第70話・アロー、アテナの結婚式④

 復讐。それは、報復すること。

 直接加害する場合もある。痛みを与える報復は、多くの復讐者が望むこと。

 復讐に意味はない、という者もいる。

 でも……やはり、やられたらやり返すということは、間違っていない。

 それが、どんな方法であろうと……無自覚であろうと。

 

 ◇◇◇◇◇◇


 リアンは、さすがに「おかしい」と思っていた。


「おかしい……ここまでくると異常なレベルだ」


 マリウス領地。

 人が住んでいる、というのは理解できた。原住民との接触も考えていたし、何かあった場合の護衛や、原住民への贈り物も用意していた。

 未開の地。大した物はないだろうという考えだ。

 アローがいるかもしれない。アローが原住民たちに知識を与え、生活を豊かにしている可能性もあると考えていたが、数年やそこらでできるはずがない。


 リアンたちの馬車は止まり、しっかり整備された街道入口を眺めていた。

 横幅の広い街道は丁寧に慣らされ、立派な柵が設置されている。そして、柵を守るように樹木が植えられていた。

 ルーペが、樹木の葉や経皮、根を採取して調べると、わかったことが一つ。


「こいつは、魔獣が嫌う成分が多く含まれてるね。人間にはわからない、魔獣が嫌う匂いが常時発生している。こう、街道沿いに丁寧に植えれば、魔獣なんて近づかないだろうさ」

「魔獣除けの木……こんなの、聞いたことがない」


 驚くリアン。ルーペは経皮や葉を採取し、持参した小瓶に入れる。

 

「ひひひ、面白い素材を手に入れた。やっぱり、来てよかったよ」

「そんなことより……この街道の先には、やっぱり」

「村だろうね。いや……もしかしたら、街規模かもしれないねぇ」


 横幅の広い街道を見て、ルーペはウンウン唸る。

 実際は、ファウヌースが手名付けた魔獣たちが通るのに道幅を広くしているのだが、『魔獣を手名付ける』という発想は、頭脳明晰なリアンも出ない。


「……とりあえず、進むしかないね」


 馬車は、ゆっくり走り出した。


 ◇◇◇◇◇◇


「なに、これ……」


 リューネは、馬車の窓から『整備された街道』を見て唖然とした。

 マリウス領地は未開の地、というのが世の常識。だが、目の前に広がるのは立派な街道だ。どう見ても、人為的な何かがある。

 それを見て、リューネの心臓が高鳴る。


「……まさか、アロー」


 胸を押さえる。

 まさか、アローがいるのか。

 マリウス領地に追放され、この整備された街道の先にいるのではないか。

 そう考え、リューネはブルリと震えた。

 同様に、モエも震える。


「…………」

「ね、モエ。面白いことがわかったけど、聞きたい?」


 アミーがそっと耳打ちする。 

 リューネ、レイアは窓から外を見ているので気付いていない。

 モエは、アミーをジロっと見る。

 長い付き合いであり、アミーの正体を知るモエではあるが……何年、何十年経過しようと好きになれないという確信があった。


「その、アローだっけ? その子はわからないけど……ここには『いる』わよ」

「……いる?」

「ええ。私と同類の『女神』がね。はぁ~……アテナだったら最悪。ルナだったらもっと最悪ね。アテナは私のこと嫌ってるし、ルナは相性的に最悪だし」

「……女神が、いる?」

「ええ。女神同士にしかわからない『神気』を感じるのよ」

「…………」

「ここ、マリウス領地だっけ? 本来はこんな発展をしていない未開の地なんでしょ? 多分、というか確実にルナが絡んでる。あの子の『幸運』を受けた人間は、あり得ないくらい運が良くなるからね」

「…………」


 女神。

 アミーことアラクシュミーは、『貧困と不幸』を司る。

 アテナは『戦いと断罪』を。

 ルナことフォルトゥーナは『愛と幸運』を。

 その女神が受肉し、地上に降りてきたという話は、アミーから聞いている。最初は信じていなかったが、アミーを傍に置いたサリヴァンが瞬く間に不幸になったのを見て、信じるしかなかった。


「ふふ、本当に楽しみ。ね、モエ」

「……あなたは、どうするのですか?」

「何が?」

「その、女神に会ったらどうするのですか?」

「別に? 私、嫌われてるし、挨拶くらいはするけど」

「…………」

「安心して。あなたから離れることはないわ。今はあなたの不幸の味を、しっかり味わわせてもらうからね」


 そう言い、アミーはレイアの隣へ移動し、窓から外を眺めはじめた。


 ◇◇◇◇◇◇


 それは、『罰』だった。


「おめでとう!!」「おめでとう!!」

「幸せにー!!」「わぁ、素敵!!」


 到着した馬車が見たのは、未開の地とは思えないほど着飾った人たち。

 何が起きているのかはすぐにわかった……結婚式だ。


 現在、馬車はカナンの町の入口に到着し、馬車から降りたリアン、リューネたちが、集落の代表に挨拶すべく、護衛を連れて集落の中心へ向かっていたのだが。


 カナンの町に馬車が到着したのに、誰も気づいてない。

 馬車を降りたリアン、リューネ、レイア、モエ、アミーは、今何が起きているのか理解できなかった。

 見えたのは、拍手喝采を浴びる新郎新婦。


「…………アロー」


 リューネがポツリと呟いた。

 新郎はアローだった。立派な服を着て、笑顔を浮かべている。

 

「…………アロー、様」


 新婦は、リューネたちの存在が霞むくらいの美女だった。

 ドレスを着て化粧をした姿は、おとぎ話の女神にしか見えない。

 祝福を受け、この場にいる誰よりも幸せそうに微笑んでいた。


「アテナ、俺……お前のこと、今以上に幸せにするからな」

「ふふ、そんなの当たり前。ってか、私だって幸せにするし」

「はは、お前ってそういうやつだよな」

「ええ。ふふん……」


 そして、二人はキス。

 カナンはこれまでにない、最高の盛り上がりとなった。

 キスをした二人の元にルナが現れると、アローはルナを抱っこする。

 仲のいい夫婦と、その娘にしか見えなかった。


「「…………」」


 リューネは、いつの間にか涙を流していた。

 決して考えてはいけないことなのに、アテナの姿を自分に重ねてしまい、絶望していた。

 モエも、気持ちがぐちゃぐちゃになり、何も考えられなくなっていた。

 レイアは首を傾げ、とりあえず拍手。アミーは……。


「アテナに、ルナ……ふぅん、幸せそうにしちゃって。ふふ、いろいろお話しなきゃねぇ」


 どこか怪しそうに微笑んでいた。


 ◇◇◇◇◇◇


 復讐。

 それは、報復をすること。

 直接加害する場合もある。痛みを与える報復は、多くの復讐者が望むこと。


 だが……最も効果的で、残酷な復讐。


 それは、『復讐相手より幸せになる』こと。


 奇しくもアローは、人生で一番幸せな瞬間を、かつての婚約者に見せつけるという方法を取っていた。


 この幸せがルナによる幸運なのか、この復讐がルナの幸運によってもたらされたものなのか? それは、誰にもわからない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る