その9 ある魔法効果
顔に手に熱いというより痛いという感覚が襲いかかる。
だが次の瞬間、何かが炎を遮った。
「大丈夫です」
台詞を聞かなくても後ろ姿だけで誰か僕にはわかる。
「亜理寿さん!」
「な、何故……」
炎魔法が止む。
驚愕した彼の表情。
『万が一に備えて、文明さんに魔法をかけておいたんです』
今度は声では無く魔法音声で亜理寿さんは答える。
「う、嘘だ! 俺は悪くない。俺は確かにこいつに……」
『文明さんがあなた自身に何かをしましたか』
「こいつは、俺の亜理寿さんを、亜理寿を……」
『私はあなたに親愛の情を抱いた事は全くありません。むしろ今の貴方の行動は人間として最低の部類だと思っています』
「嘘だ!」
再び火炎魔法が僕と亜理寿さんの方に降りかかる。
でも魔法の炎は彼の元を出たすぐ先で止まり、凍り付いた。
『出るのがわかっていればその程度の魔法を止めるのは簡単です。
警告します。これ以上無駄な真似はしないでここを去って下さい。そうしないと』
凍り付いた炎から更に氷の枝が伸びていく。
彼は一歩、二歩後ずさりして、そして。
「うわああっ!」
そう叫んで走り去っていった。
直後、亜理寿さんがふらつく。
『大丈夫です』
駆け寄ろうとした僕を制した。
『ちょっと今は見られたくない状態なので、こっちに来ないで下さい』
でも想像はつく。
僕は確かに一瞬攻撃を受けた筈だった。
顔や右手の皮膚が焦げる熱さを通り越した痛みを一瞬感じた筈だった。
でも今見た限り何ともなっていない。
痛みが錯覚で無いとしたら、答は……
『これでも魔法使いなので、痛覚遮断も出来ますし、魔法で治療も出来ますから』
少し嘘が混じっている感じがする。
「何か魔法で治す方法は無いのか?」
「少し待てば何とかなります。取り敢えず今は移動と今の脅しで魔力を使ったので」
これも嘘だ、なんとなくわかる。
でもどうすれば……
『彼女の魔法に治癒系の魔法は無い』
えっ、今誰かの声が聞こえたような。
『彼女の魔法に治療系は無い。このままでは傷と障害が残ることになる』
抑揚の全く無い、知らない声だ。
こういう時に出てきそうなのは抜田先輩や美智流先輩だが、その二人とははっきり違う声。
でも頼りに出来そうなのは今はこの声の主しかいない。
だから尋ねる。
『どうすればいい』
『どうしたい』
そうか、それならばだ。
『亜理寿さんに傷も障害も残したくない』
少しの間の後、返答がくる。
『彼女が使ったのは臣従の魔法。相手の手の甲にキスをして魔法を起動することによって常時発動状態になる。その効果は三つ。相手の命令は絶対服従、相手の受傷を自代わりに受ける、相手の必要な時に目の前に移動する。
なおこの魔法で相手の代わりに受けた傷は、臣従の魔法を解除する事によって相手に戻すことが可能。但しこの魔法発動中に聞いた命令には魔法解除後も拘束される』
そうか、倉庫にバイクを戻した時だ。
あの時に亜理寿さんはこの魔法をかけた訳か。
『ただし彼女は他にも相手の傷を代わりに受ける魔法を持っている可能性もある。またあの傷を君自身に戻した場合、魔法で痛覚遮断や血流調整が出来ない君には相応のショック症状が発生する可能性がある』
同時に知識として『臣従の魔法』や魔法一般についての知識が入り込んできた。
少なくともこれは普通の魔法音声とか魔法を使った会話では無い。
何だこれは。
『これを活かすのも無視するのも君の自由だ。以上』
『待ってくれ』
そう言った時には既に気配は消えていた。
もうあの抑揚の無い声は聞こえない。
僕は考える。
今知った内容が本当なのか嘘なのかはわからない。
でも試してみる価値はある。
今現在他に方法が見当たらないから。
僕自身のことは取り敢えず置いておくとしよう。
何せ僕の不注意で招いた事態だ。それで亜理寿さんが傷つくことの方が問題だ。
それに亜理寿さんが痛い思いをするとか傷ついているなんてのは絶対に嫌だ。
でも考えを実行に移す前に、まずは亜理寿さんに確認してみる。
「僕が魔法で大丈夫だったのも亜理寿さんが代わりに火傷したのも、亜理寿さんの魔法のせいなんだね」
『こうなった事自体が私のせいですから』
亜理寿さんは否定しない。
念の為もう一言確認してみよう。
「この魔法は臣従の魔法と呼ばれるものと同類の魔法?」
『!』
返答はない。
でも確かに驚いたような反応があった。
ならさっき聞いた事は正しい可能性が高いと判断出来る。
ならばだ。
「僕は亜理寿さんに命令するよ。命令はふたつ。
ひとつ、臣従の魔法を解除した後も、僕が受けた傷や火傷を代わりに受ける魔法や術を使わない事。
ふたつ、臣従の魔法を解除する事。
以上ふたつ。これは命令だ。だから遅滞なく実行して」
『嫌です』
亜理寿さんの魔法音声が聞こえる。
『これも元はと言えば私のせいですから。文明さんが傷を負ったりする必要はありません』
臣従の魔法に意志で反抗している。
「今回のは僕の不注意だ。抜田先輩に警告されていたんだしさ」
『そもそも私がいなければこういう事にはならなかったでしょう』
「このままでは話は平行線だ。だから僕はあえて僕のわがままを通すよ。さっきのは命令だ。臣従の魔法に従って命令を実行して」
『だから嫌です』
それでも僕は右手にひりつくような痛みを感じ始めている。
臣従の魔法が解け始めているのだ。
亜理寿さんが命令を拒否するのも臣従の魔法の否定に繋がる。
だから結果として臣従の魔法が解除されていく。
もう少しだ。
『命令を実行してくれ。あくまでこれは僕の我が儘だ。でも聞いてくれ』
『だから嫌です。文明さんは何も悪くないんです。文明さんが傷ついたりするのは嫌なんです。ですから……』
亜理寿さんは頑張って抵抗している。
でも魔法の理論上から言って亜理寿さんに勝ち目は無い。
その事を僕はさっき得た知識から知っている。
むしろ亜理寿さん、かなり頑張っていると思う。
『お願いだ亜理寿さん。このまま抵抗していたら下手をすれば魔法を使えなくなる。それじゃ助かるものも助からない』
助かるのところで一瞬亜理寿さんの意識がその言葉に引っ張られたのがわかった。
その分一気に火傷が僕に押し寄せてくる。
こんなのを亜理寿さんは我慢していたのか。
痛みは一度きつくなったが少しずつ慣れたのか薄れてきた。
でも同時に意識の方も薄れてくる。
駄目だ、まだ完全に亜理寿さんの傷が移りきっていない。
『命令を……』
まだだ……まだ……
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