その14 少し理系で訳のわからない抽象的な話
「美智流先輩は色々考えすぎなのだ」
背後から声がした。
深川先輩だ。
「それに今回の件は、美智流先輩と抜田との関係とは似ているけれどまた別の話なのだ。今回はこの場所と亜理寿と文明の話なのだ」
えっ。話をこっちに振ってきたぞ。
「抜田の目的のひとつは、この場所を色々な方向へ開かれた場所にする事と感じるのだ。亜人女子だけでなく、男子も一般人も含めて。少しずつ人数を増やして、それでも大丈夫だと気づいて貰う為に。だから塚原さん達や文明の友人を送り込んだりしたと思うのだ」
そう言われると確かに納得出来る。
学園祭の時にお手伝いの男性亜人をここへ呼んだのも抜田先輩だった。
「もうひとつの目的は、亜理寿と文明絡みなのだ。亜理寿を男子とか亜人以外に慣らすというのが表向きの目的で、同時に文明に『亜理寿は男子や亜人以外ともある程度は平気だ』という事をわからせるのがその裏側の目的なのだ」
そこまで言った後、深川先輩はにやりとする。
「ただ抜田は美智流先輩と同じで、結論を急ぎすぎるのだ。処理系は単純な程美しいというのもわかるのだが、世の中には結論に行き着くまでの過程が結論と同じくらい重要な事もあるのだ。だからお節介な外野はにやにやしながら見ているに限る、というのが正解なのだ」
それってどういう事だ、まさか。
ふっと美智流先輩がため息をついた。
「こういう場合は緑の方が正しいですよね、色々と」
「正しいというか対象に対する姿勢が違うのだ。その辺は物理屋と生物屋の違いなのだ。そんな訳で物理屋的なアドバイスをひとつ、文明にしてやって欲しいのだ」
何がそんな訳で、なのか僕にはわからない。
でも美智流先輩には深川先輩の台詞が通じたようだ。
美智流先輩は小さく頷いて僕の方を見て、口を開く。
「ちょっと集合論的に話しましょうか。ある集合(A
でもこれは数学的な計算の場合です。実際に(A∪B)∩Cに当てはまる何か一個を
こんな例えで緑、どうでしょう」
「言っている事は正しいのだ。でもそれじゃ抽象的すぎて訳がわからないのだ」
深川先輩はそう言って苦笑いした後、続ける。
「でも美智流先輩の言っていることは正しいのだ。既に今の時点でA∩B∩Cである部分は見えている筈なのだ。でも気づいていないのか遠慮しているのか、周りからみるともどかしいという事もあったりするのだ。
ただ、物事は結果だけで無く過程もまた重要だったりするのだ。だからそれ以上は文明にも美智流先輩にも言わないで、観測者として苦笑いしながら見ているのだ」
今度は僕だけで無く美智流先輩の名前まで出てきた。
美智流先輩は小さくため息をついて、そして口を開く。
「私にいいたい事も何となくわかるのです。でももう少し穏やかに観測していただけると助かります。ここは観測結果が事象に影響する世界ですから」
「ではこれ以上は鬼神様に怒られるので失礼するのだ」
深川先輩はそう言うと向こう側のテーブル方面へと去って行く。
後手でバイバイと手を振りながら。
美智流先輩はもう一度小さくため息をついて、呟くような声で言った。
「でも解が一見明らかであっても、解法が大変な問題もあったりするんですよ」
その台詞は僕に向けてだったのだろうか。
それとも自分自身に向けてだったのだろうか。
この時の僕にはわからなかった。
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