その8 追い詰められた末に

 今週も五ミリ君の襲撃は今のところ無い。

「でも相変わらず亜理寿の方をチラチラ見たり私達の方を見たりしている。今も端の方でこっちを伺っているし」

 美璃香さんの言う通り、第二食堂南東側の一人席に五ミリ君が陣取ってこちらを見ているのが見える。

 なお毎日第三食堂というのは財布がきついので、今週の現場は第二食堂。

 男性陣も女性陣も割とつつましやかな昼食となっている。

 もう最初から一週間過ぎたので、見栄とかそういうのも無くなった。


「まだまだ注意が必要な感じだよな」

 松本が五ミリ君をちらりと横目で見る。

「済みません、皆さん」

「いいのいいの。どうせ暇だしさ」

「そうそう」

 少なくとも男性陣はこれが続いても文句無さそうな感じだ。


「そう言えば長尾、クリスマスに向けての彼女獲得計画はどうなった?」

「おいおいそれをこの場で聞くか?」

「でもうちの女子でもくりぼっちは嫌だと探している子はいるよね」

「あ、是非紹介して。頼む」

「ただでは紹介出来ないなあ」

「でも正直あまりおすすめじゃないですね」

「何で?」

「ちょっとメンヘラ気味だから。他の女性と話しているところを見つかると、徹底的に色々言われるらしいよ。例えそれが食堂のおばちゃんでも」

「うわ地雷かよそれ」

 そんな話でお気楽に盛り上がっている。

 とりあえず今日も今のところは平和な模様だ。


 さて、木曜日のうちの授業時間割は三限が空いている。

 食堂等でだべっていてもいいが、この空いている時間を使って買い物をしてきてもいいかな。

 そう思って松本達と別れて僕は第一駐車場へ。

 業務用スーパーで冷凍鶏肉や畑に無い野菜、調味料等を買って、家に置いて学校へ戻ればちょうどいい時間になる。

 何を買おうかなと思いながら第一駐車場脇の小道に入ったところだった。

 ふっと前に人が出てきて僕は足を止める。


「そうだったんだ……最初からこうしておけばよかったんだ……」

 僕の前でブツブツ言っているのは五ミリ君、って名前なんだっけ……

 取り敢えず車に行くのに邪魔だから右に避けようとする。

 ん、足が動かない。

 右足も左足も試したけれど動かない。

 ついでに手も顔も動かない。

 自分の意志で動けないという真理枝さんの術とは違う。

 周りから動けないように今の状態で押さえつけられている感じだ。


「この程度で動けなくなるなんて、やはりただの一般人だ。何故こんな奴が亜理寿さんの……でもまあ、これで終わりだ」

 五ミリ君はブツブツ口調のままそんな事を口にする。

 やばい予感、ひしひし。

 大声を出そうかと思ったが既に全身の動きが止められている。

 まずい。まさか僕の方を襲ってくるとは思わなかった。

 思えば抜田先輩が警告してくれていたのに。


「大丈夫、ただ行方不明になるだけだ。証拠は何も残らない」

 見ると目の焦点が変だし、かなりやばい雰囲気だ。

 おい待て、何をする気だ。ここには色々な亜人がいるから何をしてもバレるぞ。

 そう思うのだがこいつには意志が伝わらない。


「車の件でも恥をかかされた。さあ、私の本来の力をここで思い知るがいい。亜理寿さんと僕の未来の為、君には消えて貰おう」

 それは自業自得だと言いたいのだが声は出ないし動けない

 僕ではどうにもならない状態だ。

 誰かに連絡を……色々呼びかけても返答が返ってこない。

 焦っている僕の前で、彼は呪文を唱える。


「地獄の業火よ、灰すら残らない位に全て焼き尽くせ!」

 僕は思わず目を閉じようとする。

 でもそれすら出来ない。

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