その11 今夜はおやすみ
「変わる事を気にする必要は無い、そう美鈴さんは言っています」
僕には聞こえない美鈴さんの言葉を亜理寿さんが教えてくれる。
「どんな事であれ変わっていくのは自然な事だ。無理しない範囲でゆっくりと受け入れればいい。そう言っています」
ふと思う。
亜理寿さんはどんな経験をして、どんな思いをして、どう生きてきたのだろうと。
僕が今までみていた亜理寿さんは凜として孤高で人を寄せ付けない感じ。
でも今は何か違う感じだ。
何というのか表現は出来ないけれど。
「私自身はここに来て、何か空気が違うような気がしました。何故かここの空気には受け入れられて貰えるような気がしました。文明さんに話しかけてしまったのもそのせいかもしれません。いつもは誰もいなくても大丈夫だという仮面を押し通すだけなのに」
また美鈴さんが何かを言った様子。
「どれも仮面じゃなくて自分だし、無理に何が正しいと決める必要は無い。そう美鈴さんは言っています。時代や環境によって変わっていくのは人も
魔女だからその気になれば普通の人よりは長い時間を生きるだろう。だから急いで何かになろうとしなくてもいい。形を決めなくていい。ここに流れてきたのをきっかけにゆっくりゆっくり自分の受け入れられる速度で考えればいいって」
多分ごく普通だった僕と比べて色々苦労をしたんだろうな。
何となく僕はそう思う。
そしてふと気づく。
美鈴さん自身はどうなんだと。
この集落は廃村になって十年経つ。
この集落が滅びていく姿も美鈴さんは見続けてきた訳だ。
その辺はどうなのだろう。
「美鈴さんの事は心配しなくても大丈夫だよ、そう美鈴さんは言っています」
僕の考えは美鈴さんに筒抜けだったようだ。
「少なくとも今、美鈴さんは楽しいそうです。こんなに賑やかなのはもう何十年ぶりだろうって。それはそれでありがたい事だ。懐かしくもあり嬉しくもある。そう言っています」
人生経験というか年数的には美鈴さんは僕より遙かに年上だ。
そういう意味では僕が美鈴さんの事を心配するのはおこがましい事なのかもな。
「美鈴さんはずっと前に誰かと何か約束をしたそうです。それがこんな形で実現するとは思ってもみなかった。意外だったけれど嬉しかった。長く生きていると時にはこんな意外で嬉しい事がある。そんな事を言っています」
約束?
どんな約束なのだろう。
「約束の相手と内容は今は言えないそうです。ただそういう事もあって、美静さんはとっても楽しいし嬉しいそうです」
気になる。
気にしてどうと言う事はないのだろうけれど。
「さて、そろそろ撤収ー!」
不意に後でそんな号令が聞こえた。
思わず僕ら三人は後を振り返る。
あ、振り返っては不味かった。
僕だけもう一度視線を外へ。
「あ、三人ともこんな処にいたんだ」
真理枝さんの声だ。
「ぐだぐだになりすぎたから片付けるよ。ちょっと手伝って」
そう言われてもな。
「健全な男子にはちょっと不味いものが転がっているんですけれど」
見えないけれど真理枝さんがにやりとした気配。
「確かにそうだね。でも皆気にしないと思うよ。折角の機会だし何ならじっくり観察したら」
「やめておきます」
即答する。
そんな事をしたら今日眠れなくなるのは確実だ。
「ま、それが賢明か。じゃあこっちは私達でするから部屋戻っていいよ」
「お願いします」
そんな訳で僕だけは二階へ。
亜理寿さん達は手伝いに加わった様子だ。
亜理寿さんは今までどんな経験をしてどんな風に生きてきたのだろう。
美鈴さんは今どんな気持ちなのだろう。
そんな事を思いながら僕は二階へ。
「おやすみ」
小さく下の部屋に向けてそうつぶやいて、そして僕は自分の部屋へ入った。
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