その7 平和な週末

 その週は昼休みも下校時も五ミリの来襲は無かった。

「例の五ミリ君、今はどんな感じなの?」

 亜理寿さんに聞くと嫌がりそうなので、週末ゲーム大会の合間にこっそり美璃香さんに聞いてみる。

「木曜金曜共に妙に大人しかった。何か気持ち悪いくらい。授業中にチラチラ亜理寿の方を見ているから諦めた感じじゃないけれど」

 なるほど。

 でも静かなのはいいことかな。

 亜理寿さんも最近はあまり困った様子は無いし。


 なお自動車パンク事件の事は現場にいた三人の他には言っていない。

 あえて言うまでも無いという事と、これ以上五ミリを追い詰めると何をするかわからないというのと両方の理由でだ。

 なおランフラットタイヤはあまり空気が抜けたまま放っておくと修理不可能で交換のみになってしまうらしい。

 そうするとかなり費用がかかるとの事。

 まあそれ位は自業自得という奴だろう。

 あんな車を乗り回すからにはそれなりにお金持ちなのだろうし。


 さて、今週も晴れているので枝払い&薪拾いをする。

 亜理寿さんと二人でカブに乗ってルートを回る。

 ほぼ毎週出ているのだけれど、それでも全ての場所を回りきることは出来ない。

 だいたいどこかの場所に折れ枝とか気になる場所が出てしまうのだ。

 そういった場所で枝を払ったり折れ枝を処理したり。

 そんな事を二カ所程するだけで午前中は終わってしまう。


 なお元田んぼのあたりの小灌木等はアンドレア先輩とか摩耶先輩あたりが時々バッサリと切って薪にしてくれたりする。

 その辺りを含めて現在の薪の在庫は少しずつ増えている状況。

 冬場に刈った薪は水分が少なめで乾きやすくていいらしい。

 だから出来るだけ冬場の家に枝払いや伐採をする予定だ。


 まあそんな訳で二往復目の芝刈りが終わり、枝類を薪の棚へ。

 最近亜理寿さんが新しい魔法を覚えた結果、この作業も楽になった。

 薪が入った大きな籠を傾けて下に落とすと、薪が薪棚の上に落ちるという魔法。

 遠くから物を取ってくる魔法の応用だそうだ。

 薪を落とすときには棚の薪の方向を考える必要がある。

 でも今までのように取って持ち上げて置く作業よりは大分楽で早い。


「今日はこんなもので充分かな」

「そうですね」

 そんな訳で倉庫へバイクを返却に行く。

 バイクを倉庫に入れて軍手を脱いだところで、

「文明さん、ちょっと右手を貸してくれませんか」

と亜理寿さんに言われた。


「何か作業をするの?」

「いいえ、ちょっと右手を出してくれればそれだけで大丈夫です」

 何だろう。

 言われた通り右手を出す。

「目を瞑って下さい。いいと言うまで目は開けないで」

 何をするかわからないまま言われたとおりにする。


 最初の感触は、多分両手で手を掴まれたような感じ。

 次に何か右手の甲に柔らかい物が触れた。

 同時に何かが触れた場所から身体全体に伝わる。

 最初の衝撃こそ電流のようなビリッとした衝撃。

 でもその後に何か温かさがじんわり伝わるような感じだ。


「もう目を開けて大丈夫です」

 そう言われて目を開ける。

「今のは何だったの?」

 亜理寿さんが小さく微笑んだ。

「簡単な魔法ですね。効果は言わぬが花、という事にしておきます」

 それ以上亜理寿さんは何も教えてくれなかった。


 ◇◇◇


 夜、自分の部屋。

 何故自分の部屋に居るのかは察してくれれば助かる。

 要は下にはいられない状況だという事だ。

 抜田先輩に写真入りメールでお礼を送るにはいい状況だが、生憎僕にはそんな事をする蛮勇は無い。

 さて、今はパソコンで通販ページを検索中。

 見ているのは腕時計のページだ。

 亜理寿さんの好きなタイプを教えて貰ったので、暇つぶしにそんな感じの時計を探しているところだ。


 亜理寿さんはブランドとか余計な機能には興味が無い模様。

 好きなタイプはシンプルで見やすい三針式のクオーツ時計。

 あと軽さと薄さが大事な模様。

 バンドは単色で白以外の明るめな色が好み。

 そうして選ぶと大体僕の小遣いで何とかなる範囲の値段だったりする。


 今の生活、食費は全員割だから昼食以外非常に安く済む。

 ガス代もメインの露天風呂が薪仕様なのでそんなにかかっていない。

 特に小遣いを使う事もあまりないので、結果的に少し生活費に余裕が出るのだ。

 ただ何の理由も無くプレゼントなんてするような間柄では無い。

 あくまでも『便宜上の』恋人関係という奴だから。


 そうやって寝るまで時間を潰しながら土曜日の夜は更けていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る