その4 逃げる亜理寿さん
会話が無い。
元々ここの住民だけの食卓の場合は、真理枝さんが半分以上話していて、僕や亜理寿さんはそれに相づちをうったりするのが普通だ。
そのせいもあるけれど、やっぱり何というか空気がいつもと違う。
居心地が悪いというか何というか。
勿論僕の気のせいならそれでいい。
でも……何か言わなきゃ。何となくそう思った。
「ごめんね。僕の不注意のせいでこんな事になって」
亜理寿さんは一拍遅れて驚いた表情をする。
そして。
「違うんです。文明さんは何も悪くないんです。全部私が悪いんです」
ここまで一気に言った後、はあっとため息をついて続ける。
「最初からそうなんです。文明さんが優しいのをいいことに、この家にお邪魔したり色々な処に付き合わせたりして。
寮に人が多いのだって他の人と車に乗るのだって本当は我慢出来るんです」
「でも我慢出来るっていうのは苦手という事だろ」
そこには嘘はないと思う。
今まで亜理寿さんが時々僕に話していた色々な事も。
「これくらいの我慢は普通の人なら出来るんです。勿論私だっで出来る筈なんです。実際高校時代は電車にもバスにも乗っていましたから。ただ文明さんに甘えていただけなんです。文明さんに寄りかかっていただけなんです。
彼女のふりをしていたのだって、私がそうしていて楽しかったし、嬉しかったからなんです。お昼に会うのも教職課程で隣にいるのも口羽さん対策と言いつつもきっと心の何処かでは楽しんでいたんです。文明さんと一緒にいたかったからその口実を使っていたんです。
でもその結果、文明さんを酷い目にあわせてしまいました」
「でもあんな魔法を使ってまで、僕を守ろうとしてくれていだんだろ」
「あれは私の言い訳です。それでも結局文明さんに火傷を負わせてしまいました」
捕まえられない。
変な表現かもしれないけれど、逃げようとする亜理寿さんを捕まえられない。
亜理寿さんは全部自分のせい、自分の欲のせいみたいに言う。
でも亜理寿さんが今までに色々僕に言った事もきっと嘘ではない筈だ。
我慢出来るというのは気になったり苦しんだりしているという言葉の裏返し。
どうすれば今の亜理寿さんを言葉で捕まえられるだろう。
「きっと火傷の件だけじゃないと思います。他にも色々ご迷惑をお掛けしている筈です。色々付き合わせたり拘束したり。私のせいで文明さんに、色々迷惑を……」
「僕はそれを迷惑だと思った事はないよ」
亜理寿さんの言葉を遮らせて貰う。
ここで亜理寿さんに逃げられたらそのまま別れ別れになってしまう。
そんな気がした。
だから僕はきっとここで亜理寿さんを引き留めなければならない。
恥ずかしかろうと何だろうと。
だから僕は亜理寿さんに語りかける。
今まで僕が亜理寿さんに思った事や感じた事が伝わるように。
「もしあの時僕の作戦が成功して僕自身が大火傷を負ったとしても、そしてその事を知った上でもう一度亜理寿さんと出会うか出会わないか選ぶとしたら、僕は亜理寿さんと出会う方を選ぶよ。間違いなく」
思えば亜理寿さんは色々な想いを僕に伝えようとしていた。
今更だけれど僕はそれらを思い出すし、そのひとつひとつに気づく。
それと同じかそれ以上に亜理寿さんに対する僕の思いを伝えようと思う。
何処まで伝えられるかわからないけれど。
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