その2 理由不明なお願い

 五限に何コマかある教職科目は亜理寿さんと共通の授業。

 でも普通は僕と亜理寿さんは教室の別の場所に席をとる。

 理由は特にない。

 校舎が手前側にある僕ら工学部や理学部が先に教室に来て後の方に座る。

 その後亜理寿さん達薬学部の皆さんが来て前の方に座る。

 これが大体いつもの流れだ。


 ただ今日は違った。

『文明さん、いますか』

 いきなり魔法音声、それも個別限定で亜理寿さんの言葉が入る。


『いるけれど』

 台詞を思いうかべるだけで亜理寿さんに届く。

 その分色々な表層思考とか雑音が入りやすい。

 だから普通亜理寿さんは個別限定の魔法音声を使う事は滅多に無い。

 一体何事があったのだろう。


『右廊下側、前から三列目辺りに私の分も席を取って待っていて下さい。済みませんがお願いします』

 何かわからないがとりあえず言われた通りの場所に移動する。

 今の感じだと廊下側が亜理寿さんの方がいいかな。

 教科書を隣の席に置いて亜理寿さんの場所を確保。


 魔法音声から一分くらいした後、薬学部からの皆さんが到着した。

 集団に紛れるように亜理寿さんがやってきて、僕の隣に座る。

「済みません。さっきは妙なお願いをして」

 何だろう、何か焦っているような怖がっているような。


「それはいいけれど、何故か聞いていい?」

「帰り、車で話しますから」

 どうもすっきりしない。

 ただいつもの亜理寿さんはこういう話し方はしない。

 何か理由があるのだろう。


『何かクリスマスっぽい話題を振ってくれませんか。出来れば私が恋人だと誤解されるような感じで』

 無茶ぶりまでされてしまった。

 でも何か理由があると思うから、取り敢えず必死に考える。

「そう言えばクリスマスプレゼント、もし貰うとしたらネックレスと腕時計、どっちがいい?」

 長尾に感謝しつつ思いついた事を言ってみる。


「そうですね。あまりアクセサリ類はつけた事が無いのでネックレスと言われてもイメージがわからないです。腕時計は取り敢えず実用でこれをつけていますけれど」

『そんな感じです。授業が始まるまで続けて下さい』

 そう言われても困る。

 何せこういった話題、実のところ何も知らないのだ。

 こういう時は……スマホの力を借りよう!


「なら、例えば腕時計だとしたらどんなデザインが好きかな? ちょっと検索して出してみるけれど」

 スマホで某カメラ屋系通販のページを出してみる。

「そうですね。あまり飾りが多いデザインは苦手です。できればシンプルな文字盤で、ベルトは茶色革系が何にでもあっていいですね」

 言われるまま絞っていく。


「あとは薄いのが好きです。ごついのはあまり得意では無いですね。今使っているのは機能的に文句は無いのですけれど、ちょっと厚みがあるのと金属部分が主張しすぎているところが今一つです」

 何気に色々好みがある模様だ。


「機能は? ソーラーとか電波時計とか」

「普通に動けばいいです。ただアナログの秒針があるものがいいですね」

 なるほど。

 その辺を色々二人で見ていたら教官が入ってきた。

 無事ミッション終了という訳か。

 スマホをポケットに仕舞ってノートを開く。


 ◇◇◇


 授業が終わった後、学生がある程度動くのを確認して亜理寿さんは立ち上がる。

「もう大丈夫だと思いますけれど、念の為車まで一緒にお願いします」

「どうせ帰りは一緒だしさ」

 そんな訳で一緒の教室を出る

 一般教室棟から外に出るなり、また魔法音声。

『念の為手を繋いで下さい』


 何だろうなと思いつつも手をつなぐ。

 こういった経験が無いので手の感触に思わず色々感じてしまったりもする。

 握った手が思ったより熱かったりとか。

 手に汗をかきそうで亜理寿さんに嫌がられないかなとか不安になったりもする。

 亜理寿さんは平気そう……いや、いつもより緊張なり何かしている感じ。

 それが手を繋いでいるせいか他の事のせいかはわからないけれど。

 そんな感じで二人ゆっくり第一駐車場の方へと歩いて行く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る