その6 暇だったのに
その後もぼちぼちという感じでうどんは売れていく。
かけうどん二百円、キノコ入り汁追加五十円、天ぷら一個で五十円。
五十円追加の品は三品セットで百円に割引となる。
きわめて良心的な値段だと思うのだが売れ行きは芳しくない。
もっともキノコ類はうちの山で取ってきたもので原価は三人の人件費程度。
だからそんなに売れなくても損はしないのだけれども。
「こう売れ行きが悪いと暇だよね」
「五玉追加、ただし無料の客ですね」
美智流先輩が五玉ほどうどんを茹で籠に入れる。
麺を洗って丼に入れ終わった所で五玉分の相手が現れた。
川本教授をはじめとする建築クラブご一行だ。
「どうだ、様子は?」
「初日の午前中ですし、ぼちぼちという感じです」
「よし、味を確認してやろう。汁とトッピングはどうする?」
「私は関西風、天ぷらマイタケ三個のせ」
「関東風にキノコ汁、マイタケとかしわ天」
「関東風、ちくわいも天マイタケ」
「関西風にカシワ天とちくわとマイタケ」
「じゃあ私は関東風にキノコ汁、かしわ天とマイタケ」
建築クラブは屋台制作提供の代償で一日一食セットメニューが無料。
そんな訳で皆さんきっちりトッピングを三品ずつ注文して屋台周りに置かれた椅子に腰かける。
すでに麺が用意できているのでトッピングをのせて汁をかけるだけだ。
「はいお待ち」
「随分早いな。まさか茹で置きじゃないだろうな」
「その辺は食べてみて確かめて下さい」
「よかろう」
川本教授はそう言って食べ始める。
何回かすすって汁も飲んで、そして頷いた。
「うん、訂正しよう。これは茹で置きではない。いい感じに腰がある。のどごしもいい。ただ向こうで食べたのとちょっと味が違うな。悪い意味ではなくいい意味で」
「粉が専用粉になっています。あとつゆが今回は自作です」
「そうなると自分と違う味も気になるな。因原君、ちょっとその関西風をよこせ」
教授は因原先輩の関西風つゆのどんぶりを強奪してうどんを食べ汁をすする。
「なるほど、こっちは正統派の讃岐風という訳か」
そして再び自分の関東風+キノコ汁をすする。
「うん、私はこっちが好きだがこれは好みがわかれるだろうな。美味い」
「私としては関西風が正しいと思いますけれどね」
門山先生は関西風押しのようだ。
「確かに向こうの人間ならそう思うだろうな。でも長野で生まれた私としてはこの濃い甘辛のつゆの味がDNAに沁みついておるのだ。キノコにはこっちの濃い汁があうと思うしな」
そんな話の最中にささっと美智流先輩がうどんを仕込み始めた。
十個用意していた茹で籠全部にうどんを入れてゆで始める。
更にこそこそ金子先輩に相談している様子。
あ、金子先輩が本来は洗い用の籠にうどん四玉入れてゆで鍋に突っ込んだぞ。
「連続して来ます。次の時間の方、うどん洗い手伝ってください」
「お、来るならここから出ようか」
「いえ、ここで食べている姿がアピールするんです。ですので食べ終わるまでゆっくりしていて下さい」
なるほど、美味しそうに食べている姿が客を呼ぶ訳か。
しかしいきなり十四玉分なんて茹でて大丈夫なのだろうか。
茹で上がったものから朱里さんと亜理寿さんが洗って締めてどんぶりへ入れる。
「誰か水タンクひとつ汲んできて。もう少しで一タンク終わるから」
「はいはい」
僕は赤い十八リットルタンクを持って水場まで。
水道は運よく空いている。
水を口のちょい下まで入れて蓋をして屋台の方へ。
ほんの少し屋台を出ただけなのに客が並び始めていた。
「今の注文分を洗い終わったら水タンクを交換します。お願い」
「わかった」
屋台が一気に忙しくなっている。
ほんの数分で一気に状況が変わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます