その9 月を眺めながら

「何か考えていたんですか?」

「出来るかどうかわからないけれどね、此処を出来るだけ長く続けていく方法」

 亜理寿さんはちょっと首を傾げる。

「確かに此処は文明さんのおかげで成り立っています。でもそうしなければならない責任は文明さんには無いと思います。私達がここで勝手に遊んでいるだけですし」

 うん、そうかもしれない。


「でも僕もここの雰囲気は好きだしさ。責任というより僕の希望だな、この楽しい場所を出来るだけ長く維持したいって」

「何か申し訳無いですね」

「ううん、これは僕自身が僕のためにやりたいだけだから」


「それでもすごいなと思います。私なんて自分の事ばかり考えていましたし」

 亜理寿さんはそこで一度言葉を切って、そして続ける。

「ある意味私なんて最悪ですよね。美鈴さんの件に乗じて無理矢理ここに置いて貰っているだけですし。真理枝さんのように友達が多い訳でも無いし、特に役に立っている訳でも無いし、自分勝手で面倒くさい事ばかり文明さんに一方的に言っていたりしますし」


「でも亜理寿さんのおかげで美鈴さんと話せるようになったしさ。真理枝さんなんかが来たのも亜理寿さんが来てくれたからだと思うし。

 それにビオトープを作ったり道を作ったり、亜理寿さんも色々やってくれていると思うよ」


「ここの人は言わないことは聞かないでいてくれますから。だから楽なんです。皆さん本当は色々あったんでしょうね。深刻ぶっているのは私だけですけれど」

 それだけ傷が深かったんだろうなと僕は思う。

 それに比べれば僕はある意味のほほんと生きてきたからなあ。

 でも考えて見るとそうでもないか。

 高校時代は確かにのほほんとしていたけれど、中学は公立で最悪だったし。

 でも亜理寿さんほどでは無いだろうな、きっと。


「さて話を変えましょうか。今回三人ほど一年生が来ましたけれど、文明さんはどの子が好みですか?」

 えっ! 何だって!

「さっきそんな話を下でしましたけれど、文明さんってそういう恋愛系の話って一切しないし雰囲気もありませんよね。先輩方みんなそれなりに綺麗だったり可愛かったりしますし、妖怪とか亜人が苦手とか嫌いとか言う偏見も無さそうですし。医理大は娯楽が他に無いせいかそっち関係の話も多いですし、同い年や年下がいいなら今回の三人だとどうかなと思って」


 ちょっと頭を冷静にしてから答える。

「特にそんな事を考えなかったな、実際」

 取り敢えず言ったことは嘘では無い。

「恋愛とかに興味が全く無い訳じゃないけれどさ。それに先輩方含めて確かに魅力的だとは思うけれど。ただ今はまだ考えていない、そんなところかな」


 この手の質問を直接されると自覚してしまう。

 僕自身が誰を一番意識しているかを。 

 そして僕が一番意識している当人はそういった自覚は無い模様。

 まあ亜理寿さんはまだ対人関係が苦手だし、そういう意識は無いのかもしれない。

 だったらしばらくはこの関係でいいかな、それが今の僕の結論だ。


 いつか亜理寿さんが誰かを好きになって、その話を僕にしてくれたとしよう。

 その時の僕はどう思うのだろう。喜ぶのか悲しむのかほっとするのか。

 多分どれも正しいのだろうと思う。

 その時までは、取り敢えず今のままでいい。

 時々苦しくなるけれどさ。

 そんな本音は勿論口に出せない。

 でもいつか笑い話として亜理寿さんに話せる日がくるのだろうか。


「そうでしたか。すみません、変な事を聞いて」

「なら逆襲してみよう。亜理寿さんは誰かいる?」

「付き合いが無いですからね。それにまだ他人が苦手なのはなおっていませんし。こうやって話できるのは文明さんくらいですから」

 これを喜んではいけないんだよな、きっと。

 例え僕が寂しくなっても亜理寿さんはもう少し他人に慣れて貰った方がいい。

 幸いここの環境は悪くないし、もう少し今のままで待ってみるのがいいのかな。

 そんな事を思いながらしばらく二人で沈んでいく月を眺めていた。

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