その6 抜田先輩の警告

 本日も五限目は教職科目『教育原理A』で亜理寿さんと同じ授業。

 この授業では邪魔者は出なかった。

 なおこの場合の邪魔者は五ミリ君の他、仲間の皆さんを含む。

 奴ら微妙にこっちに対してもツッコミが厳しいのだ。

 長尾や松本達だけでなく美璃香さん達三人も含めて。

 『二人は何処まで行ったの?』の質問に、『遠くても盛岡市までですね』と答えた亜理寿さんも相当だと思うけれど。

 天然なのか躱していたのかは僕にすら不明だ。


 さて、そんな訳で第一駐車場まで歩いて行く。

 ふと見えたうちの車に違和感を感じた。

 さっと見てみると右後ろタイヤが変だ。

 どう見ても空気が抜けている。

「パンクかな、これは」

 夏から寝かせてはいたけれど一応新品のタイヤだったのだけれど。

「ちょっとパンクにしては不自然ですね。今朝は全く問題無かったですし」

「仕方ないからスペアに替えようか。後に積んであるし」

 

 亜理寿さんは軽く目を瞑って、そして首を横に振った。

「後ろに付けているタイヤも空気が抜けているようです」

 何だって。

「スペアも一応タイヤ交換の時に確認したんだけれどな。どうしようか」

 流石に家まで歩いて帰れる距離では無い。


「ちょっと待って下さい」

 亜理寿さんが何か魔法を使っている模様。

「私の魔法では直すのは無理ですね。ですが大丈夫なようです。真理枝さんに連絡したところ、心配するなと言われました」

 でも真理枝さんが使える術は欺瞞とか心理操作が中心だよな。

 何か方法があるのだろうか。


「真理枝さんは修理の準備をするのでちょっと遅れるそうです。ですので暫くここで待っていましょう」

 そんな訳でかなり暗くなってきた中、二人で車の横で待っている。

 

 ふと第一駐車場の反対側が明るくなった。

 誰かが車に乗った模様だ。

 そしてその車がぐるっと駐車場内を回ってこっちにやってきた。

 うちの車と形は似ているが大きさ三割増しお値段三倍増しの西独某高級車メーカー製SUVだ。


 SUVはうちの車の横、僕らの前で停車した。

 するすると窓が開く。

「お困りのようだね。何なら乗って行くかい」

 亜理寿さんが一瞬、とっても嫌そうな表情をする。

 そう、例の五ミリ君だ。


「結構です。もうすぐ修理してくれる人が来るので」

「でもこの時間でこの暗さだろう。しかも街から呼ぶと結構時間もお金もかかるんじゃないかな」

 うん、こいつがきっと犯人だ。

 勿論証拠は無いけれど心情的には真っ黒だ。

 だいたい何でこの時間にここをわざとらしく通りかかるのだろうか。


「大丈夫です。もうすぐ来ますから」

「本当かな。この車に乗っていた方が楽だよ」

「いえ、もう見えましたから」

 真理枝さんらしき影ともう一人大きな姿が見えてきた。

 誰かはシルエットですぐわかる。抜田先輩だ。

 五ミリ君がさっと二人の方向を見る。

 彼も真理枝さん達に気づいたらしい。


「ごめん。残念ながら何とかしてくれそうなの、こいつ位しか思いつかなくて」

「そんな訳でやあやあ、お久しぶり」

 抜田先輩はそう言ってタイヤの方を見る。

「右後輪とスペアタイヤのパンクか。これくらいなら何とかなるな」

 ふふん、という感じで抜田先輩が言っているそばから車が少し動き出す。

 明らかに空気が入っていくのがわかった。


「まあこんなものかな。真理枝、修行がなっていないぞ。これくらいは簡単に直せる様にならないと」

「そんな術なんて狸にあったっけ?」

 それは僕も疑問に思う。

「説明すれば簡単さ。単なる呪い返しの術。つまりはまあ、このパンクの原因になった物に因果応報的に責任と結果をおっ被せてしまう術だ。例えばパンクの原因が石ならその石が崩壊するし、道路状況ならそこの道路の路面が荒れたりする。誰かが意図的にやったなら、その彼が車を持っているならそのタイヤがパンクするし、そうで無いなら同等の経済価値のある何かが損失する訳だ。

 実際は返すに使ったエネルギーの分、向こう側の被害がやや大きくなるけれどさ。まあそれ位は自業自得だと思って諦めて貰おう」

 にやにや笑いを浮かべながら抜田先輩はそんな説明をする。


「なるほど。良かったな亜理寿さん。では俺はこれで」

 五ミリ君は多少慌てた様子で窓を閉じる。

 車を発進させて、そして外の方へ去って行った。


「ランフラットタイヤで良かったな、あの車。二箇所パンクしてもちゃんと走れるようだ。まあ警告ランプが点灯するからパンクしたのはわかるだろうけれど」

 抜田先輩、明らかに僕ら以上に状況を把握している模様。

「じゃあこのパンクはあの男がやった訳?」

 一方で真理枝さんはまだ状況がわかっていない。


「その辺の理由とかはまあ、津々井君や城間さんの方がわかっているだろう。だから僕としてはその辺の説明は省かせて貰おう。

 ただちょっとだけ、二人には注意をしておく」

 抜田先輩は僕達の方に向き直る。


「世の中には合理性とか論理とかで判断出来ない考えや行動も色々存在する訳だ。だから、どう考えてもその論理は通らないとかそれは逆効果ではないかと思う事をやってしまう人なんてのも出てしまう。

 だから特に馬鹿を相手にするときには充分注意をした方がいい。特に津々井君は魔法相手には無力だから気をつけるように。

 これは注意というより警告だな。今日の僕は以上で失礼しよう」


「どうもありがとうございました」

 僕は抜田先輩に頭を下げる。

 彼はにやりとした。

「そう思うならたまには貢ぎ物が欲しいよな。例えば週末の夜中に倒れている亜人女子の皆さんのポートレートとか。こっそり撮った後、メールかSNSに貼付して送信してくれればいいから」

 おい抜田先輩!

 咄嗟に放った真理枝さんの回転キックをすっと躱して彼は右手を上げる。

「甘いぞ真理枝、まだまだ修業が足りない。それじゃ、また」


「だからあいつには頼りたくなかったんだよね……」

 真理枝さんが大きくため息をついた。

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