第3話/千織

 私と兄は、仲の悪い兄妹だった。

 何がきっかけだったか、いつから仲が悪くなったのかは覚えていない。大した理由ではなかった気はする。多分、いや絶対、兄さんが原因の発端だろうけど。

 同じ家に住んでいながらも、まるで他人のような関係。べつに兄さんと話さなくても、私の生活には何一つ支障がなかったので特に気にもしていなかった。このままでもべつにいいって思ってた。けど兄さんが就職するために家を出ると、どこか家の中が静かになった気がして悲しくなったのを覚えてる。

 それから少しして、私の病気が発覚した。膵臓の癌で、そうとう進行しているらしい。いつ亡くなってもおかしくないとまで言われた。そんなの、誰だっていつ死んでもおかしくないじゃんと私は思った。事故とか、天災とかで。だからそこまで気にはしなかった。よっぽど、隣にいた母さんの方が動揺してた。

 私は病気のことを兄さんにだけは知られたくないと思った。ライバルには自分の弱いところを見せたくないという心境かも。実際、私は兄さんがプログラマーになったって聞くと、自分もプログラムの勉強をするくらいだったし。

 それに兄さんは兄さんでどうやら大変らしい。仕事や職場関係に追い詰められているみたいで、薬に頼る生活をしているようだ。よっぽど私の方が大変だしと思ったけど、精神的に辛いことも病気みたいなものよと母さんは力なく言ってた。私は、自分がいなくなった後の家族のことがとても心配になった。

 私は秘密裏に行動を起こすことにした。

 まずは自分そっくりなアンドロイドを作ってもらうことから始めた。今の時代、アンドロイドを製造している企業はたくさんあり、その中で値段はするけれど、最も質の良いのを作ってくれるところを選択した。アルバイトやお年玉で溜めていたお金を全部使うことに躊躇はなかった。家族でさえ見抜けない、私そっくりのアンドロイドを求めていたのだ。

 親にはまだ知られたくなかった。それは、二人が私のアンドロイドを受け入れてくれるという自信がなかったからだ。正直、兄さんよりも。なので、私はできあがったアンドロイドを親友の家に預けた。彼女はアンドロイドに理解がある方で、現に綺麗な顔をした男性型のアンドロイドと暮らしていた。

 それから私は、アンドロイドに教育をおこなった。

 例えば、私は犬が好きだ。中でも小型犬より大型犬の方が好き。というより、柴犬が一番好きだ。その好みをアンドロイドに教えると、彼女はちゃんと柴犬を見たら喜ぶようになった。

 私はとことん、自分らしい行動をアンドロイドにさせるようにした。口調や仕草、悪戯好きな性格。段々と自分ができていくのはなかなか不思議だった。

 時間はかかったが、千織アンドロイドは完成した。これで私がいなくなっても、この子が家族を見守ってくれるだろう。

 その頃、私の病気はだいぶ深刻化していた。いつ倒れてもおかしくないとまで告げられていた。病院に通うくらいなら自分のしたいことをさせてほしいと言ったら、両親は許してくれたので、千織アンドロイドが完成した後も友人の家へと訪れていた。

 自分と同じ顔をした相手の前で、私は考える。

「何かできることないかな……」

 当たり前だけど、やり残したことなんて山ほどある。でも、今の自分の体力では難しいし、気力だけでできることは案外少ない。だけど、思いや欲望は溢れんばかりにある。壊れた間欠泉のようだ。

 それに……今日の夜が自分の限界だって何となく分かるのだ。やっぱり、人間も動物と同じだ。自分の死を悟る能力がある。

「……そうだ」私は一つ、意地悪なことを思いついた。兄さんを困らせる、とっておきの方法を。

 千織アンドロイドに母さんの鞄から拝借した兄さん家の合い鍵を手渡して、私は言った。

「今から兄さんの家に行ってきてほしい。たぶんまだ仕事で留守だけど、コレを使って入っていいから」

「何をするつもり?」千織アンドロイドからの質問。声も私と同じだからややこしく感じる。

「あなたが兄さんと顔を合わせている時に私が兄さんに電話するって計画」

「なるほど」

 楽しそうに千織アンドロイドは言った。

「私が同時に二人もいると思って困惑するだろうなー。アインシュタインもびっくりな悪戯だ」

 久しぶりに愉快な気分だった。

 当然、不安はあった。死ぬことだってそうだ。一番の不安だけど、どうしようもない。いずれは誰にだって訪れる。二番目は残される家族のこと。でもそれは、千織アンドロイドがいるから大丈夫だろう。

 三番目の不安は私が亡くなったと知って、兄さんがちゃんと悲しんでくれるのだろうかということだ。だから私は、千織アンドロイドに頼んだ。

「兄さんに会ったら優しくしてあげてほしい。私が亡くなったと知ったとき、ショック受けさせたいから」

「それなら自分で行った方がいいよ。まだそれくらいの体力は残ってるでしょ」

 千織アンドロイドはそう言って、受け取った鍵を返してきた。

「でも……悪戯は? あなたが電話するの? 私が電話した方が真実味あると思うけど」

 千織アンドロイドは少し考えた後、答えた。

「じゃあ、こういうのはどうかな。今から代わりに私が家に戻る。夜になって死んだふりをした私を見て、母さんは千織が死んだって思う。そしたら絶対、兄さんに知らせるために電話をするだろうし」

「……確かに。それでも妹が二人いるトリックはできる。けど、母さんに悪いよ」

「悪いって思うのなら、ちゃんと生きて帰ってきなよ。最後は家族と一緒に過ごすんでしょ。それにまた、私と入れ替わらなくちゃいけないし」

「うん。でも、上手くいくかな?」

「私の死んだふり、凄いんだから。息も止められるし、心臓だって止められる」

 得意げに千織アンドロイドは言った。まるで、悪戯好きな妹ができたみたいだ。私はこの子に対して少しでも嫉妬心を抱いていたことを恥ずかしいと思った。

「でも、一つだけお願いがある。兄さんの部屋に行ったのは私だってことぜったいに言わないで。あなたが行ったことにして」

「自分が優しくしたって知られるのが恥ずかしいから?」

 私はその質問に答えず、自分の巻いていたマフラーを触りながら言った。

「今度このマフラーあげるね」

「ダサいマフラー」

 千織アンドロイドの言葉に私は思わず吹きだした。昔、私の感じたのと全くの同意見だったからだ。

「だよね。兄さんがくれたんだ」

「じゃあ……大切に使うよ。でも、私にはぜったい似合わないって分かる」

「当たり前でしょ。ずっと見ていたんだからさ」

 そう私が言うと、千織アンドロイドは笑った。

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