元気で可愛い女の子が好きなんだよ! ああいう地味で暗そうな奴じゃなくて、例えば……やっべ、今夜は怪盗白レッドの予告日じゃん!」

 突然脈絡もなく話が変わり、少しついていけてない弥一は首を傾げた。

「白レッド?」

 不思議な名前の怪盗だ。ピンクなのかもしれない。


「見に行こうと思ってたんだ! 俺、帰るわ!」

「あっ、ちょっ……」

 弥一の言葉を聞いていないのか、稔は駆けて行ってしまった。


 仕方なしに弥一は帰るため、ひとりで駅へと向かった。白レッドとはなんだったのかを考えながら。

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